仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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招かれざるR -7-

「それはこの人間に言え!」

 

 律儀に敵の言葉に怒鳴り返してから、ガラクタの怪人が剣を振り翳した。

 変身直後の軽い高揚感が残る四肢から余計な力を抜き、呼吸を整え、仮面ライダーWが大地を蹴って走り出す。二人の異形の中間で黒い拳と鉄塊のボディとがぶつかり、鈍い衝撃音が冷えた空気に響いた。

 

「はあっ!」

 

 Wは突きと蹴りを織り混ぜた連続攻撃を浴びせかけ、対するガラクタ怪人はその全てを受け、耐えては細かい部品をばらばらと撒き散らす。一見するとラッシュを食らいっぱなしでいる怪人から欠片が飛び散っているように見え、Wが一方的に圧している印象である。

 

 しかし、W本人たちにはその実感が全くと言っていいほどない。

 むしろ主に腕で攻撃を流すガラクタ怪人の動きが鈍るわけでも、反撃してくる勢いが衰えるわけでもないことに、不気味ささえ感じるくらいだ。が、とにかく今は油断せずに攻撃を続ける以外にない。

 弾かれるようにして間合いを離したWは、再び手足に力を込めて敵へと向かっていった。

 

「ひゃあ!」

 

 その時、彼らから十歩ばかり離れた位置で凍りついていた亜樹子も自由を取り戻していた。

 先の翔太郎と同じように空中でたたらを踏んでから、慌てて近くの半壊した車の陰へと飛び込む。

 もっとも、突然解き放たれたことに驚いて奇声を上げた彼女は、コートのポケットに紫色のミニカーが飛び込んできたことには全く気づいていなかったが。

 

「な、何なのよアレ……私、聞いてない!」

 

 最早邪魔にしかならないと判明した玉櫛や巨大な数珠を放り出し、お札を額からむしり取った亜樹子が愕然と呟く。まだ動転している彼女は、周りの砂埃が宙に浮いたまま止まっており、自分たちだけが動ける異常な状況にまだ気づいていない。

 

 やっと幽霊ではない怪人の正体を晒した刈谷徹の偽物とサイクロン・ジョーカーフォームのWは、亜樹子が見守る先で格闘戦を未だ繰り広げていた。

 自動車の部品や鉄屑の人形である敵の攻撃は一撃ずつが重く、拳や蹴りを喰らう度にずしりとしたダメージがWの身に響いてくる。一方手数の多さではWに分があるのは確実で、素早いその攻撃を防御する怪人の腕は見る間に細くなっていき、あわや骨組みになろうかという寸前であった。

 

「いいぞ、あと少しで奴の片腕は完全に破壊できる!」

「よっしゃ、このまま行くぞ!」

 

 勢いづいたWの中でフィリップが攻撃の継続を促し、翔太郎が同調して構え直す。

 両者の間合いが離れ何度目かの空白が生じようとしたその時である。ガラクタ怪人が不意に後ずさり、手近なスクラップの山の陰へと飛び込んだ。

 

「くそ、逃がすか!」

 

 それをダメージ故の敗走と取った翔太郎が舌打ちして後を追うが、敵の目的が攻撃から逃れるためではないことを瞬時に思い知らされることとなる。山積した鉄塊の後ろへ回り込んだWが目にしたのは、敵が自動車部品の山に半壊した腕を突っ込んでいる異様な光景であった。

 

「ふん!」

 

 そしてガラクタ怪人が意識を集中させると、自動車の細かなパーツがばらばらと飛んできて、頼りない錆びた鉄棒と成り果てた腕にくっついてくる。直後に腕全体が青白い輝きを放ち、そのまま怪人の新たな片腕となった鉄塊が、先とは明らかに異なるフォルムを晒していた。

 

「何だと!」

「再生した……奴は周囲の物質を身体に取り込んで、身体を自在に再構成する能力があるのか!」

 

 この怪人が持つ能力そのものにも驚かされたが、これまでに与えたダメージが一瞬でゼロに戻されたことに、翔太郎とフィリップは少なからず衝撃を受けていた。

 

「その通り。貴様の攻撃など、俺には効く筈もないということだ!」

 

 逃げると見せかけて傷をすっかり回復させたガラクタ怪人が、再生した右腕を誇示するようにWを指差して嘲った。すかさず左手に持っていた剣を右手に持ち替え、鋭い踏み込みとともに斬りつけてくる。

 

「うおっ!」

 

 見ればその剣も、先とは異なり鋭いガラスの欠片を無数に刃に纏っている。間合いを読み損なったWは辛うじて直撃は避けたものの、左肩にごく浅い一撃を受ける羽目となった。

 

「こいつ……!フィリップ、こいつは一体何者なんだ!」

『過去の検索データに、あんな現象を引き起こす奴なんて見当たらない!』

 

 刃が掠めた肩を庇いつつ後退した翔太郎がフィリップに怒鳴るが、天才青年はデータが無ければお手上げとばかりに叫び返してくる。

 

『今わかるのは、少なくともドーパントではないということぐらいだ。そうなると、Wの技さえ効くかどうかが定かではない』

「くそっ、ならどう戦えばいいってんだよ!」

 

 だめ押しで続いた言葉に翔太郎が悪態をついたところで、再びガラクタ怪人の剣が襲いかかってきた。鉄製のパーツを芯にしてガラスの刃を持つ奇妙な刀身が振り下ろされる度、反射された冬の陽光がスクラップの山々に不規則な模様を投げかける。

 

 その中でWは敵の斬撃をかわし、すり抜け、時には長さで勝つ自身の脚が放つ蹴りで反撃を試みた。だが踏み込みが足りないために、どうしても重さを欠いた攻撃にしかならない。

 その上、敵は攻撃を受ける度に身体を作っている鉄塊が飛び散るものの、すぐに再生してしまいきりがなかった。いつまで経っても決定打となるダメージが与えられないことに、翔太郎が苛立ちを募らせていく。

 

『とにかく、物理的な攻撃を続けてダメージを蓄積させよう。そうすれば相手がどんな奴であれ、ある程度弱らせることができる筈だ。例え奴が再生し続けるとしても、その能力には必ず限界がある』

「とは言っても、このままじゃ俺たちが消耗する一方か……」

 

 相棒の焦燥感を読んだフィリップが具体的なアドバイスをしたところで、翔太郎が呟きながらガラクタ怪人の突きを避けて側面に回り込んだ。

 

「なら、これだ!」

 

 相手に獲物があるなら、こちらも距離が取れて相手の弱点を突きやすい手段を取るべきだ。

 決断した翔太郎が取り出して素早く換装させたのは、「灼熱」の記憶を封じたヒートメモリと「闘士」の記憶を秘めたメタルメモリである。

 彼が入れ替えで新たなメモリをセットしたドライバーを勢いをつけて開くと、地球の力が使用者に超人の力を授けんとして咆哮する。

 

『HEAT(ヒート)!』

『METAL(メタル)!』

 

 Wのボディの中心から噴き出した二つの力が各々の半身に雪崩れ込み、その象徴たるに相応しい姿へと再構成させていく。ガラクタ怪人が攻撃を回避したWに向き直る僅かな間に、その姿は右半分がメタルレッド、左半身がシルバーという全く異なる色へと変わっていた。

 更にWの左手には、金属の輝きを放つ棍「メタルシャフト」が携えられていた。

 

 翔太郎がメタルサイドの背中から取り外したこの武器は、両端を伸ばせば小柄な者の背丈ほどにもなる長さの棒状となり、相手と距離を取りつつ打撃を与えるのに最適な武装となる。更にソウルサイドにヒートメモリを装着することにより、メタルシャフトには熱の追加属性が与えられ、機械様の敵には極めて有効な攻撃手段となってくれるのだ。

 

「おりゃ!」

 

 ガラクタ怪人が振り返ろうとしたところへ、炎を纏ったメタルシャフトの一撃が斜めから打ち込まれる。Wが素手であると思い込んで間合いを狭めていた敵は完全に不意を突かれ、悲鳴を上げて飛びすさるのがやっとだった。

 

 しかしWは相手が攻撃範囲から逃げることを許さず、メタルシャフトによる打撃の洗礼を容赦なく叩き込んでいく。ガラクタ怪人の胴を打ち据え、肩に突き込み、足払いをかけてよろけたところを打ち下ろし、着実なダメージを連続で与えていった。

 

 ガラクタ怪人はガラスの剣で応戦しようとするものの、所詮は急場を凌ぐための一時的な武器に過ぎない。強靭さとしなやかさを備えたメタルシャフトにたちまち刃は折られ、再生する隙も与えられず柄の部分だけの短い棍棒と化していた。

 そしてその身が削られていくのは、武器だけではない。メタルシャフトの強烈な攻撃はガラクタ怪人自身のボディを成す鉄屑を一撃ずつ引き剥がしていき、脆弱な骨組みが見えんばかりのところまでのダメージを与えていた。

 

『いいぞ翔太郎、あともう一息だ!』

「ああ。このまま決めるぜ!」

 

 やはりフォームチェンジが正解だったと言わんばかりに声を弾ませたフィリップに、呼吸を整えている翔太郎が応える。このまま敵の身体をバラバラにして骨組みを叩き折ってしまえば、如何に強い再生力を持っている敵だとしても、数秒で復活してくることはないだろう。

 

 一方的に攻撃を喰らわされていたガラクタ怪人からほんの一瞬間を取っていたWが、一気に畳み掛けようと構えたまま距離を詰めてくる。

 防御力と打撃力の双方でヒートメタルフォームのWに劣ることを悟ったガラクタ怪人は、低い呻きを漏らした。

 

「おのれ……!」

 

 いくらダメージを回復させる手段があり致命傷は負わされないとわかっていても、敵を倒せないのは意味がない。

 そこまで判断した敵が次に取った行動は、正攻法ではなく奇策に頼るとことであった。

 ガラクタ怪人が傍らに山と積まれている車のドアへ意識を向ける。

 正確には、その後ろに隠れている未成年にしか見えない女を睨んでいた。 

 次の瞬間に半壊した身体で踵を返してきた敵を目の当たりにし、亜樹子が悲鳴を上げる。

 

「きゃあ!」

 

 敵は自分を盾にするつもりだ!

 これまでの戦いで人質にされたことが何度もある彼女は、慌てて瓦礫の陰から走り出した。が、いかにダメージを追わされているとは言っても、相手は怪人だ。あっという間に追いつかれ、悪意を剥き出しにした気配が真後ろまで迫る。

 

『あきちゃん!』

 

 とても二人には追いつけないと判断したフィリップが、Wの中で叫んだ時だった。

 鉄屑の山の中から、叢の陰から、放置されている重機の隙間から、何かが一斉に飛び出した。大人の掌ほどの大きさがある小さなシルエットたちは、まっすぐにガラクタ怪人に襲いかかっていく。

 その小さな金属製のボディを唯一の武器として体当たりを繰り返し、彼らは懸命にガラクタ怪人の行く手を阻んだ。

 

「くっ……くそっ!」

 

 フィリップの叫びに応じたメモリガジェットたちが衝突してくる度、ガラクタ怪人の身体に小さな衝撃が響いてくる。ダメージは全くないと言っても過言ではないが、鬱陶しいことこの上ない。急降下してきたスタッグフォンを叩き落とし、滑空するバットショットを振り払ったところで、亜樹子はWの背後へ走り去る様子が視界の隅に捉えられた。

 

 しかし人質を盾にして立場を逆転させる手段は失われたものの、まだ負けたわけではない。むしろ瓦礫の山の手近に来られたのだから、この隙は好機だ。

 ガラクタ怪人はすかさず発想を切り替えると、傷ついた身体を再生させる鉄塊を全身に余すところなく吸いつけた。敵が女を庇う間に、少しでも装甲を厚くするべくありったけの瓦礫で手足を再構成させる。

 

「よくも、やってくれたな!」

 

 気力までも回復させて叫んだ怪人が、新たな得物を手にしてWを睨んで叫ぶ。

 先まで倒れそうな印象だったガラクタ怪人は手足の太さが一回り以上太くなり、身の丈もWを遥かに越えるほどになっていた。構えているのはこれも新たに作ったのであろう、鋭く削られた鉄片を固めた刃を携えた槍で、ここまでの戦いで踏まえたリーチの短さを補う武器になっている。

 

「うっそ、大きくなっちゃった!」

 

 より手強そうな姿へ変貌した敵に、Wの後ろにいる亜樹子が目を見開く。

 

『どうやら敵が正確に状況を読み、柔軟な思考でその場に対処する能力が高いのは間違いないようだ。思ったより厄介な相手だね』

「やっぱりこれじゃ、埒が飽かねえ。イチかバチかだが、行くぞ!」

 

 戦いを長引かせるのは不利になるばかりか、亜樹子にも危害が及ぶ可能性が高くなる。

 翔太郎がドライバーからメタルメモリを外し、素早くメタルシャフトのマキシマムスロットに滑り込ませる。

 

『確証がないことはやりたくないけど、仕方ないね。ここは君に従うよ』

 

 フィリップはWの中でやれやれと相棒の行動に溜め息をついた体であったが、特に反対する素振りは見せていない。頭の隅で天才青年の全面的ではない同調を感じながら、翔太郎がマキシマムスロットをセットした。

 

『METAL MAXIMUM DRIVE(メタル・マキシマム・ドライブ)!』

 

 地球が積み重ねてきた記憶を受け止めた武器が吠え、同時にドライバーのソウルサイドに装填されているヒートメモリの力が注がれる。そのパワーは紅き炎となってメタルシャフトの両端から噴き出し、敵の能力源を破壊するためのエネルギーを溢れさせた。

 今にも暴れ出しそうなガイアパワーを感じつつ、翔太郎が警告する。

 

「亜樹子、下がってろ!」

 

 Wの後ろに庇われていた亜樹子は、コートを着ていても熱波を感じたのであろう。素直に頷いてから、傍らに停まっている重機の陰に身を潜めた。

 仲間の安全を確認したWが両手に構えたメタルシャフトを頭上に掲げ、勢いをつけて振り回す。解放された底知れぬ地球の力は、灼熱の炎の姿となり二人で一人の戦士へその力を託した。冬の陽に煌めくメタルシャフトは使用者の闘志と共に高まるパワーを纏い、空を切る度に互いの攻撃力を引き出していく。

 メタルシャフトの動きと二つのガイアエネルギーの波、フィリップと翔太郎の呼吸が完全に合った時、二人の若者の咆哮が冷えた空気を揺るがした。

 

「メタル・ブランディング!」

 

 爆発した地球の力はWのボディに凄まじいばかりの推進力を与え、輝きとなって現れたエネルギーの嵐を作り出す。槍を構えて突進してきたガラクタ怪人は、Wを中心にして荒れ狂っている熱と衝撃波の中へ文字通り巻き込まれた。

 

「ぐわああああっ!」

 

 痛みを感じぬ機械の身に見える敵も、全身に襲い来るガイアエネルギーの波に断末魔とも思える絶叫を迸らせた。しかしそれもメタル・ブランディングが起こした爆発が呑み込んで、短く、あっけなく終わった。

 怪人つまりドーパントとなり果てた人間から、メモリだけを吐き出させて破壊するメモリブレイク。ドーパントを倒すための必殺技であり、強大な「地球の力」に対抗し得るメモリブレイクは、生き物ならばまともに喰らうとひとたまりもない。

 ガラクタ怪人が如何に頑健と言っても、この破壊力の前に地に倒れ伏す--

 

「く……畜生!」

 

 筈が、爆発の名残である煙と炎の中に、ガラクタ怪人が怨嗟の呻きを篭らせていた。


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