インフィニット・ストラトス~A new hero, A new legend~   作:Neverleave

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書きたくなってハイスピードで書き上げた。
推敲なぞ知らぬ存ぜぬ、という感じでやってしまったから、誤字脱字とか表現おかしいとかあったらご指摘お願いします。

※投稿後、数分で修正……うん、やっぱり推敲はちゃんとするべきだよね。


苦悩

 ――警視庁――

   5:01 p.m.

 

「馬鹿な! 未確認生命体が今になって出現だと!?」

「東京の文京区で出現した未確認生命体50号は、外見的特徴が第1号と酷似していることが判明。1号と同じく巨大な蜘蛛の巣のようなものを高層ビルの間で作成し、次々と犠牲者を出している模様です!!」

 

 東京都の警視庁。

 12年前を最後に、B1号を残して殲滅したはずの未確認生命体。それが今になって再出現したとの通報を受け、警視庁は混乱を極めていた。

 先ほどからここの電話はひっきりなしに鳴り響いており、一向に止む気配がない。民間人からの通報、警察官からの連絡などが入り交じり、捌ききれないのだ。一本の電話が終われば、次の瞬間には他の人からの電話が入る。正直言ってどの情報が正しくてどの情報が誤りであるのかすら確認できず、どれを信じていいのかわからなくなっているのも混乱の要因の一つとなっていた。

 

「ったく、今になってなんでまた出てきやがる!」

 

 一人の刑事が腹立たしげに独り言をこぼす。

 スキンヘッドが特徴的な、老齢のその刑事の名は杉田守道。かつて25年前に発生した未確認生命体事件に関与し、事件解決に貢献したベテラン刑事である。

 今回、突如として再発した未確認生命体事件に、前回の事件を経験したものとして先導に立つことを任されたのだ。己に課された使命を果たすべく、杉田は他の警察官に指示を飛ばす。

 

「いいか、奴らに俺たちの持っている武器はほぼ通用しないと思え! 拳銃を所持していたとしても戦うな、奴らに発砲しても一切傷はつかない! ここは立ち向かうよりも、新たな犠牲者が出ないよう避難を優先するんだ! 現場に駆け付けた警察官にも同じ指示を飛ばせ、これ以上人死にが出る前になんとかするぞ!」

 

 怒号を受け、部下の刑事たちは気合のこもった返事をする。

 この事件が、かつて発生した未確認生命体事件の模倣犯によるものという可能性もあるが、それならば『短時間で蜘蛛の巣のようなものを作成した』という事実への説明が全くつかなくなる。本物による犯行である可能性が高いと考えた杉田は、現在実行可能である最善の対処を行うべきと決断した。

 未確認生命体と戦うためには、現在の警視庁にあるものでは心もとない。対人用では効果を発揮する銃火器も、奴らにとってはおもちゃと何ら変わらないのだ。

 しかも、かつて存在した未確認生命体対策本部はすでに解体されてしまっている。奴らに対抗するために科警研の協力を得て作成した様々な武器も、悪用や流用を避けて設計図も含めて破棄していた。

 したがって、現状で警察が用いえる手段は一つを除いて(、、、、、、)存在しない。しかしこれは有効的であるのかは不明で、しかもそう簡単に利用できるものではない。よって、避難勧告くらいしかできることはないのだ。

 

「畜生……また俺らは後手に回るしかねぇってのか……」

 

 市民を守るための警察が、脅威を目の前にして何もできない……25年前、12年前に味わった口惜しさが、再び杉田に去来する。

 ようやく手に入れたと思っていた平穏。それがこんなにもあっさりと崩壊することとなった現実に、彼は打ちひしがれていた。

 

 ――こんな時、『彼』がいてくれていたならば。

 

 そんな思考が一瞬杉田の脳裏をよぎるものの、すぐに首を振って否定する。

 彼は、警察ではない。ただただ偶然、みんなを守ることができる力を得ただけの、ただの市民に過ぎなかったのだ。

 そしてそれは、今でも変わらない。今度こそ、彼をこんな『悲劇』に巻き込むようなことは、あってはならない。

 すぐさまにでも科警研へと連絡し、未確認生命体用の武器を再生産してもらわなければ……と、彼が考えたそのとき。

 

「杉田課長!」

 

 部下の刑事が、杉田に呼び声をかける。

 何事かと振り返る杉田だったが、刑事は慌てた様子で駆け付け、息を切らしていた。

 

「どうした、何があった!」

 

 その様子から、杉田はただ事ではないと察したのか、刑事に報告するよう促す。

 少し間をおいて呼吸を整えた刑事は、なんと言えばいいのか少し戸惑いながらも、杉田の問いに応えた。

 そしてその報告を受けて。杉田は、目を大きく見開くこととなる。

 

「いえ……その……未確認生命体第50号が現れたとされる東京都文京区の同地点にて、未確認生命体第2号……白い4号が出現したとの報告を受けました!」

「なにぃっ!!??」

 

 未確認生命体第4号。

 彼ら警察とともに、未確認生命体事件を解決するべく協力関係にあった人物。

 当初こそ同じ未確認生命体として射殺対象にあがっていたものの、彼の目的が同族である未確認生命体の殺害にあると認知した警察により、25年前と12年前の事件において協力を仰いでいた。

 その成果は大きく、事件解決に多大な貢献を行った、日本国民では英雄とすら呼ばれる存在。

 そして……彼と、彼の知る一人の刑事にとって、かけがえのない大切な友人。

 

「すぐに事実を確認しろ! もしそれが本当なら、現場の刑事は第2号と協力して第50号の殲滅にあたれ、俺も現場に出る!!」

 

 速やかに指令を下し、現場へ急行する準備を開始する杉田。

 来てくれたという安堵……そして、再び巻き込んでしまったという罪悪感とが彼の心を揺るがすのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――東京都・文京区――

   5:07 p.m.

 

「ギブゾ・クウガ!!」

 

 叫びとともに、蜘蛛の未確認生命体は一夏ことクウガ目がけて跳躍する。

 およそ人間では跳びきれない距離を一気に詰め、その手に生やしたかぎ爪を振う未確認生命体。

 襲い掛かってくる敵を前に、クウガは戸惑いながらも回避の選択をする。左に跳んでかぎ爪の斬撃を躱したクウガだったが、敵は息つく間もなく追撃をしかけてきた。

 

「フッ!!」

 

 薙ぎ払うように、かぎ爪の生えた右手を横に振う未確認生命体。その斬撃も避けようとしたクウガはのけぞるように上体を反らしたが、勢い余ってそのまま倒れてしまう。

 クウガの作った隙を、未確認生命体は逃すことなくストンプで追い打ちをかける。ガッ!! と勢いよく蜘蛛男の足がクウガの胸部に踏み込まれ、立ち上がろうとしていた彼の身体は地面に叩き付けられた。

 

「がはっ!?」

 

 肺の中にあった空気が、衝撃とともに外へと押し出される。

 なんとか相手の足をつかみ、どかせようと試みるクウガであったが、強靭な力で踏みつけられている足はそう簡単に動かすことができない。

 未確認生命体は、右手のかぎ爪を構えると、踏み倒しているクウガの頭部めがけて突き出した。

 

「フンッ!!」

「うわっ!!」

 

 間一髪のタイミングで首をそらし、顔に風穴があく事態を回避するクウガ。かぎ爪はそのまま地面へと突き刺さり、未確認生命体はその場に固定されることとなった。

 引き抜こうと躍起になる未確認生命体。その間にクウガは抜け出そうともがくが、やはり自身を地面に張り付ける足はどかせられそうにない。

 一夏は、格闘技術も何もない素人だ。一時は剣道をたしなんだこともあったが、それも子供の頃の話であって、そもそも剣道と格闘では勝手が違う。

 さらに――これは決定的な要因なのだが――彼はこの状況においても、戦うことを躊躇っていた。

 徹底して、嫌っていた暴力という手段。

 相手がそれを行使し、自分と自分の大切な者を傷つけようとしている。それを止めるために彼が選んできた手段は、いつだって非暴力的なものだった。

 時には言葉を。時には誠意を。時には説得を。時には行動を。

 ありとあらゆる手段を使って解決しようと試みてきた。逆に言えば、どんな時だって、『暴力』という手段に出ることを避けてきた。

 先ほどは、事故のようなものだったが、次は違う。自分が、自分の意思で、殴るのだ。

 誰かを傷つけること。誰かが傷つくこと。その場に、自分が立つということに……未だ彼は、踏ん切りがつけられずにいた。

 

 だが……躊躇えば、もはや命がない。

 どうしようもないほどに。彼は、追い込まれてしまっていた。

 

「くそっ……うおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

躊躇するように自分の拳を見つめるクウガだったが……己の右手を見つめ、やがて決心したように握ると、未確認生命体の顔面めがけて殴りかかった。

 

「グッ!?」

 

 ゴッ!! と。鈍い音をたてて、痛烈なパンチが蜘蛛の頭に直撃。抜こうとしていたかぎ爪も引き抜かれ、未確認生命体は数メートル単位で吹き飛ばされる。

 無事に危機を脱したクウガだったが……彼はそのことに安堵することも、歓喜することもなく、己の右手を見つめる。

 仮面のような顔に変身しているため、その表情はうかがえないが……まるで、取り返しのつかない過ちを犯してしまったような後ろめたさがそこには見えた。

 

「ゴン・デギゾバ・クウガ!!」

 

だが。そのようなことをしている暇などない緊急事態であるということを、一夏はまだ認識しきれていなかった。

 注意が逸れていたその数秒間で未確認生命体は立ち直り、クウガに向かって口から糸を吐く。寸分違わずそれはクウガの右手に命中し、粘着質な繊維が再び彼の腕を拘束した。

 

「ちいっ……!」

 

 腕に絡みついた糸を、未確認生命体が両手で掴み、思い切り引っ張る。その力は尋常ではなく、クウガの身体は宙に浮きあがった。

 

「うわあっ!?」

 

 抵抗する術もなく、蜘蛛男の立つその場所へと引きずられていくクウガ。一方で未確認生命体は、そんなクウガを待ち構えるように拳を握り、交差するその瞬間に思い切り振りぬく。

 咄嗟の判断でクウガは腕で顔を庇ったものの、その一撃はおおよそ人間を遥かに超えた威力を誇っていた。メギメギッ、とクウガの右手が嫌な音をたて、乗り捨てられた一台の車まで吹き飛ばされる。

 ゴシャアッ!! と凄まじい破壊音が響き、車のボディが変形する。ドアはひしゃげてもはや機能しない形状に成り果て、車体の側面部はグシャグシャになっていた。

 

「いてぇ……クソッ……!!」

 

 背中から激突したクウガだったが、車との衝突自体のダメージはそれほどない。どちらかと言えば、あの蜘蛛に殴られた右手の方がズキズキと痛むくらいだ。

 骨にひびでも入ったのだろうか。指だろうが腕だろうが、少しでも力を入れて動かそうとすると、ズキリと鋭い痛みが走る。高所から落下しようと『痛い』程度で済んでいたというのに、それをただのパンチでここまで痛めつけるその威力に、クウガは思わずゾッとしてしまう。

 

(動かす分には問題ないけど……あんなの普通の人が食らったら……病院送りどころじゃすまねぇぞ……!)

 

 25年前に大量に出現し、日本国民を恐怖のどん底に突き落とした存在。それが如何に強大なものであったか。

 一夏は、その身を以て思い知っていた。

 

「ゾグギダ、ゴセゼ・ゴバシバ・クウガ!?」

 

 未確認生命体が叫ぶ。その瞬間、再び蜘蛛は糸を引っ張り、クウガの身体が宙を舞う。自身のもとへと引きずるのではなく、今度はビルの壁面へ叩き付けようとした。相手の行動に何も抗う手段がないクウガは、ただなされるがままにビルと衝突する。

 

「ぐっ!!」

 

 激突したその瞬間、破壊音が轟きビルの壁がものの見事に粉砕される。衝突したその一面は陥没し、周囲に大きく罅が入る。更なる追撃をするべく、蜘蛛は自らが跳躍してクウガに迫り、拳を振るった。

 紙一重で避けたクウガだったが、振りぬかれた拳打はコンクリート製の壁をクッキーか何かのように容易く吹き飛ばした。その光景を目の当たりにしたクウガの表情は青ざめ、相手がどれほどの剛力を誇っているのか、改めて認識する。

 かぎ爪で切り裂くように迫る未確認生命体。己の身に迫る危機を回避するため、止む無しとクウガは迎撃の構えをとる。攻撃を受け流し、左のストレートを相手に打ち込もうとした。

 左の正拳突きを躱す蜘蛛。勢いのまま、クウガの打撃はビルの壁に向かい……そして。

 

 

 

ドゴンッ!! と。クウガの拳が衝突したその途端、壁面は木っ端みじんに粉砕された。

 

「えっ……」

 

 目の前の出来事が、まるで信じられないように。素っ頓狂な声をあげてしまうクウガ。

 何の変哲もない、ただのパンチ。普段の自分ならば、壁に傷一つつけられることなく、むしろ自身の拳が傷ついてしまうだけで終わるようなその一撃は、あっさりとその壁を破壊して見せた。

 殴りつけた拳も、全くと言っていいほど痛みを感じない。強いて言いうなら、少し衝撃が走った程度。

 その事実が、彼の心に大きな波紋を起こす。

 

 

 

 ――もし今自分が、人を殴ったら……人は、どうなる?――

 

 

 

「――――ッ!!!!」

 

 それは、単純な疑問。誰に聞かずともすぐにわかるような、そんな疑問。

 答えなど、聞くまでもない。こんなパンチを受ければ、普通の人間は怪我程度で済むはずがない。

 だがその事実は、彼の心を揺るがすには、十分すぎるほどの威力をもったものだった。

 

「フンッ!!」

 

 攻撃を躱した未確認生命体から、反撃が放たれる。鋭いボディブローがクウガに命中し、衝撃が突き抜ける。

 

「ぐうっ!?」

 

 一瞬宙に浮くほどの威力がこもった拳打。しかしその一撃だけで終わらず、胸部と腹部めがけて何度もパンチがクウガに打ち込まれた。

 一切の容赦がない打撃は着実にダメージを与え、クウガは苦悶の声をあげる。だが、彼は反撃ができずにいた。

 

(……ダメ、だ……殴っちゃ……ダメだ……)

 

 ……殴れば、人が死ぬ。

そんな拳を。一夏は、相手に放つことなどできなかった。

たとえ相手が異形であろうと。人間などより遥かに強靭な肉体を持つ怪物であろうと。

それでも彼は。拳を振るうことが、もうできなかった。

殴り返してこなくなったクウガを見て、つまらなさそうに未確認生命体は鼻で笑うと、思い切り蹴り飛ばす。

 

「がぁっ……!」

 

 仰向けに倒れるクウガ。立ち上がろうとするも、未確認生命体は糸を吐き出して彼の身体をがんじがらめにする。

 引き千切ろうと力をこめるクウガだったが、先ほどとは違って幾多もの糸が束ねられたそれは、どれだけ足掻こうとびくともしない。

 そのままクウガは踏みつけられ、身動きができなくなってしまう。

 

「フン、ヅラサン……ゴパシザ、クウガ!!」

 

 今度こそ、止めを刺す。勝利の叫びをあげた未確認生命体は、クウガを一突きにするべくかぎ爪を構える。

 絶体絶命の危機。逃げることも、防ぐこともできないその状況に追いやられたその時だった。

 

 

 

 バンバンバンッ!! と。乾いた炸裂音が立て続けに三度、鳴り響く。

 

 いったい何が起こったのか。クウガと未確認生命体は、音の鳴ったその方向へと同時に振り向く。

 そこに立っていたのは、一人の制服警官。その手には白煙を吐き出している拳銃があり、銃口は未確認生命体へと向けられていた。

 

「東京都文京区の大通にて、未確認生命体第50号と第2号が争っているのを発見! これより第2号の援護に回ります!!」

『無茶をするな! 応援がくるまで待つんだ、逃げろ!!』

「第2号が苦戦しています! このままでは未確認に殺されてしまう! 本官は、見ていることなどできません!!」

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッ!! と連続して発砲。かなりの腕前なのか、それらの弾丸は未確認生命体にすべて命中していた。

 だが。命中したその弾丸は未確認生命体に傷を負わせるどころか、のけぞらせることすらできなかった。皮膚の表面に少しめり込んだ程度で弾丸は停止し、ダメージを全く与えられていない。

 数秒後、皮膚にめり込んだ弾丸が地面にパラパラと落ちる。

 蚊が止まった程度の感覚でしかなかったが、未確認生命体はその警察官が鬱陶しいと思ったのか……クウガを糸で縛り付けたまま、ゆっくりとそちらに向かって歩き出す。

 

「う、うぅっ……!!」

 

 もはや弾が切れたのか、カチ、カチ、カチッ……と。トリガーを引く音だけが空しく響く。それを見た未確認生命体はあざ笑うように肩をすくめ、警察官に接近した。

 すぐにでも逃げるべきだというのに、足がすくんでいるのか警察官は未確認生命体を見つめるだけで動こうとしない。

 見かねたクウガは、警察官に向かって叫んだ。

 

「逃げろ!! 早く、早く逃げてくれ!!」

 

 本来ならば自分が守ってもらうべき立場だということや、そんなことはもはやお構いなしに呼びかけるクウガ。

 呼び声にハッとする警察官だったが……逡巡の色を一瞬見せたものの、やがて何かを決意したように、彼は未確認生命体と向き直る。

 警告を聞き入れ、逃走するのかと思われたが……彼がとるその行動は、一夏の肝を抜かした。

 

「う……うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 雄叫びをあげ。なんと彼は、未確認生命体に向かって殴りかかった。

 驚愕し、言葉が出なくなるクウガ。未確認生命体にとってもその行動は予想外だったのか、その拳は防がれることなく胸に突き刺さる。しかし、全くダメージを与えられていないのか、未確認生命体はたじろぐことすらしなかった。

 続いて二撃目を放つ警察官だったが……その拳は、未確認生命体の手であっさりと防がれてしまう。

 メギメギメギッ……!! と。固いものが砕かれるような破砕音が、警察官の手から鳴る。

 

「うあああああああああああああああっ!!」

 

 手の骨が、握り潰されたのだろう。悲鳴をあげる警察官だったが、そんな様子の彼を未確認生命体は一笑すると、右手のかぎ爪をギラリと光らせた。

 次の瞬間に起こるであろう事態を予感したクウガは、叫ぶ。

 

「やめろ!! やめろ、テメェッ!! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 ズキズキと痛む右手のことも構わず、クウガは全身に力を込めて糸の拘束を引き千切ろうとがむしゃらに暴れる。

 だが、どれだけ足掻いても蜘蛛の糸は千切れることはおろか、数ミリ程度も動いてくれない。

 焦燥が、彼の中で沸騰するように膨れ上がっていく。やめろ、やめてくれと、どれだけ嘆願しても、未確認生命体は止まらない。

 

「――ギベ」

 

 それは、とても短い言葉だった。

 それは意味のわからない言葉だった。だけど、どこまでも非情で冷たい、声音だった。

 それが。一夏の耳には、嫌に響いた。

 

 

 

 ドスッ……と。

 言い終わるか否かの刹那。その右手に生えたかぎ爪が、容赦なく警察官の胸に突き刺さる。

 

 

 

「……あ……」

 

 

 

 胸を刺し貫かれた警察官の口から、呆けたような言葉がこぼれた。

 勢いよく、傷をさらに抉るように。乱暴にかぎ爪が引き抜かれる。その瞬間、血がドクドクとあふれ、青い制服が瞬く間に赤黒く塗りつぶされていった。

 

「うあ……う……」

 

 ゴボボッ、と。口から赤く濁った液体を吐き出し、震える警察官。

 そんな彼を、未確認生命体は……ゴミか何かを扱うように、地面に放り捨てた。倒れているその場所から、血だまりが広がっていく。

 

「ザボガ……」

 

 侮蔑するように、警察官に向かって吐き捨てる未確認生命体。

 それはまるで、彼を殺したという事実をなんとも感じていないようだった。罪悪感も。悔恨の念も。微塵も感じさせない、冷淡なつぶやき。

ただ、歯向かわれたことを不愉快に思う嫌悪感しか、その言葉にはなかった。

 ふと思い出したように、未確認生命体はクウガの倒れていた場所へと振り返る。

 

 

 

 轟ッ!! と。次の瞬間。彼の頬に、衝撃が走る。

 

「ガッ!!??」

 

 不意打ちめいた一撃。そして、未だかつて受けたことのない威力の打撃。有無を言わさず吹き飛ばされた未確認生命体は、無様に地面を転がった。

 何事か、と顔をあげて、殴られた方向へと視線を向ける。そこにいたのは、自分が一方的に打ちのめし、拘束していたはずの、白い戦士。

 糸で縛り上げた場所へ視線をやってみれば、引き千切られた自分の糸だけが、風に煽られてフワフワとしているのみ。

 まさか。自力で脱出したというのか?

 

「フーッ……フーッ……フーッ……」

 

 その呼吸は荒い。それは疲労によるものではなく……何かを必死になって押さえつけようとしているかのようなものだった。

 全身から噴出される、殺意。それは未確認生命体の肌を刺し、言いようのない恐怖を彼に味わわせている。

 たとえるならば……そう。ライオンを目の前にした、草食動物のような。死を連想させる、絶対的な恐れを。蜘蛛は感じていた。

 

「バンザド……」

 

 ありえない。そう言いたげに、つぶやく未確認生命体。

 そんな力が、今のあいつにあるわけがない。自分が、狩られる側など、あるはずがない。

現実を見ることができず、戸惑いながらもクウガに殴りかかる蜘蛛。

 しかし。その打撃はいとも簡単に弾かれ、痛烈なカウンターパンチが腹に炸裂する。

 

「ブガッ!?」

 

 内部にまで浸透する衝撃。激痛が腹部を中心に駆け巡り、思わず膝をついてしまう。

 だが。それだけで、攻撃が終わることはなかった。

 肩部を掴まれた蜘蛛は無理やり立ち上がらされ、殺意のこもった拳撃を頭部に受けることとなる。

 ドゴッ!! と。打音とともに炸裂したパンチは未確認生命体の脳を揺らし、深刻な損傷を相手に与える。

 二撃目が、放たれる。三撃目が、打ち込まれる。四撃目が、蜘蛛の胸を貫く。

 無慈悲な拳打が幾度となく蜘蛛の身体に叩き込まれ、致命的なダメージがそのたびに蓄積されていく。

 それでも。白い戦士からの殴打は、止まることがなかった。

 それでも。彼は、殴ることをやめようとしなかった。

 執拗なまでに殴りぬくクウガ。その身体に金色の雷が一瞬走り……その瞬間だけ、彼の赤く大きな目が、黒く塗りつぶされた。

 

「あああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 

 絶叫とともに、渾身の一撃が繰り出される。もろに直撃したそれは向こう側にあったビルの壁面にまで未確認生命体を吹き飛ばす。それだけにとどまらず、壁は粉砕され、建物の向こうへと蜘蛛はすっ飛ばされた。

 

「フーッ……フーッ……フーッ……」

 

 息が、荒くなる。

 押さえようとしていたものが、もはや溢れようとしている。

 足が、前に進もうとする。あの蜘蛛を見つけ出し、何度も何度も殴りたいという衝動に駆られる。

 

 ――殺してやる……ヤツに、これ以上ない苦痛を与えてやる……――

 

 その感情に呼応するかのように。クウガのベルトから、金色の雷が放たれる。

 本能が。抑制しようとしている理性を破壊しようとする。

 

 ――殺せ……壊せ……全部……ゼンブ……――

 

 目が、黒と赤で点滅する。

 角が、二本から四本へと変わろうとする。

 そして……。

 

 

 

「三村ァァッ!!」

 

 どこからか聞こえてきた、悲痛な叫び。

 そちらへと振り向けば、そこにはパトカーから降りた警察官たちが、血まみれになった警察官へと駆け寄っている。

 

「三村、しっかりしろ! 三村、三村!!」

「現場へ駆け付けた警察官一名が負傷!! 胸部を鋭利なもので貫かれ、大量に出血しています!! 大至急、救急車を!!」

「蜘蛛の巣に生存者を確認! すぐに救助に向かえ!!」

 

 ハッとした一夏は、未確認にやられた警察官のところへと走り寄った。

 こちらへとやってくる異形の人型にギョッとする警察官たち。思わず拳銃を取り出す者もいたが……その姿を見て第2号と判断すると、その手を止めた。

 

「おまわりさん……おまわりさん!!」

 

 必死に呼びかける一夏。

 駆け付けた者たちが応急処置を試みているようだが、胸部の傷口からは血が止まる様子がない。

 血の気がなくなり、真っ青になった顔は、もはや死人のものと見分けがつかなかった。

 

 嫌だ。そんな。死ぬな。イヤだ。

 脳内が単純な単語のみの羅列となり、思考が思考としての役割を果たさなくなった。

 そんな中……傷ついた三村という名らしい警察官が、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「ッ、おまわりさん!」

「三村、気づいたか!? 動くなよ、すぐ病院に搬送するからな!!」

「しばらくの辛抱だ! 動くなよ、傷が広がっちまうからな……クソッ、救急車はまだか!?」

 

 意識を取り戻したことを察知すると、同僚たちは彼に言葉をかける。

 だが、三村は彼らの声が聞こえていないのか……ただじぃっと、一夏を……クウガを、見つめていた。

 

「……よん、ごう……?」

 

 4号、と呼びかけられた一夏は、自分のことだとわかるまでに少し時間がかかった。自身が変身したこの姿が、かつて4号と呼ばれていたことなど、彼が知る由もなかったのだから。

 戸惑いながらも自分に話しかけたということを理解した時……三村は、優しげに微笑んだ。

 それは、とても満足気で。とても嬉しそうで。

 子供のように、無邪気で。キラキラと輝いていた。

 

「……よん、ごう……おれ……やくに、たてた……?」

 

 唐突に、投げかけられた問いかけ。

 一夏はそれに戸惑いながらも……首をゆっくりと、縦に振る。

 彼の返答に満足したのか……三村は一層嬉しそうに口を横に広げて……続けて、口を動かした。

 

「せんぱい……おれ、よんごうのやくにたちました……たちましたよ……せんぱい……」

「……そうか……やったな!! 4号を救ったんだぞ、お前!!」

 

 三村に先輩、と呼ばれた男は、誇らしげにそう返答する。

 

「……かあさん……とうさん……りさ……おれ、やったよ……やったよ……」

 

 やった、やった……誰に向けてでもなく、何度も三村はそう呟いた。

 何度も、何度も。噛みしめるように、彼は言葉にし続けた。

 壊れたラジオのように続けて放っていたその声は、やがて段々と小さくなる。口も、動きが小さくなっていく。目の焦点が外れ、先輩と呼ばれた男が何を呼びかけても返事をしなくなり……ある時、声が消えた。

 

 ――死んだ。

 

 漠然と、しかしどこか確信をもって。彼は、思った。

 残酷な真実が……一夏の眼前に、見せつけられた。ただただ彼は、それに打ちのめされるしかなかった。

 

「三村……三村ぁっ……」

 

 先輩と呼ばれた男の声が震え……それはいつしか、嗚咽に変わる。

 その目から涙がこぼれ……落ちた滴は、血だまりに吸い込まれるように消えた。

 間もなく聞こえてきた、救急車のサイレン。近づいてくるその音も、聞こえていた一夏にはどこか遠くから響いてきている音のよう。

 ただ目の前の……自分のために亡くなった、一人の男の『死』を。じっと一夏は、見つめていることしかできなかった……。

 




暴力。正義。
彼の心に起こる苦悩。

仮面ライダークウガ本編でも取り上げられた、答えのない難問。
新たな伝説を作り上げた戦士の心を揺さぶり続けたその問いはまた……若き新たな戦士にも課されることとなる。


--追記--
一部語句を変更しました。英雄として揶揄されるってなんやねん……けなされてるやん……

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