仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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仲間とは何なのか -10-

「……で、組分けは仕方がないとしてもさ」

 

 

 仏頂面の未来の視線の先には翔太郎の愛馬である大型バイク、ハードボイルダーが停めてある。久留間運転試験場の職員用駐輪場に佇むツートンに彩られたバイクの横で、翔太郎が未来にヘルメットを手渡しながら眉根を寄せた。

 

 

「何だよ?」

 

「何で私が、あんたとタンデムしなきゃなんないわけ」

 

 

 FBI女性捜査官は、ヘルメットを受け取りながらも不満げな顔を隠そうとしない。

 

 進ノ介による組分けで、各メンバーはオフィスから担当の捜査現場へと散っている。そして進ノ介と現八郎はトライドロン、霧子と剛は特状課のバンにバイク、亜樹子と照井は二人で照井のバイク、という足を確保していた。

 

 

 そんな中、数少ないパトカーがパトロールなどで全て出払ってしまっており、未来は翔太郎のハードボイルダーに同乗せねばならない状況に至っていた。未来が日本滞在中に借りているレンタカーを捜査に使うわけにもいかず仕方ないことではあったが、わかってはいても文句を言わねば気が済まないのだ。

 

 

「しょうがねえだろ、パトカーが足りてねえんだから。文句なら特状課に言えってんだ!」

 

 

 言い返す翔太郎は不機嫌と言うより、むしろ諦め気味に見える。

 

 予算がもともと少ない特状課ではこういうところに皺寄せが来るのだろうが、これなら風都でドーパント犯罪の取り締まりに当たっている照井たちの方が、まだましだと言えた。

 

 

「別に、私がハードボイルダーを運転したっていいのにさ。あんたがどうしても譲らないから」

 

「当たり前だ。大型バイクの免許も持ってねえんだろ」

 

 

 ヘルメットを被りつつまだ運転する気でいた未来へ翔太郎が、ぴしゃりと言い放つ。

 

 しかしそれは、このじゃじゃ馬を黙らせる決定打とはならなかったらしかった。

 

 

「残念ながら持ってるし、国際免許の手続きもしてるよ。捜査官は何でもできなきゃいけないから、アメリカで取らされたの。今は大型トレーラーでもモーターボートでも、何でも来いだって」

 

「ハードボイルドなこの俺が、女の腹にしがみつけるか!それにお前の運転じゃ、命がいくつあっても足りねえよ!」

 

 

 未来の発言に男のプライドとちょっとした恐怖心をくすぐられた翔太郎は、ついむきになってヘルメットの下から本音の一端を漏らしてしまっていた。

 

 

 風都でドーパントに追われていた未来を仮面ライダーWが助け、偶然の出会いを果たしたのは昨年晩春の話である。

 

 紆余曲折の末に彼女が軍事用改造人間であることを知り、互いの背中を守って戦う同志となったが、その時にこの女戦士の荒っぽいやり方は、嫌と言うほど見せつけられてきたのだ。今こそFBI捜査官として規律を守り、理論で攻める方法にはなっているものの、人間の根本がたかが一年未満で変わるとはどうしても思えなかった。

 

 

 が、未来には翔太郎が愛馬をどうしても他人に運転させたくないという意地を張っているようにしか見えないらしい。彼女は軽く鼻を鳴らすと、煽るかのように半熟探偵を一瞥した。

 

 

「そこまで言うんなら、ちょっとでも停止線踏んだり、一時停止しなかったりしたら交通課にチクってやるんだからね。あんたの腕前、見せてもらおうじゃん」

 

「お前こそ、ナビ間違えんなよ。間違えたら、今日の昼飯はお前の奢りだからな」

 

 

 ハードボイルダーはあくまで仮面ライダーである自分が乗るべきという翔太郎と、一度は運転がしたい未来は互いに譲らない。翔太郎が突き出してきた条件も、彼女は受けて立ってやると言わんばかりである。

 

 

「ふふん、GPS積んだ私が間違えるわけないでしょ」

 

 

 最新科学の粋を集めた自分に負ける要因はどこにもないと自負しているのであろう、未来は余裕綽々だ。だが一方の翔太郎は、最悪未来に愛馬を壊されるかも知れない危険を回避できたことで、内心ほっと胸を撫で下ろしたのが正直なところである。

 

 

 勿論大人の男たるハードボイルドは、そんな器の小ささを匂わせることは不可能だ。故に探偵は率先してバイクのシートに跨がり、未来を無言で手招きするに留めておいた。

 

 低いエンジン音を響かせて久留間運転試験場を後にしたハードボイルダーは、若い二人の男女を背に冷たいアスファルトの道路へと滑り出していく。彼らには四か所の調査が割り当てられていたが、その最初の目的地は拍子抜けするほど近くかった。十分程度のタンデムは殆どが二車線以上ある広い道路で、各種標識が気になるのは最後の数十秒のみだったのである。

 

 

 ただし翔太郎としては、時折視覚を刺激してくる色鮮やかな交通標識より集中が乱される要因があったことが、意外な伏兵となっていた。追い風になるとふわりと漂ってくる未来の髪のほのかな甘い香り、背中に感じる二つの柔らかい感触は、冷静な思考を一瞬でかっ拐おうとしてくる危険因子なのだ。

 

 

 そんな中で、取り締まり中の警官以外は見落としそうな僅かな違反も犯さなかった自分を褒めてやりたい気分だった。

 

 

「……勝負は引き分けだな」

 

 

「まだまだ。最初の一件の運が良かっただけかも知れないからね」

 

 エンジンを停めたハードボイルダーに跨がったままヘルメットを外し、翔太郎が息をつく。先にタンデムシートから降りていた未来は、まだ気は抜かないと強気の笑顔で語りながら外したヘルメットを彼に手渡した。

 

 

 二人が辿り着いたのは幹線道路から逸れた枝道に入り、閑静な住宅街の入口となっている公園の側にある小さな駐車場だ。住所は久留間の隣の市に当たるが、ここまで近いとは意外であった。

 

 翔太郎がハードボイルダーのキーをロックしてから駐車場の区割り番号を確かめ、FBI特別捜査官の友人に問う。

 

 

「で?こっから先はどうするんだ」

 

「五分くらい歩きだよ。この後は道が狭いし一方通行だから、目的地をこの駐車場にしといたんだ」

 

 

 早速タブレットでルートを確認した未来は、古いアパートと小綺麗な一戸建てが混ざる街の中へと視線を滑らせていた。道案内は彼女の役目になっているため、翔太郎はきびきびと歩き出した彼女に小走りで追いついていく。

 

 

「やれやれ。これなら剛とバイクで一緒にやってた方が気楽だったかもな」

 

「ああ。あんたたちなら似た者同士っぽいし、気が合うだろうからね」

 

 タブレットをバッグにしまった未来がようやく顔を上げ、肩を並べて歩いている翔太郎の顔を見上げた。その大きな黒い瞳に、ほんの少しだけ寂しそうな色があったことを探偵は見逃さない。

 

 

「そう言えば、お前と剛はそうじゃねえみたいだが。あいつと何かあったのか?」

 

 

 敢えて、翔太郎は正面から斬り込んだ。

 

 これまでの剛と未来の間柄を見ていると、どうしても剛が一方的に未来を憎み、喰ってかかっているようにしか見えない。まだ剛と未来は顔を合わせてから日が浅いのにそこまで嫌われるなど、彼女をよく知る翔太郎には腑に落ちなかったのだ。

 

 

「うーん……多分私にロイミュードと同じコアがあるから、存在そのものが受け付けられないんじゃない?生理的嫌悪感って奴だよ、きっと」

 

 

 初対面の際に自分をロイミュードと勘違いし、襲いかかってきた剛を返り討ちにしたことは伏せることにして、未来は心当たりを示した。

 

 

「あいつ、そこまでロイミュードを憎んでるのか」

 

「理由は知らないけどね。人間、一つや二つはそういうのがあるもんだとは思ってるよ。まして、ロイミュードは人類共通の敵なんだから。私が武装した姿なんか見たら、知らない人はロイミュードと間違いかねないし」

 

 

 小綺麗な一戸建てや小規模マンションの間を縫う狭い道を進みながら、半熟探偵とFBI捜査官の話は続く。

 

 未来に武装した自身のことに触れられ、翔太郎は風都での戦いを思い出していた。

 

 十ヶ月前、ふとしたことから未来はドーパント事件に巻き込まれ、当時の部下だった若者一人を永遠に失うという悲しい結果に終わっていた。

 

 

 その時の未来は専用のパワードスーツに身を固め、改造人間最大の長所たる強靭な肉体と人間を遥かに越えた戦闘能力を活かすための大型重火器を手に、仮面ライダーたちと共に戦ったのだ。確かに武装した彼女は皮膚が一切見えない科学の鎧に護られており、知らない者にはロボットとの見分けが全くつかないであろう。

 

 

 だが、未来は軍事プロジェクトの参加者であるが故の改造人間だ。確かパワードスーツは一人で着用するのが難しく、武器も厳重な管理下にあると彼女の口から聞いたことがある。

 

 ただ一人しかいない着用者がアメリカに長期滞在している今、あの蒼く輝くパワードスーツはどうなっているのだろうか。疑問に思った翔太郎が、さりげなく周囲を警戒している未来へ異なる話題として話を振り直した。

 

 

「そう言や、今回はお前一人だけで来日してるんだろ。あのスーツまで持って来てるのか?」

 

「私自身では持って来てないけど、一通りの装備は国内の研究所にまだ予備のが残ってるし、その気になればいつでも使えるようにはしてあるよ。そんなことがないよう、祈るしかないけど」

 

 

 心なしか、未来の声が少し低くなる。

 

 元々は軍事用として誕生した改造人間の彼女は存在自体が世間から隠されており、にもかかわらず出動が望まれる時があるとすれば、よほどの有事が起きた場合に限られる。今の状況からあり得るとするならば、ロイミュードが集団で街を襲った時くらいだろう。

 

 

 無論、そんなことは起きないに越したことはない。

 

 見た目は女子大生くらいにしか見えない女性捜査官は、軽く溜め息をついてコートの襟を直した。

 

 

「まあ、剛くんがそこまでロイミュードが嫌いなら、私のことも仕方ないかなって思ってるよ。悪魔の証明って奴かな」

 

「悪魔の証明?」

 

 

 剛との関係に話題を戻した未来に、翔太郎が怪訝そうな顔で返す。

 

 

「コアを持ってて人間じゃない私がロイミュードだって断言するのは簡単だけど、そうじゃないことを証明するのはものすごく大変だってこと。私……やり方は知らないけど、多分この姿で重加速を起こすことができるんだよね。そういうのが、受け入れられないんじゃないかな」

 

 

 最後の一言と共に、未来が自身に移植されたコア・ドライビアの真上に当たる右胸に手を当てる。言い方自体はあっけらかんとしていて、特に気負った感じではないのが逆に翔太郎の気になるところだった。

 

 

 通常重加速、つまり「どんより」はロイミュードが出現する時しか発生しない。

 

 特状課の客員であるりんなが作成したスマホアプリ「どんより警報マップ」も、市民が重加速を体験した場所を反映するものであるし、世間的にも重加速とロイミュードはほぼイコールで結ばれていると言っていいだろう。

 

 

 しかし重加速という現象自体、コア・ドライビアを有する者であれば誰でも起こせるのが実態だ。ロイミュードと同じシステムを使っている仮面ライダーたちも、知識さえあればどんよりを発生させられる。

 

 無論剛とて同じことで、過去には彼がどんよりを発生させて戦っていたこともある。それでも感情とは厄介なもので、理屈ではわかっていても心が追い付かないのだろう。

 

 

 だが、元が人間である未来は、断じてロイミュードと同じではない。

 

 改造された肉体を持つ彼女は、確かにもう純粋な人間とは言えないかもしれなかった。

 

 それでもなお、翔太郎が知る未来は誰よりも人間らしいと断言できる。戦いに苦悩し、仲間を思って涙を落とし、誰かの心を思いやることができる彼女の魂は、確かにその身体に宿っているのだ。

 

 嘗ての未来の姿を記憶に呼び起こした翔太郎は、不意に口調から軽さを消していた。

 

 

「お前は人間だろ。そんなこと、俺がいつだって証明してやる。それに今のお前は俺たちと同じ、人を守る戦士なんだからな」

 

 

 至って真面目に言ってきた翔太郎に、未来が驚いて一瞬目を丸くする。

 

 だが、自分のことを真剣に考えてくれている彼の優しさはまっすぐに伝わったのだろう。未来は茶化すことなく、照れたように笑った。

 

 

「……ありがと、翔太郎」

 

 

 はにかんだ未来がふっと笑顔に横切らせた儚げな色は、彼女のFBI特別捜査官でも、戦士でもない少女のような愛らしさを感じさせる。

 

 仲間が見せる普段と違った顔に、胸の奥に痛みと似た感触を覚えた翔太郎は、目的地であるアパートの一室に向けている足を早めた。

 

 

「さあて、夕方までに行けるだけ行くとするか」

 

「うん。疲れたら言ってね、お茶くらいだったら奢るからさ」

 

 

 半熟探偵が黒いフェルト帽を押さえつつ歩くのを、未来が小走りに追いかけていく。

 

 聴覚の感度を上げていない彼女に、翔太郎の早まった鼓動は届いていなかった。


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