“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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戦王の使者Ⅷ

 暁古城とクリストフ・ガルドシュが激突せんとしたまさにその時、二人の丁度中間に途轍もなく強大な横槍が入った。

 それは真祖にも負けず劣らずの魔力を有する灼熱の蛇の眷獣。アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーが有する眷獣の一体だった。

 二人の勝負に水を差した蛇はとんでもない爆発を巻き起こし、古城とガルドシュを襲った。完全に不意を突かれた古城はその爆撃を諸に受けて吹き飛んでしまう。

 そんな古城にどこからともなく現れたヴァトラーが軽い口調で謝る。

 

「ああ、すまないね古城。つい力が入って狙いがズレてしまったよ」

 

 眷獣の一撃により吹き飛んだ周囲一帯を、別段気にも留めようとしないヴァトラー。超高温の灼熱によって融解したコンクリートが蒸発し、溶岩のように赤熱している状況も彼にとっては取るに足らない。学園がどうなろうと興味がないのだろう。

 盛大に吹き飛ばされた古城は倒れたまま動かない。いや、正確には立ち上がれない。己の内側で暴れる眷獣を抑えるために必死なのだ。

 第四真祖の眷獣は非常に強力だが、癖は強いし血を吸わなければ古城を宿主として認めてくれないじゃじゃ馬だ。古城の尽力により力をセーブした上でならある程度力を貸してくれる眷獣もいるが、基本的には好き勝手に暴れてくれる傍迷惑な存在である。

 その自然災害にも匹敵する力を有する眷獣の一体が、ヴァトラーの眷獣に触発されて出てこようとしている。古城の身が危険に曝されたと判断してのことだろう。だが今ここで飛び出されるのは非常に拙い。故に古城は必死に力のベクトルを制御しようとしているのだ。

 

「ああっ、があぁああっ!?」

 

 体の内側で荒れ狂う衝撃波に内臓を破壊され、古城は盛大に吐血する。並みの吸血鬼ならばこの時点で死に至っているだろう。しかし古城は慣れから内臓が潰れると同時に再生に魔力を回してどうにか堪えていた。

 今のところいつもの要領で力の向きを外ではなく内側に留められている。あとはこのまま周囲への被害が少ない上空へ放出すればいい。

 だがそこへ、屋上から援護していた紗矢華が駆けつけてしまう。

 

「どうしたのよ、暁古城!?一体なにが……」

 

「来るな、煌坂!今すぐ離れろ!?」

 

 血塊を吐き出しながら古城が叫ぶ。その必死な様に紗矢華は思わず後退りする。

 ふらふらとやっとのことで立ち上がり、古城は激痛に絶叫しながら天を仰ぐ。そして目一杯息を吸い込み、吐き出すと同時に内側に溜め込んだ衝撃波の砲弾を上空へと向けて放った。

 耳を劈く轟音が響き渡り、大気を伝わった振動波が学園中の窓ガラスを割るないしは罅を生じさせる。限界にまで眷獣の力を抑えたものの、やはり天災並みの猛威を完全に逃すことはできなかった。暴れた眷獣の性質的にも無理があったのだ。

 莫大なエネルギーの全てを吐き出した古城は一歩二歩と蹌踉めくと、

 

「ごふっ……」

 

 再び吐血しながらその場に膝から崩れ落ちた。

 

「暁古城……!?」

 

 完全に沈黙したと見るや紗矢華が慌てて駆け寄る。

 男が苦手であることを緊急を要するとして理性で堪えて、即座に古城の体を触診する。獅子王機関の舞威媛は呪詛と暗殺のプロ。人体構造に関してはそこいらの医者よりも熟知していた。

 だからこそ、古城の容態に紗矢華は顔を蒼白にさせた。

 内臓の大半が破裂。骨も殆どが折れるか砕けているという常人ならば即死して当然の惨状だった。幸いか第四真祖の身体能力により肉体の原型は留められ、そして現在進行形で凄まじいまでの再生が始まっているのでじきに蘇りはするが。それでも受けた苦痛は計り知れない。

 一体どうしてこんな状態にと紗矢華が疑問を抱くと、倒れ伏す古城を興味深げに見下ろしていたヴァトラーが口を開いた。

 

「ふむ、どうやら暴走しようとした眷獣を強引に抑えつけたようだね。なかなかに無茶なやり方だ。下手をすれば肉体が四散してもおかしくなかっただろうに」

 

「どういうことですか、アルデアル公」

 

 ヴァトラーから古城を庇うように位置取りしながら、紗矢華が問う。今現在、紗矢華にとって最も危険な人物は目の前の青年貴族だ。いつ何時襲いかかられても対応できるように身構える。

 ヴァトラーはそんな紗矢華の態度など気にも留めずに続けた。

 

「簡単に言えば、この学園を守るために古城は自らの内側で爆弾を爆発させたのサ。まあ第四真祖の眷獣を爆弾と同列に見れるかは甚だ疑問だけれどね」

 

「そんな……」

 

 第四真祖の眷獣は神話に登場する怪物と肩を並べる化け物と謳われている。そんな化け物の力をその身で受けるだなんて、たとえ不死不滅の吸血鬼でも精神が保たない。一歩間違えれば廃人と化してもおかしくないだろう。

 苦悶の表情で荒い息を吐く古城を痛ましげに見てから、紗矢華は乱入者の青年貴族を睨み据える。

 

「どういうおつもりですか、アルデアル公。何故、第四真祖に危害を加えるような真似をなさったのですか」

 

「心外だなァ。ボクはただガルドシュを仕留めようとしただけサ。ちょっとばかり手元が狂ってしまったけどね」

 

「そんな屁理屈が……」

 

「ボクが嘘を吐いているとでも言うのかい?」

 

 威圧混じりの笑みで問うてくるヴァトラーに紗矢華は悔しげに閉口する。

 ヴァトラーは仮にも戦王領域の貴族だ。いくら監視役とはいえあまり角を立たせるようなことをすれば外交問題に発展しかねない。さすがの紗矢華も今回は分が悪かった。

 苦々しげに紗矢華がヴァトラーを睨みつけていると、学園校舎のほうからこちらに向かって走ってくる影があった。

 

「紗矢華さん!」

 

 尋常ならざる魔力の高まりと古城の眷獣の暴走を感じ取った雪菜が、お馴染みの銀の槍を携えてこの場に馳せ参じた。

 雪菜は破壊された周辺の環境に絶句し、次いで紗矢華の側で地に倒れるボロボロの古城を見て悲鳴にも近い声を上げた。

 

「先輩!?一体なにが起きたんですか!?」

 

 血相を変えて古城の傍にしゃがみ込む雪菜。紗矢華は手短かにこの場で起きた事の顛末を説明する。

 

「アルデアル公の眷獣の攻撃を食らったのよ。そのせいで第四真祖の眷獣が暴走したらしいわ」

 

「眷獣の暴走……さっきの衝撃波はやっぱり先輩の眷獣だったんですか」

 

 窓ガラスが割れた学園校舎を見て雪菜が呟く。幸い生徒たちは古城が鳴らした火災警報によって体育館に避難していたため怪我人はいない。その代わり体育館は今頃パニックに陥っているだろうが。

 

「何故、この場にアルデアル公がいらっしゃるんですか?」

 

 言外に、おまえがいなければこんなややこしいことにはなっていなかった、という意味を込めて雪菜が言う。ヴァトラーはさも困ったように眉根を寄せて肩を竦めた。

 

「いやはや実はね、ボクが寝ている間に“オシアナス・グレイヴ”が黒死皇派に乗っ取られてしまったのだよ」

 

「乗っ取られた……?」

 

「その通り。ボク自身は命からがら脱出したわけさ。そして偶然にもボクの船を乗っ取った親玉を見つけて、思わずやってしまったのサ。まさか古城を巻き込んでしまうとは思わなかったけどねェ」

 

 嘆かわしいと大仰に首を振るヴァトラー。あまりにも言っていることが胡散臭すぎて雪菜も紗矢華も視線の温度が氷点下一歩手前まで落ち込んでいる。

 それもそうだろう。ヴァトラーの手にかかれば船の一つや二つ沈めるなど容易いし、奪い返すことだってできたはずなのだ。だが彼はそれをしようとしなかった。それどころか船をそのままテロリストに明け渡してしまう始末だ。

 古城を巻き込んだのも故意だろう。どんな狙いがあるかは知れないが、傍迷惑にも程がある。

 迷惑の権化とも言えるヴァトラーを冷ややかに睨む少女たち。一触即発とまではいかないがかなり険悪な空気が流れ始める。

 

「おやおや、随分と嫌われてしまったね。まあいいや。ボクはガルドシュを追うから、古城が目覚めたら謝っておいてくれるかい」

 

 そう一方的に言い残してヴァトラーは金色の霧へと姿を変え、その場から消え去った。

 気の赴くままに暴れて去っていく、まるで嵐のような所業に雪菜と紗矢華は揃って溜め息を吐く。

 その直後、今まで苦痛に呻いていた古城が意識を取り戻した。

 

「やってくれたな、ヴァトラー……」

 

 未だ完全回復には程遠い体に鞭を打って古城が立ち上がろうとする。だがやはりまだ無理があったらしく、膝立ちの体勢に持っていくのが限界だった。

 

「まだ動いちゃダメよ!自分の体がどうなってるのか分かってるでしょ!?」

 

 無理に動こうとする古城を紗矢華が叱りつける。その剣幕から見た目以上に古城がボロボロであることを悟る雪菜。

 古城の体は外見的にはあまり酷い怪我を負っているようには見えない。しかしその内側は生命活動を維持するだけで一杯一杯な程に損傷している。現に今も気を抜けば意識が飛んでしまいそうな激痛に襲われていた。

 それでも古城は止まらない。紗矢華の制止を跳ね除け、浮かない顔の雪菜の肩を叩きながら根性で立ち上がった古城は、破壊の爪痕残る己の周囲を見回す。

 

「ガルドシュには逃げられたか」

 

 あの爆撃の最中、古城はガルドシュが逃走していく姿をその目で捉えていた。あちらも無傷ではないだろうが、それでも逃げられてしまったことに変わりない。

 後一歩で全てが丸く収まっていたというのに、それも全てヴァトラーによって台無し。さすがの古城も舌打ちの一つや二つしたくなる。だが今はそれよりも優先すべきことがある。

 浅葱の誘拐に失敗したガルドシュはまず間違いなくナラクヴェーラを起動させる。既に浅葱によって起動コマンド“始まりの言葉”は解析されてしまっているので起動するだけなら可能なのだ。

 命令のない状態でのナラクヴェーラは自身の脅威と認識したものを片っ端から破壊し尽くしていく。そこからガルドシュがどう動くかは分からない。もしかしたら絃神島の安全を盾に浅葱を脅迫してくるかもしれないし、制御不可の状態で暴れるかもしない。

 どちらにせよ、このまま放っておくわけにはいかない。早くガルドシュの元へ行かなければ、ナラクヴェーラによってどれ程の被害が齎されるか分かったものではない。

 急いでガルドシュを追うべく駆け出そうとする古城。だがその行く手を紗矢華が阻んだ。

 

「待ちなさい。そんな状態で行くつもりなの?いくらなんでも無茶よ」

 

「無茶だろうと行かなきゃならないんだ。それに、今から急げばナラクヴェーラを起動される前に追いつけるかもしれない」

 

 その可能性は殆どないだろうが、紗矢華を説得する材料には使えると思った。だが紗矢華は古城の言葉に頷こうとはしない。

 

「絶対にダメよ。吸血鬼の再生能力を加味してもあと二十分は安静にしないと万全には動けないわ。今は回復に専念しなさい」

 

「いやでも……」

 

 子供のように聞き分けなく、なおも言い募ろうとする古城を見かねて雪菜が動く。

 

「先輩、失礼します」

 

「──へっ?」

 

 古城の背後に音もなく忍び寄った雪菜は鮮やかな膝カックンを決め、そのままパーカーの襟を掴んで古城を引き倒す。未だ中身がボロボロの古城は踏ん張ることもできず、なす術もなく硬い地面に背中から落下する。が、古城が背中を打ちつける直前に雪菜が絶妙な加減で体を支えたことで衝撃は免れた。

 一瞬の鮮やかな手並みに古城も側から見ていた紗矢華もしばし何が起きたか理解できなかった。しかし後頭部に当たる柔らかな感触と紗矢華の嫉妬の叫び、そして物凄く不機嫌な表情で雪菜が顔を覗き込んできたところで自分の置かれた体勢を悟る。

 それはいつかの焼き直しのような、膝枕だった。今回は古城も吃驚するくらいに強引な手口であったが。

 

「先輩は以前、護りたいものがあるから戦うとおっしゃっていましたね」

 

「あ、ああ。言ったな」

 

 唐突な話の展開に目を白黒させながら古城は頷く。あれは確か最初に出会った時だったか。微妙にニュアンスが違ったりもしたが、概ね雪菜の言う通りで間違っていない。だが何故今その話になるのか。

 

「こんな状態で護ることができるんですか?わたしにちょっと引っ張られたくらいで倒れてしまう程ボロボロなのに」

 

「…………」

 

 雪菜の冷静な指摘に古城は返す言葉が見つからず黙り込む。

 雪菜の言う通り、こんなボロボロな体で戦場に出たとして自分に何ができただろうか。冷静に考えてみれば分かる。何も護ることもできず、ただの足手纏いにしかならなかっただろう。

 きっと古城は焦っていたのだ。ナラクヴェーラの武装やガルドシュの爆弾、極めつけはヴァトラーによる横槍と。原作にはない展開の連続に自分でも気づかぬ内に焦燥が募っていたのだ。

 雪菜は古城が冷静さを失っていることに気づき、やや強引なやり口ではあるが落ち着きを取り戻させようとしたのだろう。おかげで古城は平静さを取り戻すことができた。もう無茶を言うこともない。

 

「ありがとう、姫柊。おかげで頭が冷えた。煌坂も、心配かけて悪かったよ」

 

「落ち着かれたならいいです」

 

「別に私はあなたの心配したわけじゃないし……」

 

 ずっと険しく強張らせていた表情を緩め、古城はいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべる。雪菜も安心したように不機嫌だった顔を優しげな笑みに変えた。約一名は微妙に機嫌が悪くなってそっぽを向いているが。

 雪菜の柔らかな太腿に頭を預け、古城は体の回復に集中する。全身余す所なく損傷しているので完全回復には紗矢華の見込み通り二十分はかかるだろう。その間、ずっと黙って時間を無駄にするのも勿体ない。故に古城はこの時間を使って雪菜と紗矢華にナラクヴェーラの情報を話すことに決めた。

 

「二人とも、よく聞いてくれ。ナラクヴェーラのことだが──」

 

 神妙な面持ちで語り始めた古城に、雪菜も紗矢華も真剣な表情で耳を傾けた。

 

 

 

 




明日は更新きついかもしれません……。

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