魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

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聖魔の章
12話


 

 

 

「オラオラ、ソンナニ亀ナ動キヲシテルト切リ刻ムゼ!」

「そんな簡単に、物騒なこと言うんじゃないよっ!?」

 

 ケタケタと笑いながら、瑞樹に向かってナイフを振り回しているチャチャゼロ。瑞樹は半分涙目になりながら、そんなチャチャゼロの攻撃を辛うじて避け続けていた。

 

「瑞樹ッ! もっと細かく動け、全体を見通して最小限の動きだけでだ! 余計な動きは死に繋がるぞ!!」

「だから、物騒なこと言うなって言ってるだろうがッ!!」

 

 迫るチャチャゼロの攻撃を躱しつつ、エヴァンジェリンによって遠間から放たれる『魔法の射手』という初級魔法に瑞樹は苦しめられていた。

 ……いや、より正確に表現をするのであれば、イジメであろう。

 

 現在の彼等の居る場所は、エヴァンジェリンの別荘の中。通常空間では麻帆良以外への移動が出来ず、また大きな魔法の行使も出来ないエヴァンジェリンだが、この別荘内にいる間は殆ど制限もなく魔法を扱うことが出来るようである。

 

 日頃のストレスでも溜まっているのであろうか? 瑞樹に向かって魔法を放つエヴァンジェリンの表情は、それはもう随分と嬉々とした笑みである。

 

 まぁ、こうやって瑞樹の戦闘技能と瞬時の判断能力を養おう――といった試みを、エヴァンジェリンはしているのだが……

 

「魔法の射手! 氷の38矢!」

「だから――!」

「ケケケ、貰ッタゼ!」

「いい加減に――しろってーーーッ!」

 

 ある程度の極限状態になると、爆発する。

 

 眼前に迫るチャチャゼロのナイフ、そして周囲から瑞樹の全身に狙いを定められた氷の矢が飛来する中で、瑞樹は全身から妖撃破を放った。

 

 カ――ッ!!

 

 と、周囲が光によって白く染まり、辺りの物を尽く飲み込んでいく。とは言え、ソレくらいでどうにかなる程、彼女――エヴァンジェリンは容易い相手ではないようだ。

 

「直ぐにそう言ったモノに頼るなと、私が何度も何度も言っているだろうが」

 

 光の晴れた其処には、手を伸ばして障壁を張っているエヴァンジェリンが立っていた。しかも無傷な姿で。

 

「ず、ずるいぞ! エヴァ!」

「来るのが予測できれば防ぐこと自体は難しくはない――と、何度も言ってるだろうが」

「だからって、お前――」

「おい、後ろ」

「ケケケケ!」

「――あっ」

 

 エヴァに言われて後ろを振り向いた瞬間、瑞樹の顔に向かってチャチャゼロが蹴りを放つ。しかし――

 

 ――スカッ

 

「むッ!?」

「ウォッ!?」

 

 チャチャゼロが蹴りを放った瞬間、瑞樹は一瞬にしてその場から姿を消す。と言っても、本当に消えた訳ではなく、『高速で移動しただけ』である。

 

「――っと! う、上手くいった!?」

 

 ズザザザザ――っと、流れる足を踏ん張りながら、瑞樹は自分でやったことに対して驚いている。

 瑞樹はチャチャゼロと距離が空いた事で、今度は逆に近くになったエヴァンジェリンへと視線を向ける。

 

「エヴァ! 今日こそは、貰ったぁッ!!」

 

 一瞬だけ腰を落とし、先程と同じように『高速移動』をエヴァンジェリンに対して仕掛ける瑞樹。

 

 だが、

 

「そんな解りやすく、使い慣れない『瞬動術』を乱用するんじゃない」

 

 軽く横に体ごと移動させるエヴァンジェリン。序に足元を払うように、軽く足払いを仕掛けている。すると

 

 ガ――ッ!

 

「んなっ!?」

 

 移動中に足を払われたからか、それとも単純に移動距離の見積もりが甘かったからだろうか、瑞樹は飛び出した勢いそのままに

 

「どわぁあああああああッ!!!」

 

 盛大に転がって行くのであった。

 そして其の侭、高台に設置されている舞台から海へと向かって真っ逆さまに落ちていった。

 

 ご愁傷さまである。

 

「後先を考えないからそうなるんだ、馬鹿者。……しかし、いつの間に瞬動術なんて覚えたんだ? チャチャゼロ、お前が教えでもしたか?」

「イイヤ、御主人。俺ハ何モ言ッテナイゼ。大方、自分デ考エツイタンダロウヨ」

「む、氣の扱いに慣れてきたということか」

 

 エヴァンジェリンは、腕組をしながらほんの少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。瑞樹が此処、エヴァンジェリン所有のダイオラマ魔法球の中に『拉致』されてから既に2ヶ月ほどが経過していた。

 

 とは言え、外の世界とは時間の進み方が違うため、実際には3日も経ってはいない。もっとも、毎日を今回のような扱きで過ごしているためか、徐々にでは有るが普通の人間とは言えないような状態になりつつあった。

 

 ソレが今回の瞬動術という移動法であり、氣を用いた身体強化である。……まぁ、だからと言って、エヴァンジェリンとの実力差に毎日ボコボコにされるだけなのだが。

 

「まぁ、才能の塊とは言えんが、それでも大したものではあるか。……おーい、生きてるか?」

 

 海の底へとダイブしていった瑞樹に、エヴァンジェリンは舞台の上から心配などして無さそうな声色で声をかける。

 高低差20~30mから落下した相手に対し、何とも酷くはないだろうか? とも思うのだが、

 

「大丈夫な訳が有るか! 死んだらどうするんだ!!」

「……全然、大丈夫そうじゃないか」

 

 どうやら瑞樹の身体は、結構頑丈に出来ているらしい。

 エヴァンジェリンは目を細めながら呆れたような口調で言うのであった。

 

 

 ※

 

 

「客?」

「そう、客だ」

 

 エヴァンジェリンによる地獄のような苛めという名の修業の日々を満喫させられていた瑞樹は、その当事者であるエヴァンジェリンから『表に戻るぞ』と言われ、丸一日の休養を挟んで魔法球から出てきたところだ。

 

 エヴァンジェリンに理由を尋ねると、何でも客が来るらしいとのことである。

 

「なんでエヴァの客が来るってのに、俺が一緒に外に出なくちゃいけないんだ? 俺だけでもあの中に居られれば――」

「私が居ない間に休養が取れる、か?」

「あ、それも有る」

「…………お前な」

 

 エヴァンジェリンは眉間に皺を寄せて、ジロッと睨むようにしてくる。しかし瑞樹がソレで怯むことは無いようで、

 

「解った解ったから。……だから、そんなに睨むなっての」

「な、お前なっ! 人の頭を気安くッ!?」

 

 軽い口調でエヴァンジェリンの頭を『ポンポン』と撫で付ける。突然のことに肩をビクッとさせて声を荒げるエヴァンジェリンであるが、やはり瑞樹には効果が無いようである。

 どうにも、普段から互いの室力差を見せつけられていても、瑞樹にとってエヴァンジェリンは小さな女の子にしか見えないようだ。

 

 ……本当は、女の子なんて年齢じゃないのだが。

 

「――まぁ良い。だがな、客だと言ってもソイツはオマエの為に呼んだんだ。オマエが引っ込んでいたのでは意味が無いだろう」

「俺の為に? ……お泊りセットは持ってきてるぞ?」

「…………」

「だから、冗談だって。――それで、俺のために呼んだって言ったけど、俺の『何』のためなんだ?」

 

 瑞樹は肩を竦めて、エヴァンジェリンの頭から手を退ける。エヴァンジェリンは小さく「フン」と鼻を鳴らすと説明を始めた。

 

「前に言っただろうが、オマエは魔法の才能は殆ど無い。その代わりに術を扱うようにしたほうが良いのだが、私は戦うための術など殆ど知らん」

「あぁ~っと、確かに言ってたな」

「まぁ、正確に言えば使えないので教えられないということなんだが、その変わりに成る様に呪術商人を呼びつけたんだ」

「呪術……商人?」

 

 聞きなれない言葉に首を傾げる瑞樹。

 

「深く考えるな。言葉の通り、『術の商い』をしている連中のことだ」

「え、なに? 術とかって買えるモノなのか?」

「当然だろう。有用な術であれば欲しいと思う人間は多いし、値段によってはそれだけで製作者は左団扇なんだからな」

「へ、へぇ、なんだか普通に経済してるんだな、コッチの業界も」

 

 自分と関わりの無かった世界の出来事であるため仕方がないのだろうが、魔法業界と言っても人間が関与している以上、一般人のそれと変わらない部分というものが有るのであろう。

 

 瑞樹がそうやって、魔法世界のことに関心をしていると

 

 ――コンコン

 

 と、何者かが玄関のドアを叩く音がする。

 瑞樹は「なんだ?」と首を傾げるが、エヴァンジェリンは直ぐにソレが件の商人であると察したようだ。

 

「ん、来たか? ……瑞樹、出てやれ」

「え!? なんで俺が」

「今のオマエは居候だろ。それくらいのことは率先してやれ」

「ぐ……解ったよ」

 

 顎先をクイッと動かして、エヴァンジェリンは瑞樹を促す。瑞樹は憮然とした表情のままに、玄関を開けに行った。

 

「はーい、今開けますよ――と」

 

 ガチャっ!

 

 瑞樹がドアを開けると、其処には小太りの、上から下まで黒で統一された服装の中年男性が立っている。

 黒の帽子に、黒のコート。顔には黒い丸型のサングラスまで身に付けている。

 

「えーっと……」

 

 瑞樹は相手をどう対応するべきかと、言葉を濁していた。すると、相手の方から反応が来る。

 

「おや? こちらはエヴァンジェリンさんのお宅だと伺ったのですが?」

「あ、あぁ。確かに此処はエヴァの家だけど、そういうアンタは誰さんなんだ?」

「おぉ! これは申し遅れました。私、呪術商人の呪鬼(チョウカイ)と申します」

「チョ、チョウカイ? 外国の人――って、アンタが呪術商人か? ついさっき、確かにエヴァが来るって言ってたわ」

「おぉ、そうですか」

 

 一応は誰なのかが判明したため、瑞樹は警戒心を潜ませる。家の中へと呪鬼を招き入れ、エヴァの待つリビングへと案内をした。

 

「おーい、エヴァ! 商人さんが来たぞ!」

 

 リビングでは偉そうに、ソファに深々と腰を掛けているエヴァが居る。エヴァは視線を呪鬼へと移すと、口元ニィッと釣り上げた。

 

「久しぶりだな、呪鬼」

「えぇ、本当に。エヴァンジェリン様もお変わりが無いようで」

「フン、私は吸血鬼だぞ? そうそう変わって堪るか」

「フホホ、左様ですな」

 

 昔からの知り合いなのだろう、幾分気安いような口調で会話をする二人。瑞樹はソレを耳にしながら、エヴァの隣へと移動する。

 

「で? 何か持ってきたんだろうな?」

「えぇ。エヴァンジェリン様は御得意様でしたからね。言われたとおりに早急に用意できる物を持っては来ましたが……一体、誰が使われるので?」

「コイツだ」

 

 ズイッと指をさして、エヴァは瑞樹を呪鬼に紹介? する。瑞樹は軽く会釈をして「どうも」と言うが、呪鬼の方は訝しげな表情を浮かべる。

 

「この人間に、ですか? 言ってはなんですが、人間に強力な術を使わせると死にますよ?」

「ソイツは人間じゃない。妖怪だよ」

「妖怪? ……ご冗談でしょ? どう見ても普通の人間じゃないですか」

 

 呪鬼は瑞樹をジロリと見るが、とてもではないが妖怪とは思えなかった。角もなければ肌も普通、特に手足が多いというわけでもなく、ソレらしい威圧感もないとなれば、妖怪だと言われても信じようがないだろう。

 

「――ソイツがどんな奴なのか……なんて、オマエにはどうでもいい事だろ。オマエはただ持ってきた商品を私達に提供して、後は野となれ山となれ。そうじゃないのか?」

「…………ま、確かにソレはそうですな」

 

 一瞬考える素振りを見せた呪鬼だったが、エヴァの言葉にアッサリと納得をしたのか瑞樹の素性をソレ以上聞いてきたりはしなかった。

 

 商売人としてソレは余りにも無責任では? と、思えなくもないのだが、恐らくはマトモな商売人ではないのだろう。

 

「それで呪鬼。今回はどんな術を持ってきたんだ?」

「フホ、今回は凄いですよ。滅多に出回らない代物ですからね」

 

 呪鬼は肩を震わせて笑みを浮かべると、懐から奇妙な物体を二つほど取り出してきた。くすんだ緑色をした奇妙な物体。

 筋張ったような、何かの蕾のような形をした物だが、その二つはそれぞれ違った形をしている。

 

 どうやらエヴァもその物体には覚えがないようで、眉間に皺を寄せていた。

 

「……何だソレは?」

「獣魔の卵ですよ」

「ほぅ、獣魔の卵か。確かに珍しいな」

「なぁエヴァ、獣魔ってなんだ?」

「ん、簡単に言えば術者を宿主として主従契約を結ぶ使い魔、妖怪みたいなものだ」

「へぇ~……」

 

 言われて納得をしたエヴァとは違い、当然瑞樹には意味が分からない。エヴァは出来の悪い教え子に、術に関する簡単な説明をする。

 

「持ってきたのはどんな獣魔なんだ?」

「獣魔術としてはオーソドックスな物ですがね。コッチが土爪(トウチャオ)、そしてこちらが鏡蠱(チンクウ)になります」

「近接用の攻撃型獣魔に、反射系獣魔か……」

「はい。時間を掛けても良いというのなら、他の獣魔も探してみせますが?」

「いや、今のコイツには丁度いいだろう。下手に強力過ぎる術では、却って自滅しそうだからな」

「は? 自滅ってなんだ?」

「……恐らく、直ぐに解るだろう」

 

 『自滅』なんて言う、若干危険な単語に眼を細める瑞樹。しかしエヴァはそんな瑞樹に答えを言わず、少しだけ目を細めた後に曖昧に返すのだった。

 

「それじゃあ、その獣魔を二つ共くれ」

「お買い上げで?」

「あぁ。支払いは金が良いか? それとも物か?」

「お金で。いつもの口座に御願いします」

 

 トントン拍子に決まっていく売買契約。

 当事者であるはずの瑞樹は、完璧に置いてけ堀である。

 

「おい、エヴァ。コレって結構するんじゃないのか?」

「うん?」

「俺、後で払えって言われても金なんて無いぞ」

「余計な心配なんてするな。オマエには後々で確りと働いてもらうからな。まぁ、貸しが増えたとでも思え」

「エヴァ、お前…………良い奴だな」

「勘違いするなよ。貸しだと言っているだろ? 後でその分、ちゃんと働いて返してもらうからな」

 

 貸しと言っても、今現在の自分には代金を支払う宛など無いのだ。エヴァの言葉に、瑞樹は感謝の言葉しか浮かばない。

 

「さて、呪鬼。早速だが、その獣魔との契約まで面倒を見てもらうぞ」

「え? 契約もですか?」

「当然だ。私は術自体は知っていても、その契約方法などはサッパリだからな。お前の方が詳しいだろ? だったら、ちゃんとアフターサービスをしていけ」

「むぅ……それは御尤も、ですな」

 

 呪鬼は瑞樹をチラッと見ると、不安そうに眉間に皺を寄せた。大方、本当に大丈夫なのだろうか? とでも思っているのだろう。

 

 もっとも、そんな風に思っているのは視線を向けられた瑞樹も一緒だったが。

 

 

 ※

 

 

「準備はコレで終わりですよ。後はこの結界の中に入って、獣魔の卵を孵化させるだけです」

「ふむ。随分と狭い結界だな?」

「余り広いと獣魔が逃げますから」

「あぁ、そういう事か」

 

 エヴァの家の前に、小さな円形の紋様が描かれている。二人はその円形紋様――結界の前で会話をしているのだ。

 

「獣魔の卵を孵化させる方法は何だ?」

「一般的には、術者と成る人間の体液を掛ければそれで孵化するのですが」

「体液? 唾液とかか?」

「いえ、血液や精液等がよろしいかと」

「ム、……成る程。オイ、瑞樹!」

「断る」

「まだ何も言ってないぞ」

「そのニヤニヤした顔を何とかしてから言えよ!」

 

 呪鬼の説明を聞くやいなや、エヴァはニヤリとした笑みを浮かべて瑞樹を見たのだった。しかし、そんな視線を向けられては、エヴァが何を考えているのか流石の瑞樹にも解ってしまう。

 

「――チッ! ならさっさと血液を吐きだせ」

「吐きだせとか、無茶なこと言うな……」

「いつもの修行時間中には、しょっちゅう吐いてるだろうが?」

「吐かされてるんだよ! 言葉の違いを確りと受け止めろ!」

「ナイフで小さく傷を作るとか、注射器で血液を取り出すとかでも大丈夫なのですが?」

 

 妙な言い合いをするエヴァと瑞樹に、呪鬼は仲裁の意味もあるのだろう提案をする。懐から小さなナイフと注射器を取り出し、「どっちでもどうぞ」と差し出してくる。

 

「……それじゃ、注射器の方で」

「はいはい」

 

 呪鬼の懐には、どれだけ物が入っているのだろうか? 瑞樹の選択を聞くと、今度はアルコールと脱脂綿を取り出してテキパキと準備を進めていく。

 呪鬼は準備を終えると、「はい、チクっとしますよ」なんて言いながら、注射器の針を挿して瑞樹の血液を採取していった。

 

「――これで本当に準備は完了ですな。後は、この血液を獣魔の卵に掛けるだけで中から出てきますよ」

「……ふーん、案外簡単なんだな」

 

 注射器の刺さった場所を揉みほぐしながら、瑞樹は呟くように感想を口にする。呪鬼はその呟きに「え?」といった表情を浮かべるが、エヴァはそんな呪鬼に、「何も言うな」と笑顔で首を左右に振った。

 

「瑞樹、さっさと契約を済ませてしまえ。契約した後に、どれだけ使えるかの練習も必要だからな」

「解ってるよ」

 

 言いながら呪鬼から容器に入った血液と一つの獣魔の卵を受け取ると、瑞樹は結界の中へと入っていく。

 

「んじゃ、やるぞ」

 

 キュポッ! と封を切り、地面においた卵へと瑞樹は血を掛けていく。容器の半分ほどを掛けただろうか? すると不意に、卵から奇妙な威圧感が放たれ始めた。

 

「なんだ? 卵が……孵化するからか?」

「オイ、気を付けろよ瑞樹」

「気を付けるって、何にだよ?」

「ソイツにだ」

「ソイツ?」

 

 不思議そうに首を傾げる瑞樹。一瞬目を反らしたのが悪かったのか、再び卵に目を向けた時には既に卵はパカっと割れていた。

 

「え? 何処に――ナッ!?」

 

 ゴヅン!

 

 空の卵に目を向けた瑞樹だったが、直ぐに驚いたような声を上げる。なんと目の前に、突然三つの怪しい穴が地面に穿たれる。

 

「ちょ、なんだよ、コレ?」

 

 若干及び腰になった瑞樹。とは言え、この場合はそれが良かったといえるだろう。

 

 ギュオン! と、音を鳴らすと、その穴から三つの線が伸びるように地面を抉りながら、瑞樹に向かって襲い掛かってくる。瑞樹は跳ねるようにしてソレを飛び越えると、今度は大きく弧を描くようにして瑞樹の後を追っきた。

 

「ンなっ!? 何なんだよコレ!」

「それが土爪(トウチャオ)だ」

「土爪は光を嫌う性質が合って、今のように隠れて相手を切り刻みます。引っかかれたら、痛いじゃすみませんよ?」

「そうじゃなくて! コレをどうすりゃいいんだよ!?」

 

 迫ってくる土爪を飛び跳ねて躱しながら、瑞樹は悲鳴を上げる。

 

「ソイツはオマエの氣を追って何処までも追いかけていくぞ。死にたくなければ、ソイツを止めて契約するんだな」

「契約って、どうやってだよ!」

「ぶっ飛ばして気絶させるか、無理やり契約の印を相手に刻むかだな」

「大丈夫なのかよブっ飛ばして!」

「手加減しろよ」

 

 ニヤニヤとしながら言ってくるエヴァに、瑞樹は

 

(楽しんでやがるっ!?)

 

 と、悪態をついていた。

 

「手加減って、難しいこと簡単に言うなよな!」

 

 瑞樹は迫ってくる土爪に身構えると、体内の氣を操って身体能力の強化を行った。幸いにして、土爪の動きを見て解るほどに単純なのだ。避けること自体は造作ない。

 

 しかし

 

「――コレって! 避けるだけじゃ勝てないよな!?」

「……当たり前だろ。ちゃんと攻撃もしろよ」

「っても! 手を突っ込んだらズタズタに成らないか、コレ!?」

「成るだろうな」

 

 狭い結界の中でピョコピョンとジャンプしながら、土爪の口撃を避ける瑞樹。土爪は地面に爪痕を立てながら、瑞樹の追跡を続けている。

 

「まぁ、ソイツは近接用の獣魔だからな。手加減してやれば、今のお前なら楽勝だろ」

「手加減!? 直接殴ったら、ズタズタに成るだろが!」

「――瑞樹、お前はもう少し冷静に考える癖を作れ。お前が出来るのは何だ?」

「何って――あ」

 

 エヴァの言葉にハッとしたのか、瑞樹は恥ずかしそうに顔を顰めた。しかし直ぐにソレを行動に移すべく、意識を自身に迫る土爪へと向ける。

 

「クッソ恥ずかしい格好を更しちまった!」

 

 誤魔化すように大声を上げると、瑞樹の額に第三の眼が浮かび上がる。ソレこそが瑞樹が人間ではなく、妖怪となった証の一つである。

 

其処(そこ)ッ!」

 

 瑞樹は地面へと手を翳すと、土爪の通過地点に向けて妖激破を――ぶっ放した!

 

 ――カッ!!!!

 

 眩く光る閃光。

 その後に広がる破壊の音と、衝撃。

 その結果、

 

「ギ、ギギュイ――!」

 

 土爪は吹き飛び、結界は消滅してしまう。爆心地付近に居た瑞樹は、余波を受けてコレまた吹き飛ばされてしまうのであった。

 転がっていく瑞樹を他所に、呪鬼はサングラスの奥で目を丸くしながら驚いていた。

 

「こ、これは……ッ!?」

「言っただろ? あいつは妖怪だとな」

「た、確かに人間ではないですが、コレは幾らなんでも」

「火力は充分なんだが、もう少し洗練させた使い方を覚えるべきなんだ、アイツは」

「そのための術……ですか?」

「あぁ。……だが」

 

 エヴァは転がっていった瑞樹の元へと歩いて行くと、目を回している瑞樹の頭に軽く蹴りを放つ。

 

 ゴスッ!

 

「イテッ!」

「ほら、起きろ瑞樹。土爪が目を回してる内に契約をしてしまえ」

「――っつぅ。出力調整を間違った」

「これからは細心の注意を払えよ。それよりも、契約だ」

「あ、あぁ。……で、契約って?」

 

 頭を左右に振って、意識を戻す瑞樹。

 どうやら、ぶっ飛ばせば終わり――と言うわけではないらしく、他にもやることが在るようだ。瑞樹は答えを求めるように、呪鬼に問いかける。

 

「血を使って、獣魔の身体に『こういう文字』を書くんですよ」

「了解」

 

 懐から『こういう文字』っと――所謂、梵字が書かれた紙を呪鬼が取り出してみせると、瑞樹は頷いて返事をする。

 そして目を回して伸びている土爪に近づくと、余っている血液を指につけ、そそくさと契約を交わすのであった。

 

 因みにその後、反射系獣魔である鏡蠱(チンクウ)に光術を放って死にかけたのは言うまでもない。

 

 

 


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