「ふっ、はぁっ!」
「踏み込みが甘いッ!」
カァン、と木製の刀が、音を立てて空へと打ち上がった。
続けて二人のうち一人の男が、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
「……お見事、ですね」
「ガゼフさんこそ、王国最強と言われることだけはある」
「……謙遜を」
完敗。
たっちVSガゼフの試合は、その一言で終わるものだった。
息も絶え絶えのガゼフに対して、たっちは全く乱れていない。
かつて他のアダマンタイト級の者と手合わせをしたこともあったが、その者とは全く比べ物にはならない実力差があった。
「自分の実力には自身があったが……、それは慢心だったようだ」
「いや、その辺の奴等よりは格上だ。誇っても良いと思われるが?」
「ははは、そうですな」
普段なら嫌みに感じる言葉だが、不思議とスッキリとした気分だった。
完敗という、あまりにもハッキリとした勝敗に、ガゼフは清々しい気分さえあったのだ。
邪な心を持つ者ではなく、本当に良かった。
笑顔で手を差しのべるたっちを見上げて、ガゼフは心からそう思った。
◆
「うっはぁ、やっぱウンメ~ッ!」
「全く、宿に着くまで待ちなさいと言っているのに」
「そんなん待てるわけないだろ?こんなにうめぇ食い物」
「ペテルにド突かれても知りませんよ」
すっかり暗くなったエ・ランテルの中を、【漆黒の剣】のルクルットとニニャは歩いていた。
良い匂いのする紙袋から、串状の物に鶏の切り肉を油で揚げたものを刺している物を、ルクルットは笑顔で頬張っている。
【からあげぼう】という、【アインズ・ウール・ゴウン】が作り出した手軽に食べられる商品だ。
屋台で発売され、その美味しさと安さに大人気となっている。
他にも【ふらんくふると】という、揚げたパン生地に肉を閉じ込めた物や、【じぇらーと】という甘い氷菓子の甘味も大人気だ。
「ほんっと、すげぇよなぁ。あの人たち」
「ですね。……私たちの師事もしてくれるし、本当にお世話になってます」
ニニャはそう言って、首もとのプレートへと手をやる。
そこにはミスリルのプレートが掛けられていた。
彼ら【漆黒の剣】は、今やミスリル級の冒険者となり、オリハルコンにも手が届くかという程の実力になっている。
モモンガ達プレイヤー陣それぞれの熱心なワンツーマンのレッスンによって、一人一人がパワーアップしていた。
成長を遂げた【漆黒の剣】の実力は王国にも認められており、一種の特別扱いも受けている。
だが、良いことばかりということでもなく。
「ルクルットさーん♪今日は寄ってかないのぉ?」
「うげっ……、ご、ごめんね。明日の依頼の下準備があってさぁ」
「ざーんねん。じゃあ来週にでも来る?」
「い、いやぁ……。機会があったら行くよ、絶対」
ダラダラと冷や汗を流しながら歩くルクルットを見て、ニニャは意地悪な笑みを浮かべて言う。
「あれぇ?てっきり行くかと思ったのに、女の子の居るお店」
「ぐぬぬ、分かって言ってんだろニニャ。俺はもうしばらく良いよ……」
落胆した顔をするルクルットを見て、ニニャは苦笑いを浮かべた。
有名となった【漆黒の剣】は、以前では考えられないくらいの報酬も受け取っていた。
女好きなルクルットは、その金で遊び回っていたのだが、その有名税なのか、持ち前のルックスか、とにかくモテた。
そのまま調子に乗っていたとき、女性間で問題が起こり、手痛いしっぺ返しを受けたらしい。
ブツブツと何か呟いているルクルットを横目に、ニニャは何気なく視線を動かした。
夜空に広がる満天の星空を見て、
向かい側から来る仲の良い親子連れを微笑ましく見て、
路地裏にあるごみ袋を見て、
ニニャの時間が止まった。
ごみ袋から見えるその手に、ニニャは思わず立ち止まる。
そんな様子に、ルクルットが訊ねた。
「どしたんだ、ニニャ。……おいおい」
見ているものが分かったのか、ニニャにはあまり見せないよう、ルクルットは庇う。
だが、そんな彼を無視して、ニニャはごみ袋へと近付いた。
「この手の傷……。あはは、嘘だよね……?」
早打つ心臓を無視して、ごみ袋へと手をかける。
勘違いならどうでも良い。穴でも掘って、簡単に供養してやるだけだ。
だが――
「……ねぇさん」
「お、おいニニャ。……冗談だろ?」
ルクルットの言葉を否定するように、細い路地裏にニニャの慟哭が響いた。
ツアレニーニャ・ベイロン
原型が分からないほどの打撲傷で彩られた者の名前は、ニニャが探し求めていた者だった。
◆
「……どうですか、ペス」
「見た目は重症ですが、大丈夫です。わん。傷の手当ては全て終わりました。わん。すぐにでも動けるでしょう。わん。……本人に意思があれば、ですが。わん。」
変わった話し方をしている犬面人、ペストーニャの言葉に、ウールはそうかと返した。
とっくに閉店した【ふぁみれす】の一室で、彼女、ツアレは横たわっている。
何を見ているのかわからない虚ろな目で、ただじっと、天井を見つめていた。
「――ウルベルト様。……彼女の容態は?」
「この姿の時はウールと呼べ、セバス。……精神的にはボロボロだ、どうしようもない」
「…………」
「そんな顔をするな。私たちにも出来ないことはある」
「いえ、そのような意味ではなく。……ただ、外に居る方のことで」
セバスの言葉に、ウールは更に頭を悩ませた。折角再会した姉、ツアレが、廃人同様の姿で捨てられていたのだ。
ここにツアレを連れてきたニニャの顔は、何時もの彼女から大きくかけ離れていた。
『お願いします、姉を、姉を助けてください。どんなことでもしますから、助けてください!』
涙を流しながら、狂ったように言う彼女に、対応したセバスは面食らった。
その事もあり、ニニャへの報告を渋っているのだ。
今はルクルットが側で付いているが、次期にそれも意味をなくすだろう。
その時、急に金切り声が響いた。
視線を向けると、ベッドに居るツアレがこちらを見て怯えている。
正確には、この中で唯一の男性であるセバスを見て。
「落ち着いて。大丈夫です、ここには貴女に危害を加える者は居ませんよ」
バタバタと暴れる彼女を優しく抑え、ウールは優しく背中を擦る。
自分の状況が分かったのか、今度は嗚咽と共に何かを叫びだした。
涙声で何を言っているのか分からないが、おそらくは恨み言のようだった。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
落ち着いた彼女の腹が空腹を訴えるまで、ウールはツアレの側に居た。
◆
「……何者だ」
【ふぁみれす】の一階にある従業員専用食堂で、酒の瓶を持ったままたっちはそう声をあげた。
共に酒を飲んでいたガゼフは、急に雰囲気を変えたたっちに同調するように目を向ける。
そこには、二人の男が立っていた。
「ここに女が来たろ。返してくれよ」
「……大人しく返せば、殺さないぞ 」
そこに居たのは、“六腕”メンバーである、サキュロント、ペシュリアンだった。
全身鎧のペシュリアンに並々ならぬ気配を感じ、ガゼフが言う。
「女なぞ知らん。店はもう閉めてあるし、帰ってくれ」
「そうはいかん。ここに入るのを見たのだ。返してもらうぞ……殺してでもな」
言うと同時に、男の腕がグニャリと歪んだ。
その現象に、何が起きているのかとガゼフが警戒する。店の壁にかけてある鑑賞用の剣に手をかけると、そのまま抜いた。
「最近話題の【アインズ・ウール・ゴウン】のたっちと、王国最強と言われるガゼフか。さぁて、何処まで行けるかな」
「相手は強い、連携が大事だぞ」
「たっち殿、酔いが来ている身ですまないが共闘を頼めるか?」
「もちろん。……弱き者を助けるのは、男の役目ですから」
◆
「……失礼、どなたかな?」
「デイバーノックだ。……女が居るはずだが?」
「わざわざ名乗らなくて良いわよ。だって――」
もう一人、異形の者の隣へと現れた女の周囲に、フワリと数本の剣が舞う。
「ここに居る全員、ぶっ殺すんだからさぁ」
女、エドストレームは獰猛に笑った。
その女の笑みを見て、セバスは別にどうということもなく。自身の前に拳を構える。
自らの、自分の役目を果たすために。
「私、栄光あるナザリックにて執事頭の地位に就いているセバスと申します。……屋敷の掃除を任されている身、仕事を始めさせて頂きます」
許可された場合以外で、絶対に人を殺めるな。
創造主であるたっちの言葉を思い出しながら、セバスは自嘲気味に微笑んだ。
「何余裕こいて笑ってんのよ、このジジイッ!」
同時刻、同じ建物内にて戦闘は開始された。
◆
【アインズ・ウール・ゴウン】の抹殺。
それが六腕に任された仕事だった。
ゴミとして捨てた女、ツアレの家族が、オリハルコンに迫る程のミスリル級冒険者だったこと。
そしてその師として、【アインズ・ウール・ゴウン】がついていること。
市場を荒らされ、いくつかの収入源が無くなった裏の貴族達からすれば、思ってもいない好機だった。
“八本指”警備部門である“六腕”は、今夜【アインズ・ウール・ゴウン】を壊滅させ、市場はかつての通りに戻る。その筈だった。
「……いきなり何だ、お前は」
“六腕”にて最強と言われるゼロは、目の前の出来事に唖然とした。
自身の持つ最強の技、スペルタトゥーを全て使用した【猛撃一襲打】を、平然とした顔で受けているのだ。
本来であれば死んでもおかしくない一撃を、かわす事もせず受けた目の前の子供に、ゼロは驚愕する。
「な、何だ、何者だ、お前はぁ?!」
「いや、此方のセリフだよ……。モモだ」
心底面倒臭そうに言うモモを見て、ゼロは計画を練り直す。
一旦逃げて、体勢を整える、こんな化け物に勝てるはずがない。
逃げようと身体を翻したとき、屋敷の窓を突き破った物があった。
目の前に転がったへしゃげた鎧の者と、顔中ボコボコにされたローブの男を見て、ゼロは声をあげる。
「サキュロント、ペシュリアン?!」
「お、コイツらの仲間か。丁度良かった。うちの調度品の修理費を払って貰うぞ」
そんな間の抜けた事を言いながら、割れた硝子を踏んで男が現れた。
確かたっちとか言う男だ。
気軽そうに出てくるたっちに、割れた硝子をうんざりとした顔で見ているモモが言う。
「えー……、もうちょっと穏便に済ませましょうよ。何で窓を割るかな」
「ちょっと呑んでましてね。酔っててそこまで頭が回らなかったです」
「あぁ、ガゼフと呑んでたんですっけ。……ていうか、コイツら何なんです?」
「あー、話せば長くなるんですけどね……」
たっちが話そうと口を開いた時、モモがストップを掛けた。疑問符を浮かべたたっちにモモが言う。
「その前に、コイツら捕縛しちゃいましょう。……場合によれば、ナザリック送りで」
「――モモンガ様。それでしたら此方の方もお願いします」
声と同時に、幾つかの人影が降ってきた。一人の老人が引き摺っている者は皆ぐったりとしており、見るからに気を失っているのが分かる。
「デイバーノック、エドストレーム……」
「何だ、他にも居たのか。ご苦労、セバス。……後、この姿の時はモモンガではなくモモと呼べ」
「はっ、畏まりました。モモ様」
「いや、様も要らないんだが……」
困惑するゼロを無視してやり取りする彼らに、ゼロは今しかないと背を向けて走り出した。
が。
「何処にいく?」
「ぅ……ぁ?!」
突然。
まさに突然目の前に現れたモモに、ゼロは呻き声を上げることしか出来なかった。
その様子を見たモモは、ニコリと年相応の笑顔を浮かべて言う。
「安心してくれ。……貴様らの目的などを洗いざらい吸い出した後に、お前達の処遇を決めてやる」
見た目と釣り合わないその言葉に、ゼロはなす術なく蹂躙された。
◆
「始めまして、ヒルマオバちゃん♪」
急に開かれた定例会に来た麻薬取引部門のヒルマは、その異様な光景に言葉が出なかった。
役員達が座るテーブルの上に、一人の少女が天真爛漫な笑顔で立っているのだ。
自分以外に揃っている“八本指”全部隊の役員メンバーは、虚ろな目をして虚空を見つめていた。
その場所の空気と、少女が放つ雰囲気の場違いさに、ヒルマは数瞬頭が回らなかった。
「え、えっと、お嬢ちゃん?そこで何をしているの?」
「何って、悪者退治に来たんだよ、オバちゃん」
ヒルマの後ろで、扉が音を立てて閉まった。
振り返ると、一人の男が何やら工具の様なものを持って立っている。
簡単に言うと、15センチ程の細長い針状の物を。
「な、何よ、何のつもりよ、アンタら!」
「【アインズ・ウール・ゴウン】だよ。……用件は、言わなくても分かるよね?」
少女、アンの言葉に、ヒルマは言葉が出なかった。抹殺対象がのうのうと、しかもこの場を制圧した状態で待っていたのだ、馬鹿でもどうなるか分かる。
「ま、待ってちょうだい!お金ならあげるわ。必要な物でも何だって買ってあげるから、命だけは……ッ!」
「別に殺さないよ?」
あっけらかんに言われた言葉に、何を言っているのか分からなかった。
だが、続く言葉で事態は変わる。
「今から、貴方達の事はぜーんぶ話してもらうから、ぜーんぶね。……タブラさん、お願い」
「えぇ。……離れていても良いですよ?」
「うっ……、ならゴメン。やっぱりアレは苦手」
消えるように突如居なくなった少女の代わりに、タブラと呼ばれた男が言う。
「はい。と、いうわけで……。簡単に言うと、この器具を直接脳にぶっ刺して、記憶を話してもらいます」
こんな風に。と笑顔で言うと、目の前に居た役員、コッコドールの頭に針を突き刺した。
ビクリと数度跳ね、またダラリと項垂れる。
クチュクチュと音を立てる度に、指先がピクピクと痙攣していた。
「い、嫌。嫌よ、絶対イヤ!」
「……恨むなら、俺達に喧嘩を売った自分を恨め。なに、先程も言った通り、殺しはしないさ。……ただ、人ではなくなるがな」
抵抗虚しく、ヒルマの頭部へと針が突き刺される。
頭に何かがチクリと当たり、それがズブズブと入ってきたところで、ヒルマの意識は無くなった。
リ・エスティーゼ王国の裏を牛耳る、“八本指”。
その裏舞台の役者が降板されたのは、【アインズ・ウール・ゴウン】襲撃から僅か一日のことだった。
「モモンガさん、最近魔王の風格半端ないですね」
「あ、タブラさん、分かります?いやぁ、図書館にある漫画とかみて勉強したんですよ」
「僕も勉強中でしてね。……一緒に研究しませんか?」
「……良いですね。なら始めはどうしましょうか」
「やっぱり、身体に装飾を――」
後日。
右腕に謎の刻印を刻み包帯を巻いて、時折何かに耐えるように右腕を抑えているモモンガを見て、守護者達が高位の呪いを受けたかと大騒ぎするが別のお話。
こんな漆黒の剣も良いかなぁ。
次回はネタを挟んで、スレイン法国行きます。