仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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FBI捜査官はロイミュードなのか -2-

 身体の中を、ざらりとした粗い粒子が通り抜けていく感覚。

 重加速の中に身を投じた時と抜ける時、両方で何度も感じたことがある違和感だったが、抜けるとわかっている時にはほっとする。

 人気のない道路まで辿り着いた女は、安堵の色を瞳に浮かべて呟いた。

 

「ここなら、大丈夫かな」

 

 大きく息をつくと、腕に下げたコンビニエンスストアの袋ががさりと音を立て、中に入っているペットボトルの水が揺らぐのが感じられる。同時に、腕に抱えている少年が小さく呻く声も耳に入っていた。

 助け出した少年の無事を確認するために声をかけようとするが、リュックを背負った少年は固く目を閉ざしてぐったりと動かない。先にロイミュードに襲われたショックが強すぎたのだろう。

 

「ありゃ、気絶しちゃってたか。ええっと……」

 

 困ったように漏らした女は、辺りを見回した。

 今はロイミュードと交戦した公園の入口に当たる場所で、接している道路の幅は広い。都合がいいことに、すぐ側には雨避けとベンチのあるバス停があり、強めの明かりが住宅街でも煌々とした光を放っていた。

 急いで雨避けの下へ走り、少年をベンチに寝かせてバスの時刻表を確認すると、数分もしないうちに次の便が来ることがわかった。これなら、客の誰かか運転手が少年に気づいてくれるだろう。

 

「ごめんね。後はもう警察に任せるから」

 

 まだ意識が戻らない男の子の頭を軽く撫で、女は申し訳なさそうに謝ってから立ち上がった。もうこの場に用はないとばかりに、コンビニ袋を下げた女はバス停から小走りに離れようとする。

 ところが、百メートルも行かないうちに再び彼女は足を止める羽目となった。

 

「お姉さんってさぁ、善いロイミュード?」

「なっ……?」

 

 どこからともなく響いてきた若い男の声に、ライダースジャケットの女が緊張を走らせる。

 彼女が行く道は幅が狭くなってきており、川沿いの小路に通じていた。右手には先の公園の林が金網フェンス越しに広がり、左手は土手に面している。人の気配が皆無で、ただでさえ頼りない街灯もまばらなこの道は、若い女であれば夜は絶対に一人で通らない場所だと言えるだろう。

 劣悪な視界に舌打ちした彼女が声の出所を探ろうと身構えたとき、突如としてブーツを履いた足元が爆ぜた。

 

「うぉわっと!」

 

 一度切りではなく何度も小さな破裂を繰り返す地面に、女は間が抜けた叫びを上げて跳び退いた。

 アスファルトの地面から火花が上がり、きな臭さと薄い煙とが立ち込める。

 彼女は瞬時に何者かが飛び道具を放ったのだと理解しており、ガードレールの陰へ飛び込んでから姿の見えぬ誰かに向かって怒鳴り声を上げた。

 

「ちょっと、どこの誰なの!危ないでしょうが!」

 

 当然ながら、彼女の怒声に対する即時の返答はない。

 女が警戒を解かず身を低くして様子を窺っていると、ほどなく道路脇の背が高い草むらから若い男が進み出てきた。

 

「へえ……人間の姿のままなのに、よく全部避けられたな。その反射神経と運動能力からすると、お姉さん、相当手強いロイミュードだね?さっさと正体現しなよ。その方が、俺も本気でやれるからさ」

 

 どこか人を食った軽い口調が特徴の男は、夜目にもわかる白いジャケットに派手なロゴのシャツを纏い、変わった銃を構えていた。わざわざ身を隠していた場所から姿を現してぬけぬけと言い放つくらいなのだから、相当な自信があるのだろう。

 

 男--詩島剛は、まだガードレールの向こうに潜んでいる女から目を離さない。専用武器のゼンリンシュータの銃口も、勿論向けたままだ。

 彼は女が鬼ロイミュードと公園で一戦交えている時から尾行を続け、戦闘中の姿も愛用のデジタルカメラに納めていた。今まで手を出さずにいたのは、単に姉や罪もない子どもが側にいたからというだけだ。

 そうとも知らず、女は立ち上がってから剛をじろりと睨んで冷たく言った。

 

「……さっきから、何のこと?」

「とぼけんなよ。俺、あんたがどんよりの中で普通に動いてたの、見てたんだぜ」

 

 剛の声が僅かに低くなり、構えたゼンリンシュータに敵意が込められる。

 そう。この女は重加速の中でシフトカーの助けも借りず、平然と戦っていた。彼女が子どもを救ったとは言っても、ロイミュードである事実は覆らないのだ。

 ならば、仮面ライダーマッハである自分が倒さねばならない相手であることは必然であった。

 

 素直に手強いと思える強いロイミュードであっても、己の手で必ず引導を渡して見せるという強い意思が、自然と彼にグリップを握り直させる。

 どうあっても戦うつもりになっている剛の様子から、見た目は姉と同じかそれ以下の歳に見える女が一旦目を逸らし、すぐにまた視線を送ってきた。

 

「にしても……君、変わった銃を持ってるね。この日本で、いつから一般人がそんなものを持てるようになったの?返答によっちゃ、私も黙っていられなくなるんだけど」

「呆れた奴だな。そんなこと言える立場かよ」

 

 話をすり替え、ゼンリンシュータに注意を向けた女がまるで説教するかのような台詞を吐くと、剛が不快そうに唇を歪める。彼が完全に敵愾心しか持っていないことを察し、女が何かに気づいたように視線を宙に上げた。

 

「あ、言われてみればそうか……まぁ、いいや。それをもう撃たないってんなら、大目に見てあげるから」

 

 次には、剛以上にいけしゃあしゃあと大口を叩いて見せる。

 彼女は今でこそ人間の姿をしているが、仮面ライダーマッハたる剛はロイミュードから大目に見られる筋合いなどない。女の憎らしいほどに落ち着いた態度と図々しい一言は、若い剛の怒りに火をつけるだけだった。

 

 これ以上の言葉の応酬は無意味だと判断した剛の身体に熱い血が巡り始め、戦闘の準備を整え始める。とは言っても、最初から変身して挑むつもりはなかった。まず最初に素手での格闘で強さを計り、その際に女がもし本性を現せば、その後に仮面ライダーの姿になっても遅くはないだろう。

 暴れるだけのむかつきを一気に溜めた剛が、踵を浮かせてからゼンリンシュータを後ろの草むらに投げ捨てる。

 

「ちっ!こいつがお気に召さなきゃ、このままで相手してやるだけだ。女だからって、ロイミュードにゃ容赦しねえよ!」

 

 そして次の瞬間、たわめていた両足で地面を蹴って女へと向かっていった。両者の距離が一瞬にして詰まるが、女はガードレールの切れ目に進み出ただけで逃げようともしない。軽く膝を緩めて僅かに沈んだ体勢は、彼女が迎撃するつもりでいることを示している。

 上等だ、と勢い込んだ剛は得意の空手を基本とした拳を叩き込もうと腕を引いた。

 

「おりゃ!」

 

 肚から出た気合の声とともに、鋭い突きが連続で繰り出される。

 だが、女には一発も掠ることすらなかった。彼女が刻む軽いフットワークは胴を狙った攻撃を鮮やかなまでに空振りさせ、愛らしい顔に迫った拳も、ポニーテールに纏められた髪の毛一筋に触れることなく終わらせていた。

 女が素早く後ろへ下がり、両者の間に一瞬の間隙が生まれる。

 

 ならば、と咄嗟に判断した剛が再び間合いを詰め、今度は左右の蹴りを組み入れた攻撃方法に切り替えて挑み直した。上段と中段に突きの攻撃を集中させる一方で下段の急所を狙い、揺さぶりをかける戦法だ。

 戦い方を知っている人間であっても、剛が誇る運動能力の前には皆防御を崩し、隙を見せ、腹や顔に強烈な一撃を喰らって更に大きな隙を呼び込むことになる。

 筈が、やはり女にはただの一発も当てることは叶わなかった。まだ幼ささえ残している女は剛の突きを半身になってすり抜け、蹴りを捌き、有利な間合いを保ったまま、余裕さえ窺える表情で剛の攻撃を避け続けているのだ。

 

「くっ……こいつ!」

 

 既に数十回は続けている打撃攻撃がまるで通じていないことに、剛が歯噛みする。高速の連続技を浴びせて女を一気に追い詰めるつもりが、今や呼吸が乱れ始めているのは自分の方だった。

 それでも攻撃を続けてさえいれば、遠くないうちに女も集中力が切れて必ず隙が生まれるのは間違いなく、そこから畳み掛けることは可能な筈だ。今度はそれを狙って、体力の消耗が少ない軽めの攻撃に切り替えた方がいいだろう。

 

 剛が作戦変更に伴い思考を巡らせたとき、僅かに動きが鈍ったのを女は見逃していなかった。

 彼の荒い息遣いに、ひゅっと女が短く息を吸う音が混ざる。

 敵が反撃に転じてくることを察した剛は反射的に身を引こうとしたが、彼女の素早さは彼を遥かに上回っていた。剛が突いた腕が伸び切る一瞬を狙ってその手首を捕らえ、そのまま上腕に反対の腕を巻きつけてくる。

 

「どうせ私が何を言っても、聞く気はないんでしょ!」

 

 鋭く言い放った女が剛の腕を取ったまま背後に回り込み、手首を捻り上げてくる。途端、腕から上半身全体に響く激痛が剛を襲った。

 

「いててて!くそっ……離せよ、畜生!」

「動かないで!骨折したくなきゃ、抵抗するな!」

 

 右腕の関節を後ろに決められた格好になった剛がもがいて叫ぶが、女は恫喝とも取れる一言を発し、拘束を緩める様子はない。まるで警察官である姉が犯罪者を確保した時のような迫力ある声は、若き仮面ライダーたる男も思わず暴れるのを躊躇するほどであった。

 

 相手が大人しくなる兆しありと見た女は、それ以上腕を捻り上げようとしてこない。先の鬼ロイミュードと一戦交えた時と同じく、相手を倒すつもりがないことを感じさせる応じ方だ。

 自らの意思をよりはっきりと伝えようとしているのか、彼女は抑えた声で続けた。

 

「君、格闘技経験あるでしょ?なかなかいい動きしてるし、そこは誉めてあげる。だけど、これ以上は止めときな。いい加減にしないと、おねーさんも本気で怒るよ?」

「そいつはどうも……けどあんたも、油断は禁物だぜ!」

 

 痛みに歪められていた剛の唇の端が吊り上がる。と同時に彼は、固められている右腕にわざと体重を預けた。途端に関節から全身へと痛みが走り抜けるが、それもほんの一瞬であった。

 女が、彼の右手首をがっちりと拘束していた手を突然離したからだ。

 

 彼女が「本気で」と発言したことから、剛は相手が本当に腕を折ろうとしているのではないことを覚り、一見すると無謀と思われる行動に出たのだ。

 その甘さが命取りだと言わんばかりに、剛の口許に不敵な笑いが浮かぶ。

 腕関節の固め技から解放された若者は、地面に片手をついて腰を落とした不安定な体勢を立て直すと、お返しとばかりに女へ後ろ蹴りを見舞う。

 

「っと!」

 

 だが、彼女は腹を狙ってきた中段蹴りの軌道を片手で難なく逸らし、飛び退いて距離を取ろうとした。今度は剛がそれを許さず、詰め寄って上段攻撃を拳で叩き込まんとする。再び開始された若き戦士の猛攻を弾き、かわし、捌きながら、女は悪態をついた。

 

「口の利き方は五人前な癖に、レディに対する礼儀は半人前以下だね!」

「レディとか……自分で言うかよ!」

 

 減らず口に雑言で返し、剛が至近距離から女の顎目掛けて突きを繰り出す。彼女は膝を緩めて突きを空振りさせ、ジャケットの腕を肘で突き上げつつ隙間を空けずに襲ってきた膝蹴りを避け、剛の横へ擦り抜けた。

 相当腕に覚えがある物でなければ不可能な動きだ。女が発する殺気のせいなのか、その半身が白く輝く火花を纏ったかの如き像が剛の網膜に残された気さえする。

 

「ぎゃっ!」

 

 剛が悲鳴を上げたのは、その時である。首筋に強烈な痛みが走り、自分が苦鳴を漏らしたと思った瞬間にはもう、女を追おうとしていた脚が主の命令についていけずにもつれていた。

 首筋に走った痛みは、打撃によるそれではなかったのだ。

 女から攻撃されたのはわかる。だが、急所に喰らった場合の一瞬で気が遠くなる種類のダメージとは全く違っていた。両脚ばかりでなく、両腕にも全く力が入らなくなって、剛は四肢を引きずるような不様な姿勢で草むらの中へと倒れ込んでしまったのだ。

 

 一体どんな攻撃をしてきたのか、まるで訳がわからない。が、ロイミュードの特殊能力によるのだとしたら、汚い手を使われたものだ。

 格闘以外の手で容易く倒された剛は、罵声を浴びせようとうつ伏した顔を上げようとする。にもかかわらず、彼は舌までが痺れてろくに喋ることもできない有様だった。

 彼の頭の中は怒りと屈辱で沸騰しそうになっていたが、女が後ろから投げつけてきたのは辛辣極まりない言葉であった。

 

「私も、長時間遊んでられるほど暇じゃないの。あんたは暫くそこで寝てなさい。三十分もすりゃあ動けるだろうから、風邪はひかないでしょ」

 

 女の口調にはどちらかと言えばたしなめるような響きがあったが、剛は完全に見下されていると感じたに違いない。彼女の声の最後に、コンビニエンスストアの袋を拾い上げたがさりと言う音が重なったのも、余計に若い男のプライドを刺激していた。

 

「くっそ……こ、この……待てよ……!」

 

 何とか喉の奥から声を絞り出した剛だったが、未だ脱力感に支配されている手足ではうつ伏した姿勢を変えることもままならない。戦いの雑音から一転して静けさを取り戻した裏道とは裏腹に、若き戦士の心には憤怒が渦巻くばかりだ。

 段々と遠ざかっていく女の小さな足音に、彼は枯れた草を握りしめることしかできずにいた。


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