インフィニット・ストラトス~A new hero, A new legend~ 作:Neverleave
読みやすいかなぁ、それとも物足りないかなぁ。
――東京都文京区――
4:27 p.m.
「はぁ……」
あれから午後の授業を受け、一夏はポレポレまでの帰路についていた。車の通りが激しい本道からは外れ、人通りも少ない静かな街路を一人歩む。
帰り道を歩く彼の表情は、あれからずっと暗いままでいる。彼にとって暴力とは、心を蝕む猛毒だった。理不尽な痛みに苦しむ人を思う憤りと、互いに理解し合えない悲しみが渦巻く彼の心は、少し時間が経った程度で癒えるものではなかった。
しかし、そんな思いのままでいてはいけないというのも、また事実。
「……こんなんじゃいけねぇよな」
彼がいつも心掛けていること。それは、笑顔でいること。
自分から笑顔がなくなってしまえば、大切な人たちもまた笑顔を失ってしまうことを、一夏は良く知っていた。
だからこそ、笑顔でいたい。みんなを笑顔にするために、自分は笑っていなければ。
それが、『約束』だから。
「……よし」
一夏は空を仰ぐ。冬の季節である今は、この時間帯でもすでに日が傾き、ここら一帯が暗くなり始めている。
太陽が沈んでいるであろう方向の空は赤く染まり、その反対側はどこまでも青く透き通っている。
『青空は、皆を笑顔にしてくれる』。自分にとって兄にも等しい恩人が言っていたその言葉通り、一夏の心はさっきよりも明るい気持ちで満たされていた。
早く帰ろう。そして、店番や家事も何もかもささっとすませて、勉強しよう。そう思うと、一夏は大きく頷いて駆け出した。
その時。
「――って、うわっ!!」
空を見上げてばかりで前を見ていなかったため、一夏は前方にいる人影に気付くことが出来なかった。
走り出したその途端に、一夏はその人とぶつかって尻餅をついた。
「いてて……すいません」
苦笑いを浮かべ、腰をさすりながら立ち上がる一夏。そこで彼はようやく、自分がぶつかった人の姿を見た。
黒いドレスに身を包み、首元に赤いマフラーを巻きつける、黒髪の女性。右手には何かの爪らしき装飾が施された奇妙な指輪をはめていた。
その人は無表情で、謝罪を述べる一夏を見つめている。冷徹で、どこか神秘的な印象も与えるその外見。美しいその容貌を目の前に、思わずまじまじと見つめてしまう一夏だったが、ふと違和感を感じた。
(気のせいかな……この人、俺がぶつかってもびくともしなかったような……)
中学生とはいえ、すでに一夏は成人男性と違わぬくらいにまで肉体が成長している。成人男性の、走りだしとはいえ駆けてきた人と、女性がぶつかって怯まないなんてことがあるだろうか?
些細なことだが、疑問を抱く一夏。そんな彼の目線が、ふと女性の顔で止まる。
辺りが暗くて見えづらかったが――よく見ればその女性の額には……何やらタトゥーらしきものが刻み込まれているのがわかる。
これは……薔薇、か?
「――お前が、『 』……か?」
「……はい?」
ふと女性が発した言葉。思考に意識を向けていたがために、一夏は女性の声を聞いていなかった。
唐突な物言いに首を傾げる一夏だったが……すると女性は突然、彼の腹に右手で触れ始めた。
「へっ?」
素っ頓狂な声をあげる一夏。まさか初対面の、しかも女性から触られることになるなどと全く予想していなかった彼は、事態の認識に数秒の時間を要することとなった。
一体何を……と問いかけようとする一夏だったが……そこで、金縛りにでもあっているように自分の体が動かなくなっていることに気付く。
(な……なんだ? これ……)
傍目から見れば、官能的な場面にすら見えるこの光景。
しかし当の本人である一夏は興奮など覚えず、むしろ不気味とすら感じていた。
どれだけ力を込めても、腕も足もピクリとも動かない。しかし感覚だけは残っているのか、女性によって触れられている腹部からは気味の悪い感触が伝わってくる。
ウゾウゾと、体内を何かが這い回っているような感触……自分の腹の下で、得体の知れない何かがのたうっているかのようなそれは、彼の嫌悪感と危機感を刺激した。
すぐにでも払いのけたい。なのに、身体の自由が効かない。
未知の感覚と、それがもたらす恐怖に駆られ、叫んでしまいたいと思ったその時。
「――リズベタゾ」
「え……?」
全く聞き覚えのない、日本語とは到底思えないような言語。それを呟くと、女性はうっすらと口を横に広げ、冷笑した。
ゾクッ!! と。その顔を見た途端、一夏の背筋に恐ろしく冷たい感触が走る。
その表情こそ、見ていて美しいと感じられるその顔には……彼をたまらなく恐怖させる何かがあった。
それが何なのかは、言葉では表現できない……だがそれは、彼が最も嫌悪する『暴力』を凝縮させたような、何か。人間らしい心の熱の見えぬ冷たい瞳の奥底には、人を傷つけることを肯定し、そして誰かが傷つけられることを欲しているおぞましいものがあった。
冬の厳しい寒さとは全く違う悪寒に、一夏は身体を震わせる。
女性はその手を握りしめたかと思うと……その手の指にはめた指輪の装飾が、ちょうど彼の腹に刺さるように構えて。
鍵を開けるように。その手を、捻る。
――ガチャリと音を立てて。自分の中で何かが、
一夏がそう感じた途端……今まで味わったことのないような、想像を絶する苦痛が彼に襲い掛かる。
「が、あァァァあああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??」
細く鋭い針金のような何かが肉を突き破り、内側から自分の手足を貫通していくような感覚。熱湯が溢れてくるような熱さと激痛が一夏の全身を駆け巡り、目の前がチカチカと何度も白く光った。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、ありとあらゆる五感が痛みによって意味を失い、思考が崩壊する。
「ふっ……うぅっ、ぐ……!! あぁ……ぁ……ッ!!」
目から涙が、全身から汗が滝のように噴き出る。
自分が立っているのか、倒れているのか、のたうっているのか、空から落ちているのか。自分自身がどうなっているのかすら知覚できず、ただ一夏は苦痛に堪えることしかできない。
彼が苦痛に悶える一方で薔薇のタトゥーの女性は、その様を見て口角を僅かにあげながら、静かに呟く。
「ゲゲルゾ ザジレスゾ」
一夏には理解できない言語。しかしそこで呟いた言葉は、まるで何かを彼に宣言するかのように聞こえた。
避けることのできない惨劇。多くの人々が巻き込まれ、多くを失うことになる悲劇が、始まることを。
そして――。
(――!?)
まるでノイズが走るように、一夏の視界は何かの映像に塗りつぶされていき、今まで見えていた市街地の光景はやがて消えた。
代わりに、彼の視界に現れた世界。それは古代の文明を彷彿とさせるような、祭壇らしき場所。
そして、その祭壇に立つ、一つの人影。
それは、人と呼ぶには相応しくない風貌をしていた。
その頭部には金色の二本角。昆虫の複眼を連想させるような巨大で赤い目。全身は黒い皮膚と装甲らしき赤い鎧に身を包まれ、腹部には赤い宝石が埋め込まれたベルトが巻かれている。
どこか神聖さすら感じられるその姿。それは一瞬だけ彼の視界に現れ、そして煙のようにすぐに消えていった。
(い……ま、の……は…………)
その光景が一体何だったのか。
その意味を考える暇もなく、痛みで一夏の意識は徐々に蝕まれていき。やがて、彼は眠るように気を失った。
グロンギ語が若干出てきましたが、おかしな点などございましたらご指摘お願いします。