魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

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08話

 

 

「何してるの、お前?」

 

 ソレが、部屋に戻ってきて最初に瑞樹が口にした言葉だった。

 その言葉は何も、同室であるタカミチに向けられたものではなく、小さな紙袋を持って室内に備え付けられた椅子に座っているエヴァンジェリンに対して向けられたものだ。

 フリルの付いたカチューシャ。

 同じく黒いレースやリボンを備えた同系色のゴシックドレスを身に纏い、彼女――エヴァンジェリン・A・k・マクダウェルはそこに居た。

 

 普通に考えれば御見舞いなのだろうが、瑞樹は昨日の今日知り合ったエヴァンジェリンが、よもや自身の御見舞になど来ないだろうと考えていた。

 ならばタカミチの御見舞か? と思うのだが、エヴァンジェリンが居るのはタカミチ側のベッドではなく、自分に宛てがわれたベッドの側である。

 

 そのため、どうしてもエヴァンジェリンがこの場所に居る理由が見えてこない。

 

 瑞樹からしてみれば、どうしてエヴァンジェリンがこの場所にいるのか? といった、単純な疑問故に出た言葉だったのだが、しかしソレをブツケられたエヴァンジェリンにはそうは聞こえなかったらしい。

 

「何してる……だと? 貴様――ん?」

 

 その言い様が気に入らなかったのか、エヴァンジェリンは持っていた紙袋を握り粒さん程に力を込める。 だがピクッと眉を引く着かせたかと思うと、エヴァンジェリンはその視線を瑞樹からその隣へと移動させた。

 

「……なに?」

 

 エヴァンジェリンの視線が向かったのは、この場所まで瑞樹が案内をしてきた明日菜である。エヴァンジェリンに半ば睨まれる様な視線をブツケられた明日菜だが、しかしそれで怯えるような、可愛げのある性格はしていないらしい。

 表情一つ変えること無く、明日菜はエヴァンジェリンの視線に真っ向から返事を返した。

 エヴァンジェリンはそんな明日菜の子供らしからぬ反応に、若干の苛立ちを覚えたのだが、しかしそれで怒り表情に出すほど狭量ではない。

 さも興味が無いとでも言うように、「フン」と軽く鼻を鳴らすようにしてそれを軽く受け流すと、再び視線を瑞樹へと戻す。

 

「別に何でもない、気にするな。それよりもだ、瑞樹。貴様、よくもまぁわざわざ見舞いに来てやった私に対して、そんな口が聞けるものだな?」

「いや、そんな口って……。え? 見舞いに来たの? 俺の?」

「なんなんだ、その不思議そうな表情と言い方は。お前は存外に失礼な奴だな」

 

 不思議そうな表情を浮かべる瑞樹に対して、エヴァンジェリンはやはり眉間に皺を寄せた。

 

「いやだってさ、俺達ってそんなに深い仲って訳でもないじゃないか」

「何を言う? お前は既に、私の身体を隅々まで知っているだろう?」

「は? ……あぁ、いや。隅々ってほどには知らないけど?」

「反応が薄い。ツマラン」

 

 一瞬、エヴァンジェリンが何を言っているのか理解が出来なかった瑞樹だったが、しかし直ぐ様に、昨日の別荘内での出来事(エヴァンジェリンの生着替え)のことだと解ると、首を左右に振る。

 エヴァンジェリンは思いの他に動揺も何もしなかった瑞樹につまらなそうな視線を向けるが、その視線の端にタカミチに寄り添うようにしている明日菜を見ると

 

「タカミチ、あの人はロリコン?」

「え!? ……いやぁ、え~っと、どうなんだろうね?」

 

 そんな二人の会話に耳をピクピクとと動かし

 

「そうだぞ。コイツは真性の、それもどうしようもないくらいにドップリと染まりきった、本物のロリコンペド野郎だ」

 

 ニィっと口元を吊り上げながら、エヴァンジェリンは二人の会話に乱入をする。それも瑞樹にとって最悪な形でだ。

 

「ぺど?」

「知らんのか? ペドというのはつまり――」

「エヴァっ!? 子供に何を教えてるんだ!」

 

 ロリコンは理解が出来ても、ペドの意味は理解できなかったのか首を傾げる明日菜。タカミチは若干慌てたような表情になり、エヴァンジェリンに声を荒げていた。

 

「いやいや、タカミチよ。其処は俺のフォローをしてよ……」

 

 一気に捨て置かれたような状態になった瑞樹は、慌てながらエヴァンジェリンの口を閉じさせようとしているタカミチに小さな声でボヤくのであった。

 

「しかしタカミチ、この小娘は何なんだ? お前、いつから子持ちになった?」

「こ、子持ち? 違うよエヴァ。この娘は僕が保護者として預かることになっただけで、僕の娘って訳じゃない」

「それはまた、ツマラン理由だな。お前が何処ぞで拵えた娘だとかなら、少しは面白かったのに」

「いやいや。明日菜ちゃんくらいの年齢の子供が居るとしたら、僕は何歳で子供を作ったことに成るのさ?」

 

 エヴァンジェリンがペドとはなんぞやといった講義を始めてから数分後、今度はタカミチも含めて誂ったエヴァンジェリンはそれで少しは気が晴れたらしい。

 

 エヴェンジェリンは明日菜に『ペドフィリア』についての説明を諦め、代わりに明日菜の出子についてタカミチに問いかけた。

 当然かのように、タカミチの子供という線はないらしい。

 まぁ、それもそうだろう。老け顔だとはいえ、この時のタカミチは精々が20代前半。麻帆良大学に通っているらしいので多めに見積もっても22歳だろう。

 

 対する明日菜は目算で7~8歳。

 単純に考えても、タカミチが15歳そこそこの時分に子供を拵えた計算に成ってしまう。有り得ないとは言わないが、タカミチの性格的には些か無理がある。

 

「親戚でも無さそうだし……まぁ、タカミチとは顔も似てないしな」

 

 と、会話に割りこむようにして瑞樹は3人に合流をした。

 目元の雰囲気や顔立ちも含めて、瑞樹には2人が似ているとは到底思えない。

 

 しかし

 

「うるさい。そんなのは余計なお世話」

 

 言ってきたのは明日菜である。

 思わずビックリして、ポカンとしてしまう瑞樹とエヴァンジェリン。

 しかしたいして表情に変化はないが、僅かに眉を吊り上げるようにしている明日菜は『怒っている』ように見えるのだ。

 

「似てるほうが良かったか?」

「……誰もそんなことは言ってない」

「? 余計なお世話――って言ったり、そんな事は――って言ったり、良く解んない奴だな」

「うるさい」

 

 瑞樹の問いに、明日菜はタカミチに一瞬だけ視線を向けた。しかし直ぐに視線を戻すと、やはりその返事は素っ気ないものである。瑞樹はその返事に首を傾げるだけなのだが、対するエヴァンジェリンはその表情をニヤニヤとした笑みへと変化させていた。

 

「随分と好かれてるじゃないか、えぇ? タカミチパパ」

「よしてくれよ、エヴァ。僕は父親なんて柄じゃない」

「しかしだ、あの娘《むすめ》は随分とお前に懐いているぞ?」

「……」

 

 エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは少しだけ困ったような表情を浮かべて無言に成ってしまう。なにも明日菜の父親役を嫌だ――という訳ではないのだろうが、しかしタカミチはそう思ってしまうには色々と訳がありすぎたのだ。

 

「お前はアレだな、天邪鬼だな。女の子はちゃんと、こう笑ったほうが良いぜ」

「……何するの。止めて」

 

 瑞樹は明日菜の左右で纏めている髪の毛をツイッと持ち上げると、それを弄ぶようにして弄っている。明日菜は解りやすいくらいに不満を顕にしているのだが、瑞樹はそれを無視しているらしい。

 

 何と言うか、どちらが子供だか解らない光景だ。

 このような様を微笑ましい光景……とは、決して言わないだろう

 

 明日菜は瑞樹に髪の毛を弄られている間も笑みを浮かべることはなく、殆ど無表情のままでいる。

 

 いや、若干眉間に皺が寄っただろうか?

 

「うーん、そうだなぁ。」

 

 首を軽く傾げてから、瑞樹は良いことを思いついたと言わんばかりに笑みを浮かべた。そして両手の人差し指をそれぞれピンッと伸ばした状態にすると、その指を明日菜の口元両端に添えて

 

「そりゃ!」

「うぷ」

 

 左右に広げて口元を無理矢理に笑みへと変えたのだった。

 

「どうだ? 笑ってる方が良いだろ?」

「うひゃい《ウザイ》」

「そう言うなよ。仏頂面してるより絶対可愛いって。……あとは眉間のシワが取れれば完璧だけどな」

「……」

 

 少しハニカミながら瑞樹は言うが、明日菜は逆に眉間のシワをより深くしてしまい睨むような視線を向けてくる。瑞樹はそんな明日菜に「むぅ」と唸ると、今度は頬を左右に引っ張った。

 

「ほ~れ、少しは笑って見せろ~」

「……ぎゃき《ガキ》」

「ふははは。そんな風に言われたくらいじゃ、痛くも痒くも」

「フンっ!」

「はうぉッ!?」

 

 ズドムンッ!

 

 正面から明日菜を弄っていたのが良くなかったのだろうか? 額に青筋を浮かべた明日菜は、小さく呟くように口を開いた直後、事もあろうに瑞樹にたいして前蹴りを放ったのだった。

 

 しかも、下腹部に。

 

「あ、明日菜ちゃん……っ!」

「おぉ、綺麗に入ったな」

 

 力なく、震えるようにして倒れこむ瑞樹。

 そしてそれを上から見下ろすようにして居る明日菜に、エヴァンジェリンとタカミチはそれぞれ異なった反応を示した。

 

 前屈みになって蹲る瑞樹を他所に、明日菜は一目散にタカミチの元へと駆けて行く。

 

「お、お前……世の中には、やって良い事と悪い……ことが――」

「知らない」

 

 絶え絶えになりながら言葉を口にする瑞樹であるが、それを向けられている明日菜はソッポを向いていて聞く素振りも見せない。

 

「まぁ、今のはお前が悪いぞ、瑞樹。なにせ女の顔を、あぁも好き放題にしたのではな。自業自得だ」

「だから、って……これ、わ――!」

「くくくっ、中々に面白い光景ではあるな?」

「ぐ、ぐぉ、あぁ」

 

 かろうじて返事を返す瑞樹だが、如何せんその声色に元気さは感じられない。しかもその姿勢も相まって、瑞樹の正面に移動してきたエヴァンジェリンに『土下座』をしているようにも見えてしまう。

 

「良いかい、明日菜ちゃん。余程の危ない目にでも合わない限り、男にあの手の攻撃は絶対にしちゃいけないよ」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ――辛そうだろ? 見るからにさ」

「……うん」

 

 タカミチが言った言葉を、ちゃんと明日菜が理解をしたのかどうかは解らないが、少なくとも『エヴァンジェリンの前で土下座している』ような状態を、辛そうだとは感じたらしい。

 

 暫くの間、エヴァンジェリンは面白そうに足元の瑞樹を眺めていたのだが、次第にそれに飽きてきたのかツマラナソウな表情へと変えていった。

 一頻り満足をしたということだろう。

 

「――まぁ、そろそろイイだろう。おい、瑞樹」

「うん? なに……いや、なんだ……です?」

「いい加減に確りとしろ。ほら、見舞いの品だぞ」

 

 未だ床に蹲っていた瑞樹を足蹴にするようにエヴァンジェリンがすると、瑞樹はノロノロといった動きで立ち上がっていく。どうやら瑞樹の方は、下腹部を蹴り飛ばされた衝撃から立ち直りきって居ないようだ。

 

 しかし『見舞いの品』といった一言を聞くと、その瞬間に回復を果たす。

 

「え、御見舞い品? いやぁ、なんだか悪いな!」

「お前……」

 

 エヴァンジェリンは思わずコメカミに手をやりたく成るが、溜息を一つして持ってきた紙袋をポンっと放ってきた。

 

 瑞樹はそれを受け取ると、嬉しそうに頬を緩くしてエヴァンジェリンを視る。

 

「見舞いの品とか、そんなの気にしなくても良かったのに。でもま、有難うな。お前、良い老後を過ごせるぞ!」

「喧嘩を売ってるのか? お前は」

「まっさか、感謝感謝♪」

 

 エヴァンジェリンの眉間がピクリと動くような、そんな軽い感謝の台詞を口にすると、瑞樹は早速紙袋を開いて中身の物色をし始める。

 

「メロンかな~バナナかな~リンゴかな~♪」

 

 どうやら瑞樹の中では、『御見舞といえばフルーツ』とでも成っているらしい。もっとも、エヴァンジェリンが持ってきた紙袋のサイズ的に、メロンは有り得ないと考えるべきだろう。

 

「……何これ?」

 

 袋の中から品物を取り出した瑞樹は、エヴァンジェリンに素直に疑問を向ける。その手にはジャラジャラとした装飾品の付いた、奇妙な装身具が握られていた。

 

「それは私のコレクションの一つでな、『シヴァの爪』という三只眼専用の装飾品だ」

「シヴァの爪?」

「簡単に言えば、三只眼の力を小出しに扱うことが出来るように成る御守りだな。私でも一つしか持っていない貴重品だが、私が持っているよりもお前が持ったほうが良いだろう。特別に譲ってやる」

「へぇ、よく解からないけどサンキュー」

 

 本当に意味は解っていないのだろう瑞樹は、それでも笑みを浮かべながらエヴァンジェリンから手渡されたそれを、自身の右手に嵌めていく。何かしらの布のような材質で出来たそれは、掌に梵字が刻まれている。瑞樹は首を傾げてその文字の意味を考えてみたのだが、直ぐに『どうせ解らない』と思い直して考えるのを止めた。

 

 だが逆に何を思ったのか、病室の扉に向かって手を翳すと

 

「弾けろっ!」

 

 大きな声を上げてポーズを決めてみせる。

 ……もしかしたら、その三只眼というものを小出しに使ってみようとしたのかもしれない。しかしその行動で何かが起きることはなく、室内にはシン……っとした静寂だけが流れている。

 

「何にも起きないじゃないか。エヴァの嘘つ『ゴツン!』――あいてァッ!?」

 

 眉間に皺を寄せて文句を口にしようとした瑞樹だが、その瞬間にエヴァンジェリンから頭を叩かれてしまう。頭を抑えながら避難めいた顔をする瑞樹だが、そんな瑞樹以上にエヴァンジェリンの怒った表情は強烈である。

 

「アホか! いきなり何を考えているんだ貴様は!」

「いやだってさ、不思議な物が手に入ったら取り敢えず使ってみないか?」

「状況というものを考えろ! ここでそんな物をぶっ放したらどうなるかくらい、容易に想像がつかんのか貴様はぁ!」

「……ドアに穴が開く?」

「吹き飛ぶわ!」

 

 肩を上下に動かしながら、荒い呼吸でツッコミを続けるエヴァンジェリン。

 しかしそのかいもあって、瑞樹にも意味が理解できたようである。自身で出そうと思って力を放ったことがない瑞樹だが、確かに思い返してみれば、今までのどれもが穴が開く――といった程度の破壊力では無かったと思い返された。

 

「危なくない? なんでこんな危険な物を俺に渡すのさ?」

「お前……本当に疲れる性格をしてるな?」

 

 若干引き気味に言ってくる瑞樹に、エヴァンジェリンは心底疲れたような顔を向けた。心なしか、肩が随分と下がっているようにも見える。

 そんな二人のやり取りを、隣のベッドから冷ややかな目で眺めている明日菜と、そしてヒヤヒヤした目で見ている保護者のタカミチは、

 

「ねぇ、タカミチ。あの2人は何の話をしてるの?」

「さ、さぁ? マンガか、何かの話かなぁ? ハハハ……」

 

 と、口にするのであった。

 タカミチは明日菜の問いに苦笑いで答えながら、視線をチラッとエヴァンジェリンへと向ける。其処には

 

「(そういった話は、一般人の居ない所でやってくれ!)」

 

 といった思いが込められており、エヴァンジェリンはその視線を受け取ると面倒くさそうに溜息を吐いた。

 

「面倒だな……おい、瑞樹。もっと人気のない所に行くぞ」

「え? なんで?」

「良いから黙って付いて来い。移動しながら説明してやる」

 

 それ以上の返事を待たずに、エヴァンジェリンは一人で病室から出て行ってしまった。

 

「訳が解からん」

 

 瑞樹はそう言いながらも、素直にエヴァンジェリンを追いかけて病室から出て行く。

 その様子を無言で見つめていた明日菜は――

 

「ねぇ、タカミチ。『ぺど』って何?」

「え!?」

 

 病室に残っているタカミチに、随分と困った質問をぶつけるのであった。

 タカミチは明日菜の質問にシドロモドロになってしまうのだが、それはまぁどうでも良い事だろう。

 

 エヴァンジェリンは病室から人気のない所――この場合は単純に病院の屋上へと移動していった。移動する事の意味が理解できない瑞樹であったが、

 

『タカミチと、あの小娘がどんな関係なのかは知らないが、恐らくは普通の人間なのだろう。ならば、コッチ側の話を聴かせる訳にもいくまい。……面倒くさいことだがな』

 

 との、エヴァンジェリンの言葉に納得をした。

 実際に自分自身、今回のような出来事に巻き込まれるまでは魔法だの妖怪だのといった物は御伽噺の世界での存在だったのだ。

 

 それを考えれば、幾らタカミチの家族(?)である明日菜の前とはいえ、アレコレと話をするのは遠慮するべきなのだろう。

 

「さて、瑞樹」

 

 屋上へ到着してから、エヴァンジェリンは外柵付近まで歩くと瑞樹に声を掛けてきた。何かしらの真面目な話をするのだろうか? 幾分雰囲気が重々しく感じる。もっとも、瑞樹はエヴァンジェリンに視線を向けると、

 

(そういやエヴァって、随分と偉そうにしてるけどいったい何歳くらいなんだ? こう見えて、もう婆さんくらいの年齢だったりして?)

 

 と、全く関係ないことを考えていた。

 

「わざわざ場所を変えたんだ、そのシヴァの爪の使い方だけではなく、今後の事についても少し話をするか」

「今後? ……なんだか将来設計みたいな言い回しだな?」

「馬鹿なことを言ってないで、ちゃんと真面目に聞け。お前は既に人間ではなく、妖怪街道一直線の化物だ。解ってるのか?」

「……色々と口を挟みたい所ではあるけど、取り敢えずは」

 

 瑞樹はエヴァンジェリンの言葉に、昨夜に仮面の人物が口にしていた『宿眼蟲』の事を思い出したのだが、その事を口には出さずに飲み込んだ。

 逆にエヴァンジェリンの方はと言うと、今では宿眼蟲のことを把握しているのだが、それを口にして瑞樹がパニックでも起こさ無いようにと配慮して口にはしない。

 

「お前が寝ている間に、同室のタカミチにはお前が妖怪だということを伝えてあったようだからな。アイツから、ある程度の事情は説明されているのだろ?」

「何も知らずに居ると危ない……って程度のことは聞いたよ」

「ふむ。まぁ、概ねそういった認識でも構わないだろう。お前は三只眼である以上、これからも何者かに狙われ続ける可能性が非常に高い。そのため、それらを自力でどうにか出来るくらいに強くなる必用があるのだが――」

「それなんだけどさ、どうにもピンと来ないんだよな。確かに昨夜は変なのに絡まれたけどさ、だからってそんな風に強くなる必用があるのか? 襲ってきた奴だって、タカミチの話じゃあの光に巻き込まれたんだろうって」

 

 つまり瑞樹は、もう危険なことなんて無いんじゃないか? と言っているのだが、エヴァンジェリンはそんな瑞樹の言葉に呆れたような表情と視線を向けてくる。

 

「ふーん。まぁ、お前は平和ボケしたこの国の、そのうえ呑気が服着て歩いているような年代の人間だ。そういった甘っちょろい考えをしていても、なんら不思議ではないがな。だがな、断言してやろう。お前が送ってきた日常は、確実に1週間とはもたんぞ?」

「一週間もって、幾らなんでも。なに言って――」

「世界というのは、それ程までに優しく出来ているモノではないんだよ」

「……っ」

 

 その言葉は、反論をしようとした瑞樹を思わず押しとどめるだけの迫力が、いや、エヴァンジェリンの実体験から来るであろう深みが伴っていた。

 瑞樹はビクッと身を縮込めるように振るわせるが、その視線をエヴァンジェリンから離すことは出来ないでいる。

 

「もっとも、お前が自分らしく生きることを拒否して、誰かの良い様にされても構わないというのなら、好きにすれば良い。例えそうなったとしても、私は一向に構わないのだからな」

「解った、解ったよ! そんなに脅すなってば! ……ったく、何だって俺がこんな面倒なことに……」

「フンっ、話を戻すぞ。――つまりお前は、その何かが有った時に自分で対処出来るだけの力を身に付ける必要がある……ということだが、とは言え元々強力な術を使うと言う三只眼だからな、それ程に心配は――うん?」

 

 渋々だが同意をした瑞樹にエヴァンジェリンは言葉を続けたのだが、不意にその動きがピタリと止まる。それが何かに悩むような、訝しむような表情を浮かべて瑞樹を見つめているのだ。

 

「魔力が、思ったよりも少ないな。流石に一般人や普通の魔法使いよりは多いようだが……となると、アレだけの破壊力を持った攻撃は、いったい何処から……」

 

 ブツブツと呟く言葉は、拾ってみれば余り面白い内容には思えないモノである。瑞樹は自身の眉間に皺を寄せると、嫌そうに口元を引き攣らせた。

 

「エヴァ? もしかして、俺って才能がないとかだったりする?」

「いや。元々はどうだか知らんが、少なくとも魔法が使えないということはないぞ? とは言え、恐らくは『氣』を用いた術の方が相性は良いかも知れんがな」

「魔法よりも術……。なぁ、それってエヴァが教えてくれるのか?」

「はぁ? なんだって私が、そんな七面倒臭いことをしなくてはならんのだ?」

「いや。話の流れ的にはそうかな? って」

「私はシヴァの爪をくれてやっただろうが。術云々に関しては他の人間に――いや、そうだな」

 

 途中で何を思ったのか、エヴァンジェリンは考えこむようにして言葉を区切る。そして何かを思い出すように、再びブツブツと考え事をし始めた。

 正直なところ、なにか危険なことを考えているのでは? 等と思えてしまうのだが、それを指摘すると藪蛇に成るような気がして瑞樹には何も出来なかった。

 

 一頻り一人で悩んでみせたエヴァンジェリンは、考えが纏まったのか瑞樹に向かって口を開いた。

 

「お前、聖地に行ってみたい――とか言っていたな?」

「あぁ、人間になる方法を探したいって言ったけどさ」

「……いっそのこと聖地に行って、三只眼の術を学んだほうが良いかも知れんな」

「聖地に行く方法、あるのか!」

「有るには、有る」

「じゃあ――」

「がっつくなよ、瑞樹。行く方法はあるが、私はどうすれば良いのか迄は知らないんだ」

 

 ドウドウっと、勢い良く迫ってきた瑞樹をエヴァンジェリンは押しのける。

 しかしだ、人間に戻れる方法が有るかもしれない『聖地』だ。それが話題となれば瑞樹に興味を持つなという方が無理というものだろう。

 

「もしかしたら、探せるかもしれないというだけでな。まぁ、大体の場所は聞いてるから、後はジジイ達の頑張り次第だろう」

「ジジイって誰だよ?」

「あん? ソレはオマエ、此処の校長に決まってるだろう」

「あ、いや、確かに見た目的には爺さんだけどさ」

 

 瑞樹はエヴァンジェリンの言い方に、校長が彼女のような奇妙な能力を持った側の人間だということを知らされてショックを受けていた。

 

 が――

 

(……あの怪しい容姿じゃ、寧ろ普通の人間って言う方が無理があるか)

 

 と、直ぐにそんなショックから立ち直るのであった。

 

「まぁ、其のことは私からジジイに言っておいてやる。オマエがいきなりジジイの所に行っても、うまく説明など出来ないだろうからな」

「あ、宜しく。――っていうか、聖地に行く方法とかその他諸々だって俺は知らないんだから、エヴァに頼るしか無いんだよな……。なんか、色々と世話になってゴメンな?」

「別に構わん。投資みたいなモノだからな」

「投資?」

「……気にするな」

 

 ポロッとエヴァンジェリンから出てきた言葉に首を傾げる瑞樹だった、当の本人は何でも無いと流すだけだった。まぁ、教える気がないものを無理に聞いても仕方がないだろう――と、瑞樹もソレ以上の追求はしないようだ。

 

「でも、聖地って三只眼が住んでた場所だよな? 其処にだったら、本当に人間に成れる方法が見つかるかも!」

「人間に、か?」

「あぁっ!」

 

 明確な目標として誰のように強くなる――といった指標がない分、瑞樹には人間に成るといった事柄の方がやる気に成れるようだ。

 しかし子供様にはしゃいで喜んでいる瑞樹を、エヴァンジェリンは物悲しい表情で見つめている。

 

「瑞樹……お前は、人間には」

「え? なに?」

「……いや。なんでもない」

 

 振り返る瑞樹に、エヴァンジェリンは一瞬口ごもり、首を左右に振った。

 当然、そんな反応をされれば瑞樹も気にはなるのだが、しかし今は聖地に行けるといったことで頭が一杯なようである。

 

 直ぐに思考をそちらの方へと移してしまった瑞樹に、エヴァンジェリンも思考を変えることにした。

 

「距離的には麻帆良からそんなに離れてはいないし、場所の特定さえ出来れば直ぐに行けるだろう。……『鍵』は何処に仕舞ったかな?」

「鍵?」

「聖地に至る崑崙の鍵で――あぁ! もう! 面倒くさい! 後で説明してやる!! 兎も角お前は、場所の特定が出来次第に聖地に向かって旅立つんだ! 良いな!」

「お、おぅ。了解」

 

 一気に捲し立てられた瑞樹は、その勢いに負けて返事をした。

 とは言え瑞樹には、『エヴァンジェリンに任せておけば大丈夫だろう』といった、妙な信頼のような感覚が有るらしく、異存は無いようである。

 

 エヴァンジェリンは腕組をして空を見上げると、辟易したように溜息を吐いた。

 何だろうか? と、瑞樹も倣うようにして空を見上げると、思わず「ウオッ!」と声を出してしまう。

 

 なにせ其処には、幽霊少女・相坂さよが酷い形相で浮いていたのだから。

 

「さしあたっての問題としては、あそこに浮いている相坂の奴か」

「な、なぁ、あの幽霊《こ》に何かしたのか?」

「直接は何もしていないんだがな。……ふむ」

 

 思わず耳打ちしてエヴァンジェリンに尋ねる瑞樹だが、そういった行動をとるだけで相坂の反応はより激しさを増していく。

 因みに既に妖怪化が完了していると言える瑞樹は、この時の相坂が何を訴えているのかが良く聞こえていた。

 

 それは

 

「(駄目です! 瑞樹さん! その人は普通の人間じゃないですよ! 早く離れてください!)」

 

 といった内容である。

 とは言え、エヴァンジェリンが普通の人間じゃないことは瑞樹も既に知っている。今更それを教えられたとしても何とも思わないが、寧ろマトモに会話をしたこともない相手(幽霊)に、名前を覚えられていることのほうが違和感を覚える。

 

「知らず知らずのうちに幽霊に名前を覚えられるとか、やっぱりとり憑かれたかな?」

「安心しろ。基本的にアレは無害だ……多分」

 

 若干言い淀むようにするエヴァンジェリンに、瑞樹は苦笑いを浮かべる。ガタガタと周囲の柵やらが揺れているのは、果たして風の影響だろうか?

 

 瑞樹は目を瞑って「うーん」と唸ると、軽く溜息を吐いて

 

「あーっと、……ちょっとこっちに来なさい」

 

 チョイチョイと、なんと相坂に向かって手招きをした。

 ココに来て、マルクト神父に言われた『耳を傾ける』を実践する気になったのだろうか?

 相坂はよもや瑞樹に手招きをされるとは思いもしなかったのか、

 

「(え!? もしかして御呼ばれですか? 私が? 良いんですか!?)」

 

 なんて口にしている。

 

「その『私さん』で良いから、早くコッチに来なさいな」

「(は、はーい!)」

 

 相坂の反応に『幽霊が怖い』なんて発想が瑞樹の中から抜け落ちていく。まぁそもそも、一般的に考えれば幽霊も妖怪も似たようなジャンルに分けられるだろう。

 

 オドロオドロしい幽霊のイメージから大きく外れた相坂の声に、瑞樹は口元がヒクっと動いて、表情が崩れるのを感じていた。

 

 ふよふよと相坂が近づいてくる最中、瑞樹は「アッ」と声を出してエヴァンジェリンに問いかける。

 

「そう言えばさ、エヴァってなんて妖怪なの? 座敷童子?」

「吸血鬼だ」

「え?」

「なにか言いたいことでもあるのか?」

 

 


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