5人のシンデレラ達の話   作:krowknown

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第四話 買い物―後―

 

 

 

 

 あれから俺たち二人の間に会話はなく、足早に家へと帰っていった。杏ちゃんは「ただいま」の挨拶もそこそこに今日買ってきた品物をしっかりと抱え、駆け足で二階の自室に行ってしまった。

 それから昼食の時も、顔を見せることはなく、夕食の今になっても自室から出てくることはなかった。

 一応は今日おきた大まかな内容は陽子さんにも、話は通してある。

 

「降りてくる気配ないわね」

「やっぱり・・・・・・俺、呼んできますよ」

「・・・・・・今は杏一人に、しておきましょうか。きっと乗り越えられるわ」

 

 いつも以上に心配の色を見せている陽子さんだが、その言葉からは強さを感じる。

 

「信じてるんですね、杏ちゃんのこと」

「ふふっ、当たり前でしょ。だって私の自慢の娘なんですから!」

 

 この人は――陽子さんへの印象は、付き合っていけば付き合っていくほどに変わっていった。

最初は、楽観的な人で、子供の問題も最低限は力を貸すが、あとは自分で何とかしなさいというスタイルだと思っていたが、陽子さんは自分なりに杏ちゃんと向き合い、悩み、信じているのだ。

 それを杏ちゃん本人も、母親が自分のことを思っていると分かっているからこそ、会った当初から疑問に思っていたが‹感情›のステータスの悲しみが常時30なのだろう。

 杏ちゃん自身、今の自分の状況に負い目を感じているのだ。

 それから暗くなってしまった俺の雰囲気を察してか、いつもの陽子さん夫婦の惚気話を聞くことになる。単身赴任で夫がいない中でも、この惚気っぷりだ。帰ってきたらどうなってしまうのだろうか。

 甘ったるいBGMを耳にしながら、今日も美味しいご飯を食べ終える。皿洗いは居候させてもらった次の日から、俺が無理に頼み込みやらせてもらうことになった。

 さすがに何もせずに、住まわせてもらうのは申し訳ない。

 

「皿洗い終わりましたよ。他にしておくことありますか?」

「さっすが優也君、手際が良いのね~。もうやることは無いからアイス持ってきて、一緒に食べましょ」

 

 洗い物が少ないおかげで10分もしないうちに、終わらせることができた。掛けてあるタオルで手を拭き、陽子さんのお願い通りに冷凍庫からカップアイスを二つ取り出し、同じ数だけスプーンを持ち居間へと向かう。

 甘いもの好きなのは親子そろって変わらないらしい。

 アイスを食べながらぼんやりとテレビを見る、この時間が俺は割と好きだった。ゆっくりとした空間を堪能していると、ふと視線を感じて横を向く。

 陽子さんがテーブルに肩肘をつき、頬をに手を添えながらこちらを見て微笑んでいる。

 

「どうしたんですか? なんか嬉しいことでもあったんですか?」

「ううん。そういうわけじゃないの」

 

 そう陽子さんは答え、ふふっと母性溢れる笑みを浮かべたままテレビに向き直る。

 この人の思考はよく考えてもしょうがないので、あまり深く考えないようにした。しかし、杏ちゃんも大人になったら陽子さんのようになるのかな。顔立ちがそっくりだからな。

 でも杏ちゃんが家事をセッセとやる姿が想像に難しいのだが。

 

「優也君はカッコいいわね」

 

 視線をテレビから外さないまま、先ほどの笑みの答えなのか、陽子さんは一言そう呟く。

 

「そんなことないですよ。俺がカッコよかったら、大体の人がカッコよくなっちゃいますよ」

「そんなことないわよ。かっこいいよ。杏は多分、私よりもこれから優也君の事を頼ると思うから。だから――家の娘をよろしくね」

 

 一体何を思ってその結論に至ったのかは分からないが、初めて陽子さんの真面目な顔を見た。その言葉は、想像以上に重い言葉だ。

 一瞬何を言われたか分からず、二、三回、頭の中で繰り返してようやく正確に理解ができた。

 

「別にね、そんな真面目に受け取らなくていいのよ。杏はああ見えて頑張り屋だし、やろうと思えば大抵のことは一人で出来ちゃう。だけど、一番傷つきやすくて寂しがりなの。たまにでいいから一緒に遊ぶだけでいいのよ・・・・・・そういう簡単なことでいいの」

 

 娘の幸せを切に願う、母親の言葉がそこにはあった。微笑みながら、ゆっくりとそう語る陽子さんを見て、自然と言葉が出る。

 

「・・・・・・俺なんかで大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫よ、心配しないで。優也君は、杏の為に怒ってくれたのでしょう。それだけでも、女の子は嬉しいものなのよ。——っと、もうこんな時間なのね! 夜更かしは美容の天敵だから、私はもう寝るわね」

 

 口元を手で隠し、小さく欠伸をして陽子さんは立ち上げる。

 居間のドアに手をかけたところで、陽子さんはこちらを振り向き人差し指を顔の横に持ってきて、笑顔で一言「優也君も、もう私の息子でもあるんだから、困ったことがあったら相談するのよ?」と、言い残し居間から出ていった。

 俺はアイスの最後の一口を、食べ勢いよく立ち上がる。今何をすべきかは分かった。

 ごみを片付け、杏ちゃんの部屋へと向かう。

 

「杏ちゃーん入っていいか?」

「・・・・・・んー」

 

 もしかしたら寝てるかもしれないと思ったが、その心配は気鬱となった。歓迎はされていないが、なんとか許可の返事をもらったので、ドアを開ける。

 部屋の中には、いつも通りのポジションに寝そべって、ゲームをしている杏ちゃんがいた。

 その横顔は、やはりいつもとは違い、どことなく元気がなさそうに見える。

 

「一緒にゲームしてもいいか?」

「・・・・・・足引っ張らないなら・・・いいよ・・」

 

 杏ちゃんの隣に勉強机から椅子をを持ってきて座る。

 一か月の間に何回かはこうしてゲームをやったことはあるが、贔屓目無しで杏ちゃんはゲームが上手い。いつも「回復がおそい」や「援護しっかりしてよぉ」などの小言を俺は言われるのだ。

 そこから少しの間、ゲームに集中する。

 そのおかげか今日の俺は、あまりミスをしなかった。その代わりに杏ちゃんが普段はしないようなポカをしてしまう。

 

「・・・・・・優也はさー」

 

 不意に名前を呼ばれて、驚き半分で杏ちゃんの方を向く。

 俺のファーストネームを口にすることがあまりなく、普段なら「ねー」や、「あのさ」としか呼ばない杏ちゃんが名前を口にしたのだ。

 しかし杏ちゃんは、すぐに続きを言わずにゲームの方から目を離さないでいた。

 これと似た流れを俺は先ほど体験して、知っていた。

 先ほどの陽子さんが大切な話をするときと同じだ。こう言うところも親子で似ているんだなと、内心微笑む。

 俺から続きの言葉を催促することはせずに、またゲームへと意識を戻すことにした。まだ言いたいことを自分の中でも整理出来てないんだろう。

 ゆっくりと待つことが今の俺にできることだ。

 

「優也は努力とか好き?」

 

 努力か・・・・・・。この話の正解は見えないが、それなら俺の本心を言うしかない。努力という言葉自体だったら、俺も少し考えたことがある。

 何かに打ち込んだことのある人なら、一度でも耳にしたり、その本質を考えたことがあると思う。

 

「俺は努力をすることは嫌いじゃないよ・・・・・・。努力をする人をすごいと思ってたから、俺も頑張ろうとしてた時期があったな」

「・・・・・・そっか。杏はさ、何をするにしても才能はあると思うんだよね。だってさ・・・・・・どんなに努力をしたって、その才能がある人は本当に軽く・・・・・・他の人達を超えていっちゃうんだ」

 

 その言葉は、悲しみに溢れていた。

 決して成功できなかった人の僻みや、嫉みだけで終わらせてはいけない話でもある。俺も過去にそういう経験があるからだ。

 どんなに他の人より、練習しても決して追いつけなかった。時間だけかけて。質が伴っていないと思い色々と勉強もした、だけど前の自分よりは伸びても届かない。そんな絶望を俺は体験した。

 

「何でもそうだよ。杏はこんな体だから、同級生の来てるような服は似合わないし、いつも子供洋服のエリアで選ぶし、スポーツも好きだったものは全部つまんなくなった。これでも小学校まではすごかったんだよ。恋愛だってそうだよ。まだよくても、こんなに小さいと彼女の対象としては普通見てくれないでしょ・・・・・・一緒に歩いても妹か娘に見えちゃうし・・・・・・」

 

 本人にしか分からない心の闇。

 陽子さんからも聞いてはいたが、それを杏ちゃんから話してくれるのはやはり大きな差がある。この言葉は、何も努力を――頑張ったことのない人からは出てこない言葉だろう。

 

「だからざ・・・・・・杏はもうね、ぐすっ・・・・・・そういう無駄なことはやめにじだんだ・・・・・・」

 

 杏ちゃん未だに視線をゲームに向けたままだが、そのコントローラーを持つ手は力なく下がって、瞳からは悔し涙や悲しみ、後悔などからか、今まで溜め込んだ分をはき出すかのように、涙がポロポロと落ちていく。

 

「だっでさ、期待なんかしないで諦めちゃえば・・・・・・悲しくなんてならないでしょ」

 

 そこから杏ちゃんは、もう言葉を継がずにただ涙を流していた。

 きっと杏ちゃんの性格上、誰にも言えなかったのだろう。

 一人で背負って、頑張って、折れてしまった。誰にも悩みはあるが、その悩みを全ての人が超えられるとは限らない。

 俺は上手い言葉をかけることができずに、必死に自分自身と――運命と向き合った少女の頭を優しく撫でてあげることしかできなかった。

 

 

 

 杏ちゃんの心の声を聞いた日。

 その日から約二週間が過ぎたある日のこと。翌日に新学期を控え、学校の準備をしているところに、俺の部屋のドアをノックする音で、手を一旦止めて返事をする。

 

「あれ、杏ちゃん。どうしたの?」

 

 ドアが開かれ部屋の中に入ってきたのは、杏ちゃんだった。

 俺が杏ちゃんの部屋に行き、ゲームをすることは多々あれど、杏ちゃんがこのゲームをしていそうな時間に俺の部屋を訪ねてくるのは珍しかった。

 一直線に勉強机に向かっている俺の横に来て、握ってある右手を突き出す。

 反射的に、杏ちゃんの伸ばした右手の下に手のひらを上にして持っていくと、握っていた右手の中からアメが一つ落ちてきた。

 アメを俺にくれたことは分かったが、肝心の杏ちゃんの行動の意図が読めない。

 

「えっと、ありがと?」

「前のお礼。明日から杏も学校に行くことにしたから。・・・・・・もう一度だけ頑張ってみる」

 

 その一言で合点がいく。

 このアメは、あの日のお礼の意味を込めたささやかなプレゼントなのだろう。学校に行くと宣言した杏ちゃんからは、不屈の意志が感じられる。

 あの日の事を思いだすと、本音を言ったらあの子たちのいる学校には正直行かせたくない。でも、その本人が行くと、頑張ると決意した今、俺に止める権利などあるはずもなかった。

 

「そっか・・・・・・俺も応援してる。頑張れ」

「——うん!」

 

 一抹の不安を抱えながらも、応援することを伝えると杏ちゃんは嬉しそうに頷いた。こんな良い子をまた悲しみに染まらせては駄目だ。

 次、心が折れたららきっと杏ちゃんは、立ち直れないだろう。きっと杏ちゃんは望んでいないと思うが、俺もこのとき誓った。

 

 俺が杏ちゃんの一番の理解者になり、全力でこの笑顔を守ることを。

 

 





 新年あけましておめでとうございます。
 お気に入りに登録や、評価をしてくださった皆様、足をお運びになられた方、ありがとうございます。

 あともう少し杏編が続きます。
 これからもよろしくお願いします。

 感想などお待ちしております。krowknownでした。

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