仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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仲間とは何なのか -2-

 目の前で、切れ切れの息を白く散らした若い女二人が腰を抜かしている。

 住宅街の闇が濃い一角、冬の寒気に晒されたアスファルトに、顔面蒼白でへたり込む人間たち。恐怖でろくに声も出せなくなっている彼らを何度見てきたか、もう数えるのも面倒になってきている。

 しかし自分がコピーした人間の鬱々とした気持ちのせいで、毎回似たようなことを問いかけられずにはいられなかった。

 

「さあ、どっちが先に死にたい?それとも、友達同士……仲良く斬られたいか?」

 

 意識しなくても低音で闇に響く声は、女たちをますます震え上がらせることになった。

 彼女らは人気のない路地で自分たちと全く姿の異なる者--赤銅色の隆々とした身体に角の突き出た人ならぬ顔の造形、全身に纏った禍々しい気配--に怯え切り、何より新月の夜にあっても自ら輝きを放つかに見える長大な刀に、動く気力をまず殺がれていた。

 ぬらぬらと不気味に光る刀身と異形の顔を交互に見つつ、髪が長い派手なメイクの女が隣の女を指差す。

 

「ここここ、この女を先に殺して?お願い!」

「ちょっ、アンタ……!親友に対して、よくもそんなこと!」

 

 相手の方を見ようともせず自分だけが永らえようとする友人に、指を差された女が思わず金切り声を上げた。黒髪でショートカットの女は派手な女より数段地味で、化粧っ気の全くない顔に眼鏡、体型を隠す太めのパンツというやぼったい服装だ。

 

「うるさい!アンタなんか、友達なワケないじゃない!」

 

 派手な女が、負けじと怒鳴り返す。

 自分の命が優先されて当然という態度を露にした女は、これまで心のなかに溜め込んでいたであろう本音を一気に爆発させていた。

 

「アンタみたいなブス、今まで一緒にいてやっただけでも感謝しろってのよ!私のお陰で、散々美味しい思いだってできたでしょうが!」

「なっ……じゃあ、私はアンタの引き立て役だったってわけ?それ、今言うことなの?私、アンタみたいに嫌な女でも我慢して付き合ってあげてたのに!」

 

 自分以外を先に殺せと言えるのも大したものだが、土壇場になって本性を顕した派手な親友に対して黒髪の女も黒い感情を引き出させてくる。

 響き渡る雑言に、派手な女は明らかに鼻白んでいた。

 付け睫と太いアイラインに囲まれた目で短髪の女を睨みつけ、グロスを塗りたくった唇を歪ませる。

 

「何、今気づいたの?アンタなんかそこまで鈍くて救いようがないせいで、モテないんでしょ!」

 

 短髪の女が傷ついたような顔を見せて一瞬、言葉に詰まる。

 が、彼女はすぐに眼鏡の奥の小さな目に怒りに染め、更なる感情を爆発させた。

 

「……信じらんない。アンタの方が先に死ねよ!」

「ちょっと、何すんのよ!」

 

 喚きながら掴みかかってきた元親友の手を払い除けながら、派手な女が甲高い声を張り上げる。女たちが互いに髪を引っ張り合って格闘する様は、二人ともがまるで目の前のロイミュードという脅威を忘れてしまったかのようだった。

 生死を分けるかに思えるこの状況で繰り広げられる醜い争いを、鬼ロイミュードは醒めた目で見下ろしていた。

 

 ほんの少し前まで笑い合いながら歩いていた、女の友人同士。タイプは違えども仲は良さそうに見えた二人だが、所詮友情などというものはこんな程度だろう。

 もっとも、この女たちがどんな回答をしても、あるいは襲撃する前に別れて一人になっていたとしても、斬るつもりに変わりはなかった。これまでに白々しい友情ごっこを見せつけてきた人間たちは、彼らが別れた直後に斬ったことも一度ではないのだ。

 

 人間は、自分のこと以外どうでもいいと思っている生き物だ。

 なのに表面上ばかりを取り繕うのはこの上なく醜悪だし、それを認めようともせず相手を庇おうとする者はなお、見苦しい。自らの本能とも言うべき生存本能を否定してまで他人を救おうとするなど、偽善もいいところだ。

 

 鬼ロイミュードの自分は人間の自己中心的な姿も、誰かを助けようとする姿勢も、何故か全てが憎らしい。理屈ではない何かが自分を駆り立て、「友」という存在を匂わせる者全てに怒りを向けずにいられなくなるのだ。

 そして今度も衝動を抑え切れなくなり、鬼ロイミュードは刀の切っ先を女たちに突きつけた。

 

「ふん、やはりそんなものか……良かろう。あの世では醜い喧嘩をしなくて済むよう、同時に殺してやる」

 

 こんなにも自分を苛立たせる人間など、一人残らず地上から死に絶えてしまえばいい。

 今まで斬ってきた人間たちは辛うじて永らえていたが、今回もそうである保証はない。

 怨念渦巻く刃がぎらりと煌めき、女たちの視界を白く塗りつぶそうとする。

 

「ひいぃぃぃぃいいっ!」

 

 二人一緒に殺される!

 同時に覚った女たちが上げる引きつった悲鳴は、皮肉にも全く同じタイミングであった。

 互いの半身に必死でしがみつくのは、最期の瞬間になってようやく芽生えた良心なのか、はたまた一人では死ぬまいと相手を道連れにする勝手さなのか。

 

 そのどちらでも関係ない!

 鬼ロイミュードが長大な刃をゆっくりと振りかぶり、空を滑らせるだけでこの女たちの全ては終わる--

 

「むっ!」

 

 筈であったが、小さな何かが鬼ロイミュードと女たちの間を鋭く裂いた。

 いずこからか飛来したそれはアスファルトの道路を穿ち、金属音を響かせて空中へばらばらに跳ね返っていく。鬼ロイミュードからも、女たちからも一歩離れた場所を狙ったその弾丸は、明らかに挑発の意図で撃ち込まれたものだと判断できた。

 

「何奴だ!」

 

 刀を握り直した鬼ロイミュードが怒声を上げ、周囲を見回す。

 始末しようとした女どもは白目を剥いて気絶しているようだったが、ゴミにも劣る人間のことなど今はどうでもいい。目先の目的達成を邪魔されたことが、この上なく腹立たしかった。

 

 ロイミュードに対して銃撃を仕掛けてくるなど、この日本では警察以外にないだろう。しかし、相手が誰でも邪魔者は切り捨てるのみだ。

 が、応戦するつもりで構えていた鬼ロイミュードの感覚を刺激してきたのは、意外な存在であった。

 

「同志よ、そう腹を立てんなよ。そんな屑人間を斬ったら、自慢のカタナに汚ねえ錆がつくぜ」

 

 数メートル離れた路地の暗がりから低い声を響かせ、街灯の白っぽい光の下へ進み出てきた人影。

 それは自身と同じく、人ならぬ異形であった。

 無数のバレルが突き出している鉛色の身体が仄暗い明かりに照らされて浮かび上がり、まるで全身が銃で覆われているかのような姿。そのうち、腕に取り付けられている細い数本の銃口から薄い煙が上がっているのが見て取れる。恐らくここからろくに狙いも定めずに撃ってきたのであろう。

 

 互いに外見は異なれども一目でロイミュードとわかる身ではあったが、だからと言って味方とは限らない。

 その上撃ってきたファイアアームズ・ロイミュードは、一方的に英語で話しかけてきていた。もしこちらが英語を理解できない下等な頭だったらどうするつもりだったのかと、つい人間のような思考が鬼ロイミュードの頭の隅をよぎる。

 

 相手が意識して友好的な雰囲気を作っているのは空気からわかったが、それでも鬼ロイミュードは構えを解かずに詰問調でもっともな問いを投げた。

 

「……何だ、お前は。何故俺の邪魔をした?」

 

「俺はあんたの仲間だ。最近人間を斬りまくって日本を騒がせてんのは、あんたなんだろう?」

 

 「仲間」と言われたことで、鬼ロイミュードの刃がかすかに揺らいだ。

 

「仲間、だと?」

「ああ。俺もバグがあるせいで、まともに起動できるようになったのはつい最近のことだ」

 

 鬼ロイミュードの内面が微妙に揺れたのを察したのであろう。ファイアアームズ・ロイミュードは余計な力を抜いて非戦闘態勢、即ちコピー元の人間を模した姿へとその身を変えて見せた。

 

 だが、スキンヘッドに二メートルを越す筋骨隆々とした肉体は、進化態の時とさして変わらないと言っても過言ではない。ジーンズに薄手のブルゾンというありふれた身なりで隠し切れない体格は、むしろ日本では却って目立ちそうな印象だ。顔立ちについても、元々が金髪だったようでほとんど眉毛がないように見えるのと、冷たい光を纏う青い瞳がより、この男の凶悪さを煽っているように見える。

 

 英語の発音から相手の出時に気づいた鬼ロイミュードが、わずかに背が低くなっただけに見える男へ皮肉たっぷりの返事を返した。

 

「お前、アメリカ人なのか?わざわざ日本まで来るとは、ご苦労なことだ」

「それだけの理由があるからな。こんな田舎にも、そこそこの価値はあるってもんよ」

 

 首をボキボキと鳴らしながら大仰そうに頭を振った白人の大男は、鬼ロイミュードの態度など意にも介さず自らの言葉を続けていく。

 

「この日本じゃ、強えロイミュードたちが一戦おっ始める準備を進めるのに潜伏していると聞いた。だからあまり目立つ行動を取ってると、そいつらの仲間に消されるって噂もある。あんた、何か情報を知ってるか?」

「知らん。俺は基本的に一人だ」

 

 素っ気なく切り捨てた鬼ロイミュードに、今度はファイアアームズ・ロイミュードが口許を歪めて嫌味に笑った。

 

「一匹狼って奴か?長生きできねえぞ」

「……自分以外を信用できるか」

 

 ほんの少しだけ考えてから吐き捨てて、鬼ロイミュードが剣先を先を下げる。

 相手が戦闘態勢を解きつつあることに内心ほくそ笑みながら、ファイアアームズ・ロイミュードは更に踏み込んでいった。

 

「信用する、しないはともかくとしてだ。俺と組まないか?」

「何?」

 

 突然の申し出に、鬼ロイミュードが思わず白人の大男の顔を見やった。

 自分は先刻も一人でいると言ったはずなのに、こいつは頭がおかしいのかと言いたげなのが嫌でも伝わってくる空気になる。

 先まで皮肉そうだった笑みから黒さを消して、ファイアアームズ・ロイミュードは説明を始めた。

 

「さっきも言ったが、一人より二人の方が格段に生存率が高くなると思わねえか?二人で行動するのは、軍でも基本なんだ。それに今みたいに好き勝手に暴れてたら、それこそ粛清されちまってもおかしくはねえだろ?」

 

 早口の英語でまくし立ててくる白人の大男はいちいち身振り手振りが大袈裟で、如何にもオーバーアクションなアメリカ人らしい。

 そういうしつこいところが鼻にはつくが、言っていることは概ね正しく理論的ではある。

 鬼ロイミュードが多少の苛立ちを覚えながらも黙ったままでいることに、先を促されたと感じたのだろう。人間態のファイアアームズ・ロイミュードは、大きく頷いてからまた白い息を吐き散らした。

 

「お前はカタナを持ってるところを見ると、格闘戦専門か?俺の武器は銃で遠距離戦が得意だが、逆に懐に飛び込まれたら弱え。俺たちが組めば、弱点を補い合えると思うが」

「仮に組めば、の話だろう」

 

 ノリで赤の他人と組めるほど、話は単純ではない。

 さりげなく肩を叩いてこようとした大きな手をかわし、鬼ロイミュードはやはりその気がなさそうに言い捨てた。

 

「それに、お前も果たしたい目的があるから今ここにいるんじゃあないのか?邪魔者全員ブッ殺してでも、手に入れたい物があるんだろ?」

 

 しかしやはりアメリカ人の大男は相手の反応をさして気に留めず、言いたいことを並べ立てていく。

 彼は一旦言葉を切ると、視線を自らの握りしめた拳へと移した。

 

「俺の目的は、くそ忌々しい警察やFBIへの復讐だ。奴等、俺を何度破壊したかわからねえ。徹底的に奴等を追い詰めてやらなきゃ、気が済まねえんだ。あの痛み、あいつらを皆殺しにしたって許せねえ!」

 

 英語の恨み節をこぼした男の表情は、先と違って歯軋りが聞こえてきそうなほどに奥歯を噛み締め、暴れ出したい激情を押さえつけているかのようだ。彼がアメリカの法執行機関に幾度となく肉体を壊されていることや、復讐したい感情は本物なのであろう。

 

 対する鬼ロイミュード本人には、そこまではっきりとした衝動はない。

 今の姿の基となった人間の記憶に従えば、関係者を前にすると破壊衝動を抑えられなくなるかも知れないが、今自分を突き動かしているのは漠然とした感情だけだ。

 

 友を持つ者も、友を蔑ろにする者も許せない。

 そんな矛盾した思いが電子回路に宿っているのも不可解だが、その根本には確かな事実があった。

 取り戻せば、身体に溜まっているぼんやりとした靄が晴れるかもしれないモノ。

 

「俺は……奪われたものを、取り返したいだけだ。嘗ての友……いや、今は友と口にすることさえ忌まわしいがな」

 

 自然と、白人の大男への返答となる文句がこぼれ出ていた。

 答えるつもりなど全くなかったのに、何故かはわからない。

 ただ言えるのは、英語しか話せないこの男にはまだ何も許すつもりがないということだけだ。

 

「それが何かは、まあ聞かねえよ。だが、お互いの目的のために協力するのは、悪い話じゃねえだろ?その上でより強い奴の下につけば、もっとやりやすくなる」

 

 相手の独り言に近い言葉を聞き逃さず、大男が畳み掛けてくる。

 その必死さは嘲笑に値するものかも知れないが、仮面ライダーというロイミュードの天敵と渡り合うには、単独より複数でいる方が有利なのは確かだ。この大男にあまり当てにされるのも困るが、遠距離からの攻撃が苦手な自分の弱点を補うには都合がいいのも事実だった。

 

「俺は俺の目的のためだけに動く。だが、生き残りやすくなるのは歓迎だ」

「ちっ、いちいち回りくどい奴だな。とにかく今は、考えて行動することが必要だ。この国のどこかにいる、強力な同志を見つけるまではな」

 

 自分のペースを崩そうとしない鬼ロイミュードに大男は軽い舌打ちを漏らしたが、どうやら同意を得られたと見てこの先のことをさりげなく織り込んでくる。が、当然そうなるまで行動を共にするかどうかは不透明だ。

 信用したと勘違いされないよう釘を刺す意味で、鬼ロイミュードが下げていた切っ先を再び上げる。

 

「……いいだろう。だが、少しでもおかしな真似をしてみろ。その時は……」

「ああ、遠慮なく斬るがいいさ。ま、裏切るような理由もないがな」

 

 おどけてはいても相手の挙動に意識を集中させている白人男は、鬼ロイミュードが長大な刀を鞘に納めるまでその手の動きから視線を逸らさないでいた。

 

 --人間態を見せないとは、思ったよりも用心深い奴だ。

 

 人間の姿が白人の大男であるロイミュードつまりアルファは、先に外へ漏らした舌打ちよりも更に大きなそれを心の中で響かせていた。

 英語もろくに通じない外国で行動するには、その国に詳しい者を仲間にするのが一番手っ取り早い。

 幸いここ日本なる国は何よりも「和」を重んじ、一人よりも複数であることを選ぶのが常識だとされる節さえある。

 その点で鬼ロイミュードはうってつけの相手だったが、扱いにくそうなのは予想外だった。大抵の日本人なら白人に対して簡単に尻尾を振るし、逆らうなど考えもしないと思っていたのだ。

 

 だが、この気難しい同族が仲間を渇望していることは、アルファには手に取るように伝わってきていた。

 突然の申し出に警戒はしても突っぱねず、最終的にはこちらの要求を飲んだのは、彼が本心では孤独を嫌っている何よりの証拠だ。近距離戦に強い能力は戦力として申し分ないのだから、暫くの間は利用するのが一番だろう。

 

 それに鬼ロイミュードが期待していたより役に立たないと判明したり、裏切ったりした場合は、早々に始末してしまえばいいだけの話だ。仲間になる、というのは永続的な関係を約束するのでなく、あくまで今のところは協力関係にあるということだけで、勘違いされても困る。

 

 とは言え、相手の名がわからないのは用があるときに何とも不便だ。

 アルファは、未だに沈黙を守り言葉を待っているらしい鬼ロイミュードを慕うように言った。

 

「ところで、あんたのことは何て呼べばいい?俺はナンバーがAで、警察やFBIからはアルファと呼ばれていた。人間の名で呼ぶのは何かとやばいからな、あんたが呼んで欲しい名前を教えろよ」

「それなら、エコーとでも呼べ」

 

 エコーということは、末尾がEのナンバーであることを示している。

 アルファは人間名を明かしていないが、エコーもまた明かそうという気にはなっていない。

 互いの呼び方は、今のロイミュード二人の関係を端的に表してもいた。

 

 

 

 

 

 

 郊外に打ち捨てられた、とうの昔に人間の気配が絶えた廃ビル。

 人々の姿があった頃は手入れがされていただろう窓は割れ、壁が崩れ、明かりもろくに灯らない部屋には廃材が散らかり、埃だらけだ。何かの温度を感じさせることのない無機物たちは、何年にも渡って放り出されていることに、無言の抗議を続けていくしかない。

 

 一方で、この冷たい廃墟には動く無機物たちがその影を蠢かせていた。

 彼らはどんな環境にあっても病を発することはなく、栄養も睡眠も必要ない。

 故にその身に纏う衣は季節に合った変化を見せず、住む場所もさしたる手入れを必要としない。

 極めて機能的な身体を持つ彼らではあったが、それでも美を愛でることに対しての静かな楽しみ、周囲に対する一定の嗜好は持ち合わせている。

 

 まだ使えるソファーやテーブルにドレープを寄せた布をかけ、ぼんやりとしか照らせなくなったランプを間接照明代わりにし、彼ら好みの退廃的な空間となった一角。そこに低く、誰の耳にも心地よい男の声が響いた。

 

「見慣れないナンバーの者?それは確かなのか、ブレン」

 

 ソファーに浅く、けだるそうに座した紅い革コート姿の男が、長めの前髪をかき上げながら視線を横へ向けた。

 その先に控えているブレンとと呼ばれた眼鏡の男が、きびきびと答えて見せる。

 

「ええ。最後の一桁がアルファベットのロイミュード……恐らく十六進数だろうと。通常決して生まれることのない存在の筈ですが、プログラムにバグが発生した末、誕生した個体の可能性が高い。不完全な故、起動に今までかかっていたものと思われます」

「不完全か。しかし、我々の友であることに変わりはないな」

 

 コートの男が微笑みをよぎらせたが、ブレンは全く逆の反応を示していた。

 

「とんでもないですよ、ハート!現在確認されている二体だけでも、既に不特定多数の人間を襲って世間を騒がせています。これ以上目立つ真似をする前に、即刻粛清すべきです!」

「しかしそんな行動を取るのにも、彼等なりの理由が何かあるのかも知れない。一方的に決めつける前に、話は聞いておくべきじゃないか」

「いいえ!どんな理由があろうと、不特定要素を持つ個体を近寄らせるわけにはいきません。バグがあるということは、安定した活動ができない。つまり戦闘力も不完全、精神活動も不安定ということです。そんな火種を敢えて抱える必要はどこにもありませんよ」

 

 速攻で抹殺論を唱えたブレンはその口ぶりも激しく、たとえリーダーであるハートの意見であっても異論は認めないという強い意思が読み取れるものだ。

 この廃墟を根城としている機械生命体、即ちロイミュードは人間の男女を模した姿のそれで四体いる。そのうち一番若いナンバーである002を胸に刻んでいるのがハートであり、最も高い戦闘力を持つ彼は、自然と一団を率いるようになっていた。

 

 ハートはロイミュードとしての能力が高いだけではなく、仲間に対しての情が非常に厚く、懐の深い男でもある。その魅力に惹かれて後の三名も彼を慕い、付き従っているようなものだ。

 しかし秩序を重んじるブレンはハートの豪胆であるが故の奔放さが心配でもあり、悩みの種でもある。件の「不完全な固体」すら仲間に引き入れようとするハートの心情は理解できても、受け入れることは到底できなかったのだ。

 まだ反対理由を並べ足りなそうなブレンへ、ハートが宥めるように言った。

 

「その精神活動のぶれこそが、我々に足りないものかも知れないじゃないか。完全な存在など、人間にはありえないのだからな」

 

 あくまで「ロイミュード」という存在全体を友と考えるハートには、ブレンの細かさこそが余計なものに見えるのであろう。ハートの前髪の間から覗く黒い瞳には、目の前の仲間を気遣う色が浮かんでいる。

 

「しかし、ハート……!」

「私は、ハート様にのみ従いますわ。どうぞ、お心のままに」

 

 再び口を開こうとしたブレンに先んじて、若い女の声がその姿とともにハートの感覚へと割り込んできた。

 ソファーに背を預けるハートと憮然としたブレンの間にすっと入ってきたのは、ゴシック調のワンピースに黒のナースキャップを身につけた、小悪魔を彷彿とさせる印象のロイミュード--メディックであった。

 

 ハートに従うロイミュードのうち唯一の女性型ではあるが、柔和な口調と笑顔の裏に隠された顔を見誤れば、味方であってもどんな目に遭わされるかわからない恐ろしさは、ブレンなど足元にも及ばないであろう。

 メディックが「ハートにのみ」従うとわざわざ言葉に出したのは、ブレンがハートに行動を改めるうよう促したとしても、自分はハートの意思だけを尊重すると示すためだ。つまり、ブレンがどれだけ吠えたとしても無駄だと態度で表して見せたのである。

 

 可憐な少女のように見えるメディックは微笑みを浮かべてはいたが、その瞳には完全にブレンを見下す、冷え冷えとした傲慢さがちらついている。

 勿論、あからさまに小馬鹿にされたブレンにそのまま黙っている気はない。彼はこの場で最も冷静で理にかなった思考でいるのは自分だと表情で語り、メディックを睨みつけた。

 

「貴女には聞いていませんよ!私は、あくまで度の過ぎる行動を取るロイミュードは、我々の手で攻撃して肉体を奪っておくべきだと……」

「ロイミュードを傷つけようとするな」

 

 不意に、背後から伸びた手がブレンの肩を乱暴に掴んだ。ぶっきらぼう、と言うよりは抑揚がない無表情な一言はブレンをぎょっとさせ、思わず乱れてもいない眼鏡をかけ直させる。

 ブレンの半身を後ろへ軽く引っ張った紫色のジャケットに包まれている腕の持ち主は、一言発した声の通りに表情をあまり動かしていなかった。

 

 何を考えているのか窺い知れないその男、チェイス。無機質な印象が強い声とは裏腹に童顔で、一見すると邪気が見えない姿は「ロイミュードは悪」の図式が当てはまらないようにも思える。が、彼は同胞たちから「死神」として恐れられる冷徹さとハートと比肩し得る強さを秘める存在として、仲間からも一目置かれていた。

 

「俺は……ロイミュードを、守る」

 

 そのチェイスに顔を真正面から捉えられて宣言されたブレンが、一瞬たじろいでからわずらわしげに肩の手を払いのけた。

 

「ブレン。俺はお前のことを、軽んじているわけでは決してない。仲間が増える可能性を大切にしていきたいだけだ。友を大事にしたいと願う俺の気持ちを、お前にもわかって欲しい」

「……あくまで、私は反対です。ただ、ハートのことは尊重します」

 

 目の前で繰り広げられた仲間の小競り合いが大喧嘩に発展しなかったことに頷いてから、ハートが再びブレンを宥めにくる。敬愛するハートの意思が固いことを改めて思い知らされたブレンは、無意識に胸のポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭ってから小さく返していた。

 

「恩に着るよ、ブレン」

 

 眼鏡の男へ満足げな笑顔を向け、ハートがソファーへ背を預け直す。

 ロイミュードである以上、どんな者でも最初から見捨てず平等に接しようとする。

 ハートが持つ大きな志と懐は大きな魅力である一方、余計なトラブルの元となることも多い。その度に気苦労が絶えないブレンだが、逆にその際の対処は傍若無人なメディックや、不器用が服を着て歩いているようなチェイスには不可能だ。

 だから奔走させられるブレンは、溜め息をつきながらもハートを受け入れるしかないのであった。

 

「まったく……向こう見ずで、情に厚すぎで、世話を焼かせる人だ」

 


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