仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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仲間とは何なのか -8-

 ブレンの気配が完全に消えてから、二人のバグミュードはブレンの部屋へ足を踏み入れた。

 自分たちに割り当てられた部屋とは違い、古い書籍の詰まった本棚がいくつも置かれた書斎風の空間になっているそれは、いかにもブレン好みという印象である。

 

「行ったようだな」

 

 エコーは軽く部屋の中を確認して呟いたが、アルファはデスクへ一直線に向かい乱暴にタブレットを掴み上げた。画面はまだ暗くなっておらず、オンライン状態を維持しているように見える。

 

「おい、誰かいるんだろ。即答しねえと、こいつを叩っ壊すぞ」

 

 アルファが画面に向かって凄むが、何も操作していない状態で通話できる訳がない。

 考えなしの行動に呆れたエコーがアルファを止めようとしたとき、不意の返答がタブレットの中から聞こえてきた。

 

『乱暴な真似は止せ』

 

 同時に、粗いポリゴン状の人の顔がタブレットの画面に浮かび上がってくる。とは言っても、遺跡にある石像を思わせるその顔は単なるアバターらしく、通話相手の顔を映したものでないことは明らかだ

 正体を隠そうとしている相手を鼻で笑い、アルファが詰問調で言った。

 

「てめえは何なんだ?」

『私は、君たちの産みの親のようなものだ』

 

 予想だにしていなかった答えに、今度はエコーが鼻白む。

 

「産みの親?何をまた……お前もロイミュードなんだろう。隠すと為にならんぞ」

『違うな。私は人間であって、ロイミュードではない。彼らも、そして君たちも私が作った。彼らのせいでこんな姿になってしまったことは皮肉だがな』

 

 更に続いた言葉とともに、タブレット画面の顔がやや表情を曇らせた。恐らく声の主は自らが単なる通話相手でなく、この平たい精密機器に存在を封じられていると言いたいのであろう。

 無論、そんな突拍子もない話は到底信じることなどできない。

 エコーは低く、圧力を込めて画面の顔に問うた。

 

「お前は何だ。ハートたちの仲間のロイミュードではないのか」

『私は、ある人間の魂を電子化した存在のようなものと言っておこう。このタブレットが今の私の住み処であり、生命線だ』

「ある人間……誰なのかは聞くな、ということか?」

 

 エコーが言葉を選びながら、会話を繋げようとする。画面の顔が本当に電子化された人間か否かはさておき、自分が誰であるのかを明かすつもりがない相手なのだ。

 神経質そうな顔が険しさを増し、くすんだ壁に落ちた濃い影がゆらりと揺れる。

 明らかに疑ってかかってきているエコー一人にではなく、画面の顔は目の前の二人に向かって話を続けた。

 

『訳あって今はこんな姿をしているが、ロイミュードのことなら何だって知っている。君たちの基幹プログラムに問題があって、進化態の身体を長く保てないことも』

「何?」

 

 嘲笑を浮かべていたアルファが片方の眉をぴくりと上げたが、何とか表面上の平静は保つ。

 タブレットの顔は再びバグミュード二人を画面の中から交互に見て、落ち着いた声を埃っぽい廃墟に響かせた。

 

『君たちは若いナンバーの個体だ。こんな不安定な状態でなければ、ブレンやメディック……ハートにも劣らない能力を発揮できるのだが』

「ちっ!いちいちむかつく奴だな。んなこたぁ、とっくにわかってるってのによ。それに俺たちのことも、ブレンの野郎から聞いた受け売りなんだろうが」

 

『私がこんな不自由な状態でわざわざ君たちの弱点を突いて、不快にさせるような真似をすると思うかね?このタブレットを破壊されれば、私は消滅してしまうと言うのに』

 

 アルファが不愉快そうに吐き捨てても、タブレットの声は平然と言い返してくる。

 この声の主がロイミュードの創造主という確たる証拠がないのにここまで堂々とされると、彼の言葉が重みを増してくるのもまた確かであった。自身があっさり破壊される危険を冒しながらもタブーに触れる話を続けていることは、紛れもない事実なのだ。

 バグミュードの二人が話に信憑性を見つけたとき、自信を感じさせる声があることを申し出た。

 

『私なら、力になれると思う。少なくとも、君たちのデバッグを行うための方法については幾つか選択枝を示せる』

 

 アルファもエコーも、瞬時には反応しない。

 あまりにもタイミングがよすぎる話に、エコーがすかさず横槍を入れた。

 

「『幾つか』と言ったな?その中に、メディックの力を使う以外の手段もあるのか」

『無論だ』

「お前はハートたちの仲間だろう。信用できるか」

 

 しかし、一蹴しようとした日本人の青年へ声は語り続けてくる。

 

『私は基本的にはロイミュードの味方であり、彼等の平穏を願っている。人間が言うところの平穏とはまた、多少意味が違うがな。ハートたちは、ロイミュードの中でも強力な個体だ。彼等による一方的な支配は好ましくないと、私は思っている。同じくらいか、それ以上の能力を持つ者が複数いた方が、最終的に事態はいい方へと向かうだろう』

 

 タブレットの声が示した方向性に、エコーとアルファは思わず目配せをし合っていた。

 つまりメディックの力に頼らない方法でデバッグを密かに行い、ハートたちに対抗できるだけのロイミュード勢力を作り上げろと暗に言っているのだ。

 単刀直入に言えばロイミュード同士の潰し合いをけしかけてきている声に対し、アルファとエコーの目は強い警戒の色を浮かべた。

 

「てめえ……」

「どういうことだ?」

 

 アルファがタブレットを持つ手に力を入れるが、画面から発せられる声は淡々としていてぶれがない。

 

『君たちには、その可能性が秘められていると言っておこう。バグを持つ者であればこそ、の処理が行えるのだから』

 

 逆に二人の男が廃墟の壁に落とす影を大きく揺らめかせ、畳み掛けてくる声に先んじられる。

 

『風都という街に、人間の強い感情と地球そのものの力を結びつける、ガイアメモリという物があるらしい。君たちがそれを取り込むことができれば、デバッグ……いや、それどころか超進化態の更に上を行く、何者かになれるかも知れない。人間の感情を起点として進化を遂げるプログラムがロイミュードには組まれているが、デバッグの際に強力なアップデートがかかる可能性は否定できないからな』

「風都?」

 

 具体的な地名をエコーが反芻し、アルファが鼻で笑って見せた。

 

「うまい話だな。だが、そんな胡散臭え話に誰が乗るかよ」

『ああ、うまい話に聞こえるだろう。ガイアメモリは強力であるが故、デバッグ時に予期しない処理が走って暴走を招く可能性が高い。が、それは飛躍的に君たちの能力を高めてくれる筈だ。そしてその処理は、バグを持つ個体である君たちにしか起こり得ない変化でもある』

 

 簡単には信じようとしないのは当然だと言わんばかりに、画面の声は僅かな動揺も窺えなかった。

 ハートと自分さえ良ければ他はどうでも良い、と態度で言い切っているメディックに頼らずデバッグが可能で、彼らよりも優れた個体になる方法。そんなものが存在すること自体信じ難いが、ロイミュードの産みの親を自称するこの人物ならば、知っていてもおかしくはない情報だ。

 

 もしそれが事実であれば、ハートらに知られることなく動かねばならないだろう。そうなると、迂闊な真似はできない。表向きはハートやメディックに従順な駒となり、裏をかこうとしていることは決して覚られてはならなかった。

 心の隅でこれからを考え始めた二人の思考に、タブレットの声は念押しとも取れる言葉を割り込ませてくる。

 

『ハートと私のどちらを信じるかは、君たちの自由だ。ただしいずれの道を取ったとしても、私はこの助言のみで今後一切君たちとは関わらない。ブレンは、私が君たちに接触したことを良くは思わないだろう』

「てめえの身の安全が第一ってことか。欲望に正直な奴だぜ、ったく」

 

 呆れたようにアルファが皮肉るが、青く冷たい殺人鬼の瞳の裏に抑え切れない好奇心が溢れている。ガイアメモリのことを一刻も早く知りたくて、身体が疼いているのだろう。心なしか、雑言の口調に弾みが出ているのがその証拠であった。

 

『しかし、もし君たちがハートたちを凌ぐ力を手に入れたなら、必ずまた力になる。約束しよう』

「ああ、覚えていたらな」

 

 対して、エコーは素っ気ない。

 

--親しげに近寄ってくる者こそ、最大限に用心しなければならない。

 

 本能に近い部分で感じられる警告に、彼は抗うことができないでいた。

 他者から向けられた好意を真っ直ぐに受け止められない自分への疑問が、何と結びつくのか。

 ロイミュードであるエコーは戸惑いを覚えることしかできないが、それもよくある記憶の混濁だと切り捨てて忘れることにしていた。

 

 しかしおかしなことに、頭の中を覆う靄が今は一行に晴れる気配がない。

 思考までも妨げかねない嫌な感触を頭を軽く振って振り払おうとすると、ますます視界が霞んでくる気すらしてくる。

 直後、不快な電気信号が人工の脳に走り、痛みと同じ感覚が首から上に重くのしかかってきた。

 

「くっ……」

 

 不意に襲ってきた頭痛に思わず顔をしかめ、エコーが足をふらつかせる。あっという間に痛みの質は変わり、万力で締め上げてくるような激痛が頭蓋全体を支配していた。頭が割れんばかりの苦痛はぎりぎりと金属的な音を幻聴としてもたらし、彼をその濁流へと突き落とそうとしてくる。

 その渦は今や五感全てに感じられるものとなり、エコーを取り巻く全てを黴臭い廃墟から運び去っていた。

 

 

 

 

 

 突然切り替わった世界は真っ黒で、自分はむちゃくちゃに手足をばたつかせてもがいていた。

 冷たい水が全てを絡め取っていて呼吸できず、どこが上かもわからない中で、出口とおぼしきドアを必死に掻きむしる。無我夢中な指先の皮は破れ、爪が剥がれて血が吹き出し、水を赤く濁らせていただろう。

 

 しかしその痛みは息が詰まる苦しさに上書きされ、感じることができないでいた。

 酸欠に喘ぐ脳が腫れ上がり、救いを求める叫びが喉の奥から溢れ出る。

 

『死ぬ……死ぬ!誰か、誰か助けてくれ!』

 

 肺を容赦なく侵す水のせいで断末魔の絶叫は声にならず、口から僅かな泡が出ていくだけだ。そしてその水を追い出すために咳き込むことすら、最早許されていない。

 頭が膨れ上がり破裂しそうな苦しみの雪崩に押し流され、意識を失いそうになった一瞬前のことだった。

 

 ふと、ある男の顔が鮮明に閃いていた。

 恐らくこのまま命を落とすであろう自分が、最後に会っていた人物。

 自分よりも歳上で、その人生の厚みと幅に惹かれ、親友と思っていた男。

 自分があの男に嵌められてこんな目に遭わされたことは、疑いようもなかった。

 

『あの野郎!絶対に、絶対に許さん。殺してやる!俺が死んでも、絶対に殺してやる!』

 

 次の瞬間、魂の底から何かが膨れ上がって破裂する感触が全身を襲い、全てがぶっつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 唐突に、エコーは現実へと突き戻されていた。

 身体は元のブレンの部屋にあり、擦り切れた絨毯に膝を落とした姿勢でうずくまっている。手が無意識のうちに胸を押さえていて、ぜいぜいと苦しげな荒い呼吸が周囲の空気を震わせていた。

 

「……何だ、これは……」

 

 スーツ姿のエコーは、汗ばんだ額に指先を当てて呻いた。

 たった今感じた苦痛はあまりにも生々しく、とても幻覚の一言で片付けられるものではない。明らかに自分の身に起こったことの追体験なのであろう。

 

 恐らくは、コピー元となった人間の最後の記憶だ。

 閉ざされた真っ暗な空間で一人溺死し、自分を殺した人物への凄まじい怒りだけが残った残骸。

 信頼していた人物に裏切られ、叶わない復讐を誓ったのだ。

 

「あ?どうかしたか?」

 

 そして今の唯一の仲間であるはずのアルファは、すぐ傍で突然倒れたエコーに一言言って怪訝そうにするだけであった。助け起こそうと手を貸す素振りも、心配そうな表情の欠片も見せていない。

 

「お前もようやく、データの整理ができてきたようだな。心配ねえよ、コピー元の記憶が完全に戻れば楽になるからな。ブレンに気づかれると厄介だ、そろそろ戻るぞ」

 

 薄い笑いを浮かべ、アメリカ人の大男は出入口に向かい踵を返した。

 ハートたちに決して知られてはならない情報を共有する「友」を重んじない行動に、以前のエコーなら失望していたであろう。

 しかし今のエコーは、ゆっくりと立ち上がりながら何もない虚空に視線を走らせ、短く漏らしただけであった。

 

「俺は……!」

 

 薄い唇からこぼれた声は低く、空気を絡め取る重さに満ちている。

 その黒い瞳にも、同じ光がちらつき始めていた。

 


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