ロキ戦開始です。
──会談当日の夜
俺たちは、オーディン様と日本の神々が会談するという、都内のとある高層高級ホテルの屋上で待機をしている。
同様に周囲のビル屋上に匙を除くシトリー眷族が配置され、転移の準備を完了させて待機している。
アザゼルは、会談での仲介役を担うためにオーディン様に付いている。その為、アザゼルの代わりにバラキエルさんとロスヴァイセさんがこちらにいる。
また、遥か上空にはタンニ―ン様が一般人対策に、普通の人間には視認できないように魔術をかけて待機している。同じく、ヴァーリたちも視界に入る内で待機をしている。
「……時間ね」
ぽつりと部長が呟き、会談の始まる時刻になったその瞬間、ホテル上空の空間が歪んで大きな穴が開く。
「小細工なしか。恐れ入る」
それをヴァーリが苦笑し、白龍皇の力を宿した翼を展開すると、他の面子も戦闘体制に入る。
確かに、小細工無しで真っ向から来るとはな。流石は腐っても神か。
そして、そこから悪神ロキと神喰狼フェンリルが現れた。
しかし、その瞬間にホテル一帯を包むように巨大な結界魔方陣が展開し、俺たちとロキ、フェンリルを転移させた。
場所は戦闘の被害を最小限に抑えるための岩肌ばかりの採石場跡地。
転移は完了し、前方にロキとフェンリルが自然体でいる。
「逃げないのね」
部長が皮肉げに言うと、ロキは傲慢に余裕を崩さず笑う。
「ここで貴様らを始末し、あのホテルに行けば良いだけだ。遅いか早いかの違いでしかないからな」
「貴殿は危険な考えにとらわれているな」
ロキの台詞を聞いたバラキエルさんがそういった。
しかし、ロキは何か気に食わなかったのか眉を顰め、口を開いた。
「危険な考えを持ったのはそちらが先だ。元はと言えば、聖書に記されている三大勢力が……いや、話しなど不毛! 始めようか!」
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!』
『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!』
ロキの宣言と共に、赤龍帝と白龍皇がそれぞれ赤と白の鎧を身に纏う。そして、俺は悪魔の翼を広げて一誠とヴァーリに並びロキの前に出る。
「これは素晴らしい! 二天龍がこのロキを倒すべく共闘すると言うのか! そして、デュランダル使いもか!」
二天龍が肩を並べているのを見たロキは、歓喜の表情を浮かべる。俺がいることにも嬉々としている事からこいつはこいつで前のコカビエル同様の戦闘狂かつ戦争狂なんだと改めて理解した。
ミョルニルレプリカ……ミョルニルでいいか……を戦闘が始まっているのに見せて無いのには理由が有る。ただ単に見切られるのを恐れているのと、ロキの油断を誘う為だ。流石に、こんな状況でフェアも何もあるわけないからな……。
ヴァーリは高速でロキとの距離を詰めていき、一誠も負けじと背中のブーストを噴かす。そして、俺は「騎士」の駒の性質を生かして一誠とヴァーリに並走してロキに詰め寄る。
それに対し、ロキは幾重にも魔法陣を展開し、あらゆる魔術で迎撃する。
それをヴァーリは紙一重で回避し、一誠は攻撃を気にせず進む。俺は一旦、一誠のサポートに回るためスピードを若干落とし、聖剣の能力を解放する。だからこそ、一誠は攻撃を気にせずに進んでいる。
「『
その聖剣の名を叫ぶとともに能力が発揮される。『
その能力によりロキの魔術が同士討ちや見当違いの方向に飛び、その隙に一誠がロキに攻撃を仕掛ける。
それに対してロキは、魔法陣の障壁を展開する。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎』
「……障壁が! 流石は赤龍帝か!」
しかし、一誠の突撃によりロキの魔術障壁が砕かれる。その瞬間にヴァーリはある魔術を唱える。
「これはどうだ?
すると、北欧の魔法陣から鎖状の光が現れてロキを拘束する。
ドローミとは、北欧神話上にも存在した「筋の戒め」を意味するフェンリルを捕縛するのに使用した鎖の一つである。強度自体はフェンリルだったからという事も有って詳しくはわからないが、フェンリルを捕縛する事は叶わなかった事しかわからない。ただし、北欧神話通りに話が進んでいない為にドローミという道具としての鎖は存在しない。その為か、このような魔術として登場している。このような事は、様々な神話形態で起こっていて余り神話自体の知識を鵜呑みにするのは不味い原因の一つになっている。
それはともかく、ロキを鎖状の光が拘束した。ヴァーリ……白龍皇が北欧の魔術を使った事に関しての驚きによる硬直は有ったが、直様光を掻き消してその場から赤龍帝の追撃に備えて少し離れようとする。
「この程度の枷で我を抑え付け……」
「喰らえッ!」
だが、二天龍に気が向きすぎていたのと、『
「おおおおぉぉぉッ!?」
ミョルニルから放たれた神雷がロキの右半身から呑み込もうとする。しかし、ロキは直撃する寸前に回避したのか倒すことは出来なかった。だが、それでも右腕辺りは雷撃によって焼かれており黒焦げとなっている。ロキは弾けるように距離を取って血すら流れぬ右腕を左手で抑え、こちらを……ミョルニルを見ると憎々しげに口を開く。
「……まさか、その威力と雷はミョルニル……いや、そのレプリカか!? オーディンめ、それ程までに会談を成功させたいか……ッ!」
流石にロキといえど、ミョルニルのレプリカを俺たちが持っていて、俺が扱い熟せるなんて予想外だったようだ。
ただし、憎しみに歪んだ表情は直様歓喜に変わり幾重もの魔法陣がロキの右腕を包むこむと同時に叫ぶ。
「良いぞ! 良いぞ! デュランダルの使い手がミョルニルを使うか! 二天龍にミョルニル! 相手に不足はない! ……此方も攻めさせて貰うぞ! フェンリル!」
ロキが魔法陣に包まれていない方の左腕を挙げてフェンリルに指示を出した瞬間、部長は対照的に左手を挙げる。
「にゃん」
その合図により黒歌が周囲に魔方陣を展開すると、魔法の鎖グレイプニルが出現する。因みに、このグレイプニルだが、持ち運びが難儀だった為に黒歌が仙術と魔術の併用による空間にしまい込んでいた。
それを俺、一誠、ヴァーリ以外の仲間達が掴み、フェンリルへ投げつける。
投げられた鎖はフェンリルへと向かっていく。普段のフェンリルならば避けれないような速度では無いが、指示を受けた瞬間だった事やこの鎖程度ならば噛み切れると判断したことによりそのまま鎖に拘束される。
フェンリルは直様噛み切ろうとするが、ダークエルフによって強化された鎖はフェンリルの四肢と口を縛り付け、口を開こうにも開かずに真面に身動きが出来なくなっていた。その事実にフェンリルは瞳を軽く開く。
「……フェンリル、捕縛完了」
そのフェンリルの姿をみたバラキエルが勝利を確信したように告げる。
だが、ロキは魔術によってある程度動くようになった右腕の調子を確かめると、高笑いしながら新たな手を切った。
「フハハハハ! こうも予想以上に対策をされるとはな! 仕方ない、スコルッ! ハティッ!」
ロキが両腕を広げて叫ぶと、後方より2つの歪みが生じてオレンジ色の狼と紫色の狼が出てきた。
二匹の新たな狼の出現に、俺とヴァーリ以外の全員が驚愕する。
……神話において、スコルとハティはフェンリルの子供。その可能性は予想はしていたが……少し不味いか?
驚く顔に満足したのか、ロキは笑みを浮かべて説明する。
「ヤルンヴィドに住まう巨人族の女を狼に変え、フェンリルと交わらせた。その結果、生まれたのがこの二匹……親よりも多少スペックは劣るが、神殺しの牙は健在だ」
そのロキの台詞に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも意思を固く持って、ミョルニルを構えながらロキとスコル、ハティを目視する。すると、近くにいた一誠が思わず叫ぶ。
「畜生! 聞いてねぇよ! ミドガルズオルムもそんな事は言ってなかったぞ!?」
「トリックスターとも呼ばれ、悪神であるロキが手の一つや二つ隠し持っていない筈がないだろうが!」
その一誠の発言には叱咤を飛ばしながら部長とアーサーに、スコルとハティは宜しく頼む……と目配せする。
「その男の言う通りだ赤龍帝よ。ほら、オマケだ」
ロキの足元の影が広がり、影から体が細長いドラゴン……いや、ミドガルズオルムを一回りもふたまわりも小さくしたものが複数現れる。
それを見たタンニーンが憎々しげに吐いた。
「ミドガルズオルムも量産していたかッ!」
タンニーン様の言葉と共に量産ミドガルズオルムが一斉に炎を吐くが、直様放たれたタンニーン様の火炎で全て吹き飛ばされる。
しかし、炎を突っ切りスコルはヴァーリチームの方へ、ハティはグレモリー眷属の方へ向かっていった。
「余所見をしている暇があるのか、赤龍帝!」
それと同時にロキは魔術で創られた巨大な光球を一誠、ヴァーリ、俺へと繰り出した。前にいたヴァーリは他愛もなく避けて、ロキへと疾走。俺も普通に回避すると共に右手にミョルニル、左手に『
俺たちは先程と変わらずにロキへと一直線に向かう。ただし、ヴァーリと一誠は途中で立ち止まり、ヴァーリは幾重もの攻撃魔術を北欧のものも混ぜながら手元からロキへと放ち、一誠は何度も倍加させた魔力弾……ドラゴンショットをロキに向けて放つ。
勿論の事ながら俺はロキへと疾走している為にその一誠の攻撃は兎も角、ヴァーリの攻撃に巻き込まれるのは間違いない。
ロキは、血迷ったのかと俺たちを見るが『
「……チッ!」
再度『
ロキは舌打ちをしながら、魔法陣により、ヴァーリの魔術の大半を打ち消していく。『
だが、ロキはそれを受け止めると俺へと受け流して来た!
流石に、ロキから放たれる魔術とヴァーリの魔術を逸らすので精一杯な俺は一誠のドラゴンショットを体制を崩して避ける。
突然、ヴァーリが後ろを振り向き魔術を大量に放った。……後ろは捕縛してあるフェンリル……まさか。
体制を一瞬で立て直し、ミョルニルにより神雷をロキへと放つ。いくらミョルニルの雷とはいえ、距離が離れ過ぎな為にロキは余裕で回避をする。
その隙に、後ろを確認するとフェンリルに近づいていたスコルがヴァーリの魔術を受けて足を止めた所だった。直様、部長たちがフェンリルとスコルを引き離し、戦闘を再開させる。
……子フェンリルの目的はそちらだったか。ヴァーリのあれが無ければ解放されていたな。
再度、二人に目配せして仕掛けようとするがヴァーリが此方に近寄り口を開く。
「……兵藤一誠、ゼノン。ロキ達は君らや美猴達に任せる。このフェンリルは予定通り任せて貰おうか。鎖の心配もあるが、ロキ程度ならば赤龍帝とミョルニルが有れば撃破できる筈だ」
「何をする気だ白龍皇!?」
ヴァーリの発言には結論が早過ぎないか? と思うがロキが先程の一誠の攻撃を弾いた左手が痙攣しているのを視認すると、反論する気は失せた。……それに、元よりロキとフェンリルは此方が相手取る予定だったからな。
ロキの問いにヴァーリは静かに口角を上げる。
「───見せてやろう、白龍皇……いや、ヴァーリ・ルシファーの力を……!」
そして、ヴァーリはある言葉を紡ぐ……!
「我、目覚めるは──」
<消し飛ぶよッ!><消し飛ぶねッ!>
それは『覇』の呪文。ヴァーリの声と重なって歴代所有者の怨念混じりの声が響く。その光景は、あの時の一誠と酷似している。それと同時にヴァーリから神々しいオーラが発せられる。
「覇の理に全てを奪われし二天龍なり──」
<夢が終わる!><幻が始まる!>
「無限を妬み、夢幻を想う──」
<全部だッ!><そう、全てを捧げろッ!>
「我、白き龍の覇道を極め──」
「「「「「「「汝を無垢の極限へと誘おう!」」」」」」」
『
その言葉が紡がれると同時、ヴァーリの体が白い光に包み込む。この採石場全体を照らし出さんとする程の光が、ヴァーリから放たれる圧倒的な力を感じさせる。
鎧が徐々に変化していくが、それを待たずにヴァーリはフェンリルへと疾走。そして、互いに触れるか触れないかの距離まで詰めた瞬間、黒歌が二人をどこかへと転移させた。
フェンリルという最大の駒を無くしたロキが憎々しげに呟く。
「あれが、
「どうした、ロキ? あとはお前とスコルだけだぞ?」
優勢を確信したバラキエルさんがミドガルズオルムの量産体を雷光で蹴散らしながらもロキを挑発する。
このまま逃げられる訳にもいかないからな。
バラキエルさんとロスヴァイセ、タンニーン様が担当していたミドガルズオルム量産体は先程の雷光や龍王の一撃やヴァルキリーのフルバーストによって最早壊滅状態で残りは一匹、そいつも火傷や魔術による傷痕が刻まれている。
ロキの事だから、まだ量産体は数体控えさせているとは思うが順調である。
スコルの方……部長達に視線を向けると、そこでは一方的とは言えないが戦闘を有利に進めている部長達の姿があった。前衛は裕斗とサポートに塔城、後衛は部長に姫島と成っていて聖魔剣と仙術で撹乱し、雷光と滅びの魔力を確実に当てる戦術をとっているようで前衛……特に裕斗の消耗こそ激しいが、スコルもだいぶ消耗しておりこのままなら押し切れる状況だ。
対するハティを見ると、直様アーサーがハティの右爪を腕ごと空間を抉り取っていた。既に、牙と左爪辺りは同じような状況になっており勝利は間違い無いだろう。アーサーだけでやったのではなく、黒歌や美猴もアーサーの一撃を当てる為のサポートをこなしていた。
そして、視線をロキに戻すと奴はスコルとハティの様子を何かを考え込むようにして眺めている。既にミョルニルによる傷こそ修復されているものの、先程に一誠の攻撃を左で弾いたことから右側のダメージは抜けてはいないのだろう。逃げるような素振りこそ見せないものの、既に逃亡の魔法陣は仕込んでいるかもしれない。何方にせよ、今の隙を逃す必要はない。一誠に合図を送り、ロキへと疾走する……筈だった。
その瞬間に、ロキの
その魔法陣を創り出したロキは、その魔法陣を見ると再びマントを広げながら最後の手を切った!
「マーナガルムッ!」
「……ッ!?」
ロキによって創り出された魔法陣から呼び出されたのは、鮮血に染まりし狼。明らかに、スコルやハティのようなスペックの落ちた個体ではなく、フェンリルと同等の力を感じる。
……マーナガルムだと!?
──マーナガルム
「月の犬」を意味する北欧神話に登場する狼である。ミズガルズの東にある森イアールンヴィズに1人の女巨人が住んでおり、その女巨人がたくさんの巨人を産んだがそれはみな狼の姿であった。この中の最強の狼がマーナガルムであり、すべての死者の肉を腹に満たし、月を捕獲し、天と空に血を塗り、太陽から光を失わせるという伝承が残っている。
だが、ある疑問が浮かぶ……なぜロキはここまでマーナガルムを出し渋ったんだ? すると、ロキがマーナガルムから距離を取ると口を開く。
「こいつは、ある方法によってフェンリルと我の遺伝子から創り上げた魔物だ。力はフェンリル同等……少し難点があるがな……」
最大限の警戒をする中で、ロキがそう言った瞬間にマーナガルムが俺たち……ではなく、ハティに襲いかかった。ハティは突然の襲撃に対応し切れずにマーナガルムに爪で胴体を真っ二つに切り裂かれ絶命した。そして、マーナガルムはハティの頭部から貪り喰らい始める。ヴァーリチームは一度マーナガルムとハティの亡骸から離れて様子を伺う。
「あれは……何だよ!?」
一誠が恐怖に言葉足らずに叫ぶ。
……そんな中で俺は冷静に状況を理解しようとしていた。何故、俺たちでは無く虫の息だったハティを狙ったのか……思い起こせば、今のマーナガルムの行動以外にも不可解な点が幾つかあった。ロキがわざわざこの終盤で繰り出したことや、自身の治癒を優先したこと……その事から考えられるのは……。
「部長ッ! 美猴ッ! 次はスコルだ! 喰う最中を狙うぞ!」
俺が叫んだ瞬間に、マーナガルムは俺たちを無視してスコルへと襲いかかる。俺たちはマーナガルムへと向かおうとするが……。
「……!?」
突如、何かによって身体を押し潰される感覚と共に動きを封じられる。恐らくこれをした張本人であるロキの方を向くとロキは表情を固くしたまま口を開く。
「そうだ、お前の推測通りさデュランダル使い。こいつは欠点があってな、敵味方とわず負傷者から狙いその死肉を喰らうようになっているのだよ」
やはりか……だが、何故俺たちは動けない? そして、ロキは何故追撃をしてこない?
周りを見ると全員が動きを封じられているようで明らかにチャンスの筈だが……。
どうにかして抜け出せないかと考え、もがいている間にマーナガルムはスコルを平らげ、口からはスコルのものであろう血液が滴り落ちる。そして、マーナガルムは此方を見て咆哮する。
『オオォォォォオオンッ!』
そのマーナガルムの咆哮はこの採掘場一帯に響き渡った……。
フェンリルの早期退場にマーナガルム? 登場。
次話で七巻の内容は終了です。