仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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FBI捜査官はロイミュードなのか-8-

「Oh!」

 

 唸りを上げる拳の一撃をまともに顔に喰らって、ロイミュードが驚きとも苦痛からともつかない叫び声を漏らす。しかし逆にドライブを驚かせたのは、次の蹴りを片腕で弾きながらロイミュードが放った一言であった。

 

「What?You cop,too?」

「何だ……こいつ、日本のロイミュードじゃないのか!」

 

 外国人のロイミュードも、これまでに存在しなかった訳ではない。それでも人ならぬ異形が英語を話すのは、ハリウッド映画のモンスターを相手にしているような、奇妙な感覚に襲われる。

 相手の問いには答えるつもりのないドライブが、蹴りの次に再び拳を繰り出そうとした時である。ファイアアーム・ロイミュードが右手を真っ直ぐに突き出したかと思うと、手首に装着されていた黒光りする三本のバレルが火を吹いた。

 重なった射撃音が冬の空気を叩き、吐き出された弾丸がドライブに撃ち込まれる。

 

「うわあっ!」

 

 至近距離で銃弾を浴びたドライブが苦鳴を上げてよろめくと、ロイミュードは素早く後ずさりながら発砲を続けた。鉛色の怪人は一秒にも満たない間隔で三発ずつの弾を同時に撃ち出しており、ドライブの装甲で全て防ぐのにはダメージが大きすぎる。

 やむなく、ドライブは射程距離外まで後退する羽目となった。

 

「くっ、これじゃあ近寄れない!」

 

 タイプスピードのドライブが悪態をついた時、またしても彼の胸元の最も厚い装甲から火花が散った。同時に、猛スピードで走ってきた車が衝突してきたかと思うほどの凄まじい衝撃が襲い、堅固な鎧に包まれた全身が吹っ飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

「泊さん!」

 

 思わず叫びを上げたドライブがもんどりうって数メートル後ろに弾き飛ばされると、心配した霧子が駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫だ!」

「進ノ介、あれを見ろ」

 

 助け起こそうとしてきた霧子に、乾いた芝生の上に倒れ込んだドライブが頷いて無事を伝えた。その薄い煙を上げる身体の正面で、ベルトがファイアアーム・ロイミュードに注意を向ける。

 仁王立ちしてこちらを向いている灰色の異形は、先まで発砲に使っていた腕を下ろしている。その代わりに、膝から生えたより銃口の大きなバレルが薄い煙を上げていた。もしろくに照準を合わせずに当てたのだとしたら、神業に等しい腕前と言って差し支えはない。

 

「あいつ……脚から撃ったのに、こんな距離の正確な射撃ができるってのか!」

「奴は、ベースになっている人間がかなり武器の扱いに慣れているようだ」

 

 驚愕しつつも立ち上がるドライブに、ベルトが緊張した声で警告を促す。

 

「くそっ!こっちだって、やられっぱなしでいられるか!」

 

 射撃ダメージの回復を感じたドライブが、次に出る反撃の手段を考えつつ身構える。しかし彼が再び格闘戦を挑もうと走り出したその刹那、敵ロイミュードの胸甲から派手に火花が散った。

 完全に不意を突かれたらしいロイミュードが、叫び声を上げて前屈みになる。

 

「Ah!」

「目には目を、だよ。兄さん!」

 

 体勢を崩した鉛色の巨体の向こうに、何者かの姿がある。

 大型バイクに跨がって白いパーカーを纏い、奇妙な形の銃を構えた若い男の姿--ロイミュードを背後から狙い撃ちにして得意気に笑う彼は、詩島剛であった。

 仮面ライダーの一人である剛は「どんより」の発生を察知し、この公園に愛馬を駆って駆けつけていたのだ。

 

 彼は一旦専用銃であるゼンリンシューターをバイクのシートに置くと、シグナルマッハを取り出した。同時に青く輝くバックルを腹に当てると、金属を思わせる光の帯が伸びてマッハドライバー炎となる。

 彼はドライバーの右側を叩き、現れたパネルにシグナルマッハを素早く装填した。

 

「Rider!Mach!」

 

 涼やかなメタリックブルーのバックルから跳ね上げられたパネルにシグナルマッハが収められると、仮面ライダーマッハの変身メカニズムが流れ出す。

 

「変身!」

 

 にやりと不敵な笑みを浮かべた剛が、溢れる自信を身に纏うとともに自らを鼓舞する一言を放った。

 シフトカーと同じく--ただし基本性能はドライブのそれを上回る、ネクストシステムを搭載しているが--コアを内蔵したシグナルマッハとドライバーが連動し、科学技術の粋を集めた白き閃光が若者の身体を覆った。

 全身を駆け抜ける心地好いエネルギーの波が腕を、脚を、強固な装甲で固めていき、同時に誰よりも速く駆け抜けるためのパワーを授けていく。

 僅か数秒の時間も要せず、冬の乾いた土の上に新たな戦士のシルエットが降り立った。

 

「追跡--撲滅!いずれもマッハ!」

 

 自らの信じる正義を貫く戦士へと姿を変えた剛が、意気揚々と名乗りを上げる。

 

「仮面ライダーマッハ!」

 

 そして一瞬だけ深く膝を折った姿勢を取ると、仮面ライダーマッハはすかさずゼンリンシュータを掴み上げた。

 

「喰らえ!」

 

 派手に新手が現れたことに驚いたのであろう。咄嗟に反応を返すことができなかったロイミュードの厚い胸板を、マッハの放ったエネルギー弾が直撃した。独特なフォルムの銃から続けざまに吐き出される形なき弾丸が、びっしり並んだバレルで埋め尽くされた敵の身体を捉えて火花を散らし続ける。

 

「Ohh!」

 

 立て続けに銃撃を食らったファイアアームズ・ロイミュードは、誰が耳にしても苦鳴とわかる声を上げて後ずさった。

 

「進ノ介、我々も銃で反撃だ!」

「よし。来い、ドア銃!」

 

 マッハが駆けつけた隙に態勢を立て直したドライブがベルトに促され、宙に手を伸ばして武器を召喚する。

 すると黒い装甲に覆われた手の中に、金属の塊が空を切って飛来した。赤と黒のツートンカラーに彩られたそれは、丁度車のドアを思わせる形をした銃である。

 進ノ介の「酷い」センスにより名づけられた、その名も「ドア銃」を構え、ドライブがトリガーに指を置く。

 

 その時であった。

 ドン、という轟音が周囲の空気を叩いた。

 「どんより」で鈍重になっている万物を震わせるほどの音が響き、軽い衝撃波すら広がってくるのがドライブの身体にはっきりと伝わってくる。

 

「Ahhhhh!」

 

 そしてファイアアームズ・ロイミュードが側面から襲ってきた銃弾の直撃を受け、苦痛の絶叫を上げたのも同時であった。ただしこれは、ドライブが発砲する一瞬前のことである。

 敵は確かに、いずこかから叩き込まれた銃撃を食らった。

 だがそのダメージは、ドライブとマッハによるものではなかったのだ。

 

「な、何だ?俺、まだ撃ってないぞ!」

「明らかに実弾のようだ。しかもこの発砲音は、警官の使う三八口径ではない。もっと殺傷力の高い……恐らくは五〇口径だろう」

 

 驚いてドア銃を下げたドライブをよそに、雷鳴の如き銃声を分析したベルトが特徴を伝えてくる。

 それを聞かされたドライブは、更に大きな驚きで声を上げざるを得なかった。五〇口径など、日本国内の一般的な警官向けの銃を遥かに上回る大口径だ。軍隊でも、拳銃クラスでそこまで大きな火器は使用していないだろう。

 

「五〇?そんな化け物みたいな銃、霧子……じゃないよな」

 

 一瞬バディである婦人警官に意識を向けたドライブであったが、いくら彼女でも通常の銃以外は所持していないはずだ。もっとも、最近りんなが霧子にと作った対ロイミュード用弾丸の威力は凄まじく、大口径の拳銃と比肩し得るくらいではあったが。

 

「誰だ!」

 

 そして不意を突かれたのは、やはりゼンリンシューターで追加ダメージを狙っていたマッハも同じだったらしい。驚きとチャンスを掠め取られた不快感をない混ぜにし、辺りを警戒する。

 ファイアアームズ・ロイミュードの身体が不規則な光に包まれたのは、二人のヒーローの意識が逸れたその時である。

 

 不気味な輝きが失われると、ロイミュードのシルエットはこれまでと全く異なるものになっていた。無数に生えていたバレルは影も形もなく、生物と機械の造形が混ざった暗色のボディと白っぽい頭に変わり、胸には鉄板のプレートが現れている。

 

「Uh...?...Fuck around!」

 

 思いがけず、進化前の姿である基本型に戻ってしまったことに立腹したのであろう。ロイミュードが表情のない顔に怒りを浮かべる変わりに、口汚く英語で吐き捨てる。気分を害されたことを態度で表しているロイミュードは、あらぬ方から攻撃してきた相手を求め、狂ったように辺りを見回していた。

 

「何だ、あのナンバーは?」

 

 隙の見えなくなったロイミュードのプレートを目にしたマッハが、不審そうな呟きを漏らす。

 ロイミュードは、進化前の基本型が三つに分かれている。飛行能力を持つバット型、口から粘着性の糸を吐くスパイダー型、格闘に優れるコブラ型があり、胸に刻まれたナンバーが確認できるのはこの時だけだ。

 バット型のボディに取りつけられたプレートのナンバーは「00A」で、これまで倒してきたロイミュードとは違い、三桁全てが数字ではなかった。

 無論マッハと共に戦ってきたドライブも、初めて目にするタイプのナンバーだ。ロイミュードに関しては関係者の中で一番の知識を誇るベルトすら、動揺して咄嗟に言葉が出てこない。

 

「Why...why here!」

 

 そこへ横合いから英語の、それも女性の怒鳴り声が割り込んできた。「どんより」の中で動けるのはロイミュードと仮面ライダーを除けば霧子だけの筈であるが、声は全く違うし、何より霧子はドライブの後方に控えている。

 では誰が、と一同が声のした広場の一角を注視する。

 

 そこでは黒のパンツスーツ姿の女が枯れた芝生を踏みしめ、黒光りする大型の銃を片手に構えていた。

 ポニーテールにまとめた茶色の艶やかな髪、小柄な身体と華奢な手足、幼さの残る顔に不似合いな鋭い眼光と、戦う者としての厳しい気配ーー彼女はまさに昨晩霧子が目撃した女性であり、FBI特別捜査官である間未来その人であった。

 未来の携える銃が、ハンド・キャノンという異名を持つ五十口径拳銃のデザートイーグルであることは、進ノ介や霧子には一目見て判別がついた。ロイミュードを一発で基本型に戻した先の強烈な銃撃は、未来によるものだったのだ。

 

 彼女はデザートイーグルを右手だけで構えているが、成人男性でも振り回されるほど反動が強烈な銃を片手で撃つ芸当は、明らかに人間業ではない。

 しかしその姿を目の当たりにしても、ロイミュードに浮き足立った様子はない。むしろ攻撃の主に覚えがあるようで、英語を理解しない者にも蔑んでいるのがはっきりとわかる調子で言い放った。

 

『ああ?誰かと思えば、FBIのメスゴリラじゃねえか。性懲りもなく、こんな辺鄙なところまで俺を追ってきたのか?それに、何で動けるようになってるんだ』

『そんなの、答える必要はないね』

 

 類人猿呼ばわりされたことには敢えて触れず、未来が言葉を切る。

 

『それに、懲りてないのはあんたの方だろ。わざわざ日本にまで来て、また誰かを殺すつもりでいるのか!』

『黄色いサルどもに、一泡噴かせてやるのも面白いからな。だが、俺はそのためだけに日本に来たんじゃねえ』

 

 僅かに、未来が片方の眉を吊り上げる。一度はセットした安全装置を外しつつ、彼女は基本型に戻ったロイミュードの雑言を聞き咎めた。

 

『じゃあ何のために来た?今すぐ白状しないと、また痛い目見るよ。このスクラップ野郎』

『はっ!お前らFBIや警察は、数を頼みにしなけりゃ何もできやしねえ、ゴミどもの集まりじゃねえか。メスガキは、大人しくそこら辺のサルどもと遊んでるのがお似合いだ!』

『そのメスガキに何度もやられてんのは、何処の腐れカスだよ?てめえなんざ、ビスの一本までバラバラにしてゴミ捨て場にぶちまけてやるよ!』

 

 英語の罵声には罵声で返すが早いか、未来が走り出した。

 鋭く踏み出すと同時にデザートイーグルの銃口をロイミュードに向け、.五〇アクション・エクスプレス弾を叩き込まんとトリガーを引く。全身を空気の塊で叩くかのような射撃音が、再びその場にいる一同を揺さぶった。

 だが、女捜査官の一撃を予測していたらしいロイミュードは宙に飛び上がって銃撃をかわすと、滑空しつつ彼女を嘲笑った。

 

『面白え。サル一匹でどれだけ悪あがきできるのか、試してやろうじゃねえか!』

 

 未来が立ち止まって敵を墜落させようと翼へ狙いを定めたところへ、ロイミュードが空中で指先を向けて爪の先から続けざまに弾丸を発射した。硬質な金属の礫が束になって空を切り、恐るべき速度で地上へと飛来する。

 しかし未来は強く地面を蹴ると進路をジグザグに取り、不規則な速度と角度によるフェイントを混ぜながら全弾を避け切っていた。その瞬発力たるや、一流の兵士以上だ言っていいだろう。特筆すべきは全ての弾道を見切る反射神経もさることながら、野性動物並みの全身の反応と、助走なしのスタートダッシュで人間離れした速度を出せる脚力だった。

 

 生身の人間に命中すればただの一発ですら命取りになりかねない弾も、彼女の動きの速さにはまるで追いついていない。更に彼女は回避行動に専念するだけでなく、空中にいる敵を常に視界に捉えながらデザートイーグルを撃ち続けていた。

 昨夜生身のマッハと格闘戦を演じて彼を叩き伏せたという話も、この身のこなしを見れば納得が行く。未来は幾多もの犯罪者に引導を渡してきたFBIの捜査官というだけでなく、兵士が戦場で戦うのための訓練を受けていることがはっきりと伝わってくるのだ。

 

 彼女の持つ大型拳銃が発する雷鳴の如き発砲音と、敵が放った弾丸の着弾音が入り乱れる隙間に、英語の怒鳴り声が織り混ざる。機械生命体と女捜査官の放つ声には強い感情が感じられ、牽制ついでに相手を罵っているであろうことは、英語を理解しない者にも伝わってくるほどであった。

 

 両者の撃ち合いには他者の入り込む隙が窺えず、ドライブの側まで後退してきたマッハが呟いた。

 

「うわー……あいつ、すげえこと言ってんなあ」

 

 明らかに引いている様子のマッハの方へ、驚いたドライブが振り返る。

 

「剛、あれがわかるのか?」

「あのロイミュードと間捜査官、何て言ってるの?」

「いや……姉ちゃんも進兄さんも、知らない方がいいよ。ものすごく下品なスラングだと思っといてくれ」

 

 マッハの姉である霧子も訳を求めてきたが、彼は言葉を濁らせて答えようとしない。

 法執行機関は男社会のため、下品な言い回しや汚い喩えが多いのは世の常だ。殊にアメリカでは顕著な傾向にあることを、同国に暫し訓練で滞在していたマッハは知っているのだろう。

 

「うむ。アレをわざわざ理解する必要はないだろう」

 

 英語に堪能なベルトも同感らしく、呆れ顔の表示をディスプレイに浮かべさせる。

 しかし今は、そんな悠長なことを言っている時ではなかった。うっかり唖然とさせられてしまったマッハが、はっと我に返ってドライブの肩を掴む。

 

「って、細かいことは後にしねーと。とにかく、全員であいつを攻撃して追っ払おうよ」

「そうだな。今はそれが先決だ」

 

 弟分であるマッハに促され、ドライブがドア銃を握る右手を上げた。

 

「じゃあ同時に行くぜ、兄さん!」

 

 ヒーローたちが息を合わせ、同時にドア銃とゼンリンシュータのトリガーを引く。

 二つの銃口から連続で放たれたエネルギー弾は、空中のロイミュードをまっすぐに捉えた。

 かのように見えたが、形なき弾丸は敵の翼を掠めたのみで、ごく僅かなダメージを与えただけに過ぎなかった。ドライブとマッハはバット型であるロイミュードを地に落とさんと、未来と同じように連続で引き金を絞り続ける。

 

『ちっ!おい、メスガキ。今日はこの辺で勘弁しといてやる。だが今度会ったら、必ずブチのめしてやるからな!』

 

 対峙しているFBI捜査官とは別の者からも飛び道具で攻撃され、流石に分が悪いと踏んだのであろう。旋回し続けながら英語で捨て台詞を吐いたロイミュードは、そのまま蝙蝠の翼で空を切って飛翔する方向を変え、逃走を図った。

 

『減らず口を!今日こそ、地獄に叩き込んでやる!』

 

 当然、未来には憎き相手を逃すつもりなどない。彼女は低く叫んでデザートイーグルのマガジンを素早く交換して撃鉄を下ろすが、上空高くを飛び去りつつあるロイミュードは既に射程距離外であった。

 今更発砲を重ねても弾の無駄と覚り、彼女は銃身を下ろして幼さの残る顔に悔しさを滲ませた。

 

「くっそ!また逃がしたか……」

 

 あっという間に小さくなったロイミュードの姿を睨みながら、未来はデザートイーグルの安全装置をかけた。周囲への警戒はまだ怠らずに銃身からマガジンを取り外し、コートの下に隠したレッグホルスターに銃身を収める。一連の所作に全く淀みがないのは、恐らく無意識下での習慣になっているためであろう。

 

 彼女が右の太股に装着しているのは黒い樹脂製のホルスターで、これはアメリカ軍の特殊部隊に所属する兵士が好んで身につけるものであることを、マッハは知っていた。デザートイーグルのように大口径の拳銃は、ショルダーホルスターに差し入れて持ち歩くのには適さないのだから、当然と言えばそうだろう。

 

 しかしいくらFBI捜査官とは言っても、戦場で使用するような銃を持ち歩くのは普通ではない。

 マッハが緊張を強めて未来から離れたままでいる一方、ドライブはやや硬いながらも普段と変わらない調子で彼女に声をかけていた。

 

「ミッキー」

「その声、進ちゃんだよね?……それにそっちは、昨日のあの子か」

 

 軽く息をついてから、未来が仮面ライダーたちへと視線を向ける。

 恐らく初めてであろう仮面ライダーの姿を目の当たりにしても、彼女はあまり驚いた素振りを見せていない。加えて、戦闘で聞こえてきた声から仮面ライダー誰であるのか、既に見当をつけているようだった。

 

「待て、進ノ介。タイプテクニックで、彼女の身体をスキャンしてみよう」

「あ、ああ」

 

 未来に近寄ろうとしていたのをベルトに抑えられ、ドライブがシフトテクニックを取り出す。

 彼は装甲に覆われた手で左手首のブレスレットからシフトスピードのシフトカーを外し、シフトテクニックと入れ替えてレバーを引いた。

 

「Drive,Type Technic!」

 

 瞬間にベルトの声が響き、腰のドライバーとトライドロンへとシグナルが送られる。ドライバーから光となって溢れ出したエネルギーとトライドロンから放たれたタイヤが合わさってドライブの身体を包み込み、赤と黒に彩られていた戦士の身体が全く異なるフォームへと変貌した。

 

「わっ、何それ!」

 

 今度はさしもの未来も驚いて、思わず声を上げる。

 仮面ライダードライブは、シフトブレスに装填するシフトカーを換装することでフォームチェンジが可能だ。シフトテクニックを使用したタイプテクニックもその一つで、明るいグリーンのボディと胸に埋め込まれたタイヤ状の装甲が大きな特徴となっている。

 

 しかしごつい外見に反した分析力と精密な行動が取れるのが、このフォーム最大の特徴でもある。ベルトはその機能を使い、未来が本物のFBI捜査官か否かを、即ちロイミュードかどうかをまず明らかにしようとしたのだ。

 ドライブが対象のスキャンを開始するとヘルメットの内部スクリーンに詳細な解析図が表示され、それが視界を共有するベルトにもデータとして展開されてくる。浮かび上がる様々な数字と技術的な英単語を読み取り、クリム・スタインベルトが結果を声に反映していった。

 

「心拍、体温は標準的な人間と同じ。体組成は有機物が約四〇パーセント、金属、強化プラスチックその他が六〇パーセント。それに、これは……コア・ドライビアの反応が!」

 

 最初は無機的に読み上げていたベルトの声が、最後に驚きと緊張を帯びたそれになる。

 コア・ドライビア。

 仮面ライダーやシフトカー、ロイミュードのボディに内蔵された超駆動機関である。重加速現象が発生するのも、あるいはその中で影響を受けないようにするのも、全てはこれがあってこそだ。そしてこの技術の結晶は生前のベルトが作り出したものであり、今やベルトの仲間でもごく限られた者しか作れないはずであった。

 

 ロイミュードたちが保有しているものを除いては。

 このコアは機械であるが故、人間の肉体に反応が現れることはまずないと言っていい。

 

「何だって?」

「じゃあ、やっぱりあいつは!」

 

 それを決定打とし、驚くドライブの後ろに色めき立ったマッハの声が重なる。

 しかし突き刺さるような敵意を孕んだ視線をマッハから向けられても、当の未来は悠然としたものだった。銃をカイデックス製レッグホルスターに収めた後は、ドライブとマッハに近寄りながら普段と変わらない口調で話しかけてくる。

 

「まさか、あんたたちがあの仮面ライダーだったなんてね。思っても見なかったよ」

 

 警戒もせずに歩んでくる未来の余裕ある態度が、よほどふてぶてしく見えたのであろう。マッハが一度は下ろしていたゼンリンシュータを再び構え、警告の一言を発した。

 

「おい、それ以上近寄るんじゃねえよ!」

 

 マッハは嫌悪感も露に声を張り上げる。

 だが、彼の隣に立つドライブは、幼馴染みがロイミュードだとはにわかに信じられなかった。それに先のベルトの分析結果では、未来の身体は全てが金属ではなく、有機物も四割程度含まれているということなのだ。機械生命体のロイミュードのボディに、そこまで高い割合の有機物が使われているものなのだろうか?

 それに何より、彼女はFBIの特別捜査官だ。

 そうもあっさりとロイミュードとの入れ替わりを許してしまうとも思えない。

 

「……進ノ介?お、おい、待つんだ!」

 

 ドア銃を構えもせずに未来の方へと踏み出したドライブを、ベルトが慌てて制しようとする。

 焦るベルトの声は敢えて流し、ドライブはいきなり確信に迫る話を切り出した。

 

「お前まさか、ロイミュード……」

「ん?……あ、そっか。まだ……って、え?」

 

 変身した幼馴染みに小首を傾げて見せた未来の言葉が、冷たい金属音とともに途切れる。

 

「えぇー?!」

 

 両手に違和感を感じたらしいFBI女性捜査官は、顔の前に両手を上げて素っ頓狂な叫びを漏らした。黒いコートから除く彼女の白い手首には、黒光りする手錠ががっちりと嵌められていたのだ。

 

「貴女の身柄は、私たちが確保させてもらいます」

 

 いつの間にか未来の背後に忍び寄っていた霧子が、拘束された華奢な腕を取ってそのまま連行しようとする。霧子より背が低い未来は、まるで後ろ向きに引きずられるような格好で歩かされ始めた。

 

「詳しい話は署で聞きます。泊さん、剛も。行きましょう」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!私、ロイミュードじゃないって!」

 

 霧子の有無を言わさぬ口調に、未来が思わず抗議の声を上げる。

 

「貴女、昨日もどんより発生中に動いてましたよね?誤魔化しても無駄です!」

「誤魔化すってそんな、人聞きの悪い!私、そんなつもりは!」

「特別捜査官の貴女ならご存じでしょうが、貴女には黙秘権があります。今は不利になることは喋らない方が、ご自身の為になりますよ」

 

 誤解だ、と言いたげな未来に先んじて、霧子が強く牽制する。ロイミュードの正体見たりと顔に書いてある霧子の行動力が、いかんなく発揮された瞬間である。女性警官が小柄なコート姿の女に手錠をかけて強引に引っ張っていく様子を、ドライブとマッハは呆気に取られて見守るしかなかった。

 たっぷり数秒は数えた後、はっと我に返ったドライブが慌てて二人の女性を追い、マッハもその後に続く。

 

「お、おい霧子!待てって!」

 

 確かに未来は「どんより」発生中に平然と戦い続け、超人的な戦闘力を見せつけた。

 加えて、体内にコア・ドライビアがあることも確認された。

 その一方で、彼女は一度もロイミュードの姿になっていない。

 今の段階で幹をロイミュードと決めつけるのは、やはり早い気がする--

 

 霧子を追いかけるドライブは話したいことを頭の中で整理しつつも、どうも解せないことが一つだけあった。

 何故霧子は剛以上に、未来をロイミュードだと決めてかかっているのか。

 その答えが出る前に、ロイミュードが去った付近一帯は「どんより」から脱しようとしていた。


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