“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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十五巻読みました。ヴァトラーさんが楽しそうで僕は満足です(笑)
そして読んだ勢いでまた下らぬ作品を書いてしまった……。まだまだまがいものが途中なのに、何やってんだろ。


天使炎上Ⅷ

 太平洋真っ只中に位置する絃神島の島外との交通手段は基本的に航空機と船舶の二択だ。特に前者は後者と比べて要する時間が短縮されることからも絃神市民にとっては非常に便利な交通手段とされ重宝されている。

 その割に島内にあるまともな空港は中央の一つだけ。残りは民間の規模が小さい飛行場である。古城たちが案内されたのは民間飛行場の一つであった。

 古城たちがたどり着いた飛行場には先客がいた。オンボロと形容する他ない旧式のプロペラ機に凭れかかる、長身痩躯で軽薄な空気を漂わせる男性だ。

 男は古城たちを認めるとどこか胡散臭げな笑みを浮かべて迎えた。

 

「おう、ようこそお客様方。今回のフライトを担当するロウ・キリシマだ。ベアトリスの使いっ走りみたいなもんだ。まあよろしく頼むわ」

 

「ああ、こちらこそ。よろしく頼む」

 

 キリシマが差し出した手を笑顔で握り返す。男嫌いな紗矢華を気遣った上の行動だろう。ただ浮かべている笑顔は古城に近しい人間なら即座に愛想笑いだと分かるほどに人工物めいていたが。

 握手を解く二人。二人の視線の先はそれぞれで微妙に違う。キリシマは古城と紗矢華の形と、その紗矢華が大切そうに抱えているギターケースに。古城はキリシマの手首に嵌められた魔族登録証に注目している。

 

「なるほどな。どうやらただの学生ってわけでもなさそうだな。まあ事情は聞かんよ。そんじゃまあさっさと乗り込んでくれ」

 

 操縦席に乗り込むキリシマに続いて古城と紗矢華も後部座席に乗り込む。それを確認してキリシマが飛行機のエンジンを吹かせ始めた。

 ガタガタと非常に不安を煽られる駆動音と共に期待が滑走路を加速し始める。勢いをつけた機体はやがて風に舞い上げられるかのように大地を離れた。

 古城たちを乗せた飛行機はぐんぐん速度を上げ、絃神島から離れていく。機内の空気は妙にピリついていた。というのも色々と警戒をしている紗矢華が常在戦場状態だからだ。

 そのため無言の空気に耐えかねたキリシマが古城に水を向けるのは当然の帰結であった。

 

「ところでお二人さんはどういった関係なんだ? あれか、実はできてたりするのか?」

 

「──なっ!?」

 

 何の前触れもなく放り込まれた爆弾に紗矢華の張り詰めた空気が霧散する。図らずして重苦しい空気を破れたキリシマはニヤリと意地悪げな笑みを浮かべた。

 

「おっ、その反応からして図星かァ? ったく最近の若いもんはませてんな、おい。それでどこまで進んでのよ彼氏さん?」

 

「ちょっと、勝手に何言ってるのよ!?」

 

 ここぞとばかりに揶揄ってくる。キリシマとしてはこのまま紗矢華を丸め込んで場の主導権を握る魂胆だった。事実紗矢華は冷静さの欠片もなく顔を真っ赤にしている。

 しかしキリシマに流れかけた空気は、窓から外を眺めていた古城の参戦によって変わる。

 

「あ、そう見えるか? だとしたら光栄だな。こんなに魅力的な女性の彼氏と間違われるだなんて」

 

「なっ……!」

 

「おう、なんだ違うのか。こんなに可愛いお嬢ちゃん侍らしといてくっついてないたあ贅沢な野郎だ」

 

「ちょっ……!」

 

「残念ながら、煌坂は俺には勿体無さすぎるくらいに良い女だからな。俺じゃ吊り合えないよ」

 

「……ッ!」

 

 HAHAHA! と呑気に笑い合う男性陣の傍ら怒りと羞恥に震える紗矢華。その様子は今にも噴火しそうな活火山の如し。下手に触れれば火傷では済まないだろう。

 だがその火山活動も横合いから差し出された紗矢華のスマホの画面を見て呆気なく収まった。

 キリシマに悟られぬように手渡されたスマホはメモ帳機能が呼び出されており、そこには古城から紗矢華宛への短いメッセージが綴られていた。

 

『落ち着け。相手のペースに流されるな』

 

 短くも的確な指摘に紗矢華は己の短絡さに恥じ入る。不意打ちであったとはいえああも冷静さを欠いたのは紗矢華の失態だ。剰えそれを古城にフォローされてしまったのは獅子王機関の舞威媛として痛恨の極みだろう。

 ただある意味原因の一端が古城にあるのを思うと、紗矢華は少し納得がいかず不服げな目を隣に向ける。向けられた当人も自覚はあったのか一瞬だけ申し訳なさげな笑みを見せた。

 古城と紗矢華が無言のやり取りを交わした直後、機体が激しい揺れを伴いながら降下を始める。

 

「さぁて、目的地周辺だ。当機は間も無く着陸するので二人とも揺れに気をつけろよ」

 

 言った直後飛行機はぐんと急激に降下し、目的地である半月形の島へと真っ直ぐ降りていく。

 古城と紗矢華は言われるがまま揺れに備える。機体は数回の旋回ののち、お世辞にも滑走路とは呼べない空き地同然の草原に突っ込んでいく。

 凄まじい衝撃と揺れに機体が襲われる。まともに整備もされていない地面にランディングすればそうなるだろう。古城たちも予想以上の揺れに若干顔色が青い。

 ガタガタと不穏な騒音を響かせながらも、飛行機は辛うじて崖っ淵手前で停止した。

 

「無事到着だ。さっさと降りな、お二人さん。こっちはまだまだ予定が仰山詰まってんだからよ」

 

 先に降りたキリシマがわざわざ外からドアを開け、さっさと降りろと顎をしゃくる。

 紗矢華は文句を言う気力もないのかギターケース片手にさっさと飛行機を降りる。古城もその後を追って機体から確かな地面に降り立った。

 

「こんなところに本当に叶瀬賢生がいるのかしら」

 

 鬱蒼と茂る森と白い浜辺を眺めて、怪訝な表情で紗矢華が零す。上空から見た限りこの島は無人。研究施設らしき建物の影も見当たらなかった。

 そんな紗矢華の疑問に答えることなく、キリシマはニヤリとほくそ笑みながら一人飛行機に乗り込もうとして──

 

「──まあ待てよ。せめて研究施設の場所くらいまでは案内してくれてもいいんじゃないか」

 

 まるで先回りするように機体のドアに寄りかかっていた古城に行動を邪魔された。

 

「い、いやでも俺もフライトの予定が詰まっててだな……」

 

 思わず出かけた舌打ちを内心に留め、さもそれらしい言い訳を並べ立てる。しかしそこへ紗矢華からも追い打ちが掛かった。

 

「そうね。島自体そんなに広くもないんだから、道案内くらいしてくれてもいいんじゃない。それとも、道案内できない理由でもあるのかしら」

 

「ぐっ……」

 

 紗矢華からの疑念を孕んだ冷ややかな視線にキリシマは言葉を詰まらせる。

 道案内できないも何も、そもそもこの島には研究施設どころか人っ子一人いないのだ。案内のしようもない。だがそれを馬鹿正直に白状するわけにもいかない。

 必然的にキリシマが取れる手段は力に訴える他なかった。

 ダン! と硬い地面を蹴って飛び掛かる。狙いはか弱い女である紗矢華。彼女を人質にこの場を切り抜ける目論見なのだろう。

 だがその企みは相手が紗矢華であった時点で頓挫した。

 

塡星(ちんしょう)/歳破(さいは)!」

 

 無手からの人体の急所への鋭い一撃。とてもか弱い女の身から放たれたとは思えない痛烈な打撃に、キリシマは苦悶の表情で後ずさりする。

 

「今ので気絶させるつもりだったんだけど……そういえばあなた魔族だったわね。道理で手応えが重いわけ」

 

「ぐっ、くそっ……!」

 

 襲う相手を間違えた。獅子王機関の舞威媛だなんだと言われようと所詮は小娘と侮っていた。その結果が手痛い反撃。キリシマは痙攣する横隔膜を獣人の身体能力をもってして強引に抑え込んだ。

 そして懲りずに再び襲いかかる。ただし今度は完全獣人化状態に加えて狙いは余裕をかましている古城だ。紗矢華が手練れである以上、もう古城以外人質に取れそうになかった。

 だがその選択は紗矢華に挑むより無謀であることをキリシマは知らない。目の前の少年は都市伝説とされる世界最強の吸血鬼である第四真祖。そんな吸血鬼に高が獣人程度が敵うはずなどなく、

 

馳せ参ぜよ(ぶちかませ)、“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”」

 

「ぐああああっ!?」

 

 古城から放たれた雷撃に撃たれ、哀れにも真っ黒焦げになって大地に倒れ伏すのだった。

 

 

 ▼

 

 

「案の定罠だったわけね」

 

 気絶したキリシマに呪術的拘束を施した紗矢華が、少しばかり憂鬱げに呟く。予想していた上、相手の企みを見事潰したこともあってそこまで悲観的ではないが、それでも無駄足を踏まされたことからその声色は少し暗い。

 

「まあこれでメイガスクラフトが黒だとはっきりしたんだ。一応の収穫ではあるだろ」

 

「でもこれじゃあ絃神島に戻れないじゃない……」

 

「そうだなあ……」

 

 古城も紗矢華も飛行機の運転なんてできない。まして泳いで戻るなど途中で溺れるのが関の山。二人とも水泳は苦手なのだ。

 目を覚ましたキリシマに運転させるのも無理。脅したとしても安全な運転など保証されないし、途中で墜落などされようものなら二人仲良くお陀仏だ。よって古城と紗矢華に現状を打破する術はなかった。

 

「とりあえず、水とか食料の確保ね。最低でも一日はサバイバル生活をしないといけないのだから」

 

「それもいいけど、その前にちょっと散歩でもしないか?」

 

「はあ? あなた何言ってるの。そんな悠長なことしてる暇なんてないわよ」

 

 此の期に及んでピクニック気分である相方に紗矢華は軽く苛立ちを覚える。しかし発言した古城の顔は真面目そのもので、茶化しているような空気はなかった。

 

「着陸する少し前に、反対側の海辺に妙な影を見つけた。そいつの確認がしたいんだ」

 

「そう言うことなら先に言いなさいよ。なら早いとこ行きましょ。暗くなってからじゃ面倒なことになるかもしれないし」

 

 万が一古城のいう妙な影が敵であった場合、この島での安全に支障が出る。それは出来うる限り避けたい。特に視界の利かない夜などは奇襲に持ってこいなのだから、それまでには対処したいところだ。

 ギターケースから“煌華麟”を引き抜き武装状態となった紗矢華は善は急げとばかりに森に突っ込んでいく。古城はその様子に苦笑いを浮かべながら、しばらくは目覚めそうにないキリシマを一瞥したのち後を追った。

 

 

 ▼

 

 

 反対側の海辺までの道のりはそう長くなかった。その代わり途中森の中を歩かされたため相応の労力は払う羽目になったが。

 たどり着いた島の西側に位置する砂浜は至って何の変哲もない海辺であった。ただ一点、岸辺に打ち上げられた黄金に輝く卵形のポッドを除いて。

 

「嘘……あれってまさか!?」

 

 浜辺に打ち上げられたポッド、正確にはそれに刻まれた紋章を見て紗矢華は驚愕に目を見開く。

 見覚えがあるどころではない。大剣を持つ戦乙女を基調とした紋章、それが示すのはアルディギア王家であること。つまりこのポッドはアルディギア王家所有の物であり、そんな代物があるということは必然──

 

「おや? どちら様かと思いましたが、もしかして紗矢華ではありませんか」

 

「あ、貴女は!?」

 

 近場の茂みから姿を現した女性に紗矢華が目を剥く。

 長く美しい銀髪と、澄んだ碧い瞳。人体の黄金比を体現したかのような完成された肢体を軍隊を思わせる儀礼服に包む少女。

 北欧アルディギア王家が長女ラ・フォリア・リハヴァインその人が茶目っ気溢れる笑みと共に古城と紗矢華の前に歩み出てきた。

 

「お、王女! ご無事だったんですね!?」

 

 本来護衛対象である王女の生存に安堵し、次いで物凄い剣幕で詰め寄る紗矢華。そんな彼女をやんわり突っ撥ねてラ・フォリアはこの場に於ける唯一の男である古城に目を向ける。

 

「そちらの殿方は──」

 

「若輩ながら第四真祖の名を僭称する、暁古城と申します。お目に掛かれて光栄ですよ、ラ・フォリア王女殿下」

 

 水を向けられた古城は完璧なまでの対応をしてみせる。そのやけに堂に入った態度に紗矢華は唖然、ラ・フォリアは何が面白いのかニコニコと笑顔。中々にカオスな光景が生まれていた。

 

「ふふっ、紳士な男性は好ましく思います。ですが、今この場において必要以上に畏る必要はありません。もっとフランクに、そう和風に、フォリりんとでも呼んでください」

 

「ちょおっ!? 何を仰るんですか王女──」

 

「分かったよフォリりん」

 

「暁古城も乗るなー!! それとそれ全然和風じゃありませんからね!?」

 

 古城の悪乗りとラ・フォリアのボケに紗矢華が全力でツッコミを入れる。その様子が愉快だったのか、元凶二人は互いに顔を見合わせてニヤリ。その笑みに紗矢華はそこはかとなく嫌な予感を感じた。

 

「ともかく! 今は王女から事情を聞くのが先よ。巫山戯るのはまた後にしてよね!」

 

「ふむ、仕方がありませんね」

 

「話が終わった後が本番だな」

 

「もう何なのよこの二人はぁ!?」

 

 獅子王機関が舞威媛。無駄に息ぴったりの第四真祖と王女殿下に翻弄されて涙目で叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 


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