やはり俺が護廷十三隊隊士なのは間違っている。   作:デーブ

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第八話 この虚共は思いの外知能が高い。

 

 

 

俺と雪ノ下は、依然として攻撃を続けていた。

 

影と吹雪の両方を、虚は霊力を吸収して減衰させてゆく。今の所、奴の霊力吸引の勢いが衰える気配はない。吸収上限がないのか、俺達二人の霊力総量より、吸える量が多いのか。

 

砂漠に手持ちの水をばら撒くような途方の無さを感じるが、奴が俺達の霊圧で強化されないのがせめてもの救いだろう。

 

しかしそれでも霊力が吸われている事には変わりない。いい加減行動を起こさないと、火力不足で奴を殺し損ねそうだ。

雪ノ下もそれは分かっているらしく、俺達は同時に一度合流した。

 

「なんか分かりましたか?」

 

尋ねると神妙な顔で

 

「・・・あの虚。霊力を吸収する時としない時があるわね」

「え?」

 

どうやら、この上官度のは何かに気が付いたようだ。

 

「二人で連撃を仕掛けていたから分かりづらかったのだけれど、減衰した攻撃と自ら防いだ攻撃があったわ」

 

そ、そうだったのか。気付かなかった。い、いや違う! 俺は怠けてたわけじゃない! あの嵐のような攻撃の中でそれに気付く雪ノ下が凄すぎるんだ! あと俺の実力不足とも言う・・・・。て、おい。

 

ひとしきり心の中で言い訳をした後、俺は考える。雪ノ下の言った事が本当なら、考えられるのは・・・。

 

「つまり、あの虚の霊力吸収はオートではない・・・」

「ええ」

 

雪ノ下が頷く。どうやら彼女も俺と同じ結論に至ったらしい。

 

まあ、良く良く考えれば霊力吸収なんてトンデモ能力オートで発動できるわけないよな。それが出来たら最早チートだ。んな使用者に都合の良い能力存在する方がおかしい。

まあ、裏を返せば俺等にも都合良いだけの能力なんてないって事なんだけどね。マジ神様ってケチだわ。

 

しかし、神がケチなのはこの際見逃してやろう。

俺達の予想が正しければ、攻略法が割れた。

 

霊力吸引が任意発動だというのなら、奴の反応速度を上回る攻撃を放てば良いのだ。

俺達はこれまで、過剰な霊力吸収を恐れて、可能な限り弱い攻撃を続けて来た。

しかし、あの蜘蛛型虚攻略に必要なのは、霊力を存分に孕んだ迅速かつ大火力な攻撃だったのである。

 

「それともう一つ」

「まだ気付いた事あんスか?」

 

おいおいマジかよ。正直さっきのだけで結構強力な突破号だぞ。有能かよ。

驚く俺を尻目に雪ノ下は続ける。

 

「気付いた事と言うより、推測できる事よ」

「推測?」

「ええ」

 

一呼吸置いて、彼女は口を開く。

 

「奴の霊力吸収は自身の意思により行っているモノ。だとすれば、意識の外から攻撃に反応出来る道理はない筈」

「!」

 

その言葉に俺はハッとした。

 

そうか、オート発動なら奴に近づいた物全ての霊力を問答無用に吸収できるだろうが、今回はそうでは無いのだ。確かに、気付かない攻撃の霊力を吸収できるわけがない。

雪ノ下は俺を見て言った。

 

「比企谷君。貴方の斬魄刀で奴の真下から影を伸ばして貰えるかしら」

 

その言葉だけで作戦の概要は大体わかった。いつも通り、俺が囮で雪ノ下メインだ。実に俺らしい役どころである。拒絶する理由はない。

 

「了解」

 

ならまず狙いを悟られない様に、真正面から影を放つか。そう考えた所で、まるで思考を見透かす様に雪ノ下の声が。

 

「先手は私が取るわ」

「え、いや良いッスけど、俺でもできますよそのくらい」

「この戦闘で随分と搦め手を使っている貴方が、真正面から攻撃を放って何もない訳がないでしょう。警戒されては元も子もないわ」

 

た、確かに。そういう事なら上司殿に任せよう。

俺が身を引くと、雪ノ下が攻撃を放った。

 

一際鮮烈に美しい白吹雪の一撃は、それなりの霊圧が込められているのだろう。これを囮とは思うまい。

 

『バカめ! 意表を突いたつもりか!』

 

虚は吠え、霊力を吸収しだす。それが目に見えて分かるが、雪ノ下は更に力を込め続けた。奴はこちらが意表をついて仕留めに来ていると思っている。ならば相応に粘っておくべきだ。

 

しばらく拮抗状態が続き、雪ノ下が霊力放出をやめた。本来の五席クラスの実力を知っていれば、随分とやる気の無い攻撃だが、あの虚に死神の知識などないだろう。

 

『はっ! もう終わりか! ちったぁ頑張ったがここまでだな!』

 

そう嘲るバカの真下から、俺は四肢と腹に影の刃を突き刺した。

 

『がっ』

 

予想通り、霊力を吸われる事なく虚の身体にヒットする。

が、流石に腹部は堅く、弾かれた。しかし、足四本を貫いたのだ。機動力はかなり削いだと言って良い。

 

『くそ・・・、これはカゲ野郎の攻撃か・・・っ!』

 

正解。

 

『だが・・、甘かったな・・・! てめえはこの一撃で俺を仕留めるべきだった・・・』

 

クツクツと虚が嗤う。

次の瞬間、再び霊力吸引が巻き起こった。俺の影の霊力が一点に吸われていく。

 

『結局てめえは! 俺に霊力を食われるだけなのさ!』

 

咆哮じみた叫笑を放つ虚。

そんな虚に言ってやった。

 

「そうだな。それが俺の狙いだよ」

 

 

『は・・・?』

 

予想外の返答だったのだろう。間の抜けた声を漏らした虚は、次の瞬間、俺の言葉の真意を知る事となる。

 

俺は吸収される霊圧を頼りに、大量の影をその一点に放った。

つまり玉の埋まっている場所にだ。

 

『なっ! お前・・・何を・・・』

「お前の腹の中心部に玉が埋まってるのは分かってたが、玉を直視できない状況下で、正確にそれを狙える自信はなかった」

 

狼狽する虚に、俺はお道化て言ってやる。

 

「けどな、別に視認する必要なんてないんだよ。お前が俺の攻撃の霊力を吸収すれば、自ずと場所なんて割れるんだからな」

『・・・・!』

「場所が分かれば、その一点にだけ影を送り込めばいい。球体を覆う様に影を展開すればお前が吸える霊力は俺のものだけだ」

『!!』

 

ここで、漸く奴は俺達の作戦に気付いたらしい。

 

同時に、雪ノ下の霊圧が極限まで高まる。先程よりも数段強い、正真正銘とどめの一撃。ソレを放とうとしているのだ。

 

『貴様・・・等・・・!』

「これで終わりよ」

 

虚の慟哭も虚しく、ピシャリと言い放った雪ノ下は必殺の威力を纏った攻撃を撃ち放った。

 

 

 

 

ゴウッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼

 

 

 

比喩抜きの轟音を置き去りにして、彼女の攻撃は虚を襲う。彼の生命活動を停止させたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

虚の消えた村は驚く程広い。

ポツンと取り残された様な錯覚に陥りつつ、俺はとりあえず息を吐く。

 

「終わったか・・・」

「そのようね」

 

同調する雪ノ下の声もどこか柔らかい。まだ、任務は終わっていないが一つの山場を終えた事でホッとしているのだろう。

しかし、そんな彼女も流石に席官。直ぐに、佇まいを直し、凛とした声で告げる。

 

「けれどまだ終わったわけではないわ。気を引き締めて――――」

『そうだな。第二ラウンド突入だ』

 

「「!」」

 

聞こえて来た第三の声に、俺達は振り向く前から事態を把握した。虚だ。この村にやって来ているという虚が、遂に到着したのだ。

 

しかし、実際に目を向けてみると、予想していなかった光景も広がっていた。

 

「あいつら!」

『ヒヒヒ』

 

体力を奪う球体付きの虚が、意味ありげに笑みを零している。その意味を、俺達は嫌と言う程に突き付けられた。

 

玉付虚の背後にズラッと並んでいる下級虚共。その虚たちに、九席、十七席、十九席が捕らえられていたのだ。

 

彼等は、俺達を見るなり各々叫ぶ。それはとても悲鳴じみた声で、虚に刻まれた恐怖の大きさが伺えた。

 

「ゆ、雪ノ下五席・・・!」

「助けて下さい! 五席殿! 八席殿!」

 

これは下位席官二人の言葉だ。実に人間味の溢れる台詞である。誰だって死に直面すれば恐怖で気丈には振る舞えなくなるだろう。

だからこそ、九席が放った言葉は彼に対する俺の評価を一変させた。

 

「・・・ッ! 我等に構わずやって下さい! 雪ノ下五席!」

「「なッ⁉」」

 

意外な言葉だ。存外、奴にも死神としての誇りがあったと言う事だろうか。

彼の主張に、他二人は驚愕したようだった。すがる様な瞳で九席に良い募る。

 

「何を言っているのです九席殿! 五席殿なら我等を救って虚を殲滅する事も可能!」

「そうです! 我々はまだ・・・!」

「黙れ!!」

 

往生際の悪い部下を一喝する。その迫力に、二人は簡単に押し黙った。九席はそのまま、硬直する部下を睨みつけ厳かな口調で言う。

 

「敵に捕まった我々の不手際を雪ノ下五席に押し付けるな。本来、この件には無関係の八席の力まで借りているのだぞ」

「「・・・・・・」」

 

そう言われれば二人に言い返す言葉はなかった。元々、この虚の一団が村に到達したのは、アイツ等が俺の張った結界を破った所為だ。まあ、その命令を下したのは九席なんだけど。

 

その所為で虚を捌き切れず捕まった。失態に失態を重ねたのだ。確かに命乞いを出来る立場では無い。

 

「や、やって下さい・・・! 五席殿、八席殿」

「お、俺達に構わず虚を・・・・」

 

しかし、泣きそうな顔でそんな強がりを口にする彼らを見殺しにするのも正直寝覚めが悪かった。大体、彼等は俺の部下ではない。

見殺しにするか助けるかの判断を下すのは、というか下していいのは雪ノ下だけだ。

 

ともすれば、下される命令がなんであれ、俺はそれに従おう。嫌だ、やっぱり俺の社畜精神ハンパない。

 

「比企谷君」

「はい」

 

雪ノ下が口を開いた。

 

「勝手で悪いのだけれど、三人の救出を最優先にするわ。負担になるだろうけど・・・」

「了解ッス」

「!?」

 

なんだよ、そんなビックリすんなよ。

 

「いいの?」

「そう言ってんでしょう。大体、自分で指示だしといて何驚いてんすか?」

「人質救出最優先という事は、普通にやるより貴方に負担が掛かるのよ?」

 

確かにそうだね。虚の顔色伺いながら戦うって事だからね。でもまあ、

 

「負担とか今更ッスよ。他の隊の仕事手伝ってる時点で働きたくない俺からしたら負担ハンパない。それに・・・」

「?」

 

疑問符を頭上に浮かべる雪ノ下。キョトンとしたちょっと可愛い彼女に、俺はキメ顔で言ってやる。

 

「上官命令に逆らう度胸、俺にはないんで」

「・・・・・・」

 

わーお、目の冷たさが百倍マシになっちゃったよこの子。ふふふ、まさか俺がカッコいい事でも言うと思ったか? 甘いな! 八幡理解度がまだまだ足りないぞ!

そんな葉山みたいな台詞が吐ける訳ねえだろ恥ずかしさで悶え死ぬわ!

 

なんて思っていると、雪ノ下に深いため息を吐かれ・・・。

 

「まあ、その方が貴方らしいのかもしれないわね」

 

ちらっと此方を見た彼女の瞳は、もう冷たくはなかった。

 

「よろしく頼むわよ。比企谷君」

「はい」

 

 

パチパチパチパチ

 

 

俺達が話をまとめた所で、乾いた音が連続して聞こえて来る。見ると、球体付き虚が気様に』拍手をしていた。

 

『いやー、良かった。俺達に構わずやってくれと人質が言いだした時にはどうなる事かと思ったぜ』

「どういう意味だ?」

 

探る様に尋ねると、奴は大仰に腕を広げ

 

『ハッ、俺等の立てた作戦だと、人質救出に趣きを置いてくれないと困るんだよ』

「・・・?」

『何を言っているか分からないって顔だな。ま、それもそうか』

 

虚は余裕綽綽と語る。その様子から自分たちが負ける事など微塵も考えていない様に思えた。一体、どんな作戦を立てたと言うのだろう?

まあ、土台虚の立てた作戦だ。そんな大層なものではないと思うが・・・。

 

そんな常識的な考えは、次の言葉でかき消された。

 

『比企谷八幡、お前は自由に行動していい。斬魄刀の解放も、鬼道も、お前の自由だ。だが、攻撃はすんな』

「は・・・⁉」

『こっちの数が一体でも減ったら、その時点で人質の命はないぜ』

 

なんだ? こいつの真意はなんだ・・・。人質を獲っておいて、虚を殺さなければ自由に動いていいだと?

 

『そして、雪ノ下雪乃。テメエは一切の行動を禁じる』

「「!!」」

 

俺と雪ノ下で、随分と待遇が違うな・・・。

 

「つまり、楽に倒せそうな俺をさっさと片付けて、集中して雪ノ下五席を叩こうって腹か?」

『いいや?』

 

・・・だろうな。ただ楽に俺達を倒すのが目的なら、そんなまどろっこしい条件を付ける意味はない。俺達が人質の命を優先した時点で、もっと理不尽な要求が出来る筈だからだ。

 

『それともう一つ』

 

まだあるのかっ。

 

『さっき比企谷八幡には行動の自由を認めたが、範囲を限定させて貰う。俺の後ろに横一列に並んでいる虚が見えんだろ?』

「・・ああ」

『あれより後ろに行けば人質は殺す』

「成程、俺お得意の背後からの奇襲を封じる算段か」

 

ヤバいな。思ったよりこの虚頭が良い。意味不明な命令もあったが、雪ノ下の動きを封じたのは良い判断だろう。

何より陣形が良い。

人質の周りは装甲の堅い個体で固めている為、仮に背後から影で攻撃しても仕留められる可能性は低い。そしてその場合、虚共の背後を取れば人質を殺すという条件に抵触してしまう可能性がある。

俺は馬鹿正直に正面切って、大っ嫌いな直接衝突を繰り広げなければならないと言う訳だ。

 

「お前、仲間から性格悪いなって良く言われないか?」

『馬鹿が。俺はそこらの虚とは一線を画す存在! 軽口を叩く仲間なんていねえんだよ!』

 

なんだ、お前もボッチか。だったらそう言えよ。ちょっと親近感湧いてきちゃったじゃねえか。

そうだよな。超越者って孤独だよな。俺も周りと一線画し過ぎてボッチだもん。

ん? 何が一線画してるかって? コミュ力の低さに決まってんだろ。

 

『さあ、お喋りはここまでだ! せいぜい足掻け、比企谷八幡!』

 

それを合図に、一斉に虚が襲いかかって来た。

 

「くそ!」

 

俺は陰浸の能力を使い、一体の人影を作る。

 

『へェ! そんな芸当もできたか! だが、お前から虚に攻撃できない以上、小細工に意味はねえ!』

虚の言う通りだ。土台数を増やしても、敵の数が減らなければ勝てない。単に攻撃の手を二手に分散させるだけ。

これは問題を先延ばしにしているだけだ。

 

続けて奴は叫ぶ。

 

『そして判断が遅れたな!』

「!」

 

次の瞬間、大量の虚共が二手に分かれる前の俺と、俺の分身に襲いかかった。

 

 

ドオオオオオオオオオン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下side

 

「比企谷君!」

 

雪崩の様に押し寄せた虚に埋まった部下に、思わず駆け寄りそうになる雪ノ下。そんな彼女の行動に歯止めを掛ける叫声が飛んだ。

 

『動くな! 人質を殺すぞ!』

「っ!」

『テメエは危険だ。動く事は許さねえ。そこで指を咥えて見ているんだな。俺達に部下が嬲り殺される様をよ』

「下衆が・・・」

『ハッ、戦略的だろ?』

 

雪ノ下が吐き捨てると、虚もまた嘲る様に返す。それは本当に人間や死神の様で、とても知能の低い虚種とは思えない。

 

―――これは一体・・・。霊圧の大きさから見ても、本来あんな知能の高い虚である筈が・・・。

 

そんな思考に意識を持っていかれている時だ。比企谷を押しつぶしている虚の山から黒い影が飛び出した。

 

それは、比企谷が作り出した能面の分身だ。

出て来たのが本体でなく分身というのは気がかりだが、本体が死んで消えない分身等いないだろう。とりあえず、あのひねくれ者の第八席はまだ生きていると言う事だ。

 

無意識的に胸を撫で下ろした彼女は、何故自分がホッとしたのか。それに意識を向ける事なく影の行方を目で追った。

 

『ハッ! 出て来た所で所詮分身・・・それに』

 

分身は、人質をとっている虚数匹の前に踊りでた。虚はその様子に焦る素振りすら見せず、寧ろ仮面の穴越から覗く眼光を細めた。

 

黒い腕を振り被る影。しかし、その前に複数の雑魚虚が割って入り、腕の進行がピタリと止まった。

 

『俺達にお前が攻撃出来ない以上、どんな戦略も無意味だ!』

 

動きの鈍くなった比企谷の分身を袋叩きにする虚共。反撃出来ない分身になす術などなく、奮闘する事すら叶わず、中型虚の拳によって吹っ飛ばされた。

今はもう主のいなくなった民家に激突し、強度の貧弱な木造家屋の壁を突き破り姿が見えなくなる。

 

土台分身だ。あれだけの衝撃を受ければ十中八九消えてしまうだろう。

虚は勝ち誇った様に喉を鳴らす。

 

『さあ、これで邪魔者は消えたな』

 

最早、自分たちの敗北を露程も考えていない様だった。しかし、それもそうだろう。人質を獲っている時点で、既虚サイドに大幅有利の状況になっている。

加えて雪ノ下は動けず、比企谷は大量の虚に埋もれている。彼の放った分身も今しがた倒された。

 

もう、行動を許されている者はいない。

万事休す。この状況を端的に示した言葉が頭をよぎる。

 

『苦い顔だな。大虚でもねえ虚に追い詰められるのは、名門雪ノ下家の次女からしたら屈辱か?』

「・・・・随分、こちらの情報を持っているのね」

『そんな事を気にする余裕がまだあるか。素晴らしいな』

 

次の瞬間、虚の口元が仮面越しに歪んだ気がした。

 

『そんなお前の! 強い死神の! 苦悶の顔が見たい!!』

「・・・・っ!」

 

雪ノ下の顔が歪む。

虚の額の球体がぎらついた。またアレだ。

森で、雪ノ下を苦しめた、体力吸引能力。それを発動したのだ。

 

『アハハハハハハ!』

 

ひとしきり高笑を上げ終えると、膝を付く彼女に、虚が語り掛ける。

 

『ふう・・・さて、祇御珠を渡して貰おうか・・・』

「・・・さっきから良く聞く名前ね。なんなのかしら、それは」

 

そう言いつつ、雪ノ下は祇御珠が何たるかのあたりをつける。まあ十中八九、今自身が持っているあの数珠の事だろう。

 

『誤魔化すな・・・と言いたいところだが、良いぜ。お前の部下は俺の手中。どうあがいても最後にはソレを差し出す羽目になる』

 

虚は雪ノ下が目的の物を所持している事を確信している様だった。鬼道で結界を張っている筈なのに何故なのか。最もらしい疑問を見つけた雪ノ下は、会話をする為に口を開く。

 

「どうして私が持っていると思うの?」

『馬鹿か? 単純な話だ。お前は五席。此処に来た死神たちの中で最も位が高ェ。祇宝珠を保管するなら強い死神に持たせるだろうからな』

 

本当に頭が切れる。確かに、重要物件を部隊の責任者以外に持たせるのは怠慢だろう。知恵の高い者の常識と言うモノを、この虚は理解している。

 

いや、理解し過ぎているぐらいだ。幾ら知能の高い虚と言っても限度があるだろう。どんなに賢いサルでも人間と同じレベルの思考は出来ないのと同じで、本来只の虚がここまでの頭を持っている訳がない。

 

脳を弄られているのか。だとしたら他の高位の虚にか、それとも・・・・

 

「貴方は何故祇御珠を狙うのかしら・・・?」

 

雪ノ下は思考を打ち切り問いかける。今、思考の深みに嵌るのは良くない。

 

『力の為だ』

 

そのシンプルかつ簡素な答えに、内心雪ノ下は驚いた。

 

「力・・・」

『そう・・・力だ。それさえられば俺の霊力は今の二倍・・・いや、三倍まで膨れ上がる。虚圏を支配するのも夢じゃねえ!』

 

高笑いを放つ虚に、雪ノ下は分からなくなる。

奴は祇御珠を手に入れるのは力の為だと言った。それは確かに虚的であるが、少し虚的過ぎる気もする。

第一、奴は虚らしくない知恵を持つ虚だ。そんな奴が力の為だけに行動していたなど・・・。

 

そもそも、手に入る霊力の総量もショボ過ぎる。奴の霊圧が三倍になった所で全虚の頂点に立てるとはとても思えない。

 

「祇御珠を手に入れて、得られるものはそれだけ?」

『脳みそ空かテメエは? 霊力こそ絶対にして最強だ。強くなる上で、これ以上に重要なモノはねえだろ』

 

虚が嘘を言っている様には思えなかった。

 

しかし、だからこそ肩透かしを食らった気分になる。確かに、強くなるうえで霊力は重要なファクターだが、この頭の良い虚が狙っていた物の能力がそんな単純なモノだったとは・・・。

 

まあ、だか、これを渡せば奴が強くなるのは確実である。

肩透かしを食らったからと言って、「はいそうですかと」差し出す訳にはいかない。

 

が、今はこの状況を楽しんでいる虚も、いつかは強行手段に出るだろう。その場合、人質を取られている雪ノ下に抵抗する術はない。

 

いや、抵抗自体は出来る。しかし、その場合は部下の死を覚悟しなければならない。

抵抗しなかった場合も、祇御珠によって強くなった虚に自分たちは殺されるだろう。そうなれば任務失敗。

 

部下の命を取るか、職務を果たすか・・・。

 

雪ノ下雪乃は選択を迫られていた。

どちらにせよ、早く決断を下さなければならない。もたもたしていたら体力を吸われ尽し、抵抗すらできなくなる。

 

一度目に対峙した時とは違い、じわじわ吸われていく体力に冷汗を滲ませながら、雪ノ下は部下の命と死神の使命を天秤に掛けた。

そして、席官として、護廷隊隊士として、取るべき選択肢は決まっている。

 

 

――――ごめんなさい。

 

 

彼女は心の中で部下に謝った。

死神の使命。それが彼女のとったモノである。

 

一度大きく息を吸って、自身の中から迷いを消す。というより一時的に振り払う。思考を止め、一気に片付けるべく刀に手を掛けようとしたその時――――。

 

『ぎゃああああああああ!』

 

突如響き渡った断末魔にバッと顔を上げた。視界に飛び込んできた光景に、一瞬理解が追いつかない。

 

 

しかし確かに、雪ノ下の双眸には、背後からの奇襲により、人質全員を救いだした比企谷八幡の姿が映っていた。

 

 

 

 


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