5人のシンデレラ達の話   作:krowknown

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第六話 先生

 テレビで特集されていた通りなら、担任に話を通した方が早いだろう。学校側に協力してもらえれば動きやすくなる。

 杏ちゃんの兄という肩書で、昼休みの時間に会う約束をなんとか取り付けた。

 もし俺一人だと会話の席を設けることが無理そうだったら、陽子さんに事の次第を話して、一緒に行こうと考えていたがそれは気鬱に終わった。

 十二時半からの約束なので、その一時間前には家を出る。

 もし学校まで辿り着けなかったらお笑いものだ。詳しいことを聞かずに、学校の大まかな位置を教えてくれた陽子さんには本当に頭が上がらない。

 天気予報の通り、雨雲がどんどんと空を覆っていく。

 約束の20分前には、学校に無事到着をしていた。給食の時間だろうか、生徒の元気な声が聞こえてくる。電話で伝えられた職員玄関の方に向かう。

 途中、すれ違う生徒もいたが皆一様に元気な挨拶をしてくれる。約束の時間が後少しとなったところで、こちらに駆け寄ってくる、スーツ姿の青年がいた。

 

「どうもこんにちは! 杏さんのお兄さんですよね?」

「はい。この度は忙しい時間を割いて頂きありがとうございます」

「あっ、これはどうもご丁寧にありがとうございます。杏さんの担任をさせていただかせています、担任の森と申します。ささ、立ち話もあれですので部屋を用意させてもらってますのでそちらへ行きましょう」

 

 杏ちゃんの現状からして、もっと職務怠慢な教師が出てくると思ったら、なんともまあ元気の良い好青年が出てきた。

 前の世界では俺の方が森先生の初々しさを見れば年上だと思うが、この世界では森先生の方が年上であり、杏ちゃんもお世話になっているので丁寧にあいさつをする。

 来校者用のネームプレートを付けて、空き教室に通される。

 

「それで、お話と言うのはなんでしょうか?」

 

 向かい合った机に座り、森先生は自身の前で両手を組ませながらそう切り出してきた。

 

「最近、うちの杏が元気がなくてですね。そしたら部屋でこんなものを見つけたんですよ」

 

 俺は相手の出方を見るなどを、全部すっとばして例の答案用紙を机の上に広げる。

 森先生は、初めは何だか分からそうに確認していたが、次第に現状を――俺が何を話に来たのかを理解したのか、驚きの表情を浮かべている。

 もし今の表情が演技なら、この人は俳優になった方が良いだろう。

 この人は、いじめを認知していないのか? 

 でも、杏ちゃんが不登校になっていた時に学校からの連絡は無かったはずだ。だから知っていて、見逃しているものだと思っていたんだけどな。

 

「森先生は、知らなかったんですか?」

「えっとですね、私自身恥ずかしながら、非常勤講師でしてこの学期から担任を受け持つことになったんですよ。前任の先生が急遽、病状が悪化してしまったらしくて」

 

 そういうことか。

 前任の先生は間違いなく杏ちゃんのクラス内のいじめを知っていたはずだ。でも、これは逆に好機と考えていいだろう。

 間違いなく前任の人よりも、今の先生の方が空回りしないか心配になるが力になってくれそうである。

 クラスの子供たちと、頑張って仲良くなろうとしていた時期に、このような話題を持ってきてしまって申し訳ないが、俺としては杏ちゃんが何事もなく学校生活を過ごせるほうが大事である。

 そこから、教頭先生も同席してもらいこれからの対処を話し合った。

 一つ目として、いじめアンケートを実地すること。

 そこで判明しなくても、こういうアンケートをすれば一人ぐらいは匿名故に小さなことでも記入してくれるそうだ。

 もしそこで、何も掴めなかったとしても杏ちゃんのクラスだけ、出来るだけ二人体制で見るとの事。

 下足ロッカーも、杏ちゃんが必要とすれば職員玄関のほうに用意してくれるそうだ。

 あとは、この話し合いの事を杏ちゃん本人には伝えずに、他の生徒にもいじめがあったなど大々的に伝えないで、まずは経過を見るということを約束してもらった。

 他の人へのいじめもあると思うが、このタイミングで動けば今杏ちゃんをいじめている人たちは、杏ちゃんが密告したとでも思ってもっと酷くなるかもしれないからだ。

 弱気すぎるかもしれないが、このぐらい慎重でいいと思う。下手に刺激して、その矛先が杏ちゃんに向くのは本意ではない。

 証拠を持ってきたのが良かったのか、学校側も積極的に行動してくれるそうなので助かった。

 俺は森先生と、教頭先生にお礼を言って帰路についた。

 

 

 結果的に上手くいったのだろう。

 杏ちゃんの学校へと足を運び、先生に対策の話をしてから今日で一週間が経つわけだが、段々と杏ちゃんから無理のない笑顔を見ることが増えた。

 一度電話で、学校の方にも確認をしたところアンケート用紙に杏ちゃんのいじめに関することも書かれていたそうだ。

 そうやって仲裁に入ることができなくても、報告してくれる良心があることにホッとする。

 杏ちゃんは、性格が悪いわけでもないので、この調子なら友達も新しくできるだろう。

 事態が順調に進んでいるので、自然と顔がほころんでしまう。

 高校からの帰り道。

 一人でニヤニヤ歩いてる俺は、周りから距離を取られているがそんなことが気にならないほどに気分が良い。

 

「ただいまー」

 

 最初は気恥ずかしかったが、今では慣れた挨拶をして家へと入る。奥の方から「おかりなさい」と陽子さんの声が返ってくる。

 靴を脱いでいると、玄関のドアがまた開く。この時間なら杏ちゃんの帰宅だろう。

 

「おかえ――」

 

 後ろを振り返り、言葉をかけようとしたが俺の言葉は途中で止まってしまった。

 杏ちゃんの制服には泥がついており、髪はボサボサ、口は切ったのか少し血が出ている。

 驚きと心配。遅れて怒りが湧き出てくる。

 

「・・・・・・何があった?」

 

 先ほどとは違い、ゆっくりと静かに聞いた。

 玄関に俺がいることは杏ちゃんも予想外だったのか、一瞬目を丸くしていたが、次第に悪戯がばれた子供の様にバツの悪そうな顔をして「えへへ~」と頭を掻く。

 

「ちょっと転んだだけだよ?」

「そんなわけないだろ。ちょっと転んだだけじゃ雪が積もってるのにそこまで泥はつかないし、髪が乱れるわけもない」

「本当だよー! 杏が足を滑らせて転んだだけだって」

 

 頑なに転んだと主張するが、その必死さが嘘だと語っているようなものだ。

 申し訳ないが、俺はだて眼鏡を外し杏ちゃんの瞳を見る。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)14歳 ‹一人目のシンデレラ›

 139cm 30㎏ B型

‹性格› 

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹感情›

 興味 10 喜び 20 怒り 15 悲しみ 45 愛情 15

‹最近の一言›

「そんなこと言ったって、クラスの子たちにやられたなんて言えないよ。もっと心配かけちゃうからさ」』

 

 卑怯な技だが、非常に使える能力だ。

 やはりクラスの奴らにやられたのか・・・・・・。学校じゃ手出しができなくなり、帰りに待ち伏せでもしたのだろう。

 

「・・・・・・そっか。杏ちゃんはドジだなぁ! じゃあもしもう一回転んじゃった時は俺に隠さないですぐに言うんだぞ」

 

 今すぐにその現場に行って、やった張本人たちを殴ってやりたい。

 だけど、その行為は杏ちゃんの為と言いながらも、自分の怒りを相手にぶつけたいがための気持ちだ。まず今は杏ちゃんに休息を与えなくちゃだめだ。

 本当に彼女の事を思っているなら。

 

「・・・・・・うん。そうだよ、杏はドジだからねぇー」

 

 その笑顔をさせたくなかった。

 だけど起きてしまったことは、もう後戻りできない。

 

「じゃあお風呂入ってきちゃいな。その姿じゃ陽子さんも驚いちゃうからな」

「うん」

 

 杏ちゃんが浴室に行ったことを確認してから、俺は自室に急いでいき電話をする。

 電話相手は森先生だ。

 運良く電話に出た森先生に、今日の事を報告する。

 申し訳ないが次あった場合は、脅しではなく警察などに被害届を出す旨も伝える。校外を狙われたので、森先生としても難しい所なので、謝る声に俺も申し訳なくなってくる。

 もし俺が黙ってみていたら、こんな実力行使もなかったのかもしれないのだから。

 森先生は今いる先生達にも伝え、明日の朝の会議で取り上げてもらうことになった。そして最後に俺は一つのお願いをして、森先生との電話を終えた。

 少し長く電話をしすぎたので、居間へ行くと風呂から出て寛いでいる杏ちゃんがいた。その姿に安心していると、俺の視線に気づいたのか杏ちゃんは顔あげこちらをジト目で見てくる。

 

「なんだよぉ~最後のミカンはあげないぞー」

 

 杏ちゃんの言う通りコタツの上にはミカンの残骸があり、今大事そうに両手に包まれているミカンが最後の一個のようだ。

 その仕草を、狙っていやっているのかは分からないが無性にツボに入ってしまう。

 突然笑いだす俺に、杏ちゃんは意味が解らずにキョトンとした顔をしていた。

 夕食の時間も近いので、シャワーだけでも浴びようかと俺は居間を後にする。洗面台に杏ちゃんの泥で汚れた制服が置いてあった。後で洗うつもりなのかも知れないが、ここに置いていたら普通に陽子さんに見つかってしまうだろう。

 風呂に入る前に、制服だけ手洗いしておくことにした。早くしないと明日までに乾かないしな。

 生地を傷めないように優しさ10割で洗っていると、横に杏ちゃんが並んでくる。

 

「来たなら、あとは杏ちゃんに任せるな」

「杏は冷たい水を触ると死んじゃう病なんだ」

「転んだ本人が洗わないでどうする」

「な、なんだよぉー。けち! 可愛い中学生の制服を洗わせてあげてるんだから、逆に杏に感謝してほしいぐらいだぞぉ」

 

 自分でも洗っている途中に、変態だと罵られるんじゃないかと危惧していたが、杏ちゃんは一切そういうことに関しては気にしない性格らしい。

 そういう押し問答をしながらも、俺は最後まで洗い続け、杏ちゃんは洗い終わるまで横で話し相手になってくれた。

 やっぱりこの笑顔のままいてほしいと思うのは、俺の我が儘なのだろうか。

 そんなことはないはずだ。俺も頑張るしかない。

 今日起きた出来事は、俺の感情抜きで陽子さんにも伝えた方が良いと頭では理解しているが、結局は言えなかった。

 次の日のことだ。

 俺は自分の高校に行き、詳しいことは言わなかったが仲良くなった友達に誘われていた部活動を辞めた。そして、土日は普通に遊べるが、学校終わりもこれからは遊べないことを伝える。

 理由があることを竦み取ってくれたのか、友人たちは快く頷いてくれた。自分ながら言い友人を持ったものだ。

 俺は、高校が終わるとすぐに目的の場所へと向かう。

 杏ちゃんの通っている中学校だ。

 昨日電話で森先生に確認してもらい、今日の昼頃了承の返事をもらった。少し急がないと下校時刻に間に合わないが、その辺は根性で走り、間に合わせるしかない。校門のところで帰りの指導をしている先生たちに挨拶をして、待たせてもらう。

 中学生達の好奇の視線に耐えるのは、つらかったが少しして目的の人物が歩いてくる。下を向きながら歩いているせいか、校門のところで立っている俺に気づく様子はない。

 

「杏ちゃん」

 

 通り過ぎる背に声をかける。

 急に聞こえた自分を呼ぶ声に、辺りを見渡す杏ちゃん。そして後ろにいた俺を見て一瞬訳が分からない顔をする。

 

「・・・・・・なんでいるの?」

 

 その言葉は今の杏ちゃんの心の声だろう。

 

「なんでいるかって? ・・・・・・そりゃあ、俺は杏ちゃんのお兄ちゃんみたいなものだからな。またうっかり杏ちゃんが転ばないように見守るためだよ。もう制服洗うのはコリゴリだからさ」

 

 やけに芝居がかかった言い方は勘弁してほしい。俺の返しに杏ちゃんも予想外だったのか笑ってしまう。 

 別にあの杏ちゃんと話しながら、洗いものをしていた時間は素直に楽しかった。

 

「じゃあ帰ろっか杏ちゃん」

 

 そう言って杏ちゃんに、手を差し出す。

 

「なにこの手?」

「いや、手を繋いだ方が良いかなってさ」

「・・・・・・もう杏、中学生だよ? わかってる?」

「俺は高校生だぞ!」

 

 ちょっと遊び過ぎたのか、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら「変態」「シスコン」「ロリコン」と、小さな声で呟きながら先に行ってしまう。

 普段の調子の杏ちゃんに、安心しその後を俺は追いかけた。

 

 その日から俺は、高校を卒業するまでの一年と少しの間、ずっと杏ちゃんを迎えに来て一緒に帰った。

 学校では先生たちもそれまで以上に本気で動き、杏ちゃんに対するいじめは鳴りを潜め、3年に上がってからはクラス替えにより親しい友人もできたそうだ。

 

 

 

 

 




スリップには気をつけましょう。次回、新しいシンデレラ出ます。

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