仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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FBI捜査官はロイミュードなのか -12-

「あれ?これって……」

 

 究がドヤ顔で記事を読み上げている途中で、未来の素っ頓狂な声が割り込んだ。

 と同時にオフィスのドアが開き、コート姿の現八郎が床を騒々しく踏み鳴らして入室してくる。

 

「先生!」

「あらぁ、現さん。お帰りなさい」

 

 慌ただしく捜査から戻ってきたらしい現八郎はりんなを探していたようだったが、本人にのんびりと迎えられ慌てて返礼する。

 

「た、ただいま戻りました!……で、先生にお客さんがいるんですよ。あ、警視。こちらです」

 

 勢いでりんなに敬礼したベテラン刑事は恐縮しながら脇に避け、後に続いている人物を先にオフィスへ通していた。

 現八郎の背後から姿を現したのは、背が高く細身の男性だった。

 

 見るからに俊敏そうな身体は紅いレザージャケットと揃いの革パンツに包まれており、警察施設内のオフィスには随分とミスマッチだ。それに彼が警視という職位に不似合なほど若いことが手伝い、一層特異な空気を醸し出している。が、どう見ても二十代後半くらいにしか見えない顔には若さゆえの甘さを感じさせるところはなく、鋭い光を閃かせていることが一目でわかるほどであった。

 

 この若き警視が特状課オフィスに足を踏み入れた途端に空気が一変したことは、進ノ介にも感じられる。ただ者ではないと見える紅きレザーファッションの男を、進ノ介は緊張した面持ちで見つめていた。

 

「おうお前ら、紹介するぜ。この方は、風都署の……」

 

 風都署、と現八郎が言いかけたところで、まだ究の後ろでモニターを睨み続けていた未来ががばっと顔を上げた。

 

「!」

 

 彼女が驚きではっきり息を飲んだのが、傍にいた一同全員に伝わってくる。

 霧子が何事かと声をかける前に、未来は大きな黒い瞳を更に見開いて言った。

 

「て……照井警視!」

「お前……間か!」

 

 思いがけない方向から名前を耳にした男ーー照井竜が、相手の名前を口に出す。彼は未来ほどではないもののやはり驚きを隠せない様子で声のトーンを上げ、しかしすぐにまた落ち着いた口調に戻った。

 

「驚いたな。いつFBIから戻ってきたんだ?」

「何日か前にね。暫く、ここにお世話になることになったの」

 

 歳が近い二人は、恐らく親交が深かったのであろう。互いに敬語を使うことなく言葉を交わしている姿に誰より衝撃を受けているのは、特状課でも妙齢の男女であった。

 

「って、お二人は知り合いだったの?」

「え……ええぇぇええぇえ!ほほほ、本当ですか!」

 

 りんなと現八郎が若い捜査官たちの顔を交互に見やるさまはよく似ており、知らない者が見れば夫婦かと思うほどだ。

 しかし究のデスクを挟んで話を続けている照井と未来の間には、どこかよそよそしい色がある。そのことに早くも勘づいた進ノ介は、小柄な未来の頭上から小声で話しかける形となった。

 

「ミッキー、お前……」

「詳しくは後でね」

 

 幼馴染みが一瞬だけ返してきた視線と短い返事の中に、今は余計な口を挟むなという無言のメッセージが込められている。

 未来の声に出さない圧力で、進ノ介は口を閉ざしていた方が身のためだと何故か思い知らされた気がした。彼女がつい先刻、手錠とジャスティスハンターの檻を素手で破壊したせいではないと思いたかったが、決して否定はできない自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ドライブピットの自動ドアが開くなり、りんなの大仰な声が広い空間に響いた。

 

「じゃじゃーん!ここが、仮面ライダードライブの秘密基地、ドライブピットよ!」

「……まさか地下にこんな設備があるとは。万全の体制なんですね」

 

 彼女に招かれてこの地下要塞に足を踏み入れた照井は、中央のターンテーブルで静かに出動の時を待つトライドロンや整備用の機器、ベルトが据えられたクレイドールを一通り見渡してからこぼした。

 

「ちょちょちょ、ちょっとりんなさん!」

 

 彼らの後ろから走ってきた進ノ介と霧子、剛が慌ててりんなを照井から引き離し、ドライブピットの奥へと連れて行く。三人の若き男女は、さっさと照井をこの秘密スペースに案内したりんなにやっと追いついたところであった。

 

「ん?何?」

「何って、あの照井警視は完全に部外者じゃないですか!いくら、りんなさんのお客さんだからって……」

 

 怪訝そうな顔をするりんなに、進ノ介が声を潜めながら強い口調でたしなめる器用な真似をやってのける。

 

「そうだよ!何考えてんだよ!」

「どうするんですか……ここまで見られてしまったら、もう今更隠せませんよ!」

 

 進ノ介に同調した霧子と剛も、囁きに近い声でりんなに必死に状況のまずさを訴えた。

 事実上仮面ライダードライブの要であるドライブピットは、いくら警察内の人間とは言っても、会ったばかりで素性の知れない人物に明かす道理はない。それに内部には、ロイミュードではないが特状課を快く思わない者たち、言わば敵対者がいることはこれまでにも判明している。

 

 だからこそ、内情を晒す行為を安易に行うべきでは断じてない。聡明で信頼も厚いりんなのやらかしであるからこそ、皆が率直に意見しているのだ。

 

「みんな、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。彼は……」

「お前にゃ聞いてねえよ、黙ってろ!」

 

 この状況で照井の傍に佇んでのんびり話そうとした未来の声に、神経を逆撫でされた剛が怒鳴る。自分なりに説明しようとしたのを頭から否定されたことで、流石にむっときたのだろう。未来はすかさず怒声を張り上げ返していた。

 

「詩島こそ聞けっての!彼はねえ……」

「俺は仮面ライダーだ」

 

 低い調子で、しかしあっさりと照井が言い放つ。

 意外な、あまりにも意外な発言に、周囲の一同が一様に声を出せず行動までもが固まってしまった。

 

「……え?」

「システムは違うが、俺もこのドライバーとアクセルのガイアメモリを使って変身できる。俺は、仮面ライダーアクセルだ」

 

 強烈な驚きの中でようやくこぼした進ノ介に、照井がドライバーとガイアメモリを取り出して見せる。

 彼が掲げたアクセルドライバーと「アクセル」のガイアメモリは、未来以外の者は初めて目にするものであった。アクセルドライバーは丁度バイクのハンドル部分を小型化したようなつくりになっており、スロットルまでついているのが見て取れる。大きさも、「ベルトさん」やマッハドライバーに近い。

 

 対するガイアメモリは市販のUSBメモリと似たものだったが、大きさは一回りは大きくて色も半透明の赤で、よく見るとドライバーにこのメモリを差し込むスロットがあるのがわかった。

 

「俺のことは、てっきり沢上さんから聞いているものだと思っていた。驚かせてしまったようで、済まない」

 

 皆の注目を受け止めている照井は、悠然とした姿勢を崩さずに話を続けている。しかし、彼は隣に立つ未来までもが驚きの視線を向けてきていることに違和感を感じたようだった。

 

「何だ?」

「いや……そんなにあっさり『仮面ライダーだ』って、教えていいもんなのかなってさ」

「お前も、自分が改造人間だと教えているんだろう?」

 

 照井に痛いところを突かれた未来がぐっと詰まる。見透かされていると思っていなかったのか、若きFBI特別捜査官はばつが悪そうな顔になっていた。

 

「……何でわかったの?」

「そうでなければ、お前がこの基地にいる理由がないからな。それに、そもそも存在が国家機密のお前にとやかく言われる話ではないと思うが」

「そ、そりゃまあ……」

 

 もっともな理屈で淡々と畳み掛けられ、未来は照井に返す言葉もない。

 未来がドライブ以外の仮面ライダーと過去に接触があったのは勿論だが、その仮面ライダーが未来の正体を知っているのもまた、驚愕の事実であった。

 

 しかし進ノ介にとっては新たな仮面ライダー、それも経験も職位も上を行く言わば先輩仮面ライダーの存在が一番の衝撃だった。そしてこのことは驚きでもあり、等しく喜ばしいことでもあった。

 

「か、仮面ライダーって……警察に、俺以外にいたってのか!」

「ええ、そうよ。私が彼……照井くんに頼まれて、シフトカーを貸してたのよ。彼のいる風都に現れたロイミュードを倒すためにね」

 

 半ば感激しているかのような進ノ介に、りんなが頷きながら告げる。

 彼らの反応を見てもう大丈夫だと思ったのであろう、照井と未来がドライブピットの入口付近から皆のいる作業スペースまで入ってきた。

 

「これはお返ししておこう。協力、感謝する」

「じゃあ、風都での事件は解決したのね!良かった、お役に立てて」

 

 笑顔のりんなが照井から受け取ったそれは、二台のシフトカーだった。

 

「ベガス!それに、シャドーもか」

「最近見ないと思ってたら、出張してたんですね……」

 

 進ノ介と霧子が小さな仲間たちのことを話題に出すと、りんなの掌で彼らは得意気にクラクションを鳴らして小さく跳ねて見せた。

 ロイミュードのコアを破壊するには、ドライブシステムを搭載した何らかの手段を用いる必要がある。いくら照井が仮面ライダーだとは言っても、素の状態ではロイミュードを完全に倒すことができなかったのだろう。同じ組織に属しているりんながその弱点を補う形で陰から援助していたのなら、シフトカーたちが照井のもとにいたことも辻褄が合った。

 

「照井警視のそういう硬い雰囲気、変わってないねぇ。翔太郎たちは元気にしてる?」

「相変わらずだ。お前こそ、全く変わってないな」

 

 笑顔のりんなに礼を言われても全く表情を変えない照井に未来が突っ込むが、すかさず突っ込み返された彼女は子供っぽく口を尖らせた。

 

「……それ、誉めてないでしょ」

「当たり前だ」

 

 不満げな未来に、照井のぶっきらぼうな口調は変わらない。

 オフィスにいた時こそ硬い雰囲気の二人だったが、今はすっかり遠慮がなくなっている印象だ。流石に幼馴染みの進ノ介と同列とは行かないまでも、単なる知り合いというレベルではないことが自然と伝わってくる。

 

「それで、お二人はどういう関係なの?そこ、重要よ」

 

 今度は旧知の仲である男女の親しげなやりとりに置いてけぼりを食ったりんなが、仏頂面で会話に割り込んだ。

 一瞬顔を見合わせた後に、未来がドライブピットの白い壁面へと視線を滑らせてから説明を始めた。

 

「ええと。照井警視の管轄の風都で起こった、ある事件で一緒に戦った仲間……だよね。私がまだFBIの捜査官になる前の話だけど」

「簡潔に言えばそんなところだ。あれからまだ一年は経ってないが、全て話すと長くなる」

 

 未来の短い解説に概ね同意した照井の揺らがない表情を認め、りんながほっと安心した様子を見せた。

 

「なぁるほど。じゃあ別に昔の恋人だったとか、そういうんじゃないわけね」

「まさか!」

 

 異口同音に、しかし激しく照井と未来が否定する。仲間としては良いが彼氏彼女の間柄などありえない、と二人ともが表情で語っていた。

 

 ここまで必死になるということは、以前の彼らは今の剛と未来のように仲が悪かったのだろうかと、進ノ介の頭に余計な推測が走りそうになってしまう。それを知ってか知らずか、未来は過剰なほどに普通の調子で照井へ尋ねていた。

 

「あ、恋人って言えばさ。あきちゃんは元気?」

「まあ、普通だ」

「ふーん。じゃあ、変わらず円満ってことなんだね」

 

 恋人、というキーワードに顕著な反応を示したのはりんなである。

 白衣の美人科学者は照井と未来の間に割って入ると、交互に二人の顔を見ながら問題をぶつけた。

 

「あきちゃん?誰?誰なの!」

 

 質問というより問い詰めていると言った方が近いりんなに、照井がやや上半身を引き気味にして答えた。

 

「俺の……妻だが」

「つ、ま……ツマ、妻って!えぇーーーーーーーー!」

 

 自分より遥かに年下の男が既婚者であることにショックを受けたりんなの悲痛な叫びが、ドライブピットにこれでもかというほど響き渡った。

 

「結婚……してたんですか」

「そんなぁ……指輪、してなかったじゃないのぉ……」

 

 見るからに堅物そうな照井が妻帯者という事実に、霧子までもが驚かされているらしい。感心とも呆然としているとも取れる呟きに重なった、がっくりと膝をついたりんなの声が悲壮感を煽る。

 

「無くすと大変なので。仕事の時は外しています」

 

 流石に申し訳なさそうになった照井であったが、表情は困惑に彩られていた。

 彼が落ち込んで座り込んでしまったりんなに手を貸さないのは、ここで助け起こせばますます彼女が惨めになると気を遣っているからなのか、はたまた妻以外の女性の扱いに慣れていないからなのか。

 同情と呆れが半々の顔でりんなを見守っていた進ノ介と剛の向かいで、未来がぼそりと言った。

 

「りんなさん、照井警視のこと……?それにしても、守備範囲広いなぁ」

「……未来ちゃん……それ、地味にダメージ大きいから止めて……」

 

 まさか、無意識の一言が届いていると思わなかったのであろう。顔を上げずに抗議してきたりんなの低い声に、未来は驚いてぴょこんと飛び上がったほどであった。

 

「え?あ、あ……す、すいません!」

 

 未来はあたふたしつつ不用意な発言に頭を下げて、未だ立ち直れないでいるりんなに必死で謝った。しかしそれでもなお、白衣の妙齢女性が浮上してくる気配は乏しい。

 

 お通夜ムードとも言えそうなドライブピットの空気が隅まで及びそうになったところで、ベルトが抑え目の声で発言した。

 

「照井警視。とにかく、話を聞かせてもらえないか?他の街にロイミュードが現れているというのは、私も初耳なんだが」

「そ、そうです!俺も聞きたいです。是非、お願いします」

 

 ここでおかしな流れを一気に変えるべく、進ノ介がベルトに便乗して照井の方へと歩み寄って行った。

 

「君は?」

 

 クレイドルに乗ったベルトが喋りながら近づいても驚かない照井が、ようやく顔を上げようとしているりんなから興奮気味に話しかけてきた進ノ介に興味を移す。

 照井から数歩離れた位置で立ち止まり、進ノ介は背筋を伸ばして敬礼した。

 

「申し遅れました。本官、泊進ノ介巡査です。俺も仮面ライダー……俺、仮面ライダードライブなんです」

 

 改めて名乗り自らの本分を明らかにした進ノ介は、緊張しているらしく口調も動作も硬い。

 警官としても、仮面ライダーとしても先輩に当たる照井に向ける彼の瞳は、少年のように輝いて見える。そこにあるのが純粋な敬意と憧れであることが、この場にいる者全てに伝わってくるほどだ。

 

「俺は詩島剛。ちなみに俺も仮面ライダーなんだ。仮面ライダーマッハ。ま、よろしく。あ、こっちがねーちゃんの詩島霧子」

 

 対するマッハは進ノ介の後ろからちらりと顔を覗かせて手を軽く挙げたのみで、物理的な顔見せ程度の挨拶だけだった。まだ敬礼の姿勢を崩さない進ノ介とは対照的な剛だが、照井は全く気にしない様子で等しく挨拶を返した。

 

「そうか。二人とも、よろしく頼む」

「剛……し、詩島巡査です。よろしくお願いします」

 

 霧子は誰に対しても奔放ぶりを見せつける弟をたしなめようとしたが、照井が特に気分を害した訳ではない故にあまり強く言うこともできない。結果として自己紹介を返すのみになってしまい、姉としては居心地の悪さを残すことになってしまった。

 

 しかし剛は霧子が気を揉んでいることなど意にも介さず、早速照井へ親しげに話を振っている。

 

「んじゃさ、面子も揃ったことだし。風都って街にロイミュードが出た事件、詳しく聞かせてよ」

「無論だ」

 

 照井は、表情を変えずに風都署での事件について語り始めた。

 彼は傍らの未来が瞳に複雑な感情を宿らせていることに気づいていたが、敢えてそれに触れようとはしなかった。


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