仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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招かれざるR -4-

 鳴海探偵事務所が入る「かもめビリヤード」ビルの前にある駐車場にハードボイルダーが滑り込み、ヘルメットを脱いだ翔太郎と亜樹子が急いで入口へと駆け込んでいく。

 半熟探偵が薄暗い廊下の途中にある事務所のドアを勢い良く開けるなり、フィリップの悲痛な声が耳を打った。

 

「翔太郎!」

 

 転がり出るように奥から走ってきたフィリップが、翔太郎の姿を認めてすがりついてくる。

 

「フィリップ?」

 

 帰りを待ちかねていたらしいフィリップの様子に、翔太郎が驚いて脱力しかかっている半身を支えてやった。フィリップは疲労困憊の状態で、顔がげっそりしているようにすら見える。

 

「あ!あんたが!ここの探偵さん?」

 

 が、相棒のこの体たらくに翔太郎が驚く隙も与えず、別の声が事務所の中から飛んできた。

 壁にもたせかけたフィリップの肩越しに、依頼人らしき年配女性の姿が見える。彼女は来客用のコーヒーカップを片手にしたまま、鼻息も荒くずんずんとこちらに歩み寄ってきていた。

 

「え、ええ……探偵の左翔太郎ですが」

 

 女性、と言うよりはおばちゃんと形容すべき容姿を持つ迫力の人物像に圧されながらも、翔太郎が名乗る。つけ睫ばっちりの派手な化粧に清楚OL風のファッション、しかし顔とスタイルは八百屋で威勢のいい声を張り上げているのが似合いそう、というちぐはぐな印象の彼女は、翔太郎の眼前まで迫り切ってからようやく足を止めた。

 

「ちょっと、助けてよ!私、へそくり全部持ってかれちゃったのよ!警察がまるで当てにならないんだから……」

「は、はあ。では伺いますが」

 

 八百屋の女将風の女が鼻息も荒く身を乗り出して依頼内容を口にし、翔太郎が面食らいながらも話を聞く態勢を繕う。

 すると、女が突然翔太郎の視界で横にずれて別の人物へと入れ替わった。

 正確には、最初の女性が事務所の奥から早足で近寄ってきたもう一人の女性に横へと押し退けられたのである。

 

「ちょっと待ち。うちがここに一番最初に来てたんやで?探偵はん、うちなんかねぇ……なけなしの全財産!騙されて、持ち逃げされてしもたんや……」

 

 次に翔太郎の前に陣取ったのは落ち着いた色合いの訪問着を纏った、これまた白髪混じりでそこそこ年配と見える女性である。髪を纏めて和服を着こなし、あくまで自分のペースを崩さずに関西弁を操るこの女性も、押しが強そうという点では先の八百屋の女将風女性と同じ印象だ。

 しかしこの和服女性も、つい数十秒前の自身と同じように後ろから突進してきた何者かにぐいと脇へ押しやられた。

 

「そんなら、おらの方が重大だ!おら、手持つのブランドも株も全部売って……んだべ、あんの男どぎだら!おらもう……悔じぐで!」

 

 更にもう一人姿を現したのは、無理をした若者カジュアルファッションに身を包んだ化粧っ気が全くない、恰幅のいい女性だ。年代は他の二人と同じく四、五十台であろうが、きつい訛りのために何を話しているかが瞬時には翔太郎の頭に入ってこない。肉付きのいい頬の間に見える口が手にしたハンカチを千切らんばかりに噛んでいるが、下手をすればこの口に自分が食われるのではないかと思えるくらいの迫力がある。

 やや圧され気味になっていた翔太郎が、とにかく全員を落ち着かせようとして口を開こうとする。

 

「額の問題ちゃうわ!うちなんか、孫に残してやるお金もないんやで!」

「そんなの、騙されるアンタが悪いわ!とにかく私を先にしなさいよ!」

「おらだって、老後の蓄えがなんもなくなっちまっただ!」

 

 だがそれよりも早く和服の女性が口を挟み、八百屋女将風の女も参戦してきた。勿論、訛りのきつい女も負けじと相手の先制攻撃を受けて立つ。

 見事な「おばちゃん」たち三人の凄絶な舌戦の火蓋が切って落とされた、その瞬間である。彼女らの戦いの後にはペンペン草も生えない一面の焼け野原が広がるであろうことは、想像に難くない。

 

「ちょちょちょちょ、ちょっと皆さん!落ち着いて。落ち着いてください!とにかく順番に、お話を伺いますから!」

 

 「女子中学生」所長の亜樹子は、同性であるからこそすぐそこの危機を予見できたのであろう。何とか惨事を回避しようと声を張り上げて、年配女性三人の罵声の渦へと飛び込んでいく。

 その隙に、翔太郎はまだぐったりと壁にもたれているフィリップに気を回していた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 細くは見えても意外とがっしりしたフィリップの肩を軽く叩くと、放心状態になっていた青年は長いパーカーの裾を揺らして呻いた。

 

「はぁ……もう、勘弁して欲しいよ。あの依頼人たち、何度責任者不在だと言っても帰ろうとしないんだ」

「……確かに、あの依頼人はお前にとって大分酷だな」

 

 伏し目がちになって眉をしかめているフィリップの精神力がゼロに近いことを察し、翔太郎はちらりとおばちゃんたちへ視線を向けた。

 それぞれタイプの違う年配女性たちは未だ舌戦を続けており、我こそが最初に依頼するべきと主張して誰も譲ろうとしない。標準語と関西弁、東北訛りの怒鳴り声が入り交じる中で、業を煮やした八百屋の女将風女性がフリルで飾られたハンドバッグから何かを取り出した。

 

「とにかく!この男を早く探して欲しいのよ!」

 

 他の女二人を押し退けて亜樹子の前に出た彼女が、皺の寄った指に挟んだ写真を真っ直ぐ突きつける。

 

「あぁー!」

 

 途端、三人の女が同時に驚きの声を漏らしていた。

 そのうちの一際甲高く響いたそれは亜樹子のものだが、残る二つは年配女性二人のものだった。 

 

「ごいづだ!おらがらお金を取るだけ取っどいで、行方不明ぬなっだ男は!」

 

 と、瞬間的に何が写っているかを見分けたらしい東北訛りの女性が写真を引ったくる。

 亜樹子がはっきりと見た写真には、観光地らしい夏の浜辺をバックにして年配の男女二人が写っていた。一人はやはり若作りした、白っぽいキャミワンピにサングラスというセレブ気取りの八百屋女将風年配女。もう一人は派手なアロハシャツにハーフパンツ姿の狩谷徹だった。

 

 仲睦まじげに肩を寄せ合い、笑顔で写っている熟年夫婦。

 どう見ても他人にはそんな印象しか与えてこない一枚の写真は、女たちに更なる火種をばら撒くだけであった。何せ三名の熟女全員が全員、徹と結ばれる近い将来を同じように夢見ていたのである。それを裏切られたのだから、数十年ぶりに乙女に戻っていた彼女たちのプライドは一瞬にしてズタボロにされた筈であった。

 

「何やて?アンタ!何、人の男に手ぇだしてはるん!許さへん、訴えたるで!」

 

 が、そこで泣き出したり絶望したりしないのが「おばちゃん」たる人種、いや女の強さであろう。

 写真を両手にして喚く東北訛りの女を「泥棒猫」と見なした和服女性が、怒り心頭の表情で詰め寄っていった。

 

「ちょっと、人の彼氏に手出ししてんのはあんたたちじゃないのよ!」

 

 着物に合わせた髪型も手伝いまさしく般若の相に見える和服女性であったが、八百屋女将も勢いは負けていない。

 愛の言葉を巧みに囁き、自分を騙して金を奪った男。

 それが三人とも同じであったことが判明したのだから、どんなに酷い修羅場に発展してもおかしくない。彼女たちは互いの顔を睨み合って一呼吸の間のみ沈黙すると、次の瞬間には怒声を上げて掴み合いへとなだれ込んでいった。

 

「あぁあぁぁぁぁあ、待って待って待って!皆さん、落ち着いて下さいってばぁ!」

 

 事務所を入ってすぐの場所で繰り広げられる修羅場に、亜樹子が悲鳴を上げる。

 それでも何とか場を収めようとし熟女三人の乱闘へ果敢に飛び込んでいく亜樹子のタフさは、呆然と見守るしかない男二人にはとても真似できるものではなかった。

 

 亜樹子が乱入した女四人の戦いに古い壁紙が震え、隙間風が運んできた埃が飛ぶ。

 その中に、この大惨事の元凶とも言える写真が紛れ込んだ。女たちが奪い合いを演じたにもかかわらず、最終的には存在を忘れられて全員の手から離れ、ひらりと床の上に舞い落ちてきた。

 四人がどたどたと床を蹴り散らしている現場で踏まれそうになっている哀れな写真を、翔太郎が何気なく拾い上げる。

 

「!……おい!これ……」

 

 裏向きになっていた写真を表に返すなり、翔太郎が息を飲んで傍らのフィリップの肩を叩いた。

 相棒のただならぬ様子に、フィリップが眼前に差し出された写真に視線を移す。

 

「これは……!」

 

 刹那、翔太郎と同じことに気づいた天才青年の瞳が大きく見開かれた。

 二人の男は、美幸から借りた写真と全く同じ顔で微笑んでいる狩谷徹のそれに、暫し釘付けの状態となった。

 

 この日最後の依頼人である和服姿の年配女性が満足してソファーから立ち上がった頃には、既に午後八時を過ぎていた。

 

「はい!それでは、確認したらこちらからきちんと連絡しますので。ではっ!」

 

 最後まで彼女の話にうんうんと相槌を打ってやっていた亜樹子が、事務所のドアを開けて依頼人を送り出しつつ頭を下げる。

 

「ほな、よろしゅう……」

 

 まだ話し足りないと見える女性は後ろ髪を引かれる思いらしかったが、一度振り返っただけでビルの外廊下へと消えていった。その後ろ姿が完全に視界から消えてから、亜樹子がドアを静かに閉めて鍵をかける。

 

「はぁぁ……」

 

 途端、いつも元気な彼女は大きな溜め息をつきながら背中をドアにもたせかけ、ずるずると座り込んでしまった。普段の事務所の終了時間はとっくに過ぎており、流石の亜樹子も気力を使い果たして疲れ切っているのだ。

 

「全員で四時間以上はかかったな。一人ずつ話してる時間が長えもんだから……」

 

 見送りのため依頼人が座していたソファーの側にまだ立っていた翔太郎も、肩を叩きながら腕時計で時間を確認している。

 一度に押し掛けてきた三人の依頼人女性たちは、一通り騒いで落ち着いた後にくじ引きで順番を決め、気が済むまで話をさせてからそれぞれの仕事を引き受ける次第となった。特急での解決による割増料金と引き換えに、鳴海探偵事務所のスタッフ三名の精神力が限界近くまで削られる羽目にはなっていたが。

 

「もー、おかげでコーヒーのストックが殆どなくなっちゃったわよ。あのおばちゃんたち、タダだと思って何杯飲んだかわからへんわ」

「それに全員が全員、結婚詐欺だってのがなあ……あんな肝が座ったおばちゃんを騙すんだ、相当手強いぞ」

 

 大仰そうに立ち上がった亜樹子がカウンターテーブルまで行き、すっかり空っぽになったドリップコーヒーの缶を振るのを尻目に、翔太郎が改めて手元のメモ帳を読み返す。

 

 三人の依頼人たちの話す内容は、大筋において同じであった。

 依頼そのものは「交際相手の男性に大金を貸した直後に一方的にこちらからの接触を拒否され、聞いていた連絡先は全て嘘だった。彼を探し出して金を取り戻して欲しい」というものである。金額に多少の差はあるものの、三名が三名とも資産家の未亡人や独身者で、結婚をちらつかされていたことも一致していた。

 

 交際相手の男は甘い言葉を巧みに操って彼女らに金品を出させ、少なくとも二名は同時進行で付き合っていたことも判明している。

 

「しかもそれが、狩谷徹だとはね」

 

 他の二人と同じく疲れた様子のフィリップが、カウンターのスツールで何枚かの写真を見ながら呟いた。

 パーカーのフードを目深に被った青年がテーブルに並べ、見比べている写真は四枚だ。うち一枚は狩谷美幸から預かったものだが、残りの三枚はそれぞれ依頼人からの借り物である。

 その全てに、狩谷徹の姿が写っていた。どれも優しく微笑み、一緒にいる女性や家族との時を楽しんでいるように見えるのは、事情を知る者に皮肉な印象を与えてくる。

 

 亜樹子は勿論、翔太郎やフィリップさえこの展開は予想していなかった。

 十四年前に消息を絶った狩谷美幸の父親が複数の女性を相手に結婚詐欺を働いた挙げ句、娘にまで金を無心する。一体どこの世界にそんな親がいるのかと疑いたくなるほどだが、天才少年と探偵の二人は既に「あること」に気づいていた。

 

「だが、これではっきりしたな。こいつは普通の事件じゃねえ。これは恐らくガイアメモリが絡んでいる」

「ああ。翔太郎の読み通りだろう。ただ、僕たちで具体的な行動を起こす前に、もっと確固たる情報が欲しいところだね」

 

 カウンターの側まで来た翔太郎が口火を切ると、フィリップも写真を見つめたまま頷いた。二人の男が示し合わせたかのように入った会話の内容に、亜樹子が目を丸くする。

 

「えっ……えええっ!ふ、二人とも、何でわかるの?」

「あきちゃん。この依頼人から預かった三枚の写真と、美幸さんのものとをよく見比べてごらん。すぐにわかるはずだよ」

 

 コーヒーの缶を置いて二人の顔を交互に見やる亜樹子へ、フィリップがカウンターに並んだ写真を指した。

 四枚の写真は全てカラーで、フィルムから現像されたものもあれば、家庭用のプリンタで印刷されたらしいものもある。しかし一緒に写っている相手こそ違うものの、狩谷徹の顔は全て同じに見え、何か違いがあるようにはとても思えない。確かに写真の所有者は全て違うが、そんなものは着眼点としてそもそも間違いなのであろう。

 

「ん?あ……あぁ、そっか!そうよね、うん!」

 

 写真の違いがわからない亜樹子は、素直に自分の鈍さを認めるのが悔しい。故に、わざとらしさを煽るレベルの激しさで頷いて見せるしかなかった。

 

「お前、本当にわかったのか?」

「へっ?そそそ、そりゃあ勿論よ!」

 

 まだ目を皿のようにして写真を睨んでいた「女子中学生」所長に、翔太郎が不審そうな目を向ける。

 やはり彼女がわかったふりをしていることは、誰から見てもはっきりとわかるほどであった。

 家族に等しい二人の漫才じみたやり取りを視界の端に留めていたフィリップが、四枚のうち一枚の写真を取り上げて言った。

 

「ところで僕たちはもう一人、調査していない人物がいる。まずは、その人物についても調べてみよう」

「へっ?誰?」

 

 含みのある笑顔を浮かべるフィリップの発言は、亜樹子にとって唐突なものだった。

 もっともそう感じたのは当人のみであったらしく、翔太郎が力強く頷いてから軽くカウンターを叩き、足早に出口の方へと向かっていく。

 

「女だ。行くぞ、亜樹子」

 

 早くしろ、と言わんばかりにドアにかかった愛用の中折れ帽を取り上げた半熟探偵が振り返った。

 

「女ぁ?あ、ちょっと待ってよ、翔太郎くん!」

 

 もう夜も遅いのに外出するということは、情報屋であるウオッチャマンのところへ交渉しに行くに違いない。素っ頓狂な声を上げた亜樹子はあたふたと翔太郎の後を追いながら、これから待ち構えているであろう情報料のことが早くも頭を横切っていた。

 目的を察するよりも早く金銭的なことが浮かぶのは、所長業たるが所以であった。

 

 

 

 

 

 情報屋のウオッチャマンは、夜は風都に出現する美女たちを携帯カメラに収めるために繁華街をあてもなくさまよっている。彼をようやく翔太郎たちが捕まえたのは、もう日付が変わろうかという頃であった。

 依頼人の母の棘がある言葉に精神を削られ、おばちゃん軍団の喋りの渦に叩き込まれて疲弊した二人にとって、睡魔も強力な敵だった。が、それでも何とか交渉し、必要な情報を引き出すことには成功した。

 

 ただし、必死に眠気と戦う二人へいいように吹っ掛けてきたウオッチャマンには、覚えてろと三流の捨て台詞を吐かざるを得なかったが。

 流石に疲労のピークに達していた翔太郎と亜樹子は、事務所の開始を昼にずらしてからハードボイルダーに跨がっていた。向かった先は、ウオッチャマンから買った住所である。

 

 そこは狩谷徹が熱を上げ、囲っていた愛人である柴田麗奈が住んでいたマンションだった。キャバクラで働いていたその麗奈は評判の美人だったようで、ウオッチャマンがどんな手を使ったのか定かでないが、ばっちり素性を押さえていたのも頷ける。

 狩谷徹が失踪する直前まで一緒にいた女であれば、必ず何かしらの情報が掴める翔太郎やフィリップはと踏んだのだ。

 

 だが、意気揚々と小綺麗なマンションに入っていった二人はそれが勇み足であったことを思い知らされた。

 

「えっ、亡くなった?」

 

 エントランス横の管理人室に通じている小窓越しにスマートフォンの画像を提示した亜樹子が、思わず反芻する。

 

「ええ。もう十年以上前に……私は遺品を整理するのに部屋を開けたんですが、ご家族のいない方で、結局業者に全部引き取ってもらったんです。ですから、よく覚えてますよ。私は三十年ここの管理人をやってますが、あんなことは初めてでしたから」

 

 液晶画面に表示された派手なドレス姿の麗奈を覗き込んで、温厚そうな初老の男性が老眼鏡を指で押し上げた。

 捜索対象の最も近かった人物がもういないということは、折角の大きな手がかりが失われたことに等しい。肩を落としかける亜樹子の隣で、まだ諦めていない翔太郎が管理人の方へと身を乗り出した。

 

「亡くなったというのは、病気か何かで?」

「いえ。知り合いの車に乗っていたら、運悪く事故に巻き込まれたそうですよ。確か、運転されていた方共々即死だったって聞いてます。ただ車は盗難車だったし、運転手は身分を証明するものを何も持っていなかったそうで。運転してたのがどこの誰か、最後までわからなかったと聞いていますが」

「……え?」

 

 詳細な話を受けた翔太郎と亜樹子が揃って声を上げ、顔を見合わせた。

 麗奈を不憫に思っていたのか、気の毒そうな顔をした男性管理人の話はまだ続く。 

 

「ただねぇ。その知り合いってのが……どうも妻も子どももある男だったらしいって、このアパートでは噂になってましたよ。当時彼女の隣に住んでいた女性が仲が良かったんですけど、酒を飲んで帰ってきては、彼がなかなか奥さんと別れてくれないと愚痴っていたそうですから」

 

 失望から驚きへと変わっていた亜樹子の表情が、みるみるうちに確信へと変わる。

 狩谷徹の愛人である麗奈が事故死、それも一緒に死亡した人物がいる。何者かわからないその人物が妻子ある男性だったとなれば、導き出される結論はただ一つだ。

 同じ推測に至っていた翔太郎が、なるべく落ち着き払った声を意識しながら管理人に促した。

 

「事故が発生した日の、正確な日付はわかりますか?」


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