“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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テスト週間終わり。でも土曜に模試……ウボァ。


天使炎上Ⅶ

「じゃあ早速だけど、改めて話を聞かせてもらえるか?」

 

 家具やインテリアに乏しい雪菜宅のリビング。フローリングに直で座る古城たちは紗矢華を交え、夏音から事情を聞こうとしていた。

 

「はい、分かりました……」

 

 促されて頷く夏音。だがその口は躊躇うように閉ざされ、目には微かな不安の色が浮かぶ。その視線が向けられているのは紗矢華であった。

 

「ああ、そうだよな。煌坂とは面識ないもんな」

 

 先の雪菜とのやり取りで怪しい人間でないことは察せられるだろうが、それでも紗矢華と夏音は初対面に変わりない。紗矢華が一方的に夏音の素性を知っていようと、夏音にとっては顔も知らない部外者でしかないのだ。そんな無関係な人物がいる中で易々と自分の秘密を明かせるわけもない。

 

「一応紹介からしとこうか。煌坂紗矢華、姫柊の姉みたいなやつだよ」

 

「雪菜ちゃんのお姉さん……」

 

 雪菜のお姉さんという言葉に紗矢華がピクリと反応する。

 

「ええ、そうよ。雪菜の姉(・・・・)である煌坂紗矢華よ。よろしくね、叶瀬さん」

 

 にっこり笑顔を浮かべる紗矢華。その表情は喜色満面。余程雪菜のお姉さん扱いがお気に召したらしい。今頃紗矢華の中では夏音の株が鰻登りしているに違いない。

 そんな紗矢華の内心を知ってか知らずか、夏音は警戒を緩めて無垢な笑顔で応じる。

 

「よろしくお願いします、お姉さん」

 

「…………」

 

「……おい、煌坂?」

 

 唐突に顔を背けて肩を震わせ始めた紗矢華に古城が声を掛ける。しかし紗矢華はそれに応じることなく、小声で頻りに何かを呟いている。

 

「お姉さん、お姉さんだって。雪菜の姉を自称してきたけど、お姉さん呼びがこんなにいいものだったなんて。ああ、やっぱり雪菜にもお姉ちゃんって呼ぶように言い含めておけばよかった。いいえ、今からでも遅くないわ。お願いすれば雪菜ならきっと……」

 

「よし、自己紹介は終わりにして本題に移ろうか」

 

 煌坂紗矢華(ポンコツ)などいなかったとばかりに真面目な顔を取り繕う古城に、雪菜と夏音はきょとんと首を傾げる。良くも悪くも紗矢華の呟きを聞き取れなかった二人は状況をイマイチ理解できていなかった。古城としては理解してほしくないのでこのまま話を推し進める次第だ。

 原作ではここまでポンコツではなかったはずなのになぁ……、と内心で遠い目をする古城。そんな哀愁漂う古城の様子から触れないほうが吉と判断した雪菜が代わりに話を促す。

 

「話せるところからでいいので、話してもらえますか? 夏音ちゃん」

 

「はい……」

 

 弱々しくも頷いた夏音は己の半生から今日に至るまでを訥々と語り出した。

 

 

 ▼

 

 

 物心ついた時から叶瀬夏音は例の修道院に身を置いていた。

 本当の両親の顔は憶えていない。当時の夏音にとっては修道院の大人や子供たちが家族同然であった。故に寂しい思いをすることもなく、平穏無事で幸せな日々を享受していた。

 だがそれも、ある事故によって全て失われた。

 詳細は不明、ただその事故によって夏音は家族と寄る辺を失くした。そこへ夏音を養女として迎えようと名乗りを上げたのが現在の養父、叶瀬賢生だ。

 魔導技師として卓越した能力を有する賢生。何故彼のような人物が後見人に名乗り出たかは知れなかったが、行く当てのない夏音はこれを承諾。晴れて賢生の養女となった。

 だがそこで待ち受けていたのは幸せな家庭ではなく、夏音の理解を超えた魔導実験の数々だった。

 肢体に魔術刻印を施され、様々な魔術的アプローチを受ける日々。明らかに非人道的な実験であることを理解しながら、しかし夏音は拒絶しなかった。いや、正確には拒否する選択が取れなかったのだ。

 夏音は未成年者で庇護する者が必要不可欠。故に養父である賢生には逆らえなかった。そして何より、彼から向けられる愛情に気づいていたからだ。たとえその愛情の注ぎ方が歪んでいようとも。

 そんな歪んだ親子関係が長らく続いたが、ここ一週間でついに破綻を迎えた。

 実験の最中の記憶は霞がかかったように曖昧で夢のようだが、それでも体が憶えている。

 誰かと激しく争い、誰かを傷つけ、誰かを喰らった。

 到底信じられない記憶であったが、ニュースや被害にあった絃神島の惨状を目の当たりにして全てが現実であると悟り、夏音は途端に怖くなった。

 元来が心優しい夏音。意識がなかったとはいえ誰かを傷つけたことに対する罪悪感、己の理解を超える域で変遷していく肉体への恐怖。それらに苛まれた夏音は、しかし誰に助けを求めることもできないまま一人苦しみ続けたのだった。

 

 

 ▼

 

 

 絃神島は“魔族特区”であると同時に学究都市だ。故に島には数多くの研究機関や大企業が入り乱れている。中でも絃神島北地区(アイランド・ノース)は企業や有名大学などの研究施設の数が計り知れない。

 その北地区第二層の研究所街の一画。鏡面加工されたガラス張りのどこか排他的な雰囲気を纏うオフィスビルの前に、暁古城と煌坂紗矢華両名は立っていた。

 

「ここがメイガスクラフトの研究所ね……」

 

 ここまでの道程を記したメモ書きを仕舞い、紗矢華は眼前に聳え立つやけに無機質な印象を与えるビルを見上げる。陽光を反射する鏡面ガラスがまるで外敵を退けるように煌めいた。

 その輝きに目を細めて、紗矢華は隣に並び立つ古城に目を向けた。

 古城は男物にしては色合いが鮮やかなスマホを耳に当てて通話していた。その相手は夏音の護衛として家に残された雪菜だ。

 

「ああ、こっちは着いた。これから乗り込む。通話状態にしとくから何かあったら構わず教えてくれ」

 

 そう言って古城は通話を切ることなくスマホをポケットに仕舞い込む。ちなみにそのスマホは古城のものではなく紗矢華のものだ。古城のはスマホを持たない雪菜に預けられている。

 夏音の口から語られた歪で苦痛に塗れた半生を聞いた古城一行の決断は現状を見れば火を見るより明らか。元より夏音を見捨てるつもりなど欠片もない古城と雪菜は言うに及ばず、現在行方不明真っ只中の王女が面会を求めた少女が人道に悖る人体実験を受けているとなれば紗矢華も捨て置けなかった。

 それに夏音の話からして、メイガスクラフトはどうにもキナ臭い。王女が行方不明になった件についても一枚噛んでいる可能性が高いと、紗矢華は睨んでいる。

 何せ今回の王女来訪はメディアにも知らされていないお忍び。であるのにその王女を乗せた飛空艇がロストしたのだ。前もって来訪を知っていなければ襲撃などできまい。

 そしてその来訪を知る数少ない人間の中には叶瀬賢生の名前がある。王女の目的が夏音である以上、養父である彼が事前に知っているのは当然だ。

 それぞれに思惑があるものの目的を同じにした古城たちが事態解決のため行動するのは当然の帰結であった。

 

「さてと、敵陣に乗り込むわけだが。相手さんに俺のことは何て言うつもりだ?」

 

「そうね、どうしようかしら?」

 

「俺としては、突撃! 後輩の家庭訪問! ってな感じでもいいんじゃないかと」

 

「あなたバカ?」

 

「ただの冗談だって」

 

 心底呆れたような紗矢華の眼差しに古城は戯けるように肩を竦めた。

 

「まあ妥当なところとしては、煌坂の助手とかサポートかな。さすがに剣巫見習いとか口が裂けても言えないし」

 

「当然よ。そもそもあなた男でしょ……」

 

 一応表向きは一般人の古城が嘘でも獅子王機関の名を騙るのは現役舞威媛として認められない。そもそも男が剣巫とかない。絶対、あり得ない。

 軽い冗談の言い合いで余計な力を抜いた二人は至って自然体でメイガスクラフト本社へと足を踏み入れた。

 建物内は不気味なほどの静寂に支配されていた。昼間であるのにも関わらず人の気配が感じられない。いくら研究を主としているとはいえこの人気のなさは異常だろう。

 異質な社内の雰囲気に警戒を引き上げる紗矢華。その肩を古城が軽く叩く。

 

「あそこが受付みたいだぞ」

 

「みたいね」

 

 古城が指し示す先。受付係らしき人影が立つカウンターを認めて紗矢華が頷く。それはあちらも同様であったらしく、限りなく人の声に近い電子音が響いた。

 

「──いらっしゃいませ。用件をお伺いします」

 

「叶瀬賢生氏に面会を申し込んだ獅子王機関の煌坂です」

 

「承っております。あちらで少々お待ちください」

 

 受付係の女性、一見すると女性に見えるがその実ロボット──機械人形(オートマタ )である相手の機械的対応に紗矢華は眉を顰める。古城は我関せずと訝しまれない程度に社内の様子を見回していた。

 古城と紗矢華は早々に受付係との会話を切り上げて来客用スペースのソファに腰を下ろす。ソファの座り心地自体は那月の執務室のそれにも負けず劣らずの代物であったが、社内に漂う異質な空気のせいか居心地は良くない。

 

「なんというか不気味ね」

 

「そうだな。いくらなんでも人がいなさすぎる。時間的に見ても人の出入りがあっておかしくないはずなんだけどな」

 

 時間的にはお昼を少し過ぎた頃合い。一般的な企業であればもう少し賑わいがあって然るべきだろうに、しかしロビーには古城と紗矢華以外に人影は見受けられない。機械人形(オートマタ)は例外であるが。

 まるで機械の絡繰内部に迷い込んだような心持ちで待たされること十五分。ロビー奥のエレベーターから金髪の女性が降りてきた。

 遠目に見ても大柄な女性だ。紗矢華も女性としては背丈が高くスタイルも良い部類に入るが、相手はそれに加えて大人の色香とも言えるものを漂わせている。これが大人の貫禄というものだろうか。

 女性は来客スペースに古城と紗矢華を認めると微笑みを湛えながら歩み寄ってくる。その女性の腕に嵌められた幅五センチほどの輪に気づき、紗矢華はぽつりと呟く。

 

「登録魔族ね」

 

 登録魔族とは人工島管理公社から支給された魔族登録証を装着した魔族のことである。彼らは腕輪によって監視され能力の発動を制限されることを引き換えに市民権を得た存在だ。魔族登録証がある限り、彼らの人権は保証され普通の人間と同様の生活を送ることができる。

 ただ“魔族特区”に暮らす絃神市民にとって魔族なんてものは珍しいものではなく、古城も別段気にする素振りもない。そもそも古城に関してはぶっちゃけてしまえば未登録魔族である。そんな古城が普通の人間と同様の生活を送れているのは偏に那月のおかげだ。散々迷惑ばかり掛けているが。

 今も教壇にて教鞭を振るっているだろう恩師兼恩人に古城が内心で感謝の念を送っていると、金髪の女性が二人の前に立ち止まる。合わせて紗矢華と古城もソファから立ち上がった。

 

「ごめんなさい。お待たせしてしまったかしら?」

 

「いえ、それより貴女は?」

 

「開発部のベアトリス・バスラーです。叶瀬賢生の秘書のようなものだと思ってください。それで本日の賢生との面会なのですが、生憎当人は不在でして……」

 

「不在? 私は確かに今日この時間に面会を申し込んで受理して頂いたはずですけど」

 

 少し不愉快そうに紗矢華が眉根を寄せる。きちんとアポイントを取った上で訪れたのにすっぽかされたとあれば不機嫌にもなるだろう。

 ベアトリスは申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「はい、こちらでも把握しております。ただ今執り行っている実験に想定外のアクシデントが起きてしまい、賢生は島外の研究施設から離れられなくなってしまっているのです」

 

 想定外のアクシデントというワードにほんの僅かに紗矢華が反応する。

 恐らく、というか十中八九そのアクシデントの原因は古城たちにある。なにせ彼らにとっての被験体である夏音を掻っ攫ったのだ。アクシデントどころではない、大問題だろう。もしかしたら裏では夏音を回収するべく血眼になって島内を探しているのかもしれない。

 不機嫌な紗矢華に代わって間が空かないよう古城が尋ねる。

 

「じゃあ叶瀬さんに面会することはできないんですか」

 

「ええと、あなたは……」

 

「暁古城です。煌坂の助手みたいなものをしています」

 

 折り目正しく名乗る古城。そんな古城を一瞥したのちベアトリスは答える。

 

「そうですね。でしたら直接研究施設に出向いて頂ければ面会可能かと。幸い研究施設には一日に往復で二本、連絡用の軽飛行機を飛ばしてますから、そちらに同乗していただければ。丁度今から飛ぶところですので」

 

「研究施設、ね……」

 

 顎に手を当て思案顔を浮かべる紗矢華。その視線が古城の視線と交錯する。

 二人は数瞬アイコンタクトを交わし合い、言葉を交わすことなく頷き合った。

 

「分かりました。お手数ですがその飛行機の手配をお願いできますか?」

 

「勿論です。それではご案内しますのでこちらへ──」

 

「あっと、その前にお手洗い貸してもらってもいいですか?」

 

 先導して案内しようとしたベアトリスを遮り、古城が気恥ずかしげに声を上げた。

 ベアトリスは一瞬キョトンとしたのち、クスリと笑みを零した。

 

「構いませんよ。お手洗いはロビーの奥にありますからどうぞ」

 

「じゃあ少し失礼します」

 

 軽く会釈をして古城はお手洗いへと向かう。別れ際さりげなく紗矢華とのアイコンタクトも忘れない。

 二人と別れた古城は迷うことなくトイレに入ると他に人がないことを確認。そしてポケットからスマホを取り出し耳に当てがった。

 

「てなわけで、叶瀬賢生がいる研究施設に向かうことになったんたが」

 

「──十中八九罠に決まっています!! どうしてそんな話に乗ったんですか!?」

 

「うおっ、ちょっと静かに静かに。誰か来たらどうするんだ」

 

 通話口からの絶叫にスマホを取り落としそうになりながらも古城が注意する。だがその程度で雪菜の怒りが収まるはずもなく、多少声のトーンを落としながらも文句が続く。

 

「先輩も紗矢華さんも何を考えているんですか。どう見ても相手の思う壺ですよ?」

 

「分かってるよ。俺も煌坂も重々承知してる」

 

「だったら……!」

 

「でもこのまま引き下がるわけにもいかないだろ。時間を掛けすぎて叶瀬が見つかったりでもしたら一巻の終わりだ」

 

「それは……」

 

 電話越しに雪菜が言葉を詰まらせる気配が伝わってくる。雪菜も古城の指摘した危険性を理解しているのだ。

 それに何より、

 

「煌坂は王女のこともあるんだ。だから罠であろうと相手の誘いに乗ったんだよ」

 

 メイガスクラフトが関与している確証はないが、限りなく黒に近いグレーであるのは確か。王女の身が彼らに囚われている可能性もないとは言い切れない。であれば罠であろうと煌坂は相手の誘いに乗る他選択はなかった。

 

「ですが、やはり危険です。もしお二人に何かあったら……」

 

 最初の勢いこそないが本気で心配している声音。雪菜にとって大切な人である古城と紗矢華が危険に飛び込もうとしているのだから、心中は穏やかではないだろう。

 そんな雪菜の心情を察して古城は安心させるように言う。

 

「大丈夫だよ、姫柊。俺も煌坂もそうそうくたばるようなたまじゃない。罠なんか踏み砕いてきちんと帰ってくるから安心しろ」

 

「……絶対ですよ」

 

「ああ、約束だ。俺たちは必ず帰ってくる。だから心配するな」

 

「……はい、分かりました。待ってますから」

 

 その言葉に僅かな沈黙ののちに雪菜から了承の声が返ってくる。古城はおう、と気負いなく答え、念のため万が一の事態の対応を軽く打ち合わせてから通話を切った。

 

「ここからが踏ん張りどころだな……」

 

 ぽつりと呟いて古城は紗矢華たちの元へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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