仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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作者体調不良にて、更新が遅れてしまいました。すみません。。。


招かれざるR -2-

 あらゆるトラブルの解決を掲げている鳴海探偵事務所には、実に様々な依頼が舞い込んでくる。

 人探しや素行調査、遺失物の捜索の割合が高いが、他で匙を投げられた末に辿り着いてくるガイアメモリ絡みのトラブルが紛れ込むことは、勿論多かった。

 

 依頼方法も多岐に渡っており、インターネットや電話による手段も明示してある。にもかかわらず目立って多いのは、やはり依頼人が直接事務所に駆け込んでくるケースだ。今回の依頼人である狩谷美幸も、八方塞がりとなって困り果て、途方に暮れて、最後に鳴海探偵事務所のドアを叩いたのであった。

 

「人探し……行方不明のお父さんを、ですか?」

「はい。もう十四年前のことなんですが……父は風都に単身赴任してました。でも、突然連絡が取れなくなって。会社に聞いても父が無断欠勤してて、困ってるのはこっちだって言われてしまったんです。すぐに様子を見に行ったんですけど、父のいたマンションはそのままでした。父の部屋は大量のごみで埋もれてて、片付けるのがすごく大変でしたけど……でも、部屋にあったレシートなんかから、確かに直前まで生活してたのはわかっているんです。なのに、突然消えるようにいなくなってしまって」

 

 翔太郎がメモを取りながら依頼内容を反芻すると、美幸は伏し目がちに語っていた美幸は一旦そこで乾いた唇を温かいコーヒーで潤した。

 

「それから十四年の間、お父さんをずっと探してらしたんですか?」

「警察に捜索願も出しましたし、父の会社にも何度も掛け合いました。でも、全く手がかりが掴めなないんです」

 

 亜樹子が不可解そうに投げた質問に答える美幸の顔は、どこか疲れている。

 きっともう考えつく限りの手を尽くしてからここへ辿り着いたものの、気力が尽きかけているのだろうとも考えられたが、それでも納得のできない疑問を今度は翔太郎が口にした。

 

「それが今になって、何故うちに依頼をかけようと思ったんですか?」

「それは……つい三日ほど前に、父を名乗る男の人からうちに電話があって」

「電話?」

 

 依頼人の意外な返答に、矛盾を突いた翔太郎の万年筆がぴたりと止まる。

 彼が顔を美幸の顔へ視線を合わせたのと同時に、亜樹子が素っ頓狂な声を上げた。

 

「えっ、お父さんが自分から電話してきたってこと?そ、それじゃあ何でうちに……」

「私にはあれが父だって、どうしても思えなかったんです!」

 

 鳴海探偵事務所女所長の言葉を遮り、美幸は強い口調で言った。

 大人しそうな依頼人のはっきりとした態度に亜樹子が二の句を継がずにいると、隣に座している翔太郎が代わりに突っ込む。

 

「ふむ……それは、どんな理由で?」

 

 一瞬だけ口ごもってから、美幸は言いにくそうに続けた。

 

「電話は……お金の無心をする電話だったんです。それに声は父だったけれど、話し方が私の知ってる父じゃありませんでした。真面目で、仕事熱心で、いつも私には優しかった父なのに……まるで別人みたいに乱暴で、お金のことしか話さなかったんです」

 

 一気に話してから、依頼人はまたそこで言葉を途切れさせた。

 恐らく他で相談したとき、彼女の主観が大半を占めているこの話を聞いて断られてしまったことが多かったのだろう。現に目の前にいる探偵とその上司も、話には真剣に耳を傾けているがすぐには反応を返してこないのだ。

 美幸は古びたコーヒーテーブル越しに二人を不安そうに見やると、遠慮がちに問いかけた。

 

「あの……依頼、引き受けてくれますよね?」

「勿論です。もっと詳しく話を聞かせてください」

 

 翔太郎が再びメモを取り始め、亜樹子が無言でうんうんと頷く。

 

「良かった。ありがとうございます……」

 

 美幸は安心が滲む笑顔を浮かべ、小さく礼を言いながら頭を下げた。

 

「電話は、風都からかけてるって言ってました。連絡してきたのが本当に父なのか、それを確かめたいんです。もし本当に父なら、どうして帰って来てくれないのかも……」

 

 そして続いた彼女の言葉は、家族としての純粋な愛を感じさせる素直さに溢れていた。その震えた声にも、今にもこぼれそうな涙を湛えた瞳にも、嘘は見当たらない。

 翔太郎が探偵として依頼人を助けたいと心から思うのは、彼らの想いが真実のものであると確信する、こんな時であった。

 

 

 

 

 フィリップが「地球の本棚」に入るときは肉体が完全に無防備な状態となるため、注意を払う必要があった。

 地球の知識の全てを詰め込んだ本棚には相応の能力を持つ者しか入ることができず、精神と肉体とがほぼ解離した状態となる。それでいて外部からの干渉を非常に受けやすいのだから、余計に神経を使う。

 

 ために、外敵から攻撃を受けず信頼できる者しかいない場所をと考えると、自ずとその候補は限られてくるのであった。

 フィリップと翔太郎、亜樹子の探偵事務所メンバーは、オフィス奥の扉から通じているガレージに集まっていた。正確には、スチールの階段を下ったガレージの最新部にフィリップが立ち、残る二人はその上にあるホワイトボードの側で彼を見守っている。

 フィリップは古びた革表紙の本を片手に、パーカーの長い裾を揺らして呟いた。

 

「十四年前に失踪した父親からの接触があったが、すっかり人格が変わった呈だった。特に珍しくもない話じゃないか。今回は、ドーパントの線は薄そうだね」

「かも知れねえ……だが、何となく嫌な予感がする。念のためにだ」

 

 階下から見上げてきたフィリップを尻目に、翔太郎が依頼人の美幸から託された一枚の写真に意識を戻す。十五年ほど前に撮影されたというその写真には、まだ少女の美幸とその両親が揃って写っていた。季節は真冬らしく皆コートやダウンジャケットを纏っているが、寒そうにはしていても家族の笑顔が幸せそうな印象を与えてくる。

 

 中でも目を引くのが父親である誠一郎のマフラーだった。中間色を上品に組み合わせたマフラーは、当時小学生の美幸が編んだものである。

 

『このマフラー、私が編んでクリスマスにプレゼントしたんです。父はすごく喜んでくれて……冬にこっちへ帰ってくるときは、いつもこれをしててくれました』

 

 手がかりとして写真を手渡してきた美幸の様子が、翔太郎の頭の中に再現される。父との思い出をぽつりとこぼした彼女は淋しそうで、その願いが心の底からのものであることが痛いほど伝わってきた。

 しかし翔太郎には、どこかで何かが引っ掛かる。根拠はなく勘に近いものだが、今までこの嫌な予感に助けられてきたことは何度もあった。

 

 だから今回も、まずは入念な調査から入った方が賢明だ。足で情報を集める前にフィリップの協力を得る方がいいと判断したのは、直感を最優先した結果だったのだ。

 情報を整理する翔太郎の心中を見透かしたかのような一言をフィリップが投げつけたのは、癖のある茶色の髪に翔太郎が指先を突っ込んだ時であった。

 

「翔太郎の動物的とも言える予感は、何故か的中する率が意外と高い。だから検索することには賛成するよ」

「動物的、は余計だ!」

 

 遠慮のない相棒のずけずけとした言い種にかっとなり、翔太郎が怒鳴る。

 が、すぐ頭に血が上るのも半熟探偵であるが故のため、フィリップもさして気には留めない。

 

「検索を始めよう」

 

 相棒の怒声をさらりと流し、フィリップは肩の力を抜いて目を閉じた。

 彼が男にしては細く白い手を軽く伸ばすと、ごく淡い光がすうっとその全身を包み込む。

 途端、フィリップの意識は空間を超越し、現実とは異なる世界に自身の肉体と精神を仮想的に再構築した。確かな五感が掴めたことを意識したフィリップが瞳をゆっくりと開くと、真っ白な世界が視界を支配しようとする。ここには白い色以外の何物も存在せず、音も、匂いも、空気の流れさえも感じない。

 常人であれば五分で気が狂ってしまいそうな白き空間を見回し、フィリップは落ち着いた声を響かせた。

 

「キーワードは行方不明、狩谷徹、森下製作所だ」

 

 青年の声が音の波となって白い世界に広がったその瞬間、遥か彼方の地平から何かが殺到してきた。

 整然と、しかし雪崩を打つような勢いで迫ってくるのは、夥しい数の本棚である。フィリップの前方から怒濤の如く押し寄せる本棚は、一つがフィリップの身長を優に越える大きさであることが遠目でもわかるほどで、衝突すればひとたまりもない。

 

 なのに当人は全く取り乱すこともなく、むしろ両手を広げて本棚の波を歓迎するかのような素振りを見せていた。

 そしてその振る舞い通り、本棚の群れは見事に彼を列の隙間に入り込ませ、決して直接触れさせようとはしてこなかった。更に本棚たちは縦横無尽に素早く動き、キーワードの全てを含んだ目的の一冊をフィリップに差し出そうとする。この「地球の本棚」で情報を探るときはいつもそうであるように、大地の知識を全て詰め込んだ本を選び出す過程が繰り返されていくのだ。

 

 が、今回はフィリップの前には本どころか、本棚の一つさえ出てくることがなかった。全ての書棚が彼を避ける列を作り、求める本がないことを示しただけだったのである。

 

「だめだ。該当する本が見当たらないようだ」

「本当に情報がどこにもないの?ほんなら、いきなり手詰まりやん!」

 

 フィリップが困ったように呟くと、状況を嘆く亜樹子の声がどこからともなく響いてくる。外界で彼女が発した声が聴覚に拾われ、異空間の肉体にも伝わってきたのだ。

 

「いや、キーワードを変えてくれ。キーワードは森下製作所、狩谷徹だ。彼女が知らない情報があるかも知れねえ」

「会社での狩谷徹の素性をまず探ろうということだね?よし、もう一度やってみよう」

 

 続いて聞こえてきた翔太郎の声に、フィリップは頷いた。

 

「キーワードは狩谷徹、そして森下製作所」

 

 再びフィリップが検索のための単語を音声に乗せると、また本棚たちが活発な動きを見せて彼の前後左右を行き交った。そして今度は一つの書棚が導き出され、手の届かない高さに収められていた一冊が落ちてくると、見えない閲覧台に固定されたかのように空中に留まった。

 

 自然に開いた紺色の表紙の一冊に、フィリップが好奇心に輝く瞳を向ける。すると、何も書いていなかった空白のページに文字が浮かび上がり、瞬く間にびっしりと埋め尽くした。

 

「彼の会社の記録があった。狩谷徹は森下製作所の風都工場に十年前まで勤務、同年に懲戒解雇扱いとなっているようだね」

 

 本を捲りながらフィリップが内容を口にすると、ガレージの上階に控えている翔太郎が訝しげに言った。

 

「懲戒解雇?……何か引っ掛かるな」

「何で?無断欠勤が続いてたんなら、懲戒解雇になってもおかしくないんじゃない?」

 

 美幸から聞いた狩谷徹の当時を思い出し、亜樹子が首を傾げる。

 彼女の疑問には、異空間の肉体を維持したままでいるフィリップが答えた。

 

「いや。普通の解雇ならともかく、懲戒となるとまた話が違うんだ。従業員を懲戒解雇とするなら、会社から本人への意思通達が行われる。そしてそれは裁判所を経由し官報に掲示されることで、行方不明となっている当人への意思表示があったものと見なされるんだ。この話は、一般的な認知度が低い。だから泣き寝入りする人が多いのも事実なんだ」

「そう。ま、裁判所云々はまともな会社であれば、の話だけどな」

 

 探偵という職業柄、法律に関しても多少は詳しい翔太郎も頷いて見せる。

 珍しくまともな知識があることを翔太郎に示された亜樹子が、戸惑いながらも感心する素振りを見せた。

 

「へ、へえ……」

「どうやら、ぼんやりと見えてきたな。さっき会社名と父親の名前、行方不明で調べても何も出なかったってことは、公けの記録が残っていない……つまり、裁判所への届けや手続きが踏まれていないってことだ」

 

 これまで「地球の本棚」で調べた結果を頭の中で軽くまとめた半熟探偵が呟いた。

 もし狩谷徹に対して懲戒解雇の処分が本当に下されていたのであれば、何かしらの公式記録が検索で必ず引っ掛かる筈なのだ。それがないということは、本当は懲戒解雇などではなかった可能性が高い。つまり、家族にも真実を告げず秘密裏に処分を下した疑いがあるとも取れるのだ。

 翔太郎と同じ考えに至ったらしい亜樹子が、ぽんと手を叩く。

 

「あ……そっか!つまり会社的には、公式な記録を残したくないから闇に葬った、ったこと?」

「それでもわざわざ懲戒扱いにしてるってことは、あくまで会社を辞めた本人に原因があると示したいからだ。どうやら、裏がありそうだな」

 

 皆と考えを共有できた亜樹子が興奮気味になるが、翔太郎は更にもう一歩踏み込もうとしている。

 

「よし。今度は会社の就業規則の詳細と、内情について調査してみよう」

 

 そして真っ白な空間に再び視線を巡らせたフィリップも、勿論それに応えるつもりでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 森下製作所を訪れた翔太郎と亜樹子を出迎え、そして同時に送り出したのは、予想通りの常套句であった。

 

「個人情報になりますので、お話することはできません」

「それに私は上司の立場とは言っても後任ですので、当時のことはわかりかねます。お引き取りください」

 

 老眼鏡をかけた如何にも堅物そうなダークスーツの中年男性は、それだけを繰り返してソファーから立つこととなった。探偵とその事務所所長には見えない女性は、そのまま殺風景な応接室に捨て置かれることとなったのである。

 翔太郎たちは、ターゲットである狩谷徹の会社の話も一度は聞こうとアポを取った。だが、やはり一切の情報開示を拒否される結果にしかならなかったのだ。

 

 フィリップが「地球の本棚」で森下製作所全般について調べたところ、自然退職の規定があったことが判明していた。それに対し、狩谷徹の退職についての原因調査の痕跡はなく、家族もある日突然解雇を告げられていたことがわかったところで手詰まりとなった。

 無論、まともな会社の懲戒解雇としては処理上で考えられないことである。

 企業として従業員の身柄に起きた事件をあくまで黙殺しようとするなら、翔太郎たちも正攻法ではなく奇策で攻めるまでだった。公の立場に近い団体が悪事を働いている疑いがあるとわかった以上、遠慮は無用なのだ。

 

 幸いなことに、風都で生まれ育った翔太郎がいる鳴海探偵事務所は情報を提供してくれる人脈に事欠かない。

 その中で最も優秀なのが街の美女ブログ執筆に熱心な男、通称「ウオッチャマン」である。彼は風都に新しくできた若い女性好みのお洒落スポットを亜樹子から紹介されると、それと引き換えにこう語ってくれた。

 

「狩谷徹って男について、知り合いの飲み屋の女の子が当時の噂を聞いたことがあるって言っててさぁ……ここだけの話、どうもお気に入りの子を愛人にして囲ってたらしいんだよね。でも別居してる奥さんが家計に厳しい人だったのに、貢ぎっぷりが凄くて。お金をどうやって工面してたのかは全くの謎。かなり汚いお金だったんじゃないかと、今も言われてるくらいなんだってさ」

 

 持ち前の豊富な情報網と手持ちの携帯でツールを駆使しつつ、ウオッチャマンはその能力を発揮してくれた。

 同じ頃、翔太郎はもう一人の有能な情報屋を求めて風都を駆け回っていた--が、その人物は目立つ容姿のため、見つけるのにさほど手間はかからなかったと言えよう。季節を問わずサンタクロースの扮装にサングラスをかけ、子どもたちに「プレゼント」と言う名のガラクタを贈る男、通称サンタちゃんがその男である。

 

「森下製作所ねぇ。あの会社、色々黒い噂が絶えないみたいだよ?十年くらい前にかなり大きな損失を出して株主から袋叩きに遭ったのに、結局ろくな説明もなかったとかで。その原因ってのが、どうやら社員の誰かが資金を横領してたからだって話なんだよねぇ……」

 

 海の側にある広場で子どもに囲まれている彼を捕まえて翔太郎が聞き出したのは、やはり森下製作所の暗黒面である。

 ペットショップの店長と言う現在の職業をほっぽり出してまで子どもたちにプレゼントを配るサンタちゃんが何故、そこまで街の裏側について詳しいのかは謎だ。が、有用と思われる情報を手にした亜樹子と翔太郎は、一旦状況を整理するべく事務所で落ち合うことにした。


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