仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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FBI捜査官はロイミュードなのか -9-

 久留間運転試験場の地下には、人知れず地下空間がぽっかりと広がっている。トンネル状のそこは片方が地上へと繋がり、もう片方に当たる最深部には現代科学・工学の粋が詰まった機械的なスペースが広がっていた。

 様々な唸りを上げる精密機械と色とりどりのLEDが散らす光に囲まれたターンテーブルには、仮面ライダードライブが操る車であるトライドロンが置かれ、静かに出動の時を待っている。

 

 一見すると機械だけが支配している「ドライブピット」だが、部屋の隅に生活感が見えるのが、ここに人が頻繁に出入りしていることを匂わせた。ロフトを備え付けた出入口の側には作業用の机と椅子、各種分析に使う端末が設置され、そこで人が快適に過ごせるだけのクッションや小物もセッティングされている。

 通常であれば普段あまり人気のないこのドライブピットに、今はロイミュードに立ち向かう若い男女の姿があった。

 

「まだ博士とは連絡が取れないんですか?」

「うむ、全然ダメだ。全く反応がない」

 

 停車しているトライドロンの側に据えられたクレイドルの上で、ベルトが特徴のある声に困り顔をディスプレイさせる。彼にハーレー博士との連絡を依頼した霧子がやはり困った顔で溜め息をつくと、変身を解除して普段着に戻っている剛も呆れて言った。

 

「やれやれ。相変わらずだよな、あの爺さんは」

 

 霧子と剛、ベルトたちが額を突き合わせている一方で、端末が据えられたデスクではりんなとスーツ姿に戻った進ノ介がディスプレイを流れるデータ表示を睨んでいる。

 連続傷害事件の捜査中にロイミュードに襲われながらも撃退した進ノ介たちは、「どんより」解消後に捜査を終えてからドライブピットに集合していた。

 霧子が昨晩目撃した個体とは別のロイミュードが現れたことや、研修に来ているFBI捜査官がコア・ドライビアを体内に持っていることもあり、基地であるドライブピットに戻ってからも空気は落ち着いていない。

 

 霧子たちが何とかコンタクトを取ろうとしているハーレー博士はベルトの生前からの友人であり、最も頼れる協力者の一人だ。剛にとって父親代わりの人物であると言っても差し支えがないほど、信頼も厚い。ただし唯一にして最大の欠点は放浪癖で、必要な時に連絡が取れないことであった。

 今回特状課にFBI捜査官が派遣される話がベルトに伝えられたのも、ハーレー博士からだ。故に該当する捜査官の素性は彼が一番詳しいだろうし、直接確認が取れればそれが一番手っ取り早い。だが、そうは問屋が卸さないのが現実だった。

 

 そうなると、件の捜査官については身体を分析してロイミュードか否かを判断するしかない。

 ピット内でりんなと進ノ介が見つめているモニターには、先にタイプテクニックで得た判断材料となるデータが展開されていた。

 

「どう、りんなさん?」

「うーん……ロイミュードとは全然違うわね。かと言って、これは人間とも違う。私は医者じゃないからあまり詳しくは言えないけど、身体を構成してる物質が人間にも、ロイミュードにも当てはまらないの。ただ、コア・ドライビアを持ってるってことは間違いないわね」

 

 隣に座る進ノ介から明確な答えを求められているりんなは、困惑した表情を浮かべている。

 天才的な頭脳を持つりんなも、ディスプレイに表示される分析結果は初めて見るタイプのものらしく、即答はできかねるのであろう。

 進ノ介はボールペンを指先でくるくる回しているりんなの方に身を乗り出させ、畳みかけた。

 

「けど、誰もロイミュードになった姿を見ていないんですよ?どんよりも発生していませんし」

「そこなのよねぇ、わからないのは」

 

 どうしてもこれはロイミュードではないという結論を引き出したい進ノ介をはぐらかし、りんなはまだデータを忙しく目で追いながら考えに耽っている。

 

「いいえ。彼女がいた場所には、別のロイミュードもいたんです。重加速反応が重なって、うまく検出できていないだけかも知れません」

 

 二人の会話を聞きつけた霧子が、ターンテーブルの側から進ノ介たちの方に歩きながら言葉を挟んでくる。彼女は進ノ介と逆に、このデータにロイミュードと言えるだけの根拠があると言いたげだ。彼女の後に続く形で輪に加わってきた剛も、強く頷いている。

 

「あのぉ……」

 

 霧子と剛を加えた四名が議論に入ろうとしたとき、若い女性の声が遠慮がちにかけられた。

 進ノ介が答えようとするのを遮り、霧子がばっと振り返って短く、鋭く言葉を返す。

 

「何ですか?」

「せめて、こっちの話を聞いてくれない?」

 

 女性警察官の針の如き視線を感じているのか、女性の声はかなり下手に出ている印象の響きだ。

 やや低く落ち着きがある話し声の持ち主、つまり問題のFBI捜査官の未来は、霧子から手錠を嵌められた状態でジャスティスハンターのシフトカーが作り出した檻に閉じ込められていた。ロイミュードの動きすら封じる狭い空間であぐらをかいている女の側に、剛がつかつかと歩み寄る。

 

「進兄ちゃんの友達の偽者で、しかもロイミュードかも知れない奴の言うことなんか、信用できるわけねーだろ。そこで大人しくしてろ」

 

 看守を思わせる上から目線の剛であったが、未来はむっとした顔を隠そうともせずに真っ向から反論した。

 

「私の身元を調べたいなら、アメリカ大使館でもどこでも問い合わせてよ。何なら、本願寺課長からFBIの長官に直接聞いてくれてもいいし」

「大した自信だな。そんなのが通用すると思うのかよ」

「だーかーらぁ、私はロイミュードじゃないんだってば!私の身体、今そこで分析したばっかりなんでしょ?身体の構造がロイミュードとは違うってこと、ちゃんと科学的に証明されてるじゃない。あんたが信用してるかどうかなんて、個人レベルの問題でしょ!」

 

 ロイミュードへの負の感情も露な剛に対し、未来は理屈を並べて対抗する。端から見ると、口の立つ女子と血の気が多い男子がクラスメイト同士で喧嘩している姿にも重なるのが不思議だ。

 

「けど貴女は、人間とも違いますよね?」

「そのことについて、私に全然説明させてくれないんだから。一方的に決めつけられる方の身にもなってよね」

 

 険悪な二人の間にクラス委員然とした霧子が割り込むと、未来ふてくされたようにそっぽを向いた。

 進ノ介が彼女の横顔に昔の面影を見つけ出したのは、その時であった。

 他所へ向けた黒い瞳にほんの僅かに滲むやり切れなさと悔しさ、寂しさ。嘗て未来がクラスメイトからよってたかって苛められていた頃と、同じ匂いがした気がした。

 

 まだあどけない少女だった幼馴染は、自分の意見を口にすることを許されずに他者から責められる理不尽さを、それこそ死にたくなるほど味わっていた筈だ。そして進ノ介は傍にいながらも未来を支え切り、助けてやることができなかった。だから彼女は、転校してその場から逃げるしかなかったのだ。

 

 警察官になった今でこそわかったことだったが、進ノ介はそのことがずっと心に引っかかっていた。理不尽な苛めで傷つき、苦しんでいた幼馴染を救えなかったことを悔いていたのだ。

 幼い頃に人間の醜さを知った現在の未来が口にした「一方的に決めつける」という一言は、進ノ介の心に重く影を落としていた。

 

 今、未来はまた同じように自分の言葉で反論することを咎められ、他人から追い詰められようとしている。

 そんなことは、許されていい筈がなかった。

 

「ロイミュードかも知れない奴の話なんて、誰が……」

 

 剛が檻の中で座る未来を見下ろして突っ撥ねようとしたところへ、進ノ介が割って入る。

 

「落ち着けよ。話くらい聞いてもいいだろ?それに、もしここでロイミュードの姿になって暴れられたとしても、俺と剛がいるんだ。また抑えることぐらいできるだろう」

「お、さっすが進ちゃん!」

 

 剛の前に立ち塞がった進ノ介に、未来がおどけて見せる。

 流石に自分たち姉弟が感情的になりすぎている自覚があったのだろう。霧子が相棒である進ノ介の意見に無表情に頷いてから、未来をちらりと視界に入れた。

 

「……まあ、話を聞くくらいならいいでしょう。その代わり、少しでもおかしなことをすれば……」

「じゃあ、これ預けるから」

 

 霧子が最後まで話すのを待たず、未来が檻の隙間に何かを挿し込んだ。彼女が差し出してきたモノが完全に檻の外側へ落ちるのを待ち、一番手近に立っていた進ノ介が拾い上げる。

 

 彼が手にしたのは、黒い革のケースに入ったFBI特別捜査官の身分証明書だった。これは未来の現在を確かにしてくれる、人生を左右するほどに重要な持ち物であることは言うまでもない。

 隣に来た霧子に身分証を手渡した進ノ介は、他人が触れることすら許されないものをあっさりと差し出した未来に、驚愕の色を浮かべた目を向けた。

 

「捜査官の命とも言える身分証が手元にないなら、少しは安心でしょう?それと、聞きたいことがあれば質問してもらえれば答えるよ」

 

 しかし進ノ介には特に動じた様子も見せない未来は、けろりとして詩島姉弟の顔にも視線を巡らせた。これにはさしもの霧子も驚いたようで、進ノ介から手渡された身分証を確認することすら一瞬忘れかけているようだった。

 ここまで大胆な真似ができるのも、進ノ介や霧子、剛たちに信頼を置いている姿勢を見せる目的からなのだろう。

 

 早くも心理戦において未来に一歩先を行かれた気がする一同は、短い沈黙を作り出してしまっていた。

 その隙に狙い澄ました未来の語り口調がするりと差し込まれ、彼女の話に耳を傾けざるを得ない空気が生まれたのも事実であった。

 

「まず、私は本物のFBI特別捜査官。主に誓って、ロイミュードじゃないよ」

「それは判ってるよ」

 

 主に誓って、という言い回しが如何にもアメリカ人らしい。

 進ノ介が頷いて見せると、未来は軽く息を吸ってから次の句を継いだ。

 

「私の身体が人間でもロイミュードでもないのは……私が、元軍事用の改造人間だから」

「え?」

 

 一瞬、ドライブピットの空気が止まる。

 未来はしれっと、とんでもないことを言葉にしたのだ。

 

「か……改造人間?」

 

 普段感情をあまり表さない霧子が、大きな瞳をしばたかせながら反芻する。

 

「改造人間って……漫画とか小説なんかでよく出てくるアレ、だよな」

 

 進ノ介も似たような反応で、未来の言ったことが咄嗟に飲み込めずに自らに確認しようとする有様だ。

 改造人間とは今進ノ介が呟いたように、生身の肉体に手を加え、目的に合った身体に作り変えられた人間のことである。

 

 が、そんなものはあくまで空想上の存在に過ぎないのだ。健康な人間の身体に実験紛いの目的でメスを入れるなど重大な犯罪行為に当たるし、まず人道上でそんな行為が許されるわけもない。

 剛が進ノ介と同じ意見なのは言うまでもなく、彼は突拍子もないことを言い出した未来に食ってかかろうとした。

 

「おい。あんまりしょうもない嘘つくと、自分の首絞めるだけだぞ」

「いや、事実だから。私が普通の人間じゃないの、そこで見たばっかりでしょ。それに改造人間なんて信じられないってんなら、仮面ライダーだって似たようなもんじゃない?」

 

 未来にそう返されると、一同はぐうの音も出なくなる。

 確かに仮面ライダーも人間を変身させて超人にする夢の技術であり、常識の外側にいる存在なのだ。同じ科学の結果である仮面ライダーを認めて改造人間を認めない、というのは滑稽であり、感情論の世界になってしまうだろう。

 進ノ介たちが反論してくる空気でなくなったことを読み、未来は檻越しに皆の顔を見直してから続けた。

 

「とりあえず、最後まで説明させて。みんなも知っての通り、子どもの頃は進ちゃんの近くに住んでて、十歳まではずっと一緒に育ってきた。進ちゃんもその頃のことを覚えてるんだし、そこはいいよね?」

「ああ」

「ロイミュードは記憶をコピーできるんだ。信用できないね」

 

 未来の確認に進ノ介は同意するが、剛は一度敵と認めた女の言葉の端々が気に食わないようで、むっとしながら否定する。

 あくまで最初と同じ姿勢を貫こうとする若者を制して話の先を促したのは、未来の話に興味を持ち始めた霧子であった。

 

「それから?」

「けど大人になってから交通事故に遭って、死ぬ手前まで行ってね。助かるためには、使い物にならなくなった骨や内臓を人工のと交換するしかなかったの。当時、軍事用として極秘開発されていたパーツを使ってね。それが、今から四年前の話」

「ふむ……君は人工的に作られたアンドロイドではなく、あくまで人間として生まれた生命体をベースとした個体ということだな。確かにそれなら、人間でもロイミュードでもないその身体について説明がつく」

 

 そこまで話が進んでから、今まで沈黙を守っていたベルトが初めて会話に入ってきた。

 本体が収まっているクレイドールを動かして檻の傍まで来る様子を好奇心に溢れた瞳で見守りながら、未来が改めてベルトに挨拶を送る。

 

「その通りです。ベルトさん、でしたっけ?改めて、初めまして。貴方は進ちゃ……泊刑事を仮面ライダーに変身させる力があるみたいだけど、人工知能か何か?」

「それは後で説明する。まずは君の話を続けてくれ」

 

 彼女は喋るベルトに興味深々ではあるようだが特に驚いてはおらず、意外なほどにあっさりとその存在を受け入れている。ベルトも素直な未来へ特別説明はせずに流すと、彼女は先を続けた。

 

「んじゃ、お言葉に甘えて。私は軍事用だったわけだから、当然兵士としての戦い方を仕込まれてた。でも、ある時に軍事用から保安用に運用が変わることになって。日本で新しく設立されるある組織に、私が加わることが決まったの」

「ということは……もしかして貴女、将来的には警察に?」

 

 保安用、という単語を耳にした霧子が質問を返す。未来は困ったように檻の天井を見上げ、手錠が嵌まったままの両手を持ち上げて頬を掻いた。

 

「うーん。どういう位置付けになるかは、私も詳しく知らないから。警察に近い組織であることは間違いないと思うけど」

「でも、そうだといいな。俺たちの未来の同僚ってことじゃないか」

 

 未来が同じ警察関係者となることに明るさを見出した進ノ介から、笑顔がこぼれた。

 彼の好意的な反応が気に食わない剛は、変わらず胡散臭そうに檻の中にいる捜査官をじろりと横目で見ながら質問を続ける。

 

「で?何であんたはFBIなんかにいるんだよ」

「犯罪捜査の技術を学ぶための研修目的で、日本政府からの命令なの。FBIでは、クワンティコのアカデミーで特別捜査官の教育を受けたよ。ヴァージニア州で捜査官になってからは、特殊部隊に当たる今の部隊に配属されて……暫くしてから、グローバルフリーズが起きた」


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