仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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招かれざるR -3-

「う~ん……何か、どっちもどっちって感じよね」

「ああ。どうも父親は会社だとトラブルメーカーだったみたいだしな。会社は会社で、彼の起こしたトラブルを隠したがっているようだが」

 

 亜樹子がカウンターで、翔太郎はデスクで温かいコーヒーを片手に情報を分析する。

 過去に森下製作所が巨額の損失を出し、その原因が刈谷徹の横領にあったことはどうやら間違いなさそうではある。通常なら会社が刈谷徹を告発しても良さそうなものだが、表立ったトラブルを嫌う社風であれば、全てを闇に葬り去ろうとする方向に動いてもおかしくない。

 

「典型的な隠蔽体質だね。一部の人間しか情報を把握していないのなら、これ以上のことを会社から探るのは難しいのかも知れない」

 

 翔太郎が細い顎に指を当てながらまとめたところで、フィリップも頷きながら自らの見解を重ねた。

 

「刈谷徹の目的が純粋に金なんだと考えたとしよう。普通なら、最も取りやすいところから集めようと思う筈だ。それなら、法律に違反した形で懲戒解雇を行った会社をゆすろうとするだろう。なのにそうしないのは、それなりの理由があるはずなんだ」

 

 自身も亜樹子の隣でコーヒーをすすりながら、フィリップが更に一歩踏み込んだところまで考えを及ばせる。

 森下製作所が企業としての汚点を徹底的に隠すのであれば、従業員の管理不行届の結果として最悪な横領事件などの公表はもってのほかに間違いない。そこを突けば大量の金を手に入れられることは容易に考え付くのにその気配がないということは、恐らく刈谷徹自身が表沙汰にすることのデメリットがあると感じているからなのであろう。

 ならば、これ以上森下製作所からターゲットの情報を得られる可能性は低くなる。

 

「そうだな。もう会社とは切り離して考えなきゃならないのかも知れねえ」

「今回徹さんが戻ってきたことと、森下製作所とは直接関係がないってこと?」

 

 フィリップの推理に同調した翔太郎が手元の万年筆を弄びながら呟くと、亜樹子が自分の言葉で反芻する。

 

「ああ。彼の動きを見ると、どうも会社は無関係のように思える。あるいは……森下製作所に手を出せば、自分も過去の横領が明るみに出る可能性も大いにあることを知っていて、敢えて目立つ行動を起こさないようにしているのかも知れない」

 

 亜樹子が首を傾げたところでフィリップが言葉を補うが、翔太郎がふと浮かんだ疑問を口にした。

 

「けどなぁ。たかが女に貢ぐために横領した奴が、そこまで考えるもんか?」

「まあ、翔太郎くらいの単細胞なら考えないかも知れないね。しかし、刈谷徹は負債の額が膨らむまで会社に気づかせないくらいの手腕を持っていたんだ。少なくとも、計算高い人物と見るべきだと思うよ」

「誰が単細胞だ!」

 

 それをフィリップにあっさり否定された挙げ句に自身を皮肉の種にまでされ、翔太郎が声を荒げる。

 頭に血が上りやすい翔太郎と生意気で余裕のある笑顔のフィリップが、口喧嘩のゴングをオフィスに響かせた合図だ。

 

 もっとも、二人が口先でじゃれ合うのは亜樹子にとって既に日常の一部と化している。ために、彼女は若者たちのやかましい声を気にすることなくコーヒーを楽しみ続け、自らの考えを巡らせることが可能であった。

 

「それにしても、徹さんって美幸さんから聞いたお父さんのイメージと大分違う気がするのよねぇ。確か真面目で、仕事熱心で、優しかったって……う~ん」

「いや、内と外とで全く違う顔を持ってるってことはあり得る。悪い意味でな」

 

 マグカップを中途半端に持ち上げたまま呟いた亜樹子の独り言を先に拾ったのは、翔太郎である。例えフィリップとの喧嘩中であっても周囲に注意を払えるのだから、そこは流石と言うべきなのであろう。

 

「ふーん、こういう時は男とは、とかって言わないのね。そこが翔太郎くんのいいところかな」

「当たり前だ。家族を裏切るような真似してる奴なんて、擁護できるわけねえよ」

 

 純粋に感心した亜樹子がコーヒーで喉を潤したところで、翔太郎が顔をしかめた。

 翔太郎が目指す「ハードボイルド」は冷酷非情であることが鉄則であるのに、彼はどうしても優しさ故の甘さが抜けず、目標から逸れた方向に走りがちなところがある。

 

 だが、情に厚い性格こそ翔太郎の最大の長所でもあり、皆はその人柄に惹かれて彼に力を貸す。普段は「半熟くん」「ハーフボイルド」と茶化すフィリップ、亜樹子自身もそこは認めている点なのだ。そして亜樹子は正直、父の荘吉とはまた違う良さを持つ探偵であって欲しいと、本気で思うことすらある。

 

 亜樹子の翔太郎を見る目は、こんな風に時折探偵事務所を俯瞰した位置からのものとなる。しかし当の本人は彼女の見守るような視線を余所に、事件をまた異なる視点から見直していた。

 

「しかしわからねえのは、どうして十四年も経ってから風都にまた現れたのか、ってところだ。会社とは繋がりが切れているし、当時のマンションはとっくに引き払われていて、住む当てもない」

 

 亜樹子の横槍があったおかげでフィリップとの喧嘩を放り出した翔太郎の言葉に、亜樹子も疑問を見出す。

 

「そう言えば、普通なら家族のとこに戻りそうなもんよね。もしかしたら何か戻れない事情があるのかも」

「あるいは、戻りたくない……かも知れないね」

 

 空になったマグカップをカウンターの上に置いた亜樹子の後ろに、やはり喧嘩を続ける気を無くしたフィリップも言葉を重ねた。会話がぴたりと止んだ鳴海探偵事務所内に、一瞬の沈黙が生まれる。

 

「十分な分析をするには、やはりまだ情報が足りない。依頼人以外の家族からも話を聞いた方がいいんじゃないだろうか」

 

 天才青年の提案に、翔太郎と亜樹子が揃って頷いた。

 フィリップにとっての「家族」である二人には、次の行動を起こすために必要な言葉はそれだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 狩谷美幸の母、狩谷紗江子は年齢よりも随分と若作り、というよりは派手な印象の女性であった。

 肩に届く髪は栗色でメイクもはっきりと整った顔を強調し、身体のラインを見せる細身のコートやぴったりとしたブーツという装いも、美幸のように大きな娘がいるとはとても思えない。

 洒落たカフェを待ち合わせ場所に指定したこともあり、彼女を呼び出した翔太郎と亜樹子がなかなか見つけられなかったほどだ。

 

 紗江子は若い外見に見合う多忙な人物のようで、彼女は翔太郎たちが確保した席に着くなりコーヒーを注文し、あまり時間がないことを告げてから話に入ることとなった。

 

「主人から連絡があったそうですが、何で今ごろになって戻ってきたのかわかりません。もう死んだものと思ってましたから」

 

 夫である狩谷徹の人となりについて翔太郎が訪ねると、紗江子は無表情の裏に不快さを隠して言い捨てた。

 失踪していた夫から連絡があった旨を伝えてアポを取ったのは翔太郎だったが、その時も彼女のできるならそんなことに時間を割きたくない、という意識が電話越しでも伝わってきたことが思い出される。ある程度予想はしていたものの、夫のことをここまで煙たい存在に貶めている紗江子をいざ目の前にすると、流石に皮肉の一つでも返してやりたくなる。

 

「へっ?で、でも娘さんは、わざわざうちに依頼してきたんですよ?」

「あの子が?もう……そんなことに無駄遣いしないで、お金は大切にしなさいと教えてきた筈なのに」

 

 あまりに冷たい台詞に純粋に驚いたらしい亜樹子が返すと、紗江子は呆れたように呟いてシガレットケースとライターをバッグから取り出した。

 

「ご主人が失踪して、十四年ですよね?失礼ですが、経済的にお困りになったことはなかったんですか?」

「全く。主人は稼ぎがいいだけの、冴えない人でしたから。家に全く帰って来なくなってしまって、家計を管理するのが大変でしたけどね。いきなり音信不通になって、こっちがどれだけ迷惑かけられたかわかりません。娘の進学もあったし、お金がかかる時期だったのに」

 

 細い煙草に火がつけられるまで待ってから翔太郎が次の質問を投げると、やはり嫌悪混じりの答えが返ってくる。紗江子はシンプルなネイルが施された指先に挟んだ煙草を、かなり早いペースで吸っているようだった。

 薄い煙を吐き出しながら、彼女は苦々しげに言葉を続けてくる。

 

「あの人、手元にお金があればあるだけ使っちゃう人でして。家族にだけは不自由させるなと言い聞かせて、向こうには生活費だけを残すようにさせてたんです。その頃のお金を大切に貯金してたから、今があるんですよ」

 

 決して自分の方には向けられていない煙であったが、それでも表情を歪めそうになるのを堪えた亜樹子が愛想笑いを作った。

 

「あの……本当に失礼なんですが、徹さんとはまだご結婚されてるんですよね?」

「いいえ、もうとっくに離婚してます。もう十年くらいは経つかと思いますけど。ある日突然離婚届が送られてきて、私ももうどうでもよくなったんですよ。あの人が単身赴任したとき、万一の時のためにお互い持っていようと交換したものでしたけど……まさか本当にあれを送ってくるなんて」

「あ……そ、そうでしたか……」

 

 低い声で周囲のざわめきに紛れ込んだが、若者が多い昼下がりのカフェには似合わない会話であった。情報を得るのに必要なこととはいえ、気まずい空気を作り出してしまったという自覚がある亜樹子が肩をすくめる。

 しかし「女子中学生」所長は、依頼人である美幸の心情を慮った問いを続けた。

 

「娘の美幸さんは、お父さんの徹さんのことを心配してるんです。どうして家に帰ってきてくれないのかを知りたいって」

「まあ、あの子ならそう言うでしょうね。私たち夫婦の仲のことは、離婚するまでずっと隠してましたから。あの子の前でだけは普通の家族でいようとして……むしろ、それが苦痛で離婚したようなものですけど」

 

 夫婦のことは、娘であっても決して全てがわかるわけではない。

 言葉ではなく、他人が口を差し挟む隙間がないことを態度で示し、紗江子は夫と別れるに至った理由をはっきりと語った。

 

「離婚の理由については、美幸さんに伝えてるんですか?」

「いいえ。父親の金遣いが荒いことや、夫婦関係が破綻していたことを年頃の娘に伝えるのは、教育上良くないと思っていましたから。ただ、あの人の仕事が忙しすぎてもう一緒には暮らせないことと、お金の心配だけはしなくていいことだけを言いました。あの子が優しい娘に育ってくれたのが、唯一の救いですよ」

 

 今度は翔太郎が感情を感じさせない事務的な口調で質問すると、これまで夫への不満を感情と共に噴出させていた紗江子もつられて淡々とした調子へと戻った。

 落ち着きを取り戻すためなのであろう、紗江子が煙草を深く吸ってゆっくりと煙を吐き出す。

 

「徹さんが欠勤を理由に解雇になったのと、離婚されたのは重なりますか?」

「確か、離婚届が送られてきたのが先です。私が一人で提出しに行って、その直後に会社から連絡が来たんだと思います。主人とはもう他人だから関係ないと、電話で言った覚えもありますし。荷物の引き取りに、マンションにだけは行きましたけどね。でも実際見てみたら、部屋の中はガラクタだらけで足の踏み場もないくらいでした。もともと物を捨てられない人ではありましたけど、あそこまで酷いとは思ってませんでした。娘と二人で、片付けるのに苦労しましたよ」

 

 更に投げかけられてきた半熟探偵の質問に答えてから、紗江子はラインストーンに彩られたネイルの目立つ白い指で灰皿を手元に引き寄せ、タバコを揉み消した。

 

「そろそろ宜しいですか?私、これから予定がありますので」

 

 そして、もう話すことはないと言わんばかりにソファーから立ち上がる。彼女は返事も聞かないうちにコートの袖に腕を通し、シガレットケースとライターを掴み上げてハンドバッグに放り込んだ。

 

「……お忙しいところ、お時間を取らせて申し訳ありません。ご協力、ありがとうございました」

 

 帰り支度をさっさと進めている彼女を止めても、もうこれ以上収穫はないだろう。

 紗江子の動きとこちらを再び視界に入れようともしない態度からそう読み取った翔太郎は、彼女を止めようとしなかった。

 未亡人の可能性がある女性は半熟探偵と彼の上司を残し、若い喧騒に満ちているカフェから足早に去っていった。

 

 

 

 

 

「もう!あの奥さんじゃあ、旦那さんが帰って来たくなくなるのもわかるわ。冷たすぎるでしょ!今も探してるのが、娘の美幸さんだけだなんて……」

 

 三人分のコーヒー代を払ってカフェを出るなり、亜樹子が悪態をつく。その口調の荒さとアスファルトの地面をいまいましげに蹴って歩く乱暴さたるや、これから誰かに喧嘩を売り行くのかと思わせんばかりだ。

 

 妻から邪険にされていた徹に同情し本気で怒るのは、いかにも情に厚い亜樹子らしい。

 が、彼女は視線を宙に浮かせると、不意に怒りを引っ込めて呟いた。

 

「あ、う~ん……でも、もしかしたらあの奥さん、旦那さんが外で何してるのかを知ってて、あんな風にしかできなかったのかなあ。それなら、同情の余地はあるんやけど」

「娘には優しくても、他はやりたい放題だったのかもな。妻はそれを知っていたが、家庭を維持するためにそれを隠していた。そして父親は、冷たくしてくる妻がいる家に帰らないという悪循環に陥った……」

 

 隣を歩く翔太郎が、亜樹子の考えに具体性を補う。

 あの夫婦が離婚に至るまでの筋書きは、これでほぼ間違いないだろう。

 夫の徹は金遣いが荒かっただけではなく、愛人に貢いで囲っていたというのだから、妻からの愛情も尽きて当然というものだ。しかも彼が湯水のように使っていたであろう大金は、どうやら勤め先である森下製作所の資金を横領したものである可能性も高い。

 

 会社が傾くほどの横領を一社員が働いていたなど、企業としては一大スキャンダルだ。

 だから森下製作所は何とか理由をつけ、横領の犯人である狩谷徹を会社から追放したのだ。会社から彼個人に対して損害賠償を起こさなかったのは、古い企業体質で極度に体面を気にするためか、余程後ろめたいことがあるかだろう。

 

 が、不可解な点はまだあった。

 何故徹は再び会社から金を取ろうと思わず、娘に頼ろうとしたのだろうか?

 横領の味を占めていたのなら、実際の再犯段階までは行かないまでも、どこからか悪企みの情報が出てきてもおかしくない。その気配すらないというのが、どうも心の奥底で引っ掛かる。

 腕組みしながらこれまでの情報をまとめていた翔太郎が、眉間に皺を寄せて首をひねった。

 

「しかし……やっぱり今になって娘に金の無心をしてきた理由は、はっきりとわからねえな」

「それは、奥さんを頼れないからじゃないの?翔太郎くんだって今、言ってたじゃない」

 

 推理に耽っているため歩みが遅くなってる翔太郎に歩調を合わせ、亜樹子が突っ込んでくる。

 昼下がりの風都は二月にしては暖かい陽光が満ちており、吹き抜けていく空気の冷たさをあまり感じさせない。

 空っ風に煽られた愛用の中折れ帽を片手で押さえ、翔太郎は亜樹子に突っ込み返した。

 

「娘をあれだけ溺愛してたんなら、娘にだけは迷惑かけまいとするのが普通だろ。そこに矛盾があるんだよ」

「あ、せやなぁ……」

 

 一般的な人の心の動きを説明する半熟探偵に、亜樹子が唸ってから口を閉ざす。

 翔太郎の愛馬であるハードボイルダーが停めてある駐車場の手前まで無言になってしまった二人であったが、そこへ事務所で留守を預かっているフィリップからの電話がかかってきた。

 

『翔太郎!』

 

 コートのポケットからスタッグフォンを取り出して通話ボタンを押すなり、まだ離れている翔太郎の耳に酷く慌てたフィリップの大声が飛び込んできた。

 普段は物静かなフィリップが悲鳴に近い甲高さの声を上げている後ろでは、複数の人間がやかましく喚き立てているようで、相変わらずまだスタッグフォン本体から耳を離しているのに聞こえてくるレベルの雑音が響いてきている。

 

 今日、来客の予定は特にない筈だ。

 不審に思った翔太郎が、怪訝そうにスタッグフォンを耳に押し当てる。

 

「どうした、フィリップ?何だか随分騒がしいみたいだが」

『どうしたもこうしたも、すぐ戻って来てくれ!事務所が大変なんだ!』

 

 明らかに、フィリップはパニックを起こしている。

 もともと人見知りでコミュニケーション能力が乏しいフィリップが、ピンチに陥っているのだ。

 翔太郎と、彼の様子から事務所で何事かが起きていることを察した亜樹子とが、一瞬だけ顔を見合わせてから走り出した。

 

 二人はヘルメットを被るのももどかしげにハードボイルダーへ飛び乗り、そのツートンに彩られた大型バイクを急いで発車させていた。


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