“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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いろんな意味でセンターオワッタ……
え、なにあれ現文ムズイよ。あと内容が(笑)……いや笑えませんわ。
傷心のまま投稿。もうAで頑張るしかない(ガチ


天使炎上 XII

 異変は唐突に起きた。古城目掛けて只管光剣を射出していた“仮面憑き”が、突然攻撃の手をパッタリと止めたのだ。

 痛覚すら麻痺し夥しい量の血を流しながらも眷獣を行使し続けた古城は最初、紗矢華が目論見通りリモコンを奪取し彼女らの動きを止めたのだと思った。だが現実は残酷であり、一時の停滞は更なる嵐の前触れに過ぎない。

 停止は僅か数秒。凍りついた時が流れ出したかのように成り損ないの天使たちは動き出す。先よりも苛烈に、見境なく、まるで狂気に呑まれたかの如く。仮面の穴から覗く瞳からは既に正気の色が消え失せていた。

 狂ったように甲高い絶叫を迸らせ、際限なく剣やら槍やらを降らせる。しかしその殆どが天敵たる古城を外れ何もない砂浜に着弾し、意味もなく地形を変えるだけ。もはや彼女らの目に敵も味方も何も映ってはいない。あるのは唯一つ、仮面越しに送られてくる異常を来した指令のみ。

 

「なんだ、何が起きた……」

 

 ただでさえ予想外の展開に更なるイレギュラーが重なり叫び出したいところだったが、声を上げる余力も惜しい。無差別の爆撃を掻い潜りどうにか紗矢華たちのもとへ辿り着いた古城は弱々しい声で尋ねた。

 

「それが……」

 

 満身創痍を通り越して死相すら浮かぶ古城に驚く暇もなく、紗矢華は中東の戦場もかくやの爆撃を横目に説明する。

 制御端末が海に沈んだ。正直信じ難い、受け入れたくない現実にさすがの古城も頭を抱える。これでは本格的に為す術がない。

 意味がないと分かっていながらも紗矢華の手で呪術拘束を施されたベアトリスを睨み、古城はガリガリと頭を掻く。

 

「あの暴走の原因は何なんだ。投げ捨てる前に何か命令でも送ったのか?」

 

「分からないわ。見てた限り操作してる余裕はなかったはずだけど」

 

 “仮面憑き”の暴走の原因は意外な所から示された。

 

思考拘束具(ブリンカー)が故障したのだろう。海水に浸かったのが原因だと思うが、制御機構に致命的な問題が発生し指令系統が狂っているのだ」

 

「叶瀬賢生……」

 

 ラ・フォリアに拳銃を突きつけられながらも宮廷魔導技師らしく見解を述べる賢生。作り上げた本人だからこそ正確に把握しているのだろう。あれは素体そのものが異常を来したのではなく制御装置に問題が発生したのだ、と。

 彼女らが装着している仮面は言わば命令を受診するアンテナであり、思考を拘束する枷でもある。指令を出す大元たる制御端末がバグを起こせば受信側が狂うのは必然。止めるにはバグを正すかアンテナを壊すしかもう手立てはない。

 だがバグを直そうにも制御端末は海の底。サルベージしようにも揚陸艇の照明だけが頼りの現状では探索は不可能。アンテナたる仮面の破壊に至ってはまず攻撃が当たらないという、実質詰みの状況だ。

 暴走の余波が届かない位置から狂い啼き叫ぶ“仮面憑き”の様子を見やり、苦々しい表情を古城は浮かべる。

 

「暴走を止める手立ては?」

 

「仮面の破壊か新たに制御端末を作り活動を停止させる。だが後者は機材もなければ時間もない。現実的な案ではないだろう」

 

「くそっ、打つ手なしか……」

 

「何故だ、仮面を破壊すればいいだろう。どんな絡繰かは知れないが神気を打ち消す能力があるのなら、仮面を壊すことなど容易いはずだ」

 

 純粋に疑問を抱いた賢生が尋ねる。問われた古城は自嘲混じりに答えた。

 

「生憎とあれは細かい制御ができないんだ。顔に装着した仮面を狙って振るえばよくて損傷、最悪頭が消失する」

 

 ただでさえ掌握していない眷獣を無理やり行使しているのだ。顔の表面に着けられた仮面一枚だけを消し飛ばすなんて芸当、とてもではないができない。

 ならば原作で古城がやったように相手を高次元から引き摺り落とし、その後仮面を破壊すればいいのだが、それも結局は眷獣の制御ができないためリスクが高すぎる。たとえ吸血行為に及んで眷獣を制御したとしても雪菜がいない現状では仮面を壊しても止められない。

 雪菜が到着するのを待つ? 否、何時来るかも定かではない雪菜に賭けるのは博打が過ぎる。それにあまり時間を掛けて同士討ちでも始められてしまったら目も当てられない。

 

「どうすれば──」

 

 完全に行き詰まった展開に古城は頭を掻き毟り、ふと不安げな眼差しの紗矢華に目を留める。厳密には彼女の手にある銀色の剣、“煌華麟”に。

 

「そうか……そうだ、その手があった!」

 

「何か打開策があったの?」

 

 閃いたと言わんばかりの古城に紗矢華が詰め寄る。もうこの際何でもいいから状況を変える一手が欲しかったのだ。なまじ自分の詰めの甘さが招いた事態であることも紗矢華を逸らせる一因となっている。

 

「ああ、煌坂の“煌華麟”があれば何とか──」

 

 できる、そう続けようとした古城は不意に表情を強張らせると不自然なくらい動揺を露わにした。気づいてしまったのだ。この先の内容が現状の古城には知り得ない情報であることに。

 口走りかけて咄嗟に言葉を飲み込むも時既に遅し。己の武器たる“煌華麟”の名を出されて紗矢華は訝しげに首を傾げる。

 

「“煌華麟”でどうするのよ。確かにこれは空間を切断できるけどそれもあくまで呪術的な再現。さすがに高次元の存在を斬るのは無理よ」

 

 紗矢華の持つ獅子王機関の兵器である“煌華麟”の疑似空間切断能力は確かに強力だ。空間断層は何ものを阻む最硬の盾となり、それは転じて最強の刃ともなる。だがそれでも次元の違う“仮面憑き”相手には無用の長物に成り下がる。

 しかし獅子王機関が技術の粋を集めて作り上げた“煌華麟”にはもう一つ、疑似空間切断よりも強力な能力を備えられている。それと古城の眷獣を以ってすれば“仮面憑き”を止めることも不可能ではない。

 ただ、今の古城はその能力を知らない。否、原作知識としては勿論頭に入っているが、現時点で古城が一度も見たことも聞いたこともない“煌華麟”の真の能力を知っているのは不自然なのだ。

 言えば不信を抱かれ、言わねば事態を打開できない。二つの事情に板挟みにされて煮え切らない態度の古城に、早々に紗矢華が痺れを切らす。

 

「私はあなたを信じてる。だから何か手立てがあるのなら言って。力が必要なら頼りなさいよ」

 

 殆ど掴みかかるような体勢で紗矢華は言った。古城は紗矢華の剣幕に、言葉に目を見開くほどに驚いた。

 オイスタッハ殲教師襲撃事件から黒死皇派によるテロリズム、そして今回の模造天使(エンジェル・フォウ)の一件。全てにおいて古城は辻褄合わせだけは慎重に行ってきた。周囲の者たちから疑念を抱かれないよう、疑心を向けられないように。

 疑われることを恐れ内心で怯えていた古城。その迷いを断ち切るのに紗矢華の言葉は十二分な威力を秘めていた。

 ふっと自嘲げな笑みを洩らす。諦観と呆れと幾許かの喜色が滲んだ表情を浮かべ、古城は半ばやけっぱちな心境で初めて矛盾を晒す。

 

六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)の能力を解放してくれ。眷獣を掌握して、魔弓の力を合わせれば彼女たちを止められる」

 

六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)の能力……それってもしかして……」

 

 反射的にスカートの上から太腿に巻き付けられたホルダーに触れる。そこには“煌華麟”の真価を発揮するのに必要な弾丸が収められている。

 だがおかしい。自分はこの能力を未だ古城の前で披露したことはないし、教えた覚えもない。“煌華麟”の真の能力を古城が知っているのはおかしいのだ。

 湧き上がる疑念を、しかし紗矢華は飲み下して穏やかに微笑む。

 

「分かったわ。どんと任せなさい」

 

「いいのか? その、俺は……」

 

「言ったでしょ、信じてるって。今はそれでいいから」

 

 隠し事をされていることを承知の上で紗矢華は、それでも構わないと言う。偏に古城という男を信じているから。どんな秘密を抱えているかは知れなくとも古城という男の心根が信頼に値すると判断した。ただそれだけのこと。

 それに──

 

「──その秘密に踏み込む役目は私のものじゃないもの」

 

 古城が抱える問題に踏み込むのは自分ではなく、もっと彼の近くに立つ人の役回りだ。結局のところ近くも遠くもない紗矢華が触れられる事情ではない。

 だから今はいい。疑念は疑念のまま流し、目の前の壁を越えるために協力しよう。それが己に果たせる責務だから。

 

「煌坂……」

 

「そんなことより、さっき眷獣の掌握って言ったわよね。つまりまたぞろ霊媒の血が必要ってこと?」

 

「え、あっはい」

 

 仄かに頬を朱に染めた紗矢華に古城は反射的に返事をする。

 

「それって……その、やっぱり血を吸うのよね」

 

「そうなるな。それも今度のはちょっと面倒で……」

 

「なに? 他にも問題があるの?」

 

 そこはかとなく居た堪れない様子で古城は顔を背ける。紗矢華の胡乱げな視線が突き刺さった。

 古城は何度か口を開いては閉じたりを繰り返すが、やがて観念したように告白する。

 

「“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”は双頭の龍なんだ。だから今までの二体と違って霊媒に必要な血の量が一人分じゃ足りない」

 

「ちょっと、それって私の“煌華麟”以前の問題じゃない!? どうするのよ!」

 

 第四真祖の眷獣を手懐けるのに必要な質の良い霊媒の血を提供できるのは、以前吸血された経験のある紗矢華のみ。どう考えても人数が足りない。

 

「いいえ、霊媒の血であればここにもありますよ」

 

 アルディギア王家が王女たるラ・フォリアが穏やかな微笑を浮かべて名乗りを挙げた。

 ラ・フォリアがメイガスクラフトにその身を狙われたのは比類なき霊媒としての素質を有していたからだ。霊媒としての格付けをすればラ・フォリアは最高品質の霊媒体質である。第四真祖の眷獣に捧げる霊媒の血としてこれ以上になく適していると言えるだろう。

 だが相手は紛うことなく本物の王族である。未婚の王女から吸血するのは倫理云々よりもまず国際的な問題に発展しかねない。たとえ緊急を有する事態であってもだ。

 王女という身分に頼み辛い雰囲気の古城と立場的に推奨できない紗矢華。そんな二人にラ・フォリアは殊更に笑顔で言う。

 

「後のことを憂いているようですが、心配はありません。わたくしに考えがあります」

 

「その考えって?」

 

「簡単なことです」

 

 王女は軽やかな足取りで古城に歩み寄るとその腕を手に取る。丁度古城に抱きつくような格好だ。

 

「わたくしと古城が婚姻してしまえば血を吸われようとなにをされようと問題はありません。違いますか?」

 

「何を言ってるんですか王女! 問題大有りなんですけど!?」

 

 思わず全力でツッコミを入れ、慌てて古城とラ・フォリアを引き剥がしに掛かる。因みに忘れてはならない。少し離れた場所では未だに“仮面憑き”が暴走している。そんな状況下で常と変わらずツッコミを入れられる紗矢華は殊の外肝が据わってるのかもしれない。

 しかし腕を取られた古城は拒絶せず苦笑いを浮かべた。

 

「男冥利に尽きるお誘いだけど、結婚は勘弁してくれ。妥協して俺と、第四真祖との個人的な縁を結ぶで許してくれないか」

 

 世間一般では眉唾的な存在とされている第四真祖であるが、政治や裏の世界でのネームバリューは計り知れない。個人的に世界最強の吸血鬼と繋がりがあるという事実はこれからのラ・フォリアにとって決して悪くない話だ。

 ふむ、とラ・フォリアは顎に手を当てる。中々に腹黒い性格の少女だ、今頃脳内では古城たちには想像もつかない損得勘定が繰り広げられているのだろう。

 

「なるほど、つまりわたくしは第四真祖の愛人ということですか。外聞的にあまりよろしくはありませんが、悪くない話でもありますね。いいでしょう、その話に乗せられましょうか」

 

「どうしてそうなるんですか!?」

 

 一国の王女が愛人などと、由々しき事態である。王女の護衛として是が非でも止めなければと意気込んで紗矢華が踏み出して、その両手を左右から掴まれる。

 

「何もそこまで真に受けずとも、冗談ですよ、紗矢華」

 

「え?」

 

「ただ揶揄われていただけだよ。昼間に散々茶化されたのに、どうして気づけないんだ」

 

「へ?」

 

 左右からステレオで明かされる事実に紗矢華は困惑の声を上げる。しかしすぐに自分がおちょくられていたのだと悟り、この緊急事態に巫山戯るのは止めろと声を上げようとして両手をぐいっと引かれて体勢を崩す。

 

「さて、先の懸念は全てが無事に終わった後です。それよりも今は現状の打破が最優先。急ぎ、古城の眷獣を掌握してしまいましょう」

 

「そうだな。取り敢えず場所を変えよう。時間もないし、走るか」

 

「場所はどうしましょうか。野外というのも悪くありませんが、生憎とわたくしは初心者ですので少々不安が先立ちますし。それに若干ながら恐怖もあります」

 

「大丈夫だ、痛いのは最初だけだから。身を委ねてくれ。場所は贅沢を言える状況でもないから近くの林の陰で我慢してくれ」

 

「仕方ありませんね、今回は妥協しましょう。ですが次はもっと環境もムードも整ったシチュエーションを望みますよ」

 

「善処するよ」

 

「さっきから何の話をしてるのよぉ!?」

 

 何も事情を知らない第三者が聞けば誤解待ったなしの会話を繰り広げる二人に、顔を真っ赤にして紗矢華が割り込む。だが両手を取られ引っ張られているため全くもって迫力に欠ける。滑稽さすら漂っていた。

 切迫した状況であるはずなのに締まらない空気である。しかし現実問題、眷獣の掌握を急がなければ本当に取り返しのつかない事態になりかねないのだ。巫山戯ているようでいて古城もラ・フォリアも真剣そのものである。

 

「え、ちょっと待って。本気でこのまま始めるつもりなの? 嘘でしょ!?」

 

「覚悟を決めてください、紗矢華。時は金なりと、日本では言うのでしょう?」

 

「そうですけど……って、王女!? 何で胸を触るんですか!?」

 

「女の子二人で盛り上がられても困るんだけどな」

 

「ちょっ、暁古城まで何をしてるのよ!? ……あ、待って待ってほんとにちょっと待って、待ちなさいよおぉぉ──!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




哀れ、紗矢華。古城とラ・フォリアの包囲からは逃げられない。

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