やはり俺が護廷十三隊隊士なのは間違っている。   作:デーブ

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第五話 比企谷八幡村に着く。

暗く深い森の一本道を駆け抜け、俺達は村へと辿り着いた。

木々に囲まれた閉塞な空間が開け、木造家屋が点在する集落へと踏み込む。

村は静かだった。

寝静まっているのか寝ているのか、とにかく生活音がしない。まあ、こんな時間だ。先に村に入った雪ノ下たちが、村人に逃げる様忠告していない限り就寝しているだろう。こっちとしては逃げて静かな方が良いのだが、雪ノ下がダウンしているのだ。あの下位席官二人では伝えていない可能性もある。

ともかく、まずは雪ノ下たちと合流しなくては。

そう思っていると不意に幼さの残る声が聞こえて来た。

「こっち」

見ると、俺の直ぐ近くに黒髪の少女の姿がある。歳不相応の冷めた眼差しはどこか雪ノ下を連想させた。つーか、マジ似すぎじゃね?

「ガキは寝る時間じゃねぇのか?」

「アンタ、あの死神たちの仲間なんでしょ? 案内するからついて来て」

ブスッとしながらそう言って、少女は行き先を指さす。どうやら、俺達の到着を待っていてくれたらしい。

まあ、こうやって親切に雪ノ下らと引き合わせてくれるのはありがたいのだが、なんでいんの? 虚迫ってる村にこんな子供が。普通真っ先に逃がさなきゃなんねえ対象だろうが・・・。

「死神たちに、逃げる様言われなかったか?」

「・・・言われた。あの女の人から」

雪ノ下が言ったんかい。十七席と十九席、お前等仕事しろよ。

「じゃあ逃げろよ」

「私だってそうしたい。でも村の皆は『死神様だけおいていけない。俺達も一緒に戦う』って」

うーわ、要らねぇ。なにその頭おかしい反応。普通に逃げろよ、俺等が負けたらお前等も道連れになるじゃねぇか。

「何? 死にたがりなのここの村人は? それともバカ?」

「うっさい。ボロボロの癖に」

少女はそこで口を閉じ、俺の肩に背負われている九席を見た。

「そっちの人大丈夫なの? さっきからピクリともしないけど」

そう言われ、「ああ」と俺も九席をチラ見する。確かに静かだ。ピクリともしない。まあ、うるさかったから俺が腹パンで意識飛ばしたんだけどね。

「寝てるだけだから心配すんな。今すぐ死ぬような深手は負ってねえよ」

多分。

「ふーん」

いや、ふーんて・・・・。君が聞いたんじゃないですか。もうちょっと興味持ってあげてよ・・・。

「おい、お前」

「お前じゃない。鶴見留美」

お前よばわりが不満だったらしい少女は、不機嫌そうな顔を此方に向け、名を名乗る。向こうが名乗ったとあれば、こちらも名乗らない訳にはいかないだろう。

「比企谷八幡だ。る、留美、お前の他に子供はいるのか」

あ? なんで留美のとこで噛んだかって? 

バッカお前、そりゃ、妹呼ぶときのノリで一瞬名前呼びしそうになったけど、冷静に考えたら会ったばかりの俺が名前呼びしたら変質者扱いされんじゃねぇかって危惧したけど、こんな年下のガキを苗字で呼ぶ違和感に苛まれて四苦八苦した結果に決まってんだろうが。

「・・・いるけど・・・。何? 子供好きなの?」

「いや・・・」

おい、なんだその変態を見る様な目は? 違いますぅ! 俺はシスコンであってロリコンでもショタコンでもありませんん! ・・・・・それ結局変態じゃん・・・。

「ガキどもだけでも避難しとけよって言おうとしただけだよ。あと引率って名目で大人も何人か連れてってくれると助かる」

その方がこっちの負担が減るからな。一応雪ノ下と九席の体力が戻り次第、総員で森の中の虚を叩きに行くつもりだが、不測の事態が起きて、村に虚が侵入してくる可能性もある。村人は少ない方が良い。

なに? 逃げる様説得しないのかだって? 雪ノ下で駄目だったんだろ? じゃあ今更俺が言ったってきく訳ないじゃん。

「・・・無理だよ」

ぼそっと呟かれたその一言を、俺は訝し気思ったが、声に内包された複雑な心情を察して無理に理由を問う事はしなかった。

 

 

留美に連れられ辿り着いた木造家屋。他の家より大きいと言う事を除けば他と外観の変わらぬ一軒家である。

窓から黄色の明かりが漏れているので家主はまだ起きているのだろう。

留美はノックもせずに扉を開けて中に入った。俺も九席を背負ったままそれに続く。

囲炉裏に火が灯っているので部屋の中は暖かい。その囲炉裏の前には老人と三名の中年男性が座っていた。老人が此方に気付き、立ち上がる。

「おお! よくぞお越し頂きました。死神様。わたくしこの村の村長をしております」

歓迎する様に両手を広げた老人に、他三名も笑みを浮かべながら続く。

「他の奴等は」

俺が問うと、老人が奥の扉を指し示す。

「あちらにおられます」

「そうか、ありがとう。ついでにコイツの介抱も頼みたいんだけど・・・」

背負っている九席を指さすと、老人は大仰な反応を見せた。

「おお、これは大変だ。お前たち、此方の死神様をあちらの部屋にお連れしろ」

老人の指示を受けた、三人の村人は俺から九席を受け取り、雪ノ下たちがいる部屋の隣の扉に入って行った。

ソレを見届け、村長に向き直った。

「もう聞いていると思うが虚が村に迫って来ている――――」

だから逃げろと言う前に、村長は笑みを浮かべながら俺の言葉を遮った。

「ええ、ですから村を総動員して死神様たちを援護いたします」

成程確かに留美の言う通りだ。何故かは知らんがこの村の方針は虚から逃げるでは無く、俺等と共に虚を迎撃する事らしい。

不可能だ。コイツ等は斬魄刀を持っていないどころか鬼道すら使えないのだから。

「いや、俺等が戦いづらくなるだけだから。せめて女子供だけでも逃がしてやれよ」

村人全員で逃げる様に説得する事は不可能だと知っている。だから、こっちの負担を減らす為に妥協案を出した。しかし――

「そんな、死神様たちが戦っておられるのにおめおめ逃げ出す事など出来ません! それは女子供も同じです!」

いや、絶対同じじゃないだろ。バケモノと相対すことが怖くないわけねえじゃねえか、何言ってんだコイツは・・・。

しかし参ったな、この様子だと妥協案も受け入れて貰えそうにない。説得も無理な様に思える。

全く・・・。

俺は心の中でそう悪態を突き、雪ノ下らのいるらしい部屋に入った。

「比企谷八席・・・」

雪ノ下の声が俺を出迎える。少し弱々しいが大分回復している様だ。

雪ノ下は上体を上げて布団に、下位席官の二人はその脇に正座している。俺もその反対側に腰を下ろした。

「もう平気そうッスね」

「ええ、おかげさまでね。ごめんなさい、途中で倒れてしまって」

雪ノ下の声は後半尻すぼみ、本当に体調が悪い様に聞こえた。顔を伏せたその姿は痛々しい程までに申し訳ないと感じている様だった。

まあ、プライドの高いコイツの事だ。自分の所為で部下に負担を強いたとなれば落ち込みもするだろう。そしてそれ以上に、情けない自分が許せないのだ。

「ま、大変でしたけど俺も九席も無事ですし、とりあえず及第点でしょ。少なくとも、まだ最悪の事態にはなっていない」

「そう、そう言えば相川九席の姿が見えないけれど、彼はどうしたの?」

あ、相川って言うんだアイツ。てか、下位席官二人より判明遅かったな。

「スタミナ切れでぶっ倒れてんスよ。五席と同じッス」

「・・・妙ね、八席のあなたは割と元気そうなのに、九席の彼だけそんなに疲労するなんて」

「いや、別にサボってたわけじゃないッスからね?」

「あら、誰もそんなこと言ってないわよサボリガ谷君?」

「言ってんじゃん! 思いっきり言ってんじゃん!」

まあ、階級が一つしか違わない者同士で片方だけ疲れてたら普通そう思うよね。でも八幡サボってない。

「冗談よ、貴方には感謝しているわ」

「お、は、はぁ・・・」

・・・おい、やめろよ、いきなり優しい声出すの。ドキドキしちゃうだろうが心臓に悪い。

「それより現状確認をしましょう。一応訊くけど、虚は殲滅したの?」

「いや、数減らして結界の中に閉じ込めました」

「そう、まあそれが最善でしょうね」

当然だ。元々、あの数相手に二人で挑むこと自体がどうかしているのである。時期みて撤退するのがあの場で出来た唯一の策であろう。そして、その行動は、この氷の女王のお眼鏡に適った様である。

「自分の実力を過信せず、きちんと撤退をした事は評価に値するわ」

「当然でしょう。自分の力とかこの世で一番信用出来ませんよ」

「撤退理由が卑屈ではあるけれど、まあ良いでしょう・・・」

こめかみを押さえながら雪ノ下が言う。いや、自信過剰で無駄死にするより良いじゃん。

俺ぐらいの慎重派になると未解放で倒せる雑魚虚相手にも始解使うまである。・・・それは流石にビビり過ぎか・・・。

「それにしても、良くあの相川九席を丸め込んだわね。彼、貴方とは逆で、自分に力を過信するところがあるから」

雪ノ下の言葉に俺は「ああ」、と思う。確かにアイツはそうかもな。実際撤退に最後まで反対してたし。

だが雪ノ下よ、多分だけど奴が虚に突っ込むのは実力を過信している以上に、お前に良いとこ見せたいからだと思うぞ? まあ、雪ノ下の所為で九席が死に急いでるみたいになっちゃうから言わないけどよ。

「反対はされましたけどね。腹パン決めて無理矢理連れて来ました」

と、その言葉に反応した声がある。勿論雪ノ下ではない。

「! 腹パンってアンタ九席殿を殴ったのんですか!?」

「陋劣な! 幾ら高官だからと言って他隊の隊員に暴行を働いて良いと思っているのか!」

六番隊の下位席官二人だ。どうやら、俺が自分らの上司を殴った事が気に喰わないらしい。まあ、敬愛()する上司が殴られたとあっちゃこういう反応示すのも分からなくはないが、少しは状況を考えろよ。

俺が二人に呆れていると、雪ノ下のブリザードボイスがうねりを上げた。

「やめなさい。彼に非はないわ」

「し、しかし・・・」

「彼が行動を起こさなければ最悪、相川九席は死んでいたわよ? 死体で再開したかったの? 彼と」

「そ、そういう訳では・・・」

うっおお・・・・・。こえー・・・。超怖ぇよ。片方完全に沈黙してるよ。雪ノ下さんマジパネエっす。

二人が押し黙った所で雪ノ下が話を再開した。何と言うか・・・、ご愁傷様です。

「それで、話を戻すけれど、さっき相川九席は虚に体力を吸われたと言っていたわね?」

「はい」

聞き逃さなかったか。流石、雪ノ下。

「虚の中に一体だけ・・・だと思うんスけど、体力吸い取る個体がいました。俺はそこまでですが、九席はモロ吸われたみたいッス。そして―――」

「私もその虚の餌食になった―――」

言葉を引き継いだ雪ノ下に、俺はコクリと頷いた。

そう、幾ら雪ノ下が体力不足と言っても、彼女は護廷十三隊の第五席。つまり、護廷十三隊で五番目に強い十三人の一人なのである。そんな彼女が、高だか虚の群れを相手にした程度で体力切れを起こすとは考えにくい。

であるならば、九席同様あの玉つき体力吸引虚にやられたと考えるのが妥当だ。

そして―――

「霊力じゃなく体力を奪うってのがミソッスね」

「そうね、霊力を吸われていたら直ぐに気付く筈だもの」

死神の生命線は霊力だ。これを吸い取られ過ぎると、戦闘力が著しく下がるし、体力切れと同じような状態にも陥るだろう。

つまり、霊力さえ吸ってしまえば、体力を吸わなくてもそれと同じ効果を得られるのである。で、あるならば霊力を奪った方が手っ取り早く感じるが、死神はその減少に敏感だ。

恐らく、吸い尽くす前に気付かれて体制を立て直されてしまうだろう。

しかし、体力吸引ならば話は別である。少しずつ吸引していけばまず気付かれる事はないし、戦闘中なら尚の事だろう。気付いた時には手遅れとなっている訳だ。

これは非常に厄介ではあるが、まあ、あとは総攻撃で仕留めるだけだからあんま関係ないだろう。

「貴方が張った結界はいつまで持つの?」

ちょうどその話を振ろうと思っていた所で雪ノ下が口火を切った。流石に今話しておかなければならない事を分かっている。俺が今まで組んだ死神の中で、コイツが一番やり易いかもしれない。

まあ、それはあくまで仕事の話で、プライベートが合うとは全く思えないけど・・・。

「長く見積もってあと二時間ってトコですかね」

つまり明日の午前一時には結界が解ける。

「そう、なら休めるのはあと一時間と言ったところね」

雪ノ下の言葉に俺は頷いた。

あくまでも持って二時間。持たなかった場合や不測の事態、移動時間などを考えても休息に充てられる時間は一時間が限界だろう。

だが、雪ノ下らが回復した今、休息が必要なのは俺と九席ぐらいだ。俺に関しては三十分も休めれば十分、まあ怠いっちゃ怠いけどな。

九席も、一時間休めば後の戦闘に支障はないだろう。

それに、正直この村は気味が悪い。なるべく長居は避けたいところだ。

そう感じる原因は、ここの村人の(まあ、村長とその取り巻きにしか会ってないんだけど。・・・あと留美か)異常なまでの虚への恐怖心の無さによるモノだろう。

死神がいるとは言え、一緒に虚と戦うなどと普通ではない。なぜ、あれが村の総意なのだろうか? というか本当にそうなのか? ただ上の人間が押し付けているだけだとしたら村人が不憫過ぎるぞ・・・。

「あの、この村って・・・」

それだけで、雪ノ下は俺の言いたい事を察したらしい。大きくため息を吐いて重い口を開いた。

「ええ、何故か頑なに、逃げる事を拒んでいるわ・・・。念のため、あの村長や取り巻き以外にも言ったのだけれど、答えは同じね」

「そう言う様に強要されてる感じは?」

尋ねると雪ノ下は首を振り

「全く――。寧ろ喜々としていたわ。アレは宗教の妄信者に近いかも知れないわね」

雪ノ下の出した例えは物凄く的を得ていて、俺はつい感嘆の声を出してしまう。

確かにあの危うげな感じはそれに近い。名をつけるなら『虚やっつける教』! ・・・・やべー、自分のネーミングセンスに泣きたくなった。

「も、もしそうならマジで説得は無理そうッスね。それどころか、俺等が虚倒しに行く時に付いてくるかも知れない」

「村人に気付かれない様出発する必要があるわね・・・」

雪ノ下がこめかみを押さえて言う。虚進撃の理由が不明なうえ、村人にも難ありと来た。雪ノ下の心労が伺えてツライ。ホントお疲れ様です。

なんてやっていたところで、コンコンと、ノックの音が響いた。弱々しいそれは、長老や取り巻きのモノではなさそうだ。

俺は立ち上がりドアを開ける。

そこには、俺をここまで案内した少女、留美が立っていた。

「どした、子供はもう寝る時間だぞー」

俺の言葉にムッとした雰囲気を出した留美はそっけない声でこう告げた。

「目、覚めたけど、あの人」

どうやら彼女は九席が目覚めた事を伝えに来てくれたらしい。てか、おい大人、いつまで留美を使いッパシリにしてんだよ寝かせてやれいい加減。

「そっか、ありがとな。もう良いから、お前は寝とけ」

「・・・・」

なるたけ優しく言ったが、留美は顔を曇らせるばかりである。多分村人か村長にまだ何か言われているのだろう。

「村長たちには俺から言っとくから。おい、九席起きたとよ」

前半は留美に向けて、後半は下位席官二人に対して言った。

すると、下位の二人は「おお!」っと腰を上げ、隣の部屋に駆けて行く。彼等の後姿を見送った後、俺は留美に「ほら」と促すが、彼女は一向に動こうとしなかった。

その様子はいっそ、俺達死神の目の届かない所に行くことを恐れている様にも見える。

同様の事を雪ノ下も思ったのか、彼女は留美に向かって話しかけた。

「貴女、名前は?」

「鶴見・・・留美」

「そう、では鶴見さん。少し、私たちの話相手をしてくれる?」

雪ノ下の提案に、心なしかホッとした顔で留美は頷いた。

 

 

 

 

「九席殿!」 「お気づきになられましたか!」

そう言って部屋に入ってくる部下、同隊十七席の釘峯と、十九席の呂久だった。二人の姿を視界に捉え、九席は血管が切れそうになる。

こいつらは、敬愛する雪ノ下の倒れるきっかけを作った張本人だ。

今すぐ斬魄刀を引き抜き喉を掻っ切ってやりたいが、そんな事をすれば処罰は免れない。雪ノ下に軽蔑されてしまう可能性も大だ。

自分で直接手を下してはいけない。ならば敵に、虚に始末して貰えば良い。

九席は口元が歪むのを抑え、努めて誠実な声音で二人に言った。

 

「釘峯、呂久。お前たちに頼みがある――――」

 

 

 

 


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