仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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仲間とは何なのか -3-

 久留間運転試験場の警察関係車両駐車場に、朝からとてもパトカーとは思えない車が停まっていた。

 流線型を意識したのフォルムのボディは、赤を基調に白のラインを要所に入れた塗装が何よりも目立つ。加えて空気抵抗を減らすために程よくローダウンさせた車高、一般車両ではまず見ない形のウイング、ツーシーターの座席には四点ベルトと、レーシングカーさながらの派手さだ。

 

 その運転席に座っているのは、スーツ姿に浮かない顔の泊進ノ介であった。

 かと言って特に体調が悪いわけではなく、寝不足でもない。なのに彼は、若い身体を軽やかにシートから持ち上げて車から降りる、という次の行動へいつまで経っても移ろうとしなかった。

 

「どうした、進ノ介?まだ事務所へ行かないのか?」

 

 独身寮から仮面ライダードライブの専用車であるトライドロンで出勤してきた進ノ介の動きが鈍いことに、心配したのだろう。ハンドルの左側に据えられているベルトが彼を気遣う言葉をかけてくる。

 ぼんやりした視線をフロントガラス越しにある運転試験場の出入口へ向けながら、進ノ介はモヤモヤとした心情を唇に上らせた。

 

「うん……なあベルトさん、あの左って奴……ベルトさんはどう思った?」

「ん?まだ彼のことを気にしているのか」

 

 パートナーでもある進ノ介の懸念は意外だったのか、ベルトの電子音声が少しだけ高くなる。ハンドルに両肘を乗せる格好で上半身を預け、進ノ介は先を続けた。

 

「そうなんだ。照井さんはああ言ってるけど、いまいち信用できないんだよなあ」

 

 進ノ介の頭の中には、昨晩遅くになし崩し的に開かれた非公式捜査会議の様子が再現されている。

 あの場にただ一人いた、これまでロイミュードとの関わりが極めて薄かった人物である、左翔太郎。彼はドライブとは異なる仕組みで変身する、仮面ライダーWであるという。

 

 そこはまだ許容できるとしても、私立探偵だというのが胡散臭い。探偵など金さえあればどんな人物からの依頼でも受けるであろうし、これまでに何か不正に関わった過去もあるかも知れない。

 加えてやたらと格好つけな立ち振舞いや、女性に弱いのも鼻につく。それに未来とも過去に何かあったようだが、あの真面目な幼馴染みへお調子者に見える彼が一体何をしでかしたのか、考えると癪に障るのだ。

 

 進ノ介自身も多少は調子に乗ることがあるという自覚はあるが、仮面ライダーになって以来、これまでになく真剣に仕事に取り組むようになっている。だからこそ、軽薄さが見える翔太郎が気に食わないのだ。

 

「仲間の仲間を容易く信じるべきではない、というのは私も賛成だ。しかし今回に限って言えば、大丈夫だろう」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

 

 相手の心情をまずは認めたベルトが自身の考えを述べると、進ノ介がディスプレイに赤く表示されたベルトの顔に視線を移す。

 

「左翔太郎はこれまでも非公式ながら警察組織に協力し、実績を挙げてきたことは、照井警視の話からも明らかだ。それに彼は、国家機密でもある未来の正体を我々よりも早く知り、共に戦ったことがある。つまり、彼女が信頼して背中を預けたことがある人物だと言い換えることもできる。彼が警察組織の外にいるのにもかかわらず、だ」

 

 進ノ介は不審そうな表情のままでいるが、ベルトは更に続けた。

 

「照井警視や未来が、疑わしい相手に素性を晒すとは到底思えない。それにここからは私の個人的な意見だが、少なくとも左翔太郎は悪人には見えなかった。むしろ善良さにつけ込まれて、損な役回りを演じる人物に思える。進ノ介、君自身にも心当たりはあるだろう」

 

 最後に自身のことに言い及ばれ、進ノ介は虚を突かれた。

 思わず憮然として言い返す。

 

「それって、ひょっとして俺がお人好しのバカだってこと?」

「まあ、そうとも言う」

「おいおい、ひどい言い種だなあ」

 

 単刀直入なベルトの返答に、若い刑事が顔に横切らせたのは苦笑いであった。

 自分にも、翔太郎の根っ子は馬鹿がつきそうなほど素直な人間であることは何となく感じられたのだ。もしかすると、彼に対するモヤモヤの正体は同族嫌悪なのかと思ってしまうほどだ。

 

「しかし信用するか否かというのは、結局のところ個人の主観によるものが大きい。剛が未来の正体を知ってもすぐには認められないように、理屈で理解はできる一方で感情が許さないこともあるだろう。故にチームワークには難しさがあるが、時には仕事として理性で割り切る必要があるのが大人というものだ」

 

 進ノ介から毒気が抜けたことを察したのか、ベルトの口調は穏やかなまま変わらない。年上の上司が部下を諭すような、ベルトの温かい人柄が表れた話し方は、進ノ介のささくれていた心を落ち着かせてくれていた。

 

「そうだな……俺は好き嫌いの感情だけで人を判断したくはないし、暫く様子を見るしかないか。ありがとう、ベルトさん」

 

 口に出した通り、進ノ介は私情で仕事に粗を出すほど子供でいたくはないと、常々思ってはいる。実際まだ若い彼にはこれがなかなか難しいが、逆にいい機会だと思うべきなのであろう。ベルトが言う通り、理性でもっと自分を律することを覚えねばならないのだ。

 

 完全に気持ちを切り替えることができた進ノ介は、ハンドルから上半身を離して迷いのない笑顔を見せ、そのままトライドロンから降りていった。

 

「進ノ介、君は戦いを経て確実に成長してきている。それを実感できるのが、私には何よりも嬉しいよ」

 

 ドアをロックしてから小走りに消えていく広い背中へ、ベルトが独り言を投げかける。

 しみじみとした言葉は、息子がどんどん頼もしくなっていくのを見守る父親さながらあった。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!」

 

 特状課オフィスのドアをくぐった進ノ介が発した挨拶の言葉を聞いていた者がいるかどうか、定かではない。

 警察事務所によくあることだが、場立ちの如き慌ただしさが狭い部屋に満ち溢れ、先にそこにいた全員がばたばたと対応に追われていた。普段ならのほほんと傍観を決め込んでいる課長や、自作の捜査機器を眺めて悦に入っているりんなまでが電話を取り、デスクの間をすり抜けて走っているのだ。

 

「って、何かあったのか……?」

 

 進ノ介が呆気に取られて呟くと、一番手近で立ち話をしていた照井と未来が振り返った。

 

「あ、進ちゃ……泊刑事!待ってたよ」

「来たか」

 

 タブレットの画面を操作していた未来は待ちかねたように、照井は無愛想に口を開く。彼らは早々に話を中断すると、状況を把握しかねている進ノ介の側へ来た。

 

「昨日の深夜から今朝にかけてなんだけど……」 

「泊さん!」

 

 未来がタブレット画面に資料を出そうとした時、自分のデスクでの電話対応を終えた霧子が進ノ介の正面に進み出てきた。未来との間に割り込む形となった婦人警官は、すかさず早口に説明し始める。

 

「ロイミュード二人による傷害事件が発生しました。詳しいことは途中で説明しますから、まずは一番近所の現場へ行きましょう」

「お、おい霧子?ちょっと待てよ、待てって!」

 

 更に彼女は強引に進ノ介の腕を取り、今入ってきたばかりの出入口へと引きずっていく。後ろ向きに引っ張られる格好になった進ノ介は、お陰でひっくり返りそうになる有様であった。

 進ノ介のバディーたる女性の力押しに圧倒された未来と照井は、彼らを見送るしかない。鞄やコートを下ろす暇もなかった進ノ介が外へと引き返しさせられてから、照井が怪訝そうな顔を見せた。

 

「彼女、どうかしたのか?」

「さあ?私にもさっぱり」

 

 照井は、少なくとも進ノ介よりは落ち着いた人物に見えた霧子の行動が解せない。彼から問われた若きFBI捜査官も、当然首を傾げるだけだ。もっとも、自分の恋愛感情にすら疎いこの二人が霧子と付き合いが長かったとしても、その秘められた想いに気づいた可能性は低いと言えよう。

 仕事に関しては真面目な照井と未来は、個人についての疑問はすぐに優先度を下げて次の行動へと移ったようだった。

 

「俺は最初の現場へ現場へ行く。間はあの二人のフォローと、左たちへの連絡を頼む」

「ん、了解」

 

 照井とは友人としての付き合い自体がそこそこある未来は、頷いて短く答えておく。

 

「じゃあ行くぞ……い、いえ!失礼しました警視!途中まで、ご同行させて頂きます!」

 

 だが、自分のデスクへ電話をしに行った未来と入れ替わりで側に来た現八郎はそうはいかない。自分より歳がずっと若くとも階級が上である照井に対し、わざわざびしっと敬礼して言い直さねばならなかった。上下関係が民間企業よりうるさいためであるが、当の照井はさほど気にしていない。

 

「お願いします」

「い、いいいいえそんな!どどど、どうか顔をお上げください!」

 

 むしろ照井は現場では先輩に当たる現八郎に、丁寧な姿勢を崩さず軽く頭を下げてくる。

 現八郎は余計に恐縮して慌てつつも、彼がこの若すぎる警視に少なからず好感をいだいていることは周囲にも伝わってきていた。

 現八郎と照井は別々の現場に途中まで一緒に行く手筈になっており、先に出発した進ノ介や霧子とはまた違った場所である。複数箇所で立て続けに発生した事件であるため、特状課オフィスの混乱は大変なものになっていたが、それでも皆が現場へ急行する頃にはある程度の落ち着きは取り戻している方だったのだ。

 

 実働を担う特状課メンバー五人中の三人がまだオフィスで準備に奔走していた頃、進ノ介と霧子は既に課のバンに乗り込み、タイヤを軋ませながら駐車場を飛び出していた。

 

「二人のロイミュード……アメリカ本土から来たアルファと、私が見た刀を持つロイミュードが二人同時に現れて、人を襲ったんです。幸い死者は出ませんでしたが、被害者の十名はいずれも重体です」

「十名?二人のロイミュードが組んで、人間の集団を襲ったってのか」

「いえ。昨晩から今日の昼にかけて、連続で三件。被害者の総数が十名なんです」

「何だって!」

 

 現場へ向かう銀色のバンを運転しながら、霧子がきびきびとした口調で助手席の進ノ介へ事件のあらましを伝えていく。進ノ介は新たなロイミュードが現れた昨日の今日でこの有り様なのかと、この時ばかりは驚愕するばかりだった。

 霧子はもう散々驚いたばかりなのであろう、新たな被害者を出した悔しさを滲ませながら続ける。

 

「この動きは予想外でした。ですから早く何とかしないと……」

 

 相棒の女性警察官のまっすぐな視線に、進ノ介が頷いた。

 

「被害状況をもう少し詳しく教えてくれるか?」

 

 


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