やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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第10話:どんなに優秀であろうとも、大学生は寝坊してしまう生き物である。

 

 

 

 今回は完璧だった筈だ──。

 試験期間前にレポートの中身をざっくりと決めておき、参考文献の準備もしっかりと行い、尚且つスケジュールには一日の余裕も持たせた。それがどういう因果か、一昨日PCが急におかしくなった。パソコンの大先生義輝君が何とかセーフモードで一度だけ立ち上げる事に成功し、書きかけのレポートの回収が終わった。しかし、家で作業ができなくなり、しょうがないから大学のPCルームでやろうとすれば満席。一色が入り口でバイトの学生にあざとくかけあってるのが見えるが相手は女なので苦戦している。仕方が無いので、金は惜しいがネカフェでやるしかないと決めた俺は、そこで妙案を思いついた。そういえば、同じ授業には一色が居た。2人で折半すれば半分で済むのではないかと思いついた俺は、結局断られ、入り口で途方にくれている一色に声をかけた。

 

「お前、ゼミのレポートはもう出来たのか?」

 

「わっ。先輩……。全然出来てないんで、これからやろうとしてたところですー。先輩はどうなんですか?」

 

「俺は7割できた。ここは当分空きそうにねえし。後はネカフェで残りをやって終わりってとこだな」

 

「手伝ってくださいよー。私、あの授業先輩しか頼れる人ないんですから」

 

 流石いろはす今日もあざとい。上目遣いに、微妙に体をこちらに近づけ、キメの一言「あなたしかいないの」発言。これをボロを出さずにやるからこいつは凄い。並大抵の男なら「俺が手伝ってあげるよ」とか「代わりに書いてあげるね」とか無駄なポイントを稼いでいる所だが俺は違う。

 

「断る。……まぁ、これからネカフェで続きやるつもりだから暇ならついてくるか? 2人部屋ならパソコン二台あるし、折半で安く済むしな」

 

「……はっ。何なんですかまさかレポートにかこつけてカップルシートに無理矢理連れ込むとか色々すっ飛ばし過ぎじゃないですか?

 そういうのはきちんと段階を踏んで言うべき事を言ってからお願いします。ごめんなさい」

 

「いや、別に来たくなきゃいいんだけど。じゃあな」

 

 ここ数年一色の扱い方を覚えてきたつもりだ。ここで一度突き放すと、頬を膨らませながら追っかけてくるのだ。まるで、かつての小町のよう。小町が居なければ最強の妹キャラだったろうに。案の定一色は俺の背中を指で突き始め、「仕方がないから行って上げます」と肩を並べて歩き始めた。これにてミッション終了。俺は労せずして出費を半分に防ぐ事が出来た。妹マスター八幡に不可能は無い。ついでにこいつも同じ授業をとっているので、その知識も借りられるし、一色のレポートは手伝うフリをして適当な事を言っておけばいい。完璧すぎて自分の才能が恐ろしい。

 

「先輩からデートに誘ってくれたんで、今日は先輩持ちって事でいいですよね?」

 

「あれおかしいな。一緒にレポートやるってデートって事なの? 八幡知らない」

 

「えー、そうだったんですか。ちょっとわからなくなっちゃったから小町ちゃんに聞いてみようかなー」

 

「…………300円出せ。後は俺が出す」

 

「ありがとうございます。お礼に、ウチのサークルで採れた野菜を少しおすそ分けしますね」

 

「わー。嬉しい。で、何をくれるの?」

 

「トマトですよー。時期の野菜ですからね」

 

 …………やはり一色いろはは侮れない。年々小町の悪いとこと陽乃さんの悪いとこを吸収して俺を苦しめるのが上手くなってるんだけど気のせいかな? 気のせいじゃないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と、ここまでは良かった。不承不承ながらも俺が多めに金を出さなければならないものの、義輝がバイトしているネカフェに入り、割引券を貰っていたので安く入る事が出来た。そして2人で協力して、お互いのレポートは夜には完成した。提出は明日の11時までだ。家に帰ってのんびりして、明日はどこかでコーヒーでも買いながらのんびりとレポートだけ出しに行こう。そんなテンションになっていたが、一色がもう少し遊んでいこうと騒ぎ始めた。普段の俺なら適当な理由を並べて帰っていたところだが、気分が良かったので付き合ってしまった。俺とこいつの恒例行事になっている卓球で勝負し、珍しく白熱のバトルを繰り広げてしまい、疲れた俺達は休憩がてら一色が見たいと言っていた映画を見てしまった。

 

「これ、ライトノベル原作なんですけど、主役がイケメンで見たかったんですよねー。タイトルも先輩みたいですし」

 

「いやいや小鷹さん友達が少ない隼人みたいなもんだから。そもそも、このラノベのタイトルと内容と合ってないんだよ。やはり俺の青春ラブコメは間違っているとかにした方が良かったんじゃねぇの?」

 

 ちなみにライトノベルの実写版は大抵出来が酷いのが大半である。主役の子もこれは難しかったと俺は思うよ。キバに変身してた頃から比べると成長したとは思うけどね。ついでに、キバの後半の面白さは異常。何でラストだけあんなんなってしまったん……。そんなこんなで映画を見ていたら段々と眠気が襲ってきた。一色も疲れたのかうとうとしている。イケメンはどうしたの? 主役の子、今凄い頑張ってるんだよ?

 

「これ見たら帰るか。後、1時間ぐらいな」

 

「そーですね」

 

 ちなみに、これが俺と一色の最後の会話だった────次に俺が聞いた声は、何時もよく聞いているどこぞの義輝の声だった。

 

「貴様ら、何時間居るつもりなのだ? そろそろ10時回ってしまうぞ」

 

 唐突にそんな声で目が覚めた。危ない、もう夜の10時か。俺はどうでもいいとして、一色はそろそろ家に帰る時間だろう。仕方がないから、送っていくしかない。こいつのアパート遠いんだよな。すやすやと幸せそうな顔で眠る一色に若干イラつきながら、強引に揺り起こす。意外と寝起きはいいらしく、一瞬放心したような顔を作ると、すぐに何時ものあざとスマイルが出てきた。

 

「んあ、せんぱい。おはようございます」

 

「おはようじゃねぇよ。そろそろ帰るぞ。あんまり夜遅くに女が歩いてるのも良くねぇからな」

 

「勿論、送っていってくれるんですよねー?」

 

「わーってるよ」

 

 そんな会話をしていると、義輝が目をぱちくりとさせていた。何言ってんのこいつらみたいな顔で見てくる。「何だよ?」と視線で送ると気まずそうに義輝は目を逸らし、

 

「その……貴様ら勘違いしていると思うんだが…………。今は夜の10時じゃなくて、朝の10時過ぎだぞ。12時間以上過ごしてるから、我が勤務上がる前に一回清算して欲しいんだが……」

 

「…………は?」

 

「…………え?」

 

「だから、一回清算しろと言っておるのだ。そろそろ店長の出社時刻でな。来ると面倒くさい事になる」

 

「──一色、すぐに出る準備をしろ! 義輝! 支払いは悪いが払っておいてくれ! レポート出さなきゃならん!」 

 

「えっ!? ちょ!? はちまぁぁぁん!?」

 

「準備完了です! 中二先輩、ご馳走様でした!」

 

「ええええええええええええええええ!?」

 

 奇声を上げる義輝には悪いが時間がない。そしていろはすちゃっかり酷い。そんなこんなで俺達は店を飛び出し、外に出た。入った時は夕方だったのに、本当に今は昼間だった。心が絶望に染まるが、止まっている暇はない。来年4年生にもなってまたこの授業を受けるのは流石に面倒くさい。まずは学校に向かうしかない。走りながら一色と作戦会議をする。

 

「タクシー使うしかねぇな。この時間じゃ走ってもレポート提出期限ギリギリだからな」

 

「そうですね。ところで、先輩は今幾らお持ちなんですか?」

 

「……大体、500円ぐらいだな」

 

「しょぼっ……」

 

 一色がゴミを見るような目で俺を見てきた。しょうがないじゃん。給料日前だし、義輝が割引券くれるの知ってたから3時間分なら払える金額だったし。……マジで義輝居なかったら危なかったな。金は給料でたらきちんと返そう。そんな事を考えてるうちに一色が走りながら自分の持っていたリュックを探り始めた。

 

「……あれ? あれ? ……せんぱぁい。お財布、家に忘れてきたみたいです」

 

「何なのいろはす? お前がしょぼいと馬鹿にした奴より駄目じゃねぇか。俺以下だぞ。俺以下」

 

 俺の言葉に一色がカチンときたようだが言い返す事ができないらしく。ぐるぐる唸りだした。怖いよ。こうなってしまってはタクシーすら拾えない。走るしかなさそうだ。しかし、その間にも出来る手は打っておきたい。今が10時35分。提出は11時までだ。この場所からだと歩いて30分かかるので走ればギリギリだろう。しかしウチの教授はレポートの提出期限に厳しい。あまりかけたくはないが、交渉ぐらいはできるだろう。なんたって俺達入学して以来の付き合いだし。

 

「先輩、どうするんですか?」

 

「交渉する。あのおっさん。確か今日は授業終わったら食堂でコーヒー飲んでレポート回収して1コマ授業やって教授会出るって言ってたからな。途中どっかで体調悪くなって救急車で運ばれてりゃいいんだが……」

 

「先輩と教授って仲が悪いのか良いのかわかりませんね……」

 

 ゲーム機能つき目覚ましからバイト用連絡通信機へと進化した俺のスマホを取り出す。これ一つでバイトの登録から教授への交渉が出来るって便利な世の中になったよな。俺が標準になっただけか。ともあれ、教授の携帯番号を呼び出して電話を始めた。こういうとこ、俺滅茶苦茶成長したと思います。昔の俺なら皆の前で晒されるの嫌だから期限前に終わらせていただろう。退化してんじゃん。

 

「あ、もしもし比企谷ですけど」

 

「……どちら様ですか?」

 

「…………すいません。ゼミに所属しているヒキタニです」

 

「なんだ、君か。誰かと思った」

 

 このタコジジイを殴りたい。何時になったら俺の名前覚えるんだよ。怒りをぐっと抑えて俺は今の状況を説明した。レポートは昨日完成していたのに、出しに行く途中、倒れているお婆さんを見つけてしまった。救急車を呼んで一緒に病院へ付き添っていったらこんな時間になってしまった。全力で大学に向かっているが、11時に間に合うかどうかは微妙だ。人の命を救った俺に10分程の温情措置はとってもらえないだろうかという涙ぐましい演説だった。横を走る一色がこっちを見なくなるほどの素晴らしい演説だったと思う。だが──

 

「うーむ。恐ろしい事に今日ウチのゼミの生徒達が一斉に君と同じような事を言い始めたんだが、もしかして君が考えたのかな?」

 

 使えねええええ俺のゼミ仲間。どいつもこいつもくだらねぇ言い訳ばかり考えやがって。しかしこの状況は不味い。このままでは俺が犯人にされてしまう。すると一色が俺から携帯を取り上げ、

 

「先生お電話中失礼します。ゼミの一色いろはです」

 

 そこからは一色大先生の独壇場だった。迫真の涙ぐましい演技。あまつさえ、俺が助けた婆さんが自分の祖母だと平気で嘘をつける度胸。小悪魔IROHAの如き甘美なとろける声。一色の大層な演説はそして終わりをつげ、電話が切られる。そのまま一色はニヤリと笑う。この子ったら最近笑い方まで何かを企んでる時の陽乃さんみたいになっちゃって。ホント嫌なんだけど。

 

「十一時を過ぎたら食堂を出るそうです。まぁ、10分は稼げましたね」

 

「よくやった! 流石いろはす!」

 

 あのタコジジイったら本当に女の子に甘いんだから。ヒキタニ君にはめっちゃ厳しいのにね。何はともあれこの10分はでかい。後は、この炎天下の中を走りきれるかどうかだ。そのまま暫く2人で無言で走っていると、一色が急にくすくす笑い出した。え、どうしたの? この暑さの中走ったから頭でもやられちゃったの?

 

「おい、一色大丈夫か? 突然笑い出すなんて、まるで中学生時代の俺みたいだぞ。偶々好きな子が通った時にその直前に読んでた面白いラノベの事を思い出しちゃって、キモ谷とかクス谷とか言われたっけ……」

 

「名誉毀損で訴えてもいいですか?」

 

「それ俺の名誉も毀損されちゃってると思うんだけど……」

 

「んん。違いますって。いや、何かこうして先輩と馬鹿やるのも楽しいなーって思えてきて」

 

「俺はちっとも楽しくねぇけどな。何でバイト前にこんな無駄に体力使わないといけねぇんだよ」

 

「うわぁ、先輩。そこは俺も楽しいよって言うべき所ですよ」

 

 確かにまぁ、ハイパーウルトラあざと小悪魔ビッチ未満だが、そこに目を瞑れば可愛い女の子と俺は2人で大学目指して走っているという事実は確かに残る。中々できる事じゃない。だが、ニヤニヤ笑いながら俺のリアクションを待つ一色の顔が気に入らないがここは俺の負けという事だろう。

 

「…………まぁ、偶にはこういうのもアリと言えばアリなのかもな」

 

 何時の頃からだろうか。偶にこうして本心がするっと出てくる事が多くなった。それは何時の頃からなのだろうか。あいつらと暮らし始めてからなのだろうか。わからない。昔は人の言葉の裏を考えに考え抜き、常に最悪を想定しながら生きてきた俺がこのザマである。そろそろ平塚先生からも高二病認定を外して貰いたい所だ。そんな俺の反応が少し意外だったのか、一色はぽかんと口を開けている。やがて、素に戻ったのか一度顔を振ってそっぽを向くと、そこには何時もの挑発的な笑みを浮かべる一色の顔があった。

 

「先輩、やっぱ変わりましたね」

 

 一色の言葉に俺が返事をしようとすると、ずんどこずんどこ激しい音が聞こえた。道路の方を見ると、後ろから派手な軽自動車がよくわからない洋楽を垂れ流して近づいてきた。……この感じ。戸部だな。

 

「うぇーい。いろはす何やってんの? 俺ら、さっき試験終わったからこれから海行くんだけど一緒にいかね?」

 

 案の定戸部だった。予想を裏切らなさすぎて困る。一色はいいカモ見つけたとばかりにニヤリと笑い、何時ものあざとかわスマイルを浮かべて近づいていく。

 

「戸部せんぱーい。良いとこに来た……じゃなくて、私達いますっごくこまっててー」

 

「ん!? わり、よく聞こえね。ってあれ!? そこに居るのヒキタニ君じゃーん!? この前のソープ割引券使ってくれた? あの店マジオススメだから」

 

「え!? ちょっ!? あの戸部先輩聞いてます!? って音楽うるさっ! 先輩も何か言ってやってくださいよ!」

 

 一色がこっちに戻ってきて俺の袖を引く。こら、そういうあざといの人前でやっちゃ駄目でしょ。案の定、戸部は驚いたような顔で見た後、自分のでこを思い切りバチンと叩いた。

 

「っべー! わり、俺マジ空気読めてなかったわ! 邪魔しちゃ悪いからそろそろ行くわ。またパチンコで勝ったらヒキタニ君ち行くからしくよろー! いろはすの事大事にしてあげてなー!」

 

「ちょっ! 戸部先輩待ってください! 私達を大学まで乗せてっ────てああもおおおおおお行っちゃったぁぁぁぁ!」

 

 一色の懸命の呼びかけも空しく戸部は手を振って走り去ってしまった。嵐のような男である。まぁ、パチンコで勝つとよくビールのケースお土産に持ってくるしあいつはあれでいいのだ。そして、一色はしばし項垂れた後、立ち上がり据わった目でこちらを見た。

 

「先輩。石落ちてませんかね。石。野球のボールぐらいの」

 

「だから恐いよお前……。戸部だからしょうがねぇだろ」

 

「…………まぁ、そうですね。戸部先輩だからしょうがないです。仕方がないので、もう暫く我慢して走りましょうかね」

 

 諦めたように一色は笑うとそのまま再び走り出した。その後姿を見て俺もおかしくなってつい笑ってしまった。人の事を変わったなんて言うが、お前も十分変わっただろうと。そんな一色の横に並ぶようにして俺も走り出した。大学までは後少しだ。戸部の所為で少し時間をロスしてしまったが、まだ十分取り返せる時間だ。すると、一色が何かを見つけたのか、加速して道の端に落ちている拳ぐらいの石を拾った。この子、本当に投げたりしないよね? 不安な顔で見る俺の視線に気づいたのか、一色はにっこりと笑顔を返してきた。

 

 

「ちなみに先輩。つかぬ事をお聞きしますけど、戸部先輩から何の割引券を貰ったんですか?」

 

「……いや、何の話だ?」

 

「先輩、私も疲れてきたんで。大学つくまでにはきちんと吐いてくださいね?」

 

 …………いや、本当に変わったよこの子。しかもすんごく悪い方向に。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は5月中に投稿したいです。
短編集みたいな感じにしようかなぁと思いつつも未定です。

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