“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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無事合格し、卒業式を間近に控えた今日この頃。お待たせいたしました、更新です。ちょっと最後の纏めが雑になってしまったような気がしなくもないですが、これにて天使炎上は終了です。


天使炎上 XIII

 海に沈み故障した制御端末から発される異常を来した指令に狂う三位の天使。成り損ないでありながら振り翳す力は紛うことなき神の力。あらゆる次元において最も高位に位置する超越者の力は天災の如く、メイガスクラフトが所有する小島を蹂躙する。

 浜辺が、森が、小山が、神々しい光の剣に貫かれる度に冗談のように抉れ吹き飛ぶ。その破壊の有り様は奇しくも災厄の化身と謳われる第四真祖の眷獣と類似していた。

 神話の一節にも等しい光景。常人には割り込む気すら起こさせない地獄絵図に、三人の役者が足を踏み込む。

 この悪夢にも似た天使たちの狂宴に終止符を打つ。いい加減天使が炎上する様を見るのは飽きたのだ。だから今すぐ終わらせよう。まがいものの天使という枷から、今すぐ解き放とう。

 

「後味の悪い結末なんて要らない。きっちり大団円で終わらせてやる。行くぞ二人とも、準備はいいか?」

 

 古城の呼び掛けに紗矢華とラ・フォリアが気負いなく頷く。頼もしい彼女たちの存在が今の古城にとって何よりも心強い支えだ。

 古城は天を仰ぐ。島の上空では無差別に破壊を撒き散らす神の御遣いがいる。仮面のせいで表情は読み取れないが、古城には彼女たちが苦しんでいるように思えた。甲高い絶叫が苦悶の叫びに聞こえた。それはきっと間違っていないはずだ。

 

「すぐに止めてやるからな」

 

 名も知れぬ誰か。お節介かもしれないが大人しく救われてくれ。何故なら、暁古城ならばそうするから。まがいものである古城が彼女らを救うのは当然の帰結だ。

 

「“焰光の夜泊(カレイドブラッド)”の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ──!」

 

 天にて踊り狂う天使たち目掛けて右手を伸ばす。その右腕から鮮血と共に魔力が噴き出した。

 

疾く在れ(きやがれ)、三番目の眷獣“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”!」

 

 噴き出した魔力が幻想の双龍を形作る。古城を喰らいつつ力の一部を貸してきた次元喰らい(ディメンジョン・イーター)が、ついにその真の姿を現した。

 物語に語り継がれる伝説の龍。その威容は見る者を圧倒し、傲慢にも神すら屠ってみせるだろう。事実、顕現した双頭の龍に天使たちがあからさまに反応してみせた。龍が自分たちにとって致命的なまでに危険な存在であると悟ったからだろう。

 異常な指令を受信しながらも双頭の龍を明確な天敵と認め、一斉に襲いかかってくる。無数の光剣が飛来し龍に雨霰と降り注いだ。

 

「喰らい尽くせ──!」

 

 宿主の命に従い双頭の龍が兇悪な顎を開き、深淵よりも底知れぬ闇へと片っ端から光剣を呑み込み、空間ごと跡形もなく消失させる。次元喰らいの名は伊達ではない。

 神気そのものとも言える光の剣を喰い尽くされさしもの“仮面憑き”にも動揺が走る。その僅かな隙に双頭の龍が喰らい付いた。

 

「今そこから引き摺り落としてやる!」

 

 全ての次元を喰らう二つの顎が歪な天使の翼を喰い千切る。一人、二人、三人とこの場にいる“仮面憑き”全員の高次元防護膜が失われた。今の彼女たちには古城の眷獣は勿論、物理的な攻撃も届く。

 だがまだ終わっていない。彼女たちを守る防護膜こそ剥がれたが、未だ流れ込む神気は止まっていないのだ。現に狂った命令電波に惑わされ今にも暴れ出そうとしている。

 

「煌坂!」

 

「まかせて!」

 

 そこへ“煌華麟”を洋弓に変形させた紗矢華が躍り出た。

 太腿に巻いたホルダーから矢を抜き取り、流れるような手つきで弓に番える。

 

「──獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

 キリキリと弦を引き絞り、呪矢に魔力を注ぎ込む。狙いは天使たちの頭上。六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)の真価が今ここに解き放たれる。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焰をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり──!」

 

 撃ち放たれた呪矢が大気を切り裂いて天へと昇る。

 呪矢の正体は鳴鏑矢。人間には発することのできない音を矢を以って再現し失われた秘呪を詠唱する。鳴り響く慟哭にも似た音は島全体を覆うほどの巨大な魔法陣を描き出した。

 天に広がる巨大な魔法陣から膨大な瘴気が噴き出す。それらを諸に浴びた“仮面憑き”たちはふらふらと揺れ、その高度を徐々に下げ始める。溢れ出す高濃度の瘴気が彼女たちの身体を麻痺させ深い眠りへと誘っているのだ。

 

「今のうちに仮面を取るぞ!」

 

 殆ど意識のない天使たちにそれぞれが駆け寄り、暴走の原因たる仮面を剥ぎ取る。高次元空間から引き摺り落とし、剰え紗矢華の呪詛を浴びた彼女たちから仮面を剥ぐのはそう難しいことではなかった。

 電波を受信するアンテナであり思考能力を奪う拘束具から解放された天使たちは、一様に力を失ったように崩れ落ち、三人がそれぞれで受け止めた。

 非道な魔術儀式の供物として用立てられた彼女たちの肢体は細枝のようにか細く、少し力を込めてしまえば砕けてしまいそうなほどに儚かった。だがそこには確かな生の鼓動がある。確立した一つの命が息吹いている。

 古城たちの胸中を安堵が埋め尽くした。互いに顔を見合わせ、誰からともなく微笑みを洩らす。

 東の空が暁に染まり始める。全ての命を祝福する朝焼けの煌めきを一身に浴びて、古城は長い戦いの終わりを実感した。

 今回の一件も先のテロに負けず劣らず予想外(イレギュラー)多数であったが何一つ失うことなく乗り越えられた。

 地平線に浮かぶ船の影を認めて、古城は血塗れになりながらも常と変わらぬ微笑みを浮かべたのだった。

 

 

 ▼

 

 

 那月が手配した沿岸警備隊(コースト・ガード)所属の巡視船が迎えとして訪れたのは夜明けから一時間ほどが経ってからだ。

 

「先輩! 紗矢華さん!」

 

 船が浜辺に着くか否や甲板から飛び降りた雪菜はボロボロの格好で出迎えた二人の元へ駆けつけた。

 

「雪菜!」

 

 そんな雪菜へ喜び勇んで抱きつくのはご存知紗矢華。浜辺に舞い降りた天使目掛け、ここに至るまで古城とラ・フォリアに弄られた鬱憤を晴らさんばかりに雪菜の体を抱き締める。

 

「ああ雪菜雪菜、私の雪菜。迎えに来てくれてありがと! 本当に、本当に助かったわ!」

 

「そ、それは良かったです。あの、紗矢華さんちょっと近い……」

 

 那月やら古城やらその他多数の人の目も憚らずの抱擁。古城の生温かい視線とラ・フォリアが愉しげに眺めているのに気づいて雪菜はどうにか紗矢華を引っ剥がし、監視対象へと駆け寄る。

 紗矢華とのやり取りを授業参観に訪れた父親のような眼差しで見守っていた古城に、雪菜はあからさまに不機嫌な様子で言う。

 

「遅くなりましたけど、ちゃんと迎えに来ましたよ。先輩の、指示した、通りに」

 

「あ、ああ。ありがとう、助かった……あの、姫柊さん? 何か怒っていらっしゃいますか?」

 

「いいえ。別に監視役なのにまた置いていかれて完全に蚊帳の外にされたことなんてぜんッぜん、気にしてませんから。それと……」

 

 すっと視線をずらして古城の隣に立つラ・フォリアを見やる。白磁のような美しい頸のあたりに虫刺されのような二つの傷跡を見つけ、雪菜は一瞬複雑そうに眉尻を下げた。

 だがすぐに獅子王機関の剣巫として気を引き締め向き合う。

 

「あなたがラ・フォリア・リハヴァイン王女殿下であらせられますね。わたしは第四真祖の監視役を務める姫柊雪菜です。巡視船に本国から派遣された護衛の方々が同船されてますので、できればそちらへ顔を出して頂けるとありがたいのですが」

 

「分かりました。手間を掛けさせましたね雪菜。では古城、しばしの別れです。今度会うときには例のお話、色好い返事が貰えることを期待していますよ」

 

 そう言って去り際にお茶目にもウインクを残し颯爽と巡視船へと向かうラ・フォリア。その背中を見送り、雪菜は改めて古城と向かい合う。

 古城の格好は端的に言って痛ましい。全身砂だらけに加えて黒いパーカーは明らかに本来の色以上に黒ずんでいる。まず間違いなく服の下は満身創痍の傷だらけであろう。人前に出るのが憚れる度合いだ。

 

「言いたいことは山ほどありますけど、まずは服を着替えましょう。その格好を夏音ちゃんが見たらショックを受けて倒れてしまいます」

 

「叶瀬って、まさかついてきてるのか?」

 

「はい。どうしても叶瀬賢生と話がしたいと聞かなくて……」

 

「あいつと話がしたいって……」

 

 首を巡らして賢生の姿を探すと、沿岸警備隊(コースト・ガード)の隊員に両脇を固められ巡視船へと乗せられる所だった。

 特に反抗もなく船に乗り込む賢生の前に、微かに怯えながらも夏音が現れる。

 夏音は逃げることなく真正面から向き合うと、決然とした表情で一言二言告げる。古城と雪菜のいる位置では距離や波の音で何を喋ったかは聞き取れなかったが、賢生の表情が驚きからどこか穏やかなものに変わったことで大体の事情は察せられた。

 短いやり取りを終えた夏音は浜辺に立ち尽くす古城と雪菜を認め駆け足で船を降りてくる。

 

「あ、やばい服が」

 

「着替えは船の中なんですが」

 

「まじかぁ……」

 

 こちらへ向かってくる夏音に頭を抱えると、不意に古城の視界が布状の何かで覆い隠される。驚いて掴み取ればそれは着慣れた古城のパーカーだった。

 

「これ俺の……」

 

「惚けてないでさっさと羽織れ。小娘が倒れたら面倒だ」

 

「那月ちゃん!?」

 

 背後から響いた声に振り返ればそこには常と変わらぬゴスロリファッションの英語教師が立っていた。

 那月は古城のちゃん付けに扇子を構えかけたが、もうすぐそこまで夏音が来ているのを見て手を下げる。代わりにさっさと服を羽織れと促す。

 那月に急かされる形で古城はすぐさまパーカーを着込む。パーカーの上からパーカーという若干着膨れを感じざるを得ない組み合わせだが贅沢は言えない。

 僅かに息を切らせながらやって来た夏音を古城は何食わぬ顔を迎えた。

 

「お兄さん! ……無事でしたか?」

 

「そんなに慌ててどうしたんだよ叶瀬。俺ならこの通り無事だよ」

 

 手を広げて問題ないとアピールする古城。両脇からどの口が言うのかとばかりのジト目が突き刺さるが勤めて流す。後々にあれこれ文句を言われるかもしれないが夏音に余計な心配をさせるよりはマシだ。

 そんな古城の一見元気そうな姿に夏音は安堵の息を洩らした。

 

「良かったです、ご無事で何よりでした。お兄さんとお姉さんが帰ってこなかった時は胸が張り裂けそうで、雪菜ちゃんも落ち着きがなくて心配してました」

 

「ちょっ、夏音ちゃん!?」

 

「そうか、それは悪かったな。でも大丈夫だ。煌坂もあの通り無事だからさ」

 

 少し離れた位置で沿岸警備隊(コースト・ガード)と何やら話し込んでいる紗矢華を指し示す。どうやらキリシマやベアトリス、それと儀式の供物にされかけた女の子たちの処遇について話し合っているらしい。

 煌坂も無事であると分かり胸を撫で下ろす。夏音は改めて居住まいを正すと古城の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「お兄さん。助けてくれて本当にありがとうございました」

 

 深々と頭を下げて夏音は古城に感謝の念を告げた。

 本来無関係で助ける義理なんてなかった自分に踏み込み、命の危険に曝されながらも救ってくれた。到底言葉だけでは感謝しきれない。

 

「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやったことなんだからさ」

 

 むしろ夏音を助けたのは古城の都合だ。暁古城が守りたかったものを守るためという目的に従い行動したまでのこと。無論、後輩であり共に猫の世話をした友人を助けたいという想いが大部分を占めているのは間違いないが。

 その後、夏音は律儀にも今回の一件に関わった雪菜や紗矢華、那月にも一人ずつ礼を言って回った。夏音らしいと言えばらしい行動に、古城と雪菜は顔を見合わせてどちらからともなく笑みを交わした。

 

 

 

 




さあ、次は遂にあれですね。ちなみに自分は次巻とその次あたりを書くのが楽しみでした。とにかく古城くんを暴そ……暴れさせられますから。
ではまた、次回の更新まで。

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