衝動的に思いついた短編集。   作:70-90

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<あらすじ>

 もしも青大が優柔不断でなかったらの話。


君がいた夏(原作:君のいる町、8/7題名変更)

「私は、青大君のことが好きです」

 

―はっ…?

 

 この一言を聞いた時、桐島青大は初めて動揺を覚えた。この告白を放ったのは、かつて青大自身が惚れ、遠距離恋愛をしてその果てに失恋、そんな波瀾万丈を味わわせた女性――枝葉柚希。彼氏であった風間恭輔―東京のマンションに住む兄の隣人であり、親友でもあった―に死なれて以来、行方を暗ましていた。今年の初夏頃に、気まぐれで参加した合コンでふと再会し、時折会って話していることもある。当時の青大は友人として聞いてやろうという、軽い気持ちで受け入れていた。だが、徐々に回数が増していき、加えて初対面以上の接触を行ってきたのだった。

 それを機に、義理の妹にも付けられるようになり、不明瞭な行動と言動を仕掛けてくる。それは自分と柚希を繋げるためなのか、引き裂くためなのか、それとも…。これは理解し難いことだと兄に叱られるまで、優柔不断の青大が気づくには時間がかかってしまった。

 

「私ね、やっと気づいたの。私の中にはずっと青大くんがいたんだって」

 

 ところで、青大は故郷である広島に帰省していた。友人達の誘いでここにいる。同棲している彼女も来る予定だったが、家族の病気で広島とは逆の方角に位置する福島に滞在している。今日は夏祭りが開催され、柚希の誘いで参加したのだが、家の近くの川沿いにいる。この場所には誰も折らず、というのは秘密の場所と言ったところであるからだ。透き通った夜空に花火が打ち上がるからである。その花火を満喫した後、浴衣姿の柚希は涙を浮かべ告白したのであった。

 

「ごめんね、急にこんな事言って。振ったの私なんだよね…」

 

 青大は動揺したまま。ただ、それは歓喜によるものではないのは確かだ。

 いつか柚希に伝えなければならないことがある。それは柚希にナイフを突き刺すような、残酷な事実。だが、喉元がつっかえた感触を覚え、口を噤むだけに留まる。

 

「ねぇ…」

 

 柚希に声を掛けられ、ハッと顔を向ける。涙を浮かべ、恨めし気に自分を見つめている。

 

「どうして黙ってばかりなの…? どうして何も答えてくれないの…?」

 

 自他ともに認める優柔不断な男は伝えられない。自分にはやっとの思いで見つけた彼女がいる。ひょっとしたら柚希以上に素晴らしいのかもしれない。なのに、素直に伝えることができない。

 

「いや、オレは…、その…」

 

 視線をそらしてしまう青大。己の優柔不断さを呪いたくなる想いだった。

 だが、これでは兄に顔を向けることができまい。喧嘩にもなってしまったが、あれは自分を思っての事と理解している。

 明日香にも同様の印象を覚える。今まで話してきた女の中で一番、対等に向き合える存在。何も恨みもない。何の妬みもない。それなのにどうして裏切れようか。

 強く握りしめ、心情を堪える青大。目を瞑り、己に落ち着かせるよう問いかける。何も知らない柚希はただ見つめるばかり。

 そして青大は一息つき、申し訳ないと示す目線を向けた。

 

「すまん、枝葉。オレはあんたの気持ちに答えることはもうできん。明日香がおるけん、オレはあいつを裏切れんのじゃ」

 

 搾り取るような声で、否と答える。

 これを苦渋の決断と決めるには、他人からしては馬鹿馬鹿しいにもほどがあると貶されるだろう。そんな大袈裟な解釈をする男は青大のみである。

 彼の答えを受け取った柚希の瞳から涙が止まり、パッと開いた。そんな刹那の後、まるで予期していたかのように微笑みを浮かべた。

 

「やっぱり…。そうだよね…。ごめんね、青大君…」

 

 辛うじて、青大は同情していた。目を伏せて自分を嫌な奴と嫌っていた青大。

 まずは自分。ひょんなことで2人は出会い、当たり前のように一緒に学校に通い、当たり前のように家で団欒したりと、楽しい日々だった。そして当たり前から次第に好きになり、遠距離恋愛を一時期続けたこともある。

 次に亡き親友――風間恭輔。青大との恋を一方的に終わらせてまで、柚希が追い求めた次なる彼氏。元彼氏として対抗心を燃やすライバルかつ、地元以外で初めてできた男の友。結局は彼の夢を信じて自ら手を引いた。亡くなった時『無責任にも程がある』と涙ながらに貶すほど、それほどに信じられる男であった。

 青大が振ったことで、柚希は二度失ったことになる。その喪失感に耐えられないのだろう。ひょっとしたら今まで自分達が付き合っていたのも、元彼氏の自分が1つの安らぎとなったためなのだろうか。兄がそう語ったこともある。

 そこまでして、自分は手を引いたというのに。今こうして自分で彼女を振ったというのに。どうしてうまく飲み込むことができないのか。

 しかし、水音を耳にする。チャプチャプと大きい。目にした途端、青大は駆け出していた。

 

「おい枝葉、何するんや!?」

 

 柚希は自ら川の中に入っているではないか。

 何を考えているのか――いや、それよりも彼女を止めることが先決だと、青大の本能が身体を動かした。

 

「大丈夫…。東京に帰ってももう、会わないようにするから…」

 

 ゆっくりと歩みを進めていく。両手でかき分けながら、進めていく。

 

「これでもう二度と、青大君に会うことはないから…」

 

 今は夏――だが流石にこんなことをすれば、風邪をひいてしまう。

 また、地元では知られているが、この川は中心に向かうに連れて深さが増すばかり。

 多くの水が柚希の浴衣に染みこんでいく。足踏みで浮いた泥がそれを汚していく。かき分ける袖にも十二分に水が染みわたり、動かすにも大変そうだ。

 だが腰の付け根あたりまで沈み込んだところで、柚希は立ち止まった。

 

「どうして…? どうして止めないの?」

 

 震えた声で、恨むように柚希は呟いた。重くなった浴衣を押しのけるように、ゆっくりと踵を返していく。

 青大は動かなかった。一言たりとも声をかけていなかった。

 

「やめてよ…。その目で私を見つめないでよ…」

 

 ただ川沿いに立ち止まり、憐みな視線を向けるだけだった。

 

「枝葉、あんたはそれでええんか…?」

「えっ…?」

「こんな真似して、風間のやつは望んどらんやろ?」

 

 確認のため、そして思い留めるように落ち着いた声で青大は説得を試みる。

 

「あの時オレはな、風間の口からどれだけ枝葉の事を思ってたかを聞けて、本当に嬉しかった。これが、オレを振ってまで好きになった本当の男なんだとな。あいつなら、お前をほんまに幸せにしてくれるって実感することができたんじゃ。せやけェ、んなことしたって、空しいとは思わんか?」

 

 こんなことしてまで、会おうとするなんて馬鹿馬鹿しい。最後まで必死に生きようとしていたあいつになんて言われるか。しかし、そこまでにして会いに行きたいのだろうか。

 だが仕方があるまい。柚希が最終的に選んだ彼氏なのだ。そこまで追い込まれたならば、少しぐらい同情しても構わない。

 そう、願っていた。

 

「やめてよ! ()()()()()()()()()()()()()じゃない!」

「なんやて…?」

 

 ヒステリックに柚希は叫んだ。その内容に、青大は言葉を失った。

 信じられなかった。

 恭輔が関係ない――だと?

 

「枝葉、何とも思わんのか…? こんなことしたって、あいつが悲しむだけやぞ!?」

「じゃあこの気持ちどうすればいいのよ!? 青大君が好きっていうこの気持ちが…!」

 

 何も返すことができなかった。

 まさか、もはや恭輔のことを何とも思っていないのか?

 自分を振ってまで付き添った彼氏が死んだら、長く落ち込んでいるだろう――そう思っていた。

 

「こんな気持ちが報われないなら私、死んだほうがいい!」

 

 刹那、青大の中で何かがプツリと切れた。

 

「かばちたれんな…」

 

 青大自身、もはや自らの怒りを止められなかった。

 

「かばちたれんなや枝葉ぁっ!」

 

 青大は怒りの音を上げた。震えた拳を強く握りしめ、掌に爪が食い込む痛みをこらえながら。柚希の嗚咽は止む。彼女は目を見開き、信じられないばかりの表情で青大を見つめていた。彼女自身、青大にここまでして怒鳴られたのは初めてだからだ。

 

「独り善がりな真似しおって! こっちだって誰のせいで苦しんでると思ってんじゃ!?」

 

 青大の口から出された台詞の中身は、柚希が期待していたものとは真逆だった。一方的な罵声であった。

 だが、今の青大には冷静な判断ができない。柚希に対して好感よりも、失望が上回っていた。

 

「オレだって死にたいんじゃ! オレが一番に泣きたいんじゃ! オレの痴がましさが恥ずかしゅうてな!」

 

 柚希は何も答えることが出来なかった。

 だが、彼女は咄嗟に思った――普段の青大とは違う。

 いつも優しく話を聞いてくれる、以前の青大とは――

 揶揄われて、顔を真っ赤にして慌てる青大とは――

 

「なんで今更オレの前に現れたん!? 断り無くしてオレを振ったくせに! 死んだ風間があんたのこと好きじゃったくせに! あんたもあいつが好きじゃったくせに! ムカつくほどあいつがあんたに似おぉとったくせに! 枝葉、こんな事してあいつに申し訳もできゃぁせんと思うたことがあるんか!?」

 

 裏返るほどに声を荒げ、むしゃくしゃに怒鳴り散らした。堤防が一気に崩れ落ち、一方的な負の思いが、柚希の心に突き刺さっていく。

 柚希には、彼の言葉が入ってこない。言葉は聞き取れる。意味も受け取れる。だが、これが()()()()と受け入れるには彼女には困難にも程があった。息が詰まり、何も言い返すことができない。

 だが瞳を涙で潤わせているのは彼女だけではない――青大自身もだった。

 

「枝葉、あんたは前からそうじゃった…。出おぉた時もオレは振り回されてばっかじゃったが、まだ許せた。あんからオレは、枝葉が大好きじゃったけんな…。でも、今のあんたはオレの心を弄んでおるようにしか見えん」

 

 青大は俯き、視線を合わせようとはしなかった。言葉が震えながら口から漏れていく。

 

「これはなんじゃ…。枝葉に出おぉてもなんなくと振る舞おうって思うとったのに…。1人の友達として話聞こうゆぅて思うとったのに…。風間の気持ちを蔑ろにしおって、馴れ馴れしくオレにヨリ戻そうとしようて、こんなあざとい真似しやがって…」

「違うの青大君…。私は――」

「前の枝葉は好きじゃった。じゃが今は違う。いや、はっきりついた」

 

 聞きたくない――柚希はそう思った。

 

「――嫌いじゃ」

 

 しかし、因縁を持たせるような視線を向けて彼は言った。

 

「オレは、あんたのことなんか大っ嫌いじゃ!」

 

 言ってしまった。

 別れるよりも辛い、もっともタブーな言葉を。

 何もかも否定してしまう、あの言葉を。

 だが、そう言わないといけないと、何らかの使命感に囚われていたのだった。心を鬼にして何かしらと拒絶しなければ、後悔するのではないのかと。

 

「枝葉の言う通りもう会わんよ。これでえんがちょ――さよならじゃ」

 

 我を取り戻し、居たたまれなくなった青大は、柚希に背を向けこの場を後にしようとした。

 

「待って、青大君…!」

 

 柚希の声に反応し、立ち止まる。だが、振り向かない。

 

「ごめんなさい…! でも私――」

「来んな!」

 

 柚希は水を掻き分け、今にも青大を引き止めようとした。だが、青大の怒声で立ち止まってしまった。もはや、柚希に対して一欠片の良心も残されては居なかった。

 声を潜めて青大は続けた。

 

「これ以上あんたの顔を見とると…、己の未練たらしさに吐き気がするわ…」

 

 青大は俯き、歩き出した。

 しかし以前とは別に、決して柚希に振り向こうとはしなかった。心の中で抑え込むように問いかけては、歩き続けていた。

 柚希は川から上がるも、これ以上は歩く事ができなかった。ただただ、悲壮感を漂わせる背中を見つめるだけ。そして、そのまま膝をついてしまう。

 青大は肩越しに柚希を窺った。項垂れ、両肩を震わせていた。これまでの罪を感じ取りながらも、青大は歩き続けた。先が暗い、いばら道を歩き続けた。

 柚希に恨まれるのは間違いない。懍からも、もし姉を手伝っていたらならば()()()()()がきつくなっていくだろう。だが、それでも歩き続けた。憎むなら憎め、それでもオレは生きてやると、自身に問いかけていた。

 

―何言っとんじゃ、オレは…。

 

 だがやはり、兄と比べれば青大はまだ青臭い。伏せ目で歯を噛み締め、感情を堪えていた。喉が詰まる違和感を覚えてきた。現状を変えても、己の本質を変えることは容易な事ではない。

 もはや――耐えられない。

 どれぐらい歩いたのだろうか。徐々に歩みの速さが増していく。やがて、前を向けることも出来ずに走りだした。

 

「ちくしょう…、ちくしょう…!」

 

 嗚咽を流しながら、青大は走り出した。

 田園沿いの舗道の上を駆け出し、何かを振り切ろうと必死にもがく。

 何度も。

 何度も。

 何度も…。

 意識が飛んでいくまでに。

 

***

 

 気が付けば、彼はベンチの上に寝転がっていた。

 利き手の前腕で目を覆い隠していた。身も心も疲れ果てた青大には、もはや立ち上がる気すらも感じさせない。こんな自分を兄が見たら、なんて言うのだろう。呆れも甚だしいに違いないと自嘲すらしたくもなる。

 やけに雲の動きが速い。東京の雑踏を彷彿とさせるように、急ぎ足で右から左へと進んでいた。そんな手際の良さが羨ましく思える。自分は指を咥えて見つめているというのに。何もできないというのに…。

 ズボンのポケットが小刻みに震えだす。

 一度は無視した。だが二度目にして同じような震えが来る。重たげな腕を動かして、ポケットから携帯を取り出す。待ち受け画面には、『御島明日香』の名前が映し出されていた。気怠そうに応答ボタンを打ち、耳に持っていく。

 

「もしもし、明日香?」

『青大? ……どうしたの、調子悪いの?』

「別に何とも。…それでどうしたん、オレに電話かけてきおって」

『何よ、用がないなら電話しちゃいけないってわけ!?』

「ごめんごめん、そういう訳じゃなか…」

 

 同じような修羅場になるのはコリゴリだと思い、明日香に何遍か謝って落ち着かせた。

 結局は『謝り過ぎ』と窘められ、『自分も急にかけてきてごめん』と謝ってきた。何とも居た堪れない状況に置かれ、それを実感した青大は現状を話しだした。

 

「今日夏祭りがおうてな、折角やけェ散歩しとったんや」

『えっ、1人で? 感じ悪ぅ~』

「ちゃうわ。あいつらも来るつもりやったけど道混んどる言うてな。つづまるところボッチで散策ってことじゃ」

『ゲッ、マジで言ってんの…?』

 

 何も変わりない、極普通なカップルの会話。だが、青大は柚希と一緒にいたことを隠し通した。明日香が楽し気に一方的に電話を切られるまで、柚希のことを口に出すことはなかった。

 だが、『嘘つき』――そう言われることが実に恐ろしかった。

 なぜこんなことをしたのかと、青大は自問する。そんなに明日香を信じられないというのか。対等に接してくれる明日香に不信感を抱いているのか。

 

『あんたは柔にも程があるぜ。かまってちゃんになってれば、誰もが慰めてくれると思ってんのか?』

 

 そうじゃない、そうと言い切りたい。それさえできない自分に、兄からの言葉が心に深く突き刺さる。

 

「しゃあないか…」

 

 自嘲気味に呟き、青大は立ち上がった。今頃、柚希は先に実家に帰っていることだろう。びしょ濡れだということに変わりはないから、母から大目玉を食らうのは間違いない。

 だがそれよりも、明日香のことだ。このことが明日香にばれたとき、自分は何と貶されるのだろうか。自分は何と言えばいいのだろうか。一年間も寄り添ってくれた彼女でも、恐ろしくて仕方がない。

 しかし、結局は自分が蒔いた種だ。自分がその芽を摘み取らなければならない。

 

―明日香に何か言われても、オレは受け入れよう。

 

―明日香に見放されても、オレは受け入れよう。

 

 満月がようようと自分を照らし続けていた。




<登場人物>

・桐島 (まこと)(イメージCV: 吉川晃司)

 青大の兄。原作では姉で、名前の読みは『あおい』。
 都内のアパートで独り暮らし。原作と比べてしっかり者で家事はでき、料理も弟同様得意。この時期は教師になるために、大学で教育課程を履修している。
 青大には優柔不断に呆れながらも、兄として助言をしている。

・桐島青大(はると)(CV: 細谷佳正)
・枝葉柚希(CV: 中島 愛)
・御島明日香(イメージCV: 斎藤千和)

<変更点>

・青大が東京に行った経緯が異なる。原作では柚希を追うためだが、ここでは高校卒業後の進路のため。
・兄のためか、青大が比較的に若干、心が強くなった。

<あとがき>

 いや~。漫画で見ましたが、辛かったです。
 原作の青大はクズと言われても仕方がありませんが、さらに問題なのはマシな大人がいなかったこともあり得るかと。1人か2人、いや、数人おじさんとかおばさん、おじいさんとかおばあさんというように年代のバランスが良ければ、決して青大がこんなことにならなかったと思います。
 ちなみにヒロインの中では明日香が一番の好みです。一番ましな方ですし、それにショートカットによるものか、対等に付き合える印象を覚えたので。

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