やはり俺が護廷十三隊隊士なのは間違っている。   作:デーブ

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第七話 比企谷八幡は雪ノ下雪乃と共闘する。

 

 

 

斬魄刀とは悪である。

 

確かに、斬魄刀は良い武器だ。それは認めよう。シンプルな形状故に扱う易くカッコいいし、何より世界に一つだけしかない、自分だけの武器というのは素直に愛着が湧く。

 

しかしだ。良く考えてみて欲しい。

 

斬魄刀が自分だけの武器たりえるのは、自身の魂と霊力を刀に写し取らせているからだ。指紋と同じように、霊圧や魂は死神によって様々。それがそのまま影響する斬魄刀の解放が千差万別になるのは当然と言えば当然であろう。

で、あるならば、斬魄刀は残酷な武器と言えるのではないだろうか?

 

何故なら、死神の魂を形にする刀だ。解放すれば、それは自分をさらけ出した状態であると同義どろう。人権侵害も甚だしい。

 

また、斬魄刀の能力が弱い=その死神は弱い。斬魄刀の能力が陰湿=所有者の性格悪い。等と言う、方程式も成り立ちかねない。

 

死神の本質を斬魄刀の能力だけで推し量り、誹り貶し見下す輩もいるだろう。果ては虐めに発展する事もあるかもしれない。

そんなものが必要か? 人間を虚の手から守り抜く正義の死神様が使用して良い武器なのか、私は甚だ疑問である。

つまり、私が言いたい事はこうだ。

 

斬魄刀よ、爆発しろ。

 

 

「・・・いつ読んでも腐った文章だ・・・」

 

八番隊隊舎の執務室で残務整理をしていた同隊五席・平塚静は、とある死神の卒業文集を読み終えるとそう呟いた。

 

文集は、彼女の教え子であり部下である、八番隊第八席・比企谷八幡のモノだ。

 

死神の学校である真央霊術院。そこの卒業生全員に書かせている作文。大概の者はこれからの意気込み、自分の目標、夢などを書き連ねるのだが・・・。

 

比企谷八幡が書き上げた文集は御覧の通り、もし斬魄刀愛護団体なんてモノが存在したら即刻反感を買いそうな内容で。

 

当時これを読んだ時は「あの馬鹿・・・」と頭を抱えたモノだ。その点で言うと、運よく比企谷が八番隊に配属されたのは良かったと思う。

 

しかし、こんな比企谷も今では立派に斬魄刀を解放し(確かに彼の本質を付いたピッタリの能力だと思う。それが、決して見栄えの良いモノとは言わないが・・・)、八番隊第八席まで上り詰めている。

 

それどころか、平塚は、現状彼の実力は席次以上だと考えていた。

比企谷は隠密行動を得意とし、また味方がいればサポートに回る傾向がある。本人の地味さと相まって、彼の活躍に気付ける者が少ないのだ。

だから、比企谷は現状八席に甘えている。

 

その事に、別に同情はしない。

本人が嘆いているのならともかく、席次などにこだわる性質でないことは知っている。悪い言い方をすれば、向上心が無いのだ。現状に満足してしまっている。

 

しかし、本人が本気で上を目指し、本気で修行したとしたら。

比企谷八幡という死神がどれほどの器に成長するのか。

平塚静は興味があった。それこそ、もしかしたら本当に――――

 

「やあ、こんな時間まで残務整理なんて精がでるね~」

 

彼女の思考は、突如聞こえて来た渋い声に阻まれた。

振り返り、そこにいた人物たちは、少し平塚を緊張させる。まあ、何階級も自分より上の上司が現れれば誰でも緊張はするだろう。

立ち上がり、頭を下げながら挨拶をする。

 

「お疲れ様です。京楽隊長。伊勢副隊長」

「やだなぁ、そんな畏まらなくて良いよ」

 

そう軽いノリで片手を上げたのが、八番隊隊長京楽春水。その隣で、軽く会釈した女性が副隊長の伊勢七緒だ。

 

隊長と副隊長。言わずもがな、各隊のナンバーワンとナンバーツー。席次の上ではそこまで離れていないが、実際の実力で考えてみると、この二人は雲の上の存在である。

 

しかし、そんな雲の上の存在である筈の京楽春水は、まるで隊長風を吹かせずフランクに振る舞う。

 

「さっきから何を読んでるんだい?」

「ああ、昔の教え子の卒業文集ですよ。整理してたらひょっこり出てきましてね」

 

ヒョイっと覗き込んでくる京楽に見える様、文集を動かす。

「どれどれ」と読み始めた京楽はしばらくして

 

「面白い子だねぇ、この子」

 

そんな事を言うものだから、平塚は慌てて首を振った。気を使わせてしまったと思ったのだ。比企谷の書いた作文は、お世辞にも人様に好感を持たれるモノでは無いので、そう思うのも無理はない。

 

「いえいえ、とんでもない。こいつはホントに性根と目の腐った奴で・・・」

「いやいや、そんな事はないよ。ね、七緒ちゃん?」

 

しかし京楽は頑なに首を振り、彼に話を振られた七緒も、隊長の意見に同意した。

 

「ええ、確かに大衆受けはしなさそうですが、それ故に的を得ています」

「だよね、それにこんな視点から斬魄刀を見た人は、少なくとも僕の知る限りでは初めてだよ。面白い」

「そ、そうですか・・・。ありがとうございます」

 

思いの外絶賛の嵐で、平塚は少し面を喰らった。しかし、自分が目を掛けている隊員が褒められるのは嬉しい事だ。

 

「彼、今は何処にいるんだい?」

 

京楽の問いに、平塚は心なしかはきはきした声で答える。

 

「彼は現在八番隊に在籍しております。階級は八席です」

「へえ、ウチの隊か。名前は?」

「比企谷八幡であります」

「ひきがや・・・。ああ、彼か」

「知ってるんですか⁉」

 

予想だにしない上官の答えに、平塚はつい大きな声を出す。確かに京楽と比企谷は同じ八番隊所属だが、かたや隊長、かたや中位席官と、階級は中々離れている。

 

特に隊長格ともなると、部下は二千名を超えるのだ。それを全て覚えられる訳がないし、なんなら上位席官だけ覚えていれば仕事に支障はない。特に影の薄い比企谷が隊長に覚えられているとは思わなかったのだが・・・。

 

「あーいや、知ってるっていうか」

 

顎を右手で摩りながら京楽は続ける。

 

「この前隊首会が終わった後、十番隊の日番谷隊長と話したんだけど、その時、『ウチの六席がいつもすまない。比企谷八幡にそう伝えておいてくれ』って言われてさ」

「そ、そうでしたか」

「それで、ウチの隊士に訊いてみたら、比企谷君、ちょくちょく他の隊の手伝いをしてるそうじゃない。僕鼻が高くてねぇ。浮竹の見舞いに行った時、ついでに自慢しちゃったよ」

 

京楽の口ぶりに、他の隊の仕事を手伝った事に対する非難の色はなく、とりあえず平塚はホッとする。

 

しかし、直ぐに鋭い視線が彼女を貫いた。それは決して敵意のあるモノではないが、やはり、圧倒的格上のそんな視線は心臓に悪い。

 

「もう一度訊くよ。今、彼はどこにいるんだい?」

 

それは、決して所属を訊いているのではない。比企谷八幡が今、どの隊の手伝いをしているかを訊いているのだ。

 

「ろ、六番隊の雪ノ下五席の手伝いをしています」

「ああ、陽乃ちゃんの妹さんか」

「なにか不味かったでしょうか?」

 

いつの間にか委縮してしまっている平塚を見て、京楽は慌てて手を振った。

 

「ああ、いや、別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、比企谷君が手伝っているのは他所の隊の仕事だからね。隊長として、動向ぐらいは把握しておかないと、他の隊長さん方に示しがつかない」

「は、はあ・・」

「とにかく、今度彼にあったら伝えといてよ。日番谷隊長が労ってたって。まあ、その文集を見る限り、彼が素直に信じるかは分からないけどね」

 

そうニヒルに笑うと、京楽は七緒を引き連れて去って行った。

 

平塚は文集を閉じ、窓際に寄る。

怪しく輝く月を見上げながら溜息をついた。

 

「嫌な夜になりそうだ・・・」

 

 

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『ぎゃあああああ』 『ぐわああああ』

 

俺・比企谷八幡は今、絶賛虚と戦闘中である。留美を背中に、雪ノ下雪乃と肩を並べて、前方から迫りくる虚を迎撃しているのだ。

 

幸い、この村の村人に化けていた虚共は小型のモノが多く、俺の斬魄刀『陰浸』のゴミ火力でも簡単に始末出来ている。

 

しかも、隣には、ちゃんと攻撃力も強い『白吹雪』を扱う上官、雪ノ下雪乃がいるのだ。虚共の断末魔が耳触りなのも頷ける。

着々と数を減らし、余裕が出て来た俺は、雪ノ下に訊いた。

 

「五席んとこの九席とあと二人は大丈夫ッスかね・・・?」

 

雪ノ下は丁度跳びかかって来た蛙面の虚を斬り捨て、息一つ乱さず答えた。

 

「この村の住人が全員虚になっていると考えても、恐らく大部分は此方に来ているわ。疲弊しているとは言え、相川九席の実力なら二人を護りながらでも問題無いでしょう」

 

確かにそうか。九席はスタミナ切れとは言え、霊力自体は有り余っているんだもんな。それに、十七席と十九席だって席官は席官。

あぶれた虚を席官三人がかりで相手取っていると考えれば、こっちの戦場より戦況は良いだろう。

 

「それに・・・」

 

雪ノ下が言葉を足そうとした時、俺達に虚の凶刃が迫った。

 

「フッ」「っと」

 

各々その攻撃に対処した後、雪ノ下が続ける。

 

「もし仮に助けに行くにしても、もう少し敵の数を減らす必要があるわ」

「そうッスね。もしここで行かれても、俺じゃこの数捌き切れないんで」

 

そう言うと、彼女はクスリと笑い、

 

「貴方らしい理由ね」

「さいで」

 

俺は仄かに朱色付いた頬を隠す様に影を展開して虚に伸ばした。その横で、雪ノ下の純白の吹雪が炸裂する。

お喋りタイムは終了。再び攻撃開始だ。

 

 

 

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「くそッ! どうなってる⁉」

 

一方そのころ六番隊第九席は、一人休んでいた家付近で虚と交戦していた。急に出現した虚の霊圧に、飛び起きて外に出てみると、そこには数々の虚があったのだ。

 

霊圧の総量からして、ここにいる個体は全体の一部。なので、病み上がりとは言え彼が捌き切れない事はなかったのだが、その心中は穏やかではなかった。

 

虚の大部分が敬愛と恋慕の情を抱いている上官、雪ノ下雪乃五席の方に向かっている。雪ノ下がこの程度でやられるとは思わなかったが、それでも好きな人が虚と戦っているのだ。身を案じるのは当然の心理だろう。

 

そして、穏やかではない理由がもう一つ。

 

比企谷八幡。

彼の存在だ。霊圧を見る限り、比企谷は雪ノ下と同じ戦場で肩を並べて戦っている。まるでパートナーであるかの様に。

 

それが九席には我慢ならなかった。仮に、六番隊の者にそのポジションを取られるのならまだ分かる。しかし比企谷は八番隊、部外者だ。

そんな部外者である筈の彼が、何故直属の部下である自分を差し置いて彼女と肩を並べている・・・。

 

元来九席は、雪ノ下がわざわざこの任務に加えて来た比企谷と言う上官を快く思っていなかった。

彼女が他隊から隊員を引っ張って来ることなど今まで無かったし、聞けばあの男、雪ノ下が個人的に行っている奉仕活動を手伝っているという話ではないか。

以前、自分が手伝いを申し出た時はやんわりと断られたと言うのに・・・・。

 

そんな事がつもりに積もって毛嫌いしていた八番隊の第八席が今、まるで相棒の様に雪ノ下と共闘しているのだ。この状況を面白く思う者はいないだろう。

 

「ああッ!」

 

九席は苛立ち気に刀を振るった。

と、丁度その時だ。

彼は虚の霊圧の大量接近を感じ取る。

 

「なッ⁉ これは・・・、森の方からか!」

 

それは、比企谷が結界の中に閉じ込めて、足止めしていた虚の一団のモノだった。この村に急接近して来る。

そして、その一段の戦闘を走る二人は見知った霊圧で・・・。

九席はこめかみに青筋を浮かべながら憎々し気に唸った。

 

「釘峯、呂久・・・! 馬鹿が、結界を壊したら村とは反対側に走れと言っただろう・・・」

 

密かに九席は、釘峯と呂久に森の虚の討伐を命じていた。

 

『比企谷が結界の中に閉じ込めたが長くは持たない。虚共がこの村に流れ込んで来ては大変だからお前等で倒しに行け』と。

 

その際村から離れる様に逃げて、虚共をここから引き離せと命じた筈だったが、二人は村の方に逃げて、案の定虚を引き連れてきてしまっている。

それが、九席の認識だ。

しかし、実際の所は少し違う。

 

釘峯と呂久は最初、彼の言う通り虚を村から離そうとしたのだ。だが、反対側に駆ける二人を他所に、虚共は村の方へ駆けて行ってしまった。

慌てて先頭に躍り出て応戦する二人だったが、八席と九席が二人が狩りで撤退を余儀なくされた数だ。彼等より圧倒的に劣る釘峯と呂久に対処できるわけもなく。

結局彼等は、上司たちのいる村へ、虚を引き連れながら遁走したのだ。

 

正直この命令は、ヘマをやらかした部下二人に対する彼の意趣返しという側面が強かったのだが、完全に失敗した。

九席は部下をいたぶる為に出した命で、自分の首を絞める事になったのだ。

 

 

 

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「・・・心なしか、大分敵の数が減った様に思うのだが・・・・」

「心なしかでなくとも減ってるわよ、安心しなさい」

 

また独り言に返された・・・。だからやめてって、俺がタメ口きいたみたいにだんだろうが。

 

「でも油断は禁物よ。戦場では何が起こるかわから―――」

 

戦場では何が起こるか分からない。多分雪ノ下はそんなフラグめいた事を言おうとしたんだろう。その言葉がフラグである事を証明する様に、不測の事態が彼女の口を閉じさせた。

 

「「!」」

 

俺達は一斉にそれに気付く。

 

「これは・・・、虚!? 援軍か!?」

「その様ね。でも貴方、結界はもう少しもつんじゃなかったの?」

「そ、その筈なんですが・・・」

 

その筈なんだよ~、もっともつ筈だったんだよ~。だからそんな目で見ないで下さい。

 

というか、幾ら何でも早すぎる。まだアレから一時間も・・・。

と、次の瞬間、虚の声によってその思考は中断された。声を上げたのは村長だった蜘蛛型のアイツだ。

 

『ヒヒ、礼を言うぜ・・。まさかそっちから結界を破ってくれるとはなぁ』

「!?」

「どういう事・・・!?」

 

俺達の反応に、虚も少し驚いた様だ。

 

『なんだ? アレはテメェらの指示じゃ無かったのか・・・。まあ、頓狂な命令だとは思っていたが・・・』

 

虚は無駄に人間臭い雰囲気を醸し出しながら続ける。

 

『となると、あのバテてた男の指示か。ありゃあ、自己顕示力の強い馬鹿だからな』

「・・・なんか話が読めたな・・・」

「・・・ええ」

 

こめかみを押さえながら唸る雪ノ下。

 

多分だが、結界に閉じ込めた虚を倒す様、九席があの二人に指示を出したのだ。そして、案の定倒しきれず虚と共にこの村へ遁走して来たのだろう。直属の上司でなくても頭が痛い。

全く、余計な事を・・・。

 

「こうなったら、せめて援軍が村に着くまでに虚を倒しましょう」

「了解ッス」

 

雪ノ下の指示に同意し、俺は生き残っている虚共にそれぞれ一本ずつ影を伸ばした。

地を這いながら伸びる影を隠す様に鬼道を撃ち放つ。

ど派手な霊圧の攻撃に気を取られた虚共は、案の上影の接近に気が付かず。針山の様に付き出された影の刃に貫かれた。

弱い部類の虚はそれだけで消滅する。

 

そして死ななかった個体は、手足に影を巻き付け、雪ノ下の射程にブン投げた。

待ち構えていた雪ノ下は霊圧を研ぎ澄ませ、

 

「『時雨吹雪』」

 

弾丸の如き勢いで依頼した雪玉群が、虚共の身体に風穴を開けた。彼等が消滅したのは言うまでもない。

 

「はあああああああああ!」

 

その凄まじい威力の雪玉は俺が投げた虚共にとどまらず、次に投げ飛ばそうと思っていた奴らまで粉砕していった。・・・なんか、俺あんまり要らなかったんじゃね?

 

『な、なん・・・だと・・?』

 

雪ノ下の所業に、蜘蛛型虚が狼狽する。当然だ。もうこの近辺に残っている虚はコイツしかいなくなってしまったのだから。

 

彼女は霜が刀身にキラキラと纏わりついている斬魄刀を虚に告げ、凛と告げる。

 

「さあ、あとは貴方だけね。覚悟しなさい」

『っく!』

 

カッコいいな、オイ。

 

『糞が! なめるなよ、死神風情が!』

 

叫声を上げ、白い糸を数本口から吐き出す虚。

 

「死神『様』じゃねえのか?」

 

迫りくる糸を俺は刀を払って防せぐ。一方、雪ノ下は攻撃が届く前に吹雪で氷結させた様だ。

そして、この糸の防ぎ方は雪ノ下のやり方が正しかったらしい。

 

「!!」

 

俺は驚愕する。斬魄刀が糸に絡めとられていたのだ。糸はしっかりと刀身に張り付いているらしく、まるで剥がれる予感がしない。

 

「チッ、『陰浸り』!」

 

人力ではどうする事も出来ないソレを始解の影と霊圧で強引に弾くと、雪ノ下が寄って来る。

 

「中々厄介な攻撃を持っている様ね」

『ヒヒ! それだけじゃねぇぜ!』

 

高らかに告げた虚は俺達に自分に腹を見せてきた。そこには妙に見覚えのある玉が埋め込まれていて・・・。

 

「・・・! アレは!」

 

脳裏に浮かんだのは、雪ノ下と九席の体力を著しく奪ったあの虚の腹に付いていた玉。

 

「まずい、さが―――」

『遅い!』

 

次の瞬間、腹の玉が目映く輝き――――。俺達の身体から、急激に力が抜けて行った。

 

「これは・・・、今度は霊圧か!」

『そうだ! 俺はこの村の王! 与えられた力も他の若輩共の比では無い・・・! さあ、俺に全ての霊圧を明け渡せ!』

 

堪らず俺達は虚から距離を取った。

家屋の影に身を隠す。

 

「アイツはちょっとヤバいッスね・・・。虚としての素の力はせいぜい並みだが、付加能力がハンパない」

「ええ、鶴見さん」

 

雪ノ下は俺の呟きに頷きつつ、留美に話しかけた。

 

「これ以上は、私たちの後ろに下がっているだけでは危険よ。貴方に結界を張るので、終わるまでじっとしていて」

「で、でも・・・」

「大丈夫だ。直ぐ終わる。俺等を信じろ」

 

不安そうな留美の頭に手を乗せ、妹を諭す要領で語り掛ける。俺のお兄ちゃんスキルの高さに慄いたのか、留美は弱々しくも頷いた。

 

「では、結界を張るからどいてくれるかしら? ロリガ谷君」

「ちょっと!!?」

「ふふ、冗談よ」

 

アンタが言うと冗談に聞こえないんだよ。毒舌がデフォだから。

 

「とりあえず、あの虚と接近戦は避ける事。鬼道を織り交ぜて、遠距離から迎え撃ちましょう」

「うっす」

 

まあ、それしかないだろうな。近づき過ぎれば霊圧を吸われ、攻撃に触れれば纏わりつかれて鬱陶しい。

なら、取れるべき攻撃手段は遠距離攻撃に限定されるだろう。

 

俺達は頷き合うと一斉に虚の前に姿を現す。

 

『やっと出て来たか! 作戦会議でもしてたのかよ!?』

「どうだかな!」

 

吐き捨てると、俺は太い一本の影を虚に伸ばした。

 

『はっ! こんな馬鹿正直な攻撃誰が喰らうか!』

 

虚は影を易々と避ける。しかし、足に鈍痛が走ったのだろう。『あ?』荒い声を上げつつ動きを止めた。

 

『コイツは、細い影!?』

 

俺は先の太い影に紛れさせ、細い影も数本伸ばしたのである。ソレは奴を直接狙わず、側面から足を貫いたのだ。正面から迫りくる太い影をぶち当てる隙を作る為に。

 

『ぐっ!』

 

影を喰らった虚が苦悶の声を上げる。しかし――――

 

『残念だったな・・・! この程度の攻撃でこの俺を――――』

「良く見てみろ、馬鹿野郎」

『!』

 

俺の助言で漸く気付いた様だ。

そう、俺は何も、とどめの一撃として太い影を放ったのではない。もう何度も言っているが、俺の斬魄刀の攻撃力など高だか知れているのだ。主要の火力として数える方がおかしい。

あの太く目立つ影は攻撃の為に放ったのではない。あれも、只の拘束用だ。

恐らく奴は、あの影を攻撃用だと思った事だろう。だが、そいつは布石。

 

雪ノ下の攻撃をクリーンヒットさせるための、単なる当て石に過ぎないのだ。

 

そんじゃま、あとは頼みますよ。雪ノ下五席。

俺の心の声が通じたかは分からないが、雪ノ下はタイミング良く霊圧を爆発させる。

 

「吹き荒れろ『吼矢霙』」

 

美しい氷の矢が、吹雪を伴って虚の仮面に飛来した。

その凄まじい速度に、俺は勝利を確信したのだが・・・。

 

その確信を希望観測だとあざ笑う様に、急速に矢の運動エネルギーが衰退した。

 

「なっ!」

 

雪ノ下が驚愕したと同時に俺も気付く。俺の影も、いつの間にか虚から離れてしまっている。

いや、というよりアレは・・・。

 

「技の霊圧が吸われてやがる・・・」

 

まさか、俺達の霊体からだけでなく、放った攻撃からまで霊圧を奪うとわな。

これじゃあ、無暗に攻撃する訳にもいかない。全くもって厄介だ。

 

にしても、さっき戦った体力吸収虚とあの蜘蛛野郎とでは、随分と埋め込まれている玉の性能が違う様である。まあ、攻撃介して俺等の体力は奪えないから無理もないが・・・。

 

さっきのと比べてここまで段違いの性能だと、なにかデメリットがある様に思えて来る。

それを見つける事が、この状況を打破する突破号になるだろう。

 

「雪ノ下五席・・・」

「分かっているわ」

 

どうやら俺が考え着いた可能性に、彼女も行き着いたらしい。

 

「話が早くて助かりますよ」

「お互いにね」

 

俺は影を四方から、雪ノ下は正面から吹雪を発生させ、もう一度、蜘蛛虚にぶつけた。やはり、ぶつかる前に消滅するが、今回はかなり霊圧を抑えている。

しかし、それでも吸われている事に変わりはない。

早く、突破号を見つけなければ、地面に膝を付くのは俺達だ。

俺と雪ノ下は、奴の腹の玉に注意を払いつつ、攻撃を繰り広げて行った。

 

 

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鶴見留美は、多少なりとも死神の素養のある子供である。

故に、結界の中にいても、比企谷と雪ノ下の霊圧と、虚の霊圧。それらの衝突を感じ取っていた。

 

しかし、それでもまだ拙い子供。霊圧を極限まで抑え込んだ実力者の接近に気付く事は出来ない。

 

ザリッ

 

突如聞こえた足音に振り返ると、そこには見覚えのない男がいて、しかし留美は、その男から不気味な雰囲気を感じ取った。

男は緊張感のない声で、留美の臓腑を掴む。

 

「へえ、君が『祇御珠』の適合者か」

 

その男に抱いた印象は『蛇』。するりと飄々と相手の懐に忍び込み毒牙を向ける危険な白蛇だ。

彼は口元に薄い笑みを浮かべ、細腕で結界に手を付きつつ屈み腰になった。

留美と目線を合わせ、そして言う。

 

「ボク、市丸ギン言うねん。仲良うしてや」

 

 


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