やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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第9話:大学生ほどれっつぱーりぃが好きな生き物はいない。

 

 

 

 

 

 

 はっぴばーすでーとぅーゆー

 

 

 

 

 

 はっぴばーすでーとぅーゆー

 

 

 

 

 

 はっぴばーすでーとぅーゆー

 

 

 

 

 

 はっぴばーすでーでぃあ、はっちまーん

 

 

 

 

 

 はっっっっぴばぁぁぁすでぇぇぇぇとぅぅぅぅぅゆぅぅぅぅぅぅ

 

 

 

 

 

 

 大学構内のゼミの教室できゃいきゃいと女子達のかん高い声の歌が終わった。それぞれが「きゃー」だの「わー」だの「おめでとうー」と言っている。ふっと息がケーキに吹きかけられ、21本の蝋燭が消えたと同時に、また歓声が上がった。このゼミで二年ほど過ごしてきたが、最大級の盛り上がりだろう。しかし、俺はその歓声の外にいた。教室の隅で音楽を聴きながら教授が来るのを待っているのだ。そして、その歓声の中心にいるのが、

 

「ハッチマン。誕生日おめでとー」

 

 本日6月18日は同じゼミの留学生リアム・ハッチマン君の誕生日らしい。背も高くスポーツも得意。どこぞの隼人みたいに薄っぺらい笑顔も浮かべていない本物のイケメンだ。俺も最初は戸惑ったさ。教室に入ってみたら、ゼミの女どもが「はっぴばすでーでぃあはっちまーん」何て歌の練習してるから。一瞬、β世界線にタイムリープしたかと思った。でも世界線が変わる瞬間眩暈がしなかったから気のせいだよね。やはり俺の大学生活は間違っている~比翼恋理のだーりん~は永遠にプレイ不可ですか。そうですか。……………………もう帰ろう。

 

「ヘイ、ヒッキー」

 

 教室を出ようとすると、ハッチマン君に呼ばれた。彼は陽気で能天気な笑顔で親指をあげ「オツカレー」と言い、ニヤっと笑った。俺はそれに愛想笑いを返し教室を出る。同じゼミの女子達は俺の事はどうでもいいのか、顔も向けない。和製ハッチマン君の誕生日は8月8日だよ! 食べ物とお金だけくれればいいからね! どうでもいいけど、アホな奴ほど俺の事をヒッキーって呼ぶのは何なの? 運命石の選択なの? アカシックレコードにでも記載されてるの? ……もう何でもいいや。教授に会わないよう、周囲を見渡し脱出。やったぜ。今学期後1回しか休めないけど。今日はもうそんな気分ではないのだ。 大学を出てだらだらと家まで歩く。徒歩25分ほどだ。自転車は壊れて直す事ができないまま、3ヶ月の月日が流れようとしている。この道のりを歩くのも大分慣れてきた。家に帰ると誰の姿も無い。今日は、隼人も義輝も千葉に帰っているのだ。日曜ぐらいまでは帰ってこないだろう。そのまま、居間で寝転びゴロゴロしていると、ドアが開く音が聞こえた。

 

「……アンタ、こんな時間に何してんの?」

 

 久しぶりに沙希が来たので立ち上がって迎える。つか、大学生って基本時間に自由でしょ。こんな時間も何もないでしょ。まだ13時半だけど。

 

「自主的な休講だ。今日はもう気が乗らないから無駄なカロリーの消費を防ぐべくぐげべっ」

 

 殴られた。マジで痛ぇ……。会っていきなり気持ちいいショートフックをキめてくるとかこいつの将来が本当に心配だ。大志にもこんな事やってんだろうか……。

 

「はぁ……。またサボりか。……ま、いいや。アンタサボったって事はこれから暇でしょ? ちょっと付き合ってよ」

 

「おう。別にいいぞ。今日は何処のスーパーの特売に行くんだ?」

 

「今日は金曜だし何処もやってないよ。……そういや、アンタと一緒に行動するのって何時もスーパーばっかだよね」

 

「まぁ、お互い料理は嫌いではないからなぁ。俺が荷物を持つ代わりに、新聞をとれる財力を持つお前が情報を提供する。win-winの素晴らしい関係だしな」

 

「新聞とったら? まぁ、今ではネットで見れたりするけどさ」

 

「それはもう少し財政がよくなってから相談して決めるわ」

 

「そうね。じゃあ、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川崎沙希は異性の知り合いの中では一番一緒に居て苦ではない。絶対的なナンバー1を小町とするなら、ナンバー2は沙希である事は間違いない。かつてのあいつらよりも一緒に居て疲れない。何故ならお互いぼっちである。用事が無ければ喋らないし、無駄に気を使いあう事も無い。何故か連れて来られたバッティングセンターでも、お互い黙々とボールを打つだけだ。……うん、でも沙希ちゃん。さっきから俺よりカンカン打ちまくってるのは気のせい?

 

「何見てんの?」

 

 訝しげな視線を向けた後、再びバットを振る作業に戻る沙希。そりゃ見ますよ。何でいきなりバッティングセンターに連れてこられたのかもわからないからな。先ほどから行動を見ている限り、結構通いなれている筈だ。受付もスムーズに行い、俺に合うバットまで見繕ってくれた。一回や二回来ただけとは思えない。しかもその無愛想で不機嫌そうな雰囲気と金属バットが非常にマッチしている。その所為か、俺達のブースの周りだけ不自然に人が居ない程だ。

 

「よく来るのか?」

 

「まぁね。ストレスが溜まった時に偶に来てる。家からも近いし」

 

 沙希はこの近くにあるアパートに1人で暮らしている。親戚のツテのある物件らしく、格安で借りられるらしい。当初は、進学を渋っていたものの大志が就職を希望してたので最終的には進学したらしい。そんな大志君も今では立派な公務員。小町の進学を機会に遠距離となったので、このまま永遠にくっつかなければ俺の勝ちだ。社会的には完全敗北してるけど。

 

「お前でもストレスとか溜まるんだな」

 

「どっかのバカ男達によく呼び出されるからね」

 

「心の底からすいません」

 

 ここ数年で沙希には頭が上がらなくなっている。餓死する所を助けて貰ったり、変質者と間違えられた所を助けて貰ったり、二日酔いの介抱をして貰ったりと借りが多すぎる。しかも理由がいちいち酷い。そのままお互い無言でバットを振る時間が続いた。こちらもこれでストレスが溜まっている。10球きて上手く当たるのは2球ぐらいだが、良い音がして飛んでいくのは気持ちが良い。つか、沙希ちゃん。は10球あれば10球とも良い当たりをしているけど。この人、どれぐらいここに通ってるの。これから沙希を怒らせてしまった時には、周囲に棒が無いかすぐに確認した方がいいねこれ。とはいっても、ずっと2人とも無言で居るわけでもない。偶にぽつりぽつりと会話ぐらいはしていく。

 

「アンタ、夏休みは実家帰るの? けーちゃんが会いたがってたんだけど」

 

「きっとバイトじゃねぇかな。就活も始まるし、貯金少し多めにするために住み込みでバイトするかみたいな話も今上がってんだよ」

 

「それもそうね。まぁ、暇だったらウチに顔出してよ。きっと喜ぶからさ」

 

「ああ、小町が兄離れした今、けーちゃんで妹成分を補充するしかないからな」

 

「…………バーカ」

 

「馬鹿じゃねぇよ。こっちは本気だよ」

 

 成長して小学生になった川崎京華の可愛さはかつての小町に匹敵するレベルになっている。俺自身、抱きつかれたりするとクラっときてしまうほどの中毒性があるのでここ数年あまり近寄らないようにしているのだ。このまま行くと沙希と結婚して本当にお兄ちゃんになってしまいそうなぐらいヤバい。それぐらいの妹力が今の京華にはある。

 

「何か馬鹿な話してたらお腹すいちゃった。……ご飯食べにいかない?」

 

「おーいいぞ。明日は給料日だし飯食いにいっても何とか生き残れるだろ」

 

「相変わらずギリギリ生活なのね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファミレスで食事を終えてだらだらと話していたら結構良い時間になってしまった。俺と沙希は何時ものファミレスを出て家路へと向かっている。途中何故か沙希がコンビニ行きたいと言い出すもんだから寄ってみれば、何故かビールの缶を2つ買ってきた。奢りですか。ありがとうございます。発泡酒ばかりでビールなんかは滅多に飲めないのです。そして俺達は、家路へと急ぐ。ルートとしてはこのまま沙希の家を経由して、我が家まで帰るというルートだ。時間にして40分ぐらいだろうか。そして、辺りも暗くなってきたし、頃合だろうと思って俺から会話を切り出した。

 

「今日はありがとうな。……変な気を使わせちまったみたいだな」

 

「気づいてたんだね」

 

「お前は、行かなくて良かったのか?」

 

「海老名経由で誘いがきたけどさ……。アタシまで行ったら、あんたが一人ぼっちになっちゃうじゃん」

 

「別にぼっちだから──っと。腕を振り上げるのは辞めよう。落ち着け」

 

 俺は今日という日に違和感を感じていた。朝から気持ちが落ち着かないし、ゼミだってサボってしまった。いや、隼人と義輝が実家に帰ると言った時からだろうか。あいつらは俺に何も言わなかった。ただ、ちょっと帰るだけ、その程度だ。今日は6月18日。どこかの誰かさんの誕生日だ。俺にとっては、毎年来る忘れられない日でもある。高校3年の6月18日。あの日、彼女は俺に自分の気持ちを伝えてきた。信じきれないなら、信じて貰えるまで毎日言い続けるとも。それは、どれ程の思いだったのだろうか。当時の俺にそれは理解できなかった。したくなかったというべきだろうか。彼女の気持ちを無視してまで俺が求めていた"モノ"。壊したくない大事なものが確かにあったのだ。──そして、あの後から俺は受験を理由に奉仕部から逃げだしたのは今でも鮮明に覚えている。

 

「アンタが予備校にばっか来るもんだから、あの時は何事かと思ったけどね」

 

「都合の良い言い訳の理由だったからな……。まぁ、そのお陰でそれなりの大学に進学する事ができたんだけどな」

 

「そうね。それがあったから、アタシや義輝や隼人と"友達"にもなれたしね。……そこは、少しだけ良かったかなって思ってる」

 

「……少しだけなのかよ」

 

「うん。少しだけ……。そろそろ誕生パーティーが始まった時間じゃないかな。去年は全員記憶なくすまで飲んだらしいから、今年はノンアルコールでやるみたいよ」

 

「あいつら、相変わらずのリア充っぷりだな……。流石はトップカースト集団だ」

 

 友達──それは数年前まで俺に全く縁がなかったもの。俺が、あの2人に求めたものだったかは今でもわからない。何時か、自分の気持ちに決着がつく日がくるのだろうか。夜道を振り返ると、沙希は少しだけ悲しそうな顔で笑っていた。俺も、似たような顔をしているのではないかと思う。沙希はそのまま持っていたビールの缶を掲げ、

 

「由比ヶ浜の誕生日に、乾杯」

 

 俺は無言で缶ビールを掲げた。今更、あいつの誕生日を祝うだなんておこがましい事だ。だけど、これだけは言える。それは、あの日からずっと変わっていない俺の気持ちでもあった。──彼女が、素敵な仲間に囲まれて今日も笑っていますように。口には出さずに、心の中だけでそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一月ぶりの投稿です。
今回は少しだけ毛色が違うお話です。
次回はGW中かそれ以降です。

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