仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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仲間とは何なのか -5-

 特状課メンバー一同が再び久留間試験場のオフィスに顔を揃えたのは、その日の午後十時を回った頃であった。試験場そのものはとっくに業務を終えて静まり返っていたが、特状課オフィスには煌々と明かりが灯り、狭い室内には様々な年齢の男女が詰まっていた。

 

「やれやれ、今日は参ったよなあ。傷害事件が連続して四件、被害者は合計で十二名か。それも犯人らしいバケモンの一人は、アメリカから来た例のアルファってのに間違いなさそうじゃねえか」

 

 現八郎が調書の束をデスクにばさりと置くと、その近くにいた亜樹子が横目でちらちらと内容を読もうとしてくる。ベテラン刑事と「女子中学生」探偵事務所所長は、お互い数歩程度しか離れていない距離に佇んでいた。

 一時的に人が増えたことで手狭になったオフィスは、人いきれで季節外れの暑さすら感じるほどになっている。臨時で特状課預かりになっている未来のデスクがあるだけでも圧迫感は増している上に、メンバーは更に四人も増えたのだ。

 

 警察官ではあるが他部署の照井や、客員扱いの翔太郎とフィリップに霧子の弟である剛は、ミーティング用の会議机に腰を落ち着けている。亜樹子は少しでも情報収集をしたいのか、会議机とオフィススペースの真ん中という中途半端な位置から動かずにオフィスの中を眺め回していた。

 

「亜樹子、あんまりキョロキョロするなよ。不審者に見えるだろ」

「別にいいじゃない。風都署以外の警察署なんて、初めて来るんだもの」

 

 落ち着きのない亜樹子を翔太郎が小声でたしなめても、当の本人は悪びれた様子もなく口を尖らせるだけだ。確かに彼女は、夫である照井へ差し入れや着替えを届けに風都署まではよく行っているが、他の署には全く入ったことがないのだ。

 

「まあ、部署自体が運転試験場にあるのは風変わりだね」

 

 物珍しいのはフィリップも同じようで、時折周囲に視線を巡らせては、抑え切れない好奇心を隠すのに苦労しているらしかった。彼は翔太郎の隣で缶コーヒーに口をつけながら、今度は特状課レギュラーメンバーたちが集まっている机の方を眺めている。

 

「俺たちの部門も人数は少ないが、ここまでではなかったな……」

 

 同じく会議机に座している照井は、特状課メンバーの捜査ミーティングが自然と始まりそうになっている空気を察しているらしい。若き警視も安っぽい缶コーヒーを飲みつつ、耳だけは神経を集中させているようだった。

 その時、自分の机でアメリカから持参したノートパソコンを使い、情報を確認していた未来が現八郎に応える形で発言した。

 

「先程クワンティコから画像を受け取って、目撃証言と照らし合わせてみましたが……ロイミュードの一人は、アルファにほぼ間違いないと思われます」

「しかし、複数人のロイミュードが組んで行動するとは……なかなか、厄介なことになりましたねぇ」

 

 彼女の言葉に自分のデスクで当日分の捜査情報を整理していた一同が顔を上げるとともに、本願寺課長も眉根を寄せて資料から視線を上げてくる。

 

「それにしても、ロイミュードの目的は何なのかしらね?私には、手当たり次第に人を襲ってるようにしか見えないんだけど」

 

 捜査で使ったピコピコを点検していたりんながふと疑問を口にすると、それを受けた究も大きく伸びをしながら呟いた。

 

「今のところ、被害者に共通点があるようには見えないな。もっと細かく調べれば、何か出てくるのかも知れないけどさぁ……」

 

 眼鏡を外して目をこすりつつ、究は椅子の背もたれに体重を預けた。顎を上向かせて疲れ目を休めている情報調査のスペシャリストは、今の今まで有用な情報がないか調べていたのであろう。究だけでなくメンバー一同疲労の色が濃くなっていたが、霧子はまだきびきびとした口調を保っていた。

 

「ただ、これまで同じ日に犯行が連続したことはありません。間捜査官の指摘通り、二人のロイミュードが共に行動するようになって、明らかに行動のパターンが変わってきています」

「このままじゃあ、被害者は増える一方だ。やっぱり奴等の行動を予測して、先回りしていかねえとな」

 

 現八郎が渋い顔をすると、霧子が困ったように返した。

 

「ですが、今回のこの四件の捜査も平行して進めていかないと……」

 

 ベテラン刑事が言うことはもっともであったが、今日起きた四件の傷害事件の捜査を進め、得られた情報を分析し、犯人の姿を確実に暴いていかなければ、先回りのしようもない。ただし今の混乱した状況では、まだ具体的にどうこう言えるほどの見通しが立てられないのだ。

 霧子を始めとした特状課メンバーが同じことを考えたところで、現八郎が力強く頷いた。

 

「よし。じゃあ、二手に別れて進めていこうじゃねえか。半分は奴等の動きを見て、次に狙われそうな奴の周辺で張り込み。もう半分は今日出た被害者の人間関係を洗って、刀を持ってる鬼入道のコピー元が誰なのかを調べる」

「そうですねぇ。効率的に進めていくには、それがいいかと思いますよ。お互いの状況については、連絡を密に取って常に把握するようにしていれば大丈夫でしょう」

 

 複雑化してきた捜査状況に却って燃えたらしい現八郎に、本願寺も同調する。責任者である本願寺は基本部下任せで、悪く言えば放任主義の上司なのだが、こういう時は現場が好きにやれるのが有り難い。

 

 瞬時の反応として「鬼入道ではなくロイミュード」と全員が心で突っ込みを入れたが、実際には反対の声が上がらなかったことを皆の同意と判断し、進ノ介が皆の顔をぐるりと見渡す。

 

「じゃあ、どう分けますか?」

 

 若き刑事は、イレギュラーなメンバーが布陣している会議スペースにまで視線を通していた。

 それを目ざとく察した者の元気な声が、蒸し暑さを感じるオフィスに響く。

 

「はいはいはい!被害者の人間関係の洗い出しに関しては、私たちがやります!その辺りは、鳴海探偵事務所にお任せよ!」

「そうしてもらえるとありがたい。多分俺たちの方が小回りは利くだろうからな。それに、この街のことを知るにはいい機会だ。何と言っても、まずは自分の足を使わねえとな」

 

 勇んで挙手した亜樹子に続いたのは翔太郎だった。

 確かに彼の言う通り、地道な調査は探偵の最も得意とするところなのだろう。加えて、今後のために久留間での確かな足掛かりも築いておく心積もりでいるのかも知れない。

 

「俺は左からの情報を受けて、整理してからこちらへ回すようにしよう。全体へ情報を回す前に精査する必要があるし、俺たち警察と常に連携が取れていれば便利なこともあるしな」

「私は翔太郎くんと一緒に行くことにするから。一人じゃ心配だしね」

 

 亜樹子と翔太郎に同意した照井が提案に沿う形で自らの立ち位置を確定させ、もう一度亜樹子が続ける。

 ここで笑顔の亜樹子が夫である照井との別行動に出たのは、未来を除く特状課のメンバーにとっては意外であった。一見すると夫にべったりの彼女であるが、鳴海探偵事務所を預かる所長として、実はちゃんと自分の行動を弁えているのだ。

 ただしそれでも、夫婦の間に漂う「ラブラブ」な色はしっかりと周囲に染み渡ってはいたが。

 

「あ……そうですか。じゃあ、お願いします」

 

 特状課の総意を代表し、進ノ介が半ば空気に飲まれる形で返答する。

 

「そんなら、俺も行くよ。あんたらが話を聞いてる時、相手の顔写真なんかをバッチリ押さえられるからな」

 

 そんな亜樹子のキャラクターを掴むのが早いのか、剛が鳴海探偵事務所のメンバーへの協力を申し出た。彼は鳴海探偵事務所の面々とともにパイプ椅子に座っていたが、浅く腰かけるて背もたれに体重を預ける姿勢は、今時のノリが軽い大学生そのものであった。

 

「ま、俺たちはさながら遊撃部隊ってとこだよな?よろしく頼むよ、翔さん」

「何だよ、その変な呼び方は。翔太郎さんか、せめて左さんと言え!」

 

 初対面の時から翔太郎に対してやたらと馴れ馴れしかった剛に笑顔で言われ、流石にむっときたのであろう。恐らく自らのポリシーに反していると思われる妙なあだ名に、帽子の探偵は突っ込みを返していた。

 

 だが、ペースを崩す気などまったくない剛は、あくまで自分の気持ちにしか従おうとしない。彼はやれやれと言いたげに立ち上がってからわざわざ翔太郎の横まで行き、カラーシャツに包まれた肩に手を置いた。

 

「いいじゃん、短い方が呼びやすくてさ。進兄さんだってそうだし」

「俺の方が年上なんだぞ!ちったあ敬意を払えってんだ」

 

 翔太郎が振り返って剛を睨んだ拍子に肩の手が外れるが、当の剛は全く気にした素振りは見せていない。

 

「硬いなぁ。ま、俺は翔さんって呼ぶからさ。仲良くしようよ」

「お前なぁ……」

 

 もはや敬語すら使うつもりのない若者に、翔太郎が脱力する。

 ところが、この二人のやりとりに大きく頷いて会話に割り込んでくる人物がいた。

 

「別にいいじゃない、呼び方くらい。えっと……詩島剛さん、よね?改めて、よろしく!」

「うん、俺もよろしく頼むよ」

 

 亜樹子にまで元気に言われて剛が同調してしまうと、翔太郎はもう言い返すことができなくなってしまう。今度は翔太郎がやれやれという体で溜め息をつくと、自分のデスクから彼らの様子を窺っていた未来が控え目に述べた。

 

「私は被害者の情報を洗って、何か共通点がなかったかどうか分析します。FBIのデータベースからアルファの捜査資料も取ってきて、データとして提供しましょう」

 

 まだあまり馴染まない現場故に後方支援に徹しようと思ったのだろうか、FBI捜査官が選んだのは目立たない役目であった。

 

「え、本当?じゃあ、もし未来さんから情報を回して貰えるんなら、分析は僕も一緒にやろう。元々それが専門なんだしね」

 

 未来がデスクワークに回ることを聞いた究が、嬉々として共同作業を希望する。FBIの生の情報など、普通なら日本国内ではお目にかかれない。情報分析のスペシャリストとして、見逃せない好機なのだ。

 

「あっ、私も!未来ちゃんから提供してもらったデータを見て何かわからないか、色々やってみるわね」

「ありがとうございます。助かります」

 

 究に続きりんなも手を挙げたところで、未来が笑顔で感謝の意を示して見せる。

 

「僕もそちらを手伝うよ」

 

 最後に自分の立ち位置を決めていなかったフィリップが、ぼそりと呟いた。

 

「ほんと?フィリップくんも手伝ってくれるんなら、鬼に金棒だよ」

 

 人見知りが激しい青年の一言を聞き漏らさなかった未来が、会議テーブルについている本人に視線を送ってくる。フィリップはまだこの賑やかな空間にいることの違和感が拭えないらしく、黙って頷くだけだった。

 

「こりゃ、見事にチーム分けされたなあ」

 

 特状課メンバー、鳴海探偵事務所メンバー各々の役割を反芻して確認した進ノ介が、感心して感想を口にする。

 仲間たちは早くもそれぞれのチームになり、課題を検討する小さなミーティング状態に入ろうとしていた。狭いオフィススペースが、夜遅くの時間帯に不似合いな活気をにわかに帯びて熱くなろうとする。

 

「そうと決まれば、話は早え。俺と進ノ介、嬢ちゃんは聞き込みを進めながら、次に狙われそうな人間の目星がつき次第そいつの護衛だ。それに奴等が最終的に何を目的にしてるのか、そのことも常に頭に置いてな。行くぜみんな!」

「はい!」

 

 追田警部補が上げた一声に、一同が力強く応えて見せた。

 

「追田さん、何だか妙に生き生きしてるような気がしますね……」

「現さんも、若い人たちの指導に当たれるのが嬉しいんですよ。もともと昔ながらの熱血キャラですから」

 

 その中になし崩し的に巻き込まれた霧子が、珍しく一つとなった特状課の盛り上がりに驚きの表情を見せていた。

 彼女の呟きを聞くとはなしに聞いていた本願寺課長は特に意外ではないらしく、むしろ嬉しそうにうんうんと頷いている。

 

「う~ん、占いの予想通りになってきましたねぇ……いい感じですよ」

 

 そして笑顔の課長がおもむろに内ポケットから取り出したガラケーの液晶画面には、『管理職の方は、部下の行動には敢えて口を出さずに見守りましょう。期待以上の成果が待っています』という星占いが表示されているのであった。


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