拒絶の血、光抜の速鬼   作:鏡狼 嵐星

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さて四話目(時系列上三話)です。
設定などわからない点があれば質問ください。


鬼の目覚めと雷の初恋

真っ黒な景色が少しずつ明るくなるような感覚。そのまぶしさから少しだけ目を開いて、見えるものを確認する。

 

「知らない天井だ……」

 

見たことがない和室風の一室。体を起こそうとして、右半身の謎の痛みによって、起きることができずに布団の上に戻る。気絶する前の記憶をたどり、右腕に呪刀の一撃を食らったことを思い出す。その右腕の感覚はわずかにしか感じられず、動きもぎこちないものだった。その確認をしている途中にふすまが開き、誰かが入ってくる。

 

「起きたのか?」

 

「……アザゼルか」

 

「呼び捨てにすんなよなぁ……もう慣れたがよ」

 

少し不満そうな顔だったが、隣に座り、彼の右腕を持ち、眺める。俺が苦い顔をしているのも無視している。

 

「お前なぁ、姫島家は五大宗家なんだぞ? しかも呪いに対しては頭一つ抜けてるんだよ。それをこんな荒療治でかたずけんな、バカ」

 

頭に手を置かれてわしわしと乱暴に撫でられる。

 

「お前は俺の親父か」

 

「ああん? お前には父親にふさわしいやつがいるだろうが。今回もあいつの治療のおかげで大事に至らなかったんだからな」

 

アザゼルが腕を戻しながら、ため息を含みながら言うと、眉をひそめた。

 

「響さんが来たのか?」

 

「たまたま近くにいたんだそうだ。まぁ、今頃モンゴルあたりにでも行ってるんじゃないのか? 千秋にケルト神話のやつにあってみたいとか言ってたらしいしな」

 

「……いつも通りだな」

 

『最上に自由奔放を謳う妖怪』とまで言われた、自らが思うがままに生きる妖焔山設立者に苦笑いそれから何回かが出てしまう。柴死雲外鏡という妖焔山にて最高の漢字の数である五つの漢字を持つ彼は、もう一人とともに妖焔山を作り、基盤を固めた時からふらっと旅に出てしまったのだ。それからほんの時たまにひょっこりと顔を出すという始末になったので、彼の唯一の弟子である鬼子母神である母様がその組織を任される形になってしまっている。最初の頃は気に入らなかったのだが、帰ってきた日にそれ相応といっていいほどの仕事を毎回するので、次第にそんな気持ちもなくなっていた。

 

「俺の神器研究にも口出していきやがった。しかも、それを実行した瞬間に失敗し続けてたのがいきなり成功するから無性に腹立つんだよなぁ」

 

それから何回か愚痴られてしまっている間にまた誰かが入ってきた。アザゼルよりも老けて見える堕天使の男だった。

 

「はじめまして、と言ったほうがいいのかな。私はバラキエル。君が助けてくれたのは私の妻と娘なんだ。心から感謝している」

 

「頭を下げる必要なんて必要ない。神社が必要な俺たち妖焔山から見れば巫女を失うのは得策ではないと判断しただけだ。礼を言われる筋合いはない」

 

「それでもだ」

 

頭を下げられることに対してはあまり何も思っていない。自分が思っていることに何も偽りはないからだ。

 

「治療用の神器(セイクリット・ギア)を一応持ってきたが、いらなさそうだし、俺は帰るぜ」

 

アザゼルが立ち上がる。いつもならもっと愚痴を聞かされるので、不思議に思った。

 

「やけに帰るのが早いな」

 

「おれがバラキエルに無理してもらってるせいで、朱璃からの評価が悪くてなぁ。あったら何言われるかわかんねぇからな」

 

翼を翻し、瞬間的に消える。アザゼルの言ったことからことから、ふと気になることを思い出した。

 

「バラキエルさん、だったな。あんたの奥さんと娘さんはどこに?」

 

「離れにいる。妻はまだ寝ているので、朱乃が隣にいてくれている」

 

「けがの状況は?」

 

「君と同じ状況といっていいのだが、朱璃は人間でな。耐性があまりないから、君より回復が遅い状態だ。だが、大事には至っていない」

 

思わず安堵の息を吐いてしまう。自分がやったことが無駄になることにならなかったこと、妖焔山の助けになることが達成できたことができたことにたいしてだ。

 

「君は妖焔山の妖怪らしいな」

 

「あぁ、そうだが、それがどうした?」

 

「君らの本部は京都にあるし、支店である場所からもあまり近くない。なぜ君がここに?」

 

「俺の仕事はここら一体の監視、危険人物の排除だ。だからそれを実行した」

 

妖焔山において、仕事を受けられるようになる条件は一つ。年齢が十三歳を超えること、ただそれだけだ。妖怪にとっての成人は十三歳であること、力の伸びがよくなるのがこの時期からで圧ことなど、様々な理由はあるがそれが条件だ。

 

「……」

 

ちらりとふすまを見ると、そこに隙間があり、そこから一つの目が見えていた。

 

「お前、何してるんだ?」

 

俺が声をかけると、びくっと体を震わせたのか、目が見えなくなる。それに反応したのはバラキエルだった。

 

「朱乃? 何をしているんだ、入るなら入りなさい」

 

「……」

 

少し間があったが、そろそろと入ってきた。その表情はなんというか不満そうだった。

 

「何か俺にいたいことでもあるのか?」

 

てっきり俺は自分に何か言いたいことがあるのかと思っていた。だが、俺と目を合わせると、なぜか微笑んできた。そしてその笑みを父親に向けた。

 

「あ、朱乃?」

 

こちらを見ていないはずなのに後ろに黒いオーラが出ているのがわかる。

 

「お父さん、お母さんをみてきてくれない?」

 

「な、なぜだ?」

 

「いいから」

 

無言の圧力でバラキエルさんが退室せざるを得なくなり、二人きりになる。

 

「……ねぇ、なんであんなことが言えるの?」

 

雰囲気から彼女が俺にやめるように言ってきたときに言った返事についてだろう。

 

「俺が経験してきたことから考えた俺の結論。それ以上でもそれ以下でもない」

 

かつてのあの事件から俺がわかったことそのもの。むしろほかの意味がない。

 

「死んじゃうのは怖くないの?」

 

「怖くないわけじゃないが、怖がったら何もできない」

 

その言葉を聞くと、いきなりその両眼に涙をためだした。いきなりすぎて一瞬呆けてしまったが、思わず起き上がる。

 

「お、おい、どうした!?」

 

彼女は俺の手を取り、ぽろぽろと涙を俺の手に落としながら、嗚咽交じりに言った。

 

「お、おかあ、さんをぉ、たずけてくれてっ、ありがとぉ」

 

「わ、わかったら泣くな」

 

女の泣くという行為は想像以上に大変だ。幼馴染に一人女がいるのだが、そいつの相手をしているからわかっていた。

 

「きみもぉ、痛かった、よねっ?」

 

「お前が気にすることはないから安心しろ。あくまで俺の失態だから」

 

「でもっ、でもぉ~」

 

我慢していたものが決壊するように大泣きをし始めたので、どうしたらいいかわからないわけじゃない。こういう時幼馴染にしていることがあるのだが、それをしていいものかと悩んでいたが、悩んでも仕方ないと結論付けた。

 

「落ち着け」

 

まだ動く左腕で、体の左前に立っている彼女を抱きしめる。ふぁっ、と声をあげるが、無視する。

 

「お前に何も責任はない。俺が戦って、自分でけがをしたんだ。自業自得だから、お前は笑顔を見せてやれ。そのほうがお前の両親もうれしいだろうさ」

 

頭をなでながら、泣き止むまで言葉をかけてやる。こうすれば落ち着いたことが多かったがゆえだった。少しすると優しく俺に抱き着いた。母親を失うかもしれなかった状況と目の前で起きた殺し合い。俺と変わらなそうな年だったが。俺が異常なだけで、普通ならあんな戦いを見て泣きさけばない時点で強い。俺はそう自覚はしていた。

 

「あ、あぁぁ、あああぁあっぁぁぁぁ……!!」

 

押し殺していた声までもが広がり、年相応の声をあげて泣いた。こうなってしまってはしばらくこのままだなとため息を吐きたくなった俺だが、外に通じる方のふすまの隙間から、一匹の鼬が入り込んできていた。

 

「お前、颯也(そうや)の使いか?」

 

「そうでございやすぜ、日向雅の旦那」

 

俺の友人には鎌鼬の矢武(やむ)颯也という人物がいるのだが、魔力を持っている鼬となれば、そいつが関係している可能性が大きかった。その通りだったが。

 

「颯也の主人から伝言を預かってやすぜ。『体験でここまでする馬鹿がいるか、千秋様がそっちに向かってるからおとなしくしとけ』と」

 

「母様が!?」

 

今回は本当は仕事ではないし、俺は十三を超えてすらいない。上の決めたことで、実力などが問題ないと判断された人物は軽いものを体験することができるのだが、俺はそれをしていたのだ。あくまで内容は監視だけだったので、俺がした行為は普通では正式に妖焔山に入ったものがするっべき仕事ではある。

 

「では、あっしはこれで。今後とも主人をごひいきに」

 

するりと隙間を抜け、鼬は消えた。数分の間、朱乃をなでつ透けていると、どたどたと音が聞こえて、通路側のふすまが開く。

 

「随分と無茶をしたようですね、日向雅」

 

明らかに不機嫌な母様のお出ましだった。

 

「はい」

 

「あくまで監視だったはずですよね?」

 

「はい」

 

「今回のことは明らかに違反行為ですので罰を受けることになります、わかっていますね?」

 

「……はい」

 

母様の言っていることに何も間違いはない。今回は完全に自分の責任だ。助けを呼べばよかっただけの話だ。わざわざ俺が戦う必要はなかったはずなのにそうしたのは俺だ。

 

「待ってよ!!」

 

そのとき、俺に抱き着いていたはずの朱乃が母様に対峙するように立った。泣いた後の真っ赤な顔のまま。

 

「日向雅くんは私とお母さんを助けてくれたのに、なんで罰を受けなきゃいけないの!?」

 

「おい!?」

 

確かに朱乃から見ればこういうのは当たり前だ。だが、今回の問題は組織がかかわってくる。それでは話が変わってくる。

 

「あなたがバラキエルさんの娘さんですか?」

 

「……お父さんはお父さんじゃないもん」

 

ほほえみ問いかけた母様にほほを膨らませてそっぽを向く朱乃。こんなことで気分を悪くはしないだろうが、母様は怒るときは怒る人だ、少々怖い。

 

「そんなことより、日向雅くんが罰を受けるなら私が代わりに受ける!」

 

「おおい!?」

 

さらに爆弾発言を投下した。

 

「ほう、あなたが日向雅の罰を肩代わりすると?」

 

「うん」

 

勝手に話が進んでいく。俺がやめさせようと口を開いた瞬間、

 

「いいでしょう」

 

母様が了承してしまった。これはまずい。母様は妖焔山では間違いなく良心の塊と言われてもおかしくないほどの優しい人だが、メリハリはしっかりとつける人だ。罰は相当につらいものに間違いない。

 

「では……」

 

母様は人差し指を一本朱乃の前に突き出した。

 

「一か月、日向雅を看病なさい。その間、日向雅に無理な運動をさせないこと、おとなしくさせること、この二つを約束してください」

 

俺は自分の耳を疑った。まさか、母様がそんな罰を……ん?

 

「日向雅は一か月の間、どんなトレーニングも禁止です。もちろんどんな小さなことも」

 

「いっ!?」

 

思わず変な言葉が出てしまった。俺の日課で一日の三分の一近くを鍛錬にしている。ほかにやることがないだけなのだが、それができないとなると、かなり困る。

 

「私だってあまり罰は与えたくないですよ。事情は師匠から全部聞いています」

 

それで合点がいった。鼬がここに来る速さ、母様が来た理由。近くに置いてあった時計から一日もたっていないこてゃ確認済みだったので、早すぎると感じていたのはあった。

 

「今回はこれで不問にします。いいですね?」

 

「は、はい」

 

「よろしい」

 

俺の様子を見てひと笑いした母様は原木エルさんの妻である朱璃さんに会いに行くと離れに行った。去り際に明野の耳に何かをつぶやいて。

 

「日向雅くん!!」

 

「うお、どうした?」

 

「か、介護頑張るねっ!! ご飯作ってくる!!」

 

なぜか相当張り切っている様子でヘアの外に出て行った。何がどうした?

 

 

 

 

 

私は離れのふすまを開けて中に入った。

 

「お久しぶりです、バラキエルさん」

 

「ち、千秋殿!? 早いお付きで」

 

布団の隣で驚いた表情をする彼の横に座って、朱璃さんの顔を覗き込む。少し苦しそうだが、顔は血の気があって大事ではなさそうだ。

 

「日向雅をしばらくお願いしたいと思いまして、ここに来ました」

 

「彼を?」

 

「はい、ほかのことは娘さんに聞いてください。……そもにしても日向雅はやるようになりましたね」

 

バラキエルさんは何を言っているのかわかっていない顔だった。まぁ、もちろんそうだろう。

 

「あなたの娘さんが泣いていたみたいなのですが、それを抱きしめて慰めていたようでしたよ」

 

「んな!?」

 

「一応彼女にはこうも言っときましたよ、『日向雅を好んでいる幼馴染がいる』と」

 

バラキエルさんが娘をぉぉぉなどと叫んでいるが、それを後ろに聞きながら朱璃さんに一回礼をしてから離れを去った。さて、夏箋(なつふだ)にどう言い訳しましょうか。

 


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