仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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招かれざるR -8-

 しかも、怪人の姿はメモリブレイクを喰らう前と全く違う姿に変貌を遂げている。

 白い頭部には目と口らしきものがあり生物モチーフとわかるが、ボディはそれに反して機械を思わせる鉛色に鈍く輝いている。そして何よりも目につくのは、「00F」の三桁が刻まれた胸のプレートであった。

 

「何だ、あの姿は?」

『それに、あの胸のプレートは……あの並びに、何か意味はあるのか?』

 

 未だ燻るメモリブレイクの余韻から姿を変えて立ち上がってきた敵に、翔太郎とフィリップが驚愕して言葉を漏らす。数瞬前まで戦っていたのとは全く別物の外見になったこともさることながら、特筆すべきはメモリブレイクの威力に耐え抜いた防御力の高さであろう。

 

「なかなかの破壊力だが、この程度か……」

 

 薄笑いを滲ませていると見える敵は、更に驚くべきことにまだ余裕を残しているようだった。

 鉄片や機械部品の寄せ集めだったボディの時に比べると、今は全身そのものに傷らしい傷は見当たらず、足元もややふらつきはあるもののしっかりとして見える。確かに、脆弱さが目立っていた先の姿に比べれば遥かに手強そうな印象なのだ。

 

『やはりドーパントではない存在には、Wの技そのものが効かないのか!』

 

 フィリップがもどかしげに言いながら怪人を睨む。

 彼はこの結果をある程度予想していた一方で、打倒できる可能性を関税には否定していなかったのだろう。その望みが砕かれた落胆は、肉体を共有している翔太郎にも伝わってくる。

 

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 メモリブレイクが敵にとっての致命傷でないことは明らかになったが、それでもある程度のダメージが与えられ、突きや蹴りの直接打撃よりは有効なことは、少なからず確認できた。ならば、相手が倒れるまで攻撃し続けるしか手はない。

 僅かな時間で決断した翔太郎は、メタルシャフトのマキシマムスロットを一旦解放してから今一度構え直した。

 

「それでも、ある程度手応えがあったことは間違いねえ。もう一度だ!」

『そんなのは無謀だ!』

 

 再度マキシマムドライブを発動させようとしている相棒の左手の動きを、フィリップが慌てて止めようとする。ために、構えからメタルシャフトが外れて落下し、固い音を立てて地面に転がった。

 

「何すんだよ、これしか方法はねえんだぞ!」

『駄目だ!確実ではないとわかった攻撃を繰り返すなんて、僕たちが余計不利になる可能性が高いんだ!』

 

 メタルレッドに輝く右手は、銀の左手がメタルシャフトに伸ばされるのを強引に上から押さえつけようと懸命だ。その様子は、身体の左右で異なる人格が宿っていると知らない者には滑稽にすら見えだろう。

 

 二人の若者が一つの肉体で繰り広げている争いが激しくなろうとした時である。

 先に翔太郎のベストに飛び込んできた白っぽいミニカーが地面を滑り、傍らのメタルシャフトで口を空けたままになっているマキシマムスロットに飛び込んだ。そしてまだ口論を続けようとしているWに呼び掛けるようにクラクションを鳴らし、自らの存在をアピールする。

 

「ん?何だ?」

 

 小さな車の健気な素振りに気づいた翔太郎が、メタルシャフトに意識を向けた。

 同時にフィリップも奇妙なミニカーの行動に意味を見つけ、思ったままを口にする。

 

『どうも、マキシマムドライブを使えと言っているようだね?』

「こいつは敵じゃないようだし、やってみる価値はありそうだな」

 

 翔太郎の意思で銀色の左手がメタルシャフトを拾い上げるのを、今のフィリップは止めようとしない。

 先に発生した時間の流れが極端に遅くなる現象が解消されたのが、このミニカーによるものであることは確かな事実だ。力を貸してくれると言うのなら、少なくとも翔太郎の下した決断より期待ができると瞬時に判断できたのである。

 

『偶然や運に戦いの行く末を委ねるのは本意ではないけど、仕方ないね』

 

 フィリップはそれでも油断せず、Wの腕が構え直すメタルシャフトから注意を逸らさない。

 

「何をごちゃごちゃと!」

 

 胸に三桁のナンバーが刻まれた姿の元ガラクタ怪人が、苛立った言葉と共に口から何かを吹き出して攻撃を仕掛けてくる。空中で蜘蛛の巣状に広がったそれは、まっすぐWへと飛んできた。

 

「っとぉ!」

 

 すんでのところで回避したWの後ろにあったタイヤの山が、怪人の攻撃に絡め取られる。半透明の糸で編んだ巨大な蜘蛛の巣には強力な粘着性があることは、一瞬で真っ白にされたタイヤの山から容易に見て取れた。

 怪人は一人漫才を演じていた敵のふざけた態度がよほど気にくわなかったのか、連続で攻撃してくる構えを見せていた。

 

「来るぞ!フィリップ、俺に合わせろ!」

 

 怪人が前のめりの姿勢になったところで翔太郎が鋭く叫び、白いミニカーが装填されたマキシマムドライブを発動させる。

 

『VEGAS MAXIMUM DRIVE(ベガス・マキシマム・ドライブ)!』

 

 瞬間、通常のマキシマムドライブとは異なるエネルギー波が広がるのが感じられた。メタルメモリの荒々しさはない、しかし計算された冷静な闘志と心の昂りを誘う明快さがある波動だ。

 そして同時に、メタルシャフトに物理的な振動が加わったのが手に伝わってくる。

 驚いたことに、メタルシャフトの中央にカジノにあるマシンとそっくりなスロットが出現して回転し、目まぐるしく三つの小窓の絵柄を変えている。

 

 だが、それが何に揃うかまでを見届けている余裕はない。怪人は蜘蛛の糸を立て続けに吐き出し続け、Wを捕らえようと躍起になっているのだ。このメタルシャフトの変化は右に左に攻撃を避け続ける間にちらりと見ただけである。

 

「この……!」

 

 逃げてばかりでは話にならないが、どんな技が発動するかもわからないまま突っ込む訳にはいかない。翔太郎とフィリップの二人が珍しく意見を一致させて大きく後退した時、メタルシャフトが甲高いチャイムの音を響かせた。

 戦いの場に全く不似合いで素っ頓狂な音に、Wが思わずメタルシャフトに現れたスロットを覗き込む。

 スロットは、赤い「7」が三つ揃い、ファンファーレー鳴り響いていた。

 

「おおっ?」

『スリーセブンだ……』

 

 場違いな短い旋律に翔太郎が声を上げ、フィリップが呟いたその時だった。

 メタルシャフトの先端から小さな金属が飛び出し、ちゃりんと音を立てて地面に転がった。

 

「あ?」

『これは……コイン?』

 

 黒い手に拾い上げられた円盤状の小さな金属が陽光を反射してきらりと光るが、ただそれだけだ。

 金色に輝くたった一枚のコインを出すのみという技に、翔太郎が嘆く。

 

「おいおい!こんなんで……」

 

 あの身体が重くなる訳のわからない現象から救ってくれたミニカーが助けてくれるのだから、きっと状況を逆転させる技を出すに違いないと勝手に期待していただけに、裏切られた失望は大きい。翔太郎が思わず摘まみ上げていたコインを放り出すと、それは悲しげな輝きを発しながら宙を舞い、砂利の地面にまた孤独に打ちつけられるだけであった--

 

 筈が、そうではなかった。

 Wが右手に持っていたメタルシャフトの先から大量のコインが噴き出し、低い黄金の滝を作り出したのだ。その勢いたるや、Wの足元をふらつかせるほどだ。

 

「うおおおおお!何だこりゃ!」

 

 じゃらん、じゃらんと重い響きを轟かせるコインの雪崩に、翔太郎が慌ててメタルシャフトを両手で握り直して踏ん張った。きらびやかなコインの噴射はとどまることを知らず、むしろ勢いを増して、十メートルは先まで届かんばかりである。

 物理法則を完全に無視したこの現象がマキシマムスロットに潜り込んだミニカーの力によるものだと気づいたフィリップが、反射的に叫んだ。

 

「翔太郎、メタルシャフトをあいつに向けるんだ!」

「お、おう!」

 

 言われるがまま、翔太郎が一旦間合いを離していた蜘蛛の糸を放つ怪人へとメタルシャフトの先端を差し向けた。まるで、光り輝く金属の爆発を叩きつけんばかりである。

 一つ一つはごく軽いが、数万枚に及ぶと思われるコインの濁流が作る圧倒的質量に拐われ、怪人は黄金色の流れに呑まれた。

 同時に発生しているガイアエネルギーとは異なる力の渦に巻かれ、ボディを構成する物質そのものを押し潰された怪人が悲鳴を上げる。

 

「ぎゃああっ!」

 

 短い断末魔が甲高い金属音に混ざったかと思うと、金色の滝の中から派手な爆音がし炎と煙とが撒き散らされた。怪人の身体が破壊され、爆発したのだ。

 

「やったか!」

 

 怪人の最期と同時にコインの波が去り、爆発の余韻である不気味な黒煙が広がる空間を睨んだ翔太郎が叫ぶ。

 そこに何かの気配を感じたフィリップが、紅い右手をメタルシャフトから離して煙の中を指し示した。

 

「いや。まだだ!翔太郎、あれを!」

 

 フィリップが警告を発した時だった。未だ広がる黒い靄から、不規則な光を纏った何かがふわりと漂い出てきていた。ふらふらと宙をさ迷う光をよく見ると、「00F」が象られているのが判別できる。その三桁の文字は、攻撃を受けて姿が変わった怪人の胸に刻まれていたそれと全く同じであった。

 文字の形をした光が身震いするように震え、怨みと悔しさを感じさせる声を漏らす。

 

『……メモリさえ、あれば……!』

 

 一言を残すのがやっとだったのであろう。掠れた前半は辛うじて聞き取れた程度で、光のナンバーとなった怪人にそれ以上は許されなかった。

 三桁の数字は力尽きたようにがくりと角度を落とし、地面に墜落する前に小さな爆発を起こした。

 

『ナンバーが……砕けた!』

 

 何度攻撃しても回復してくる生への貪欲さを見せつけてきた敵の思ってもみなかった最期に、フィリップが息を飲んだ。

 

「……今度は、復活してこねえみたいだな」

 

 警戒してまだメタルシャフトを構えていた翔太郎が、数秒の経過ののちにやっと肩から力を抜く。

 爆散した光り輝くナンバーは、敵の核を成すエネルギー体のようなものだったのだろう。明らかにドーパントとは異なる個体だったが、結局のところ正体は不明のままだ。

 

「それにしても、あのコインと言い……ありゃ一体何だったんだ」

『敵に関しては僕にもわからない。けど、勝てたのはこの小さな車の技のおかげだ。僕たちに力を貸してくれたんだよ』

 

 不吉な黒煙が徐々に風都の風に払われていくのを眺めていた翔太郎の呟きに、フィリップが応える。

 自分のことが話題に上がっているとわかったのだろう。マキシマムスロットからバックで走り出てきた白いミニカーが、メタルシャフトの先端でクラクションを鳴らして跳び跳ねている。

 

「そうだな……ありがとな」

 

 小さな味方の自慢げな様子に、Wの中の翔太郎が微笑みを横切らせた。

 フィリップも戦いが終わった安堵感からミニカーを柔らかい視線で見ていたが、気になるのは敵のナンバーが砕ける直前にこぼしていた言葉だった。

 

 メモリとは、恐らくガイアメモリのことに間違いないだろう。人間以外の存在がガイアメモリを使った事例は、飼い猫だったミックを除いてほぼ無いに等しい。それに風都の外から来た者が、どうやってガイアメモリの情報を掴んだと言うのであろうか。

 

『しかしあの怪物、倒される間際にメモリのことを口にしていたようだ。気になるね』

「ああ。あいつは、ガイアメモリを狙って風都へ来たってことだよな」

『もしかすると、まだああやってメモリを狙ってきている存在があるのかも知れない。人間以外にガイアメモリが使われたらどうなるのか、正直僕にも予想がつかないが……』

「仮にそうだとしたら、俺たちが止めるしかない。この風都を守れるのは、俺たち仮面ライダーなんだからな」

 

 一抹の不安を抱いているのは翔太郎も同じだったらしい。

 頷いてからメタルシャフトを下ろした黒い左手に、無意識のうちに力が込められている。

 風都を脅かす新たな敵への構えが表れている証拠だった。来るなら来い、愛する街を泣かせる者は誰であろうと許さない、というのが二人の青年の共通認識なのだ。

 

 彼らは爆煙が晴れてから安全を確かめるために改めて周囲を見回したが、視界の隅で亜樹子が地面に這いつくばっているのがわかった。彼女は何かを拾ってはバッグに放り込んでいるようで、すっかり夢中になっているらしい。

 つい先刻危険な目に遭ったばかりとは思えない「女子中学生」所長に、Wの中の翔太郎が声をかけた。

 

「おい亜樹子、何してんだ?」

「何って、コイン集めてとるんや!これ、換金できるかも知れへんし!これがもし金だとして、警察に届けたとしても一割は……これだけあれば、何ヵ月かの家賃になるやんかぁ!」

 

 彼女は、怪人を倒した際に散らばったコインを必死に探してかき集めていた。安全とわかった途端にこの調子なのは感心すればいいのか、はたまた呆れるべきか、判断に迷うところである。

 

 ところが、翔太郎とフィリップが次の行動を決めるまでの間に状況が変わったらしい。

 亜樹子が急に不審そうな顔になり、コインを詰め込んでいたバッグを掴んでひっくり返した。大きめのハンドバッグはだらしなく口を開けていたが、どんなに上下に振っても何も出てこない。

 

「あ……あれっ?」

 

 しこたま溜め込んだ筈のコインの重さが、一瞬でなくなったことに驚いたのであろう。彼女はそれでも諦め切れないのか、今度はバッグの口を目一杯広げて中を覗き込んだ。

 

「あ……あぁー?全部消えてもた!」

 

 自分の目で見て初めて現実を認識し、亜樹子は嘆きの声を上げた。

 ここまで金に目がない大阪人、というよりは財布の紐が堅いしっかり者と表現するべきなのであろう。とにかく常時金銭のことを重んじる亜樹子には、翔太郎もフィリップも舌を巻く。

 

「やれやれ」

 

 平常運転に早くも戻っている女上司の姿に、二人はため息をつきつつも苦笑いをこぼしていた。

 敵の気配が絶たれたことを掴んだWが変身を解こうとした時である。

 二人の背後から、完全に不意を打った人物がいた。

 

「間に合ってくれたようだな」

 

 声がすると同時に、メタルシャフトの上で待機していた白いミニカーがひょいと地面に下りて滑っていく。その後ろに紫色のそれも続いて走り、新たに現れた何者かの掌へと飛び込んでいった。

 

「照井!」

 

 廃車の影から現れた細身の若い男に驚いた翔太郎が、その名を口にする。

 赤い革ジャケットに揃いの革パンツ、ライダースブーツという派手ないでたちの男は、とてもそうは見えなくともれっきとした風都署の刑事だ。そして、亜樹子の夫たる人物でもある。仕事中の彼は結婚指輪を外していることもあったが、妻に対する愛情の深さは翔太郎もフィリップもよく知るところであった。

 

『ということは……それは君が?』

 

 主人に手柄を自慢する仔犬のように掌の上で跳びはねるミニカーたちを見やる照井へ、フィリップが怪訝そうに事実を確認する。

 

「ああ。『どんより』の発生と同時に、彼らがが飛んでいってくれた。片がついて何よりだ」

「どんより?」

『この車は一体?それに、あのドーパントではない怪人は何者だ?照井竜、君は何を知っている?』

 

 照井が頷くと、二台のミニカーたちはジャケットのポケットへと滑り込んでいった。こともなげに初めて聞く単語を口にする彼に対して翔太郎は訝しげに、フィリップは興味津々で矢継ぎ早に、問いをぶつけようとする。

 しかし照井は、一番落ち着いていないであろう人物へと注意を向けていた。

 

「それは所長が落ち着いてから、まとめて伝える。まずは後始末だ」

 

 亜樹子は未だ地面を這いつくばり、懸命にコインを探しているようだった。

 女の細腕で探偵事務所を切り盛りしている身であるが故に、一攫千金のチャンスを簡単には諦め切れないのであろう。あのコインが金貨なのかは怪しいところだし、仮にそうだとしても換金できる可能性は果てしなく低い。

 そうは思っていても言葉に出すことを憚った翔太郎は、曖昧に返事をして頷いておくだけにした。

 

「あ……あー、まあ、そうだな」


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