“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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長らくお待たせしました、約三ヶ月ぶりです。もう受験生ってやだ、テスト多い。おかしいよ、十月の土日全部模試って絶対おかしいよ(震え。
多分またしばらく更新無理です。すみません。


天使炎上Ⅸ

 偶然という名の必然のもと巡り合った絶賛行方不明であったラ・フォリアを加え、一行は一先ず救命ポッドに入って情報交換に勤しんでいた。

 

「絃神島へ向かう飛行船が襲撃されるなんて……本当に無事で良かったですよ、王女」

 

「ええ、しかし乗組員はわたくしを逃がすために犠牲となってしまいました……」

 

 王女を守るために囮として最後まで勇ましく戦ったであろう部下たちを思い、ラ・フォリアは横顔に愁いを落とす。

 ラ・フォリアを乗せた絃神島行きの飛行船はある者たちの襲撃によって撃墜された。その相手こそ言わずと知れたメイガスクラフト。彼らは絃神島へ来訪しようとした王女の身柄を狙ってきたのだ。

 襲撃自体は今ここにラ・フォリアがいることから分かる通り失敗に終わった。今頃は失踪した王女の身柄を血眼になって探していることだろう。

 それを警戒してラ・フォリアは救難信号を出せずにいたのだが、紗矢華と古城というこの上なく頼もしい護衛を得たことでつい先程SOSを発信した。あとは信号を受信した絃神島からの救援を待つだけだ。ただしメイガスクラフト側が先に乗り込んでくる可能性もあるが。

 いや、この場にいる三人は十中八九メイガスクラフトが先に乗り込んでくると確信している。特に古城と紗矢華はキリシマが帰還しないことから既に疑われているものだと考えていた。

 だがそれも今すぐにという話ではない。故に今は冷静に状況を把握し、情報の擦り合わせが必要だった。

 一行はこの島に至るまでの経緯を語った。

 ラ・フォリアは絃神島来訪の理由。叶瀬夏音がアルディギア王家の血縁であり、ラ・フォリアにとって他ならぬ叔母にあたること。夏音を訪ねようとしたその道中、メイガスクラフトの襲撃を受けたこと。連中の目的が霊媒として優秀なアルディギア王家の女性を狙ったものであるだろうと推測を述べた。

 古城と紗矢華は夏音が養父たる賢生から非人道的な実験を施されていたこと。自分たちがメイガスクラフトの隙を突いて夏音を保護し、連中の悪事を暴くために敢えて罠に乗り、その結果この島に行き着いたことを端的に説明した。

 

「そうですか、夏音はそちらで保護されているのですね。感謝します、暁古城」

 

「礼なんていらないさ。俺はただ困ってる後輩を助けたかっただけなんだから」

 

 頭を下げようとしたラ・フォリアを古城はやんわりと遮る。それよりも、と古城は事情に詳しいだろうラ・フォリアに尋ねた。

 

「ラ・フォリアと夏音が霊媒として素養が高いから狙われたのは分かった。でもメイガスクラフトは何をしようと企んだんだ?」

 

「そうですね、夏音に施された実験の内容からして恐らく模造天使(エンジェル・フォウ)でしょう」

 

模造天使(エンジェル・フォウ)?」

 

 聞き慣れない単語に疑問の声を上げたのは紗矢華だ。

 ラ・フォリアはその美しい柳眉を微かに潜めてその魔術儀式について説明する。

 

「賢生が研究していた魔術儀式です。意図的な霊的進化を引き起こし、人間をより高次の存在へと生まれ変わらせる。日本でいうところの蠱毒に似た儀式ですよ」

 

「蠱毒って、それを人間でやるなんて……」

 

 舞威媛たる紗矢華は呪術にも精通しているため蠱毒の内容も知っている。壺の中に無数の毒虫を閉じ込め、互いに喰らい合わせ、最後に残った蟲を媒体に対象を呪う呪術。そのえげつない儀式内容に今では好んで行うものは少ないが、それをあろうことか人間に当て嵌めて実行するなど正気の沙汰ではない。

 

「叶瀬賢生はアルディギア王家に仕えていた宮廷魔導技師です。その頃、彼は模造天使(エンジェル・フォウ)についての研究を進めていました。しかしその危険性と非人道的な内容から宮廷魔導技師の地位を剥奪。その後の行方は知れませんでしたが、まさか夏音に狙いをつけるとは」

 

 後悔を滲ませてラ・フォリアは目を伏せる。

 もっと早くに夏音がアルディギア王家の血縁であることが知れたならば、こんなことにはならなかったかもしれない。そういった思いがあるのだろう。

 だがそれも仕方のない話だ。何せ夏音はラ・フォリアの祖父、十五年前に当時国王であった祖父がアルディギアに在住していた日本人女性との間に作った娘。端的に言って不倫の末に生まれた娘なのだ。

 当然この事実は秘匿され、夏音の母親は迷惑を掛けまいと日本に帰国。結果、十五年もの間夏音が先代国王の娘であることは秘匿されたままだった。

 それも先日、祖父の腹心だった重臣の遺言によって発覚。王宮は怒り狂った祖母によって大混乱。致し方なく歳も近いラ・フォリアが祖父の名代として絃神島にお忍びで来訪しようとしたのだ。

 それもメイガスクラフトの襲撃によって頓挫してしまったが。

 重苦しい空気が救命ポット内を支配する。只でさえ狭い空間でその雰囲気に耐えかねたのか紗矢華が殊更明るい声を上げた。

 

「大丈夫ですよ、王女。叶瀬夏音には護衛が付いていますし、メイガスクラフトもそう簡単に居所の特定はできないはずですから。心配ありません」

 

 紗矢華なりに必死のフォローをラ・フォリアは微笑みで受け取る。次いでその微笑みに悪戯っぽいものが混じった。

 

「ええ、そうですね。頼りになります。さすがは第四真祖の愛人」

 

「なっ、何を仰ってくれてるんですか!?」

 

 唐突にぶん投げられた爆弾発言に瞬間湯沸かし器もかくやの勢いで顔を赤くする紗矢華。真剣な話の流れから突如として路線が切り替えられたことに、気づけたのは古城だけだった。

 

「おや、違いましたか。それとも第一夫人、本妻の地位を狙っているとか。そのあたりの後宮事情はどうなのですか、古城?」

 

「生憎と俺みたいな碌でなしに煌坂みたいに魅力的な女性は分不相応に過ぎるな。高嶺の花ってやつだよ」

 

「ちょっ、またあなたはそうやって適当なことを言って!?」

 

 飛行機でのやり取りの再来に紗矢華は是が非でも阻止しようとするが、相手が悪い。しかもこの二人、中々に性格が合うのか紗矢華が間に割り込む隙がない。これでは手の出しようがなかった。

 

 それから小一時間近く、紗矢華は傍らで行われる己を揶揄う会話を聞かされ続け、某ボクシング選手もかくやの具合に真っ白な灰となった。ちなみに主犯二人はこれを切っ掛けにより強固な絆で結ばれたとかないとか。

 

 

 ▼

 

 

 それは黄昏時。相手の顔が見え辛くなる時間帯に、彼らは現れた。

 

「──来たな」

 

 いち早く気づいたのは古城だ。夜が近づき、吸血鬼としての能力が表層化し始めたことで強化された聴覚が鈍い駆動音と不自然な波のさざめきを拾った。

 古城の態度から紗矢華とラ・フォリアも状況を察し、各々に武器を取る。ラ・フォリアは呪式銃、紗矢華は何時でも取り出せるよう楽器ケースを手に持った。

 

「メイガスクラフトね。どこから来る?」

 

「ここの反対側の浜だな。とりあえず急いであっちに行こう。折角の人質を奪い返されたら勿体無い」

 

 人質とは言うまでもなくキリシマのことだ。今頃は飛行機の近くで動けないまま転がされているだろう。それを敵側に取られる前にこちらの手で確保する。

 

「俺が先行してキリシマを押さえとく。二人は後からついてきてくれ」

 

 吸血鬼の身体能力を引き出せている今の古城の足ならキリシマの元まで数分と掛からない。メイガスクラフトの手に落ちるより先に古城が確実に確保できるはずだ。

 だがそれに異を唱える者が一名。

 

「ダメよ、あなたを一人で先行させたりなんかしたら何が起こるか分かったものじゃないわ」

 

 これ幸いに独断専行に走ろうとしていた古城の行く手を紗矢華が阻む。出鼻を挫かれた古城は苦い顔をしつつも一人で先行する理由を論理立てて話す。

 

「だが悠長にしてたらあの男を取られる。その前に確保するべきだろう」

 

「なら私たちも一緒に行動するべきでしょ」

 

「急がないといけないんだ。煌坂ならまだしも、王女様に俺たちと同じ速度で走らせるのは無理があるだろ」

 

「あら、でしたら解決策がありますよ」

 

 理屈で押し通ろうとした古城を遮って、ラ・フォリアが王女然とした、それでいて艶やかさを感じさせる笑みを携えて古城に歩み寄る。流れるような動作で細腕を古城の首に巻きつけ、そのまま軽く跳ね飛ぶ。

 のしかかってくるラ・フォリアに古城は驚きつつ、反射的にその肢体を抱き抱えた。その体勢を客観的に言えば、いわゆるお姫様抱っこというやつである。

 

「古城がわたくしを抱えて走ってくだされば、何も問題はありませんね。違いますか?」

 

「いやまあ、間違ってないけどな……」

 

 ──してやられた。

 古城と紗矢華が二人揃ってそんな顔をした。ただし両者の意味合いはまるで異なる。二人の内心は語るまでもないだろう。

 反射的とはいえ抱えてしまった以上下ろすわけにもいかない。古城は憂鬱に溜め息を吐きつつ、ラ・フォリアの提案に乗った。約一名、口元を引き攣らせている者もいたが。

 

「時間が惜しい、早く行こう」

 

 一行は島の反対側へと急ぐ。夜目の利く古城と紗矢華は躊躇うことなく暗い森を突っ切り、数分程で飛行機が着陸した場所に辿り着いた。

 

「どうやら間に合ったみたいだな」

 

 軽飛行機の側に転がる獣人の人影とたった今浜辺に乗り上げた揚陸艇を見やり、一先ず安堵の息を洩らす。ゆっくりとラ・フォリアを下ろすと古城は紗矢華に言う。

 

「俺が前に出る。煌坂はキリシマを押さえといてくれ」

 

「分かったわ。ただし、無茶をしないようにしなさいよ」

 

「分かってるって」

 

 おざなりに返して古城は浜辺へと踏み込む。その隣に真剣な表情のラ・フォリアがついてきた。

 

「少しばかり叶瀬賢生と話したいことがあります。いいですね?」

 

 真っ直ぐと見上げる瞳の真摯さに、古城は否とは言えなかった。

 

「了解。でも連中の狙いにはラ・フォリアの身柄もあるんだ。いざという時はすぐに離脱してくれ」

 

「分かりました」

 

 素直に頷いてラ・フォリアは堂々と古城の隣に並び立つ。古城もそれとなく自分が盾になれるように意識を切り替えた。

 浜辺に停泊した揚陸艇から人が降りてくる。片方は見覚えのある大柄な女、ベアトリス・バスラーだ。昼間の格好と違い、真紅のボディスーツに身を包んだ挑発的な風体だった。

 彼女に続いて降りてきたのは聖職者を思わせる黒服を纏った眼鏡の男。その男を一目見てラ・フォリアが「叶瀬賢生……」と呟いた。

 暗闇の中に古城たちの姿を認めたベアトリスが昼間のイメージとは百八十度違う退廃的な笑みを浮かべた。

 

「はぁい、獅子王機関の小娘の助手と王女サマ。元気にしてたかしら?」

 

「おかげさまでな。おたくの粋な計らいで現代生活からサバイバル生活にシフトチェンジされるところだったよ」

 

 気怠げなベアトリスの皮肉に古城は不敵に言葉を返した。

 

 

 

 


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