仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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FBI捜査官はロイミュードなのか -3-

 冬の朝の弱々しい陽光は、建物に長く薄い影を落とさせて、足早に学校や職場へ向かう人々の姿を寒さの中に浮かび上がらせている。そこには忙しない人々の日常がいつものように在るだけで、その集団の中にいれば、変わった匂いは何もないように思えるだろう。

 

 しかし、新たに発生したロイミュードによる連続障害事件は、人々を恐怖と疑惑の渦へ落としていた。なのに、当たり前の光景は変わった姿をなかなか晒そうとしない。

 久留間運転試験場にある特状課は僅かな情報からその変化に迫り、事実を明らかにすることを使命とする。

 そのための新たな情報がオフィスに舞い込んできたのは、職員が出勤してくる直前のことであった。

 

「なに?例の連続傷害事件未遂?」

 

 現八郎がコートを壁際のロッカーにしまいつつ眉根を寄せると、既に出勤していた進ノ介が応えた。

 

「はい、昨日の夜二十時頃に。被害者に怪我はなかったそうですが、どんよりの発生と例のロイミュードの姿が確認されています」

「前の事件から、まだ三日と経ってないってのに……これは早く何とかしないと、被害者がどんどん増える可能性が高くなるな」

 

 進ノ介が新たに発生した事件の詳細を手元の書類で確認し、現八郎は昨日から追記されていないホワイトボードを睨む。二人の男が険しい表情になったのを受け、彼らの側に立っていた究も頷いた。

 

「僕は早速データを漁ってみて、ロイミュードが人間をコピーした形跡が残っていないかどうかを確認してみ……ぎゃ!」

 

 勢い込んでデスクに向かった究が、右足を何かに思い切りぶつけて悲鳴を上げた。ごん、と金属を蹴った衝撃が鈍い音となってオフィスに響く。

 

「いっててててて!もう、何だよこれ!」

「何だぁ、この机は?昨日までは、こんなところに無かったってえのに」

 

 痛みが走る右足を抱えて飛び跳ねる究を尻目に、現八郎が見慣れないオフィス用デスクをしげしげと見つめた。

 が、早目に出勤していた進ノ介がしれっと言った。

 

「ああ。今日から一人、外部研修に来る人がいるってことなんですよ。だから、置いておいたんです」

「外部研修?ここに?」

 

 まだ痛みの響く右足を宙に浮かせた究が口許をへの字に曲げると、若き刑事も彼の視線を追ってデスクを見やる。

 

「何でも、FBIから女性の特別捜査官が日本のロイミュード対策を調べに来るとかで」

「FBI……FBIって、あのFBIか!」

「らしいです」

 

 進ノ介が何でもないことのように続けた言葉ではあったが内容は驚くべきもので、現八郎が思わず単語を復唱する。

 FBI、つまりアメリカ連邦捜査局。

 犯罪捜査の技術もさることながら抱えた人材には各分野のエキスパートが揃い、人質救出部隊などの特殊部隊をも自前で持つ、世界一の犯罪捜査機構である。映画やテレビなどで誰もがその名を一度は聞いたことがある、有名な組織だ。

 

 そんなところからこの特状課に捜査官が、しかも女性が来るというのだ。現八郎のテンションは、嫌が上にでも高くなる。

 アメリカ人の特別捜査官までになる女性であれば、極めて優秀なキャリアウーマンに違いない。明晰な頭脳を持ち、射撃や武道の腕に優れ、見事な手腕で数々の事件を鮮やかに解決していた図が自然と頭の中に描かれる。

 

「FBI……アメリカ人とくれば……青い瞳に、金髪の美女!」

 

 そこに何故か非の打ち所のない容姿という要素がつけ加えられ、現八郎の妄想が典型的白人美女を形容する単語とともに外へとこぼれ出していた。

 

「で、格好は……」

 

 呼応して、傍らの究までもが呟く。

 彼もまた逞しい妄想力を駆使していたが、現八郎とは異なる方向性であった。

 女捜査官のファッションはきっと黒レザーのぴったりとしたジャンプスーツで、同じく黒のバイクのヘルメットを取ると、そこから流れる長い金色の髪が軽く音を立てて肩の上に落ちる。そして、日本では決して生まれることのない鮮やかな色の瞳で特状課の一同を眺め、華麗な笑顔で挨拶を寄越すのだ。

 

「うおおおおおおお!」

 

 勝手な想像を暴発させた二人の男が、揃って雄叫びを上げる。

 

「あのー、お二人とも何か勘違いしてません?」

 

 意味もなくハイタッチを交わす現八郎と究に、進ノ介はやや引き気味だ。

 

「泊さん、ちょっとお話が」

 

 男たちの醸す異様な空気に割り込んできたのは、コートを置いてきたばかりの霧子だった。

 進ノ介が未だ盛り上がり続ける現八郎と究を尻目に、声をかけてきた制服姿の女性警察官の方を振り返る。

 

「ん?どうかしたのか、霧子」

「ここじゃちょっと……」

 

 対する霧子は言い辛そうではあるが、はしゃぐ男二人の姿に圧されたわけではないようだ。

 察した進ノ介が、後でドライブピットに行くことを持ちかけようとした時である。特状課のきつい段差がある出入口が開き、コート姿のりんなが姿を見せた。

 

「おっはよー、みんな!あ、足元に気をつけてね」

「すみません、ありがとうございます」

 

 りんなの後ろで遠慮がちに言う女性の声が、元気な挨拶の終わりに重なる。コートを脱ぎながらロッカーに進むりんなに続き、その女性もオフィスの中へと入ってきた。

 四つに跨がって名前の貼られたロッカーのうちの一つを開けるりんなへ、やはり控え目に女が言う。

 

「あの……本願寺課長はいらっしゃいますでしょうか」

「あれ?先生、誰この子」

「ここに用があるっていうから、案内してきたんだけど」

 

 伴ってきた女性の存在に気づいた究が傍に来たためりんなが説明すると、後からやってきた現八郎も女性にちらりと視線を走らせた。

 

 紺色のコートの下に黒のパンツスーツというビジネススタイルの女性は、ストレートの豊かな髪をポニーテールにきっちり纏めているものの、黒目がちな大きな瞳にはまだ幼さが見て取れる印象だった。特状課において若手の進ノ介や霧子よりも更に若く見える娘は、恐らく仕事に必要な運転免許を取得するために初めて試験場を訪れたのであろう。

 

 一目で真実の姿を見破ったらしい現八郎が、首を何度も横に振りながら小柄な彼女の前に立ち塞がった。

 

「ああ、運転試験の会場はあっちだから。ここはねぇ、嬢ちゃんみたいな一般人は立入禁止なんだよ」

「いえあの、そうではなく。私は……」

 

 本願寺課長の名を口に出していた娘は困惑の色を顔に出して辺りを見回した末、コートの内ポケットに右手を突っ込んだ。しかし、足はまるで動かす気がないらしい様子に痺れを切らし、現八郎がその背をぐいぐい押していく。

 

「ほらほら!急がねぇと、最初の受付締め切りがもうすぐだから」

 

 しょうがねえなぁ、と顔に書いてある現八郎が容赦なく娘をオフィスの外へ送り出そうとする。細身の身体がドアの外に押しやられようとしたその時、娘はようやく内ポケットから取り出したカードケースを開き、現八郎の眼前に広げて見せていた。

 

「あの!……私、こういう者なんです。本日より暫くお世話になりますので、最初に一言ご挨拶をと思いまして」

「あー、FBIね。うち、そういうのは間に合ってるから」

 

 顔の正面に突きつけられた、顔写真入りの身分証に記されている大きなアルファベットをだけを復唱し、現八郎が溜め息を漏らす。

 

「ん……?F、B、I……」

 

 と、やはり身分証の目立つアルファベットと記章を目にした究が、鸚鵡返しに繰り返した。ただし彼は、ずれかけた眼鏡を無意識に直して息を飲んだ形である。

 その究の反応につられ、現八郎は面倒臭そうにもう一度身分証に視線をよこした。

 

「え……ふ、えふびーあい?」

 

 娘を押し出そうとした足をはたと止めて、つい間が抜けた声を上げて再度イントネーションもめちゃくちゃに、現八郎は一文字一文字を読み上げてしまう。

 FBI。ついさっき話題にしたばかりの、世界最高峰と言って差し支えのないアメリカの法執行機関である。

 金髪で青い瞳の、妖艶な美女。見事なボディラインを隠そうともしない堂々とした黒のレザーファッションに、大型のバイクを難なく乗りこなしてしまう迫力。

 

 現八郎は究と二人、B級映画で見かけるステレオタイプな女性捜査官を思い描いて騒いでた。なのに今目の前に立っているのは、流暢な日本語を操る東洋人--と言うよりも、日本人の大学生か就職したてくらいにしか見えない若い娘なのである。

 

「えぇえぇぇぇぇえええええ!」

 

 流石に度肝を抜かれた究と現八郎が驚愕の叫びを上げ、娘の前から飛び退いた。

 

「じじじじじじゃあ君が、いえ貴女様が、今日からここに派遣されたって言う、FBIの特別捜査官?」

「はい……どうも」

 

 一言返した女性捜査官が改めて頭を下げ、身分証をコートの内ポケットに戻す。盛大にどもった究に指をさされたことは特に気にせず、困ったような笑顔を浮かべているだけだ。現八郎と究の二人が脇へとよけ、オフィスの中がよく見えるようになったのが気になるのだろう。大きく黒い瞳が忙しなくあちこちへ飛んで、部屋の中をさりげなく観察しているようであった。

 

「あっ……!」

 

 そして、視界を遮るものがなくなったことで観察を始めたのは、女性捜査官だけではなかった。究と現八郎の陰に隠れていた彼女の顔をはっきりと見た霧子が思いがけず声を上げ、驚きの色を浮かべる。

 幼さを残した顔とポニーテールに結った茶色の長い髪、コートの裾から突き出している華奢な脚、抑えた調子で話していても伝わってくる声の張り。

 

 その全てに覚えがあった。女性捜査官の姿は、昨晩に霧子が公園で見たあの若い女性そのものだったのだ。

 彼女が連続無差別傷害事件の犯人と思しきロイミュードと演じていた格闘の光景が、まざまざと霧子の脳裏に蘇ってくる。どんより発生中に戦っていた女性捜査官も、ロイミュードである可能性が極めて高いのだ。それが特状課に潜り込んでくるなど、誰が想像したであろうか。

 

 万一今あんな力で暴れられたら、ここにいるメンバーだけではとても抑えられない。その上頼みの綱の進ノ介は、この場で仮面ライダーに変身することもできないのだ。

 ならば、とにかく今すぐ確保せねば!

 そう霧子が決意したとき、素っ頓狂な声が聞こえた。

 

「おっ、やってるねぇ!みんな、紹介するからこっちに注目!」

 

 特状課課長である本願寺が女性捜査官の背後に姿を見せたのと、霧子が手錠に指先を伸ばしたのはほぼ同時であった。自然と本願寺がオフィスの奥にある自分のデスクへ向かい、女性捜査官がその後に従う形となる。

 これでは、本願寺を盾にされる可能性があった。

 気が逸るものの迂闊なことはできないと、不本意ながらも霧子が手を引っ込める。

 

「いや~、みんなに話すのがちょっと遅れちゃって申し訳ない。彼女はねぇ……今日からこの特状課で研修する、FBIから派遣されてきた特別捜査官の間未来さん。主に、アメリカでのロイミュード対策に関して学ぶのが目的だから。色々と教えてあげちゃってくださいね」

 

 部下である霧子に短いが激しい葛藤があったことも知らず、本願寺は軽い口調で隣に立つ女性捜査官を紹介する。それを受け、彼女は軽く咳払いをしてから改まって口を開いた。

 

「アメリカ連邦捜査局より参りました。凶悪犯罪対応特殊機動分隊所属、特別捜査官の間未来です。ご紹介に預かりました通り、アメリカでのロイミュード犯罪の具体的な対応策を学ぶために、暫くご厄介になります。皆様の指導、ご鞭撻、何卒よろしくお願いします」

 

 間未来なる捜査官が、自己紹介ののちに畏まって深く頭を下げる。はっきりと、しかし低めに抑えられた声は落ち着いた感じで、童顔に相反して隙のない印象を与えてくる。ダークスーツの立ち姿は華奢な女の子にしか見えない一方、その大きな瞳には聡明さと鋭さを湛えていることもわかるほどだ。

 

 だが、彼女が皆ににっこりと微笑んで見せてくれたことで、肩書きに見合う取っつきにくさは取り払われた。

 未来は連邦捜査官なのだからアメリカ人であることに間違いはないのだろうが、どこから聞いても立派な日本語と日本人名は、純日本人であると言って差し支えはない。むしろ本当にFBIの特別捜査官なのかと疑いたくなるほどであった。

 

「……普通だ」

「ですね」

 

 唖然とした現八郎がこぼすと、究が同様に頷く。

 

『ハァイ!私、Americaから来たF.B.I.ソウサカーンデース!好きな食べモノはJapanese NudleとSoi Sorce、みなさま、ヨロシクおねがいしマース!』

 

 白人の金髪碧眼美女がこのように陽気な挨拶をしてくると二人して想像していたのだから、彼らとしては当然と言えば当然の反応であろう。

 

「は?」

 

 一方、彼らの様子にこれまた怪訝そうな反応を示したのは進ノ介である。

 

「んじゃ、一人一人自己紹介してね」

「はっ、はははははい!」

 

 しかしあくまでマイペースを貫く本願寺は、部下たちのリアクションを気にせず次の行動を促す。

 いきなりの指名に慌てた究の声が裏返るが、彼は慌ててぴしっと姿勢を正して新たな仲間の方へと向き直った。

 

「さ、西城究です!あ、いや、これはハンドルネームだから、本名を言った方がいいのかな……」

「はいはい究ちゃん、それ以上は後で!次は霧子ちゃん、お願いしますよ」

 

 しどろもどろになった究の自己紹介が長引きそうだと見るや、本願寺は霧子へと話を振る。

 

「詩島と申します。階級は巡査です。よろしくお願いします」

 

 霧子は未来へ敬礼し笑顔を返しつつも、目まで笑わせることができず硬くなるのは隠せない。なのに未来からはよろしくと屈託のない微笑みを返されて、まさに形ばかりの挨拶であることを見透かされている気すらした。

 

「追田現八郎です。何かわからないことがあったら何でも、この俺に聞いてくれて大丈夫ですから!」

 

 次いで現八郎が自らの胸をどんと叩く。まっすぐな心根を持つベテラン刑事の彼は、早くも未来のためにできることをしてやりたい、という使命感から来る熱さを感じさせる口調になっていた。

 

「沢上りんなです、下の名前で呼んじゃってね!他のみんなもそうだから」

 

 りんなは普段と何ら変わった様子は見せず、親しみを込めた挨拶を送っている。この科学者と言っていい女性の天才的な頭脳は、時として真実を最初から見抜くほどの明晰さを見せるが、今の時点でどんな計算を弾き出したかは誰にもわからない。

 

「泊進ノ介です。よろしく」

 

 最後に進ノ介が、軽く頭を下げて名乗る。彼もいつもと変わらない調子でいながら相手を細かく観察してしまうのは、刑事としての癖であろう。

 

「泊……進ノ介?」

 

 だが、未来は若き刑事の名を耳にして明らかな驚きを示していた。

 フルネームを反芻された進ノ介が思わず顔を上げると、未来と丁度視線を合わせる形となる。

 

「まさか……もしかして、進ちゃん?」

「え?」

 

 進ノ介は聞き慣れないあだ名で呼ばれたことに目を丸くする。

 進ちゃん、などとはついぞ呼ばれたことがない。あるとすれば遠い昔、それこそ十年以上は前の子どもの頃のことだ。

 

「進ちゃん?」

 

 特状課の皆も、初めて聞く進ノ介のニックネームに反応して異口同音に繰り返していた。

 色々な声で一気に呼ばれた気がする進ノ介は、幼いときにごく親しい友達からそう呼ばれていたことを思い起こしていた。

--けど、FBIの捜査官になるような女の子がいたっけ?

 進ノ介の頭の中は疑問符だらけで、この間未来なる人物が一体誰なのか全くわからない。人違いかと思ったらしい女性捜査官が、ふと不安そうな色を黒い瞳に横切らせた。

 

 しかしその危なっかしい雰囲気にこそ、進ノ介には覚えがあった。

 まだ十歳に届くか届かないかの頃、いつもひとりぼっちでいたおかっぱ頭の少女。

 クラスメイトからつま弾きにされていたのを庇ったときに見た、安心を探し続けているような、悲しみで揺れる瞳。

 

「はざま、みき……あ!」

 

 自然と目の前の女性の名を口にしたとき、記憶が進ノ介の中で繋がった。

 

「お前、ひょっとしてミッキー……ミッキーなのか!」

 

 そして彼が口にしたのもまた、小さかった彼女を呼ぶときの愛称であった。

 まさかあの虐められっ子が、泣く子も黙るFBI特別捜査官になっているとは!

 思いつくことすらなかった奇跡の再会、と言うべきであろう。

 進ノ介の表情が、驚きから懐かしさを湛えた笑顔へと変わる。

 

「……ミッキー?」

 

 その様子を見守っていた霧子が呟き、不審そうな色を浮かべたことに彼は気づくことができないでいた。


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