この物語はいわば本の余白である。
華やかなIS学園において二線級と評価を下された少女たちの、汗と涙と血反吐にまみれた足跡を記録するものである。
ある者は夢のため、ある者は才能のなさを認めたくないため、ある者は己の価値を見出すため、決してスポットライトが当たることなく足掻き続けた、怨念執念などと簡単には書き綴ることが難しいものである。



※この物語はフィクションの二次創作です。登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものであり、実際の団体、あるいは人物とは一切関係がありません。

※ぼくのかんがえたかっこいいISが登場します。短編です。

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★才能がない女 霧島晴香

 どうにかなる。どうにかなるだろうとIS学園の日々を過ごしてきたが、それでも、どんなに足掻(あが)いても、なんとしても、越えられない壁にぶつかって、どうにもならなくなってしまう。

 生まれついた家は郊外の一軒家。両親は共働きで父は会社員、母は自営業、中学校に上がったばかりの弟が一人いる。小学校の頃ひとりで留守番していたときにテレビで第一回IS世界大会の中継で織斑千冬の名を初めて知った。

 その凛とした風貌。剣技。そして女性にしか扱えないISという不完全な機械に興味を持った。IS学園の存在を知り、ISへの適正があると分かって猛勉強をした。苦手だった運動も克服した。

 難関を突破してIS学園に入学を果たし、織斑千冬のようになりたくて純粋に、ただ一心に自分の道を突き進んだ。自分にはもっと能力がある。もっと上を目指すことができる。そう思っていた。

 何度もセンスが欠けていると言われた。どのような悪罵を受けても、どのような哀訴を受けても、ただ才能がないことを認めたくないばかりにISに乗り続けることでもって応ずる。

 もとより親元を離れて暮らすことを選んだ時点で、未来を自らの足でもって切り開く事を選択し、その覚悟もした。

 ISを降りることは自己の否定であり、覚悟の否定であり、自分がこの場に在る意味の否定に値する。退くことができようか。逃げることができようか。後に残るものは執念、他者への嫉妬に対する自責と呵責だとしても、ISこそが彼女の人生に対する希望の光だった。

 

 ――霧島晴香は唐突に現実へと意識を引き戻された。

 IS学園内の競技用アリーナのIS格納庫。整備科の学生たちが真剣な面持ちで機材の最終チェックを行っていた。

 隔壁の向こう側では学年別トーナメントが行われている最中であり、今年は一年生の専用機持ちが多数エントリーされていた。先の襲撃事件の影響からかツーマンセルで試合が組まれており、観客席には来賓客や生徒が多数つめかけていた。

 目前の投影モニターには外の試合の様子が中継されていて、対戦カードとして織斑一夏とシャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒の名が表示されている。

 四機中三機が専用機であり、よりデータ収集の色合いが強い試合が予想された。また男性IS搭乗者である織斑一夏、シャルル・デュノアがどんな活躍をするのか、この場に集まった観衆によって大きな期待が寄せられていた。

 晴香にとって、ラウラ・ボーデヴィッヒには少なからず因縁があった。

 それは先日の一年生らによる自主練習において二名の生徒が負傷するという一件だった。私闘だったために回収班の初動が遅れ、またボーデヴィッヒが搭乗者に直接ダメージを与えるような行動をとったことで、教師陣によってトーナメントまでの期間私闘禁止令が出されるという事態に発展した。また、生徒を救助するためとはいえアリーナ設備の破壊を行った者までいたという。

 学年別トーナメントが開催されるにあたり晴香ら回収班は負傷者ゼロを目標として掲げ、エネルギーを消耗したIS回収の訓練に日々励んでいた。

 モニター越しにIS同士による模擬戦が繰り広げられている。その光景は晴香が目指した道への入り口でもあり、求めてやまない晴れ舞台だった。しかしどんなに強く望んだとしても、決して手が届かない場所だった。

 晴香は、今、異形の鎧をまとっていた。

 例え異形でも学園に所属するISには違いなかった。打鉄ほどの汎用性はなく、ラファール・リヴァイヴほど多様性はなく、ブルー・ティアーズやシュヴァルツェア・レーゲンのような革新性もなかった。見た目から、用途から、生徒からは使用を敬遠される異形。

 ほどなく整備科の班長が整備完了のサインを出した。ISのシステムメニューを呼び出し、メッセージボックスを開いて報告メールを受信する。

 

「霧島さん。準備してください」

 

 スピーカーから山田教諭の声を拾う。晴香は慣れた手つきで起動ボタンを押下した。

 その瞬間投影モニターが展開され、視野に無数の文字が流れていく。

 スタンバイ・レディ――自動起動シーケンス。

 接続。主機関始動。

 足下から何か大きな重たいものが回り出すような、低い響きが伝わってくる。響きは徐々に大きくなっていく。

 システムチェック――カメラ起動、レーダー起動、各センサー起動、シールドエネルギー・動力系・駆動系・冷却装置・背部クレーン・火器管制システムチェック・拡張領域チェック・オールグリーン、各部異常なし。

 関節全ロック解除。

 

「霧島機起動しました」

 

 山田教諭へ報告し、手順に従って次の操作を行う。

 牽引物チェック――デッキ連結・転輪・動力系チェック、オールグリーン、各部異常なし。

 

「拘束解除」

 

 視野にメッセージ――()つ※※を称えよ――整備班の遊びが過ぎる。

 班長にメール。変なメッセージを仕込むな、を送信。

 続いてメール。教師から私用メールは慎め、を受信。

 

「わかってますって」

 

 晴香は下唇をなめた。十分緊張している、と認識済だった。

 モニターを見やった。篠ノ之機は刀を振り下ろしたが、デュノア機が短身の近接ブレードで受け止め、もう片方の手に持った火器を至近距離から放った。篠ノ之機がたまらず後退してシールドエネルギーの減少を抑えようと試みたが、デュノア機は連射によって動きを押さえ込む。

 着弾と共に派手な爆炎が噴き上がったことで、観客はどよめきに包まれた。

 会場の至る所に表示されていたモニターには篠ノ之機の残シールドエネルギーが表示されていて、緑色だった数値が一気に減少していき、ゼロになると同時に赤く染まった。

 

「篠ノ之機戦闘続行不可能(EMPTY NOT SHIELDED)。隔壁を開きます」

 

 目前の隔壁が上下に分かれて開いていき、時間が経つにつれ格納庫の光量も増えていった。そして完全に開放された。

 

「霧島さん。行ってください!」

 

 山田教諭のかけ声を聞いて、すぐに晴香は何度も繰り返してきたその言葉を口にする。

 

「回収班・霧島機。リカバリー、出ます」

 

 ――その異形に誰かが気付いた。アリーナの片隅からひっそりと出現したその姿に、見慣れていない者は、ひっ、とうめいた。

 重装甲の怪物がいた。

 ISが軍事利用可能だと気付いたときに生まれることを約束され、弾丸が飛び交う戦場で動けなくなったISや戦列から外れた戦闘車両、歩兵などを回収するために産み落とされた不完全な機械。

 肌の露出などあるはずもなく、全身を黒い装甲で覆い、両脚両肩が不自然に盛り上がった筋肉質な体型をしている。不格好な頭部はアイボールセンサーさえなく、バイザーに覆われていても一見してカメラだと分かる造形。かろうじて人体を模しているとわかったものの、奈良時代の阿修羅(あしゅら)像を思い起こさせる三面六臂(さんめんろっぴ)の姿が慣れぬ者に精神的不快感を与えた。

 背中にクレーンとウィンチを一基ずつ搭載し、両腕と下腹部にも一基ずつウィンチが取り付けられている。

 両肩には十二.七ミリ重機関銃が一挺ずつ装備されており、可動式砲座によって銃撃する方向を調整できた。背中からのびた合計四本のロボットアームが防盾を吊していた。もちろんロボットアームにも装甲が施されていた。

 拡張領域(バススロット)には煙幕弾発射機、ドーザーブレード、一二〇ミリ滑腔砲およびその砲身。

 転輪を履いたデッキを牽引し、デッキの壁と屋根には装甲板が貼られていた。

 晴香はリカバリーのハイパーセンサーを使って篠ノ之の姿を探した。

 すぐにアリーナの中央付近で、膝をついて白い湯気を立てた打鉄の姿を見つけ、土煙を立てながら直行する。

 リカバリーは鈍重な印象を与えるにもかかわらず法定速度程度までなら簡単に加速することができた。

 晴香は光を求めていた。晴れ舞台。ずっとこの瞬間だけを待っていた。

 

 白熱する試合。

 爆音。閃光。装甲が弾丸を弾く音。銃弾の発射による途切れない轟音。ISの高速機動によって巻き上げられた砂埃。

 近接武器が地面を擦過する音。鈍器を叩きつける音。AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)の発動音。

 被弾による金属音。重金属による打撃音。ワイヤーブレードの飛来音。ISが横転し地面に倒れ込む音。

 

 視野のメッセージに被弾の文字が繰り返し表示され、そのたびに震動が直接体に響く。怖くない。嘘だ。とても怖い。

 それ以上に篠ノ之が怪我をする様を見るのが怖かった。

 

「あなたが篠ノ之さんですね。はじめまして。二年の霧島です。機体の回収に参りました。シールドエネルギーがないままこの場に残ることはとても危険です。打鉄をこちらのデッキに移動させますのでそのままでいてください。作業する間少し待っててくださいね」

「すまない」

 

 篠ノ之の前でリカバリーを停止させた晴香は、不安を与えないよう努めて明るい声を出した。

 すぐに一対のロボットアームを操作して彼女を防盾で取り囲み、打鉄の脚部を抱えるようにしてデッキへと運び入れた。

 作業の間もリカバリー本体の防盾に流れ弾が当たる。クレーンにも被弾する。ボーデヴィッヒ機が放ったワイヤーブレードが装甲を擦過する。弾き飛ばされたデュノア機がリカバリーに激突して、方向を変えて転がっていく。

 篠ノ之は安全を確保されてすぐ悔しさをにじませた声を発した。

 

「戦いはまだ終わっていないんだな」

「ええ」

 

 しかし晴香にはその悔しさを味わう権利すら手に入れられなかった。試合の場に立てないことが不甲斐なく思えてたまらなかった。

 仕事が半分終わった。これから篠ノ之を安全な場所へ輸送し、ISを回収する。

 これはIS乗りとして存在を証明できるただ一つの道。

 

 

(終)

 




アニメ第七話と第八話を見直していたら急に執筆意欲がわきました。
誰が得するんだこんな話。

そんな奇特な方は誰もいないとは思いますが、仮に、もしも興味を持ったり、続きが読みたいなと思う方がいらっしゃいましたら感想欄でも活動報告でも構いませんので何かしらのメッセージをくださいませ。
よろしくお願い致します。


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