ヴァルゼライドの邯鄲英雄譚   作:ヘルシーテツオ

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前編

 

 

 "勝利"とは、何か?

 

 "栄光"とは、何か?

 

 それを得れば、失った何かに報いる事になるのか。

 

 救えるのか。正せるのか。本当に、望んだ未来を掴めるのか。

 

 疑念は尽きない。なぜならば、勝利とはどうしようもなく重いものであるから。その輝きに秘める重責を、俺は誰よりその身で痛感している。

 偉業を成し遂げた栄光、山の如く築き上げた富、誰もが羨望し求める勝者の誉れとは、積み重ねれば重ねるだけ所有者を苦しめる毒にも変わる。

 

 すなわち"代償"である。

 

 勝利の裏には必然として敗者が生まれる。何かを奪われた者、栄誉を取り零した者、彼らの無念は勝者へ向かい、やがては憎悪となって害を成す。

 勝利を逃したが故に発生したそれらの悪意は、だが否定する事も適わない。彼らにも夢見て望んだ未来があり、希望を目指した意志があった。

 間違っていたから敗れたのだと、そんな道理は口が裂けても言えはしない。国家、家族、友情、如何なる大義にも貴賎はなく、現れる結果の比重はどうしようもなく強さのみ。

 強者として彼らの希望を踏み躙り、その上に戴く勝利の栄冠。軽いものであるはずがなく、奪った夢に見合った成果を出せなければ全くもって報われない。

 勝利を得た者が背負うべき重責。時には敗けた方が楽だとか、そのような論理が存在している事も理解しているし、確かにそうだと頷ける意見であるだろう。

 

 それでも、人は"勝利"からは逃れられない。

 勝利を重ねた者は、その分だけ存在の質量が増す。勝利の後に求めるのは、また次の勝利を。成果の後にはより大きな成果を望んで、勝者に更なる栄光を要求する。

 それは大きくなればなるほど、鎖の如く身体を縛る枷となる。存在が重いが故に取り零した際の損失は計り知れず、妥協できる敗北などという余地を許してくれない。

 敵を倒せば、より強大な敵が。試練を越えれば、より難関たる試練が。おまえは勝者であるのだから、栄光の担い手として次なる地平に上らねばならないというように。

 

 ああ、実に不条理な話だろう。

 誰もが現状の改善を望んで勝利を目指すというのに、勝利を得て見えるのはより過酷な状況に身を置いた己の姿。

 あるいは、もう少し賢しい生き方を知っていれば、己の器を弁えて見合った成果だけを求めていれば、今とは別の充実した人生があったのではと思う事もないではない。

 

 けれどそれでも、勝利を目指して掴みたいと願ったものがあったから。

 誰もが等しく持つだろう、命を懸けても譲れないと求める未来。それは無論、俺自身にも存在している。

 それがあるから決して勝利を手放せず、訪れる苦難にも不屈の意志でもって挑んでいける。

 ここで脚を止めたなら、それこそ踏み躙った祈りに背を向ける事に他ならない。それだけは断じて看過できないのだ。

 膝を折って諦めて、それで何になるという。そんな真似が無意味であるのは、悩むまでもなく明白であるのだから。

 今さら逃げても仕方あるまい。ならば良し、人は"勝利"から逃れられぬのだから、勝者はひたすら前を向いて邁進し続けるのみ。

 

 過ぎ去った轍に散った未来や希望、そして命。

 それらを無駄にしないために、勝者が捧げるべきは、やはり勝利。

 勝利からは逃げられない。勝利を望む思いは、同時に呪いであるかのよう。あるいはこれこそが、人類が争いから抜け出せない原罪であるのかもしれない。

 

 それでもしかし、次こそはという執着を捨てられない。

 他者の希望を轢殺して、涙を明日へと変えると嘯いて。

 いつか、たったひとつの"敗北"に微塵と砕けるその日まで。

 

 "勝利"とは、何か?

 

 "栄光"とは、何か?

 

 未だに答えの見つからないその問いを、生涯をかけて探しながら。

 見通せない未来の絵図を、ただ信じて進むことだけが我らに出来る唯一の事なのだから。

 

 

 *

 

 

 千信館の面々に映し出されるもの、それは超級の悪夢の連続だった。

 

 全てはひとつの思いつきから端を発した諸々の出来事。

 眠っているのに眠っていない。意識だけが持続して、あり得ざる事象を創造できる柊四四八が見る明晰夢の世界。

 その世界に皆が繋がって入り込めると知ったから、ならばこの夢の世界で何ができるのかと考えるのは当然の流れだろう。

 

 やがてひとつの切っ掛けから思い至ったのは、四四八の母・恵理子の願いを叶えること。

 

 恵理子の夫、つまりは四四八の父親は、彼が生まれる前から行方が知れない。

 それでも会話の節々を聞いていれば分かるのだ。彼女は今でも夫・柊聖十郎のことを愛してると。

 女手ひとつで己を育ててくれた母に報いたい。そう願う四四八の思いは付き合いの深い仲間たちも知るところである。

 

 ――恵理子を聖十郎に逢わせたい。たとえ夢の中、イメージに過ぎないのだとしても、それで少しでも気持ちに報いることになるのなら。

 

 純粋な善意であり、裏の思惑など何もない。

 恥じる事のない理由を手にして、彼らがやる気になったのは言うまでもない。

 恵理子自身の了解も得て、懸念とすべき問題は何もなくなった。

 そこから始まるのはより良い明日だと、そう信じて疑っていなかった。

 

 だが、それこそが悪夢の始まり。

 夢に入る事には問題はなく、仲間たちも一同に介して不安は何もない。

 出会いのエピソードを再現するという形からイメージは始まり、八幡宮の一角、源氏池を渡った先にある弁財天社にて。

 

 ただそこに在るだけで、すべてを不安にさせる男が現れた。

 

 恵理子の夫、四四八の父、男の名は柊聖十郎。

 夢の中のイメージであるはずのそれは、何故だか不吉なまでの存在感を持っていて。

 健常であることへの自負を捻じ曲げる不協和音。破滅の気配しか感じさせない異常者は、それら印象の何一つとして誤りではなく。

 

 愛する人の抱擁を求めた恵理子を、躊躇もなく惨殺した。

 

 そこから先は急転落下。

 微笑ましかった日常は一気に煉獄の坩堝へと落ちていく。

 激昂した四四八の突貫と、惨敗。出現した悪魔と対峙した世良水希と、その変貌。

 湧き出る悪夢は連鎖的に。対応しようとしたのも束の間、状況は戦場の鉄火場へと。

 自分たちが体験したものとは比較にならない夢の密度。想像を絶した魔人たちの修羅場へ否応無しに叩き落とされた。

 

 なんだこれは。ふざけるな。わけが分からない。

 彼らの心境はまさしくそれ。勇気を見せようと克己しても、状況はお構いなしに濁流の如く流れていく。

 今の彼らは流されるばかりの流木だ。何もかもが理解の範疇を超えていて、何かをしたくても絶望的に手段が不足している。

 故にその趨勢は他者の手に委ねられる。自分たちではない誰かの意図により、今後の展開が決まるのだ。

 

「笑うんは俺じゃ。これはすでに決まっちょる。たとえ仏や天魔じゃろうと、壇狩摩の裏は絶対取れん。分かったか、ヒヨッコども」

 

 だが、よりにもよって、その采配を握ったのは反射神経の盲打ち。

 

「具体的にどうなるかなんぞは知らんがの。それでも結果は都合のええところに収まるじゃろ。

 俺が何かしてもせんでも、仮にうちの者らがここで皆殺しにあったとしても。それは全部、俺のための伏線じゃ。そうなる以外、有り得んのよ」

 

 個より場を見て、また更に全体の流れを見る。

 されど男の打つ手は全てが刹那の反射。後々の展開や周囲の状況など一切の思考を放棄し、盲目の如く盤上を見もせずに指し筋を決める。

 たとえ己の持ち駒が全滅したとしても、それも全ては後の勝利に繋がっている。理屈の展望があるわけではなく、ただそう思うからそうなのだと壇狩摩と名乗った男は豪語しているのだ。

 

 そんな男の言葉ほど信用できないものはない。

 守ってやると言った口約束も、果たして何処まで信じられるものか。

 その場の反射で生きるこの男は、きっと湯飲みを割ったような切っ掛けひとつで自分たちにも殺意の牙を向けるだろう。

 

 そんな彼らの予感は、連なる不幸と連鎖して当たってしまった。

 

 唐突に、何の脈絡もなく差し向けられる暗殺者たちの刃。

 鬼面を被った三人衆、壇狩摩の指し駒たる鬼たちが襲いかかる。

 

 理不尽が過ぎる諸々の展開。

 ただ平穏な日常を生きていた若人たちには荷が重すぎる不条理。

 事実、彼らが本当にただの少年少女でしかなかったのだとしたら、その命運は呆気なく摘み取られていただろう。

 

 だが彼らは、柊四四八はそうはならない。

 彼は仁義八行、仁徳を司る益荒男。不遇に倒れ、仲間を見殺すなど有り得ない。

 己の中に眠る覚えのない己自身。それを克己の材料にして、柊四四八は立ち上がる。

 仲間に迫った凶刃を我が身を以て受け止めて、苦痛を気概で凌駕して雄々しく覚醒した。

 

「……そういうわけだ。ほら、安心したか」

 

 見せられたその姿は、まさしく英傑。

 何事があろうと問題はない。磨いてきた己の器量に疑いはなく、どんな物事にだって道を切り拓いてみせる。

 対峙するのは遥かな格上。現状ではどうやっても勝機の見えない相手であるのに、それでも柊四四八は変わらない。

 

 俺は大丈夫だ、いつも通りやってみせると。

 彼と親しい仲間たちであるからこそ、そんな彼の強さを信じられる。

 あいつは応えてくれる。いつだって、いつだってそうだったから知っている、ずっと前から。

 

 だから分かっている。四四八は負けない。

 理屈ではなく、ただ柊四四八の生き様がそう確信させた。

 

「後は俺に……」

 

 水希を、仲間を誰一人欠けさせる事なく、この地獄から脱出する。

 目の前にある絶望にも臆せずに、雄々しくその言葉を信じさせる。

 

 それこそが柊四四八、示す背中で勇気を与える勇者の在り方だった。

 

「任せろ――行けェッ!」

 

 手にする旋棍には仲間の命と、それを守る決意を乗せて。

 未だに目覚めぬ悪夢を踏破してみせると、挑む気概を燃え上がらせんとして――――

 

 

 

「――――各陣、そこまで。それ以上の無軌道は見るに耐えん」

 

 

 

 瞬間、世界は再び塗り替えられた。

 

「なぁ……ッ!?」

 

 息を飲む音がする。それも一人だけのものではない。

 柊四四八も、真奈瀬晶も、龍辺歩美も、我堂鈴子も、大杉栄光も。

 否、千信館だけではない。この場に集う一同がその存在に息を飲み、一挙一動に注視していた。

 

 その変革は、夢の力によるものではない。

 世界環境を改変する創界(クリエイト)。そのような超常の現象は何も起きていない。

 世界は変わらず夜のまま。柊恵理子の陽光を蹂躙し、悪夢に覆った闇夜は未だ晴れていない。

 

 されど、おお見るがいい。

 一人の男が降り立った。それだけで世界の不吉は取り払われる。

 軍服を身に纏った偉丈夫。腰には計七本の刀剣。輝く金髪の美貌には斜め一筋の傷痕が。

 構成するそれら一つ一つの要素、総てが男を輝かせる。強靭にして荘厳、高潔なる強者として。

 

 突如としての事態。千信館の面々からすれば、またしてもという感想が出るだろう。

 だがここまで幾多の事態に見舞われた上でも、此度のこれは更に度を外した衝撃だ。

 ただ強さに圧倒されたのではない。計り知れない強さという点では柊聖十郎や神野、鋼牙や鬼面衆といった面々も同じである。

 しかし新たに現れた男には、先までのそれらとは決定的に異なる点が存在する。自身が感じているその要素こそ、彼らが圧倒される何よりの原因だった。

 

 男の姿を目にした時、感じたのは恐怖ではなかった。

 そこに感じたものは畏敬、そして同時に安心と高揚を。

 なぜなら彼こそは正義の光。物語にあるべき逆転劇の担い手たる真の勇者。

 無辜なる民に涙を流させる不条理に、今こそ断罪の刃を振り下ろすべく舞い降りたと。

 

 名前さえ知らないその男を見た瞬間、彼らは無条件にそう信じていたのだ。

 

 物語の主役が入れ代わる。

 仁義の輝きは未だ及ばず、英雄の光に覆い隠される。

 これより始まるのは男が紡ぎ出す英雄譚(サーガ)

 ただ姿を見せるだけで、戦場(ぶたい)を支配する主演が立つ。

 

 男は運命へと挑むもの――覇者の栄冠を担う器。

 そう、彼の名は――

 

「クリストファー・ヴァルゼライド……ッ!!?」

 

 忌々しげに顔を歪め、声には憎悪すら含ませて柊聖十郎がその名を呼ぶ。

 

 その変貌、これまで如何なる事態にも崩れなかった不遜の表情が剥がれている。

 現れるのは底なしの悪意。この世総てを呪っても足りないとばかりの呪詛の念だった。

 まるで己以外の生者すべてが恨めしいというように、その憎悪は全周囲へ向けて放たれている。

 

「憎らしい、ああ忌々しいぞ、()()()()()()()()()()

 甘粕に連れられただけの凡人風情が、なにを俺の邯鄲で我がもの顔に振舞っている。

 居るのならせめて俺の役に立てよ。貴様ら元よりそれが役目であろうがッ!」

 

 顕される悪意の質量は、常人のそれとは桁が違う。

 先ほど母を惨殺され、激昂した四四八の怒りも、彼の狂気に比べれば小さすぎる。

 それは柊聖十郎という男が、生きる過程の総てで蓄積してきた負の想念。マイナスの方向に振り切ったそれは、だが強さという点では認めざるえないものだ。

 

 ただ在るだけで不安にさせ、同時に無視する事ができない。

 柊聖十郎の持つ怨念とは、常軌を逸していると同時に万人が理解できるものでもある。

 理解ができる故に、その存在から目を離せない。その宿業こそ逆十字の凶悪性を裏付けるものであり――

 

「黙れ、逆十字。貴様にくれてやるものなど欠片のひとつもない」

 

 そんな極大の悪意に対して返すのは、言葉少なくも明確に込められた義憤。

 

「今さら貴様に命の道理を説くつもりはない。そんなものは貴様にとって、恐らく生涯をかけて問い続けた命題だろう。他者の言葉で、それを翻せるとは思っていない。

 ――殺すのならば、死ね。俺から貴様に告げるのはそれだけだ」

 

 冷然と言い捨てる。そこに躊躇といった感情は欠片もない。

 

 男、ヴァルゼライドは柊聖十郎の総てを否定しているわけではない。

 彼の抱える数多の病魔、それと戦い今日まで生き延びた執念は認めるところであり。

 何処までも生きることに真摯な姿勢には、敬意さえ持っているかもしれない。

 

 ()()()()()()

 柊聖十郎は許されざる悪。その一点がある以上、そこに容赦は一切ない。

 同情はなく憎悪さえ薄く、ただ成敗するべき"悪"として。

 

 事実、この男こそ柊聖十郎にとっての"天敵"なのだ。

 

 ヴァルゼライドは柊聖十郎を侮蔑しない。

 彼の持つ意志の強さを、善性の益荒男として認め、同時に邪悪を裁く断罪者として滅ぼす。

 その二つの感情に矛盾はない。どちらも偽りはなく、かつ揺るがない。

 だからこそヴァルゼライドは逆十字の夢に嵌らないのだ。無論、悪を滅ぼすという敵意がある以上、完全に逃れられるわけではない。

 だが薄い。奪える価値はひと雫、返せる病魔も軽度のもの。

 そんなもの、この英雄にとって涼風ほどの障害にもならない。不屈を貫く正義の炎は無限に燃焼を続け、聖十郎を一刀のもとに斬滅するだろう。

 

「んー、けどそれはどうなんだろうねえ、英雄殿」

 

 そんな英雄を揶揄するように、悪魔(しんの)が口を挟んできた。

 

「無辜なる人々の幸福を、愛すべき者たちの未来のために、それを守り抜かんとする限り俺は無敵だ、と。

 いやぁ素晴らしい。正義に燃える英雄サマはかっこいいなぁ! 勧善懲悪、悪即斬と、分かりやすくて爽快だ。見ていて実に清々しいね。まるで物語の正義の味方(ヒーロー)みたい。

 ところで、悪役をぶっ殺すのが大好きな英雄殿? 清廉な断罪者であるのは結構だけど、果たしてあなたの歩んだ道は、そんな潔白な行程であるんだろうか?」

 

 神野明影は悪魔。人の悪性、その泥沼を掻き乱す者。

 いと尊き英雄、その光の裏に隠された業の闇を嬉々として晒し上げる。

 

「どんなに綺麗な美辞麗句を並べたって、あなたがやっているのは断罪、粛清、成敗、破壊だ。

 悪党相手ならそれでも構わないけど、本当にそれだけかい? いいや、あなたの手が広がれば広がるほど、その光に焼かれるのは悪だけじゃ済まなくなる。

 明日を信じて、家族を愛して、ただ日々を切磋琢磨に生きていた人々。そんな人たちも、ひとたび目的の障害になったら容赦なくバッサリだ。彼らが悪かったからじゃない、ただあなたにとって都合が悪かったと、それだけの理由でねぇ。

 自分の我儘(せいぎ)のために、良しも悪しも構わず等しく、大義の名の下に殺し、殺し、殺しまくる! そこに妥協や許容は一切なしだ。

 矛盾に気付いているかなぁ。悪人が蔓延り善人が下手を引く。そんな不条理が許せなかったはずなのに、いつの間にやら本人がその不条理を生み出す側だ。自分の欲望のため他人から奪う悪党と、あなたがやってる事はそっくりだ。

 きっとあなたが裁いてきた誰よりも、あなた自身の道こそ血に塗れているよ」

 

 クリストファー・ヴァルゼライドの正義は歪んでいる。

 たとえ善性であっても、そこに慈愛はない。許そうとする発想がないのだ。

 悪を許さず、罪を許さず、本人は公明正大で、されど正義のためなら邪道も厭わず。

 彼の英雄譚は咎人たちの血と嘆きで出来ている。王道に見えながら、その実誰より業を重ねているのだ。

 

 これは紛れもない英雄たる男の疵。

 彼を今も責め苛む矛盾であり、目を背けたいと思う闇の側面だ。

 悪魔はそれを見逃さない。地獄の道化師は汚泥の如き悪意で以て、正気を蝕む蠅声の悪意を響かせる。

 

 だが――

 

「知っているとも。俺に救済など不可能だと。

 そして異論はない。俺は違わず塵屑だとも。どうしようもない破綻者に過ぎん」

 

 答える男の声に、揺らぎはない。

 正気を揺さぶる悪魔の言葉を正面から受け止めながら、その気概は変わらぬ炎に燃えている。

 

「己の理想に他者を巻き込み、ただ勤勉に生きていただけの者たちをこの手で引き裂いた。大義のためであったなど、そんな理屈が彼らに通るか。

 正義の味方などとは口が裂けても言えん。資格があるとは思えんし、もはや目指してもいない。こんな男は邪悪以外の何者でもないだろう。

 おまえの言葉に間違いはない。踏み躙った者らの鮮血に塗れた、俺は許されざるべき罪人だ」

 

 己の暗部も、大義の矛盾も、男はすべて承知している。

 目を背けようとはしない。ただ厳粛に受け止めて、いずれ来るだろう贖いの日を覚悟している。

 

 故に、自らが懸けた信念を疑うこともない。

 

「ならばこそ、立ち止まってはならんだろう。

 俺がここで足を止めれば、踏み躙ってきた数多の者たちの嘆き、その涙はどこに向かう。

 宿業が重くとも、そこで膝を屈して何になる? 己で選んだ決断を、やった後で嘆いてみせて無為へと変えてどうする。

 勝者の義務とは貫くこと。轢殺した他者の祈りに報いるため、涙を明日の希望へと変えるために」

 

 罪を認め、罰を受け入れ、されど止まらず。

 それら疵の痛みも、しかしそれを誇りと変えて男は立っている。

 惑い停滞する事に意味などない。顔を上げて前に進むだけが出来る事だと、彼はとうに理解しているのだから。

 

 その姿は、まさしく男子が夢見る王道の益荒男。

 悪魔の甘言にも踊らされない、真の英雄である証左だった。

 

「語るに及ばず、俺は征くと決めたのだ。

 悪魔(じゅすへる)、貴様ごときの甘言で、止められる俺ではないと知れ」

 

 堂々と言い放つ。

 男の信念に揺らぎはない。悪魔の揶揄などに惑わされず、決心は未だ衰える事を知らない。

 その様はまさしく不動。総てを呑み込み覚悟を決めた男に、退路など不要であると佇む姿が告げていた。

 

 ――だからこそ、悪魔をして思うのだ。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは狂っている。

 この男は、人間としておかしい、と。

 

 決意の熱量が、始点から微塵たりとも衰えない。

 正道というベクトルに振り切れて、その状態を維持したままなのだ。

 それはある意味柊聖十郎と同質で、そして真逆のもの。憎悪と妄執に振り切れた逆十字の悪性が決して揺るがないのと同じように。

 いや、容赦の無さという点においては、はっきりとヴァルゼライドに軍配が上がるだろう。

 

 なにせ、英雄は()()()()()

 後ろめたさなど微塵もない。少なくとも彼の信念において、それは陥没とは成りえない。

 故に、彼は決して止まらない。己の行いが正しいと信じ、事実その通りであるから、如何なる聖人を前にしても怯まない。

 たとえそれが親兄弟、親友であったとしても、彼の正義が必要だと認めたなら、躊躇いなく斬り捨てて前に進む。

 

 性質が善性であれば尚の事、思い悩むのが正常なそれら諸々。

 大義のためと着飾っても、本心はそれを許さない。親しい者を手に掛ける感触は、どうしようもない不吉さと罪悪感を植え付ける。

 それは優しさであり美徳であるかもしれないが、同時に弱さであるのは間違いない。

 どんなに人として正しくとも、脚が止まるのは確かなのだ。その間に得られたはずの成果は、総てが無為となる。

 英雄はそれを許さない。己の行いの悪徳を明確に自覚するが故に、返せる報いにも一切の妥協を持たないのだ。

 勝利の後には、蹂躙した価値に見合うだけの希望を。それだけが自分という英雄(バケモノ)に出来る唯一無二だと知っているから、

 一瞬たりとてその脚を止めない。一度決めた信念ならば、もはや迷う暇すら不実である。不撓不屈の意志で以て、勝利の先の栄光を一片も取り零さずに掴み取る。

 

 正しき信念の下、勝利に邁進する英雄は無敵である。

 悪魔が閉口すると、同時に戦場全体も沈黙する。誰もが次の一手に移れていない。

 英雄の降臨はそれほどの衝撃であり、迂闊な真似はできない。それは全員の共通認識であり、だからこその硬直だった。

 

 それは決壊寸前の防波堤に似ている。

 壊れそうで、壊れない。だが切っ掛けひとつで呆気なく壊れるだろうと分かる。

 何かしらの行動をしなければならないが、崩壊の予感に注視してしまう。それは学士の慧眼でも、盲打ちの反射でも同じである。

 どれが良手か、あるいは奇手かの判断がつかない。つかない内は、やはり現状を見守るのみ。

 

 だが、重ねて言おう。この状況は決壊寸前の防波堤。切っ掛けさえあれば崩壊する。

 たったひとつ、何でも良い。火種のひとつで戦場の鉄火は再び燃え上がるだろう。

 

 それはきっと戦術でも戦略でもなく、たとえば1人の兵士の暴発といった、突発的な人間の感情に違いなかった。

 

 

 *

 

 

 故に、盤面は動き出す。1人の人間の稚拙で愚かな、されど深く積もった妄執によって。

 

 だって自分は、ずっとこの瞬間を求めていた。

 他者を殺戮する瞬間を。己が積み上げた技巧の総てを振るい、存分に生命を蹂躙する時を今か今かと待ち焦がれていた。

 その相手は、やはり強い者がいい。踏破すべき難関が困難であればあるほど、それを達成した際のカタルシスも最上のものになるだろうから。

 

 まして自分にとって、これは初めてなのだ。

 乳臭い童貞の如き夢と言われれば否定できない。まったくいい歳をして恥じ入るばかりだ。

 だが仕方ないだろう。私はずっとこの時を待ち侘びたのだから、夢想のひとつも抱いてしまうのは無理からぬこと。

 私は童貞だ。だからこそ初めての相手には夢を持つ。それを捨てた暁には、積年の無念など吹き飛ぶような快楽が得られると信じてる。

 

 そして――この相手は素晴らしい。破格も破格、天下に二つとない最上級だ。

 

 まるで世に聞く傾国の美女。絶世という表現さえ陳腐と思える逸材を目の前に、これ以上の生殺しを我慢できる道理がどこにあろうか。

 これ以上など絶対にない。いや、あるとするなら素晴らしいが、それでもこの相手にこそ我が殺しの童貞を捧げたいと猛烈に願うのは当然の帰結であり――

 

 鬼面衆がひとり、怪士。壇狩摩率いる神祇省の駒、そんな己の役割を我欲によって逸脱させた。

 

「破段・顕象――怪士面、黒式尉」

 

 顕象される醜悪な夢。発露した我執によって深く被った鬼面が砕ける。

 そこより覗かせるのは純粋なる殺生への渇望。もはや我慢がならんと溢れ出させた狂気の形相だった。

 

 振るわれる拳撃は、一世紀に近い年月をかけて練り上げ続けた魔拳の境地。

 純然たる殺人のみを目的に磨かれた技巧には、正道も邪道もない。総てがひとつの殺戮を行うために熟達している。

 まして破段を顕象させた怪士の拳には、一撃必殺の属性が備わっている。その拳は一つ一つが紛れもない必殺であり、様子見などは微塵もなかった。

 

 とはいえ、これはあくまで怪士の暴走。

 指し手の思惑を無視して駒が勝手に動き出すという異常事態であり、当然そこに続く作戦などありはしない。

 まともな指揮者なら、制止するなり利用するなりかで思い悩むところだろう。

 

 そう、まともな指揮者であるならば。

 

「――行けや、夜叉、泥眼」

 

 それは反射。盲打ちは作戦など考えない。

 瞬間で下された出撃命令。何一つ思い悩む間隙が無かった故に、単独の暴走であったはずのそれは絶妙な連携を成立させた。

 

「破段・顕象――夜叉面、阿修羅」

 

 鬼面衆・夜叉。翔ける鬼より投射される百刃と、その身に現れる四本腕。

 計六本となった腕を達人の域で自在に使いこなし、仕込んだ暗器術を駆使して敵に向かう。

 

「破段・顕象――泥眼面、橋姫」

 

 鬼面衆・泥眼。どこまでも隠者としての暗殺術に長けた忍びの刃。

 気配遮断を旨とする透過能力は、気配を越えて敵手の思考さえも透視して読み取るのだ。

 

 一切の容赦もない鬼面衆の攻勢。対峙する英雄は、刀剣二本を抜き放ち二刀流で迎撃する。

 本来であれば、それは無謀。鬼面衆は誰もが各々の暗殺術の達人。卑怯卑劣は常套手段であり、多勢に無勢など望むところだ。

 近接では怪士の拳が、距離を置けば夜叉の暗器が飛び、いかに対策を立てようとも泥眼に思考を先読みされてしまう。

 駒として完成された鬼面の連携。それは無情であり、だからこそ雑多な価値観が交わらないともいえる。

 やれ士道だ、やれ仁義だと、余さず不要。戦闘行為に必要なのは最大効率で敵を殲滅するための技巧のみ。

 三鬼による邪道の殺法。純粋な武技の領域で、たった一騎で彼らと死合うなど如何なる達人でも不可能な事だろう。

 

 されど、その不可能を覆してこその英雄である。

 鬼面が織り成す絶殺の魔技を、英雄は携えた七刀の技で切り抜ける。

 怪士の魔拳を掠らせもせず、夜叉の刃を打ち払い、泥眼の先読みすらも凌駕する。

 それを可能とするのは、極限まで磨き抜いた勝負勘と戦闘思考。人が体現する武の極地。

 そう、つまりは邯鄲(ユメ)に類した力ではない。現実での練達の上で身に付けた技量こそ、英雄を支える何よりの骨子だった。

 

 怪士の魔拳。触れてはならないそれを避け、拳撃の隙間に刀剣の一閃を見舞う。

 即座に後退し、刃圏より逃れる怪士。仕留める事は叶わなかったが、魔拳の連撃はくい止めた。

 深追いはせず、他に意識を切り替える。見ればそこには、六本腕に武器を持ち迫る夜叉の姿。

 武器に同じものはひとつもない。各々に異なる武器を用いながら、別々の動きで使いこなす。

 一つの対処法では到底処理できない。如何に隔絶した実力差があろうとも、二刀で受けようと考えれば、必ずどこかに隙を生じさせてしまう。

 故に、英雄の取る対処は至極単純。六本のいずれをも凌駕した威力と速度の一突を繰り出した。

 その威力は受け切るなど不可能で、その速度は夜叉の攻撃が届くよりも遥かに速い。必然、夜叉の取れる行動は攻撃を捨てた離脱のみ。

 隙を晒しながら退いた夜叉。巡ってきた好機にも英雄は乗らず、背後からの奇襲を捌いた。

 それは不可視であり、意識の間隙を突いたはずの泥眼の一撃。英雄は一瞥もせず、その奇襲を防ぎきった。

 

 それら一連の流れは、全てが死線。

 一手の誤りが即死に繋がる中、英雄の心中には細波のひとつも起きていない。

 それはまさしく明鏡止水。戦闘者として完成された思考、本能。それ故に発揮される澄み渡った武の境地。

 考えるより先に反応する。戦火に身をおき、積年で刻み込まれた経験則は、思考を遥かに上回る速度で正解答を導き出す。

 思考の透視など無意味なこと。何故なら英雄の反応は、その読まれた思考までも要素に含めて駆動するのだから。

 鋼の意志は恐怖を完全に掌握し、如何なる死の予感にも揺るがず、英雄は十全たる武技を振るい続けるのだ。

 

 鬼面の二人が仮面の下で怯む中、歓喜に震えるのは怪士だった。

 

 いいぞ、いいぞ、ああ素晴らしい!

 なんという強さだろう。なんという得難き敵だろう。

 こちらの三位一体を尽く躱すばかりか、気を抜けば我らの方が斬殺される。

 これこそが闘争。我が生涯で求め続けた至福の時。まもなく絶頂の瞬間が訪れると確信できる。

 この強靭なる英雄を如何にして仕留めるか、それを考える刹那の総てが堪らない快感だ。

 あるいは力及ばず、英雄の刃によって我が死骸を晒す羽目となるのか。それも良い。死闘の果てに散らす命こそ、武人たる者の本懐だ。

 この男を殺すか、殺される。それこそ私が築いた八十年の歳月の意味。この闘争に立ち合うために、我が積年の研鑽はあったのだと確信する。

 

 故にもっとだ、もっと死合おう!

 我ら殺戮者、存分に己の殺人技巧を振るい、血染花の恍惚に酔い痴れようではないか!

 

「くだらんな」

 

 狂喜乱舞する怪士を前に、しかしヴァルゼライドは冷然と言い捨てる。

 

「貴様の闘争にあるのは、快楽と嫉妬だけか。なんとも歪んだ願望を抱いたものだ

 その夢のカタチを見れば嫌でも分かる。腐敗した性根の臭いが漂っているぞ」

 

 怪士の破段、狂える魔拳士が紡いだ彼だけ固有の夢の形は、若さの吸収。

 積年の妄執。本懐を果たせぬままに老いていく無念。故に沸き立つ若さへの渇望。

 

 ――ああ欲しい。羨ましいぞ、不遇の生に再起の機会を、その輝かしき若さを寄越せ。

 

 怪士の拳に打たれた者は、その部位から若さを吸精される。老い嗄れて活力を失うのだ。

 総ては己の妄執、機会を逸したまま時代が過ぎた無念を晴らし、殺人欲求を満たすために。

 

 正しくそれは一撃必殺。

 僅かな接触でも戦闘力は激減し、直撃を受ければもはや立ち上がる事は適わない。

 老いという絶対の病、そこから人が逃れる事は決して出来ないのだから。

 

「武道とは修めるもの、とまでは俺も言わん。俺とて目的のために力を振るっている。今さら武力行使を咎めようなど、俺に言えた事ではないだろう。

 だが、それほどの研鑽を修めて、男が戦場に赴く理由が、ただ己の技を試す機会を求めてだと? あまりにも底が浅い。

 ましてそのために他者の若さを求めるなど、餓鬼(ガキ)の身勝手と何一つ変わらん」

 

 ああ五月蝿い、聞く耳持たん。

 この至福の時間に、どうしてそんなつれない事を言う。

 どうでもいいだろう。それよりもっとこの死闘に興じようぞ。

 所詮、武とは殺すもの。我ら武人ならば殺し殺される事こそ本懐のはず。

 だからなあ、正直になれよ。これだけの研鑽を積んでおいて、楽しんでないなんて言わせない。

 仁義? 理想? 士の誉れ? 何を馬鹿な有り得ない。そんなものは空の栄誉だ。

 かつて若かりし時、そのようなものに幻惑された愚かさこそが、私が殺しの名誉を得る機会を尽く逸してきた何よりの要因であるのだから。

 貴様とて一皮剥けば同じ、数々の戦功もその手で生み出した流血の証明であり名誉だろう。

 ああ、私もそれが欲しい。我こそ無双なりと天下に轟かす、なんと香しき夢想であろうか。

 だからこそ、もう逃さない。英雄殺し、かつて逃したその栄誉を今度こそ我が手に掴む。

 さあ貴様も存分に武を振るって、敵を滅ぼす快感を表してみせろ!

 

 魔拳の連撃が勢いを増す。英雄の化けの皮を剥がそうとするように。

 狂奔する鬼の拳を前に、荘厳なる英雄はやはり静謐に二刀を構える。

 

「ならば知るがいい。大志を抱いた男の強さの何たるか、しかとその目に焼き付けておけ」

 

 そして、再開された攻防はしかし、これまでの天秤を大きく傾けたものだった。

 

 迫る三鬼に対し、英雄が刀剣を振るう。その速度と威力に変わりはない。

 されど、その技巧はまるで別物。それは当事者ならずとも、戦いの趨勢を見れば明らかだ。

 鬼面衆の攻勢がいなされる。届かないのはこれまでと同じだが、今度は影すら踏めなかった。

 むしろ攻勢をかけるのは英雄の方。鬼面の仕掛ける技を見切り、捉えて、粉砕するべく七刀の斬撃を繰り出してくる。

 三者で当たっているはずの鬼面衆が、むしろ守勢に回るという異常事態。暗部の武技を修めた者として屈辱の極みだったが、そうしなければ即殺されるとあっては是非もなかった。

 

 この趨勢の変化は、何かの意気に因ったものではない。

 むしろ道理としては至極単純。理屈としては真っ当で分かり易いがために、そのからくりは鬼面衆の面々にもすぐに理解できた。

 

 いわゆる守破離。武道における師弟の在り方。

 あらゆる武術には型がある。術理であるのだからそれは必然、暗殺術とて例外ではない。

 その型を倣って我が物とし、己自身と照らし合わせて型を破り、その上に立脚すれば型を離れた自由自在の境地に至るのだ。

 さすれば従来の型の武技を理解し、捉えて崩すは容易いこと。鬼面衆の暗殺術に英雄が行っているのはそれであった。

 

 だがそれはおかしい。道理が合わない。

 術理を倣うにはその技を知る必要があり、まして離れの域に達するには、そこから膨大な鍛錬を必要とする。

 英雄との戦闘はこれが初。如何にヴァルゼライドが傑物とはいえ、倣うべき先達の技法が無ければどうしようもないはずなのだ。

 柊聖十郎という暗黒の天才は武の術理までも読み解いたが、彼にしたところで模倣までが精々である。逆十字にとっては総てが己の道具であるために、盗んだ技にも敬意はなく、そこから練磨し発展させようとする発想自体がないのだ。

 

 しかし目の前の英雄が振るう剣技には、それこそ眩暈を覚えるほどの研鑽の密度がある。

 ならばこそ、この現実は成り立たない。前述したように、英雄と鬼面衆はこれが初戦闘。

 この短時間に会得できるものでは断じてなく、鬼面衆をも超越した技量は一体何なのかと。

 

「一つだけ、素直に賞賛を贈ろう。使い手はともかく、お前たちの技術は見事だ。遥かな昔より歴史を受け継ぐ裏の護国闘士の武技の冴え、感服した。

 だから、敬意をもって学ばせてもらった。いずれ立ちはだかるやもしれん者ならば、対策を講じるのは当然だろう」

 

 告げる英雄の言葉にも納得できるものではない。

 そもそも道理に合わない大前提、学ぼうにも学ぶ機会が皆無である事の説明が為されていない。

 まして怪士にとっては、それこそ生涯を捧げて会得した技巧である。それをこうも容易く上回られて、納得できるものではなかった。

 

「確かに、お前たちとの戦闘はこれが初だ。そう、()()()()()()()

 

 続けて告げられた、その言葉。

 そこに秘められた意味を察した時、鬼面衆らは仮面の裏で戦慄した。

 

「俺がやっている事は、先ほど()()()の子らがした事と変わらん。忘れている己の姿、かつて身に着けた技を思い出して行使する。これはそれだけの事に過ぎん」

 

 邯鄲法とは、夢を介して人の無意識下の深淵へと至る行である。

 夢へと入った盧生とその眷属は、そこでいくつもの人生を体験し、人類の歴史の何たるか、その意識が向かう数多の可能性を習うのだ。

 体験する人生とはそれ即ちひとつの生涯であるが故、その記憶は次回へと継承されない。真実は夢のごとく、一期一会も泡のごとし、それを悟って行を積むのが邯鄲なのだ。

 

 ある特殊な事情により、ここに集う勢力の者たちは一定段階までの夢の力を初期値として設定されている。周回を重ねようと完全なリスタートは行われない。

 だがそれとて、その初期値以上には決してなれない。技の引き継ぎなど不可能である。

 確かに先ほど、柊四四八は覚醒を果たして忘れているかつての己の一部を取り戻した。しかしそれも夢に入る前の時分、戦真館特科生として磨いた己を取り戻しただけだ。

 一見すれば奇跡にも見えるが、実状は夢に入る前の己しか引き継げないという邯鄲の原則を外れていない。忘れている柊四四八には分からないだろうが、あの現象も予定調和と言えるのだ。

 

 邯鄲法は、次回に己を引き継げない。

 それは原則であり、誰しも破れない前提条件である。

 ならばそれを覆す英雄の道理とは、一体いかなる奇跡の所業であるのか。

 

「所詮は夢、泡沫のごとく消え去るものと、そんな言葉に頷いて己の限界を定めてどうする。

 たとえ夢でも、我が決意はここにある。記憶から失われようと、魂へと刻んだものは確かにこの手に残るのだ。

 ならば成し遂げるのみ。いかに輪廻転生を巡ろうとも、決して我が身から失われぬよう学び、磨き、会得して繰り返す。努力の時間は無駄にはならない。俺はそう信じている」

 

 努力、努力、努力努力努力努力――――英雄が志す道とは努力一色それのみだ。

 裏など無い。小賢しい細工に頼らず、この道こそが最も強き夢になると確信している。

 

 夢は覚めれば消えるもの? ならば消える前に何度でも思い返して反復する。

 道理を覆すのは、その密度。そんな理屈を本気にして、愚直に緩まず真剣そのものに実践してきたが故に今がある。

 そうして鍛えた技は五体の隅々にまで刷り込まれ、魂そのものにも着色された。後は実戦を経て現在と摺り合わせれば、自然と身体は学んだ動きを取り戻す。

 

 つまり、この英雄は邯鄲法という大前提を、ただ気合と根性で打ち破ってしまったのだ。

 

 その事実を理解した時、怪士ははっきりと恐怖した。

 ただ技量の差にではない。そこに込められた執念の密度、その途方もない巨大さと潔癖さに。

 学び磨いた技術とは、怪士のものだけではないだろう。こうして三者を手玉に取れる以上、英雄は鬼面衆全員の技を研鑽したのだ。

 夜叉も、泥眼も。その技の冴えを認め、見て取り学んで鍛えぬき、離れの境地に至るまで。

 少しでも敵として相対する可能性があるならば、対策を講じて身に付ける。誰一人として侮らない、正しく真っ直ぐに勝利を目指す意志によって。

 

 だが、それは一体なんなのだ。

 もはやそんなもの、来世へ託すために修練を積むのと変わらない。

 引き継がれる保障はなく、それを疑念にも思わず行われる、不可能を可能とする鍛錬密度。

 なぜそんな真似ができる。己で成果を実感できるわけでもない。なのに鍛える事を止めない苦行の無謬さに、どうして耐える事ができるのか。

 

 剥がした皮の下にあったのは、英雄というものの正体。

 周回を経る毎に無限の経験値を獲得していくモンスター。それを可能とするのは、幾度人生を投げ捨てても揺らぐ事のない不退転の信念。

 まるで理解不能の怪物にでも出くわしたように、怪士の心身は畏怖の怯えに縛り付けられた。

 

「なにを驚く? 俺がしようとしている事を考えれば、むしろこれしきは出来て当然だろう。

 資格が無い者が、資格を得ようとする。正規に比べ、その道は困難を極めるだろう。ならばこそ、努力においては誰にも負けぬと覚悟するのは至極当然。才無き者が求めるものを得るためには、ひたすら時を重ねて自己を磨く以外にないのだから。

 ここは夢界、時間はあるのだ。何を躊躇う理由があろうか」

 

 これこそが大志を懸けて挑む英雄の力。

 英雄は、何一つとして甘い展開(ユメ)など見ない。彼にとって現実とは常に不遇で厳しいもの。厳しいからこそ執念の努力でのみそれを突破できると理解している。

 快楽を貪る悪鬼ごとき、英雄の敵では非ず。勝敗など戦う前から決まっていたのだ。

 

「オ、オオオオオオオオオオォォォォッッ!!!!」

 

 震え萎んだ身体を無理矢理動かすように、怪士は悲鳴のような叫びを上げて拳打を放つ。

 その一撃は十分に完成されたものだったが、刻み込まれた恐怖はもはや拭えず。

 

 振るわれる二刀の剣閃。

 それは過たず怪士の双腕を両断し、返す刃で首を撥ねる。

 その手際は無情。殺戮に酔った拳士など、英雄にとって断罪対象でしかないのだから。

 

 

 *

 

 

 容易く斬り捨てられた己の駒を尻目に、壇狩摩は煙管を吹かしながら息を吐いた。

 

「やれやれ、こりゃなんともたいぎぃモンじゃのォ」

 

 甚だ面倒だというようにぼやく姿に、追い詰められた様子は皆無である。

 その不敵さ、根拠もなく己の勝利を信じられる自負は、たとえ英雄を前にしても変わらない。それは彼にとって自然現象にも等しいため、精神的な窮地とは生涯無縁だった。

 

 だが、そんなものとは関係なしに、彼の陣営の敗北もやはり確定していた。

 

 余りにも度が外れた英雄の強さ。

 実際、鬼面衆はもはや通じまい。技でも気迫でも、格付けが済んでしまった。

 ならばここは首領である自らも出陣すべきと思うが、どうしてもその気にならないのだ。

 

 壇狩摩の(ユメ)、それは相手の裏を取り続けること。

 まず人並の理性があり、加えてそこそこの賢さを有した者。得体の知れぬ一手に幻惑され警戒なりを抱いてもらう事が前提となってくる。

 その条件でなら、まだ英雄は嵌るだろう。暴力のままに突っかかる輩ではなく、決して知恵が働かぬわけでもない。ある程度のお膳立てを整えれば、協力強制に嵌める事も不可能ではない。

 だが同時に、あの英雄ならばと思うのだ。如何に策の掌中に陥ろうとも、奴はその気概で以て雄々しく堂々と、真っ向から術策を打ち砕いてみせるだろう、と。

 

 根拠もなく己に都合の良い展開を確信する盲打ちと、一切の展開の甘えを許さずに不屈の努力で勝利を掴む英雄。この両者はまるで正反対だ。

 この場合、どちらがより優れているかと議論する事は無意味だ。共に常軌を逸脱した気狂いの類であり、だからこそ両者共に相手の夢に嵌る余地があるということ。

 その上で、今の状況はいただけない。そもそも最終的には勝利するというのが盲打ちの持論であるのだから、直接戦うような場面では勝ちの目など皆無である。

 

 そして現状、あの英雄に勝ち筋を持つ者はごく僅かだ。

 逆十字は言わずもがな。べんぼうは主の意図が知れない限りは何とも言えない。

 自分たちはこの様だし、この場にはいない辰宮の御令嬢の夢も通用するまい。

 傾城反魂香。彼女が有するその夢は、洗脳された事に気付かせない強度の精神支配。ある条件に適合しない総ての者に作用する魔性の香は、人はおろか廃神にまで効果をもたらす。

 ともすれば国一つ傾ける事も容易な夢であるが、あの英雄は女の色香になど転ぶまい。たとえ身体が言う事を聞かずとも、鉄血の信念は意地でも前進を続けるだろう。

 

 つまりは総て、気合と根性。馬鹿馬鹿し過ぎる理屈だが、それ故に対処のしようもない。

 

「甘粕が気に入るんも道理じゃのォ」

 

 しょうがない事だと嘆息する狩摩だが、現状で彼に打てる手立てはほとんど無い。

 ならば順当にいって撤退するのが正しいだろう。これ以上の駒の損失は、今後のためにも上手くない。

 戦略的にもこの戦場に大した旨みはない。というより、元はといえば彼自身の気まぐれで千信館に突っかかっていったのが原因なのだ。

 現在の状況を見るのなら、明らかにそれは彼の悪手。これ以上継続してどつぼに嵌っていくよりも、速やかに引き際を弁えるのが真っ当な選択だ。

 

 ――そう、その選択は真っ当すぎる。裏を掻く盲打ちには似合わない。

 

 盲打ちは不遜に変わらない。後悔などと殊勝なものとは無縁である。

 ではどうするのか。彼が何を思ったところで、あの英雄相手に勝算は見込めない。要は、裏で嵌めようだの吊るそうだの、搦め手による攻めでは圧倒的に不利なのだ。

 英雄に対抗するなら真っ向から、その輝きに幻惑されず、容赦なく捻り潰せる単純明快な暴力の方が有効だろう。

 

「まあたいぎぃじゃろうが、もうちょい頑張ってもらおうかのう。

 ――のォ、鋼牙の」

 

 選んだ一手は、他人任せ。

 あんまりと言えばあんまりな選択だが、この際それも関係はない。

 

 なにせ、当の本人が壇狩摩の意思などに関わらず、既に()()()であったのだから。

 

 

 *

 

 

「集え我が同胞、進軍し蹂躙せよ――帝国万歳(ウラー・インピェーリヤ)ッ!」

 

 下された女王の号令に、手足たる兵隊たちが一斉に駆動する。

 鋼牙機甲獣化聯隊三千騎――その全軍が、いつの間にか八幡の地に展開されていた。

 

 神祇省の戦闘の最中、鋼牙は静観を決め込んでいたわけではない。

 横やりを加えようと思うならいつでも出来た。それをしなかったのは、単に布陣が整っていなかったからに他ならない。

 獣の女王は、英雄に憧憬など持たない。その信念やら大志やらに欠片も共感を覚えていない。

 彼女が考慮したのは、純粋に強さのみ。敵対者の戦力を獣の冷徹さで見定め、それにふさわしい用兵を行うべく駒を動かしていた。

 全体を俯瞰するべく一帯に散開していた布陣を、一頭の獲物を狩るための陣形に。軍隊であり群体である鋼牙の統制には、もはや一部の隙も見いだせない。

 

 その砲火が一斉に火を吹くのと、鬼面衆の後退命令が届いたのは、ほぼ同時だった。

 

 奇跡的なタイミングで離脱を果たす鬼面の二鬼、その領域を埋め尽くす火線の豪雨。

 晒されるのは一騎の英雄。もはや回避可能な空間など存在しない砲火の中、尚もヴァルゼライドは防ぎながら駆け続ける。

 多勢に無勢という言葉さえ上滑りするこの現状。それでも英雄は奮戦しているが、その身の不利は否めなかった。

 

 まず、英雄の得物が刀剣であること。

 刀剣とは、すなわち対人武器であり、近接武器だ。必然、接近しない大多数の銃火に対し打てる手立てはない。

 鋼牙の誇る機械じみた無謬の連携は、英雄に接近の間隙を与えない。その銃口は途切れる事なく空間を制圧し続ける。肉を切らせてもと特攻すれば、即座に全身を銃弾に穿たれるだろう。

 

 そしてもう一つは、英雄自身の性能に起因する。

 彼の攻めは確かに凄まじい。だが攻撃性能に反比例して、防御面ではひどく凡庸だった。

 英雄、クリストファー・ヴァルゼライドは凡人である。たとえば柊聖十郎のような、全方面に傑出した素質を持った天才の類では決してない。

 凡人であるからこそ、その不足分を努力で補うしかなかったのだ。そして必然、獲得する能力も非常に穿ったものになるしかない。唯一つ、彼に与えられた武器を極限まで鍛え上げるという選択肢以外、彼には許されなかった。

 結果、出来上がったのは極端が過ぎる一点特化型。超越しているのは攻撃面のみで、それ以外の能力に関しては並み程度のものでしかない。

 鋼牙の銃火でもヴァルゼライドを殺せる。一騎当千の英雄も、小兵の流れ矢で死ぬ場合があるように。最強たる鋼の英雄も、無敵の存在では決してないのだ。

 

 突出した個人も、圧倒的な数の暴力の前には成す術なし。幻想が入り込む余地のない、無情ながらも理に適ったその結論。

 故に英雄は鋼牙の軍勢の前に敗北する。やがて訪れるだろう結末は避けようがない。

 

 ――駆ける、躱す、防ぐ、躱す、駆ける、駆ける、弾く、防ぐ。

 

 奮戦するその姿も、結末を変えるには至らない。

 降り注ぐ砲火を英雄は躱し続けている。理由は勿論、()()()()()()()()()()()

 特出した才は、時に状況を大きく覆す場合もある。だがそれも、所詮は局所的なもの。最終的な勝敗を握るのは総合での能力値。それを補う仲間もいない単騎では、結局大勢は動かない。

 大は小を圧倒する。勝負に勝つのは常に絶対的な強者である。逆転劇など物語の中だけの奇跡であり、奇跡とは起こりえないからこそ奇跡と呼ぶのだ。

 

 ――躱す、防ぐ、駆ける、駆ける、突貫する、斬る、穿つ、薙ぐ。

 

 無謬の連携の中のあってないような間隙を突き、ようやく接近戦へと持ち込む好機を得たが、それも徒労に終わるだろう。

 いかにその剣撃の威力が凄まじかろうと、斬り捨てられるのは一人ずつ。両の手にそれぞれ構えた二刀では、どうやっても手数が足りない。

 雄々しく立ち振舞って見せても、所詮は全体像から見れば微々たる数。鋼牙という巨大な獣には、掠り傷程度のものでしかない。

 目の前で同胞が斬り捨てられようと、個我を持たない兵士に動揺はない。機械仕掛けのような正確さで、確実に獲物を追い詰めるよう正着手を打ち続ける。

 一対一の決闘ならば無双であろうと、戦争では全体の物量差がものを言う。一転した反撃にも意味はなく、最期には討ち取られるのは自明の理。やはり時間の問題でしかない。

 

 ――斬る、斬る、突く、躱す、薙ぐ、突く、斬る、斬る、斬る、払う、防ぐ、躱す、薙ぎ払う、一閃する、突破する、押し進む。

 

 そう、時間の問題のはずなのだが、しかしこれは、どうなっている。

 想像できた、当たり前であるはずの結末は、未だに訪れる気配もなく、むしろそれどころか。

 

 ――圧殺する、両断する、蹴り上げる、踏み台にする、突き崩す、叩き落とす、駆け抜ける、流し斬る、突き抜ける、穿つ、突進する、斬り払う、返し斬る、刺突を放つ、後退する、転進する、兜割り、八文字、喉突き、大袈裟、胴体割り、本胴裂き、敷き袈裟、太々、避け駆ける、斬り躱す、突き穿つ、三点突、斬り上げる、前進する、猛進し続ける――!

 

 攻勢が止まらない。単騎からすれば無限にも見える軍勢を相手に、ありとあらゆる常識、相性を覆して、英雄は互角以上に渡り合っていた。

 先までに述べた理屈の全てが、起こされる奇跡の数々に雲散霧消していく。どのような論に当てはめようとも、クリストファー・ヴァルゼライドを定義する事は出来ない。

 ここに至るまでだけで、一体どれだけの不可能を超えたのか。博打という言葉では言い表せない無謀の数々をも実現させてしまう、その技量と怯まぬ意志。

 ただ堅実なだけでは絶対に成し得ない。勇猛と蛮勇、二つの狭間を揺蕩いながら、決断したならば生命を賭した特攻も微塵たりとて恐れない。常に薄氷の上のような死線に在りながら、これしきは当然だと言わんばかりに英雄は、何の危なげも無しに奇跡のような紙一重の猛攻を実現させ続けていく。

 このまま単騎で戦い続け、やがては全軍を斬り伏せる。この英雄にとって、それは無謀でも蛮勇でもない。やれると信じてやり遂げられる、その程度の困難でしかなかった。

 

「――あまり調子に、乗るなよ貴様ぁァァッ!!」

 

 されど、思い知るがいい。獣の女王の軍勢はその程度では終わらない。

 英雄と軍勢が入り乱れる戦場に、女王御自らが出陣する。剣戟と銃火が乱舞する混沌の中、砲弾の如く飛来した超絶の暴力が場を丸ごと粉砕した。

 そう、鋼牙の女帝は傅かれて守護されるばかりの姫君ではない。キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワこそが鋼牙最強の兵。群れの頂点に君臨する人獣の将に他ならない。

 

 振るわれた暴威に対し、英雄が初めて明確な後退を見せる。

 無論、それで手を緩めるなど有り得ない。即座に追撃を選択し、キーラは英雄に対しても全く怯まず白兵戦を仕掛けた。

 キーラが振るうのは、華奢な外見に反した超暴力。その細腕からは考えられないような膂力を発揮し、何者も諸共に粉砕する。技巧と呼べるものはなく、人外の感覚と生命力を総動員した獣の強さがそこにはあった。

 それは洗練された武技に対しても決して劣るものではない。むしろ純然な暴力であるからこそ型もなく、英雄を相手にも五分の勝負を繰り広げている。

 それでも、流石は英雄と呼ぶべきか。攻防の中に発生した刹那の如き間隙を見出して剣閃を滑り込ませる。一撃はキーラを捉え、その首を斬り飛ばした。

 だが、そこから生じた現象は、まさに異形の怪物に相応しい所業だった。鮮血吹き出す首の断面より、瞬時に元の顔が復活する。人にとっては致命傷でも、怪物にとってはどうという事もないと告げるように。

 まさしく怪物じみた超抜能力。人間らしい工夫になど頼らない単純にして凶悪な暴威こそが、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの武器であった。

 一撃でもその攻撃を受ければ、英雄の身は耐えられまい。回復手段を持たない英雄は、そのまま倒れる以外にない。単騎同士での戦いでも、どちらが不利かは明白だ。

 

 そして鋼牙の真骨頂とは、単騎ならざる事にある。

 突進してくる二頭の巨大な魔狼。尋常な決闘であるなど、そんな意識は欠片もない。一匹の獲物に群れを用いて仕留める事を躊躇するような思考は人間だけだ。

 故に襲い来るのは魔狼に限らない。鋼牙の兵は案山子にあらず。無数の砲火が放たれて、女王たるキーラを援護していく。

 恐るべきは、その連携。超高速で近接戦を行うキーラ。進撃過程の総てを蹂躙する魔狼。それら常軌を逸した存在の織り成す闘争にあって尚、鋼牙に同士討ちはあり得ない。全ての銃弾、砲撃はキーラ、魔狼の身を穿つ事なく、英雄を追い詰める事のみを目的に放たれる。

 全にして一。個は群れのために、群体そのものがひとつの個。鋼牙の結束は何より厚い。

 

 これが鋼牙だ。夢界に君臨する六勢力が一。権威ではない、暴力で威光を示す人獣軍団。

 正面戦力では最強と称しても差し支えない。単騎で立ち向かうには余りに強大。個人の力でどれだけ足掻こうとも、いずれはその獰猛な顋に喰い千切られるが運命である。

 

 ――であるならば、展開されるその光景は、一体いかなる奇跡であるか。

 

 殺到する人獣軍団。その猛攻を一身に曝されて、それでも英雄は挫けない。

 銃火を避け、猛進する魔狼を受け流し、紙一重の中でキーラに斬痕を刻んでいく。端から見ればすぐにも終わると思えるのに、一向に決着が訪れないのだ。

 まさか、いやあるいは、と。既に見る者には別の結末が映り初めている。またしても不可能事を踏破する英雄憚が書き綴られるのかと、あり得ないはずの勝利を期待していた。

 

「……なるほど、確かに凄まじいな」

 

 それは何度目の交錯だったか。すれ違い際、斬り飛ばされ宙を舞った己の両腕を傍目に、キーラはほくそ笑んだ。

 

「辰宮の売女などとは物が違う。それだけではない。誰も彼も腐った臭いがする夢界の者共の中で、貴様だけは別種のようだ。悪くないぞ、クリストファー・ヴァルゼライド」

 

 落とされた腕を即座に再生して、キーラは率いる鋼牙を制止させる。

 女王の意志は、如何なる事柄にも優先される至上の価値。言葉すら用いることなく、統率された兵は瞬時に矛を収めて停止する。

 

「貴様、私の幕下に加わらんか? その勇猛を散らすにはあまりに惜しい。我が子らに流させた血の咎は、己もまた牙となってそそぐがいい。栄えある軍団の総列に加わり、偉大な帝国のために尽力する。これほどの名誉はあるまいが」

 

 尊大に、されど敵対する相手の存在を憂いながらキーラは告げる。

 ともすれば大人物とも見える、懐の深さを示すような所作は、流石女王の器と呼べる姿だろう。

 

 だが現実はそうではない。

 キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの真実を知れば、その言葉の本当の意味が分かる。

 獣の女王にとって臣下とは即ち同胞。その結びつきは単なる忠誠などより遥かに強く、また同時におぞましい。

 鋼牙の軍団に属した者は文字通りに"繋がる"のだ。それ故の鋼の結束であり、鋼牙という一頭の魔獣を構成する何よりの要因だった。

 

「どだい、貴様の祖国とてすでに斜陽だろう。朽ちると分かって尚も仕える価値があるとは思えんがね。その武勇に相応しい舞台に立ち、真に尽くすべきもののために剣を振るう。それこそ英雄の誉れという奴ではないか」

 

 一聞するならおかしな所はない。敵ながら天晴れなりと、将の器を示す美談と見える。

 しかし、違うのだ。その裏にある真実を目の当たりにすれば、今のやり取りだけでもどれだけの矛盾があるのかすぐに気付く。

 それは決して、口から出まかせを語っているという事ではない。真実、キーラにとって今の言葉は本心なのだ。本気でその矛盾した理論を信じ込んでいる。

 彼女にとり、それは矛盾でも何でもない。己は栄えある帝国軍人、この軍団を指揮する『大佐(ポルコーヴニク)』であると。掲げた旗の信義を欠片も疑ってはいないのだ。

 人の権威を誉れとし、人獣の理を道理とする歪な有り様。相容れない二つの価値観を混在させ、かつ異形なままに成立させる狂気の本性こそキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの正体だ。

 信義も情けも、結局は怪物の論理でのみ成立するものに過ぎない。この申し出にも言葉ほどの価値はない。頷いたところで、キーラにとっての道理で処理されるのみである。

 

「痴れ言は不要だ。キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワ」

 

 そして無論、英雄たる男がそのような申し出に頷く道理もない。

 

「お前の話は聞いている。グルジエフの遺児、その狂気の寄り代とされた『被害者』よ。

 その境遇には同情する。そう成り果てたのも致し方ない事だろう。人と獣の間を揺蕩って、己に繋がれた群れの子らを慈しむ哀れな娘、お前に罪はない。

 俺は決してお前を責めん。だから――()()()()()()()()()()

 

 罪はない、お前は被害者だと、声には憐憫さえ滲ませて英雄は獣の女王に告げる。

 ヴァルゼライドは知っている。支離滅裂とも見えるキーラの在り方、その真実を。

 彼女がこうなったのも仕方がない。キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの境遇とはそれほどに凄惨であり、あまりにも救いがない。

 故にその有り様を責めはしない。己が獣だとする道理にも理解を示す。そしてだからこそ、遠慮をするなと英雄は告げるのだ。

 

「悔いなど残すな。取り繕った姿で敗れては、その矜持も浮かばれまい。

 俺は決してお前の本性を蔑まん。我こそ怪物であると道理を叫ぶならば、好きにするがいい。その資格がお前にはある」

 

 それは慈悲。獣の女王に対して英雄が示せる唯一の情けだった。

 わざとやりづらい姿でいる事はない。本領を発揮しろ。見目麗しい少女のカタチなど何ら誇るものではないのだろう、と。

 まさしく英雄だからこそ許される在り方。対峙する相手への敬意、それを自然のものとして心の内に置いている。そんな枷とも見える騎士道精神こそ、己をより強くするのだと知っているのだ。

 

 だが肝心のキーラの方はといえば、向けられた人情にもまるで意に介していない。

 怪物としての獣性こそがキーラにとってのアイデンティティ。人らしい精神論など端から持たず、ただ力による蹂躙こそ良しとしている。

 英雄が見せた敬意とて、獣の女王の心を動かすには至らない。訳も分からぬ戯言と、そのように解釈されて切り捨てられるだけだ。

 

 故にキーラが反応したのは、敬意としての部分ではない。視野狭く捻じ曲がった、独自の価値観からくる結論だった。

 

「哀れんだな、貴様」

 

 吐かれた言葉からは一切の熱が取り払われている。

 それは冷静さを意味しない。むしろ極点を越えて激発せんとする感情、その前触れに他ならない。

 

 英雄の発した言葉は、獣の女王の逆鱗に触れていた。

 

「私を、可哀想な被害者だと、見るに耐えない廃棄物だと、取るに足らない少女だと、人間風情が見下して語ったなあアアアアァァァァッッ!!!!」

 

 激昂は、咆哮となって震撼する。

 それは獣の群れの嘶きだ。女王の怒りに触発され、鋼牙の同胞もまた憤り激しているのだ。

 

 軍団を一色に染め上げた憤怒は、続く衝撃として異形の現象を引き起こす。

 展開されていた鋼牙軍団。軍としての鉄の合理性に統率されていた兵たちが一斉に動き出す。

 いや、動いているのではない。引き寄せられて繋がっているのだ。中心にあるキーラに向けて、個体であった兵が次々と連結を果たしていく。

 

 軍であり群。集団であり集合。

 目を背けずにはいられない怪物の本性、結束という言葉すら生温い鋼牙の真の姿が顕わとなる。

 

「ならば見ろ、これが怪物(わたし)だ。

 貴様たちが怪物と呼ぶもの、私にとっての"真実(マコト)"だ、焼き付けろッ!」

 

 深紅の双眸が血涙を流して輝いている。

 その赤い瞳こそ支配者の証明。他者に隸属を強制する真なる魔眼。

 少女に刻まれた呪い。妹たちを壊したもの。あらゆる悲劇の元凶。

 

 小さかった少女の影が肥大していく。

 赤い魔眼が全てを見下して、屹立したその姿はまさしく巨人。

 だが怪物性を証明するのは巨大さだけではない。真のおぞましさは、それを構成するものにあった。

 

 巨人を構築するのは、人体。三千もの鋼牙たちが結合し、凝縮した化生こそキーラの真実。

 

 キーラと鋼牙の兵は主と部下ではない。

 真の意味で一心同体。キーラこそが鋼牙で鋼牙こそがキーラである。

 他者の血肉を切っては繋がり、魔眼によって支配して、そうして出来上がったのが今の姿である。

 それは人類の描く悪夢に紡がれた悪神・祟神にも劣らない、純然たる人の狂気が産んだ人造の狂神だった。

 

「私が愛する子らのため、我が一部たる同胞たちのために、私は盧生の力を手に入れる。だから貴様らさっさと死ねよ。私の家族に比べれば取るにも足らん塵屑どもが、私たちの邪魔をするなァァァァッ!!」

 

 極限の魔性たるキーラにも光があるとすれば、同胞に向けた愛こそがそうだろう。

 己の手足である三千名を、キーラは決して憎んではいない。我が身に蔓延る寄生虫の如く扱うのではなく、己と運命を共にする家族として見ている。

 だからキーラは夢を求める。繋がれて剥奪された彼らの命を取り戻すために。決して誰も見捨てようとはしていない。彼女の愛は真正のものだ。

 

 ただし、その愛は狭く閉じている。

 怪物と扱われ、キーラ自身もそれを望んでいるから、他人が入り込む余地がない。

 故に彼女とは相容れない。結束の強さは排斥の強さでもある。同胞との絆に縛られて、キーラは永遠にそこから抜け出せないのだ。

 

 それと対峙する英雄の面持ちは、静謐。

 彼はキーラの本性を知り得ていた。故に目の当たりにしたところで動じるには値しない。

 たとえ人ならば目を背けずにはいられない狂魔であれ、覚悟を定めた英雄の為す事に変わりはない。

 

「こんなものは手向けにもならんと承知しているが、あえて誓おう。

 二度とお前のような悲劇は繰り返さない。必ずや世界の歪みを正す。決して無駄にはしない。

 お前が流した涙の数だけ、明日の希望に変えてみせよう」

 

 故に哀れな獣よ、お前はここで散るがいい。

 それは宣戦。獣の女王を哀れもうと、決して揺るがず躊躇わない。

 相手が人に仇なす魔性である以上、英雄が為すべき事など決まっているのだ。

 

 しかし端から見るなら、その光景は余りにも絶望的だ。

 有に五十メートルを越えるだろう巨人と対峙するのは、比べて小人に見える男が一人。

 両手に構える二刀すら、今となっては頼りない。その小さすぎる刃が巨人に通じるとは思えなかった。

 

 ならば見る者に映る英雄の未来とは、敗れ果てるだけの絶望であるのか――否。

 

 英雄の目は死んでいない。それどころか眼前の巨人を微塵も怖れていない。

 彼は勝利するつもりなのだ。如何なる絶望にも屈しない。強大なる怪物ならばこそ、己が敗れるなど許されないのだと自戒し覚悟している。

 

 英雄と怪物。二者の関係を知るのなら、これより織り成される王道の物語も察せられた。

 

「破段・顕象――――栄光は未来に、英雄は不屈なり(Gamma-ray Adamas)

 

 ヴァルゼライドの持つ双剣に黄金の光が灯る。

 其はまさしく正義の輝き。あらゆる悪を断ち、如何なる絶望をも切り開くもの。

 英雄が携えしは光の剣。荘厳なる立ち姿、雄々しき眼差しには一点の恐怖さえ見えず、遥か巨大な超獣を前にも一歩たりとて退きはしない。

 

 巨人と小人。外見に映る彼我の差すらも今や霞んで見える。

 だってそうだろう。怪物と戦えるのは怪物だけで、人の身でありながら怪物の打倒を成し遂げる者こそを英雄と呼ぶ。

 目を焦がすほどの煌く黄金の威光は、狂気渦巻く合成獣にも劣らない。そして光の剣の担い手たる男もまた、誰よりも英雄の二つ名に相応しかった。

 

 巨人の腕が落ちてくる。肉塊の群れが拳の形を成して、振り下ろされるは純然たる大質量。

 特殊な理屈など何も無い。文字通りの物量差が生み出す圧倒的な超暴力が英雄へと向けられる。

 人の視点から見れば、もはや天が墜落してくるに等しいだろう。周囲を影の内に落とし込み、全景すら捉えきれない巨大な拳が迫る様は、まるで自然災害を前にするかの如く抵抗しようとする意志を剥奪する。

 己の敵を叩き潰さんと、極大なる殺意を滲ませた怪物の一撃。まさしくキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの誇る理の集大成がそこにはあった。

 

 対するは鋼の英雄。黄金を纏ったニ刀を構えて、見据える眼差しに揺らぎはない。

 敵対する者は強大、故に慢心の思いはない。侮らず、しかし怯まずに、己は勝つと心に決める。

 踏み込みと共に放たれるのは全身全霊の一閃。それは黄金の波濤となって射出され、眼前の巨塊に突き刺さった。

 

「オオオオオオォォォォ――――ッッ!!!!」

 

 裂帛の怒号。吐かれた意志に呼応して、光は更にその出力を上昇させる。

 巨大な塊を貫いた一条の光、怪物の巨体からすればか細いとさえ見える黄金光は、極限まで威力を凝縮した超密度の一撃。それが大質量の墜落を押し止め、拮抗させる。

 否、それだけに留まらない。突き刺さった光はその一点から連鎖して、爆発的に拡大していく。放たれた後でも尚消えず、残留しながら敵の身を喰い散らかしていた。

 それは明らかに熱エネルギーだけで生じる現象ではない。この夢界にてクリストファー・ヴァルゼライドの掴み取った夢の形は、単に敵を焼き払うのみの光ではない。あらゆる悪の存続を許さず、不義の一切を殲滅すべく連鎖崩壊を引き起こす爆裂光。

 

 すなわち、それは放射性分裂光(ガンマレイ)

 やがて来たる未来、人類が自らを七度は鏖殺できる量を持つ事となる破壊兵器。

 ヴァルゼライドの有する夢とは、それに非常に酷似した性質を持っている。彼が求めた破邪の光、ひたすら破壊へと振り向けた夢がここに真価を発揮する。

 

 破滅の連鎖が止まらない。

 貫かれた拳を伝い、光は腕部を昇っていく。

 構成される鋼牙の兵、その悉くを殲滅しながら拡がって、ついにはその巨腕そのものを粉砕した。

 

 そして、英雄の攻め手はそれのみでは終わらない。

 ヴァルゼライドの闘法は両手持ち、即ち彼にはもう一撃が許されている。

 刀剣を握る手に力が篭もり、破滅の夢を充填した殲滅の極光斬が再び放たれた。

 奔る黄金。光の斬撃は容易く空間を突き抜けて、怪物の身体を蹂躙しながら頂点にある女王の御身に到達して呑み込んだ。

 

「が、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!??!!!!??」

 

 キーラの口から迸った絶叫。

 激烈なる崩壊の痛みに、獣の女王が叫びの声を上げている。

 その破滅は決して癒される事はない。爆光はあらゆる悪に滅びを与える浄化の火だ。

 人外の再生力も英雄の光の前には無意味である。如何に優れた生命力とて放射線の猛毒に侵されれば死滅の宿命を避けられない。

 

 巨大なる怪物の総身が崩れていく。

 そこに在る生命の全てを殲滅し、一片の慈悲もなく。

 人に仇なす魔性の結末として、英雄譚に綴られる王道の通りに。

 

 ――よって、ここに勝負あり。

 

 佇むその立ち姿は不動にして健在。

 それこそ当然の道理だと言わんが如く、鋼の英雄は勝者の頂きに君臨していた。

 

 

 *

 

 

「おいおい、何なんだよあれは……!?」

 

 大杉栄光が呟いた一言は、千信館の面々が抱く共通の認識だった。

 

 あまりにも慮外、あまりにも異常。

 何もかもが訳が分からない。展開が早すぎる。まったくの蚊帳の外だ。

 見せられた光景は、彼らにとっては明らかな情報過多。未だ夢界の仕組みさえ解していない少年少女に、それはもはや毒でしかないだろう。

 

 先ほどまで自分たちを襲おうとしていた壇狩摩率いる鬼面衆、それが見せた異形なる夢の数々も。

 圧倒的なる軍団としての威容を示した鋼牙。更にはその後に発揮された、人体結合というおぞましすぎる狂気の怪物としての本性も。

 

 そして、それらを鎧袖一触に打ち破った、雄々しく輝かしい英雄の姿もまた。

 

 どれもが許容できる範囲を超えている。

 善性であれ悪性であれ、逸脱しすぎた意志の熱量には目を焼かれる。

 昨日まで常識の中に生きていた者には衝撃が強すぎる。明らかに段階を間違えて突きつけられた悪夢の数々は、理解など到底不可能でただただ畏怖の念を刻み付けただけだった。

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。どうなってるんだよ、この状況はよ。

 わけが分からねえにしたって限度があるだろ。やべえってのは分かるんだがな、ここから俺らは一体どうすりゃいいってんだ?」

 

 加わったその声は、先ほどまでは無かったものだ。

 鳴滝淳士。四四八らの学友、屈強な体躯を持ち、己の孤高さを良しとする男。

 彼もまた、四四八との縁となる物を持ち合わせていたが故に、この夢界に入り込んでいた。

 

 不条理を前にも動じない精神力の持ち主であるが、目の前の事態には流石の無頼漢でも手が出ない。喧嘩の場数や意地でどうにかなる領域ではないと理解していた。

 こうして他の面々と合流を果たしても、やれる事は同じく傍観のみ。超常の戦いを目の当たりにして、人々に出来る事などありはしない。

 

 だが、それもまた何時までも続くものではあり得ない。

 害意の全てを一蹴し、英雄が歩き出す。その歩みは力強く、何憚る事なくゆっくりと。

 それを止められる者はいない。壇狩磨は肩を竦め、柊聖十郎も苦渋と憎悪を滲ませながら睨むのみ。あえて手出ししようとはしなかった。

 ましてや未だ常識の内にある少年少女が、どうして制止できるというのだろう。しかしそれでも、その歩みの先にあるものを見れば、見過ごす事など出来なかった。

 

「み、水希ッ!?」

 

 英雄の歩みの先、そこには倒れ伏す世良水希がいる。

 神野明影に敗れ、無残な姿を晒したまま動かない彼女の元へ、英雄は真っ直ぐ近づいていた。

 どういう意図なのかも分からない。それでも咄嗟の反応として、彼らは身構える。決して敵わないとは承知の上でも、仲間を見捨てないという仁義のもとに。

 

 そんな少年少女たちの案じを余所に、水希の元にヴァルゼライドが辿り着く。

 その様子に害する意図は見えない。手にある刀剣も振り上げられずに沈黙している。

 少女を見る英雄の眼差しにあるのは哀れみ。悲惨な悪夢に巻き込まれた善良な若人たちに、英雄は心からの憐憫の念を示しているように感じられて――

 

「大衆向けのポーズご苦労様。本当はなんにも分かってなんかいないくせに」

 

 そんな英雄らしい姿に泥を塗るべく、その背に這い寄るのは黒い神野(じゅすへる)

 

「理不尽に巻き込まれた無辜の民、そんな弱者の悲哀に義憤を燃やす英雄サマ。いやいやまったく何処までも王道だ。実に分かり易くて共感しやすい。正しすぎて非の打ち所もないくらい。

 そういうテンプレをなぞるだけなら破綻者にだって出来るものね。弱者の悲哀、敗北者たちの嘆きなんてまるで全然思い至らないけど、とりあえず理解してるフリくらいは出来るもの。

 ねえ、正しく雄々しく真っ直ぐに突き進むしか出来ない"狂人(エイユウ)"サマ?」

 

 全ては欺瞞だと、お前は破綻しているのだと、蠅声の王は鋼の英雄に告げる。

 その光の価値を認めず、裏に秘められた矛盾の数々を突きつける。あらゆる悪徳を凝縮した邪神は、嬉々として善性の輝きを貶めようと悪意の言葉を吐き出していた。

 

「涙を明日に変える? 泣いた事なんてないくせによく言うよ。

 そうやって助けてみせたところで、結局最期は殺すんだろう? 人助けなんて性に合わない、破壊と殺戮こそ虐殺の正義にはお似合いだ。

 他人のためにやれる事なんて仇討ちがせいぜい、血の海でしか報いを築けない鋼の英雄。いずれ報いるからと血染めの勝利を重ねていって、果たして報いるべき誰かは残るんだろうか?

 無理無理、たどり着けやしないさ。あなたが求める"勝利"になんてね。くひひひ、きひはははははは、あはははははははははは――――!!?!!?」

 

 正気を掻き乱す悪魔の言霊を――――英雄は一閃と共に切り捨てた。

 

 黄金の爆光が神野を灼く。

 無限に這い出る蟲群の如き不滅の存在も、連鎖し続ける殲滅光の前には無意味。

 如何なる攻撃にも存在を保ち続けた黒い影は、英雄の輝きに照らされて掻き消された。

 

「……それでも、俺は前に進むのみ。いずれ全てに報いる"勝利"を掴むまで」

 

 悪魔の痴れ言になど耳は貸さぬ。

 矛盾、悪性、委細承知なり。

 心に決めた信念があるならば、総てを呑み込み前進あるのみ。

 その意志が弛まぬ炎を燃やす限り、英雄の行進に停滞などあり得ない。

 

 そうしてヴァルゼライドは刀剣を納め、倒れる水希の身体を横抱きに抱き抱える。

 善良なる民草を救う救世主に相応しい姿で、少女を仲間たちのもとへと送り届けた。

 

「あ……えっとその、あ、ありがとうございます!」

 

 受け取った真奈瀬晶の声にも、明らかな困惑が見て取れた。

 それも詮無きことだろう。結局のところ、目の前の男の立ち位置がよく分からない。

 自分たちを救ってくれた。状況だけ見ればそうとも言える。だが結局、それが何故かと理由が分からないままでは疑念は晴れなかった。

 

 それでも、こうして警戒を解いて向き合っているのは、彼が善性の人間だという確信があるからだろう。

 壇狩摩のような無軌道の輩ではない。少なくとも、わけも分からないままに自分たちを害する事はないだろうとは信じられた。

 

「あの! 教えてください。これは、この世界は一体何なんですか!?

 単なる柊の見てる明晰夢なんかじゃない。そう、こうして私たちが入れてる時点でおかしいと思うべきだったんだわ。こんなのどう考えたって普通じゃない。

 もっと警戒するべきだった。なのに、その考察を放っておいて、世界の裏側を知ったみたいになって……ああもう、誰も彼も意味が分かんない!」

 

 だからこそ、だろう。咄嗟に我堂鈴子がその質問を口にしていたのは。

 言葉は途中から自らに向けられたものに変わっている。質問の体も為してはいなかったが、一度堰を切った疑問はそれこそ湯水のように湧いて出ていた。

 冷静に話が出来る精神状態ではない。先ほどまでは疑問すら抱く暇もない修羅場であったが、それも一応は沈静化したと見て、故に緩みが現れている。

 元より物事の理屈をはっきりとさせたがる性格である。今の一種の暴走状態も、流されるままだった状況に対しての反動というのが近い。

 

「落ち着け、我堂鈴子」

 

 そんな感情の暴発は、ヴァルゼライドのその一言によって消沈させられた。

 はっきりと呼ばれた名前。言うまでもないが名乗った覚えは一切ない。

 なのに、何故。一体これはどういう理由で。疑念が再び頭の内に満ちていく。

 

 だがそれよりも先に、続けられた言葉が疑問の再熱を制止した。

 

「様々な疑問があるだろう。数多の未知に混迷するのも無理からぬ事だと思う。

 俺がここで何を語ろうと、それは恐らく他者からの刷り込みにしかならん。安易な答えへの逃避を許す事になる。そんな様では何も出来まい。

 お前たちにまず必要なものは、不条理に対する解答ではなく、対峙する理不尽にどう立ち向かうか、その心を決める覚悟だろう」

 

 雄々しく、そして正しい英雄の言葉。

 単に答えをはぐらかしているだけと、そういう印象はまるで受けない。

 安易な甘言で甘やかすのではなく、自らの脚で立てる力をまず付けるべしと。正道を歩む者の忠言として、素直に耳を傾けられるものだった。

 

「そのためにも、まずは亡くした者を弔うがいい。何をするにもそれからだろう」

 

「あ……ッ!」

 

 そして、次の言葉に対しては異論の余地もなかった。

 

 忘れたわけではない。忘れられるはずがない。

 惨殺された柊恵理子。この悪夢の始まりを当然誰もが覚えている。

 直面した事態に追われ、一時頭の隅に置いただけ。悲劇に対する嘆きと憤りも、思い返せばすぐに甦ってくる。

 だが、これは夢だ。眼が覚めれば変わらぬ姿の恵理子が待っているという可能性もある。ならばこそすぐにでも確認のためにも戻るべきだろう。

 

 ――いや、違う。

 本当は誰もが分かっていた。

 この悪夢はそんな甘いものじゃない。柊恵理子は恐らく、もうこの世にいないのだと。

 それでも感情は納得できないと叫んでいる。確かな事実を直接目にしなければ、この感情は決して治まるまい。

 ああ、確かに男の言う通りだ。こんな様で何を聞かされたところで身に入るわけがない。何を決めて、何を始めるにしても、まずは哀しみにケジメを付けなければいけなかった。

 

「行け。たとえ真実がどうであれ、今のお前たちにはそれを悼む権利がある」

 

 そう言ってヴァルゼライドは刀剣を抜き、地へと向けて突き立てる。

 瞬間、場を覆っていた"何か"、彼らを夢界に閉ざしていたそれが消え去ったと直感した。

 

 認識に伴い、それは現象として顕れる。

 悪夢からの脱出、現実への帰還。彼らの中でそれを願わない者はいない。

 意識が浮遊し、世界からズレていく感覚。夢の時間は終わり、本来のあるべき場所に戻ろうとしているのだと、千信館の少年少女らは理解した。

 

 その様を見届けて、背を返す英雄の後ろ姿。

 霧がかかったように喪失していく視界の中で、最期に映ったのはその背中。威風堂々、自分たちを助けて道を諭してくれた英雄に、事情が分からないまでも敬意を抱く事は当然の流れであり、

 

 故に、己の中に生じる感情を柊四四八は不可解に思った。

 

 何故か、理由は自分でもはっきりとしない。

 その有り様は善性にして正道。柊四四八の価値観からすれば好感こそあれ否定する事などないはずなのに。

 だというのに、目に映る英雄の姿、その在り方に言いようのない忌諱感がある。認め難い、受け入れられないと心の何処かで叫んでいるのだ。

 

 自分と彼の道は、決して交わらない。

 ともすれば柊聖十郎以上に相容れない何か、納得し難いものがある。

 激突は不可避。いずれこの輝かしい英雄と決着を付ける事になるのだと。

 

 何の根拠もないままに、柊四四八の心はそれを確信していた。

 

 

 *

 

 

「さて、新しき邯鄲を飾る初戦は、輝ける英雄の武勇譚で終わったわけだが」

 

 夢界の深淵、柊四四八らの位階から比較すれば天の御座にも等しい場所で、軍装の男が語る。

 その様は精悍、そして何よりも強大。単なる人としての姿以上に、常態でも発している覇気の波動が、男の存在の巨大さを表している。

 格が違う。存在の次元が違いすぎる。対峙すれば即座に気付く、男が漲らせる異常性。一切の容赦もない無慈悲な灼熱でありながら、同時に正道たる者の潔癖さも兼ね備えている。

 

 男こそ、魔王。

 全ての元凶。始まりの盧生。廃神(タタリ)を世に放つ者。

 名を、甘粕正彦。夢界最強の支配者がそこに居た。

 

「俺としてはもう少し、あの第二の盧生らの克己を見守っていたかったのだがね。

 なあ、()()()? よければ聞かせてくれんかな。今回の介入はどういった意図であったのかを」

 

「思惑など無い。道理に則った筋書きに引き戻したまでのこと」

 

 そんな魔王たる男に対し、一歩も退かずに真っ向から対峙する鋼の英雄。

 クリストファー・ヴァルゼライド。史上初、阿頼耶に触れた邯鄲攻略者を前にしても、彼は揺るがない。自然体でも他者を圧する魔人の意気にも平静を保ち、整然と答えを返す。

 

「盧生に至る悟りのため、試練が必要であるのは承知している。第四層(ギルガル)まで降りてきた以上、直面する修羅場から逃れることは許されない。

 だが、ならばこそあの時点で果たすべき覚醒は既に終えている。あれ以上の責め苦は余分でしかない。それも確固たる思案があっての事ではなく、風見鶏のような無軌道さでだ。

 全てはあの盲打ち、壇狩摩の謀だろう。いや、奴は謀ってすらいまい。ただそうすべきと感じたからと、餓鬼の戯言にも等しい気まぐれでしかない」

 

「狩摩か。俺もあの男だけは計りきれん。天下はすべからく己のための布石であり、あらゆる物事は後の勝利に繋がっている。何の根拠もなく、よくもまあそこまで豪語できるものだ。

 お前とは真逆だな、クリス。俺は奴の事もそれなりに気に入っているが、お前としてはあの在り方には思うところもあるのではないか?」

 

「無い。あれはもはや、当人以外には理解できるものではあるまい。

 今のこの状況も、元を正せば奴の行いが発端なのだろう。何かしの考えもなくこのような結果を引き出せるならば、そういうものだと納得するより他はない。

 ならば良し、否定はすまい。俺は俺で出来る事、信じる道でもって勝利を掴む。他人がどうであろうと、それで揺らぐ惰弱な信念など持ち合わせん」

 

 努力もなく、苦悩も持たず、ただ反射のみで万事を良しとする盲打ち。

 それは言ったように、英雄の在り方とは真逆だろう。己の信念を無駄なものにしかねない存在を目の当たりにしても、ヴァルゼライドは動じていない。

 

 不屈の心は折れる事を知らない。

 たとえ何を前にしようと、意志の限りに前へと進む。

 それが彼が定めた決意だから、迷いはない。

 

「奴の行いに意義はない。あるのは悪童じみた気まぐれのみ。そんなものを必要以上に尊重してやる意味はなく、また義理もない。

 逆十字に限らず、奴らは大なり小なり悪性を持つ輩どもだ。いずれぶつかるのは目に見えている。今回の件も、そういう意味では想定の内でしかない」

 

「くく、はははっ、そうか。まったくお前の意欲はいつ聞いても小気味良い。

 お前の事だ。その想定では、他の総ての勢力をも相手取る展開が描かれているのだろう。

 奉じる信念に殉じ、ただひたすら真っ直ぐと。今回の事もお前にとっては必然であったかな」

 

「ならばどうする? 意のままにならぬ駒ならばと、盧生の威光をもって鎖に繋いでみるか?

 所詮、未だ俺は眷族の身。貴様の許しがなければ夢に入る事も適わん脆弱さだ。そうするとあっては是非もないが?」

 

「やらぬとも。いや、そうした時のお前の足掻きは見てみたい気もするがな。

 お前のような輝きこそ我が"楽園(ぱらいぞ)"を彩るもの。それを曇らすような真似がどうしてできよう」

 

 甘粕正彦。彼は人の輝きを愛している。

 人の勇気を、その魂が生み出す光を心から褒め讃えている。

 それが己にとって不利益であろうと、彼の美観に合致するならば否はない。

 これぞ人の価値であると、賛辞をもって認めるのみだ。

 

「せっかくだ。ひとつ、この邯鄲に懸ける抱負でも語ってみせてくれんかね?

 なあ、鋼の英雄。誰よりも勝利の呪いに憑かれた男よ。その輝かしき意志の何たるか、是非とも俺に聞かせてくれ」

 

「ならば、一言。――いつまで大上段から見下ろしている?」

 

 友誼とも取れる好感を示す甘粕。

 それに応じるヴァルゼライドが表すのは、激しい熱を内に秘めた厳かなる闘志。

 

「道楽の如き無軌道は、盲打ちだけに当て嵌るものではない。甘粕正彦、貴様の語る"楽園(ぱらいぞ)"とは、混沌の世だ。あまりにも度し難い。

 最初の盧生として、前人未踏の邯鄲攻略を成し遂げ、阿頼耶に触れたその偉業、強さには敬意を払おう。だが決して、地獄をもたらすその思想を認める事はないと知れ」

 

 甘粕正彦の理想とは、人が際限なく意志の輝きを発揮できる世界。

 素晴らしい勇気を見出すために、相応しい試練を与える。堕落の温床たる安寧こそ害悪であると言い捨てて、人にとっての至上の価値を取り戻すために。

 それは無限の災禍と超常の勇者が全世界で入り乱れ、覇と覇を競う群雄割拠の世。己が手にした"邯鄲(ユメ)"を分け隔てなく与え、意志の如何で総てが決する世界をもたらすのだ。

 

 言うまでもなく、大半の人々にとってそんな世界は地獄でしかない。

 生き残れるのは真に輝ける者だけ。試練に耐え切れなかった者は悉く一掃される。

 性質そのものは決して邪悪なものではないだろう。されど英雄にとっては、守るべき無辜の民草が犠牲となるその理想を、成敗すべき悪と断ずるのに何の迷いもなかった。

 

「俺は盧生となる。貴様の所業を阻むため、そしてこれまでの勝利に報いるために。

 困難は承知、己が器でない事も理解している。それでも征くと決めたなら、如何なる無理でも押し通してみせると誓う。"勝つ"のは俺だ」

 

 微塵の躊躇も疑念もなく、あまりにも無理が過ぎる大言壮語を、英雄たる男は口にした。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは、盧生となり得る資格を持つ者ではない。

 甘粕正彦。柊四四八。現状において、その資格を持つ者は唯二人のみである。

 資格がない者は、独力で邯鄲に入る事すら敵わない。柊聖十郎や壇狩摩、鋼牙の構成員の誰にしたところで、どちらか一方に繋がる事で夢界への侵入を果たしている。

 そして繋がったところで、同じ盧生となる事は絶対に不可能だ。資格のない者は盧生になれない。それはこの邯鄲における絶対の大原則だ。

 

 たとえば、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワがいる。

 彼女は盧生の力を求めている。己と接続する家族の救済のため、如何なる不条理をも覆す奇跡の御技を欲している。

 だがそれも、彼女が半ば部外者に近い立場であり、知識不足からくる無理解によるもの。原則を覆す方法があるわけではない。

 ヴァルゼライドの願いはキーラと同様だ。資格を持たない身の上で、決して届かない御座に手を伸ばしている。前述した通りの不可能事であり、端的に言って愚行以外の何物でもない。

 

 それでも違いがあるとすれば、無理解のキーラに比べて、ヴァルゼライドは原則も資格の有無も総て余さず承知した上で、尚も成し遂げてみせると断言している事だろう。

 

「ああ……」

 

 そして無理無謀を叫ぶ男に対し、甘粕正彦はただただ感嘆の吐息を漏らすのだ。

 

 だからこそ惹かれる。だからこそ素晴らしい。

 普通に考えれば実現は不可能。だがこの男にはその一言で済ませない何かがある。

 幾多の不遇に見舞われて、泥に塗れながらも奮起を続け、あらゆる難事を遂げてきた男であるからこそ、その意志の光は奇跡を予感させるのだ。

 資格がない者は盧生になれない? ああそうだ、誰かが言った限界(げんそく)など気にするな。その雄々しくも魅せられる勇者の気概で、新たなる英雄譚を書き綴ってくれ。

 向けられる闘志さえも心地良い。その果てに俺の敵となるならば望むところ。互いに異なりながらも強き意志の激突こそが、その輝きを発揮させる"楽園(ぱらいぞ)"に他ならないのだから。

 

「いいだろう、クリストファー・ヴァルゼライド。思うがままに動くがいい。

 その果てにお前が納得する答えを得たならば、再びこうして対峙しよう。その時こそ決着の刻、俺とお前による"聖戦"となるだろう」

 

 よって甘粕正彦はクリストファー・ヴァルゼライドの挑戦を快く受け入れた。

 理想に対する否定。明確な殺意と共に告げられる打倒の宣言。それら自らが被る不利益を一切度外視して、偽りなき尊敬の念をもって迎えるのだ。

 

 人の勇気を愛し、その奮起を待望する光の魔王。

 与える試練こそが、彼にとっての人間賛歌。ならば英雄の姿こそ魔王の求めるものに他ならない。

 甘粕正彦は盧生である。阿頼耶に触れた人類全体の代表者。見出した悟りに利害を捨てて突き進める馬鹿者だけが、その境地に至る事を許される。

 

 ならばこその必然。ここに未来の決戦は約束された。

 

「そう、おまえの勇気は素晴らしい。

 ゆえに当然、俺と戦う覚悟もあるのだろう?」

 

「応とも、誰にモノを言っている」

 

 魔王が問うて、英雄が答える。

 やがて訪れる激突の日を熱望して、覚悟して、極限の善性の魂を持つ二人の昂ぶりが世界をも鳴動させる。

 

 邯鄲における絶対強者、並び立った両者がもたらす結末は、今は神すら知る由もなかった

 

 

 




 ヴァルゼライドの破段名はオリジナルです。
 原作本家の詠唱は急段に取っておきたかったので、適当に考えてみました。

 次回は後編の前に番外編。
 今回の話でも触れてますが、VS逆十字戦をやります。

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