衝動的に思いついた短編集。   作:70-90

4 / 5
原作:タブー・タトゥー、ワンパンマン
タグ:主人公の名前の読み変更、オリキャラ多数、多少クロス要素あり、ヒロインはトーコ、というより人妻、イー○ンっぽいBB、シ○ワちゃんっぽい大佐

<あらすじ>

『タブー・タトゥー』の主人公の中の人が、サイタマさんと同じことから。

<BGM>

OP: Rx Overdrive / Crossfaith
IN: Waitress, Waitress! / [Alexandros]


TABOO TATTOO 会心の一撃(パイロット版:前編)

 夕暮れ。

 都内某所。ビルの照明や街灯で照らされ、歩道には色とりどりの人々が、車道には様々な車が屯している。この時間帯といえばラッシュの時期。家族や恋人のために職場から帰宅すれば、飲み会に連れられてどんちゃん騒ぎを起こす人達もいる。

 それから跳ね除けられたかのように、真っ暗に染まった場所もある。見通しが悪く、寝込んでいるホームレス達も僅かにいる。

 

「いいから出せよ!」

「やめてくれ…! 言ってるだろう、君達に渡すものなんて何もないんだ…!」

「嘘言え! カバンを渡せばそれでいいだろうが!」

 

 1人のホームレスが、2人の不良に囲まれて暴行を加えられている。蹴られ、引っ張られ、それでも彼はしゃがみ込み、我が子を守るようにリュックサックを抱きかかえている。

 巷によれば良くある話だそうだが、誰も気づかれず、誰も助けない。この事情も当然となっている。

 

「おい」

 

 ところが第三者の声が聞こえ、不良達は不機嫌な表情を浮かべて振り向いた。

 

「んだテメェ…?」

 

 こういう状況には慣れている。

 過去に大人達に注意され、しかし返り討ちにするか威嚇して追い出していたものだ。

 だがそこに、紺色のジャージを着る少年が腕を組んで立っていた。

 

「オレは、趣味でヒーローやってる者だ」

 

 少年は言い切った。

 不良たちよりも頭一つは背が低く、細い体をしている。そんな彼が趣味でヒーローをしている、彼らにとっては滑稽な話でしか変わりがなく、腹を抱えて笑い出した。

 

「こいつ、マジでヒーローって言い切ってやんの!」

「ダセェ、チョーダセェ!」

「……おい、オレは本気なんだけど」

 

 眉間を引き付かせながら、頬を膨らます少年。それを元に、笑いを抑えた1人の不良。

 

「だったらヒーローっぽいことしてみろってぇのぉっ!!」

 

 小馬鹿にしながら、1人が殴りかかってくる。少年はサッと右に避けると、頭に軽い手刀をかけた。

 

「ゴォッ…!!」

 

 もう一度言う、()()である。

 ポンと軽く加減したはずが、勢い良く地面に伏せた。彼は何も言えず、身体中に受けた痛みで悶えるだけだった。

 

「……テメェガキのくせにぃっ…!」

 

 怒ったもう1人もジャブを利かせて、攻撃を仕掛ける。少年は何食わぬ顔で回避しまくり、相手にストレスを与えまくる。

 

「あーめんどくせー」

 

 右ジャブを掴まれ、不良が気づいた時には背中から地面に叩きつけられていた。内臓から吸った空気をすべて吐き出され、呼吸を阻害される。この一瞬の苦しさで一瞬の失神を余儀なくされた。

 向こうで起き上がった不良は仲間が倒されるのを見て、苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。

 

「くぅっ、こうなったら――」

 

 まだやるか、内心では少年は構えていた。

 しかし、仲間を抱え、踵を返して――

 

「カーチャンにチクってやるぅっ!!」

 

 涙声で捨て台詞を残して逃げていった。少年は追うことはせず、『カーチャン』の言葉で呆然としているだけだった。意外と大人気なかったが、その分懲らしめる気が失せている。

 

「また一発…。てかホントは根が悪い人だと思わないんだけどなぁ…。おいおっちゃん、大丈夫か?」

 

 逃げていった不良に僅かに同情を寄せながらも、壁に寄りかかって座り込むホームレスに顔を向けた。白髪を生やす壮年の男性を見ると、殴られたか頬に掠り傷を負っていた。

 

「ありがとう、助かったよ。何かお礼をしないとね」

 

 脇に寄せていたリュックサックに手を入れ、ガサガサと手探りで何かを探し始める。手を引いた時、彼の手には1つの石が握られていた。

 石だが道端で見かける歪なものではなく、ほぼ楕円形に整っており透明。表面には紋章が刷り込まれている。

 男はそれを見て、自嘲した。

 

「最後の1枚か…」

「なんだよそれ」

 

 少年はそれに目を向け、しゃがみこんだ。

 

「これは世界の真理に触れるための鍵だ。この世のありとあらゆる問題を解決する術が、この向こう側の世界に隠されている」

「……なんか、漠然としすぎてよくわかんねぇ」

「欲しいかい?」

 

 男はそう言い、少年の方に手を伸ばす。彼はそれを受け取ると表、裏と眺めていた。

 

「でも、いいのか? 最後の1枚って、おっちゃんには大事なもんだろ?」

「いいんだよ。僕にはもう必要ないものさ」

 

 気力がない調子で男は呟く。少年は首を傾げるばかりだった。

 

「結局軍の追手から逃げるのに精一杯で、王国の人間には会えなかったな。滑稽な話だ。もう逃げるにも疲れてしまった…」

「おっちゃん、どうした?」

「いや、気にしないで。……その模様を掌につけて握ってごらん」

 

 独白していた男は諭すようにして仰いだ。

 

「なんで? こうか?」

「そうだ」

 

 意図がわからない。その状態のまま、少年は表を掌に向けるようにひっくり返した。そして、強く握りしめる。

 

「うっ…!?」

 

 僅かに痛みを感じる。肌身に染みこんでいくかのように、焼き付いていくかのように。苦悶で声を漏らしつつも、握りしめ続ける。すると石は氷解していき、(くう)を握っていた。

 「なんだったんだ」と疑った少年は掌に見やる。そして、愕然とした。

 

――右掌に、石と同じ紋章が刷り込まれていたではないか。

 

「おい、おっさん…」

「お、おっさん…?」

 

 そして無意識に声が低くなり、呼び名も変わっていた。それはすなわち、彼は激怒していた。この態度の変わりように、男は戸惑っていた。

 少年が顔を上げた時、男を睨んでいた。スクっと立ち上がり、ジリジリと接近してきた。

 

「どーしてくれんだよここに刺青彫りやがって」

「いやお礼のつもりなんだが――」

「これお礼どころか呪いにしか見えねぇんだけど…」

「すまないが、私には消すことができないんだよ」

 

 男の決定的な一言で、さらに表情が凍った。

 

「何だって?」

「へっ?」

「聞こえませんでしたよ」

「ちょっと君――」

「もっとはっきり言ってくださいよオレの学校はね刺青禁止なんすよいいですかおっさんオレはオカンから大目付を喰らいながら汗水垂らして机に向かって勉強して受験したからこそ今の幸せがあるんすよそれを初見のあんたに『お礼だよ』と言われて刺青彫られてもしこれで停学か退学になってもしたら――」

「わかった…! わかったから勘弁してくれぇっ…!」

 

 瞳から輝きが消えていた。

 息継ぎもせず、瞬きもせず。男が冷や汗をかいてたじろぐには十分な気迫が醸しだされていた。まだ学生、自分より一回りも二回りも歳が下で平凡だというのに気迫が強すぎる。

 学生は顔を寄せながら詰め寄ってきたので、背中に壁がつくまで尻餅をついたままサッと下がっていた。止まらない足は、軽くだがわざと当て続けていた。

 

――不良狩りが不良になりかけていた。

 

「本当なんだ…! 今の私には消すことはできない…!」

「消し方も知らないであんた――」

 

 一発ぶちかましたろうか。

 そう思って腕を組んで骨を鳴らす仕草を見せる。しかし、手首に巻き付く時計を見た途端に怒りがパッと散らすように消えた。

 

「ああっ…! もうこんな時間…!」

 

 そして驚愕。

 時計を見て慌てた後、ふと男を見る。しかし、彼の姿は跡形もなく消えていた。隙を突いて逃げられたのか。

 

「あのおっさん逃げた……じゃねぇ…!!」

 

 一度呆然としていた少年。しかし今の彼からして優先度は著しく低い。必死の形相(ぎょうそう)を浮かべ、踵を返して歩道をかけ出した。

 ビルの隙間から顔を見せ、去っていた少年を見て安堵する男。先程いた場所から2メートルほどと近い距離だが、気づかれずに済んだ。

 

「また、君に会えるといいね…」

 

 意味深げな笑みを浮かべる男の台詞は、少年――赤塚正義(まさよし)(通称セーギ)にはやはり聞こえていなかった。

 

――今日のタイムセール、卵が98円…!! しかも1人3パック…! 間に合えぇぇっっ!!

 

 この平凡な日常のために。

 

***

 

 翌日。

 

「やべぇ! 遅刻するゥゥっ!」

 

 トーストを口に加え、血眼で走るセーギ。時計を見れば登校時間まであと15分。遅刻すれば担任からペナルティが与えられると了解しているからだ。

 

「また二度寝したのが祟った…!」

 

 実は早起きが得意なセーギ。

 彼は4時に起床し、しかし暇だということで早朝の鍛錬に励んでいたのだ。その後に布団に戻って寝てしまったのが原因だった。

 走りながらトーストを食べきり、後は走るのみ。

 

「セーギ待ってぇぇっ!!」

 

 女子の声が聞こえたため、足踏みをした状態で止まった。

 後ろから1人の女子が追いかけてくる。服越しでもわかる発育の良い胸を揺らしながら走り、辿り着いたところでセーギよりも酷く息を切らした。

 

「急げよトーコ! 遅れちまうぜ!」

「あんたの足が速すぎるのよぉっ! それにこんなことになったのもセーギのせいじゃない!!」

「それはわかったから急げって――ああっもうこんな時間!!」

「あっ、セーギ! も~う!」

 

 一ノ瀬桃子(とうこ)(通称トーコ)というこの少女は、セーギとは同じクラスメイトで幼馴染でもある。地元に住むセーギの母に頼まれて世話をしており、彼女も遅れたのはセーギを起こすのに精一杯だったからだ。

 しかし、それなのに実際にはトーコが遅刻確実な立場になっている。セーギは普段から運動神経が抜群なために足が速く、かなりの距離が空いてしまっている。セーギが一度立ち止まって縮めるも、同じ繰り返し。

 

「うわっ、そこっ、邪魔だぁっ!」

 

 目の前にはフードを着た、灰色の髪の女性。セーギがどくよう叫ぶと、彼女は彼に気づいた。

 女性が道を作るかに思えたが、足を捻って正面を向き眩い速さで――

 

――顔に掌底を繰り出してきた。

 

「うぉっ…!?」

 

 セーギは咄嗟に身体を大きく反らし、スライディングを決めて回避。

 

「えっ、ちょっと――きゃあっ!?」

「あぶねーよあいつ…! ってトーコ、大丈夫か?」

 

 しかし、彼女は後から来たトーコに激突していた。

 駆けつけると2人は互いに倒れていた。特にトーコの場合は少女に乗っかるようにして仰向けの状態で、女性の顔に胸を押し付けていた。

 

「いたたぁ…」

「……ちょっと、いい加減どいてくれる…?」

「わっ…! ごめんなさい…!」

 

 不機嫌な口調を耳にし、サッとトーコは起き上がって避けた。

 

「大丈夫か? それにあんたも」

「ええ。私は平気よ」

 

 フードを被った女性は、笑顔で答えた。

 白銀の髪を持つ彼女は外国人なりに端麗だが、自分達と同い年ではないかと思わせるほどにあどけなかった。

 

「てかさ――なんでオレに殴りかかってきたんすか?」

「えっ? あっ、ごめんなさい。私ったら相手が向かってくるとつい掌底を放っちゃうのよ」

「かわいこぶってるけど、死んだらアカンやろ」

 

 女性の弁明に、思わずセーギは毒ついた。「ほら」と手を伸ばす。何気なく女性はセーギの右手を握った時――

 

「…!」

「うわっ…、なんだ!?」

「どうしたの!?」

「静電気か…?」

 

 掌を見やるセーギ。しかし湿気が多くなるこの時期ではありえるのだろうか。一方で相手は深刻な表情を浮かべていた。何かを見つけたかのように。

 見られていることに気づくとゆっくりと立ち上がり、「それじゃあ行くわ」と何もなかったかのように振る舞い、去っていった。

 

「なんだったんだ、あいつ…?」

「ってセーギ! 突っ立ってる場合じゃないよ! やばいんだけど!」

「へっ? あっ、やべぇ!」

「――ったっ…!」

 

 時刻を見ると、10分前。走りだすセーギ。トーコも走りだしたが、その瞬間に右足に痛みを感じ、膝をついてしまった。

 セーギは立ち止まり、トーコのもとに戻った。

 

「トーコ?」

「さっき、足挫いたみたい…。先行ってて、先生には事情を話しておくから…」

 

 女性にぶつかった際に、足を捻挫したのだろう。トーコの表情からして痛々しく見えた。今すぐ駆け足で急がねば間に合わないが、セーギの性格上でいえばトーコも放っておけなかった。

 

「ああ~もうめんどくせー! よっこらしょ!」

 

 何とも不器用なセーギは、ある暴挙に出た。

 

「ふえぇっ!? ちょっとセーギ!?」

 

 手提げをリュックサックの如く背負い、トーコを横抱きにしたではないか。彼女は紅潮し、セーギに文句をぶつけまくった。

 

「おっ、下ろしてよ…! こんな時に何してるの…!?」

「仕方ないだろ! このまま遅刻してセンセーのペナルティを受けたいんか…!? 違うだろ、受けたくないだろ! たまにはお前も遠慮しないで捕まってろ!」

「それとこれとは――きゃああ――っ!?」

 

 彼女を抱えているにもかかわらず、相変わらずの足の速さで学校へと走っていった。

 

***

 

 晴海中学校とは、セーギ達が通う学校である。

 セーギ達はなんとか間に合ったが、状況が状況のため生徒達に注目された。この後トーコは顔を真赤に染めて彼を叱ったが、友人に冷やかされ、事情を聞いた担任に、『夫婦喧嘩は外でやれ』と釘を刺されるなどと肩身が狭い思いをするばかりだった。

 歴史の授業を受けた後、セーギは机に突っ伏した。

 

「よぉ、旦那!」

「んだよハセ。旦那呼びはやめろって」

 

 茶髪の長谷川(通称ハセ)が、セーギに話しかけてくる。普段はセーギと呼ぶが今回では、彼にとってはなぜか旦那と呼んできている。

 

「そう呼びたくなるんだよ。今朝、一ノ瀬をお姫様抱っこして運んだんだって?」

「ああ、そうだけど」

「お姫様抱っこ…!」

 

 トーコが呟いて一度肩を震わせるのをよそに、2人は話を続ける。

 

「いつものように急いでたけど、目の前に女の人がいたから避けたんだけどトーコがぶつかって足挫いたから運んでやった。それだけだよ」

「それだけって…。それ以上はないの? 何ていうか、新婚さんみたいな!」

「新婚さん…!?」

 

 トーコがその名を聞いて、紅潮し彼らを振り向く。眼鏡を掛けた服部(通称トシ)の指摘に、セーギはハッと空笑いを見せた。

 

「そんなんじゃねーって。ってかあの人、意味わかんなかったな」

「どうしてさ? 男の人が綺麗な女性についぶつかるなんてよくあることじゃないか」

「それは漫画だけの話だろ。あいつ、避けようと思ったら急に殴り掛かってきたんだよ、顔に」

 

 長谷川の疑問に、セーギは答えた。ただそれだけ。

 それだけだというのに長谷川も服部も、セーギが戦慄するほどに愕然とした表情を浮かべていた。

 

「ななナ、ナンダッテェェ…!」

「殴りかかってきた…? はぁっ…?」

「どうしたんだよ…。お前ら反応が大袈裟すぎだぞ…?」

 

 セーギは思わず、2人に突っ込みを入れた。しかし、長谷川と服部は見合わせたまま、何かの意思疎通を行っているように見えていた。

 

「こいつはもしや…」

「おう……三角関係で恨み晴しか?」

「三角関係…!?」

「いやハセ、漫画の読みすぎだろ。最近お前がハマってる例の少女漫画の。てかなんでトーコもいちいち反応してんだよ。……物騒な世の中になったもんだなぁ、ホント」

「いや、そういうわけじゃないと思うんだけど」

 

 長谷川の指摘をよそに、頬杖をつくセーギ。右手でついていたが、その掌から見える刺青に、服部が食いついてきた。

 

「ところでそれ、まだ刺青つけてんの? さっさと剥がさないと、見つかったら怒られちゃうよ」

「それなぁ。わかってんだけどさ、昨日は色んな洗剤使ってみたけど、全然落ちねーんだ」

 

 そう言ってセーギは、周りに教員がいないことを確かめてから掌を見せた。

 

「シールのやつじゃないのか?」

「知らね。チンピラに囲まれてたホームレスを助けたらくれたんだよ。今度見つけたらぶっ飛ばすけど」

「おいおい…。お前が物騒なこと言ってどうすんだよ…。てかまた人助け? お前結構物好きなやつだよなぁ」

「じっちゃんから柔道習ってるし、それに趣味でヒーローやってるんで。……それよりどうしたトシ?」

 

 再びセーギはトシの方に目を向ける。なにやら落ち着かない様子に見えた。

 

「いや、最近ネットで流れてる軍オタ達のウワサ話を思い出してさ…」

「何だって…? もっと詳しく」

 

 服部がミリタリー系好きであることはセーギも長谷川も承知していること。重要なことだと勘が答えたのか、セーギはじっくりと耳を傾けた。

 

「さっきの授業でアメリカとセリニスタン王国の関係が悪くなっているって言ってたでしょ?」

「おう」

 

 セリニスタン王国。

 南アジアに位置し、19世紀半ばにインドを始めとした少数の諸国が合併して誕生した大国。第二次世界大戦後の冷戦ではアメリカ・ソ連の両側にも付かず、飛躍的な経済成長を遂げた。現在でも工業やITなどのあらゆる面で世界トップレベルの技術力を誇り、GDP(国内総生産)は世界第2位。

 

「なんでもアメリカはとんでもない秘密兵器を開発してるって話でさ、その兵器が何者かによって持ちだされて、日本の闇ルートで流れてるっていう噂があるんだ」

「そ、それで…、この刺青ってまさか…」

 

 何とも重々しくも話を展開していく服部。都市伝説だろうが、話しぶりで懐疑的になり恐る恐ると、セーギは尋ねた。

 

「その秘密兵器ってのが――この刺青みたいな形をしているらしいんだよ!」

 

 急にセーギの左手を掴み、掌を指して告げた。本人は呆然としながら、掌と服部を交互に見やっていた。

 

「な、何? その新作映画の宣伝みたいな…?」

「そんなのありえないわよ。刺青が兵器になるわけないじゃない。セーギに変なこと吹きこまないでよね」

 

 トーコが釘を刺す。親でもあるまいしと、セーギは心の中で毒づいた。

 

「セーギ、帰りに買い物手伝ってくれる?」

「いや、今日はじいちゃんの稽古行かなきゃいけないんだけど」

「誰のせいで遅刻しかけたと思ってるのよ!」

「結局オレが送ってやったじゃん、てかお前だけでも先にいけば…」

「わっ私はセーギのお母さんからあんたの面倒見てやってくれって頼まれてるのよ…!」

 

 トーコの発言で一瞬クラス全体が静まり返る。

 いつもこんな感じだ。セーギに対して世話好きなところが多い。炊事に掃除、洗濯までも彼女がやってみせ、地元に住む母親の代わりにきつく注意するなど。セーギは気だるい表情を浮かべるだけで、何も言い返すことはなかった。

 長谷川と服部は納得した表情で顔を見合わせた。

 

「要するに嫁ってことか」

「嫁ですな」

「そ、そこ! バカなこと言ってんじゃないわよ!」

 

 長谷川と服部の解釈に、トーコは宥めた。

 

「ていうか、本妻じゃない?」

 

 しかし、トーコの友人にあたる女学生が付け足してきた。

 

「本妻…!」

「本妻だ…!」

「本妻…!?」

「だってそうじゃない。今朝すごいことしてたんだし、ねぇ~?」

「違うわよも~うバカァッ…!!」

 

 長谷川と服部は「まさにそれだ!」と納得していた。トーコは納得できず、しかし言い返せずしどろもどろとなっている。

 一方のセーギは、刺青に目を向けていた。

 

――結局、これどうやって消そう…。

 

 こんなことを考えながら。

 

***

 

「セーギ、今日の晩ごはん何が食べたい?」

 

 結局セーギは放課後、トーコとともに夕食の支度のために近くのスーパーに寄っていた。セーギも作れないことはないが、大体の炊事は彼女に任せている。

 肉売り場や野菜を見渡しながら、セーギは答えた。

 

「何かって、トーコが何作ってもうまいから何でもいいけど」

「えっ、そ、そう…? ――じゃなくて、ほら遠慮しないで何でも言ってみなさいよ。私はしたくてしてるんだし」

 

 一瞬トーコは頬を赤く染めた。

 セーギとは長い付き合いだが、彼女からしてみれば鈍感なところが見受けられている。自分も彼のことを想ってはいるが素直ではない。

 

「わかったよ。じゃあ欧風アメリカンインドカレーうどんとか」

 

 「なんでもいいや」と思ったばかりに、ふと思いついた名前を呟いてみた。しかし返答がこない。

 

―やぁべぇ。オレ何言ってんのかさっぱりわかんねぇ。どこの国の料理だよ…?

 

 そして後悔した。恐る恐るトーコの表情を窺う。

 

「…えっ、ようふう、あめりかんいんどかれーうどん…? そんなのあったっけ?」

 

 何気なく、思いつきで口にした料理名。何とも聞き慣れない名前にトーコは目を丸くし、呆然としていた。そしてセーギ本人も混乱していた。諸国が集いすぎて、どこの料理だか把握ができない。

 やっぱおまかせにしてもらおうか。そう頼もうとしたセーギ。

 

「あのさ、やっぱりなんでも――」

「待って! 大丈夫! 作ったげる!」

「おい、そんな無理しなくていいって…聞いてねぇ…」

 

 声掛けに応じず、トーコは黙々と料理本に目を向けて例の料理を探していた。思いつきでできた料理があるはずないと呆れていたセーギ。

 時計を見れば、後1時間で稽古の時間。しかし、この様子では間に合うことはないか。

 

「トーコ、オレじっちゃんに電話かけてくるわ」

 

 祖父に電話をかけるために、スーパーの外に出ていく。

 

「あった! あったわ欧風アメリカンインドカレーうどん! さあセーギ、材料探し手伝って…」

 

 奇跡的に料理が見つかった。夕飯の献立が決まったことに胸を踊らせて、セーギに頼もうとしたが、無論彼はいない。

 声掛けしていたはずだが、実際にはトーコの耳には入っていなかった。

 

「荷物運びはセーギって言ったじゃなぁい!! も~う!!」

 

 頼みの綱がいなくなったことで、トーコは地団駄を踏むしかなかった。

 

***

 

「全然繋がらねぇ…」

 

 そんなこととは知らず、スーパーの外でセーギは実家にいる祖父に電話をかけていた。しかし一向に繋がらない。そういえば、稽古の最中だったと思い出す。

 

「ハァイ」

 

 見知らぬ人にフランクな調子で話しかけられた。聞いたことがあると顔を向ければ、あの銀髪の女性だった。

 

「半日ぶり。今朝はごめんなさいね」

「あんた、今朝の――」

 

 セーギが言いかけた時、携帯を持っていた腕に衝撃を受けた。

 気づけば手元に携帯がなくなっており、女性は脱兎のように走って逃げていた。

 

―あんにゃろぉぉっ!!

 

 逃げていく女性を見届けていた。額を引き付かせながら。

 セーギの行動は早かった。血眼になって走りだし、女性を追いかけた。

 足の速さはセーギが上だ。近頃の体育の授業を受けた時、50メートル走で6秒ジャスト。これでも手加減したつもりで、今はそれ以上だ。しかし、小回りの技術では少女が優っている。ビルの隙間、十字路などとあらゆるところで曲折を何度も繰り返し、彼を苛つかせた。

 

「ぬおお――っっ!!」

 

 その分、執拗さは強くなるばかり。

 確か何かのゲームでうさぎが重要なアイテムを盗んだことで、追いかけて取り返すようなことをしたような。自分がそれをプレイした時には然程問題なかったが、自分の立場となると話は別。

 気づけば人気が少なくなる。どうやら自分を導いているかのようだ。

 そして目の前に、廃墟と化した工場。倉庫の入り口で立ち止まり、怒りなどで息を酷く切らしていた。

 

「ぬぁあっ…!」

 

 自分でも訳の分からない掛け声を上げ、倉庫の中に入っていく。

 閑散としており、夕方になっているために中はほぼ暗い。灯となるものはなく、高い目線の窓から覗かせるもののみ。

 

「16歳、O型、私立晴海中学校3年…、赤塚正義(まさよし)

 

 少女の声を耳にし、顔をあげる。倉庫の鉄骨の上に座っており、躊躇なく携帯の中身を見ていた。

 

「おった…。おいお前、早く携帯返してくれない? オレの必需品なんだよそれ。てか勝手に見んな!」

「その前に、貴方に聞きたいことがあるの」

「はぁっ? 何勿体ぶってんのお前?」

 

 フードを脱ぎ、軽めの服装になって飛び降りた少女。その時に向けた視線というのは、冷徹と表現するに相応しいほどに鋭いものだった。

 

「その呪紋、どこで手に入れたの?」

「はっ? じゅもん――」

 

 セーギには聞き覚えのない言葉。聞き返そうとしたが、突如顔に鋭い蹴りが迫ってきた。

 しかし空を切る。セーギは蹴りを避けて後ろに仰け反っていた。

 

「アブねぇな。こっちが話してんだろうが」

「それは私の国の最重要機密よ。返してもらわなくちゃいけないわ」

「最重要機密…? トシが言ってたことか」

「……なにか知ってるようね」

「それはオレのクラスメイトが――うおっ…!」

 

 蹴りが止むことなく迫ってくる。油断すれば、深くダメージを受けるのは間違いない。セーギは避けるのに精一杯だった。

 そして彼は気づいた。彼女の戦い方は自分と全く違うことと。どこで覚えていたかはわからない、しかし見かけ上同世代の少女が繰り出すには強靭かつ俊敏だった。

 気づけば右手で柱にぶつかり、目を向ける。その隙を付かれ、顔に左フックを決められた。

 

―へぇ…。

 

 セーギは同じ側――右手で防いでいた。彼女にとっては渾身の一撃だったために、心では唸っていた。

 

「わかったよ。あんたが本気なら、こっちも手加減しねぇ」

 

 低く声を落としたセーギ。

 先ほどの拳を掴み、後ろへと投げつけていく。『蛇返し』という技で、祖父から学んだものである。

 これで決まったかに思えた。

 

「じゃあ私も、ちょっと本気出しちゃおうかしら」

 

 女性はポケットから何か取り出し、セーギの頭にぶつけた。

 

「…!」

 

 痛みは感じなかったが腕の握力が弱まり、女性は抜けだした。セーギは前のめりになり、ふと横を見る。

 

―オレの携帯…!

 

 そっと手を伸ばし、つかむ。

 しかし蹴りがセーギの顔面に直撃。ただの蹴りとはいえ、大きく飛ばされていく。女性は留まらず、彼が激突した柱までに俊敏な足で追尾。そこからは女性の一方的な暴行だった。

 腹を蹴り、顔を殴り、襟を引っ張って頭を打ち付ける。そんな動作が何度も繰り返された。全く隙を与えず、徹底的に打ちのめす彼女。

 蹴飛ばされたセーギ。あろうことか彼女はダガーナイフを取り出し、止めを刺さんと宙を舞うセーギを追っていた。

 ところが――

 

「よっと」

 

 しかし空中でバク転して体制を整え、着地。軽い調子の声とともに。

 

―嘘…!?

 

 そして彼の変化に気づいた。そして初めて動揺していた。

 

――彼女が与えた攻撃による傷が全く見受けられないのだ。

 

 うろたえる様子も見せず、鋭い視線でじっと睨みつけていた。

 どういうことか。あれだけ徹底した攻撃を与えたはずなのに、受けたものは例外的な相手でなければ倒せていたのに。

 彼女が理解する。まさか、この瞬間を掴むためにわざと攻撃を受けていたというのか。日本の諺に『肉を切らせて骨を断つ』というものがあるが、しかし死んでしまえば自殺行為を行ったという結果になりえない。素人相手があれだけのラッシュを食らってしまえば。

 そしてまたとんでもない光景を目にした。

 

――一瞬で、彼が消えた。

 

「へっ…?」

 

――そして、目の前に現れた。

 

「――チェックメイト」

 

 左フックが少女の腹部にクリーンヒット。左腕を少し後ろに引き、軽く拳を当てただけ。

 セーギからすれば、ドアをノックする程度で軽く殴ったはず。そう、()()

 だが実際そうでもない。それだけでは済まされない。軽く放ったはずの拳は少女の脇腹に接触、そのまま深くねじ込んだ。

 

「かはぁっ…!?」

 

 腹の底から空気全てを吐き出され、弾丸の勢いで後ろに吹き飛ばされていく。目を向けなくとも、廃墟内に轟音が響く。

 そして、破砕音が鳴る。ガラスの割れる音が床から聞こえる。ピクリとセーギの背筋に寒気が走った。左拳を下ろし、小刻みに身体を震わせていた。落ちた元を恐る恐る、目を向ける。

 

――携帯が、画面を下に向けて落ちていた。

 

「やめてぇぇっ!!」

 

 声が裏返り、四つん這いで携帯の元へ駆けつけた。

 

「バカバカバカバカァッ…!!」

 

 少女がやられたかよりも、愛用の携帯の破壊という現実が目に焼き付いていた。拾い上げると画面のガラスは見事に割れており、起動可能かどうかも怪しい。セーギは膝をついて頭を抱え、悲痛な表情を浮かべていた。

 

―そりゃねぇよ、そりゃねぇって…! どうしたらいい…! ボタンボタン…。押して、動くかこれ、けどこう割れちゃあ――あっ、ついた…! タッチはできる…けど何だこれ、めっちゃ画面歪んでる…? 凹むわこれぇぇ…。……確か母ちゃん、修理代3万って言ってなかった…? うわっ諭吉3人逃げてくってこと!? も~最悪じゃん…。今日だってじっちゃんに連絡しなきゃダメだし、ヤベェ、荷物運びしてやる約束だった! 帰ったらトーコにも謝らないとな…。……じゃなくて、あのアマよくもこんな短い時間でぇぇ…!

 

 セーギは携帯の仇を討とうと、目に燃えていた。しかし彼は一撃を食らわせた時の瞬間を覚えていなかったか、彼女を見つけた時には怒りは消え、呆然としていた。

 壁に激突どころかめり込んでおり、白目を剥いていた。彼女が衝突したことで、体よりも一回り大きい直径でクレーターが出来上がっていた。

 一体誰が、と疑問に思ったセーギ。しかし、一瞬で判明することになる。冷や汗を掻き始め、自分の手を眺めれば焦燥感が更に強くなった。

 

「ヤヴェッ!!」

 

―やべっ…! ()()()()やっちった…!!

 

 そう理解したセーギの行動は早い。サッと彼女の元に駆けつけ、サッと壁から引き剥がして横たえた。この工程でもまだ彼女は目覚めない。

 「おい!」と声をかけながら、パシッと頬を叩いて起こす――のをやめた。ワンパンでこの結果になってしまったので、顔を傷つけるどころか凹んでしまうのではないかと、反射的に止めたのだ。

 咄嗟に喉元を触る。まだ脈はあるとわかれば、セーギは荷物を下ろした後のように深く溜息をついた。そして、少女の手を見やる。

 

―こいつ、オレと同じ…。いや…。

 

 少女の左掌に刺青が彫られていた。形は異なるが、どうしても偶然とは言いがたい。セーギの勘が自分に訴えかけていた。

 そっと触ってみると、パシッと静電気のような感触を覚え、サッと手を引いた。

 

―てかどうしよう、こいつ…。

 

 少女が口にした、『呪紋』という名の刺青。しかし、セーギには興味などなかった。いや、如何にして剥がすかが優先事項だった。

 ただ彼女をそのまま放置しておくには、無理がありすぎる。もしもこのせいで退学処分になってしまったら手に負えない。

 しかしふと、適当に触っていた携帯を目にやる。

 

***

 

「イジー、また勝手にほっつき歩いていったか」

 

 街中を歩く壮年の男性――レオン=カツヤマは、訝しげにその名を呼ぶ。ブロンド色の髪を生やし、無精髭を生やすその様はまさに野生的。

 

「全く、中尉殿も勝手ですよ。確かに尊敬できるほどに優秀ですが、唯一尾行だけは下手なんですから」

 

 一方の眼鏡をかけた男性――トム=シュレッドフィールドは彼より一回り若い。困惑した表情を浮かべながら毒ついていた。

 

「そう言ってやんな」

「ですが少佐殿! 我々の任務は国外に流出した呪紋の回収。我々しか把握していない秘密事項ですので、もし中尉殿の行動で世間に漏れてしまえば…」

「トム、今ので筒抜けになってるかもしれないぜ」

 

 レオンに釘を刺され、ウッと咄嗟に口を抑えるトム。

 トムは筋金入りの真面目な男で、今回の任務に積極的ということは少佐は理解している。しかし、それでは遂行など難しい。

 

「一体どうすれば…」

「そう肩を落とすな。直ぐに事を立てなくても、直にヒントは来る。人生はそう言うもんさ。イジーもやってることははっきり言ってクソみたいに無茶苦茶だが、常に好機は俺達に転じてきた。もう少し信じてみようぜ」

「しかし…」

 

 トムが反論しようとしたが、ポケットの中で携帯が震えていた。取り出し、画面を見てみると『イジー』の名が映されていた。

 

「中尉殿…!」

 

 「ほらな」としたり顔を見せるレオン。着信ボタンを押し、耳に当てる。

 

「中尉殿! 今どこにいるのですか! ――えっ、警察ですか?」

 

 「警察?」と、レオンから笑顔が消える。ただただ耳を傾け、話を聞くトム、返答の声は普段通りだが、表情は実に浮かないものとなっていた。彼が電話を切ったところで、レオンは話しかけた。

 

「どうした、トム?」

「いえ少佐殿。警察の方が先程、ひったくりや暴行を犯した少女を逮捕したそうです。彼女が所持していた携帯に、僕の電話番号が入っていましたのでこちらに…」

「……まさか」

「……そのまさかかもしれません」

 

 「そうか」と弱々しく答え、レオンもまた俯く。しかし、次第に空を握る力が強くなり、一気に顔を上げて走りだした。

 何とも、気楽なものから豹変した表情を浮かべながら。

 

「イジィィ―――ッッ!!」

 

 トムも慌てて、レオンを追っかけていった。この先が真っ暗なことを嘆きたい欲を強く押さえ込みながら。

 

***

 

 所変わって柔道部屋。

 61畳にも及ぶ広さの中心でセーギは胡座を描き、黙想していた。これは彼の日課の1つでもある。以前までは柔道の稽古をしていたが、現在ではそれをする機会など毎日から月一に減ってしまっていた。

 幼い頃に警察官の父をなくしてから、師範を務める祖父より厳格な教育を受けていた。主に柔道で、彼が泣いても構わず、祖父はある口癖とともに鍛えさせた。

 

――『力なき正義は正義ではない』と。

 

 しかしある時、事態は一変する。ヒーローになりたいという一心で柔道以外にも個別でトレーニングを夜中に始めた結果、3年後に彼は目覚めた。

 

――代わりに髪、眉毛、睫毛以外の体毛を失った。

 

 筋肉がついたわけでもなく、一見では普通の学生。だが擦り傷も残さないほどに強靭な身体を手に入れ、何よりも柔道の技だろうが拳だろうが一撃必殺の威力も持ちあわせてしまった。

 『ヒーロー=趣味』と豪語するセーギ。力を手にし、大会に勝ち進んだ。現在でも個人戦に限って全国大会で連勝記録を更新し続けている。

 しかし、()()が来てしまった。この力を使ってみて、果たしてこれでよかったのかと。

 

「おったか、セーギ」

「じっちゃん」

 

 袴を纏った祖父が入ると、セーギは立ち上がった。

 

「何腑抜けた顔をしておる。もっとしっかりせんかい」

「わかってるよ。ちょっと気を落ち着かせてただけさ」

「……トーコから聞いたが、今日はひったくりを捕まえたそうじゃな」

「ああ。その代わり携帯はオジャンだけどな」

 

 ちょっとした会話の後、稽古が始まった。既に60歳を超えた老年だが、技の繰り出し方は全く衰えを見せない。セーギ以外にも弟子を持っており、夕方に20人程度を相手に稽古を行っているが、歴史上誰も彼を投げたことがない。

 

――ただ1人を除いて。

 

「甘い! 何故力を抑える!」

「うるせぇな! こっちは力の加減が難しいんだよ!」

「なっとらぁん! ワシを年寄りと見くびりおって、それで正義を果たせるのか!?」

「何とでも言ってろ! この頑固ジジイ!」

 

 拮抗している状態。祖父と孫の喧嘩。

 だが注意してみれば真剣勝負。互いに組み手を行いながら機会を待ち望んでいる。目で注意深く相手と周りを見回し、技を決めるかを窺っている。何分も、何十分間も。

 まさに、五分五分の勝負。しかし――

 

「占めた…!」

「…! フッ…!」

「ぬぉっ…!?」

 

 孫が一歩上回っていた。師伝の投技で祖父を投げ、畳に叩きつけるセーギ。

 また負けた。しかし祖父は悶えることも悔しがることもなく豪快に笑っており、孫は訝しげに見ていた。

 

「またやられたわい、流石ワシの孫じゃ」

「笑ってる場合かよ。ったくホント無茶するんだから。もういい年だから程々にしとけよな」

「いや、ワシはまだやるぞ。死ぬまで一生涯な」

 

 老年でも欠かさないハングリー精神。セーギはただ苦笑するほかなかった。

 無意識に、今の自分と以前の祖父と重ね合わせていた。祖父は昔から腕が強く、正真正銘の負け知らずな男だった。一線を引いても相変わらずで、何よりも厳しく実直な男で滅多に笑顔を見せない。そんな彼が、セーギの前で豪快に笑っている。こんなことなど今まであったのだろうか。

 起き上がらせるために手を伸ばすが、祖父は1人で立ち上がった。

 

「良いかセーギ。お前は強くなった。いや、なりすぎた」

「ああ」

「じゃが忘れたわけではあるまいな、お前の父が何故死んだか」

 

 祖父の一言に、沈黙するセーギ。

 

「あいつは己の力が足りなかった。力がないくせに人を守りたいと警官になった結果がこれじゃ」

「……」

「それなりの力を得たお前にも、いずれわかることじゃろう」

 

 そう呟くと、一足先に祖父は道場を後にした。出て行ったほうで襖が閉まりきるのを見届けると溜息を付き、大の字になって寝転がった。真上に円状の照明、それに手をかざしてみる。

 自分は力を手にした。手に余るほどの力を手にしており、祖父はこれを高く評価してくれている。それでも、セーギの心が晴れることはなかった。

 

「力があれば正義…。てな訳じゃねーんだよな、オレにとっちゃあ」

 

 憂鬱な気分でセーギは呟いた。

 幼少期の頃、ある青年に出逢ったことを思い出した。あの時街中で迷子になった時に、一緒に親を探してくれたのだ。パンツが財布代わりだったとか今に思えば変わったところはあったが、実は冒険家で世界各国を回っていたという。

 あの時に青年が言った言葉は、ヒーローを目指すセーギには実に印象的だった。純粋な心持ちでその優しさを褒めた時に、青年はこう返した。

 

――別に優しいわけじゃないよ。手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔する。それが嫌だから手を伸ばしただけさ。

 

 この時のセーギには理解できず、ただ首を傾げていた。

 しかし、今となっては手に取るようにわかる。

 

「今のオレだったら、何でも壊れちまいそうだな…」

 

 掌に刻まれた刺青を見ながら、セーギは1人呟いた。




後編に続きます。

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