“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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模試がお亡くなりになった……。


戦王の使者X

  増設人工島(サブフロート)に無事渡り終えた古城一行が次にすべきは那月との接触だ。国家攻魔官であり特区警備隊(アイランド・ガード)にも顔が利く那月ならば、事情を話せば特区警備隊(アイランド・ガード)を撤退させてくれるだろう。

 基本的に那月は強者であり、たかがテロリストの残党相手に出しゃばるような性格ではない。よって今もなお激しい銃撃戦が繰り広げられている監視塔付近にはいないだろう。

 それなりに那月と付き合いのある古城は彼女が高い位置を好む傾向があるのを知っていた。那月が傍観に徹しているのならば、きっと今日も高い所にいるはずだ。

 古城は視点を上に向ける。増設人工島(サブフロート)において高い物といえば建設用のクレーンや鉄塔ぐらいだった。

 その幾つかの一つ、鉄塔の先端に古城は見慣れた黒ゴスロリの少女を発見した。というかバッチリ目が合った。

 黒ゴスロリの少女こと南宮那月は古城を認識するとあからさまなまでに顔を顰める。那月の中では古城=厄病神という方程式でも成り立っているのだろうか。

 嫌われているのかなぁ、と少し肩を落としながら古城が那月を呼ぼうと手を上げかけて、

 

「随分と古典的な手段で乗り込んできた連中がいると思ったら、おまえたちか」

 

 次の瞬間には背後に立たれていた。

 

「気づいてたなら出向いてくれてもよかったじゃないですか、那月先生」

 

「何故、私がわざわざおまえを出迎えないとならないんだ。いや、それよりも」

 

 どこからともなく扇子を手に取ると那月はそれを容赦なく振り下ろす。さすがの古城も身構える暇もなく、那月のきつい一撃を額に受けて悶絶する。

 

「学園で眷獣を暴走させたな、この馬鹿者。こっちにまで魔力の波動が伝わってきていたぞ」

 

「うぐっ、俺だって好きで暴走したわけじゃないって」

 

 鈍い痛みを発する額を抑える古城。そんな古城を冷ややかに見下ろして、那月は呆れ混じりの溜め息を吐いた。

 

「それで、学園で何があった?」

 

「クリストフ・ガルドシュが学園に侵入してきたんだよ。狙いはやっぱり浅葱だったらしい」

 

「ガルドシュはそっちへ行ったか。藍羽浅葱はどうしている?」

 

「今はアスタルテさんが護衛についているはずです」

 

 控えていた雪菜が浅葱の現状を述べる。

 那月は当然の如くいる雪菜を一瞥して、その隣に見覚えのない少女を認めると眉根を寄せる。

 

「おまえは……そうか、獅子王機関の舞威媛か。またおまえも酔狂なヤツだな、暁古城。そんなに命を狙われたいか」

 

「頼むからその言い方はやめてくれ。どっかの傍迷惑貴族を思い出すから……」

 

 心底嫌そうな顔をして古城が言う。客観的な視点で見れば、古城とヴァトラーを取り巻く周囲はどちらも自身の命を狙う者に囲まれている。だが雪菜も紗矢華も積極的に古城の命を狙うことはないし、まして神々の兵器を起動させることもない。そもそも古城は望んで命を狙われているわけでない以上、戦闘狂(ヴァトラー)とは違う。

 そして古来より、噂をすれば影というように、こういう時に限って噂の主は現れるものだ。

 

「やあ、古城。思ったより遅かったじゃないか」

 

「ヴァトラー……!」

 

 近くの二階建て程の建物の上に金色の霧が集い、一つの影を形作る。霧の中より現れ出でたのは純白の三揃えを着こなした傍若無人の権化とも言えるディミトリエ・ヴァトラーその人だった。

 ヴァトラーの登場に古城含める学生陣は俄かに気色ばむ。特に古城は一度殺されたようなものなのでその目つきはかなり険しい。

 那月もこの場にそぐわぬ人間の登場に不機嫌そうに眉を顰める。

 

「こんな所に何の用だ、蛇遣い」

 

「ボクはただガルドシュを追ってきただけさ。残念ながらヘリで船に逃げられてしまったけどね」

 

「船だと?そうか、黒死皇派を手引きしたのはおまえというわけか……」

 

「さて、何のことやら。ボクも寝耳に水な状況だったからね。気づいた時には“オシアナス・グレイヴ”は連中の手に落ちていたのサ」

 

「白々しい」

 

 あくまで被害者を演じるヴァトラーに那月が忌々しげに舌打ちをする。

 そんな二人のやり取りに、古城が慌てた様子で割り込む。

 

「そんなことよりも、今すぐ特区警備隊(アイランド・ガード)を撤退させてくれ、那月先生!ガルドシュはナラクヴェーラを起動させるつもりだ!」

 

「何だと?連中は制御コマンドを解析できたのか……!?」

 

 告げられた驚愕の事実に那月が目を見開く。まさか黒死皇派が石板を解析できるとは思ってもみなかったのだろう。事実は浅葱が暇潰し感覚で解いてしまったものなのだが、今はそれどころではない。

 那月は即座に特区警備隊(アイランド・ガード)を撤退させるために動こうとする。だがそれも一足遅かった。

 

「──来たね」

 

 ヴァトラーがその美貌を凄絶な笑みに歪めた。

 その直後、白煙に包まれていた監視塔を内部から赤い閃光が切り裂いた。同時に途轍もなく禍々しい魔力が監視塔を中心に噴き上がり、これまで鳴り続いていた銃声がパタリと止む。

 ガラガラと音を立てて監視塔が崩れ落ちる。崩壊する建物の中から、まるで巣穴から這い出す蟻のように巨大な兵器が出てきた。

 分厚い装甲に覆われた昆虫のような六脚と楕円形の頭部。装甲車を二回りは上回る機体はそれだけで相対するものを圧倒する。

 神々の兵器とは名ばかりの禍々しい威容に特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たちは思わず動きを止めてしまう。それを見逃す程、ナラクヴェーラは甘くない。

 頭部から突き出た触角らしきセンサーが銃を構える特区警備隊(アイランド・ガード)を敵として認識し、監視塔を破壊した閃光を放たんと頭部に光を収束させる。だが赤い閃光が解き放たれる前に、古城が動いた。

 

「させるかァ──!」

 

 怒号を上げて古城が雷の鞭を放つ。全力には程遠い細い雷撃はナラクヴェーラの硬い装甲を叩くだけに終わる。恐らくナラクヴェーラにとっては小突かれた程度の認識でしかないだろう。だがそれでも目の前に立ち尽くす人間よりは古城のほうが脅威と判断したのか、機体ごと古城に向き直った。

 

「今のうちに那月先生は特区警備隊(アイランド・ガード)の撤退を!」

 

「言われなくとも分かってる」

 

 古城の言葉を最後まで聞き届ける前に、那月は既に虚空に飲まれて消えていた。那月の言葉ならば特区警備隊(アイランド・ガード)も大人しく退くだろう。いや、那月が言うまでもなく隊員たちは撤退を始めているようだ。さすがに神々の兵器に特攻かける馬鹿はいないらしい。

 逃げ惑う特区警備隊(アイランド・ガード)には目もくれず一直線に古城たちへとナラクヴェーラが向かってくる。その妙に生物めいた脚で鋼の大地を抉り抜き、暴走列車もかくやの勢いで迫ってくる古代兵器。その尋常ならざる威圧感にさすがの古城も気圧されかける。

 だがそこは持ち前の精神力で踏み止まり、後ろで立ち竦んでいる二人に活を入れる。

 

「姫柊!煌坂!ぼうっとするな!」

 

「っ!?はい!」

 

「もう冗談じゃないんだけど!?」

 

 二人とも若干破れかぶれ気味ではあるが自身の武器を構える。槍と剣。神代の古代兵器に挑むにはあまりにも心許なく感じるが、どちらも獅子王機関が誂えた兵器だ。どこまで通用するかは分からないが、歯も立たないということはないだろう。

 

「ボクも手を貸そうかい、古城?」

 

 うずうずとお楽しみを待つ子供のようにヴァトラーが告げる。古城はキッと睨み返して、

 

「まんまと船を奪われた間抜け貴族は引っ込んでろ」

 

「ははっ、まさにその通りだね。仕方ない、さっきのこともあるしここは古城に従おうか。ああ、そうだ……」

 

 聞き分けよく引き下がるヴァトラーだが、その瞳が妖しく光る。

 

「さっきのお詫びに、キミが憂いなく戦えるようにしてあげよう──“摩那斯(マナシ)”!“優鉢羅(ウハツラ)”!」

 

 ヴァトラーの召喚に応じて全長数十メートルは超える蛇が二体現れた。恐ろしい、ともすればナラクヴェーラ以上の魔力の波動を撒き散らす二体の眷獣は空中で絡み合い、やがて一体の巨大な龍へとその姿を変える。

 

「二体の眷獣を合体させた!?これがアルデアル公の能力──!?」

 

 雪菜が驚愕に声を上げる。

 以前那月が言っていた。ヴァトラーは自身よりも格上の吸血鬼を二人も喰らった真祖に最も近い存在であると。その強さの秘訣が恐らくこの眷獣合成なのだろう。確かに目の前にその姿を晒す巨龍から感じられる魔力は古城の眷獣にも匹敵している。

 ヴァトラーは正真正銘の強者だということを改めて思い知り緊張に身を強張らせる雪菜と紗矢華。彼の眷獣の矛先が何処に向けられるか不安で仕方ない。

 そんな獅子王機関の少女たちを他所にヴァトラーは指揮者のように軽く腕を振るう。その動きに応じて群青色の巨龍がその身を急降下させた。

 巨大な龍体は絃神島本島と増設人工島(サブフロート)を繋ぐ連絡橋を木っ端微塵に破壊した。本島から切り離された浮島は波に攫われ沖合へと漂い始める。

 

「これで後ろを気にせず存分に戦えるだろう」

 

「そうだな。今ので思いっきり本島のほうにも被害出てるけど」

 

 仕事をやり終えたと言わんばかりに清々しい顔のヴァトラーを古城がジト目で睨む。ヴァトラーのおかげで背後の心配をせずに戦えるのは確かだが、その際に本島のほうにも破壊の余波が飛んでいた。それだけに限らず、増設人工島(サブフロート)にはまだ撤退できていない特区警備隊(アイランド・ガード)が残っているのだ。正直、ヴァトラーの配慮はありがた迷惑でしかなかった。

 だが、これで心置きなく戦えるのもまた事実。特区警備隊(アイランド・ガード)は最悪那月が空間転移で運んでくれるだろうと信じ、古城は目前の兵器と相対した。

 

「二人とも、作戦通りにいくぞ」

 

「はい、分かりました」

 

「あなたに言われなくても分かってるわよ」

 

 古城の左右に雪菜と紗矢華が並び立った。

 古城は横目で二人をちらと確認すると、戦いの火蓋を切る雄叫びを上げた。

 

「行くぞ──ッ!」

 

 第四真祖と獅子王機関の剣巫と舞威媛が、神々の兵器ナラクヴェーラに立ち向かった。

 

 

 ▼

 

 

 雪菜に膝枕で休まされている間、古城はただ柔らかな膝の感触に身を任せていたわけではなかった。動けないなら動けないなりにやれることはある。

 古城は休息を取りながら雪菜と紗矢華にナラクヴェーラについて得られた情報を余すことなく伝えた。その内容は基本的に生徒会室で得たデータとそこからの推測と考察。そして原作での知識をそれとなく交えたものだ。

 原作で登場した武装はまず間違いなくある。“火を噴く槍”。これは端的に言えば大口径のレーザー砲だ。その威力は監視塔はおろか装甲車さえも飴細工のように溶かし焼き切ってしまう威力を秘めている。一発でも受ければ人の身など一瞬で蒸発してしまうだろう。

 続いて爆発する戦輪。これは読んで字の如く、着弾と同時に大爆発を引き起こす火輪だ。この武装に関しては女王機のみに搭載されていたが、果たしてそれも当てになるか。注意するに越したことはないだろう。

 これだけでも厄介な事この上ないのだが、これ以上にナラクヴェーラを神々の兵器たらしめる理由はその高度な学習能力と吸血鬼にも負けず劣らずの再生能力だ。

 連中は一度受けた攻撃を分析して対策を取ってくる。そして機体が破損すれば瓦礫からでも甦る。決して朽ちることのない兵器だ。

 加えてこれに原作では登場しなかった兵装もあるかもしれないとなれば、古城としては本当に破壊できるか不安だった。

 だがそれでも、やらねばやられるのだ。腹を括った古城は前もって打ち合わせた通り、速攻で倒すため全速力で走り出す。

 ナラクヴェーラは今、ヴァトラーの眷獣を脅威として認識し直したのか古城のことは眼中になかった。その隙を突いて古城は一気に接近する。

 駆ける古城の右腕が紫電を纏い始めた。“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”の力の一部を引き出しているのだ。ただし先のか細い一撃とは違い、その右腕に蓄えられた電撃は落雷にも匹敵する威力を秘めている。

 自分自身が稲妻になりながら古城はナラクヴェーラまで数メートルという位置まで来た。ここまで来れば弱点部位である頭部まで一足飛びで辿り着ける。

 だがさすがにそこまで近づけばナラクヴェーラも気づく。ヴァトラーの眷獣から紫電を纏う古城に注意を戻し、迎撃するべくナラクヴェーラがその脚を振り上げる。その脚は分厚い鋼板すら容易く穿つ。

 古城は今まさに振り下ろされんとしている鋭い脚を睨み据えながら、しかし決して退くことはない。死んでも復活するからという特攻思考ではない。あの一撃が届くことはないと確信しているから、仲間を信頼しているから古城は迷わず踏み込む。

 間合いに踏み込んできた古城目掛けて、ナラクヴェーラがその脚を振り下ろす。だがその凶刃は古城に届く前に鋭い銀閃によって阻まれた。

 

「先輩!」

 

「任せろ!」

 

 雪霞狼で古城を援護したのは雪菜だ。振り下ろされるナラクヴェーラの脚を横から突いて的確に逸らすという離れ業をやってのけたのだ。しかも神格振動波を使わず、剣巫としての技量だけで。理由は学習され対策を取られないためだが、それでも無茶にも程がある。一人で突っ込む古城には言えないが。

 攻撃を逸らされたナラクヴェーラの機体が若干蹌踉めく。その隙を古城はすかさず突く。

 

「うおらぁ!」

 

 激しく閃光を散らす右腕を勢いそのままに、ナラクヴェーラの楕円形の頭部に叩き込む。

 限界まで蓄えられた雷撃を纏う右腕は目論見通りナラクヴェーラの装甲を穿ち、古城の右腕は肩口まで内部に埋まる。手の感覚から内部は空洞、恐らく腕が突き刺さった位置は本来ならばコクピットに当たる部分なのだろう。だが制御ができない以上、内部には誰もいない。人がいないならば遠慮する必要はない。

 

馳せ参ぜよ(ぶちかませ)!“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

 古城の命を受け、雷光の獅子がその猛威を振るう。

 突き込まれた右腕を基点に雷が爆発した。解放された雷光がナラクヴェーラを内側から焼き尽くし、硬い装甲を食い破って洩れ出る。側から見ればまるで雷の華が咲いたかのようにも見えるだろう。

 溢れ出す眩い閃光は留まるところを知らず、見境なく周囲一帯に破壊を撒き散らす。

 

「ちょっと暁古城!やりすぎよ!?」

 

 とばっちりを受けそうになった紗矢華が抗議の悲鳴を上げる。その声に古城は我に返り迸る雷撃を止めた。

 内側から天災並みの雷に焼かれたナラクヴェーラの状態は酷いものだった。卵型ののっぺりした頭部は見る影もなく、甲殻のような装甲は半ば融解している。いくら神々の兵器といえ、同じく神話生物と肩を並べる第四真祖の雷撃を内部から浴びれば一溜まりもないのだろう。

 ナラクヴェーラだった物から離れて古城は再起動しないか確認する。

 十秒、二十秒と経っても一向に動く気配がないことを確かめて古城はほっと安堵の息を吐く。

 カノウ・アルケミカル・インダストリー社に残っていたデータの通りに頭を吹き飛ばしたが、どうやら目論見通りナラクヴェーラを再起不能にできたらしい。これで古城たちにもナラクヴェーラを破壊することが可能だとも証明された。

 安堵と希望にほんの僅かに古城が気を緩めた瞬間、赤い閃光が古城を襲った。

 

「“煌華麟”!」

 

 一瞬先の未来を霊視した紗矢華が銀の剣を掲げて古城の前に躍り出た。

 獅子王機関より紗矢華が賜った武器“煌華麟”には二つの特殊能力が備わっている。その一つが空間と空間を断ち切る擬似空間切断能力。

 切断された空間は断層を生み出し、あらゆる攻撃を遮断する堅牢な障壁となる。如何に早く超高温の熱線であったとしても、空間を超えて相手にダメージを与えることはできない。

 紗矢華によって生み出された空間断層に赤い閃光が衝突し、激しく火花を散らして消えていく。ナラクヴェーラの槍が紗矢華の剣を貫くことはなかった。

 

「感謝しなさいよね、暁古城。私がいなかったら今頃消し炭よ」

 

「ああ、悪い。助かった。でも一体どこから……」

 

 新たなナラクヴェーラが上陸した気配はなかった。ならばどこにいるのかと探してみれば、増設人工島(サブフロート)から一キロメートル程離れた海上に浮かぶクルーザーの甲板に起動状態のナラクヴェーラがいた。

 

「あそこから狙ったのか……!」

 

 古城は驚愕に呻く。

 一キロメートル以上も離れた場所からの精密狙撃。もしも紗矢華が助けてくれなかったら、古城は何が起こったかも分からぬうちに消し炭になっていただろう。それを想像して古城はゾッとする。

 そもそもがどうしてあのナラクヴェーラは古城を狙ったのか。今のナラクヴェーラは自身の脅威となりうる存在を殲滅するしか能がないはずである。だが現実には遠く離れた古城を狙い撃ってきた。

 考えられる可能性としてはやはり……、

 

「こいつか……」

 

 既に物言わぬナラクヴェーラを見下ろして古城は小さく舌打ちをした。

 恐らく古城に破壊し尽くされる前に、他の起動された個体に独自のネットワークを用いて情報を流したのだろう。それによってあの個体は起動されて間もないのに限らず古城を排除すべき敵と認識している。

 いや、どうやら起動したのは一基だけではなかったようだ。

 わらわらと船の中や海中からその威容を表すナラクヴェーラたち。その数は五体。たった今古城が倒したのと全て同型のナラクヴェーラだ。

 

「うそでしょ……まだあんなにいるの?」

 

 ナラクヴェーラの群れに紗矢華が絶望にも似た呟きを洩らす。さすがの舞威媛もあの数は想定外だったらしい。近くにいた雪菜も似たような表情をしている。

 だが古城は違う。原作で知っているから驚きこそ少ないが、代わりに全神経を研ぎ澄ませて周囲への警戒を払っていた。その理由はただ一つ。

 

「女王が、いない……?」

 

 あそこにいる五体とは別に、ナラクヴェーラの指揮官機とも言える女王個体が存在するはずだ。だがその巨影はどこにも見当たらない。それが不気味で古城は言いようのない胸騒ぎに襲われた。

 そして古城の予感は、嬉しくないことに当たった。

 

「きゃあっ!?」

 

「今度はなによ!?」

 

 突如、古城たちの立つ人工の大地が激しい揺れに襲われた。まるで浮島に巨大な物体が衝突したかのような衝撃。その正体に思い至った古城は顔を引き攣らせる。

 そして次の瞬間、浮島のすぐ近くの海面が泡立ったかと思えば、爆音と共に天を衝く勢いで巨大な水柱が立ち上った。

 

「出てくるぞ!」

 

 水柱の中に巨大な機影を認めて古城が叫ぶ。雪菜と紗矢華も水柱内の存在に気づいて身構える。

 降り注ぐ瀑布の中から女王ナラクヴェーラが出てくる。

 古城が倒したナラクヴェーラと装甲は同じだが、サイズが桁違いに大きい。八つの脚と三つの頭。阿修羅を思わせる特徴であるが胴体は女王アリのように膨らんでいる。

 奇妙かつ異様な雰囲気を纏ったナラクヴェーラの女王は海中から十三号増設人工島(サブフロート)に乗り込んだのだった。

 女王ナラクヴェーラは脇目も振らず脅威と認識した古城を見つけるとその胴体に搭載されたハッチを開口する。開かれたハッチから覗くのは円環。それらがフリスビーのように幾つも射出された。

 放たれた戦輪は着弾すると同時にミサイル並みの爆発を巻き起こす兵装だ。それを知っている古城は即座に眷獣で迎撃する。

 

「“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

 今までは学習されることを避けるために力をセーブしていたが、それも攻撃ではなく防御に使うならば話は別。古城は躊躇いなく雷光の獅子を顕現させた。

 召喚に応じた全身を雷で構成された獅子が稲妻を振り撒きながら宙を疾駆する。射出された無数の戦輪は枝分かれして網状に張られた雷の障壁に阻まれ、古城たちに届く前にその尽くを撃ち落とされた。

 爆発の爆風と舞い上がる塵煙に視界が悪くなるが、それもすぐさま晴れていく。上空から降下してきた五体のナラクヴェーラが噴出する気流のせいだ。どうやら古城が迎撃している隙に堂々と宙を飛んで上陸してきたらしい。

 降り立ったナラクヴェーラたちはまるで統率の欠片もない動きで古城へと向かってくる。その絶望的な光景に雪菜と紗矢華が顔を青ざめさせた。

 だがそんな中でも古城は獰猛に牙を剥いて笑った。

 

「上等だ、まとめてガラクタに変えてやるよ!」

 

 盛大に啖呵を切って古城は絶望に真っ向から喧嘩を売った。

 

 

 




まだナラクヴェーラ戦は続きます。

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