“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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これで聖者の右腕は終わりです。


聖者の右腕X

 オイスタッハ殲教師による聖遺物奪還は古城たちによって阻止された。しかし彼の行動はまったくの無意味に終わったわけではない。彼が引き起こした事件によって絃神島の歪みが世間の表沙汰になったのだ。

 聖遺物の奇跡によって絃神島を支える。そのような施策を世間は強く批判し、西欧教会を始めありとあらゆる組織や国家から非難が殺到した。オイスタッハに対する減刑嘆願も巻き起こり、日本政府はてんやわんやになりながらも対応に追われた。

 最終的に絃神市は二年以内に要石の返却を約束し、オイスタッハは国外追放処分。そして人工生命体(ホムンクルス)のアスタルテは主人の命令に従っていただけであるとして保護観察という処分に落ち着いた。

 事件から三日経った今では世間も落ち着きを見せ始め、絃神市民は何事もなかったかのように平和な日常を送り始めている。

 暁古城もまた、命懸けの戦いを終えたあととは思えぬ程に普段と変わりない姿で翌日には登校していた。クラスメイトや教師からは心配され、英語教師からは罰として雑事を押し付けられていたが、穏やかな日常に戻ろうとしている。

 そして雪菜は──

 

 

 ▼

 

 

 姫柊雪菜は、そよ風が吹き込むリビングに一人きりで座っていた。

 一人暮らしには広い、暁古城を監視するために用意された部屋。古城のお節介でいくらか家具が見当たるが、それでも年頃な女の子の部屋にしては物が少ない印象が強い。殺風景とも言える。

 部屋の中をぐるりと見渡して、雪菜は少し寂しげに目を細めた。

 この部屋とももうしばらくしたらお別れだろう。なにせ雪菜は第四真祖の監視役でありながら幾つもの失態を犯した。

 獅子王機関の秘奥兵器、神格振動波の術式を漏らした。

 監視対象である第四真祖を、危うく目の前で殺されかけた。

 おまけに彼が眷獣を制御できるよう、自分自身の血を与えてしまった。

 どれ一つとっても監視者としてあるまじき振る舞いだ。監視役失格として呼び戻されるのは確実。処罰も免れないだろう。

 それでも、雪菜の心に後悔はなかった。強いて挙げれば、この絃神島を離れなくてはならないことだろうか。

 この島で出会った人たちともう会えなくなる。それは、とても寂しく感じられた。

 ふと、脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。監視対象の第四真祖であり、どこか大人びた雰囲気を持つ高校生。隣の部屋に住む暁古城だ。

 彼とも会えなくなる。そう考えた途端、チクリと胸を刺す痛みに襲われた。気を緩めればほろりと涙が溢れそうになって、雪菜は堪えるように目元を抑えようとして、

 

「なにをそんな泣きそうな顔になってるんだ」

 

 聞き覚えのある声がして、慌てて顔を上げた。

 リビングの入り口のドアに凭れかかるように古城が佇んでいた。その表情は気まずげで、意図せず雪菜の泣き顔を見てしまったことを後ろめたく感じているようだった。

 雪菜は目を見開いて、

 

「ど、どうして先輩が……」

 

「いや、何度もインターホンを鳴らしたけど反応がなくてさ。凪沙から帰ってるって話は聞いてたから、気になってドアノブに手をかけたら鍵開いてて、それで上がった」

 

 すまん、と勝手に上がったことを謝る古城。雪菜は気にするなと手を振って笑う。

 

「それで、なにか用事でもありましたか?」

 

「うん、まあそれなんだけどさ。とりあえず、これ」

 

 手に持っていた一つの封筒を古城が差し出す。シンプルな茶封筒で、何かの書類が入ってるらしい。

 雪菜は首を傾げながら封筒を受け取り、差出人が獅子王機関であることに表情を強張らせた。

 

「ドアの隙間に挟んであったぞ。多分、いくらインターホン鳴らしても出ないから置いていったんだろ」

 

「そうですか……」

 

 どこか暗い面持ちで封筒を手に持つ雪菜。このタイミングで送られてくる書類として可能性が高いのは、やはり罷免書だろう。それか処罰の内容が書かれた書類か。どちらにしても雪菜の運命を左右する代物であることに変わりない。

 悲壮な表情で封筒を開けようとする雪菜を見て、古城が微苦笑を洩らす。

 

「そんな悲惨な顔をしなくてもいいだろ」

 

「でも……」

 

「いいから」

 

 古城に急かされる形で雪菜は封筒を開き、中に入っていた書類に目を通していく。そして読み進めていくうちにその表情を困惑と驚愕に変えた。

 書類の内容は雪菜の予想通り、此度の失態に対する処罰について書かれていた。その処罰の内容は──

 

「第四真祖の監視続行って……」

 

 実質、処罰なんてないようなものだった。

 身構えていた雪菜は肩透かしを食らったかのように惚ける。そんな雪菜に悪戯が成功した子供のような笑みを向けて、古城は言う。

 

「さて、俺の監視役の姫柊さんや。これからキーストーンゲートのケーキバイキングに行くつもりなんだが、ご一緒にどうだ?ちなみに二人程おまけもついてくるが……」

 

 どことなく煤けた空気を背負って古城は部屋の外を親指でさす。すると廊下のほうから賑やかな声が聞こえてきた。

 

「雪菜ちゃ〜ん、一緒にケーキバイキング行こうよ。古城くんが奢ってくれるんだって。だから行こ!」

 

「こらー古城!あんた、女の子の家に断りなく入るとかどんな神経してんの!?」

 

 ドタバタと上がってきたのは凪沙と浅葱。

 凪沙は雪菜の姿を視界に収めると朗らかに笑い、浅葱は古城の背中に強烈な肘鉄を叩き込む。そして不意打ちの一撃に古城が小さく呻いて沈んだ。

 一瞬で賑やかしくなった部屋に雪菜はしばし呆然としていたが、少しして控えめに苦笑する。

 この日常に自分も交じることができる。それがどうしようもなく嬉しくて、雪菜は心からの笑顔を浮かべた。

 風が吹き込むマンションの一室に、少年少女の楽しげな笑い声が響いた。

 

 

 ▼

 

 

 不気味さ漂う夜の彩海学園校舎。昼間の喧騒はなく、代わりに支配するのは耳が痛い程の静寂だ。

 生徒も教師もいない、人気のないはずの教室の窓際に一人の少年が立っていた。

 

「結局のところ、全部あんたらの思惑通りに終わったってことかい?」

 

 ヘッドホンを首からぶら下げ、短い髪を逆立てた男子生徒。彼は窓辺に留まる一羽の鴉に気安く話しかけている。

 

「かくして血の伴侶を得た暁古城は眷獣を一体掌握。また一歩、完全なる第四真祖に近づいた、というわけだ。しっかし分からんな。うっかり島を沈ませかねない化け物を、どうしてわざわざ目覚めさせようとしてんのか……」

 

 少年は黙りの鴉に疑問を投げかける。しかし鴉は沈黙。生物にあるべき生気を著しく欠けさせているせいか、少年が置物に独り言を吐いているようにも見えてくるが、少年は構わず言葉を紡ぐ。

 

「どうせあんたらのことだ。ロタリンギアもなにもかも承知の上であの子を送ってきたんだろ?」

 

 咎めるような口調で少年が言う。

 

「最初からあの子の血を古城に吸わせる気満々だっただろ。可哀想に、まさか自分が第四真祖の愛人として送り込まれただなんて知ったらなんて言うか」

 

『世の中、知らないでいたほうが良いこともある』

 

 不意に鴉が口を開く。どこか愉しげな、悪戯が成功して喜んでいるような声音だ。

 

『それに、あの娘が哀れなだけとは限らんさ。帝王の伴侶とはすなわち王妃ということだ』

 

「そうかもしれんが……俺としては複雑だな……」

 

 言って少年は教室中央の席を見やる。そこは彼の幼馴染の席だ。暁古城の真の監視者(、、、、、、、、、)たる彼が、こんな報告をしていると知ったら、恐らく彼女は烈火の如く怒るだろう。その姿を想像して少年は背筋を震わせた。

 

『さて、歴史の転換期に現れるという第四真祖。果たして今代の第四真祖はなにを齎すのか。せいぜいこの国にとって吉と出ることを祈るとするか』

 

「祈る気なんてないだろ。むしろ利用する気しかないくせに、よく言うぜ」

 

 吐き捨てるように言う少年。その表情がどこか挑発めいたものに変わる。

 

「だが、気をつけたほうがいいぜ。あいつはあんたらの思惑通りに動いてくれるようなタマじゃねえ。油断してると痛い目見るぞ」

 

『ふむ、気に留めておこう』

 

 ぞんざいに答えて、鴉の姿が解ける。ただの一枚の紙となり、ふわりと舞い上がっていく。

 夜の闇に消えていく紙を見届けてから、少年は一つの席に視線を流す。

 そこは暁古城の席。少年の監視対象であり、世界最強の吸血鬼、そして友人だ。

 彼との付き合いは三年になる。三年間、監視していたから分かる。暁古城という人間はどこか普通と違う。第四真祖だとか吸血鬼だとか以前の問題だ。根源的にどこかズレている。

 そのズレの正体は、未だ理解できていない。

 

「謎多き親友を持つと苦労するぜ、ほんと……」

 

 自分のことは盛大に棚上げして、少年は重々しく溜め息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 




ここで一度止めます。余裕を見ながら書き溜めて、できたらまた投稿しますのでよろしくお願いします。

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