全画面モードで再生された動画の冒頭に映し出されたのは、陽光が溢れる緑豊かな住宅街の一角であった。日本とは違いカラフルな外観の平屋が木々の間に建ち並び、木の塀や生け垣が一戸一戸を隔てている。
カメラはその奥、レモンイエローの壁の家の庭を中心に据えているようだった。よく見ると画面の端には拳銃ではない、ライフルらしき黒いバレルが映り込んでいる。それが撮影者、即ち未来が武装した状態でいることを示していた。
画面にはロイミュードの姿はなく、庭の奥の木立を捉えたまま動ほぼかない。恐らく、双眼鏡か何かでしか確認できない位置に隠れているのを監視し続けているのだろう。
音声には、時折通信らしき英語が紛れ込んできている。雑音混じりのそれはりんな以外だと「Stand by」「Target」「Move」くらいしか聞き取れないものであったが、その度に画面のバレルが動くところを見ると、射撃のタイミングの指示なのであろう。画面には映っていないものの、付近に大勢の警官や保安官が潜み、ロイミュードを取り囲んでいるに違いない。
そうこうしているうちに、バレルが画面の中央にぴたりと固定されて動かなくなる。未来が狙撃の構えに入り、どこかで息をひそめているロイミュードに狙いを定めたのだ。
動画を特状課の一同が固唾を飲んで見守る中、一際大きな号令が響いた。
「Fire!」
低く鋭い声が終わるか終わらないかのうちにドン、と肚に響く重低音を伴った狙撃ライフルの発射音が空気を叩き、マズルフラッシュの炎が画面の中央を舐めた。更に続けざまに二度、同じ音が轟いて空間に存在する粒子の全てを揺るがす。
銃口から吐き出される煙にバレルが薄く煙ったとき、突如として画面奥の木立ちが赤く輝いて破裂し、派手な爆発音を伴って芝生と木々が燃え上がった。
未来からライフルの弾丸を三度叩き込まれ、身を隠しているロイミュードの身体が爆発したのだ。
何の前触れもなく起こった荒い火炎が閑静な昼の住宅街を不気味に照らし、手入れされた庭の花を薙ぎ倒し、黒煙を辺りに撒き散らす。
しかし荒れ狂う炎の中から、不吉な光を纏った何かが宙へと飛び出した。不規則に輝くそれは辺りの家々の屋根を見下ろす位置でぴたりと止まり、物理法則を無視した遅さで空中を水平に移動し出す。
吹き飛ばされた破片が飛び散るよりもゆっくりと空を漂う光、つまりロイミュードの破壊を免れたコアは、まるで辺りに大勢いるであろう警察関係者を嘲笑っているかのようだ。
「Oh,god!」
途端、通信に悲嘆にくれた一言が乗せられ、周囲からも嘆きを含んだざわめきが広がってくる。
カメラが未だ追い続けているコアは、その忌まわしい輝きが画面中央に捉えられた刹那、木立の中へと飛び込んで一瞬のうちに見えなくなってしまった。
この日本で進ノ介や霧子も幾度となく目にした、ロイミュードの心臓部の逃走だ。しかし警察関係者の反応からすると、もう何度もコアを逃しては体を破壊することを繰り返しているのだろう。
その度に多数の犠牲者を出しているのだとしたら、彼らの怒りと悔しさは察するに有り余る。
特状課の皆が同じ思いで言葉を発せられずにいると、未来が動画の再生を止めて重く口を開いた。
「以上が、アメリカでの戦闘です。ご覧の通り、敵は何度倒されても、同じ姿で復活してきてしまいます。それに私共も、あの時間が遅くなるFu……コホン、忌むべき現象のために、どうしても遅れを取ってしまうのが重大な問題です」
途中に咳払いを挟んだ彼女の言う「忌むべき現象」とは重加速、日本でのどんよりのことだ。
この動画では発生していなかったが、日本の警察でも一番手を焼いているのがどんよりであり、アメリカではそれに加えてロイミュードの完全な駆逐が不可能であることも重なっている。一般市民から警察やFBIに向けられる視線も、さぞかし冷たいであろう。
事情を察した進ノ介が机の上で手をきつく組み、止まっている動画再生画面を睨んだ。
「アメリカで暴れてるのは、一体だけなのか?」
「いいえ。他にも複数いますが……最も凶悪なのが、先日破壊したこのアルファというロイミュードです。人間形態はこれです」
未来が一度タブレットを手元に引き寄せ、画面を数度タップしてから再び机の端に戻す。
一同の視線を再度集めたそこには、スキンヘッドで筋骨隆々な男の全身と上半身の画像、簡単な犯罪歴が英語で書かれたメモが表示されていた。
収監時に刑務所で撮影された画像なのだろう。身長を表すための目盛りの前に立ち、オレンジ色の囚人服を着せられた白人の大男は、青い瞳にふてぶてしさを浮かべているのに加え、口の端をつり上げて笑っているかのようだ。
「名前はエディー・ブライアン・ポーター。アルファというのは、我々の部隊内でのコードネームです。生憎、ロイミュードとしての姿は鮮明な画像がありませんが」
ロイミュード態がの資料がなければナンバーも確認できないが、日本でアルファなるロイミュードが現れる可能性は限りなく低いため、あまり問題ではない。しかし気になるのはこれまでにアルファがどんな手段で人を殺し、どのような特殊能力を持っていたかということだ。ロイミュードの能力には個体によって様々であるため、対策を立てる場合に必ず必要となる情報のはずだ。
進ノ介がアルファと呼ばれているロイミュードの詳細に引っ掛かっている一方で、未来は話を更に進めていた。
「エディーは元アメリカ陸軍の兵士で、軍を除籍になった後に武器の不法所持で指名手配されました。その逃亡中に連続殺人事件を起こし、凶悪犯となった元死刑囚なんです。彼に殺された被害者は、全部で十八人。間違いなく死刑が執行された後に現れて再び殺人を犯し、何度射殺しても死なないことから、マスコミが勝手にゾンビ・マーダラーと呼んでいます」
彼女が再度画面をタップすると、今度はアルファらしき姿が小さく写った画像がスライドされてくる。
警官隊と銃撃戦の最中に望遠カメラで撮影されたと思しきその画像では、黒っぽい大きな人影がオレンジ色に輝いているように見えた。攻撃を喰らわされて全身が爆発する直前にシャッターが切られたのであろう。
「元の人間の知識を利用しているために銃器の扱いに長けていて、現在連邦政府が最も手を焼いているのがこのアルファになります。銃撃戦の度に、警察関係者も何人もやられました。これ以上の死傷者が出る前に、何としても倒さねばならないんです」
そこで資料は終わりらしく、未来はタブレットに伸ばしていた白い指先を離して小さく息をついた。
語り口は淡々としていても、その裏に深い苦悩を感じさせる。きっとアルファに殺された被害者やこれまでに死んだ同僚たち、そしてその遺族たちの無念さを一身に背負って来日したのであろう。
決意を新たにするように顔を上げ、彼女は特状課の一同の顔を見渡した。
「この特状課では、ロイミュードが起こした事件の痕跡を辿る技術や、ネットワークの解析に優れていると聞いています。是非、私たちにもご指南を頂きたいんです」
若き女性FBI捜査官の黒い瞳には、後悔や悲しみを凌ぐ強い意思が秘められていることが見て取れる。
自国の市民を守るために遠く離れたアメリカから訪れた人物の願いを、誰が撥ねつけることができよう。進ノ介を初めとする特状課の面々は、未来の言葉に応えて力強く頷いて見せた。
「わかりました。泊ちゃん、現さん、それに霧子ちゃんも。現在うちで担当している連続傷害事件の捜査メンバーに、間捜査官を入れてください。現場に行くことがあったら、可能な限り彼女を同行するようにお願いしますよ。究ちゃんとりんなさんは、待機中にオフィスでできることを教えてあげて下さい」
「ありがとうございます。皆さん、よろしくお願いします!」
皆からの声なき答えと本願寺課長からの具体的な指示に、未来はぱっと表情を明るくして頭を下げた。その勢いたるや、額を机に打ちつけんばかりであるが、彼女の素直さが表れている行動は却って清々しい。
「じゃあ私、これからお偉いさんの接待に行ってきますよ。時間はまだ早いですけど、海外からのお客様にはくれぐれも失礼がないよう、言っておかなきゃなりませんからねぇ」
そして、捜査会議はお開きとばかりにいそいそと立ち上がった課長の言動も、いっそ清々しく感じられるのであった。
「え?ミッキー……じゃなくて、間捜査官がロイミュード?」
捜査会議終了後、霧子に有無を言わさず連れ込まれたドライブピットで進ノ介が耳にしたのは、思わず反芻してしまう話であった。
霧子は今日が未来と初対面の筈なのに、何を根拠にしてそんなことが言えるのか。
驚きで目を丸くしている進ノ介が訊き返す前に、霧子はきっぱりと言い放っていた。
「はい。どんより発生中、彼女がシフトカーがない状態で戦っていたのを見たんです」
「見たって、いつの話だよ?」
「昨日の晩です。帰宅中に公園を通った時……」
ドライブピットのデスク前で、霧子が昨晩遭遇した現場のことを詳しく語り出す。制服姿の同僚女性は、パートナーである進ノ介に口を挟ませない迫力に満ちていた。
「それに私が見た限り、動きが普通の人間とは思えませんでした。人間の姿をしたロイミュードが戦っていたんだとしか考えられません」
ひとしきり話してから霧子は結んだ。しかし具体的な話を聞いてなお、進ノ介は未だ腑に落ちない。
彼は、考え込みながら腕組みしている霧子に疑問点をぶつけた。
「あいつはFBIの捜査官なんだぞ?そう簡単に、ロイミュードが入れ替われるわけも……それにあの公園は夜になるとかなり暗くなるし、霧子だって顔を近くから確認できたわけじゃないんだろ。人違いじゃないのか?」
「ですが……!」
次から次へと矛盾と思われるところに突っ込みを入れてきた進ノ介に、霧子が反論しようとした時であった。
「いや、間違いないね。証拠だってあるよ、兄さん」
二人の聴覚に、聞き慣れた若い男の声が届けられる。
いつの間にかドライブピットに来ていた霧子の弟、剛であった。彼はドライブピットの壁面に設けられたロフトから身軽に飛び降りてくると、進ノ介に大きな封筒を手渡した。
霧子に視線で促されるまま中を探ると、写真の束が掴み出されてくる。進ノ介は三十枚はあろうかという写真を、逸る気持ちを抑えつつ順番に確かめていった。
写真の全てに、人間の若い女性が刀を構えたロイミュードと格闘を演じる様が収められていた。そこに表情まではっきりと写った女性が、今日再会したばかりの幼馴染みである未来であることは疑いようがなかった。
「これは……」
まさか剛までが霧子と同じことを話し、証拠となる写真まで持っているとは思っていなかったのだろう。進ノ介が呆然とこぼすと、剛は写真から視線を外して言った。
「その写真を撮った後、俺はその女と戦ったんだ。変身しない状態じゃ、あいつを倒すことはできなかった」
低く呟いた剛は悔しそうな顔を見せつつ怒りも覚えているらしく、マッハに変身さえしていれば負けなかった、と暗に語っている。
「あいつはロイミュードに間違いない。あんなの、普通の人間の女にできる芸当じゃないからな。戦った俺にはよくわかるんだ。もしかすると、内部から仮面ライダーの情報を探ろうとしてるんじゃないのか?」
そして剛は、背が高い進ノ介の顔を覗き込むように続ける。その目には進ノ介に対する疑惑を浮かばせていた。
「いや、そんなわけないって!第一あいつは、俺がドライブだってことも……」
写真の束をばさばさと振りながら進ノ介が否定するが、その脳裏にふと捜査会議前に交わした会話が横切った。
今の剛のように進ノ介の顔を見上げ、表情で語りかけてくる幼馴染みの女。
仮面ライダーのことは知ってるよね?
あんたは詳しい情報を知らないの?
相手の腹の中を探って言葉を誘い出そうとする態度の中に、彼女の知らない一面を見た気がしていたのは確かだ。
その事実に気づかされた若き刑事は一瞬言葉に詰まったが、すぐに異なる視点からの話を続けた。
「けど、あいつは子どもを助けるためにこのロイミュードと戦ったんじゃないか。少なくとも、悪い奴じゃない筈だ。霧子だって、それはわかるだろ?」
「それは……」
進ノ介に指摘され、痛いところを突かれた霧子が口ごもる。
霧子は魔進チェイサーや072ロイミュードに接するうち、ロイミュードは必ずしも人類に敵対するものではないとの認識を持つようになってきているのだ。彼女と同じ考えの進ノ介は、説得を試みるように口調を和らげていた。
「それに、ロイミュードとしての姿はまだ確認されていない。今の段階で決めつけるのは、いささか気が早いと思うけど」
「じゃあ聞くけど、何であの女はシフトカーの助けもなしでどんよりの中を動けるんだよ?それが何よりの証拠じゃんか」
姉の助け船を出す形で、剛が再び割って入ってくる。
「兄さん、あの女とは十年以上会ってなかったんだろ?あれが果たして本物なのかどうか、確かめる方法はないよな」
進ノ介から掠め取るように手にした写真の束を封筒にしまう霧子の弟は、姉が進ノ介の意見に飲まれそうになっていることに明らかな不満そうな顔を見せていた。
「そのことについてなんだが、私もハーレー博士から連絡を受けている。FBIの関係者が来日して、協力を仰いでくる筈だと」
そこで初めて皆の会話に加わってきたのは、クリム・スタインベルトだ。
朗々とした特徴のある声に一同が振り返る。
ターンテーブルの上に停められているトライドロンの傍らには、据え付けられたクレイドルがある。そこに収まったドライブドライバーの前面に、デフォルメした顔を思わせる表示が赤く光っているのがわかった。
ドライブドライバーに移植された故人クリムの意思が言及したのは、ドライブシステムの産みの親であり友人でもあるハーレー博士のことであった。
「ええ?ベルトさん、そんな大事なこと何で今まで黙ってたんだよ?」
「う、うむ……実は、話があったのが昨日の深夜でね。君たちに話す時間がなかったということと、その人物がどのような形で接触してくるかもはっきりしなかった、という事情が重なったのだ」
進ノ介から呆れとともに返されて、ベルトが済まなさそうに眉尻を下げた困り顔の表示を浮かべる。彼の感情を端的に示す表示はそのままで、ベルトの声はやや言い訳じみた色を帯びてきている。
「君たちも知っての通り、ハーレー博士はああいう方だ。その上こちらから連絡を取ることもできないから、詳細を確かめることもできない」
「じゃあ、FBIから人が来るのが本当だったとしても、あの女が博士の言ってた人物かどうかはやっぱり怪しいってことか」
くだんのFBI捜査官の身元がはっきりしたものでないことが、自分の推測を裏付けていると確信できたのだろう。剛が納得したように頷く。
「間捜査官がロイミュードか否か、今は断定できないわけですね。しかし、警戒するに越したことはないと思います」
進ノ介に同調しそうになっていた霧子の軌道が、ベルトと弟の話に再度修正される。
「霧子の言う通りだ。もしあの捜査官が本当にロイミュードだった場合、警察組織内では私たちの動きは限定されてしまって打つ手がない。勿論そうでないことを祈りたいが、最悪のケースを想定して備えておくべきだろう」
「進兄さんは、あの女に単独行動を取らせないように常に見張るべきだよ。外では俺もなるべく目を光らせるようにするけど、警察内部では兄さんが頼りなんだからさ」
ベルトが畳み掛けると、すっかり同調した剛が頼りにしてるよ、と言わんばかりに進ノ介を見やった。三対一となった進ノ介は今や完全に言い返す空気をなくしており、彼が何か言おうとするのに先んじて剛がまた口を開いた。
「外部であいつがぼろを出したら、その時は俺が速攻で倒す。昨日の借りを返さなきゃ、気が済まないからな」
「私も、なるべく彼女の傍にいるようにします。女性同士の方が怪しまれない場合もありますし」
霧子が任せてくれ、と自らの胸を軽く叩く。
しかしこれは、流石に進ノ介も黙っているわけにはいかなかった。仮面ライダーではなくましてや女性の身である霧子に、ロイミュードの疑いがある人物の見張りをさせるにはあまりにも危険だ。
「いや、見張りには危険が伴う。霧子は俺のフォローに徹して……」
「私がやりますから!」
言いかけた進ノ介を遮って譲らない意思を見せる霧子は、いつになく迫力に満ちている。
彼女の熱っぽい、それでいてどこか拗ねたような色を見せる視線に、進ノ介は目の前の信号が赤に変わったかのような錯覚を覚えていた。
「……はい」
そして前に踏み出しかけていた足を、強引に引っ込めざるを得なくなっていたのであった。