グローバルフリーズという固有名詞を耳にした一同の顔色が変わる。
世界各地で同時に重加速現象が発生し、ロイミュードが一斉蜂起した日。
進ノ介が嘗ての相棒である早瀬刑事に重傷を負わせてしまい、霧子が笑顔を失ったあの日。
この世に生きる多くの人々に身体と心の傷を背負わせたグローバルフリーズのことを、皆は生涯忘れることができないだろう。
そして特別捜査官である未来が、グローバルフリーズが引き起こされた日に何をしていたのか。
進ノ介は意識せずに幼馴染みへ答えを求めていた。
「じゃあ、あの時はお前も……」
静かに頷いて、未来が噛み締めるように話を続ける。
「アメリカでも大勢の犠牲者が出て、私たちの部隊が中心になって必死に戦ったよ。うちの部隊にはもう一人、アメリカ人の改造人間がいてさ。ロイミュードとまともにやり合えるのは、軍を除けば私たちだけだったから。けど……」
「君たちは、ロイミュードのコアを破壊できる手段を持っていなかったんだね?」
ベルトが話の先を口にすると、未来は頷き返した。
「そう。私たちはロイミュードの息の根を止めることがどうしてもできなくて、何度も復活してくる奴等に手こずってた」
言葉を繋げた未来は、目を伏せがちにしている。
FBIは強い権限を持ってはいるが警察と同等の組織であり、犯罪から市民を守る役目は変わらない。
にもかかわらず、ロイミュードに太刀打ちできない醜態を晒してしまったのだ。やむを得ない理由があるとは言え、民衆からのバッシングは耐え難いものがあったのだろう。
同時に、剛がばつが悪そうに未来から視線を逸らしていた。
剛はアメリカでドライブシステムの後継であるネクストシステムの被験者となっており、ネクストシステムを組み込んだ仮面ライダーマッハ自体、アメリカ本土で開発されたと言っていい。警察や軍隊ではロイミュードに歯が立たなかったことは、当然彼も知っていた。
ただ、開発者であるハーレー博士は、アメリカの政府中枢部にまでロイミュードが入り込んでいるという推測を立てていた。故に彼は警察やFBI、軍を信用せず一切の協力を拒んでいたのだ。
アメリカ社会に大混乱が起きており、その渦中にいながらも放置しなくてはならなかったのだから、当然剛とていい気分ではなかった。
未来と剛、それぞれの事情を察したらしい霧子が、話を進めようと静かに先を促してくる。
「それで、アメリカでは今も同じロイミュードたちが?」
「地方警察だけじゃ、まるで歯が立たなくて。要請があれば、テロや組織的な凶悪犯罪に特化した私たちの部隊が出動して戦ってたの。そうそう州兵や軍を動員するわけにもいかないみたいだから」
恐らく剛の表情の裏も読んだのであろう、未来は淡々と答えるだけだった。
「ロイミュードが現れているのは、この日本だけではない。殊にアメリカは国土が広大な上に、国民の武装も許可されている。彼らにとっても住み心地がいい国だろう」
「アメリカは犯罪捜査の技術も世界一だってのに、とんだ皮肉だな」
ベルトに続き、進ノ介も辛辣な口調で吐き捨てる。無言の頷きで同意を未来が示した後、彼女はいよいよ話の核心へと触れていった。
「……そんな時だったの。うちの部隊の捜査官の一人が、ハーレー博士の情報を運良く掴んできたのは」
見知った人物の名前を女性捜査官が口にすると、その場にいる四人の男女が無意識に檻の中へと視線を集中させた。
「博士は渋ってたみたいだけど、何とかコア・ドライビアのサンプルをFBIが二つ譲り受けられて。この技術を応用すればロイミュードを倒せることと、ライダーシステムのことを聞いたのも、その時なんだ」
「ちょっと待てよ。アメリカでは、ライダーシステムを進化させたネクストシステムが研究されてるんだぞ?俺は元被験者なんだ。博士はネクストシステムについて、何も言ってなかったってのかよ」
恩師でもあるハーレー博士がFBIに協力したことをこの瞬間に初めて知った剛が、未来に食ってかかる。
何故博士は、FBIに協力していることを自分に教えてくれなかったのか。
もし予め情報が掴めていれば、この女捜査官風情に格闘を挑んで返り討ちに遭うという醜態を晒すこともなく、ひいてはアメリカ社会の混乱を少しでも小さくできたのに--!
「残念ながら、私はライダーシステムについて人伝に聞いただけなの。博士は信用できる人にしか、直接会わなかったから」
剛が若者らしい熱さを全身から迸らせているのに対し、あくまで未来は冷静だった。
眉を吊り上げて睨んでくる男にはやはり感情を窺わせない声を返しただけで、彼女は重要な話題の先を展開させていく。
「ロイミュード対策の鍵になるコア・ドライビアは手に入ったけど、事態は一刻を争ってた。対ロイミュード用武器の開発は急いでやらなきゃいけないし、かと言って具体的な対策も怠ってはいられない。そこでコア・ドライビアの一つはFBIの研究所で分析と開発に利用して、もう片方を私の身体に移植したってわけ。こうすれば、少なくとも私だけは重加速の影響を受けないから」
未来は白く華奢な手を自分の右胸に当て、言葉を一度切った。そこはまさしく、彼女の肉体でコア・ドライビアの反応を検出した場所であった。
「お前、それでコアを身体に……」
「新たな武器を開発するよりも、コアを移植する方が確かに時間を取らない。君が改造人間である利点を、最大限に活用したということだな」
幼馴染みで、まだ子供っぽさを残す女性が機械の身体を持ち、体内にロイミュードと同じコアを持つ理由。そこには全て筋の通る説明はあったものの、未だ信じられない気持ちが勝っている進ノ介は茫然とした顔を隠さない。
彼とは逆に、ベルトは納得したと言わんばかりの落ち着いた普段の口調である。
「けど、コアは他の物に加工して持ち歩く手もあったでしょう?改造人間とは言っても、身体にどんな影響があるかわからないのに、移植なんて乱暴な……」
進ノ介とベルトの横合いから、りんなが開発者然とした意見を口にした。
「貴重なコアを壊されたり、奪われたりするわけにはいかないんです。それに重加速下で私が動けなければ、意味がありませんし。もし私が日本でロイミュードに襲われて死んだら、国際問題になりかねません」
りんなが身体を気遣ってくれていることが意外だったのか、未来は口許にほろ苦い笑みを浮かべている。
「なるほど。FBIはコアを最も有効活用ができて、尚且つ一番守りやすい方法を取ったと言うことなのね。う~ん、そっかぁ……考えてみれば、それが一番安全なのかも知れないわね。貴女の身体能力も、仮面ライダー並みのようだから」
「ええ。戦闘時に動けなくなって、仮面ライダーの足を引っ張ることもありません。それに私のもう一つの任務は仮面ライダーを何とか見つけ出して、強固な協力体制を敷くことだったんです。そのために、色々と手伝えればと思ってますから」
頷いたり首を傾げたりと忙しいりんなだが、最終的には腑に落ちたようで、未来の顔を見ながら彼女の能力を認める発言で締め括っていた。彼女から肯定の言葉を受けた未来も、やや棘が落ちた態度で応えてから改めて皆の顔を見上げてくる。
「ってのが、今私がここにいる理由なの。どう、まだ信用できない?」
「そうだな……」
進ノ介はすぐ返答せずに霧子と剛、りんなに目配せした。彼の意図を察したらしい皆が各々で頷くと、若き刑事は幼馴染みへ済まなそうに断りを入れた。
「ちょっと待ってくれるか?」
「あ、聞かれたくない話なら、耳栓やっとくよ。私の聴力、普通の人の五百倍はあるから」
何気ない返しに自らの能力をさらりと挟み、未来は手首をがっちり手錠に拘束されたまま、器用に両耳を指で塞いで見せる。
呆れるほど素直な未来の態度だが、これも進ノ介たちを信用していることを示すための先手の一つなのであろう。刑事となった進ノ介は、気弱な苛められっ子だった幼馴染みが持つ今のしたたかさを見せつけられ、正直複雑な気持ちだ。
彼は最初に仲間と相談することを発案したはずが、未来の姿を見ていたため最後に一同の背中を追うことになってしまった。慌ててクレイドルのベルトをひっ掴み、ドライブピットを後にする。
出入口の自動ドアをくぐるなり、進ノ介は待っていた仲間たちへ問いかけた。
「どうだ?みんなはまだ、あいつがロイミュードだと思うか?」
「どう思うも何も、そもそもの身体がロイミュードと違うんだから。ロイミュードと同じコアはあるけど、未来ちゃんは改造された人間ってことよね。そこは間違いないわ」
最初に答えたのはりんなで、自らが確認した根拠を基にした論理的な意見が実に彼女らしい。
「そうですね……彼女の話に不自然な点はありませんし、預かったこの身分証も本物。疑うべき点は、もう何もないと思います」
続いた霧子も、未来のFBIの身分証が偽造されたものでないのを確認したことで疑念が晴れたのであろう。が、彼女の美しい面持ちには困惑の影がまだちらついているようであった。理屈ではわかっていても、感情がついてこないのだろう。
「身元は本国に問い合わせればすぐに確認できるし、彼女が受けたという改造手術についても、詳しく調査すれば裏が取れるだろう。その時の設計図を入手して、彼女のスキャン結果と照合することもできるが……私は、そこまでやる必要はないと思っている」
「みんな、あいつを信用するのかよ?」
進ノ介の両手の上から発言したベルトは確信を持って結論づけたようだが、剛が彼に噛みついた。
皆の中で特にロイミュードを毛嫌いしている剛なら無理もない反応だが、未来はコアを移植されている人間をベースとした生命体であり、ロイミュードではない。あの女性捜査官は他のロイミュードのように人ならぬ真の姿を持っていないし、幼かった頃の過去もある進ノ介の幼馴染みだ。
とは言っても、そんな違いがますます気に食わないのが剛の正直なところなのだろう。
穏やかに、進ノ介が傍らの若者に問いを投げかける。
「剛はどこが怪しい思う?」
「そりゃあ……スキャン結果は偽装されてるのかも知れないし、もしアメリカでもうロイミュードと入れ替わってたんだとしたら、本国に問い合わせてもおかしな点は出ないかも知れない。進兄さんと幼なじみってのも、コピーされた記憶ってだけなのかも知れないし……」
剛は無意識のうちに文句を指折り数えながら、宙を睨んでいた。
彼の口からあれこれと理由がよく出てくるのは、むしろ感心するくらいである。一方で、そのいずれも今一つ根拠には欠けると言えた。
進ノ介は、弟分でもある剛をやんわりと諭すように言葉を被せた。
「けど、疑えば疑うほどきりがないだろ。逆に、これだけ安心できる材料が揃ってる。それに今だって、あいつが人間の五百倍の聴力があるってことを教えてくれたんだ。もしあいつがロイミュードだとして、わざわざ自分の能力を晒すような馬鹿な真似をするかな」
「それだって、俺たちを信用させるための罠かも知れないじゃんか!」
気遣いを見せる進ノ介にも剛は口調を荒げたが、今度は後ろから霧子が彼の肩にそっと手を置いてくる。
「剛……貴方の気持ちもわからなくはないけど、少なくとも今彼女に怪しいところはないの。このまま疑心暗鬼になってるんじゃ、貴方にとっても良くないでしょう?」
しかし、穏やかに宥めようとしてきた姉の手を振り払った剛が吐き捨てた。
「じゃあ、あいつを信頼して背中を預けろってのか?ロイミュードと同じコアを持ってる奴に……俺はごめんだね。どんなきっかけで本性を現すか、わからないんだからな」
最早ロイミュードアレルギーと言っても差し支えがないほどの剛には、恐らく自らが仕掛けた格闘で未来に敗北した悔しさも手伝っているのだろう。これ以上の説得は却って逆効果だと、見切りをつけるべきであった。
小さく息をついて、進ノ介が方向性の違う提案を示して見せる。
「なら、少しでも未来におかしいところがあるとわかった場合は、徹底的に調査することにしよう。裏が取れれば剛も安心だろう?俺たちが表立って行動するわけにいかないし、違和感を感じてから対処を始めるのでも遅くはないと思うんだ」
「折衷案ってわけね。そういうことなら、私も協力しやすいかも。あの子の身体は半分以上が機械だから、何かあったときは私が見ることになるだろうし。私もあの子、ちょっと詳しく見てみたいのよねぇ」
剛からは敵と見なされている未来の肩を持ちすぎるわけでなく、あくまで主導権が自分たちにあると思わせる進ノ介の考えに、まずりんなが乗った。もっとも彼女は意味深な笑顔を浮かべており、改造人間である未来を興味の対象として見る目になってはいたが。
「そうですね。それが今現在の、最大限可能な譲歩だと思います」
破綻のない同僚たちの意見に、霧子も納得して同意する。
四人中三人の仲間が意見を合わせる中で、自分一人が反対するわけには行かない。自分の我儘を通すわけにはいかないことを覚った剛は、不承不承ながらも皆に従う意思を表した。
「……ちぇ、わかったよ」