仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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プロローグ

 世の中を騒がせる事件があり、それは物理的、電子的ネットワークを介して一気に拡散される。

 そして事件のあらましは、情報として世間一般の人々に共有される。

 が、誰もがその渦中に自分が叩き落とされることなど想像だにしない。

 何故なら、溢れ返る様々な情報の中に人間がいる現代では、一つ一つがもたらす印象がすぐに鮮烈さを失ってしまい、心の中に留まらないからだ。

 

 故に人々は、日常の中で優先すべき情報を記憶の表層に浮かび上がらせ、そうでないものはぼんやりとした知識としてしまい込む。

 日々の糧を得るため、仕事を持つ者たちが数字を常に気にかけるように。

 学びを務めとする若者が、習得の度合いに一喜一憂するように。

 そうやって、乾いた風が吹き荒ぶこの冬も、この世に生きる大半の者にとっては例年と同じように過ぎ行きつつあった。

 

「あー、やっとレポート地獄から解放された!な、これから単位落とさなかった記念で飲みに行こう!手伝ってくれた礼に、奢るからさ」

 

 色鮮やかなネオンに彩られた夜の繁華街の外れで、茶髪に分厚いコート姿の男子学生が解放感から大声を出す。

 彼と並んで歩いているもう一人の男子学生が、嬉しそうに頷いた。

 

「俺金欠だから助かるわ。じゃ、ゴチになりまーす!」

 

 笑顔で返した彼は、黒髪に銀縁の眼鏡という一見すると堅物そうな印象だが、如何にも軽そうな茶髪の学生とはうまが合うらしく口調は明るい。

 奢りを宣言した茶髪学生は、眼鏡が似合う友人の肩をばんばん叩きながら声を弾ませる。

 

「いやいやいや、助かったのは俺だってーの。マジで、持つべきものは友達だわ。ありがとな!」

「けど、新学期からはちゃんとやれよ。今回は手伝ったけど、それじゃお前のためにならないんだからな」

 

 やや痛そうにしながらも、眼鏡の学生は笑顔を崩さない。

 時期は二月の中旬と一年のうちでもっとも寒い頃だが、ハイテンションな若者たちには寒気もあまり気にならない。

 二人はこれから味わうレポート地獄から生還した祝いの酒の味を描きながら、賑やかに夜の街へと誘われていく。

 

「……友達が、そんなにいいか」

 

 そこへ、突如として低い声が割り込んだ。

 既にレポートの話からサークルの馬鹿話へシフトしていた二人の会話が、ぴたりと止まる。黒髪の眼鏡男子が、不審そうに辺りを見回した。

 

「お、おい……今お前、何か変なこと言った?」

「いや!俺じゃねえよ!」

 

 どこからともなく聞こえた不気味な声は、互いに全く聞き覚えがないらしく、茶髪学生も慌てて首を横に振った。二人が歩みを止めずにきょろきょろと周囲に視線を走らせると、怯えた顔同士を見合わせることとなる。

 

「うわ!」

 

 刹那、彼らの全身に奇妙な感覚が走り抜けた。

 変わらない調子で歩いていた筈の足は片方が宙に留まり、いつまでたっても地面に触れる感触がない。自然に振っていた腕も何かに絡め取られたような鈍さでしか動かせず、延々と視界に残り続けている。

 なのに、自らが上げた叫びは確かに聞こえていた。

 一方で、身体の細胞全ての重さが数倍に膨れ上がり、思った通りの場所に届かなかったのだ。

 例えるならば、濡れた砂の海を泳がされているというのが一番近いだろうか。限りなく鈍く、重くなった感覚では、一秒の経過すら気が遠くなる未来のように感じられる。

 

 まるで、時間の流れが極端に遅くなっていることをはっきりと感覚で捉えているかの如き現象ーー重加速、通称「どんより」。

 普通に生きていれば感じることはないであろう超常現象を表す単語が、二人の脳裏をよぎった。

 

--マジかよ!これって……

--まさか、どんより?

 

 茶髪の学生とその友人は、皮肉にも鮮明な思考のもとで凍りつくほどの恐怖を覚えていた。

 何故なら、この現象が起きる時は必ず、人ならぬ者が現れるからだ。

 人類を滅ぼさんとし、全世界の保安機構までが敵として認める存在。

 禍々しい機械の身体を人間に変身して巧みに隠し、様々な災厄をもたらす者。

 即ち、ロイミュード。

 

 鈍く赤っぽい金属光沢を放つ手足、硬質な外殻に包まれた胴体、歪な突起が幾つも突き出ているように見える頭。その全てが、人間とは異質であることを嫌でも思い知らせてくる。

 ネット上の噂にしか過ぎなかった機械とも生き物ともつかないモノが、二人の男子学生の目の前にその姿を晒していたのだ。

 

 夜の闇の中でネオンの光を纏い、ぬらぬらとした光を放つ長大な刀を構えて迫り来るロイミュードを避ける術が、二人の学生にある筈もない。

 小柄な者の背丈ほどもある刃をぎらりと光らせ、異形が一歩、また一歩と近寄ってくる。

 重加速が支配する世界で、彼らは視線を逸らすことすら許されない。

 ほどなく、ロイミュードは二人と並ぶほどにまで距離を詰めてきた。

 

--もう駄目だ!

 

 身体の自由が効かずとも思考は明晰という何とも皮肉な状況で、二人の若者は同時に絶望した。

 が、ロイミュードは彼らの脇をすり抜けただけであった。

 構えられた巨大な刀が振り下ろされた様子は微塵もなく、腕が動いた気配もない。

 勿論痛みもなければ、すれ違い様に何かされた様子もない。

 相反する外見を持った二人の男に、驚きが走り抜ける。

 

「ひゃっ!」

 

 瞬間、彼らは「どんより」の空間から放り出され、空気が抜けたような声を漏らしていた。

 一気に襲ってきた恐怖から脚は震え、腰砕けになって転倒しかけるが、そんなことに構ってはいられない。互いの無事を急いで確認すると、悲鳴に近い声を上げた。

 

「にっ、逃げ、逃げろ……!」

 

 背後に抜けたロイミュードの方を振り返ろうともせず、二人は脚をもつれさせながらも逃走を図る。

 が、それはたったの数歩で終わることとなった。

 彼らの胸は厚手のコートごと一文字に斬り裂かれ、ばっくりと開いた傷から鮮血が噴き出し、二人がほぼ同時に冷たい地面へと倒れ込んだからである。

 ぶっつりと途切れた悲鳴が産む静寂を埋めたのは、人間の胴体がアスファルトに叩きつけられる鈍い音であった。

 

「ふむ。まあまあか」

 

 立て続けに上がった衝撃音に、ロイミュードは満足げに頷いた。

 夜の街を賑々しく照らし続けるネオンの光を跳ね返す刃を確かめ、金属光沢を放つ手が刀を腰の鞘へ収める。

 

「二人仲良く、病院送りになるがいい。友人同士のお前たちにはそれが本望だろう」

 

 ゆっくりと去っていく異形の機械怪人がぼそりと残した言葉は、二人の青年に届いたかどうか定かではない。

 薄れ行く意識の中で倒れ伏した二人が感じていたのは、自らの胸から溢れた血が作り出した赤い水溜まりの異常な温かさだけであった。

 

 特殊状況下事件捜査課、通称「特状課」。

 警視庁の下に設けられたこの一部署は半年前のグローバルフリーズ以降、全世界に姿を現した増殖強化型アンドロイドーー通称ロイミュードが犯す犯罪を専門に取り扱う。

 課のメンバーは各所より選ばれた少数の精鋭たちによって構成され、最新のテクノロジーを携えて、日々ロイミュードたちとの戦いに挑んでいるのだ。その所在地も秘密とされ、襲撃の危険性を考慮して本庁からは隔絶された場所にあるという徹底ぶりである。

 

 ……と言えば聞こえは良い。

 実際は予算が乏しく郊外にある運転免許試験場の一室を間借りし、けったいなメカに囲まれ、単なる寄せ集めの者たちが詰め込まれているだけの島流し的な部署である、というのが、警視庁ないでの一般的な認識であった。

 しかしそれでも、ロイミュードが絡んだ事件の解決件数が日本でトップクラスであることに間違いはない。

 故に報われない哀しさがあるのだが、それでも課のメンバーたちは今日も持ち込まれた事件を解決するべく、久留間運転試験場のオフィスでミーティングを行っているのであった。

 

「連続無差別傷害事件か……」

 

 オフィスの奥に立つホワイトボードに書かれた事件概要と、びっしり貼られた現場の写真を見比べながら、若い刑事が立ったまま呟いた。

 一八〇センチを越える長身にすらりと引き締まった体躯だが、その割にどこか少年の面影を残した顔立ち。童顔に比例して黒い瞳に宿る光は熱っぽく、まっすぐな印象を見る者に与えてくる。

 彼、泊進ノ介が軽く組んでいた腕を組み直すと、赤のペンでホワイトボードにコメントを書き足していた制服姿の若い女性が頷いた。

 

「被害者は、これまでにざっと十六人。最初は二十代の若者が中心でしたが、最近はお年寄りや小中学生の被害者も出始めています。いずれのケースでも、襲われたときにはどんよりが発生していることが証言されていますし、全ての現場にその痕跡がありました」

 

 オフィスの各所に散っているメンバーの顔をぐるりと見渡す女性は、進ノ介のパートナーである詩島霧子だ。美しく整った顔立ちに細身の体格が紺色の制服と相まって、如何にも真面目そうな雰囲気を醸し出している。

 しかし霧子が一見すると華奢な女性に見えて実は射撃の名手であること、いざと言う時には男性顔負けの行動力を誇ることは、課の誰もが知ってることであった。

 

「犯人は、被害者が一人でいる時に問答無用で襲いかかってくるときもあれば、数人のグループを襲う際に何事かを言ってから襲撃する場合もある……と」

 

 霧子がペンに蓋をする傍らで、もう一人いたスーツ姿の男性が眉根を寄せる。

 ホワイトボードに書かれたのと同じ記述がある資料をわざわざ印刷して手に持っているのは、捜査一課から特状課へ派遣されてきている刑事、追田現八郎だ。

 進ノ介や霧子より一回り以上歳の離れた彼はベテランの風格を漂わせる刑事であり、現場や被害者の写真を睨む眼光は誰よりも鋭かった。

 

「被害者は全員刃物による傷を負わされているけど、今のところ死亡した人はいない。ただし、回を重ねる毎に被害の度合いは重くなってきているのが特徴だね」

 

 現八郎が手持ちの資料に再度目を落とすと、奥まったデスクに座している若い男が口を挟んでくる。グレーのぬいぐるみを片手で弄びながらも、彼は自分のパソコンのモニターから視線を離さない。

 黒縁の眼鏡に流行を無視したオタクファッションが特徴的な男は、西城究というハンドルネームを名乗る客員メンバーだ。警察官ではないが、情報収集と分析において仲間からの厚い信頼を誇っている。

 その究が発した言葉に、現八郎が改めて頷いた。

 

「そして被害者の中には、巨大な刀を持った怪人の姿を目撃してる人物もいる。どんよりと言い、その奇っ怪な怪人と言い、間違いねえ、これは鬼入道の仕業だ!」

「ロイミュード、ですってば……」

 

 すかさず、進ノ介がぼそりと突っ込みを入れる。

 最初の頃こそ特状課を格下と見、こき下ろしていた現八郎も今はすっかり馴染んでくれているが、惜しむらくは「ロイミュード」の一単語をいつまでたっても覚えようとしないところであろう。

 そんなことは慣れっことばかりに他の一同はスルーしており、別の切り口を白衣姿の女性が口にしてきた。

 

「それにしても、被害者にここまで統一性がないのは珍しいわね。何か見落としてること、あるんじゃないのかしら」

 

 初めて発言したこの女性がいるデスクには、作りかけと思しき機械の部品と細かいネジや電子パーツが散乱している。

 頬杖をつきながら少し気だるそうに喋る、おおよそ警察には不似合いなイメージがある彼女は沢上りんなだ。りんなも立場上は究と同じだが、いつも機械にしか興味を示さない彼女が事件内容に触れてくるのは珍しいことであった。

 りんなの指摘に、霧子が小首を傾げて腕組みする。

 

「被害者は性別、年代、住所、襲われた時間と場所も、本当に全てがばらばらですね。確かに共通性が無さすぎることに、疑問はあるんですが」

「うーん。通り魔的な犯行、ってことなのかな?」

 

 合わせて、究も宙を睨み考えを絞ろうとしていた。

 彼らがホワイトボードから目を離したの入れ違いに、進ノ介がびっちりと並べられた写真や文字へ注意を向ける。

 連続無差別傷害事件が最初に発生したのは年明けの一月四日で、被害者は会社帰りのサラリーマンだった。二十代半ばの彼は同僚と酒を飲んで深夜に一人で帰宅するところを襲われ、右腕を十針ほど縫う傷を刃物で負わされている。

 二件目はその十日後の一月十四日、三人連れの女子大生が夕方にキャンパスの外れで襲われ、三件目の被害者は一週間後に早朝にジョギング中の初老の紳士、四件目では六日後の夕刻に買い物帰りの主婦二人連れと、徐々にその間隔が狭まってきているのがわかる。

 

 しかしやはり気になるのは被害者の選び方で、殆ど手当たり次第に見えると言っても差し支えはなかった。

 通常、ロイミュードは憎しみや恨み、悲しみなどの強い負の感情を核として人間の姿をコピーする。故にその人物が抱いていた特定の場所や人物、出来事などに対して執着を見せることが多い。

 が、それに当てはまらないとなると、今度は「犯罪」という行為そのものに関心を持っている可能性が高いことになる。もし人間を刃物で傷つけるのが何にも勝る快楽だと感じているタイプなら、根が筋金入りの犯罪者に近いと考えるべきであろう。

 

 そしてその傾向は人間の一生の中で、数日のうちに突然表れる類いのものではない。何年も前から、兆候が認められる人物がロイミュードになったことは間違いないのだ。

 進ノ介はそこまで考えをまとめたが、先に現八郎が口にしていたことがふと引っ掛かっていた。

 

「そう言えば現さん、犯人はグループを襲う際に何か言ってたって、話してませんでした?」

「ああ。友達がどうとかって、複数の被害者が聞いているらしい。はっきりと聞いた訳じゃねえから、聞き間違いかも知れないってことだが」

「友達?でも、そのロイミュードと知り合いの被害者がいるわけじゃないんでしょう?」

 

 現八郎が進ノ介の問いに手元の資料をぱらぱらとめくって答えながらも、不審そうな表情を隠していない。

 誰かを傷つける前に「友達」などと発言する犯人など、聞いたことがなかった。

 考えようによっては重要な手がかりとなることではあろうが、今の段階ではまだ何とも言えない。

 

「今のところ、被害者の中に襲われる心当たりがある人物はいないとのことですが……もしかしたら、そこに鍵があるのかも知れませんね。被害者の人間関係について、もっと詳しく調べるべきじゃないでしょうか」

 

 進ノ介が現八郎と同じ考えに至り唸ろうとしたところで、霧子が提案を示す。

 それを合図として、今まで黙って皆のやり取りに耳を傾けていた課長の本願寺が口を開いた。

 

「まあ、何にしてもですねぇ。うちにこの事件が回されてきたからには、これ以上の被害を出すわけにはいきませんから。犯人のロイミュードが誰に化けているのか、それを探るのが手っ取り早いと思いますけど……」

 

 本願寺も立ち上がってホワイトボードの被害者の写真を睨みながら、指先を薄くなった髪に埋もれさせて言葉を切った。

 特状課をまとめる本願寺は警察での職務歴も長く、現八郎以上のベテランだ。警視という立場であり現場の捜査にあまり立ち入らず、基本的にはメンバーの主体性に任せるという方針を貫いている。

 

 もっともそれが行き過ぎてしまい、単なる放任主義であると陰口を叩かれることも少なくはない。しかしそれでも最後の一手はきちんと押さえているのが彼であり、皆からの信頼がある人物である。

 しかし一目置かれる上司としては引っ掛かるのが、暇さえあればガラケーの占いサイトを確認し、その日の行動の目安にすることであろう。

 その本願寺が占い云々と騒いでいないのを目の当たりにした現八郎が、不安そうに進ノ介の腕をつついて囁く。

 

「おい……珍しく課長、やる気でいるぞ」

「……朝飯に、何か変なものでも食べたんですかね?」

 

 進ノ介も戸惑いを隠せないようで、現八郎に答えつつ傍の霧子にも目配せした。

 霧子もまた不審そうな色を瞳に浮かべて本願寺を凝視しているが、そこには更に驚きの展開が待ち構えていた。

 

「現さんと泊ちゃんは被害者の人間関係の洗い出しと訊き込み、霧子ちゃんは証拠物品の詳細調査、究ちゃんはネットでの関連性が高いと思われる話がないかどうか、りんなちゃんはどんよりのデータからまだ何か出てこないかどうかを、それぞれ当たってくれます?」

 

 とりあえず新しい事件の担当となった今は、本願寺の占い趣味は出てこなかったようだ。

 珍しく具体的な指示を出してきた上司に、特状課のメンバーが緊張して応える。

 

「は、はいっ!」

「了……解しました!」

「うん、よし!今日の私の星座では、迅速な行動がラッキーってことですからねぇ。午後にどんな幸運が待ってるのか、楽しみですよぉ~」

 

 そこでうきうきと自分の二つ折り携帯を開いた本願寺は、やはり平常運転であった。


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