仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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招かれざるR -9-

 狩谷徹の失踪事件。

 それは、被害届が出されていた結婚詐欺事件とも部分的に繋がっていた。

 「部分的に」というのは、狩谷徹一人だけが関わった事件ではなかったためである。

 彼は十四年前に行方不明となったが、その時に愛人の柴田麗奈と交通事故に遭って死亡し、身元不明のままとなっていた。

 その姿形をそっくり真似たのが今回の結婚詐欺事件の犯人であり、「ジャンク・ロイミュード」たる怪人である。このロイミュードという存在は、機械生命体だ。人間を征服する目的を持つ彼らは人間をコピーする能力を持ち、コピー後は元の人間の性格や欲望がより色濃く表れる。

 父親探しの依頼を受けた事件の裏は、依頼人の知らない父が愛人を囲って会社の金を横領した挙げ句に事故死し、その姿にロイミュードが擬態して悪事を働いていたというのが真相だったのだ。

 

「狩谷徹に化けたロイミュードという機械生命体……コピー元の人物が金と女に強い執着を持っていたが故に結婚詐欺を働き、ものを捨てられない性格だったから、あんなガラクタを寄せ集めたような姿になっていたのかも知れないね」

 

 照井から提供された詳細な情報を把握したフィリップが、自分の中の分析結果に深く頷いて見せた。

 天才青年の反応を受け、同じテーブルについている照井が呟くように自らの推測を重ねる。

 

「美幸さんに金を無心したのも、恐らく娘だけが生前の心の拠り所で、無意識のうちに支えとしていたせいなんだろう」

「死ぬ直前、内心は相当追い詰められてたってことなのかもな。勿論、そんなことで擁護はできないが」

 

 補ったのは翔太郎である。

 風都郊外のヤードに姿を現したジャンク・ロイミュードが、照井の下から駆けつけてきてくれたシフトカー「ベガス」に敗れた翌日のことだ。鳴海探偵事務所を訪れた照井竜によって、翔太郎たちが知らなかった風都の事情が明かされていた。

 

 彼は、この一月くらいの間にドーパント以外の怪人が風都に出現しているという情報を掴んでいた。その対抗手段を密かに警視庁内で調査したところ、やがてその怪人の特徴が久留間市や府中市にも出没しているロイミュードと酷似していることが判明し、更には彼らとの戦闘において実績がある一派が存在することまでを突き止めた。

 その一派が開発したのがシフトカーであり、あの時間経過が極端に遅くなる重加速現象「どんより」に極めて有効なツールであった。

 

 照井は開発者の一人に極秘で接触を図り、無理を承知で協力を依頼したところ、実にあっさりとシフトカーの貸与と情報提供を申し出てくれたのだという。「ベガス」と「シャドー」のシフトカーがなければ、如何に対ドーパント戦に強い仮面ライダーWと言えど危なかったかも知れなかったのだ。

 ただ、騒ぎの中心にいた怪人は倒せても、依頼人への対処自体はまだ片付いていない。探偵本来の仕事に着眼点を戻した亜樹子が、首を傾げて呟いた。

 

「けど……美幸さんのお父さんって、本当に事故死だったの?うち、そこが気になるんやけど」

「それは、調べてみなければはっきりしないけど……」

 

 コーヒーカウンターに肘をついて立つフィリップが、自分のマグカップを持ってデスクへ戻っていく翔太郎に視線を送る。

 

「美幸さんに連絡をしてきた狩谷徹は、真っ赤な偽者。そして家族の下に戻ってこないのは、本人ではなかったからだ。これがわかった時点で、俺たちの目的は果たされた。それ以上のことを依頼人に教える必要はねえよ」

 

 相棒の目に気づきながらも敢えて流し、翔太郎は自らの考えを貫く姿勢を言葉に出した。

 強き男を目指す彼よりも余程「ハードボイルド」を体現している刑事が、あまり感情を感じさせない口調で半熟探偵に同調する素振りを見せる。

 

「森下製作所が隠蔽を図ったことで、結局は娘の心が守られたというわけか。皮肉だな」

 

 とは言っていても、恐らく照井自身が同じ立場にあったら、翔太郎と同じ選択をしていたであろうことは想像に難くない。

 翔太郎たちと出会ったばかりの頃とは違い、厳しさの中に優しさを垣間見せるようになった彼は、変わったと言っていいだろう。生死の危機を共に乗り越えてきた仲間たちとの時間は、彼に良い方向の変化をもたらしていた。

 もっともそれは、照井の「警察」という立場と職務が絡まなければ、の話ではあるが。

 

「偽狩谷徹が森下製作所をゆすらなかったのも、今回は事件がスムーズに解決する結果に繋がった。結果としては良かったのかも知れないね」

「結婚詐欺事件被害者たちの金も、現金で貸金庫から発見された。犯人を逮捕はできなかったが、満足しなければならないのかも知れないな」

 

 フィリップが一連の事件が大きな騒動に発展しなかったことへの安堵を見せると、照井が頷いて自分のコーヒーに口をつける。若き刑事の言った通り、徹が集めていた金は銀行の貸金庫でまとめて発見され、じきに被害者に返されることになっていた。

 

「色々あったが、取り敢えずは落ち着いたってことか……」

 

 デスクについた翔太郎がタイプライターに手を伸ばしつつ、ふと疑問を頭の隅に横切らせた。

 事件としては一通り片がついた形となったが、それでも徹の死について不可解な点は残っていた。

 彼は事故死していたが、もしかして会社に殺されたのではないか、という疑いは晴れていない。

 徹は愛人だった柴田麗奈に貢ぐために資金を横領し、大きな損失を出してしまった森下製作所は、株主総会でも袋叩きに遭った。が、会社としては一社員による使い込みが原因とは公表していないし、警察に起訴した事実もない。恐らく古い会社特有の、スキャンダルを毛嫌いする体質によって公にできなかったのだろう。

 

 だからこの不祥事の犯人である徹を会社が事故に見せかけて殺し、横領の事実ごと闇に葬り去ったとしてもおかしくはない。彼を殺した後、無断欠勤が続くという理由をつけて何食わぬ顔で懲戒解雇にした、という可能性は排除できなかった。

 遺された家族のことを考えると、人間一人を裏で消した森下製作所を徹底的に調べ上げ、告発し、罪を認めさせるのが筋なのであろう。

 

 しかし、と翔太郎はそこで踏みとどまっていた。

 森下製作所を告発したらしたで、横領した金を返せと逆に訴えられる危険がつきまとうことになる。そして、徹の悪事は必ず白日の下に晒されるのは必然だ。

 思案を巡らせる翔太郎の心に、美幸の声が響いてくる。

 

『私には本当にいい父でした。私に寂しい思いをさせてるからって、帰ってきた時はずっと遊んでくれたし、色々な所に連れて行ってくれたりもしました。誰よりも優しい、本当の父の姿を知ってるのは……私だけなんです。だから、私……』

 

 必死に涙を堪えていた、純粋に父を愛する娘の姿。

 父の真実を伝えるのは、彼女の思い出を壊すことになる。それが正しいことか否かは--

 半熟探偵がタイプライターの上に置いた指が、玄関ドアを叩く音で反射的にぴくりと動く。

 

「あ、はーい!」

「俺が出る」

 

 事前のアポがあり誰が来るかわかっていたため、亜樹子が比較的落ち着いた声で応えて立ち上がろうとするが、デスクから離れた翔太郎が彼女を追い越した。来訪者を出迎える役目を横取りされた亜樹子が文句を言いたそうに口を開きかけたところへ、フィリップの声が割って入ってきた。

 

「翔太郎に任せよう。きっと、自分が依頼人に説明したいんだろう」

 

 相棒の心情を察していた天才青年の顔を一瞬見つめ返した亜樹子が、無言で頷いて見せた照井の顔に視線を移してから自らも頷き返し、スツールへ戻ってくる。

 彼らの後ろでは、事務所を訪れた美幸が翔太郎に応接スペースへと案内されていた。

 彼女は、出迎えた探偵の表情から喜ばしくない結末を敏感に感じ取っていたらしく、自分から話そうとはしない。

 だが、嘘をついたり何も教えず帰すわけにもいかない。

 翔太郎は、努めて普段と変わらない口調で切り出した。

 

「今回の依頼についてですが……」

 

 彼は資料を片手に、感情を交えず事実だけを口にしていく。

 美幸の父親、徹は交通事故で帰らぬ人となっていること。

 事故当時は身元不明であったため、会社からは蒸発したと判断されてしまったこと。

 最近連絡を取ってきた男は徹の名を騙る詐欺師で、美幸の家から金を掠め取ろうとしたが失敗し、現在は警察がその後処理に回っていること、他にも類似した詐欺事件の被害者がいること。

 淡々とした翔太郎の説明を、美幸は黙って聞いていた。

 そして一通りの話が終わってからも暫し沈黙を守り続けていた彼女は、顔を俯かせて声を絞り出した。

 

「……そうですか。本当の父は、もう……」

「はい。残念な結果になってしまいましたが……もう二度と、こんなことは起こらないと思います。そこはご安心ください」

 

 翔太郎との間を隔てているソファーテーブルを見つめる美幸の視線は動ない一方で、淡いピンクのニットに包まれた小さな肩が揺れている。

 愛する父の死を知った女の嘆きには敢えて触れず、翔太郎は自らの座すソファーに置いてあった紙袋を差し出した。

 

「それと……これは、お父さんが亡くなった時に持っていたものです。お返ししておきます」

 

 そっとテーブルを滑らされてきた紙袋に、顔を上げた美幸がおずおずと手を伸ばしてから中身を取り出す。瞳の端に涙を湛えていた女の見開かれた目は、ビニールに包まれているそれを確認した驚きが悲しみを一瞬だけ上書いていた。

 中間色を組み合わせた独特の色合いで、一般に流通しているものより出来が見劣りし、手編みであることが一目でわかる防寒具。美幸がまだ少女だった頃、父へプレゼントするために心を込めて編んだマフラーだった。

 慌ててビニール袋を破ってマフラーを取り出した美幸が、無言で粗い編み目のそれを握りしめる。

 その白い手に、涙の粒が落ちた。

 

「……ありがとう、ございます……」

 

 苦しげな息の下でやっとそれだけ呟くと彼女は声を押し殺し、それでも堪え切れずに嗚咽を漏らした。

 このマフラーは、十四年前の六月に事故車の後部座席にあったバッグの中で発見されたものだ。

 六月という時期に冬用のマフラーが何故あったのか。恐らく狩谷徹が、娘からのプレゼントをいつも大切に持ち歩いていたからに違いないだろう。それだけ娘を大事に思い、愛情を注いでいたことは事実なのだ。

 

 自分を愛してくれた、父親の死。

 事実を深い悲しみと共に受け入れようとする娘。

 そんな女へ、隠された真相という余計な情報が果たしてどの程度の意味を持つと言うのだろうか?

 翔太郎は、ただただ黙って静かに涙を流す美幸を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 依頼人である美幸が落ち着きを取り戻して鳴海探偵事務所を後にしたのは、一時間程度経ってからであった。

 今回の事件は一応の解決は見たものの、後味の悪さは翔太郎の胸に残っている。

 それでも依頼人の心を守ることはできたのだから、満足すべき結果だと言えるだろう。

 

「みんな予想はしてたけど、狩谷美幸には真実を伝えなかったんだね」

「それが彼女のためだ。いつも本当のことを知ればいいってもんじゃねえ」

 

 昼下がりのコーヒーブレイクタイムにフィリップがカウンターから突っ込むと、デスクに向かっている翔太郎がぶっきらぼうに応えた。

 

「ハーフボイルド……よねー」

 

 続く亜樹子の言い方は嫌味ではなく、茶化すような響きがあった。半熟であるが故の優しさが依頼人を救い、仲間を救ってきた事実は覆せないのだ。

 

「うるせーよ」

 

 上司が発した誉め言葉半分の口調に軽く返し、翔太郎がタイプライターへと向き直った。

 何事も形から入る彼は、古びた木製のデスクに据えられた古めかしい機械を叩き始める。途端、がちゃがちゃと賑やかな音が事務所に響いていった。

 

『今回の事件は、これまで扱った中で最も後味の悪いものの一つとなった。それに、これがドーパントによるものではなかったことが驚きだ。Wの技も効かず、照井の密かな協力がなければ、俺たちもどうなっていたかわからない。

 そしてこの風都に、ドーパント以外の脅威が忍び寄っていたことが何よりも大きな衝撃だ。街を愛し、守るための存在である俺たちが、それに気づかなかったなど、恥ずべき事態だと言わざるを得ない。

 照井の話によれば、美幸さんの父親に化けていたのはロイミュードという怪人で、主に久留間や府中に現れるという。もしこいつらが風都にまでその食指を伸ばしてきたのなら、俺たちも見過ごすわけにはいかない。

 だから、照井から来ている協力の要請を受けることにした。

 俺たちが別の街で戦うことは滅多にないが、それが風都のためになるのであればやるべきだ。

 街を守る手が薄くなっている間、何事もないことを祈るばかりだ--』


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