やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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第2話:やはり俺のぼっち生活は終わっている。

 

 

 

 

 

 

 初夏の気持ちの良い土曜の朝だった。昼間は半袖で過ごしても良いぐらいの心地よい風が吹いている。

 天気もよく、引きこもりの俺ですらどこかへ出かけてみたくなってしまう程の快晴の中、俺達は薄暗い部屋に集まって無言で座っている。

 俺、隼人、義輝の三人は朝起きてから、居間にある机を囲んでずっと机の上のある一点を凝視していた。

 

「…………」

 

 俺達三人の視線の先にはカップラーメンが一つ置かれている。給料日まで後2日。月曜の朝まで三人でカップラーメン一つで過ごすしかない。

 ……いや、これ無理でしょ。食い盛りの俺達にとっては一つでもたりねえぐらいなのに、3人で1つとか詰んでるでしょこれ。

 

「今月の電気代いやに高かったな……。誰かさんが扇風機つけっぱにして寝てるからだろうなぁ……」

 

「ほぉ……。ガス代も値上がりしておるな。ふむぅ……どこぞのボケナスがキンキンに冷やしたマッ缶飲みながら長風呂してたからに違いないよのぉ……」

 

 俺とデブがメンチを切りあう。どっちも引く気はないようだ。熱いお湯に浸かって漫画読みながら冷えたマッ缶呑むとか最高だろ。

 コーラしか飲まないようなデブには一生わかるまい。

 

「じゃあこれはお前らの過失だな。しょうがない、悪いけどこれは俺がいただく事にするよ」

 

 爽やかな笑顔と共に、隼人がカップ麺に手を伸ばそうとする。だが、その手を俺と義輝が普段からは信じられない速さで阻んだ。何言ってやがんだこいつ。

 

「隼人。てめぇも同罪だぞ。毎朝ドライヤー使って髪セットすんのは禁止だって言ったろうが。あれ電気すげぇくうんだからな」

 

「そうだな。後、貴様はイケメンだからって毎朝きちんと顔を洗いすぎだ。お陰で石鹸の消費が早すぎてしょうがない。あれ、我が体洗うのに小さくて困ったぞ」

 

「おいふざけるなよ! ちゃんと洗顔用と普通の石鹸にわけておいただろうが!」

 

「うちの財政に石鹸をわける余裕なんてねぇよ! 俺と義輝なんて、台所の洗剤で体洗ってたんだからな!」

 

「お前らは無駄遣いが多すぎるんだよ! 八幡はあんなあまったるいコーヒー箱で買うのをやめろ! 義輝だってフィギュアを少し控えればもうちょっと余裕があるんだぞ!」

 

「んだとぉ!?」 「やんのかよ!?」 「上等だァ!」

 

 俺達三人は勢いよく立ち上がり、だがすぐに座ってしまった。ここ数日、まともなものを食っていない。怒るだけ損だ。腹が減ってしょうがない。

 義輝も隼人も同じなようで寝転ぶとすぐに物言わぬ屍と化す。正直、喋るのもめんどくさくなってきたぐらいだ。

 

「……とりあえず、三等分するしかなさそうだな」

 

「そうだな……」

 

「誰かお湯を沸かしてこいよ。共同生活だろ。助け合いだろ」

 

 自分で吐いた言葉に思わず心の中で苦笑してしまう。まさか、俺がこいつらと共同生活なんかするとは夢にも思わなかった。

 ぼっちは己のテリトリーに踏み込まれるのを嫌う。ソースは俺。だがしかし、今ではこの有様だ。ぼっちのテリトリーなんてない。生きるために共同で暮らす。

 毎月それぞれバイトをして、お金をかき集め一軒家を借りて暮らす。都内で安く暮らすにはこれしかなかったのだ。

 そもそも、何故俺がこいつらと一緒に暮らし始めたのか。まず、話は半年ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? 小町が1人暮らし?」

 

 

 久しぶりに実家に帰ってみれば親からそんな事を告げられた。ここ数年、色々あって小町とも昔のように話すことは少なくなったので妹の進路を聞いたのもこの時期になってからだ。

 専業主夫になるべく日本の有名国立大学に将来の良き伴侶を探すために入学した俺と違って、小町には夢があるようだった。

 その夢を叶える為には千葉から出て、地方の大学に行きたいとの事。実家からはとても通うのが難しいので、1人暮らしをするとの事。そして、東京でのほほんと

 バイトもせずに親からの仕送りで灰色の青春を過ごす長男の仕送り額を下げたいとの旨が親から伝えられた。その時の俺の反応といったら、

 

「むしろもっと仕送り減らして良い。だから、小町には良いマンションを借りてやってくれ。オートロックマンションとかさぁ」

 

 地方とはいえ、女の子の1人暮らしはとても危険だ。オートロックマンションでもない限り安心できない(俺が)

 それに、逃げるように進路を決めた兄と違って、妹が夢のために進学するというのはとても眩しく映った。親が汗水流して働いた金は、こういう可愛い子に使うべきなのだ。

 というわけで、大幅に仕送りが減り、嫌々ながらも妹のために自分を曲げて(ここ大事)バイトなんぞをしてみたが、まぁこれが辛い。

 まず、誰かと話すのが辛い。大学でもぼっちな俺には厳しいものがあった。高校生活で学んだ知識を活かして、人とあまり接しないバイトもやってみたが、稼ぎが悪い。

 これマジでどうすっかな。戸塚の大学に編入して一緒に暮らすしかないかなーなんて思い始めた頃、

 

「助けてハチえもおおおおおおおおおおん!!!!」

 

 材木座がある日俺に泣きついてきた。この野朗も、俺を追ってきたのかどうか知らんが同じ大学の別学部に進学していた。キャンパスは違うので数ヶ月に一遍ぐらいは会う仲だったが。

 この時の材木座は本当に追い詰められていた。何せこの男、秋葉原が近くなったものだから、あの界隈をうろつく作家志望(大嘘)の似非メイドに騙され、

 自分の仕送りや、バイトして稼いだ金を兎に角貢いでいた。最終的には、親のクレジットカードを使ってまでも貢ぐ事に心血を注ぎ、親から勘当寸前まで説教をくらったそうだ。

 

「我、これから学費と家賃しか払って貰えなくなったのだ。何とか家賃をちょろまかして二次元グッズを買う金に当てたいのだが、八幡良い知恵はないのか?」

 

 親もこんな駄目息子を持ってさぞや悲しいだろう。俺も人の事は言えないが、一応こっちは妹のためではある。小町から感謝の電話が届いたが、結局出れなかった。

 メールで頑張れとだけ返したら、俺の気持ちを察してくれたのか「頑張る」とだけ返信がきた。これでいい。小町は小町の道を進めばいい。そろそろ兄離れの時期だろう。

 そんなこんなで俺も金には困っていたので、都内のサイゼで戦略会議をする事となった。どこへ行っても同じ品質、同じ味とかサイゼはやっぱり最高だぜ。

 

「治験でもやるか。お前デブだし何とかなるだろ」

 

「うむ。もしかしたら貴様の目の腐りもなくなるかもしれんしな」

 

 薄ら笑いを浮かべながら俺と材木座は胸倉を掴みあう。こいつも、昔は俺から言われたい放題だったが、今では立派に言い返してくるようになっていた。

 そらまぁ、氷の女王に毎回毎回、毒舌も含んだ駄目だしをくらっていればこうなってしまうのも仕方がない。……ただまぁ、こういう言い合いが出来る相手がいるというのも悪くはないが。

 

「して八幡。貴様も金には困っているのだろう。専業主夫等とほざいていたが、どうするつもりなのだ?」

 

「働くしかねぇだろ。それに、俺はまだ諦めたわけじゃない。そもそも、大学生はなんだかんだでまだ学生なんだ。とてもじゃないが、誰かを養うなんて考えは浮かばないだろ。

だったら俺は学生という身分に浸りつつ、少しだけ社会に出てみる。そして、職場で出会ったきちんとした社会人と交際をして、その人の住処に転がり込んでだな。

少しずつ、ゆっくりと彼女の身の回りの世話をして、俺が大学を卒業した事を悟らせずに、そのまま専業主夫のポジションを獲得していくようにプラン変更を決めたんだ」

 

「あーはいはい。で、バイトを始めてみたはいいものの。上手くは行ってないようだな」

 

「……まぁな。この社会は俺が働くのには向いてないみたいだ。俺は悪くねぇ、社会が悪いんだ」

 

「少しは成長したと思いきや、相変わらずよのぉ……。お、そうだそうだ。デザートを頼まねばな」

 

 ぽちっと、材木座が呼び出しボタンを押した。どうでもいいけど、こいつよくデザート食う金なんかあるな。俺なんかドリア頼むので精一杯だってのに。

 

「材木座。お前きちんと金を持ってるんだろうな」

 

「心配するな八幡。最悪、明日からは水ともやしで何とかする……」

 

 そんなくだらねぇ話をしていると、店員さんがやってきた。「お待たせしました」と爽やかな声が聞こえる。嫌味のない、いい奴っぽい声だ。

 しかも、何処かで聞いた事があり、あまり良い思い出もない声だ。何となく嫌な予感がして、顔を上げると、

 

「いらっしゃいませ。──そして、久しぶりだな。比企谷に材木座君も」

 

 葉山隼人が給仕の服を着てにこやかな笑顔を浮かべていた。実質、会うのは高校の卒業式以来か。最後まで、進路を教えてくれなかったのを覚えている。

 それも、俺にだけ。まぁ、マラソン大会の時の件もあるし、俺には絶対に教えたくなかったのかも知れん。それはどうでもいいとして、

 何故この男はこんな場所でアルバイトなんぞをしているのだろうか。俺のイメージでは、もっと敷居の高いお洒落な喫茶店とかならイメージが湧く、

 それに、こいつの家も中々の金持ちだったような気がする。どう考えても比企谷家より上流家庭だろう。そんな男が、何故。

 

「お、おう。葉山某か……。まぁ、なんだ久しぶりでござる」

 

「キャラがブレすぎだろお前……。まぁ、久しぶりだな葉山。とりあえず、注文いいか?」

 

「ははっ。相変わらずだな比企谷は。では、ご注文をお願いします」

 

 材木座がパフェを。俺も釣られてアイスを注文してしまった。俺は悪くねぇ。全て目の前のデブが悪い。 

 

「はい、それでは少々お待ちください。……後、この後時間あるか? もうすぐ上がりなんだ。久しぶりに話でもしないか?」

 

 何なのだろう。葉山隼人ともあろう人間が、俺達みたいなのと話とは。心の底から帰りたかったが、別に予定があるわけでもない。

 材木座が緊張して「は、はひ……」とか情けない返事をしてしまった手前、無視するわけにもいかん。行くよと約束したのに来ないのって辛いよね。

 小学生の頃はよくその手に引っかかっては1人で遊んだもんだ。しまいには、それを想定して一人で遊べる道具を持って約束の場所に行っていたもんだ。

 我ながら頭が良い。そして何て悲しい小学生だったのだろう。そんなこんなでデザートを食べおえ、まったりしていると、私服に着替えた葉山が席にやってきた。

 

「お待たせ。悪かったな」

 

「気にすんな。まぁ、とりあえず店出るか。お前もここじゃ話にくいだろ」

 

「助かる。お前は、そういうとこ本当に気が回るよな」

 

 だってぼっちですもの。人の視線には敏感なの。葉山が俺達の席に来てからというもの、葉山の同僚の店員に何度も見られたのだ。仕方がない。

 どいつもこいつも目が物語っていた。こいつら、葉山君とどういう関係なの? ただの顔見知りです。どう考えても友達には見えないし。なりたくない。

 店を出てだらだらと歩き出す。別段、何処へ向かっているともわからない。先頭を歩く葉山についていってるだけだ。

 材木座は完全に萎縮し、固まっている。マジで使えない剣豪将軍である。その大層な二つ名を今すぐ返上してこい。

 

「お前、アルバイトなんかするんだな。意外だった」

 

「ああ……まだ言ってなかったな。俺、今は親の仕送りとか一切無しで生活してるんだ」

 

「はぁ? 何でだよ」

 

「……自分のやりたい事をやりたいって言ったら、じゃあ自分の力で生きてみろって言われたからかな。学費だけは何とか出して貰ってるんだけどな」

 

「お前、本当に葉山か? お前は最後まで選ばないんじゃなかったのかよ」

 

 かつて、葉山隼人はそう言った。俺は、選ばないと。自分で選んだものなんて答えではないと。そうやって生きていくと俺の前で宣言したのを覚えている。

 だが、今の葉山隼人は全く違うようだった。いや、もしかしたら高校卒業の頃にはもうそうなっていたのかもしれない。

 あの頃は俺も自分の事に手一杯で、そんな周りの変化になんか気がつけなかった。今でも、平塚先生にはあの時の事を怒られるぐらいだ。

 

「……俺も欲しくなったんだよ。本物って奴が。まぁ、君達の求めるものとは少し違う本物だけどね」

 

 本物、その言葉が俺の胸を締め付ける。かつて本当に俺が欲しがり、そして壊してしまい諦めたもの。葉山隼人もあれを見ていたのだろうか。

 

「……それで親に逆らって苦学生ってわけか。まぁ、いいんじゃねぇの。お前の人生だし」

 

「俺には関係ないってか?」

 

「そうだな。……まぁ、困ってるなら少し助けてやらんでもないが。ただ、金はないぞ。さっきので俺もすっからかんだ」

 

 俺の言葉に葉山はくつくつと笑った。あの頃の空虚な、人を安心させるかのような笑い方ではない。心のからの、おかしさから滲みでてくるような笑い方だった。

 

「知ってるよ。あれだけでかい声で、金がないって騒いでたんだ。ウチの従業員達がもしもの時はとっつかまえてやるって息巻いてたからな」

 

「……マジか」

 

「だけど、俺も金には困ってるんだ。…………なぁ、比企谷。そこで一つ提案があるんだけど、乗って見ないか?」

 

 

 そんなこんなで、俺と材木座は葉山の口車に乗って共同生活を始める事になった。都内のぼろっちい一軒家を3人で借りて生活費を浮かすというものだ。

 築40数年、木造の住宅だ。小さいながらも庭があり、家賃は8万円を切っている。何か絶対不吉な事があったに違いない。

 だがしかし、俺達には選択肢がなかったのも事実だ。放任主義な我が家の両親なんぞは、一度葉山が家に行ったら、あっさりと共同生活を快諾しやがった。

 親父なんか、こんな息子が良かっただのとぬかしやがる。材木座の家も似たようなものだったらしい。流石パーフェクトイケメンは格が違う。

 だが、ぼっちと中二病とリア充が共同生活なんか上手く行く筈がなかった。何度も喧嘩し、何度もぶつかりあい──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょうがない。この共同生活の言いだしっぺは俺だし、沸かしてくるよ」

 

 

 ──そして、俺達は今に至る。隼人はかったるそうに立ち上がり、キッチンへと向かった。俺と義輝はそのままぐでーっと過ごす。

 腹は減っているが居心地は悪くない。実家以外で、これ程安心して過ごした事があっただろうか。否、あの懐かしかった時間とはまた少し違う感覚もある。

 同性だからという事もあるし、こいつらが俺という人間の事をわかっているのもあるだろう。後、割とバイトや学校とかで生活時間がバラバラなので、

 ぼっち時間もきちんと確保できるというのもある。いや、これが一番でかいのかもしれない。そんな事を考えていると、隼人が沸騰した薬缶を持って戻ってきた。

 カップ麺に湯を注ぎ、そのまま待つ事3分。均等になるよう、皿にわけていく。

 

「全然たりねぇな、これ」

 

「ふむぅ……2回すすったら、もう麺がないぞこれ……」

 

「義輝は一気に食いすぎだろ……」

 

 予想以上に少ない。だが、それでも不思議な満足感があるのは気のせいだろうか。今までずっと1人でよく食べていた味気ないラーメン。

 不思議と暖かい味になっているような気がしないでもない。……まぁ、こんな状態では俺はもうぼっち名乗れんなこれ。

 別に口に出して言う事でもない。改まって言うべき事でもない。だから心の中で呟く。──やはり、俺のぼっち生活は終わっている、と。

 

 

 

 

 

 

 


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