仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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FBI捜査官はロイミュードなのか -7-

「うーん……美味しい!やっぱ、焼き魚は日本料理に限るよねぇ」

 

 とろけそうな笑顔で溜め息をついた未来が、目の前の白身魚の塩焼きに再び箸をつける。

 彼女は添え物の大根おろしや切り干し大根の煮物、赤出汁の味噌汁やご飯を一通り味わい、また少しずつ食べて味を堪能する、ということを繰り返していた。

 何の偏徹もない焼き魚定食をあまりにも美味そうに食べる様子に、進ノ介は呆れ気味だ。

 

「日本料理って……」

 

 未来と同じテーブルでもそもそとカレーを食べる彼には、未来の食べている定食がどう見ても安っぽい、味は値段なりの日替わり定食にしか見えない。

 

「ここ……ただの試験場併設の食堂なんですけれど」

 

 それは進ノ介の隣に座り、オムライスをスプーンでつついている霧子も同じ意見のようだ。ぼそりとこぼした彼女はあまり感情表現が豊かな方ではないが、それでも今は呆気に取られつつ驚くという器用な真似ができているようだった。

 

 午前中は特状課オフィス内で捜査についてのミーティングを継続していた三人は、昼食を久留間運転免許試験場内の食堂で摂っていた。ここは全国の公共施設によくある、値段は高くないが味も圧して知るべし、なレベルであり、感動するほど美味な料理が出てきたことなどただの一度もない。

 であるのに、未来は進ノ介と霧子の反応を真っ向から否定した。

 

「いやいや!こんな味、アメリカではまず食べられないから。大都市に行っても気取った店か、なんちゃって和食しかないしさ。そういうところでも如何にもって大味か、不味いかのどっちかなんだから……よし、ご飯とお味噌汁はもう一杯もらってこようかな」

「まだ食うのかよ?」

 

 未来はまだ時間に余裕があることを、ごついダイバースウオッチで確認してから席を立とうとする。そこへ進ノ介が更なる呆れを重ねて突っ込んでいた。

 

「そりゃあもう!こっちに帰ってきたら食べようと思ってたもの、いっぱいあるしね。牛丼とか、カレーとか、ラーメンにうどんに蕎麦に、餃子とかコロッケとか焼き鳥とか……あ、あとメンチカツも捨てがたいなぁ」

「安いもんばっかだな……」

「日本のB級グルメは馬鹿にできないんだからね?後で、この辺りのお勧めのお店も教えてよ」

 

 嬉々として庶民的な惣菜の数々を挙げる未来は、嘗ての幼馴染みの反応など意にも介さない。さっさと茶碗と椀を手にすると、注文カウンターの方へと足取りも軽やかに歩いていった。

 

「おばちゃーん、ご飯とお味噌汁お代わり。それと、納豆追加お願いします」

 

 珍しい、加えて元気のいい若い娘の追加注文の声に、厨房から恰幅のいい年配の女性がひょいと顔を出した。

 

「あら、女の子なのにいい食べっぷりだねぇ。今時、あんたみたいな娘は珍しいよ」

「身体使う仕事ですから、お腹減るんですよ。それにすごく美味しいから」

 

 追加を申し出てきたのが若い娘だと知ったエプロン姿に三角斤の女性は、気を良くしたらしい。彼女は丸い顔に皺を寄せてにこにこ笑うと、頼まれていない小鉢までカウンターに出してきた。

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。じゃあ、はい!煮物はサービスしとくよ」

「わあ、ありがとうございます!これ、頼もうかどうか迷ってたんです」

 

 おまけしてもらった肉じゃがの小皿も嬉しそうに受け取り、未来が目を輝かせる。

 まるで学食堂のおばちゃんと学生そのままのやりとりを見て、進ノ介が聞くとはなしに霧子に訊いた。

 

「……なあ、あいつ本当にロイミュードなのかな?そもそも、ロイミュードって飯食うんだっけ?」

「私も……ちょっと自信がなくなってきました」

 

 機械生命体であるロイミュードに食物による栄養補給が必要などという話は、霧子も聞いたことがない。進ノ介の前で疑わしき存在は一緒に見張ると豪語したものの、彼女は早くもその意思をぐらつかせていた。

 

「けど、午後の捜査では現場に行くんです。そこでまた新たな事実がわかるかも知れません」

 

 ロイミュードが食事をしないと決まったわけではないが、未来がロイミュードではないと決めつけるのはまだ早い。少なくとも、今日一日様子を見てから判断するべきであろう。

 午後に控えたロイミュード襲撃事件現場の現場検証に向けて気持ちを切り替えるために、霧子は皿に残っていたオムライスを猛然と食べ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 進ノ介と霧子、現八郎は未来をメンバーに加え、午後一番に傷害未遂事件のあった公園へと出向いていた。

 寒気のせいで枯れた芝生が目立つ広場の周囲には立入禁止を示す黄色いテープが張り巡らされ、その内側ではお揃いの制服姿の鑑識スタッフや警官たちが、忙しげに動き回っている。警察に勤務し捜査活動を行う職員にとっては、ごくありふれた光景である。

 

 しかし通常と異なるのは、その中の数人が大きな機械を背中に背負い、色とりどりのランプが取りつけられたヘルメットを被り、前時代的な度の強い、不格好な眼鏡にしか見えないグラス型センサーを身につけてうろついていることであった。

 そんなけったいな機械を装着して捜査に当たっているのは、特状課から来た進ノ介ら三名だけだ。が、未来は彼らの様子を興味深そうに見守っていた。

 

「これは?」

「どんよりの痕跡を見つけるピコピコです。うちの沢上先生が作ってくれた逸品なんですよ!」

 

 興味津々になっている未来に、現八郎が胸を張って答える。

 

「ピコピコ?」

「正確には、重加速粒子測定器です。これの反応を見て、ロイミュードが現場にいたかどうかを判断します」

 

 すると、横合いから霧子が律儀に正式名称と用途とをつけ足してきた。未来は感心したように頷いて、資料用の画像を手元の一眼レフで撮影しながら感想を口にする。

 

「へえ、クールだね。こんなのがうちの部隊にもあればいいのに」

「クールって……お前、アメリカにいてセンスまで変になっただろ」

 

 ギャグマンガにでも登場しそうなこの機械のデザインを本気でいいと思っているらしい未来に、進ノ介もまた正直な感想を抱いていた。しかし、本当なら嘗ての捜査一課の者たちのように、指を差されて笑われなかっただけでも感謝するべきなのであろう。

 

「重加速の痕跡が認められますね。ロイミュードが現れたことは間違いありません」

「やっぱりか。それにしても……子どもを狙うなんざ、許せねえ奴だ。必ず捕まえるぞ」

 

 そしてそんな姿で真剣に警察官同士の会話が行われているのだから、これも何ともおかしい。

 そこへまた制服姿の警官が畏まって敬礼する姿が混ざると、奇妙さは倍増した。

 

「追田警部、昨日の被害者の方です」

「わざわざご足労、ありがとうございます……こんにちは」

 

 緊張している若い警官に返礼した霧子が、制服姿の後ろに立っている二人連れに声をかけた。

 警官に連れられてきたのは、小学生くらいの男の子とその母親らしき女性だった。親子は怯えたように無言で、母親だけが霧子と現八郎に小さく会釈を返してくる。男の子に至っては、周囲の異常な雰囲気にすっかり飲まれてしまっているらしく、母親の後ろに隠れたままだ。

 

 この男の子がロイミュードに襲われた被害者だということを、特状課の一同は午前中のミーティングで把握済みであった。

 

「坊主、昨日は大変だったなあ。怪我がなくて何よりだ。もし良かったら、おじさんたちにここであったことを話してもらえないかな?」

 

 現八郎がしゃがみ込み、男の子と視線の高さを合わせながら優しく促す。彼は密かに子供好きであることが囁かれていたが、その気遣いの姿勢にも噂の基が裏付けられていた。現八郎の後ろに立っていた霧子も、努めて柔和な笑顔を心がけつつ男の子に言った。

 

「お姉さんたち、そうしてくれるとすごく助かるの。お願いできる?」

 

 が、やはり硬さと不自然さが拭い切れていなかったらしい。

 男の子はびくっと身体を震わせ、べそをかきながら母親にしがみついていた。

 

 重加速粒子測定器のグラスやヘルメットもつけたままでいたせいか、本来なら頼もしく見える筈の婦人警官のいでたちは、余計に恐怖心を煽る羽目になってしまったようだった。

 

「おっとっと……そうだ!確か、気がついた時はあっちのバス停にあるベンチで寝てたんだよな?先に、そっちに行ってみようか。かっこいいパトカーとか、いっぱいいるぞ?なっ!」

 

 被害者の男の子が泣き出しそうになっていることを察した現八郎が、慌てて公園の出入口の方を指し示す。男の子がパトカーに反応し表情が変わったところで、すかさず彼は親子の背を押してもう一つの現場へと向かっていった。

 広場に取り残されて皆を見送るだけの格好となった霧子が、小さく溜め息をついてヘルメットとグラスを外す。

 

「どうかしたのか?」

 

 パートナーが一人、ぽつんと佇んでいるのを見咎めた進ノ介が戻ってきた。

 既に雑木林へと親子と現八郎、彼らに加わった未来が姿を消しつつある様子を見守り、霧子が呟く。

 

「……どうも、怖がらせちゃったみたいで。子どもの扱いって、難しいですね」

「仕方ないさ。あの子のことは、現さんに任せておこう」

 

 未だうまく笑顔を作れない彼女にフォローを入れ、今度は一緒に捜査に当たるべく重加速測定器をつけ直そうとする。

 その刹那のことであった。

 身体の筋肉と神経が強張り、自由に動かせなくなる。

 枯れた芝生を踏む足も、巡らそうとしていた視線も、全てが自分の言うことをきかなくなっていた。

 ただし全く動けなくなっているのに思考だけははっきりしていて、自分が認識できる全てが数十倍にも引き伸ばされているのだ。

 重加速現象の発生であり、この付近にロイミュードが現れた証であった。

 

 まずい、と進ノ介と霧子が危機感に煽られたと同時に、急に鈍重な感覚から解放される。

 まるで空間そのものに絡め取られていた中から蹴り出されるように、五感がすっと軽くなった。

 

「うおっ!」

 

 思わず呻いた進ノ介と、よろめいた足を踏みしめた霧子の下には、シフトカーたちがすぐさま駆けつけてくれていた。彼らのおかげで、重加速に巻き込まれたのはほんの数秒で済んだのだ。

 

 言葉を持たない仲間たちに心の中で感謝しつつ、二人は慌てて周囲を見渡した。現場にいる捜査員たちは全員が凍りついたように動かなくなっており、風の音さえしない不気味な静けさに包まれている。

やはり、ロイミュードが起こした「どんより」がこの付近を掴んだままでいるのだ。

 

「まさか、またあのロイミュードが?」

 

 昨晩ここで目撃した光景を閃かせた霧子が、拳銃を構えて辺りを警戒する。同じロイミュードが出現したのだとしたら、狙いが母親に連れられてきたあの男の子である可能性を考えるのが自然だった。

 

「もしかしたら、またあの子を狙ってるのかも知れない。行くぞ、霧子!」

「はい!」

 

 同じ考えに至った進ノ介が、現八郎たちに連れられた少年がいるであろう雑木林へと走り出す。

 途端、二人の足元が穿たれ、乾いた土片が飛び散った。何かが連続で地面に撃ち込まれたのだ。

 

「きゃあ!」

「霧子!」

 

 咄嗟に身をかわして弾丸らしき何かの直撃は避けられたものの、衝撃に驚いた霧子が悲鳴を漏らす。進ノ介は我が身を楯として彼女の前に立つと、片手でその細い半身を抱くようにして更に後退した。

 

「大丈夫か?」

「はい……泊さん、あそこです!」

 

 二人は倒れ込むようにして地面に伏す形となっていたが、互いの無事を確認してから霧子が目ざとく凶弾を放ってきた相手を見つけ出していた。

 若き女性警察官の指し示す先には、奇妙の一言では言い表せない人影があった。

 立入禁止区域に忽然と現れたのは、全身から大小のバレルが生えた厳つい鉛色の怪人、と言ったところだろう。脚部や腕には無数の銃口が口を開けており、拳銃などの小火器からロケット砲の砲弾を思わせるほどの大きさのそれが窺える。

 顔は機械式のゴーグルを被ったような形で、明確な目はどこにあるかわからない。明らかに、生物ではないと判断できる外見であった。

 

 この歪な人影が、進化態となったロイミュードであることは間違いない。しかし霧子が昨晩ここで目撃した、刀を携えた個体とは全く違う。彼女はそのことに少なからず動揺を覚えたが、なるべくそれを表に出さぬよう呼吸を落ち着けてから事実を口にした。

 

「あれは……昨日私が見たロイミュードと違います。連続傷害事件の犯人ではありません。恐らく、新手です!」

「何だって?」

 

 二人のロイミュードが時を同じくして現れるという事態に、進ノ介の表情が険しさを増す。

 撃ってきたロイミュードーーファイアアームズ・ロイミュードは、次に攻撃する対象を決めかねるように辺りを見回している。重加速下の今、狙い放題の標的を前にして嬉々としているのがその動きからも伝わってくるようだった。

 

 こうなってしまった以上、もう一体が現れる前に追い払うことが先決と判断し、彼はシフトカーを素早く取り出した。

 

「とにかく、あいつに好きなようにさせるわけにはいかない。行くぞ!」

 

 進ノ介がドライブドライバーを腰に巻きつけてイグニッションキーを捻ると、シフトブレスがレバーモードにチェンジする。その隙間にシフトスピードのシフトカーを滑り込ませ、全身を緊張させた若者は叫んだ。

 

「変身!」

「OK! Start your engine!」

 

 シフトブレスのレバーを引き雄叫びを上げた進ノ介に応えて、ベルトが変身モードを始動させた。

 進ノ介の装着するシフトブレスの信号に反応したドライバーとトライドロンがコア・ドライビアに連動し、進ノ介を超人へと変化させるシステムが動き出す。科学技術の粋を集めたドライバーから溢れ出したエネルギーが光となって変身者を包み込み、その一瞬後には実体化した装甲が細身の身体を覆い尽くしていく。

 

 そして駐車されていたトライドロンからはタイヤが閃光と共に放たれ、赤と黒に彩られた異形の半身へと一直線に飛んだ。光の輪は彼を護るように、右肩から左胸にかけての鎧へと変化して硬化を瞬時に終える。

 

「Drive,Type Speed!」

 

 変身の挙動が収束すると同時に、ベルトの声が高らかな仮面ライダーの変身した姿の名乗りを上げた。ロイミュードと戦う戦士、仮面ライダードライブの基本フォームであるタイプ・スピードが現れた瞬間である。

 

「霧子はここにいてくれ!」

 

 ドライブはパートナーに一言言い残すと、装甲に包まれた脚で土の地面を蹴り、まっすぐにロイミュードへと向かっていった。対するロイミュードは、大勢いる警察関係者の中から鑑識スタッフの一団に狙いを定め、片腕を差し向けている。重加速の中、反撃してくる者がいるとは思っていないのだろう。

 隙だらけのところへ、ドライブは気勢を上げて突っ込んだ。

 

「はあっ!」


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