その日、ナザリックは喧騒に包まれていた。
普段は静寂に包まれ、廊下を歩く足音しか響くことはない廊下を、数人のメイドやシモベが走り回る。
「――急ぎなさい、資材の搬入はまだですか?!」
「シャルティア様からのシモベの伝令によるとまだのようです!」
いつもは冷静なデミウルゴスですら、その日は焦っていた。
そのデミウルゴスの言葉に、走り回っていたシモベの一人、サキュバスがまだ届いていないことを伝える。
普段であれば叱責の対象であるその態度も、今はどうでもいいとさえ思えていた。
「くそ、ここで何としても手柄を立てなくては……」
デミウルゴスのその言葉は、廊下の喧騒に消えていった。
◆
円卓の間。普段は会議で使用するその場所は、今は男性プレイヤーしか居なかった。
「それで、どうします?」
重苦しい空気の中、取り敢えずジャブでモモンガが会話を繰り出す。
その言葉に反応するように、隣に座っていたたっち・みーが言う。
「ですから私たちは、自分の守護者の姿を使いますよ」
「えぇ」
「えー……」
同意するように頷いたウルベルトを見て、モモンガは分かりやすい不満を口に出した。
【変化の腕輪】の変化対象。
それが急務での議題だった。
ことの始まりは昨日。
「――やまいこ様、ぶくぶく茶釜様両名。御帰還されました」
「御無事の生還で何よりでございます」
守護者、シモベ、メイド……、ナザリックに存在する全てのシモベが、二人に向かって頭を垂れる。
困惑するやまいこと違い、ヒラヒラと適当に対応したぶくぶく茶釜は、モモンガの元へと来ると言った。
「ただいま。心配かけてすみませんでした、モモンガさん」
「あ、す、すみませんでした」
「いえ、二人が無事で何よりですよ」
本心からの言葉に、やまいことぶくぶく茶釜は胸を降ろす。
会話が終わったのを感じてか、執事のセバスと、守護者のデミウルゴスが三人に近付く。
「失礼を承知で申し上げます。あのような状況では、シモベの数名を引き連れて行くべきだと思われます」
「セバスに同意でこざいます。お二人は他の至高の方々と同じくナザリック、いや、この世において頂点に位置する御方。勝手な行動をされて、心配する者が居ると意識なさって下さい。」
デミウルゴスの言葉に反応するように、アウラ、マーレ、ユリが立ち上がり深く頭を下げた。
「……うん。ごめんね」
「次からは気を付けるから」
自分の子供ともいえる者からの心配に、二人も頭を下げた。また過剰に反応されても困るので、後で謝りに行こうとすぐに上げる。
「あ、モモンガさん。伝えることが」
「どうされました。やまいこさん」
「えーっと、近いうちに、ナザリックにお客さんが来るんですけど……」
「……え?」
それからのナザリックは嵐のようだった。お祭り隊長、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、るし★ふぁー、ヘロヘロを先頭に、ナザリック(特に外観)をリフォームしようぜ、となったのだ。
凝った見た目にするため、ブループラネット、タブラ、ウルベルトもそれに参戦した。
元々毒の沼地にあった遺跡が、だだっ広い草原に移ったので、ナザリックの外観は周囲に比べてあまり良いものではなかった。
皆が言うならせっかくだし、とモモンガもノリノリでGOサインを出した。
そこまでは良かった。
「なら、二人みたいに人間の時の姿でも決めましょうか」
誰が言ったか、その言葉から戦争が起きた。
「なら、私は守護者のセバスをモチーフとしましょう」
とたっち。
「それなら私はデミウルゴスですね」
とウルベルト。
「なら僕は……、あれ、もう居なくね?」
それからも争いは続いた。
「モモンガさんそのままでもカッコいいじゃないですか」
「人前に出れる姿じゃないですよね」
「コキュートスなんてどうです?絶対モテますよ」
「蟲にしかモテねーよ!」
「じゃあエクレアをお譲りしましょう」
「イワトビペンギンじゃねーか」
「おや、詳しいですね」
「誉められても全然嬉しくない!」
◆
そんなプレイヤーをそっちのけで、シモベの間でも争いは始まっていた。
「ぶくぶく茶釜様はルプー、やまいこ様はユリ姉をモチーフにした。羨ましい」
「いやぁ、こんな私を至高の方々に使われるなんて至極光栄の極みっす♪」
「ぐぬぬ……、腹立つほどに羨ましいぃ……」
「私もよ、エントマ……。他に決められていないのは、餡ころもっちもち様だけね 」
「至高の方々に使われるなど、私たちにとっては何物にも代えがたい至福。……譲りんせんよ?」
「それはあの方々が決めることよ、シャルティア。まぁ、貴女が選ばれることはないでしょうけど」
その場にいたプレアデス、守護者数名は静かに、されど激しく闘志を燃やす。
私が選ばれる。
水面下での戦いは、噴火寸前の火山のように高まっていた。
「……順当に行くならば、私の姿はウルベルト様が使われるかと思われるが……、ぶくぶく茶釜様の例を見ると、思わぬ番狂わせがありそうだ」
「ソウダナ。……マァ、俺ノ姿ナド、至高ノ方々ハ使ワナイダロウガ」
「そ、それを言うなら、ぼ、僕だって無いですよ。至高の方々からすれば子供に見えるし……」
「いや、マーレ。君は私たちが見ても子供に見えるが……。とにかく。今、ナザリックの模様替えをしているのは大きなチャンスだ」
デミウルゴスの言葉に、コキュートス、マーレは疑問を浮かべる。
セバスは察したのか、なるほど、と口を開いた。
「つまり、この模様替えでの貢献によって、今後至高の方々が行動をされる際、共に行動、または任命されると……」
「その通りだ、セバス。まぁ、至高の方々から頼りにされると思えば、分かりやすいかな」
話の内容を理解したのか、おぉ、と声を上げる。それぞれの野望があるのか、特にコキュートスはトリップしていた。
「オォ、若様。ソンナニ慌テナクトモ、爺ハココニ居リマスゾ……」
「いや、コキュートス。それはいくらなんでも飛び越えすぎだ……」
とにかく。と言って、
「今がチャンスだ。共に、ナザリックに、ひいては至高の方々に仕える者として、お互い協力しようじゃないか」
デミウルゴスが差し出した手に、その場に居た男性陣は手を重ねた。
◆
「おや、此処で何をされてるんです?タブラさん」
「あぁ、プラネットさん。外観をどのようにしようかと、考え中でして……」
第一階層、出入り口の付近で座り込んでいるタブラの近くに、ブループラネットは座った。
近くではコキュートスの配下である【八肢刀の暗殺蟲】が、姿を消して控えている。
二人とも【変化の腕輪】を使用していた。取り敢えずはその辺にいる人間の姿を、【遠隔視の鏡】を使用してコピーしている。
「それで、どうするつもりなんです?」
「んー、思いきってタイル張りにして外壁を造るか、柵を設置して庭園風にするかで迷っているんですけど」
「外壁は良いんじゃないですか? 要塞っぽく造るのもカッコいいと思いますけど」
「要塞……、良いですね。そのアイデアいただきです。」
目の前に広げた羊皮紙に、サラサラとタブラは書き込んでいく。
そこには全体の造りと、どこをどう造り変えるかのアイデアが記されていた。
「おかげで外観は決まりそうですね」
「そうですか。……他には何処をリフォームするんです?」
「第六階層に、お客さん用のホテルを建てるらしいですよ。もう、建築にまで取り掛かっているようです」
◆
「はいはーい、そこはもう床張って行って良いよー」
第六階層、ジャングルの一角に、その建物は建築途中であった。
骨組みは終わっており、後は各階層の床など、内装を完成させていくところだった。
「お疲れさま、アウラ。調子はどう?」
「ぶくぶく茶釜様、お疲れさまです! 後は内装を仕上げていくだけですね。後1日あれば終わりそうです」
「え、早……。大丈夫だよね、欠陥住宅とかじゃないよね」
「欠陥住宅……? モモンガ様から貸していただいた【デスナイト】や、コキュートス、デミウルゴスの配下の者が手伝ってくれてるんです」
「あぁ、なるほど。皆やる気充分なんだね、ありがとう」
「至高の方々からの命令とあらば、どんなことだって致しますよ!」
どん、と胸を叩き、誇らしげにするアウラに、ぶくぶく茶釜は笑う。
この工事終わったら絶対休ませよう。絶対。
そう、心に誓った。
◆
「え、えーと。こんな感じですか?」
「そうそう、そんな感じ。悪いね、マーレ」
「い、いえ。至高の方々からの命令ですから、嬉しいです!」
ナザリック外部、屋根部分に、三人の人影があった。
その中の一人、マーレが、隣にいるるし★ふぁーへと疑問を放つ。
「そ、それにしても、堀を三重に作るのは、どのような策略が?」
「俺の国では、昔拠点の回りに堀を掘ってたんだよ。侵入者のルートを削るのにも役立つし、仮に入られたりしても、橋を落とせば逃げられないしな」
「な、なるほど。確かに大人数でも一網打尽に出来ますね。流石は至高の方々」
「ま、【飛行】を使われたら意味ないけどねー」
「え、えぇー……」
ケラケラと笑いながら言うるし★ふぁーに、マーレは困惑する。
そんな二人に、隣にいた建御雷が訊ねた。
「ところでマーレ、掘はどれくらいの深さになっているんだ?」
「え、と、深さが大体10メートル、幅は5メートル程で造っています」
「そうか……、深さをもう3メートル深くしてもらえるか?」
「わ、分かりました」
杖を構え、マーレは魔法を起動する。
ドルイドである彼は、大地の操作に手慣れている。ゆえに、ナザリック外部での今回の作業は、彼の独壇場であった。
「(こ、これでアピールポイントは大分稼げたはずだよね)」
至高の方々直々の側近。
守護者各位、更には姉であるアウラを出し抜けたと、マーレは心の中でほくそ笑んでいた。
「そういえば建御雷さん、ここには何で?」
「満場一致で、るし★ふぁーさんの監視を頼まれました」
「そこまで信用ないの俺?!」