仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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仲間とは何なのか -9-

「じゃ、キーワードは以上。始めてみて」

 

 まだ暖かさの足りない午前中、特状課オフィスの一角に立つ未来がタブレットから顔を上げる。

 

「よし!じゃあ早速いくぞ!」

「僕も、検索を始めよう」

 

 それを合図と見た究が鼻息も荒く自作パソコンのキーボードを叩き出し、その隣に佇んでいたフィリップが静かに頷いた。天才青年が軽く目を閉じ、彼以外の何者も立ち入れない世界に入っていく。

 

「二人とも、頑張ってー!」

 

 端から見ると瞑想に耽っているようにしか見えない若い顔を、白熱している究の隣に座っているりんなが興味津々に眺めつつ応援する。フィリップが長いパーカーの裾を僅かに揺らし、得意気に呟くまでものの数十秒もかからなかった。

 

「該当する本を見つけたよ。また、僕の勝ちだね」

 

 何度目かの勝利宣言を口にしたフィリップから、まだ幼さを残した笑顔がこぼれる。

 無邪気に勝ちを誇っているフィリップを横目で見つつ、しかしすぐに「検索一本勝負」負けを覚った究が悔しそうに天井を仰いだ。

 

「あーくそ!また負けたか……どうも、早さだけじゃ『地球の本棚』には勝てないみたいだな」

「すごいのねぇ。フィリップくんは、何でもその『地球の本棚』でわかっちゃうの?」

 

 ITの専門家で著書まで出版し、その世界ではカリスマ的人物である究を簡単に撃ち破った人物。それが進ノ介より更に若く、端正に整った顔の「イケメン」であることにも注目したりんなが感心しながらフィリップの全身をしげしげと眺めた。

 

「いや、そんなことはない。例えば個人の感情については何も情報が得られないし、本のページが破損していたりする場合もある。それに何より、キーワードを的確に絞れなければ、たった一冊の本を選び出すことは不可能に近くなるんだ」

 

 既に特状課の中ですっかり究とりんなに馴染んだらしいフィリップは、すらすらと述べる。

 もともと技術寄りの客員であるりんなたちは、恐らくフィリップと根っこは似ているのであろう。同じ目的を持った今では、仲が深まるのにさほどの時間は要しなかったのだ。

 

 人見知りで内気なフィリップが、慣れない場所で楽しそうに話している。初対面時にろくに挨拶すらされなかった未来にとってこの状況は意外だったが、この天才青年が自らの力を発揮できる場を新たに得られたことは喜ばしい。

 姉のような気分でフィリップの姿を見守る未来の胸の裡には気づかず、三人の会話は弾んだままであった。

 

「ふうん……じゃあ、究くんがキーワードをある程度まで絞って、フィリップくんが検索すればいいんじゃない?きっとそれが最強よ!」

「ぐぬぬ……言われてみれば、確かにそうかも知れない。あー!自分から認めるって、何て悔しいんだ!」

 

 いいことを思いついたとばかりに手を叩いたりんなの顔にぱっと花が咲き、究は彼女の発言を認めるしかない。

 ここでむきになって自分の能力に固執するのではなく、素直に認めるのが究の長所であろう。

 特状課オフィスは若い人間が一気に増えたこともあって、普段の数倍は賑やかになっていた。

 

「……何やってんだ?」

 

 その声が廊下にまで漏れていたらしい。

 つい今しがた調査から戻ってきた翔太郎が、コートを片手にオフィスのドアをくぐるなり目にした光景に、怪訝そうな顔をしていた。

 

「あ、お帰り。フィリップくんと究さんに調べものを頼んでたら、二人が張り切ってタイムトライアルを始めちゃってね」

 

 まだ盛り上がっている三人を眺めていた未来は、タブレットに結果を打ち込んでから応えた。

 フィリップが早くも他人と打ち解けかけてきたのにやはり驚いて、翔太郎が未来の隣まで足を進めた。

 

「へえ。フィリップに対抗できる人間がいるとは驚きだな」

「うん、二人とも結構楽しいみたいだよ」

 

 半熟探偵が帽子を取ったところであることに気づき、未来が辺りを見回した。

 

「あれ、あきちゃんと剛くんは?一緒戻ったんじゃなかったの?」

「二人でもうちょっと調べてみるってよ。剛と二人だし、まあ大丈夫だろ」

「そっか。彼女もそういうとこ、前と変わってないんだね」

 

 恐らく亜樹子個人で気になることがあり、調べるまで帰らないとでも言ったのであろう。それに顔を合わせたばかりの剛とも難なく協力し合える彼女のキャラクターは、相変わらずと言えそうであった。

 

「あ、左さんたちはもう戻ってたんですね」

 

 そこへ戻ってきた進ノ介と霧子、現八郎がやなりコートを脱ぎながらオフィスの奥へと入ってくる。

 寒い屋外から戻ったばかりで頬が上気している皆に、内勤に徹していた未来が労いの声をかけた。

 

「お疲れ。どうだった?」

「ああ。ばっちりだった。究さんはいつものことだけど、FBIの情報と分析力は流石だな。感謝するよ」

 

 コートを置いた進ノ介が頷き未来に笑顔で礼を言うと、翔太郎が気取って割り込んでくる。

 

「おっと。情報の半分は俺たち、鳴海探偵事務所からの提供だ。忘れてもらっちゃ困るぜ」

「それはもちろんだよ。情報量がものすごくて、まとめる私が大変だったんだもん」

 

 何故かむきになって自分たちの働きを主張してくる翔太郎に進ノ介が微妙な顔を見せたが、未来がすかさずフォローを入れていた。

 

「おかげで助かりましたよ、ご協力に感謝しています」

 

 反射的に、進ノ介は翔太郎にごく無難な反応を返しておく。

 彼の事務的とも言える返答に重ねるようにして、今度は霧子が三人の会話に入ってきた。

 

「早く皆と情報を共有しましょう。ロイミュードがいつまた動き出すともわかりません」

 

 威圧感に満ちた言葉が殊に未来へ向いてしまったと、霧子は言ってから気がついていた。

 来たばかりの環境で難なく皆に馴染み、持ち前の能力と知識で仕事を手際よく片付けて、その身の上は存在自体が国家機密レベルの改造人間という女性である未来。その彼女が更に進ノ介とお幼馴染みというのだから、正直霧子の胸中は穏やかではない。

 張り合う気持ちを表に出すな、と言うのは無理な注文だろう。

 

 しかし当の未来は優位に立っているのを自覚しているのか、それとも敢えてわかったふりをして受け流す大人であるのか、はたまた鈍感で霧子の感情に気づいていないのか、特に態度を変える様子はなかった。

 

「それもそうだね。じゃあ資料をちょっとまとめるから、十分後にここで。翔太郎は照井警視、泊刑事は現さんに声かけてもらってもいい?」

 

 傍らに立つ二人の男へそれぞれに依頼してから、未来は霧子を含めた全員に対して言った。

 

「フィリップくんに究さん、りんなさんは三人のうちの誰かが任意参加。ここにいない剛くんとあきちゃんは、必要な情報をフィードバックするってことでいいかな」

「あ……は、はい」

 

 彼女があっという間にまとめ上げ、すらすらと並べた現実的な確認事項に、霧子は頷くしかない。

 

「じゃあ、本願寺課長にも言ってくるから。議事録は私が取っとくよ」

 

 他の男二人からも特に反応がなかったことを同意と受け取り、未来はとっとと本願寺のデスクへと踵を返す。

 彼女がごく自然に話しかけて緊急会議を開く旨を口にし、比較的スムーズな進捗を話すのを聞いている本願寺も、ほぼ流れに任せる気になっているようだった。

 

「あいつ……何か、すげーな」

「ああ。あんな仕切りができるって、驚きだ」

 

 翔太郎が呟くと、進ノ介が頷いて応える形となる。

 自然と会話が成立していたことに驚いた二人がぎょっとしてお互いを見やり、目が合ったところで視線を慌てて明後日の方向へと逸らす。

 

 彼らだけは微妙な空気を抱えたまま、オフィス全体で捜査会議が始められた。

 部屋の奥にあるホワイトボードに被害者や現場の写真を留め、基本的な情報を書き込んでから現八郎が開始の音頭を取る。

 

「んじゃ、捜査会議を始めるぞ。まずは各チームが持ってる情報を出し合うことにする。まずは調査班……もとい!間捜査官のところから」

 

「はい」

 

 現八郎が場所を空けたホワイトボードのすぐ横に、タブレットを抱えた未来が進み出る。びっしりと出力されている英語の情報にちらちらと目を走らせつつ、彼女は説明を始めた。

 

「私たちは主に、これまでの被害者の人間関係を中心に調べていました。一六日以前の被害者たちに、これと言った共通点は見られません。アルファのデータも調べられるだけ調べましたが、彼には日本人の知人はおらず、こちらは被害者と全くの無関係であると判断しました」

 

 貼り出されている被害者たちの顔写真をぐるりと見渡してから、未来は更に情報をつけ加える。

 

「アルファがアメリカで起こした事件は全件で明確な殺意があったとされ、全て殺人か殺人未遂です。ですが、全てで動機が曖昧で、被害者が死亡していない今回は違うようですね。そこもアメリカでの事件とは大きく異なります」

 

 熱心に彼女の話に耳を傾けていた霧子が、日付によってグループ分けされている被害者たちの情報を確認しながら質問を挟んだ。

 

「一六日以降の被害者についての詳細はどうでしょうか?」

「それについては僕から話そう」

 

 その時、特状課に来てから初めてフィリップが自発的に解説を買って出た。

 パイプ椅子から立ち上がってホワイトボードの横へ来た天才青年のために、今度は未来が場所を空けてやる。

 

「被害者の一部が、ある社会人サークルに所属していたことがわかった」

 

 FBI女性捜査官の気遣いに全く気づく素振りすら見せず、フィリップはペンを取り上げてホワイトボードにごちゃごちゃと書き込みを始めた。

 

「一六日の最初の被害者グループの斎藤真を皮切りに、人数は四名。サークルは古美術品……主に刀や槍のような、武器類に関するものだったらしい」

 

 フィリップがホワイトボードの写真から四人分を選んで引っぺがし、他の写真を脇へ乱暴に寄せて適当に字を消してから留め直す。折角書いておいた情報が遠慮の欠片もなく削除されるのを見た現八郎が何か言いたそうにしていたが、青年は気づかずに書き込みを継続していた。

 

「サークル名は『錆び柄』、メンバーは一八人。活動内容は美術館とアンティークショップ巡り、それとメンバー所蔵品を持ち寄っての交流会だ。ただ、ここ半年程度の活動はないようだった。ホームページの更新も止まっているし、各種SNSでの発言も見られない。彼らが興味を示していた時代は主に鎌倉時代からと幅広いようだが、剣以外の武器に関しては……」

 

 フィリップは皆に向けての説明と言うよりも自分の中の情報を整理するように、声がだんだん小さくなっていき口調も尻すぼみになっていく。最後は完全にぶつぶつ言いながらホワイトボードに細かい文字を書くだけになった彼の代わりに、自席にいた究が継ぎ足した。

 

「僕らはこのメンバーの素性を割り出して、左さんたちに共有したんだ。で、被害者の詳細を探ってフィードバックしてもらって、僕が更に細かいところまでを探ったんだ……よね?」

 

 眼鏡を直してからキーボードを軽く叩き、究が翔太郎の発言を促す。

 

「じゃあ、次に俺たちだな」

 

 いつもの調子を崩さなくなってきたフィリップの前に立ち、翔太郎が咳払いをする。

 伊達男風のファッションでオフィスの中に一人異彩を放つ探偵が、自作の資料を取り出してプレゼンを開始した。

 

「俺たちは被害者たちの情報を受けて、話ができる状態の二人から事情聴取を行った。二人ともロイミュードたちを見たことがないし、誰かから恨まれるようなこともなかったと言うのは同じだ。第一、片方のロイミュードは英語で叫んでいたから、何を言っていたか殆どわからなかったようだが」

 

「刀を持っていたロイミュードは、これまでと同じことを言ってなかったんですか?友達がどうとかって」

 

 突っ込んできた進ノ介へ、翔太郎が首を横に振る。

 

「いや。それが皆、いきなり無言で襲われたらしい。一応この二人以外にも話は聞いたが、全員突然撃たれたり、斬られたりしたのは一緒だ。だが、主治医によれば全ての傷は急所から外れていて、致命傷ではない。これも被害者全員に共通することだ……ただし話を聞いた二人は、刀ロイミュードについて何か隠してると思う」

 

 翔太郎の意外な発言に、一同が驚いて顔を見合わせる。すかさず、霧子が根拠を求めて鋭く言った。

 

「どうしてそう思ったんですか?」

「あのロイミュードの写真を見せた時、二人とも刀を食い入るように見つめていた。二人とも、武器については何か知ってるのかも知れないと思ったんだよ」

 

 翔太郎は、被害者から情報収集をする際にも相手の様子に注意を払い、僅かな変化も見逃していなかったのだ。

 自称探偵の伊達男からまだ不信感が抜けていない進ノ介だが、やはりこういった点は感心せざるを得ない。なかなかやるな、と頷いた青年刑事の隣で、未来も同じ反応を示していた。

 

「そうか。刀剣のサークルってことは、二人は武器に関して詳しいとも言えるわけだし……」

「ふうん……その刀については、もっと調べる必要がありそうだね」

 

 言いながら、究が早速キーボードを叩き始めた。事前に共有された資料ファイルから刀ロイミュードの画像をピックアップし、解析ソフトを起動させて更に詳しい分析に取りかかる。作業に早くも没頭しかかる究と入れ替わりに、耳だけ会議に参加させ続けていたフィリップがふと翔太郎に問いかけた。

 

「君はその刀について、彼らに質問をしなかったのか?」

「二人とも、一瞬だが怯えているように見えた。解決の手がかりになるんなら、その場で俺に言ったっていいだろう?そうじゃねえってことは、彼らは多分何も話してはくれないだろうと思ったんだよ」

 

 もっともな翔太郎の答えを受け、進ノ介が配られていた紙の資料を睨みつつ呟いた。

 

「その刀ロイミュードがそのサークルの関係者を襲っていて、アルファが一緒にいるのはついでってことなのか?」

「どうも、その線が濃いみてえだな。そもそも何であのバケモンたちが一緒に人を襲ってるのか、その理由はわからねえが」

 

 現八郎もホワイトボードは見ず、手元の資料に視線を落として渋い顔を隠さない。最早ホワイトボードはフィリップの個人的なメモで埋め尽くされており、現八郎が会議前にまとめていた情報は一割も残っていなかった。

 一同は未だロイミュードたちの動機を掴みかねていることに共通のモヤモヤを抱いていたが、手持ちの情報を全て出した翔太郎が進ノ介に新たな視点を求めた。

 

「泊刑事たちにはサークルメンバーのリストも回したが、何かわかったことはあるか?」

「残念ながら、まだ残りのメンバーの足取りをちゃんとは掴めていません。住所が変わっている者も多くて、調べるのに時間がかかりそうで」

 

 進ノ介がポケットを探り、取り出したメモを見ながら事務的に答えた。

 メモには究がメールで伝えてきてくれたサークルメンバーリストを基に、それまでの捜査状況が走り書きされている。リスト頭の三人分までを当たったところ、家庭の事情で姓が変わった者、転居した者、消息不明の者と続き、その時点で一度整理しにオフィスへと戻った方が良いと判断したのだ。

 

「未だ被害が確認できていないのは、このリストでは十四人か。手分けすれば、全員分を調べ上げるのにもさして時間はかからない筈だな」

 

 現八郎が進ノ介の横からメモを覗き込んだ後に顔を上げ、オフィスにいる一同の顔を見回す。最後にベテラン刑事の視線を受けた究は、それを受け渡すようにして特定メンバーに話を振った。

 

「それじゃあ……僕とフィリップくん、それにりんなさんはここでみんなからの情報をまとめるよ。それでいいよね?」

 

 引き続きこれまでと同じ作業を続けることに、フィリップとりんなに不満はないようであった。

 

「それで問題ないと思う」

「いーわよ。こっちは私たちに任せてもらっちゃうから」

 

 性格に多少の難はあるが頭脳は明晰なメンバーに分析を任せれば、何も心配はいらないだろう。

 ならばと、進ノ介は動けるメンバーたちに以降の行動について案を示した。

 

「残りでもっと細かくグループ分けといくか。それなら……俺は現さんと、霧子は剛と。照井さんは亜樹子さん。左さんにミッキー……間捜査官ってことでどうだろう」

「まあ、いいんじゃない?警察メンバーを上手くばらけさせとけば、問題はないでしょ」

 

 青年刑事の提案にいち早く頷いたのは、調査から現場捜査へと行動の場を移された未来であった。

 進ノ介のメンバー分けは、一見「警察関係者と一般協力者」であるかに見える。しかし実際は「仮面ライダーに変身できる者とそうでない者」とで組んでいることになり、咄嗟の采配としてはなかなかに見事なものだと言えよう。

 若輩者である進ノ介と行動することになった現八郎の刑事心に火がついたらしく、彼は勢い込んでメンバー全員を巻き込んだ。

 

「よし!早速、残りのメンバーを追うぞ。判明した情報は全てここへ回して、分析は究とフィリ坊、先生たちに任せる。俺たちは、徹底的に自分たちの足で調べなきゃならねえ。やるぞ!」

「はいっ!」

 

 先陣を切るのは自分とばかりに拳を突き上げたベテラン刑事に、若い面々が力強く応えた。

 

「……誰がフィリ坊、だって?」

 

 それはただ一人、気に入らない新しい呼び名をつけられたフィリップを除いて、のことであったが。


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