5人のシンデレラ達の話   作:krowknown

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第七話 君の名は

 高校卒業と同時に俺は双葉家から出た。

 もちろん、別に嫌になったからとかではなく仕事場がそこから遠いからだ。

 大学には行かずに働くことを選択した俺は、就職活動をしていたが簡単には見つからず焦りが出てきたころ、陽子さんが昔の伝手で紹介してくれたのだ。

 場所が場所だけに多少悩んだが、結局はそこで働かせてもらうことにした。

 今住んでいる場所は宮城県だ。

 その県庁所在地でもある仙台市に俺は今、アパートを借りて一人暮らしをしている。

 家を出るときに、杏ちゃんには学校でのお礼を言われた。俺も杏ちゃんの事を言えないぐらいには、隠すのが下手らしかった。

 杏ちゃんは道内で、い1・2を争う頭の良い学校に進むことになった。

 めんどくさいけど将来の自分を楽させるためにと頑張っていた。受験勉強は俺も手伝い、毎日一緒に遅くまで勉強をしたのは今となっては良い思い出だ。

 この仙台に移住してから、今年で3年となるが、長期休みには必ずといっていいほど杏ちゃんが遊びに来る。なので、この小さなアパートの一室の角にはアメが大量に保管されていたりもする。

 よくあのめんどくさがり屋の杏ちゃんが、毎回宮城までこれるのか不思議だ。

 スーツへと着替える中、テレビに映っているアイドルを見る。

 765プロという会社のアイドルが、最近目覚ましい活躍をしている。アイドルなだけあって、やはり個性的で可愛らしい。一般の人とはやっぱり一線を駕すだろう。しかし、このようなアイドルをテレビで見るたびに思うことがある。

 うちの杏ちゃんだって、負けていないんじゃないかと。

 一回、俺と杏、陽子さんの三人でテレビを見ている時にアイドル特集があり、杏ちゃんにその言葉を投げかけたことがあった。褒められ慣れていないのか、俺と陽子さんでずっと言っていたら、顔を真っ赤にして部屋へと籠ってしまったことがあった。

 あのビジュアルなら、なんだっけな・・・・・・そう! S級アイドルになれると思うんだけどな。

 仕度を終え、火元の確認をして、家を出る。

 今は5月の半ばで比較的に過ごしやすい。陽気な日差しを浴びながら仕事場へと俺は向かう。

 

 今日も今日とてみっちり絞られた。

 昼休みの休憩。

 昼食をいつも通り1コイン以内に収めて、近くの公園のベンチで時間までゆっくりする。ここは指定の位置でなら煙草を吸ってもよい公園だ。

 20歳になり、頻度は軽いが煙草を吸い始めた俺としてはありがたい。

 朗らかな日差しを浴びて、午前中のストレスを発散する。ここ最近になって、直属の上司である佐久間さんの機嫌が悪い。

 佐久間さんは俺が入社した頃からお世話になっており、普段は寡黙だが仕事一筋で面倒見のよい先輩だ。だけどここ数か月、あの人の怒鳴る姿をよく見る。

 前はしなかったミスも、ちょろちょろやってしまい、ウチの部署は空気が重くなってきている。

 貴重な休み時間に、自分からネガティブな思考に陥ってしまっている。あー杏ちゃんと話がしたいなぁ。あのマイペースさを俺にも少し分けてほしい。

 少しの間、ぼけぇ~っと空を眺めているとポケットに入っている携帯から音が鳴る。

 昼休み終了の20分前だ。

 今日はなんだかもう一本吸いたい気分だ。幸い早めにアラームを設定しているので、あと一本吸ったら会社へと戻ろう。

 そこから吸い始めて少し経った時に、横から声をかけられる。

 

「あの、さっき水道で顔を洗われてましたよね? 眼鏡置きっぱなしでしたよ」

 

 その言葉を受け、手を顔に持っていき確認すると言う通り眼鏡をかけていなかった。親切に教えてくれた人に向き直り、お礼を言おうとするが、横に立っていたその人の顔を見て口にくわえていた煙草を落としてしまう。

 

「・・・・・・結衣?」

 

 今、目の前にいる彼女は俺が前の世界で愛し、事故で死んでしまった女性と同じ顔をしていた。自然と口から前の彼女の言葉が出てしまう。

 あの時の、絶望や悲しみが一気にフラッシュバックする。昔は負の感情だけしか思いだすことはできなかった。だが、今の俺はあの幸せだった時も同時に思いだせる。

 決して無駄な出会いじゃなく、あの時間は確かに意味のあるものだったのだ。

 

「私はまゆですよ♪お兄さん」

「ああ。そうだよね・・・・・・ごめんな、あまりにも君が昔の友人と似てたからさ。もう大丈夫だよ」

「まゆはあなたが大丈夫そうには見えないです。大丈夫ならなんで泣いてるんですか?」

 

 眼鏡の時と同じで、彼女に言われてから自分が泣いていることに気づく。

 自分で過去の事だと折り合いをつけられたと思っていた。だけど、目の前にその彼女と瓜二つの顔の少女が現れただけで、この様である。

 俺は弱いな。

 

「泣かないでください。今はまゆが慰めてあげますよ」

 

 俺の座っている横に腰かけ、ポケットからハンカチを取り出し涙を拭ってくれる。

 先ほど合ったばかりの見知らぬ人に、ここまでしてくれるなんてこの女の子は出来た子だな。女の子にお礼を言いながら、落ちた煙草を拾い灰皿に捨てる。

 

「ありがとね。大人なのに慰めてもらっちゃってなんか恥ずかしいな。でも、おかげで色々と吹っ切れた気がするよ」

「ならよかったです♪」

 

 そう言ってニッコリと笑う彼女に一瞬ドキッとしてしまう。

≪ポン≫

『佐久間(さくま) まゆ 16歳‹二人目のシンデレラ›

 153cm 40㎏ B型

‹性格› 

 優しい 温厚 負けず嫌い 

‹感情›

 興味 65 喜び 40 怒り 0 悲しみ 0 愛情 20 

‹最近の一言›

「まゆは運命を信じます」』

 

 機械的な音と同時に、脳内に目の前にいるまゆちゃんのステータスが表示される。

 注目する点が多すぎて、一瞬思考停止してしまうが、まず興味65という数値は結構高い。50越えをあまり見ないので、いまのまゆちゃんの多分俺に対する興味はすごいのだろう。

 それに、杏ちゃんの時は後々気づいたが、最初は無かったシンデレラという称号が新しく付けられていたが、今回は最初から判明してしまった。

 それに愛情が20もあるというのがおかしい。

 愛情の基準が杏ちゃんしか分からないが、それだって双葉家を出る2年間とそれからを積み重ねてようやく35と家族愛? が増えていったというのにいきなり20である。

 頭がパンクしそうだが、突然黙った俺にまゆちゃんが心配そうな顔を向けてくるので、タイムリミットまで残り五分しかないが、少し探ってみよう。

 

「まゆちゃんは、今日学校は休みなの?」

「・・・・・・・? どうして、まゆの名前を知ってるんですか?」

「いや、自分で自分の事をまゆって呼んでるからそうかと思ったんだけど、違ったかな? だとしたらごめんね」

「あっ、そうですねぇ。まゆ自分で言ってました。佐久間まゆって言います。まゆって呼んでください」

 

 しっかりした子だと思っていたが、意外と天然系なのだろうか。佐久間さんと呼ぶと、会社の上司が出てきてしまうので、名前で呼んでしまったが本人は気にしてなさそうだった。

 

「それで、学校の事でしたよね。今日はまゆの学校は振り替え休日で休みなんです。だから気分転換に外で編み物をしてたらあなたに気づいて」

「そっか。でも助かったよ。危うく眼鏡を忘れるところだったよ。まあ伊達だからそこまで困んないんだけどね」

 

 伊達の眼鏡ということには気づかなかったのか、まゆちゃんは少し驚き、俺の言い方に笑ってくれた。

 

「じゃあ俺はもう行くよ。昼休み終わっちゃうからさ」

「あっあの! もし良かったら名前教えてくれませんか?」

「そうだね、俺だけ言ってなかったね。俺の名前は朝倉優也だよ」

「・・・・・・優也さん・・・うふ♪ まゆの事はそのまま、まゆって呼び捨てで良いですよ」

 

 頬に手を当てて微笑むその姿は、16歳の女の子とは思えないほど妖艶に映った。

 

「じゃあまゆ?」

「はい。まゆですよぉ」

「今日はありがとね! それじゃあまた会えたら」

 

 最後にお礼だけを言って、立ち去る。

 まゆがうしろで何かを言っていたが、今日の残業がかかっている俺は全力疾走ゆえに聞き取ることは叶わずに会社へと向かった。

 たまたま出会った縁だが、なぜか約束をせずとも、まゆとなら俺は結構すぐに出会える気がしていた。

 午後の仕事は、昼休みに間に合う間に合わない以前の問題でハードなものだった。

 部署のみんなと助け合いながらも、終わったのは午後21時をまわった頃。明日が休みということもあり、みんなで「朝まで呑むぞぉ」と思いを一つにして退社する。

 上司の佐久間さんは、予想通り誘ってもまだ仕事があるということで来なかった。今日のノルマは終わっているはずなので、明日の調整などをするのだろう。その真面目さは前と変わっていなかった。

 

 

「しかし佐久間部長も、本当に変わっちゃいましたよねぇ。なんか嫁さんに逃げられたとか噂が出てますけどどうなんですかねー。って聞いてますか朝倉先輩?」

 

 後輩の吉田が俺に向けて話しかけてくるが、俺は別の事に意識をもってかれていた。

 

「本当にごめんな。用事ができちゃったから、今日はお前らだけで呑んでくれ!」

 

 後輩の吉田や、同期の奴らもガヤガヤ言っていたがそれをスルーして駆け出す。

 まだここは会社のすぐ近くの通りだ。

 そして俺が昼休みに休憩する公園もここにある。何の気なしにその公園を見てみれば、公園の電灯に照らされベンチに座っているまゆがいたのだ。

 服装が昼と変わっていないから、もしかしてずっとここにいたのだろうか? 16歳の女の子が、5月とはいえ21時に公園で一人でいるのは、さすがに危険だ。

 あちらも遠目から俺の事を、見つけていたのか近づくにつれて笑みを浮かばせる。

 

「こんな夜遅くに一人で公園にいたら危ないぞ?」

「だって優也さんが、最後まゆの言葉を聞いてなかったから、もう会えないと思っちゃったんです。なので、ここでお仕事が終わるまで待っていたら、気づいてくれると思ってずっとまゆはここにいました」

 

 昼からずっとここにいたことを、本当に苦と思っていないのだろう。笑顔でそう言い切るまゆは、嘘を言っているようには見えなかった。

 

「いや、ごめんな。昼の時は会社に遅れそうで焦ってたから・・・・・・。もし良かったらなんて最後に言ってたのかもう一度言ってくれるかな?」

「それは秘密です♪ 今こうしてまゆは優也さんと話せているので、お願いは叶っちゃいましたよ。うふふ♪」

「ど、どうしてまゆは、そこまで今日会った俺の事を気にかけるんだ? どっかで前に会ったことあったっけ?」

 

 まゆの雰囲気に圧されて、俺の調子がくるってしまう。

 初対面での俺でも分かる好意を向けられてしまったら、さすがの俺も怪しんでしまう。それがたとえ前の彼女と似ていたとしても。

 もしかしたら、俺の存在がこの世界に生まれる前に会っているのかもしれない。芽生えた疑問を投げかけるが、当のまゆは頬に手を当て笑みを浮かべるだけだ。

 

「優也さんは、運命って信じますか? まゆは今日運命があるって確信しました。普段なら男の人には自分から関わらないんですが、今日だけはなぜか自分から動いてしまったんです。そしたら、あなたと出会いました」

「うっ運命か・・・・・・」

「そうです。運命ですよぉ・・・・・・でも、一目惚れでもありますよ」

 

 最近の子はこんなにも恋愛に積極的なのだろうか。

 一目惚れというものを、そもそも知らないので何とも言えないが昼に見たステータスが間違ってるとも考えにくい。

 本当にまゆは、俺に恋心を抱いてしまっているのだ。

 自分の事ながらひどく落ち着いている。

 俺に惚れた相手が、学生の女の子だからなのか、死別した彼女と瓜二つの顔を持っているからなのかは分からないが。

 

「君みたいな可愛い子に、そんなこと言われると俺としても照れちゃうけど、まずは家に帰ろう。親御さんもきっとまゆを心配してるよ」

「心配ですか・・・・・・きっとしてもらえないですよ」

 

 一瞬、表情に影が落ちるがすぐに戻る。

 家庭環境に何か問題があるようだが、そこまで俺は介入できないので深く聞くことはしない。

 

「じゃあ行きましょう?」

「——えっ? どこに行くんだ」

 

 唐突にまゆは俺の袖口を掴み、歩き出そうとする。

 目的地も分からずに連れていこうとする彼女に尋ねるが、まゆはその顔をキョトンとさせさもその質問の意図が分からないといった表情をして答える。

 

「家に帰るんですよ? 優也さんが送ってってくれるんですよね」

「いや・・・・・・でも、さっきは帰りたくない感じだと思ったんだけど」

「じゃあ、まゆをあなたの家に泊めてくれるんですか? まゆは優也さんを困らせたくないから帰るんですよ」

 

 そう言うと、年相応な笑みを浮かべて歩き出す。

 まゆと会ってからまだ一日も経っていない関係だが、最近会っていない杏ちゃんと似た、どこか放っておけない雰囲気を持っている。

 彼女をスルーできる精神力が俺にもあればいいのだが、もちろんそんなことは出来るわけもなく、少し前で振り向き、待っている彼女の方へと歩き出すのだった。

 

 今日出会った不思議な女の子、佐久間まゆ。

 杏ちゃんとは違ったベクトルの『シンデレラ』は、いったい俺をどんな運命に導いてくれるのだろうか? 

 

 

 

 

 




今日は、これで最後の投稿です。
ご意見、ご感想頂けましたら幸いです。

良い夢を(´_ゝ`)

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